放生会


筥崎宮で開催されている「放生会(ほうじょうや)」に行ってきました.


殺生を戒め,生命を慈しむお祭りということで,感謝祭や収穫祭の意味があるようです.


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筥崎宮の長い長い参道に軒を連ねる屋台の数々.


新ショウガや型抜き,氷点下体験,博多チャンポン(ガラスのビードロ)など,初めて目にする珍しい屋台もあり,子どもの頃のあのお祭りのときのワクワク感に近いものを感じました.


「殺生を戒め,生命を慈しむお祭り」といいつつ,「ウナギ釣り」が催されており,しかも店内に「釣れたウナギは蒲焼きにします」などと書いてあるのはどうなのかと思いましたが,利益追求優先のために,文化の本来の意味が失われていく,というのは世の常なのかもしれません.


ちなみに,ウナギ釣りの横では「カニ釣り」が開催されておりました. というかどうやって釣るねん.


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博多の放生会といえば,この「おはじき」も名物なのだそうです.


どういう意味があるのか詳しいことは分かりませんが(分からんのかい),手作り感あふれる小さいけど重みのあるおはじきは,放生会の初日には売り切れてしまうのだそうです.


もう一つ,放生会の名物といえば,「博多チャンポン」と呼ばれるこのガラスのビードロです.


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「博多チャンポン」というとラーメンしか知らなかったのですが,このガラスのビードロも「チャンポン」と呼ばれているようです. チャンポンというワードの中には何か特別な意味があるのかもしれませんが,詳しいことはよく分かりません(分からんのかい).


いずれにしても,この「チャンポン」と呼ばれるガラスのビードロがとにかく吸い込まれそうなくらい美しくて,その何とも描写しがたい形に癒し感があって,二つセットで購入しました. ブルーとピンクのガラスで,見ているだけで心が安らぎます.


こんなささやかな出来事が,とても大事なものに思えて,静かに流れていくささやかな時間が,とても幸せな時間に思えました.


こういう気持ちになったのは,本当に久しぶりのような気がします.


今年の夏の一番の思い出になりそうです.

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鳥取へ

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先週末,一泊二日で鳥取に行って来ました.

メルボルンから一時帰国しているお友達のご実家へ.

前におじゃまさせていただいたのは,2008年の1月だった. 寒い寒い日で,見渡す限り銀世界だったことを思い出す. そして,その翌日にハワイに戻らなくてはいけなかったことも. 

あれから約4年半. 自分を取り巻く生活環境も大きく変わった. 季節が夏ということもあるけれど,気持ちの上でも当時と比べるとずいぶんとゆとりが持てるようになっていて,美しい鳥取の景色がさらに美しく見えました. 

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そして,もう一つの大きな変化. それは,今回メルボルンから鳥取に帰って来たのはお友達だけではなかったことだ. 

ちっちゃい男の子が3人一緒だったのだ.

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かわいー.

# 3人のうち一人はいつも元気いっぱいでカメラを向けると案の定どこかに走り去ってしまいました.

それにしても,手も足も顔も何もかもミニサイズでかわゆい. 

あまりのかわいさに感動して思わず「なんでこんなに手がちっちゃいの?」と本人に直接質問してしまいました. すると「だって子どもだから仕方ないでしょ」という冷静な反応が返ってきました. その通り.

3人の中でも特にヒューゴ君(写真右・6才)と意気投合したのは,たぶん,3人兄弟の真ん中という共通点があったからなのかもしれない. 真ん中は真ん中にしか分からない痛みや苦しみがあるのだ. 6才の男児が突然中国語でキレる瞬間を見たとき(「プーハオ!」とか言っていたが意味は不明),彼の心の奥底でグツグツと煮え立つマグマが見えた気がした. それは自分が幼少の頃かかえていたマグマと共通するものだった. 

中国語でキレる6才児ヒューゴ君. 彼の世界をもっとのぞいてみたくなった. プーハオー.

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990

学会の後,山形の十日町にある「990」というフレンチのお店へ.

「990」という名前が気になって,店名の由来をお店の人にたずねたところ,

「はい,それは山形の郵便番号です」とのお返事.

なるほど.

思ったより普通でした.

