一夜明けて

二つ隣のお部屋で起きた大火災の惨事から,一夜が明けました.


外に出て,現場を見上げてみました.


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真っ白だった壁が,すすで,真っ黒になっている.


警察の現場検証の結果,出火の原因は「長期間使っていなかった電源がショートしたこと」であったらしい. 


犠牲者が出なかったことは幸いだったと思いますが,大事なマンションの一部がこんなに真っ黒に焼けこげてしまって,何だかやるせない気持ちです. 


早く元の姿に戻ることを願います.


とりあえず,犠牲者が出なかったことに感謝しなくてはいけません.


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火事

マンションの二つ隣のお部屋が火事.


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けたたましく鳴る火災警報機は,誤作動だよね,大丈夫よねと思っていたら,見たことのない数の消防車が現れ,「住民の方は全員避難してください」とアナウンスが.


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1時間後にようやく鎮火. 部屋に戻る許可が下りました. しかし,放水してもなかなか消えない炎の威力を生まれて初めて間近で見て,改めて火の怖さを知りましたし,自分の部屋がこんなふうになったら...ということに思いを馳せました.


明日は消火器を買いに行きます.


火元のお部屋の方はご無事だったようでよかった. でも今晩どこで寝るんだろう...とリアルな心配をしてしまいました. 


みなさまも火災には十分に気をつけてください.


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折り返し点


同僚のK先生が,毎週発行しているニュースレターに,素敵なエッセイを投稿されていました.


忘れてしまうともったいないので,ここに引用させていただこうと思います.


第3クォーターのテスト期間がはじまり、後期も折り返し点です。
マラソンでは21.0975kmで中間地点がやってきます。その時点で3時間の
場合にはどう転んでも(というかどう走っても)6時間を切ることは難しく
なる...と思っておりました。が、中には後半が前半よりも早くなる場合
もあります。30㎞あたりですいすいと抜かしていく人もいますもん。
半分すぎたところで、大体の見通しを立ててしまう(それもたいてい
マイナスの展望を)のはまったくもったいない話だなと思うのですよ。
それがたかだか10キロ地点であればなにをかいわんや。みなさんがんばって
くださいね。(ちなみにわたしはもう30キロ地点なので、そろそろ
景色と給食と休憩を楽しみながら走ります。)


確かに,折り返し地点を過ぎると「大体の見通し」をつけてしまいがちです. 


しかし,K先生が書かれているように,フルマラソンでも,「後半が前半より早くなる層」が必ずいます.


早々と見通しをつけてあきらめるのはもったいないことなのかもしれません.


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新天地

引越しが終わり,新しい街での生活が始まりました.


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山の手の眺望の良い場所にあるマンションを買いました.


生まれて初めての大きな買い物で,決断に時間がかかったのですが,


将来の自分への投資(老後)のつもりで,賃貸ではなく分譲を購入することにしました.

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住み始めて二日目,これまでにない充実感が得られる場所で,決断してよかったと思っています.


借りているのではなく,「自分のもの」なので,大事にしようという愛着みたいなものもあります.

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裏はすぐ山なのですが,窓を開けると木の香りがします.


南側は大阪湾から紀伊半島まで眺めることができます.


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ご住所を把握している方々にはご挨拶のおはがきをお送りします.


部屋のスペースも比較的ありますし,景色もきれいで快適に過ごしてもらえると思うので,ご招待できればと思っています.


今後ともよろしくおねがいいたします.

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福岡の思い出(2): Bills


大学院生の方々と,7月に福岡にオープンしたばかりのBillsに行ってきました.


「世界一の朝食」と世界で称されているBillsのパンケーキをいただいてきました.


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このパンケーキをいただくのに,何時間も待たなくてはいけない日もある人気店だそうで,


だいぶ前からこの日の壮行会を企画・調整してくれた大学院生のみなさんに本当に感謝です.


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2年前に,初めて大学院担当になり,


最初は院生の指導が自分にできるのだろうかと不安でいっぱいだったのですが,


結果的に,このような素晴らしい学生さんと出会うことができ,大学院での二年間の指導で自分が学んだことは計り知れません.


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教えることは,学ぶこと.


このような素晴らしい学習環境を与えてもらっていることに,本当に感謝しなくてはいけないと心から思います.

