CDを「見せる」

Img_0222


ここ数日,稲垣潤一さんのことばかり書いていますが,今日は何かというと,稲垣さんのCDについてです. もはや中毒症状といってもよい状態かもしれません.笑.

稲垣さんの30周年記念アルバムを聴いたら,昔のアルバムも全部ほしくなってしまい,少しずつコレクションを始めました.

CDを購入するのって本当に久しぶりなのですが,稲垣さんのCDを手にして,若い時には考えなかったことを考えていました. それは,この一つのCDを生み出すために,稲垣さんだけではなく,作曲家や作詞家はもちろんのこと,プロデューサーだったりディレクターだったりバンドの方々だったりエンジニアだったりフォトグラファーだったり,本当に多くの人々が作品作りに関わっているということ,そして,それぞれの専門性と能力が融合することで稲垣さんの音楽が生み出されているということ,多くの人が関わる作品作りにおいて「融合」が起きることってとても難しいことなので,これって実はとてもすごいことなのだ...ということです. 

CD一つひとつには,稲垣さんだけではなく,本当に多くの人の想いが込められているのですね. なので,音楽というのは,CDのジャケット写真とか,歌詞カードとか,作品に関わった人々の名前が書かれたページとか,そういうのも全部含めて一つの作品なのではないかと. 学生のときはこんな真面目なことを全く考えもしなかったように思います. 自分も社会人になり,音楽ではないにしろ,作品を作り出す仕事をしているわけですので,CDが生み出されるまでの過程に思いを馳せることができるようになったということでしょうか(おとな!)

そんなわけで,CDは棚の中にしまっておくのではなく,「見せる」ものなのではないかと思い始めました(まじめ!).なんといっても,ジャケット写真も含めての一つの作品ですから. 

CDを見せる(飾る)ためのスタンドがなかなか見つからなかったのですが,長野県にあるこちらの工房で作っていただけるとのことで,早速注文しました.

Img_0223


Img_0224_5

木のぬくもりが感じられる質素なデザインですが,実は緻密な計算の上に絶妙な角度で切り込みが入れられており,職人さん魂とプロの深みが感じられるとても素敵なCDスタンドです.

この手作りの木製スタンドで,稲垣さんのCDにも付加価値がついたような気がして,とてもしあわせな気持ちです. 

音楽を作る人,歌う人,木でものを作る人...世の中には素敵な人がたくさんいるんですね.

家具工房 ウッドワークス kintoki
〒397-0302
長野県木曽郡木曽町開田高原西野5136-5
メール:kintoki@kt.kiso.ne.jp


| | コメント (0)

『愛はクロスオーバー』

先日のエントリー,「稲垣潤一さんについて語る」で,稲垣さんが1987年にレーサー役で出演された映画『愛はクロスオーバー』のことを書きましたが,


文章を書きながら,稲垣さんが演じた「F3レーサーの国枝周二」に会いたくなり(見たくなり),しかし映画自体(VHSビデオ)はもはや廃盤になっているようで,あーあ残念と思っていたところ,映画のパンフレットがヤフーオークションで出品されているのを見つけてしまったのでした.


ヤフオクは使ったことがなかったし,個人間取引というのがやや不安ではあったのですが,このタイミングで出品された『愛はクロスオーバー』のパンフレット,これを自分が落札しなくてどうするという強い気持ちが沸いてきまして,入札に参加してみました.


そして...


Img_0221_2


無事に落札できまして,今日届きました,『愛はクロスオーバー』のパンフレット!

映画のパンフレットでこんなに大興奮するのはたぶん生まれて初めてで,自分にこんな一面があったことに自分が驚いているくらいです.


ページをめくり...いました,いました! 高校生の頃に見て心ときめいたレーサー役の稲垣さんが!

Img_0214

Img_0219

Img_0218


「映画をフィルターにして,自分を眺めたい」というタイトルで,こんなコメントを書かれています.


元来が不器用なタチだから,映画に出ることなんて考えもしなかったけど,デビューして6年目に入って,やと余裕ができたというかな,何かチャレンジしたい気分になってきてね....(中略)...今は,客観的に自分がどういうふうにセリフをしゃべって,どう見えるのかなっていうね,新しい自分に出会えるような気がして楽しみにしてるんですよ.この映画を自分で観て,国枝周二ってカッコいいなと思ったら大成功でしょうね


Img_0216


カッコいいと思います. 


大成功だったのではないかと思います.


30年の時を越えて入手できた『愛はクロスオーバー』のパンフレット,ずっと大切にしたいと思います.

| | コメント (0)

稲垣潤一さんについて語る

先日,ふと思い立って,稲垣潤一さんのコンサート(デビュー35周年記念コンサート)に行ってきました.