でも,読み方は「きゅうきゅうぜろ」ではなく.「クックレイ」と読むのだそうだ. へー,クックレイ. その瞬間,なぜか「カレー粉」の映像が頭の中を駆け巡る. なぜカレー粉の映像が...と頭を抱えて唸っていると,絶妙なタイミングで,「本当は『ククレ』にしたかったのですが,カレーを作っている某企業からクレームがくると嫌なので『クックレイ』にしたのです」と店員さん. そうかククレカレー. 疑問が解けました. でも「クックレイ」もあんまり変わらない気がしますけども. 

そんなクックレイさんであるが,お料理は素晴らしく美味しく,また食器から盛り合わせ方まで見た目にも細かい気配りがなされていて,「カレー粉ぽい」なんて言ってしまった自分を反省した.

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今日は,ハワイ大学で一緒だった友人とも再会でき,素敵な時間を過ごせました.

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末吉@浅草

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浅草寺に行っておみくじを引いたら「末吉」だった.

「大吉」をねらってまるでバーテンダーのごとくおみくじの箱をガッサガッサガッサと振ったにも関わらず,出てきたのが「末吉」というのが自分としては納得がいかなかった. だいたいこの「末(すえ)」ってのが気に入らない. なぜって分かりにくいからだ. 「すえ」って何なのでしょうか「すえ」って. 「大吉」でもなく「凶」でもない. 性格的に,縁起が良いのなら「大吉」,悪いのなら「凶」,このどちらかにしてほしいと思うのである. 吉は吉でも末の吉なのであればもう凶でいいじゃんと思うのである. 浅草寺の吉凶判断は次の7段階に分かれるらしい. 大吉・小吉・末小吉・半吉・末吉・吉・凶. 「末吉」の他に「末小吉」なんてものもあるのですね.  ますます分かりにくい. でも「末吉」の下にまだ「吉」があったのですね. すぐ下が「凶」じゃなくてよかった. というかどっちやねんっていう感じだけれども.

ところで早速その「末吉」のおみくじを開いてみると,「乗危亦末蘇」という項目の下に(漢字が読めないけど),「危篤の者がまだ完全に蘇生しないように,その困難は簡単には解決しません」と書いてある. ひゃー. 何だかすごく胸にグサリとつきささる厳しい言葉です. しかし,その下の「若見一陽後」という項目の下には(漢字が読めません),「春になれば(観音菩薩の慈悲の光にあえば)良いこともあるでしょう」と書いてある. ふーん,なんかこれはいい感じ. でも,さっきと言ってることがなんか違う感じ. 何だか矛盾が見られるけれども,結局,「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」を統合して(漢字が読めない)再度解釈して直してみると,危篤の者がまだ完全に蘇生しないように,その困難は簡単には解決しないだろうけれども,春になれば(観音菩薩の慈悲の光にあえば)良いこともあるでしょう,ということになるのだろう. 要するに,「いろいろ大変だけど春になれば良いことがありますよ」ということだろう. しかしながらそこには条件があり,春は春でも「観音菩薩の慈悲の光」に巡り会う春でなければ何も意味をなさない,ということである. というかどんな春やねんそれ. 「観音菩薩の慈悲の光にあえる春のバスツアー」とかあればいいんですけどね. ない.

「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」の項目(漢字が読めません)の右横には,「願望」とか「病気」とか「失物」とか「待ち人」とか「結婚」などの項目が並んでいる. 先ほどの「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」(読めないって)の項目に比べるとこちらの項目はいたってシンプルです. 書いてある内容もいたってシンプル. たとえば,

失 物 → 出てこないでしょう

とある. めっちゃシンプル. そしてすごく率直. しかし「出てこないでしょう」って勝手に決めつけられるのがちょっといやな感じ. そう言われると意地でも探してやろうという気になります. 

ところがこの率直さに比べると他の項目は,またまた末吉特有の分かりにくさがあちらこちらに垣間見える. たとえば,

願 望 → のちのち叶うでしょう
病 気 → 長引くが治るでしょう
待ち人 → 遅くなって現れるでしょう
結 婚 → まあまあ良い結果を得るでしょう.

とある. なにこの中途半端なざっくりした感じ. 「のちのち」とか「長引くが」とか「遅くなって」とか「まあまあ」とかなくてもいいと思うんですけどね. しかし,いろいろな意味で「のちのち」,「長引くが」,「遅くなって」,「まあまあ」という四つの言葉は,今の自分の状況を物語る切実な飾り文句であることは否めない感もある. 

一緒におみくじを引いたS君はこの4月から大阪に転勤が決まった. S君にとっては栄転である. S君が引いたおみくじは「大吉」だった. S君の益々の活躍,そして明るい未来を感じさせる「大吉」である. 