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福岡の思い出 (1) 「かうひいおいひい」

福岡での生活も,残すところ後一ヶ月となりました.


2012年4月に赴任して4年半,


大学と自宅の往復の毎日だったとはいえ,4年半もいると,それなりに愛着も出てくるものですね.


あまり出歩かなかったのですが,よく行った場所,思い出になりそうな場所を,ここに記録として残していきたいと思います.


今日はこちら.


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自宅から徒歩数分のところにある喫茶店「かうひい屋」.


夜9時まで開いているので,仕事帰りに論文を読む場所として使わせていただきました.


「かうひい屋」って,ああ!「コーヒー屋」のことだったんですね!と理解するのに,最初は数秒,時間を要したような気がします.


ここのチーズケーキは手作りで少し形が崩れているのですが,昭和時代に白いエプロンをしてパーマをかけたお母さんが家で焼いてくれたような何か懐かしい優しいお味がします. 


かうひいも,ちいずけいきも,おいひい〜!


一度言ってみたかったという理由だけで書いてみまひいた. あれ.

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記憶に残る日

最近お会いした方に,「最近ブログ書いてないんですね」というお言葉をいただき,おおそういえばそうだったと,一時は(ハワイに住んでいたときは特に)毎日のようにブログを綴っていた記憶が蘇ってきたのである. 


記憶というのは不思議なもので,何かのきっかけで突然ぶわっと蘇ってくることがある. それはまるで,長い間冷凍保存されていたものが熱湯を注がれて勢い良く溶け出す瞬間のようでもある. お正月に高校の同窓会に参加したのだが,クラスメイトの花神(はながみ)君の顔を見て(それは約20年が経過し確実に変化を遂げていたのだけれども),私は瞬時に「ネピア君」という当時の彼のニックネームを思い出すことができたのである. かれこれ20年の間,ネピア君のことを思い出すことなど一度もなく,それは高校時代の記憶として瞬間冷凍されたままになっていたにも関わらずである. 同窓会というホッな熱気が瞬時の解凍を可能にしたということなのかもしれない. ちなみに,「ネピア君」というのは,彼の名字である「花神(ハナガミ)」が「鼻紙(ハナガミ)」という音声と同じであることに由来している.


久しぶりのブログが,なぜ「記憶」の話から始まっているかというと,昨日経験した,大ピンチとも言える出来事が,長期記憶として残すにふさわしく,今後このブログという場所にくれば瞬時に解凍(再生)できるように,ここに書き留めておこうと思ったからである.


さて,「大ピンチ」とは何だったかというと,それは次のとおりである. 


昨夜,21時頃. いつものように,帰宅後にランニングに出かけ,6キロ程走った後で自宅のマンションに辿り着き,オートロックのマンションを解錠しようとして,ポケットに手を入れた時のことである.


ない.

ない.

鍵がない.


フフフ. こんなことはよくあることで,走っている間に,きっとポケットの端っこの方とか,どこか分かりづらいところへ入ってしまったのさ... さあ隠れてないで出ておいで...


しかし,ポケットをひっくり返し,体中のありとあらゆるポケットをまさぐりつくし,しまいには,軽くぴょんぴょんとジャンプとかしてみたりしたのだけれども,ないのである.  所持品はWalkmanのみ. 携帯もお財布も全部家の中に置いてきてしまった.


...落ち着け


落ち着こう.


落ち着かなければならない.


ランニング中に落としたのならば,同じコースを戻ればきっと見つかるはずである. そうきっと見つかるはず... そして,同じ6キロをもう一度戻ることにしたのである. しかし,今回は「落とした鍵を見つける」という重要なミッションがあるため,ゆっくり歩き,そして目線は常に下,獲物を狙う猫のように瞳孔は常にオープンの状態でなければならない. 一体全体,こんな夜中に(時間は23時を過ぎていた),前屈みで瞳孔をギラギラしながら獲物を探している人なんてただの変質者じゃないのか. しかし,そんなことも言っていられない. 私はおうちの中に入りたいのである.