稲垣さんの曲を聴き始めたのは,高校1年生の頃だったかなと思います.その頃,確かジンジャーエールのCMで,稲垣さんの「思い出のビーチクラブ」が流れていて,それまで聴いたことのないハイトーンで透き通る男性の声に引き込まれたこと,男性から女性に向けた歌詞の意味は,高校1年生の自分にはまだ十分に理解できていなかったと思うけれど,はりつめた心がじわじわと溶けていくような不思議な感覚を持ったことが記憶に残っています.

当時付き合っていた彼氏が,稲垣潤一さんの曲が入ったカセットテープをプレゼントしてくれたこともありました. その時は,「なんなんこれ〜,この子もこんなしゃれたことするんや〜」てな感じで(関西弁まるだし),何だかこっぱずかしい気持ちもありましたが,自宅に戻ってカセットデッキ(昭和!!)にテープを入れ,「再生」ボタンを押したとたんに,カセットデッキに吸い込まれ,いや,稲垣さんの透き通る声に吸い込まれ,そのまま体が固まってしまった記憶があります. カセットテープに収められた稲垣さんの曲,一曲一曲が本当に心に響いて,A面が終わったらB面へ,B面が終わったらまたA面へというように,何度も何度も繰り返し聴いていたことを思い出します. その時は,曲のタイトルもきちんと調べないまま聴いていたように思いますが,それはたぶん,稲垣さんの声それだけで十分だったからなのかもしれません.

高校生の頃は,勉強とブラスバンドが中心の毎日で,あまりテレビを見ることがなかったので,稲垣さんのお顔をテレビで見たことはほとんどなかったように思います. 何となく「横顔」のイメージしかなかったのは,アルバムのジャケットの多くが正面以外のアングルから撮影されていたことが影響しているのかもしれません. そんなわけで,「透き通る美しい声」と「横顔」だけのミステリアスなイメージの稲垣さんが,ある時,F1レーサーの役で映画に登場した時の衝撃といったら,それはもう,言葉では簡単に言い表せないくらいのものだったと記憶しています. 

この映画は,『愛はクロスオーバー』というタイトルで,ストーリーがどんなものだったかはまるで覚えていないのですが(失礼),それは,F1レーサーの稲垣さんのインパクトが強烈すぎたことと,全編で稲垣さんの楽曲が使われていたこと,選曲がどのシーンとも絶妙にマッチしていて,ストーリーそのものよりも,やはり稲垣さんの曲に引き込まれてしまったことが理由かもしれません. 白いドライバーウェアを着て,ヘルメットを持ってレースウェイを颯爽と歩く稲垣さんは,当時,30代半ばくらいだったのでしょうか. 高校生の私にはまぶしすぎるくらいかっこよかったし,あるシーンで,稲垣さん(国枝周二というレーサーの役でした←っていうか,我ながらよく覚えてますよね)が,密かに恋いこがれている女性に,「(元彼のことが)忘れられないんだったら,俺が忘れさせてやろうか」っていうシーンがあるのですけれども,高校生の私は,男性というと,同じ学校にいる関西風ボケツッコミで大騒ぎしている男子学生くらいしか知らなかったので,大人になると男性はこんなかっこいいことが言えるようになるのかとか,自分が大人になって万が一こんなことを言われてしまったら一体全体どうやってレスポンスすればいいんだろうかとか,まだ見ぬ未来のことをあれこれ妄想して大混乱していたことを思い出します. いまだにこんなこと言われたことないですけれども...

その後,私はつらい受験勉強の時も,稲垣さんの曲とともに毎日を過ごしていて,その時は気がつかなかったけれど,今振り返ると,稲垣さんの声と曲に救われたことが多々あったことに気づかされます. その後,大学に進学し,就職してからは,自分の能力と理想とのギャップに打ちのめされる日々が続いて,音楽そのものを聴く余裕を失っていき,稲垣さんの曲を聴くこともなくなっていきました. クリスマスの時期になると,『クリスマスキャロルの頃には』が流れてきて,昔と変わらない稲垣さんの声に触れて,高校生の頃を思い出すことはありましたが. それくらい20代〜30代は余裕がなかったのかもしれません.

そんな自分も40代に突入しまして,心の余裕が出てきたのでしょうか. ふとしたことから,また稲垣さんの曲が聴きたくなり,ちょうど今年デビュー35周年記念コンサートツアーをやっていらっしゃるということを耳にし,あわててチケットを予約し,運良く入手したチケットを握って新幹線に乗って,高校生以来の稲垣さんに会いに行ってきたというわけです.