おみくじというのは,引いたときのその人の状況が表れていて,そして,その人にその時必要なことが書かれているものなのかもしれない.

観音菩薩の慈悲の光にあいにいかなくては.

S君の未来がますます輝かしいものになりますように.

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名古屋

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学会出張で名古屋にやって来ました.

名古屋駅を出ると,「大名古屋ビルヂング」という看板をかかげたビルヂングが目に飛び込んできた.

名古屋の前に「大」をつけなければならない理由と,ビルディングを「ビルヂング」と表記しなければならない理由を知りたいと思った. 

「大名古屋」という文字を見て,昔,「大和田」さんという上司がいたことを思い出した. 大和田さんは思考に制約条件を設けないラディカルな方だったが極めてロジカルな方だった. わたしがこの方から学んだことはラディカルな思考はロジカルな思考と相反するものではないということだ. つまり思考の「出発点」が問題だということだ. そんなラディカルでロジカルな大和田さんに苦戦していた頃,大和田さんの名前が「大+和田」で構成されている点が気になりだした. この「大」は「ラディカル」という意味なのだろうか. なんであなたの名前には「大」がついているのだ,「和田」だけでいいじゃん,なんで「和田」だけで満足できないんだ,え?とか思っていたものである. だいたい,皇太子徳仁親王妃雅子さまの旧姓だって「小和田」さんなのである. 皇太子徳仁親王妃雅子さまが「小和田」さんであるところを,なんであなたが「大和田」さんと名乗れるのだ,え?とか思っていたものである. 

そして,「ビルヂング」とは名古屋特有の表記法なのだろうか. アナロジーでいくと,名古屋では結婚式のことを「ウェヂング・セレモニー」,マンゴープリンは「マンゴー・プヂング」と表記することになる. ウェヂング・セレモニーでマンゴー・プヂングをどうぞ. スターンヂング!(standing!) 

なんか適当に思いつくまま書いてみました. 

ところで,本日,学会発表が終了した.

ここ2週間くらい,パワーポイントのスライド作りと発表原稿の作成に時間を割いてきたので,終わってほっとしたし,久しぶりに「やり遂げた」感を感じている. 

しかし,制限時間の25分でまとめることができず,タイムキーパーさんが"STOP"のサインを挙げているのを無視してしゃべり続けてしまった. あれもこれも盛り込みすぎたかもしれないし,この学会では実践報告が主流で理論的枠組みや研究の背景などは求められていないようだったので,前半の理論の話は省いたらよかったのかもしれない. 学会固有の「ディスコース」を事前に調べておくことも大事なのだろう. しかし,何の理論的枠組みも裏付けもないような単なる"simple description"で終わってしまう報告は,学会という場の発表内容としてはどうなのだろうか?という疑問を持ってしまった. そして,やたらめったらオーディエンスを巻き込んでアクティビティをさせるような発表も大いに疑問である. 

それよりも今日は懐かしいお友達と約7年ぶりに再会できたことが,何よりも嬉しい出来事だった. オーストラリア留学時代のことが自分にとっては遠い過去の出来事になっていたのだが,お友達とお話していると,いろいろな思い出が一気にフラッシュバックしてきて,涙が出そうになった. わたしはこのお友達のことをとても好きだった時期があったし,大学で研究を行うこととか大学で職を得るといったことに関してこのお友達にずいぶんと助けられた. わたしにとってはとても大切な人にまた再会できたことをとても嬉しく思った. そして,いろいろな人に助けられながら自分はここまで来れたのだということを改めて感じた. 

夕飯に「世界の山ちゃん」に行きました.

手羽先にがぶりとかぶりつくことはレヂーには難しいと思いました. レディー.

名古屋に来れてよかった.

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東京スカイツリー

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やっと本物を見ることができた.

東京スカイツリー.

まだ建設中だが,すでに,首都・東京の新しい'landmark'としての威厳を放ちつつある. たとえ,「アコム」と「レイク」の看板が同じ視界に入っていたとしても.

電波塔として世界一の高さを目指し,少しずつ少しずつ積み上げられてく,その過程を見ることができてよかった. たとえ「介護のワタミ」の看板が横に見えていたとしても.

あと何十年かしたら,「おばあちゃんは,と,と,とーきょース,ス,スカイツリーがまだ建設中だった頃のことを,し,し,しっとるんやで」と,今日の日を思い出しながらチビッコたちに自慢しているのかもしれない. 思い出せなくなっている可能性もあるけれど(年齢的に).