そして,6キロを引き返す作戦を遂行したのであるが,努力もむなしく失敗に終わった. 原因は,「夜道は暗くて見えない」という単純なものであった. 暗闇の方が視力の真価を発揮するという猫さんの特徴をヒトも備えていれば,この作戦は成功したに違いないであろうに. そんなことを思いながら,マンションの前で呆然と立ち尽くす. 管理会社に連絡を取りたいが,携帯電話もお金も家の中である. 次の作戦を考えなければならない. 考えられるのは,仮にベランダ側の窓の鍵が開いていたとして,3階のベランダまでまるでスパイダーマンのごとくよじ登り,そこから部屋に戻るという方法である. しかし,深夜0時過ぎに,壁をよじ登っている姿を万が一目撃され,しかも通報されてしまった場合,私は現在は立場のある仕事をしているので,恐らく西日本新聞あたりに記事にされてしまう可能性がある. 「○○大学准教授,マンションの外壁をよじ登り通報される」. この作戦は却下だ.


次なる作戦はいかようにすべきか. 私の頭の中には "problem-solving skills"(問題解決能力)という,昨今の大学教育で重視されているこのスキルが頭の中を駆け巡っていた. 「実生活において応用できる問題解決能力の育成が重要だ」って自分がよく学生に言ってるではないか. 「鍵を落としてしまう」という問題をいかにして解決するか. 自分に課されたこのタスクを悲観せずに楽しもうではないかという気になってきた. そして,実行した次なる作戦は,「警察に行くこと」であった. 警察に行って,次の2つの選択肢のうちのいずれかを実行するのだ. ①電話を借りて管理会社に連絡する,②落とした鍵がどこかの交番に届いていないか調べてもらう.


私のマンションがあるS区の警察は,走って5分くらいのところにある. すでに0時を過ぎていて街はひっそりとしていたのだが,警察署の中に入ると,エンジンフル稼働中. 「鍵を落としちゃってエヘヘ」なんてことを言うのが恥ずかしいくらい,あちこちから110番通報が入ったり,相談にやってくる人びとがいて多忙な様子であった. 「どこどこの駐車場で40代くらいの男性が泥酔して暴れている模様!」とか「どこどこの公園で中学生と思われる男子生徒4名が大声を出して暴れている模様!」とか「どこどこのマンションから言い争う声が聞こえ男女が暴れている模様!」とかいう声が飛び交っていて,110番通報ってこんなに頻繁に入るものなのだなあということを学ぶ機会になりました. それにしても,夜中に暴れてる人って多いんですね.


また,私と同じように,紛失したものを探すために警察署に相談に来ている人もいた. ご年配のご夫婦でこんな時間にどうしたのかなと思っていると,福岡で一人暮らしをしている息子さんと連絡が取れなくなったとのことで,捜索願を出しに,実家のある他県から来られているとのことだった. 一人暮らしの部屋は鍵がかかっておらず,中に入ると,銀行のカード二枚と暗証番号が書かれたメモがテーブルの上に置いてあったとかそんなことを話していた. 早く見つかってほしい. 何だか,鍵の紛失なんてどうでもいいことのように思えてきた.


次から次に通報が入ったり捜索願が出されたり,深夜でもめまぐるしく動く警察署の中で,鍵がなくなってしまって...という相談をするのが躊躇われたのだけれども,男性の警察官の一人が,「いいえ,家の中に入れないというのも深刻な事件です」などとグッとくる言葉をかけてくださる. きゃ. 制服効果も加わり,好きになってしまいそうになりました. かっこいー. 


ハズバンドがポリス・オフィサーってなんかかっこいいよねなどと妄想を膨らませていると,その素敵なポリス・オフィサーが,「Satchyさん!○○の交番に鍵が届いているみたいです!ちょうどランニングコースと重なるところなので,これはSatchyさんの鍵かもしれません!今から写真を撮ってデータを送ってもらいますのでもうしばらくお待ちください」と,暗闇が一気に明るくなるような一言を言ってくださる. 道に落ちていた鍵が交番に届けられるなんて,そんなことが本当にあるのか. 日本は「奇跡の国」としか言いようがない. これが自分の部屋の鍵でなかったとしても,自分が生まれ育った国が「奇跡の国」だと確認できたことだけでもう十分だ. いや,そんなことはない. やっぱり自分の部屋の鍵であってほしい. 