今年64歳を迎えられたという稲垣さん. 上にも書きましたが、高校生の頃の私は,稲垣さんと言えば「横顔」そして,「F1レーサーの国枝周二」のイメージしかなかったので,64歳になられた稲垣さんご本人を拝見して,とっても素敵な大人の男性ということ以外にあまりピンとくるものがありませんでした. しかし,稲垣さんが歌い始めたとたんに,一気に,高校生の頃にタイムスリップしていく自分がいました. ハイトーンで優しくて包み込むような声が昔と全然変わっていない!! そして,バックバンドの音楽に声がふわっと乗る感じというのでしょうか,音楽の専門家ではないのでうまく表現できないのですが,背景音楽が声によって引き立ち,同時に,背景音楽によって声が引き立つという,何か生まれて初めて感じる不思議な感覚を全身で感じることができました. 何かすごいものを見てしまったというか,本物のアーティストとは,素人からもこんな気づきを引き出してくれるんだということを再認識しました. その存在感に圧倒されつつ,高校生の頃によく聴いていた曲で,ぶわりと蘇ってくる思い出に浸って涙しつつ,2時間半のコンサートを楽しませていただきました.

コンサートが本当に素晴らしく,稲垣さんワールドに完全に引き込まれてしまい,現実に戻るのにしばらく時間がかかりました. 帰りの新幹線の中では,仕事をするつもりでMacを持っていっていたけれど,とてもMacを開く気になりませんでした. 「酔いしれる」って言葉がありますけれど,たぶん,こういう状態をいうのかもしれません. これも生まれて初めて感じる感覚で,何か少し大人になった気がしました. っていうか40代が何を乙女みたいなこというとるんじゃという感じですけども.笑.

神戸に戻ってきて,また稲垣さんの曲が聴きたくなり,CDをレンタルしてきました. でも,CDのジャケット写真が素敵で(「横顔」以外の稲垣さんがいる!そして,デビュー当時の20代の稲垣さんがいる!),自分のものが欲しくなってやはり新しいのを購入することにしました. 稲垣さんってこんなお顔をされていたんですね(何度も言ってますが「横顔」しか知らなかったので)という発見と,高校生の頃に聴いていた曲以外にも,素敵な曲をたくさん歌っておられたという発見,いろいろな新しい発見があって,ますます引き込まれていっています.


Img_0093


『時の岸辺』,『Long After Mid-Night』,『言い出せなくて』などは,この歳になって初めて聴く曲なのですが,オリジナルの発売年を見ると,すでに1980年代にすでにリリースされていた曲のようです. こんなに素晴らしい曲を知らずに長い年月を過ごしてきてしまったことを少し後悔したくらいです. 今,時を越えて,こんなに素晴らしい作品に出逢うことができて,ただただ幸せです. しかし,大人になってから歌詞をかみしめながら聴くと,これは泣いてしまいますね. 言葉というのは,そのときそのときで意味付けが変わるということなのかもしれません. 

稲垣さんの武道館コンサート(1983年から1992年まで)を収録したDVDも,どうしても欲しくて,手に入れてしまったら論文が書けなくなるんじゃないか,講義の準備ができなくなるんじゃないか...という一抹の心配があったのですが,やっぱりどうしても欲しくて購入しました.


Junichi Inagaki Live History I 1984 - 1992

Img_0089_3


30年前の稲垣さんに会えるDVD. 一言,これは非常に貴重なDVDで,普段研究の仕事をしている者からすると,またとないデータが取れたときと同じような感覚を味わいました. 1991年の武道館コンサートで,稲垣さんはこんなことを言っています.

「これまで理想の自分とはほど遠い状態だったけれど,だんだん,みなさんが求めていることと自分のやっていることの間の距離が縮まってきているような気がする. でも,まだ夢は実現できていないんです. なにしろ,僕の夢っていうのは『おじいさんになっても歌い続ける』っていうことなので...」

2017年現在,64歳になられた稲垣さん.まだ,"おじいさん"ではないと思いますけれど,その通りの生き方をされているなと思って,1991年当時のMCを聴きながら,熱いものがこみ上げてきました. 先日のコンサートの最後,64歳の稲垣さんは,「まだ通過点に過ぎません.これからもずっと歌い続けます」とおっしゃられました. 1991年も2017年も「歌い続ける」という同じ言葉を使っておられること,歳を重ねて経験を積まれても同じ気持ちでいらっしゃることに深く感動しました. 自分もこうありたいと.

久しぶりの更新は,稲垣潤一さんについての語りでした. たくさん語りたいことがあるので,きっとまた語っていると思います. 


| | コメント (0)