でも,たぶん大丈夫だ.

なぜなら,その東京スカイツリーを次のようなインパクト大な位置から見ることができたからだ. 

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うおーー

すげーー

でけーー

という多少お下品な言葉が最初に口から出てきました(どうもすみません). 

しかし,うおーーすげーーでけーー以外に,この時に受けた衝撃と驚きと感動を描写する言葉が見つからなかった.

この建築物が「人間の手によって作られたものであること」は,にわかには信じがたい. じっと見ていると素朴な疑問が次から次へとわき起こってくる. 「なんで倒れないんだろうか」とか「どうやってこのまっすぐでしなやかな一本のラインを実現しているのだろうか」とか「どうやってこの斜めのラインを全てが均一の角度で交わるようにしているのだろうか」とか,そして極めつけは,「あのてっぺんのところにあるクレーンはどうやってあの高さのところまで辿り着けたのだろうか」ということだ. 落ちてきたら危ないやんかー. 私の疑問の「素朴」レベルはここまで落ちるのである. 
 
あらゆることが私の能力を著しく超えたはるかかなたに存在している. だからこそ,この建築物を見たときにとっさに出た言葉が「うおーーすげーーでけーー」というレベルの語彙にとどまってしまったのだろう. このスカイツリーを見る前に,上野の国立科学博物館で「港川人」や「縄文人」の復元像を見てしまったこともよくなかったのかもしれない. 「港川人」や「縄文人」のそのあまりのプリミティブさと東京スカイツリーが放つアーバン・ソフィスティケーションを比較すると,年表の端から端までをひとっ飛びするような感がある. 時代は前へ前へと進んでいる,そして,前へ前へと進んで行くしかないその時代の中で自分は生きているのだ,というスケールの大きなことを久しぶりに考える機会となった. 

「おばあちゃんは,と,と,とーきょース,ス,スカイツリーがまだ建設中だった頃のことを,し,し,しっとるんやで」

あと何十年かしたら,今日の日のこの衝撃を,チビッコたちにきっと話しているはずだ. 

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福岡

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福岡旅行最後の日に愛宕神社というところに連れて行っていただきました.

階段を上ると,穏やかな青い海とそこにぽっかり浮かぶ小さな島と福岡市内の街並が目に飛び込んできた.

「海」と「島」と「街」がこんなに近い距離で同時に視界に入るという種の景色を見たのは初めてかもしれない.

福岡の愛宕神社という場所からしか見られないこの景色. 

何だかとても得難い経験ができたような気がした.

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福岡空港に行く前に,市内にある16区という洋菓子のお店に連れて行っていただきました.

桃のケーキをいただいたのだが,これは普通の桃のケーキじゃなかとです. むっちゃくちゃ美味かったとよ. 博多弁の使い方なんかおかしいとよ. とよとよ言ってます.

この16区というお店は,福岡市の浄水通りという高級住宅街の中にある. 16区という名前は,オーナーの三嶋さんが「フランス修業時代にシェフを務めた『アクトゥール』がパリの高級住宅地16区にあったことにちなんだもの」(©16区ウェブサイト)であるらしい. なんか洒落とるとよ. うちの実家の近くにある「洋菓子キムラ」さんとは何か違うとよ. やかましい.

桃のケーキを堪能していると,オーナーの三嶋シェフがわざわざテーブルにご挨拶にやってきてくださった. なんてプロフェッショナルなのだ. こういう「おかげさま」精神がまだ日本に残っていたことに大いに感動した. ミシマー.

これから「浄水通り16区のミシマの時代」が必ず来るはずだ. そのミシマが明日から一週間,東京・渋谷の東急百貨店にやって来るらしい(大九州物産展). みんなでミシマを応援しようではないか. いつのまにか呼び捨てになっていました.

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ミシマが焼いてくれたマロンパイを先生がおみやげに買ってくださった. ほんに有り難かたい. あれ. ありがとうございます.

ミシマのマロンパイは,秋限定の商品なのだそうだ. ちょうど16区を訪れた日がマロンパイ解禁の日で,お店は大変な混雑ぶりだった. 明日からの渋谷での物産展でもマロンパイが販売されるらしいので,お近くの方はぜひ東急百貨店へ足を運び,ミシマを応援してあげてほしい. 呼び捨てにすんなって.

三日間という短い時間だったのだが,先生方のおかげで福岡を堪能でき,福岡が大好きになりました.

心からありがとうございます.