いろいろな思いが錯綜する中,その交番から鍵の写真のデータが送られてくるのを待つ. 待つこと30分. 写真撮影してデータを送信するのにそんなに時間がかかるなんて,ポリス・オフィサーは,ITに弱い人たちなのかもしれない. いや,単純に夜中の110番通報をさばくのに忙しかったのかもしれない. プリントアウトされたA4サイズの紙には,一面に鍵の写真が印刷されていた. こんなに大きくズームされた鍵を見たのは生まれて初めてだ. でも,鍵ってみんな同じような形をしているから,この写真の鍵が果たして自分のものなのかどうか判別することはできないんじゃないか. でも,何か違うような気がする. 鍵の頭の部分がこんなに平たくなかった気がする. それに,銀色じゃなくて金色だった気がする. いや,やっぱり銀色だったっけ. うーん. かすかな記憶をたよりに,自分のマンションの鍵の形を頭の中に描いていく. はたと気がついたことがある.  こういう時のために,キーホルダーというものが存在しているということだ. 鍵の頭にホルダーをつけたとたんに,その鍵は別の鍵とは明確に異なるアイデンティが付与されるのである. 甥っ子にもらった奈良の大仏のキーホルダー,あれつけとけばよかった. 

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結果,この写真の鍵はどうやら自分のものではないらしいことが判明した. この時点で時間はもう深夜1時を過ぎていた. 管理会社に電話したが留守電になっていたため,作戦の①も②も失敗したことになる. なんてこった. それではもうベランダからよじ上る作戦しかないのか…と思っていると,先ほどのナイスなポリス・オフィサーが,こんな画期的な提案をしてくれた.


「カギの110番にお願いしてはどうでしょうか」


え? カギのひゃく・とう・ばん? そんなものがあるんですね. じゃ先に言ってよと思わなくもなかったのだが,1時間ほど待っている間に地元の交番にナイスなポリス・オフィサーが存在している事実を知ることができたし,何より,深夜の警察署がこんなにも忙しく,そして様々な人間模様であふれる空間だったということを学ぶことができたので良かったとしよう.  カギの110番というビジネスがあることを恥ずかしながら知りませんでした. そういえば,家だけじゃなく,車やバイク,金庫,スーツケースなど,「鍵」を使う場面は多い. たった1本の鍵が大切なものを守るという重要な役割を果たしている. でも,紛失してしまったとたんに,中の大切なものにアクセスできなくなる. そういえば,1歳3ヶ月の子どもが家の中で鍵を閉めてしまい,その子どものお母さんが外に閉め出されたという話を聞いたことがある. カギの110番というのは,このように外に閉め出された人びとを助けることをミッションとしたビジネスらしい. しかしスペアキーがないのにどうやって鍵を開けるのだろうか.


ポリス・オフィサーが,福岡市内のカギの110番に連絡を取ってくださり,深夜2時近くになっていたにもかかわらず,すぐにかけつけますというお返事をいただく. 24時間対応ってやはりすばらしい. マンションに戻ると,鉄の工具箱を持って,暗闇の中,マンションの前でじっと立っている男性がいた. この人がカギの110番さんか. 工具箱と身体が一体化しており,ベテランの風貌が漂っている. しかし,鍵開けのベテランってドロボウさんと表裏一体のような気もする. そのあたりについてご本人のコメントを聞いてみたい.


そんなことはさておき,早速,鍵開けの作業が始まった.  そもそも鍵がないのにどうやって開けるのだろうというのが素朴な疑問だったのだが,鍵がなくても鍵を開ける方法があるのだという. セキュリティ上の理由からここで詳細を書くことはできないが,それは,極めて原始的な方法だった. しかし,それは極めて高度で極めて繊細な熟練を必要とする技術であった. 「この部屋の鍵はちょっと難しいかもしれません」とカギの110番さん. 何か似たようなこと言う人をどこかで見たような気がする.  そうだ,病院だ. これって難しい手術を控えた外科医と同じではないか. 失敗に終わったらどうしようかと心配して待ち続ける状況も,手術室の外の光景と似ている. 作業を始めて約10分後,カチャンという音とともに,部屋の扉が開いた.  手術は成功だ.


鍵が開いたことが嬉しかったのだが,それ以上に,カギの110番さんの高度な技術に魅了されてしまった.  とっさに,「この技術をどこで身につけたのですか?」と質問する.  すると,カギの110番さんがこう答えた.  