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太宰府天満宮

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太宰府天満宮に連れて行っていただきました.

本殿で「学業成就」の祈願をする.

「○○が取れますように」

「□□が書けますように」

「△△になれますように」

と片っ端から学業に関するお願いをする. 

菅原道真公に「欲張りすぎけんねどれか一つにせんとね」(博多弁バージョン)と叱られてしまうかもしれない.  「その前にお賽銭たんまり入れてやー」(関西弁バージョン).

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お守りもしっかり購入した.

○○が取れて□□が書けて△△になれるまでは,肌身離さず持って歩くことにしよう. 

菅原道真公に「あんたお守りに頼らんと一人で頑張らんとね」(博多弁バージョン)と喝を入れられるかもしれない. 「神頼みの前にお賽銭たんまり入れてやー」(関西弁バージョン)

# 博多弁を少し勉強したので早速使ってみたのだが,間違っているかもしらんとよ. うほー

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ところで,本殿の門をくぐると,日本語でない言語があちこちから聞こえてくる.

丸顔で小太りのおっちゃんの集団が前から歩いて来た. なぜか分からないけどみなさん同じ顔に見える. みなさん丸顔で小太りで,そして,みなさんなぜかすごい大声でしゃべっている. そんなに大声を出さなくてもちゃんと聞こえていますよたぶん. それにしてもすごい勢いでしゃべっているのでケンカが始まるのかしらとか思って観察していると,笑顔でお互いの写真を撮り始めた. めっちゃ笑ってるやんか. それにしてもみなさん丸顔で小太りですよねえ,とか思いながら続けて観察していると,「ワーシーラーマルガオラー,コーブトリラー」というような音声が聞こえてきた. えーっ. たぶん広東語だ.

その次は,パンチパーマで顔が真っ白で口紅が真っ赤なおばちゃんの集団が前から歩いて来た. このパンチパーマはどうやって実現しているのだろうか. ジャパニーズ・パースペクティブ的には,これはどう見ても「チンピラ」ですよ,「ミナミの帝王」ですよ,とか思っていると,「パンチパーマデワルカッタニヨー,チェソンハムニダー」というような音声が聞こえてきた. えーっ. たぶん韓国語だ.

このアジアンな雰囲気は一体何なのだろう. 「ワーシーラーマルガオラー,コーブトリラー」とか「パンチパーマデワルカッタニヨー,チェソンハムニダー」とかいう言語が太宰府天満宮に飛び交っている中で,「丸顔ですね」とか「パンチパーマですね」とかいう言語を話す日本語話者の自分の方がマイノリティであるような気がしてきた. 最近はどこに行っても中国人や韓国人を見かけるようになってきた. そのうち太宰府天満宮の参道にトッポッキとか飲茶の露店が軒を連ねるようになるのかもしれないムニダ. ハオチー.

そしてそのうち日本は乗っ取られてしまうのかもしれない.

ということを本気で考える危機意識を我々日本人はもっと持ったほうがいいのかもしれませんね,とマイノリティ同士日本語で話す.

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本殿を出て,参道のお店で焼きたての梅ヶ枝餅をいただく. 太宰府の名物なのだそうだ. 焼きたての梅ヶ枝餅をほおばりながら,お抹茶をいただき,思い出話に花を咲かせる. なんて清らかな時間. 

日本人でよかったと思った.

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ゆふいん

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羽田を飛び立って1時間半.

初めての九州上陸です.

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ハワイ大学で一緒だった先生と約2年ぶりに再会.

湯布院に連れて行っていただきました.

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ここは別世界だ.

あれ,昨日まで自分はどこで何をしていたのでしたっけ? 一瞬分からなくなってしまった.

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緑あふれる景色が目の前に広がる窓際の席で,完熟梅蜜ジュースとモン・ユフというデザートをいただく.

この場所とこの眺めとこの味とこの気持ち. 

何これ. 

やはりここは別世界だ. 

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このやわらかな癒しの空間.

ここは,「湯布院」と漢字表記するより「ゆふいん」とひらがな表記したほうが,そのイメージを適切に表現できるような気がした. 

ゆふいん.

大好きな先生にとっての特別な場所に来ることができてとてもしあわせだと思った.

ありがとうございます.

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ポートライナーから六甲山系をのぞむ.

ああ帰ってきたんだと思える景色.

いつ見ても大好きな景色.

この景色が遠ざかっていくときはしんみりしてしまう.

これから神戸空港へ.

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