「学校です」


え? 学校? 鍵開けを指導する学校があるのか. でもそれって,見方を変えれば,ドロボウさん養成学校とも言えるのではないか. 同級生にそちらのキャリアを選んだ人はいないのだろうか. でも「ドロボウもいけますよね」なんてことは失礼になるのでだまっていると, カギの110番さんの方から,ドロボウさんの話を切り出してくれる.  なんでも,ドロボウさんに入られないようにするためのコツがあるということで,こちらも極めて原始的な方法だったのだが,ドアのある部分にあることをすると良いのだという.  なるほど,やはり,学校で明示的な鍵開け指導を受けたカギの110番さんは,ドロボウさんが及ばない高度な技術を持っておられるのだ. それにしても,世の中にはまだまだ知らないことがたくさんある. 未熟である事を受け止め,常に謙虚でいなければならないと実感した.


カギの110番さんに御礼を言って部屋の中に入ったときには,もう夜中の3時近くになっていた. 体はクタクタになっていたはずなのだが,警察署の中で見た様々な人間模様とか,グットくる名言を言ってくれたナイスなポリス・オフィサーとか,カギの110番さんの存在とか,恐るべし高度で緻密な鍵開け技術とか,鍵開け技術教育のための学校があるとか,これまで知らなかった新しい世界に触れることができ,何かとても爽やかな気分だった.  たまにはこういうのもいいかもしれない. しかし,もう絶対,鍵は落とさない.


何年後かにこの出来事が鮮やかによみがえってくるように,ここに書き留めておく. 


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男子バレー

渋谷駅構内に大型のポスターが貼られていたので,思わず撮影してしまいました.


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バレーボールは経験がありルールが分かることもあって(学内球技大会に出ただけだが),好きなスポーツの一つですが,


今年の男子バレーは,いつになく引き付けられました.


男前であることに加えて,打点328cmの美しいバックアタック.


石川佑希選手は,ほんとに美しかったです.うひ.


いやー,この書き方おばちゃんですねぇー...


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新しい年


2015年が始まりました.


といっても,今日は18日.1月も半分以上が経過しています.


今年は,少し仕事以外のことにも目を向けたいと思うし,これまで行ったことのない場所にも行ってみたいと思っています.


今日は日曜日でしたが,めずらしく早起きしたので思い立って「早朝ラン」を実行しました. この4年ほど,夜に帰宅してから走る「ミッドナイト・ランナー」(自分で勝手にそう呼んでいる)であり続けたのですが,朝に走るとこれまで気がつかなかったことに気がつくかもしれない,と思ったのです. こういう気持ちになるのも,新しい年を迎えて新しいことをやってみたいという前向きな気持ちが自分の中に生まれているからでしょう.


とてもいいお天気だったので,海が見たくなって,いつもとコースを変えてみました. 藤崎から,よかトピア通りに出て,そこからマリーナタウン前を通過して,下山門,今宿へ向かう片道10kmのコースで,後半の道は,玄界灘の海が見渡せます. 初めてのコースで,わたしはまだ福岡の土地に不慣れなので,道に迷わないように事前に地図を入念に調べてコースをインプットしていきました. 福岡に来て二日目には,近くの大濠公園まで行って帰れなくなった人ですから,往復20kmのコースとなると心配です. 念のため,ポケットにJR九州のICカード(SUGOCA)を入れて(迷ったら電車に乗ればいいね)出発しました.


いつもと違うコースの早朝ランは,やはり実行してよかったと思いました. 海沿いの広い道は,ランナーも歩行者も誰もおらず,玄界灘と向かいにある能古島,遠くに見える福岡タワーの景色など,息をのむような美しい景色を独り占めできた気分でした. ゴールの長垂海浜公園は,夏は海水浴客であふれる海岸ですが,今日は人っ子一人おらず,目の前に広がる青い海と松原が,全部自分のためにあるような錯覚になりました. この海岸は,昔,九州に元寇が攻めてきた時の防塞が残っていることも今日分かった新たな発見でした. 「チンギスハーンのお化けがでますよ」って言ってくる先生が同じ大学の同僚でいるのですが,元寇防塞の前を通過したときに,ふと背筋が寒くなりました. まさか〜. ところで,「長垂」ってなんて読むのでしょうかね. ながたれ? 福岡には難しい地名が結構あります. 「別府」も「べふ」って読まなくちゃいけないようです. 「べっぷ」でいいじゃんって思いますけど.


往復20kmのコースでは,これ以外にも,素敵な場所をいくつか見つけました. わたしは今,福岡の中でもとてもいい場所で暮らせているのかもしれないということに気がつきました. そういうことに感謝する機会も忙しい日々の中ではなかなかありませんので,早朝ランの2時間は,自分にとって大変有意義な時間となりました. この調子で,2015年は,これまでにしたことのない「新しいこと」を積極的に実行していきたいと思います.


そういえば,昨日は,1月17日で,阪神淡路大震災から20年が経過したことになります. 昨日は各放送局で,追悼番組が放映されていました. その報道の中でいつも違和感を持ってしまうことがあるのですが,それは,地震の犠牲になって亡くなられた人の「数」の伝え方です.  わたしは,「命の重み」というのは,1人でも,100人でも,6000人でも変わらないと思っていて,死者が6000人だから「ひどい地震」,死者が1人だから「軽い地震」などという意味付けを無意識にさせてしまうような報道の仕方はよろしくない,と常々思っています. Facebookでの友人の日記でも,「最初は死者数が2人と伝えられていたから,そんなに大きな地震だとは思っていなかった」などという書き込みがあり,そういう思考回路に大きな疑問を抱いてしまいました. 


身近な人を亡くした経験のある人なら,たった「1人」であっても,その「命の重み」がいかほどであるかを,20年が経過した今でもきっと変わることなく,抱き続けていることでしょう. 

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8年

学位を取るために助手として勤めていた大学を退職し,ハワイ大学に留学したのが,ちょうど8年前の夏のことでした.

東京のマンションを引き上げて実家の神戸に戻り,その後,関西空港からホノルル空港へ飛び立つまでのあわただしい数週間のこと,関西空港へ向かう橋の上から見えた海がキラキラ光っていたこと,その景色を見ながら考えたこと,ひとつひとつの出来事が,8年過ぎた今でも鮮明な記憶として残っていて,毎年8月がやってくると,あの時の複雑な心情を思い出します. 

本当に自分の選択は正しかったのか,ハワイで学位を取ってその後どんな生活が待っているのか,日本を離れハワイで数年間暮らす選択をしたことで自分はもっと大事なものを失おうとしているんじゃないのか,博士号ってそこまでして追究する価値が本当にあるのか...今思えば,考えても仕方なかったこと,意味のなかったことを,かなり真剣に考えて思い悩んでいたことを思い出します.

この複雑な心情は,結局,その後ハワイでの博士課程の生活が始まってからも,時々ふつふつと気泡が浮き上がって弾けるように湧き出てきて,その感情を押さえることは,博士課程での勉強を一生懸命頑張ることと常に表裏一体であったように思います. 特に,大事なものを失ってしまってからは. もちろんこれは,たとえ日本に残っていたとしても自分の力ではどうすることもできなかったのですが.

このことも含め,もう絶対に乗り越えられないと思った出来事が他にもあったように思いますが,今自分がこうして生きているということは,たぶん乗り越えてきたのでしょう. どうやって乗り越えたのか,それはやっぱり,自分が決めた選択の責任は自分が取らなくてはいけないんだという信念だったのではないかと思います. 簡単に言うと,自分が決めた道を信じること. 正しかったのか間違っていたのかは第三者が客観的に評価することは難しく,その判断は結局自分でするしかない. 正しい選択とは,選択したものが「正しい選択だった」と言えるように「していくもの」だからです.

先日,前期に担当していた授業を履修していたY君から,「交換留学を申請したいのですが,指導教員の欄にサインをしていただけませんか」というメールが届きました. 8年前の今頃,Y君はまだ鼻水をたらした小学生だったはずですが(鼻水は余計でした),同じく8年前,私は関西空港でメソメソしていたハワイ大学博士課程入学前の学生でした. Y君にとってのこの8年間はどんな歴史が刻まれているのでしょうか. この交換留学がY君にとってさらなる飛躍へつながりますように. 指導教員のサインがその第一歩になりますように.


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