テルマエ・ロマエ

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古代ローマの男が現代日本へタイムスリップ.

タイムスリップした場所はなんと

風呂場だった. 

そこで目にした高度に発達した日本の風呂文化に驚愕する古代ローマ人の男. シャワーに風呂桶にアカ擦りタオルにシャンプーハットに風呂上がりのフルーツ牛乳に,あれもこれも何という文明度の高さ! この高度に発達した文明世界から学び取れることには際限がないぞ. ばばんばばんばんばん.

昨年末に出版され,注目を集めている『テルマエ・ロマエ』の筋立てである.(ばばんばばんばんばんは筋立てとは関係がない.by ドリフターズ世代)

普段,漫画を読まないわたしにとって,この作品は高校生のときに読んだ『王家の紋章』以来,かなり久しぶりに手にした漫画ということになる. そういえば,『王家の紋章』もタイムスリップが題材だった. アメリカ人学生のキャロルが古代エジプトにタイムスリップし,若きメンフィス王と恋に落ちるという,3000年の時空を超えた壮大な歴史ロマン物語だった. どう考えてもあり得ない設定で,「キャロル」と「メンフィス王」というプロトティピカルな名前の組み合わせにも笑いが起きそうになるのだけれども,当時はすっかりはまってしまい.「好きな男子のタイプはメンフィス王タイプ」とか言ったりしていた. メンフィス王タイプってどんなタイプや. そんな男子おるんかいって話だが当時はまじめにそう思っていたような気がする. 

そんなありえない「タイムスリップ」という設定が,『テルマエ・ロマエ』の中核になっている. が,『王家の紋章』では現代から古代へのタイムスリップだったのに対し,『テルマエ・ロマエ』では,古代から現代という逆のタイムスリップである. しかも,タイムスリップした先が日本の風呂だったというところが斬新だ. 

考えてみると,日本の風呂ほど高度に発達した文明を持つ国は,世界中どこを探しても他に存在しないだろう. 外国に長く住んだことのある人なら誰もが持つはずである「湯につかりたい願望」. この願望を満たしてくれる場所は,日本の風呂以外に存在しない. ハワイ大学に留学していた時,同じアパートに住んでいた日本人女性が,ウオールマートで大型の衣装ケースを買ってきてそこに湯をためて浸かっているのだと話していたことを思い出す. 衣装を収納する目的で作られたはずの衣装ケースが「風呂」目的でも使用可能なのだという驚愕の事実を知ったのは,そのときが人生で初めてだった. あまりに感動してしまい,「すごいですね〜」という言葉しか出てこなかった. 確かにすごい. しかし,すごいですね〜と感動しつつも,最後まで衣装ケースを「風呂」目的で使用するという行動に出ることはできなかったわたくしである. なぜなら衣装ケースは風呂じゃないからだ. それに,万が一バランスを崩して衣装ケースごとひっくり返ってしまったときの自分の姿はあまりに痛々しく想像に耐えない. たぶん衣装ケースに自分の体を収めるには体を「ん」の字に曲げないといけないので,衣装ケースがひっくり返ったら「ん」の字の体勢のままひっくり返ることになるのだ. んー恐ろしい.

とにかく,『テルマエ・ロマエ』では,こうした日本独自の風呂文化が,古代ローマ人の視点から描かれている. はっきりいっておもしろい作品だ. 私たち日本人は,衣装ケースを風呂にしてしまうくらい風呂に対する執着心が強く(わたしはしなかったけど),だからこそ日本の風呂文化はここまで高度に発達したのだという歴史的事実に改めて気づかされる.

読者としてわたしが最も魅了されたシーンが2つある. まず1つ目は,古代ローマ人のルシウスが日本の銭湯にタイプスリップし,壁面に描かれた富士山の絵を見て驚愕するシーンである. 目を真ん丸にして「こっ...これはっ...ポンペイのヴェスビオス火山ではないか!!」と叫ぶのである. フジサンです. そして2つ目は,ルシウスが,おじいちゃんのかぶったシャンプーハットを族長の冠と勘違いするシーンである. 確かにシャンプーハットってどこかの島の少数民族の族長がかぶる冠としても機能しそうである. シャンプーハットの新しいビジネスチャンスかもしれない. 今後の顧客ターゲットはおじいちゃんじゃなくて族長だ.

このように,ルシウスの驚愕ぶりを笑いつつ,日本の風呂文化の奥深さや工夫の数々を再発見できる,そんな仕掛けが『テルマエ・ロマエ』の面白さにつながっている.

ちなみに『テルマエ・ロマエ』とは『ローマの風呂』という意味なのだそうだ. 古代ローマにも公衆浴場があったらしく,その当時のローマ風呂事情なども本作品を通して学ぶことができる. 教養書としての側面もあり,一読の価値ありである. ばばんばばんばんばん. 風呂はいれよ.

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No Man's Land

Jan26_001_3Jan26_034_2フランス大使館で開催されているアート展に行って来た.

"No Man's Land"

大使館の機能は敷地内に新築した新庁舎に移転済み. 近く取り壊される旧館が会場となっている. 取り壊しまでの間に,この旧館を使って何かできないかということになり,日仏アートの交流の場としての"No Man's Land"が実現したという. エクセローーン.

新庁舎に移転して誰もいなくなったその土地は,まさに"No Man's Land". 残された旧館の歴史の堆積とともに,敷地内全体が芸術作品に変身していた.

大使館の中に入れる,ということだけでもこのアート展の価値は大きい. 普通の人が大使館の奥に足を踏み入れる機会はまずないからだ. そんなわけで,JR恵比寿駅から30分くらい歩いて(バスに乗るべきだった)やっと大使館に到着したと思ったら,ものすごい行列が. そこからまた30分くらい並んでようやく大使館正面玄関へ. シュペーーブ.

Jan26_004_2Jan26_003_2正面玄関を入ると,建物の側面に描かれた巨大なグラフティアートが目に飛び込んできた. 大使館の建物にこんな落書きしたら怒られますよ. この落書きは,フランスでグラフィティ・アートの先駆者とされるスピーディ・グラフィトー氏が描いたらしい. グラフィトー氏によるグラフティってなんかオヤジギャグみたいです. それはともかく,このグラフィティは何となく「寂しげな」感じがして,それが旧館の色褪せた風合いにうまくマッチングしていると思いました. 人間が作り出すあらゆる事象の内には本質的に芸術性が含まれている,それゆえに落書きも芸術作品になるのだということが,この落書きを見ているとよく分かります.

Jan26_041_3Jan26_025_3廊下の壁にも,さまざまなアーティストが自在にペイントを施していた. 中でもわたしが気になった絵は,「Tokyo」とか「Sushi Bar」とか「アーバン」とか「銀河」とか整合性の全然ない日本語文字があちらこちらに描かれている絵だった. なんで「Sushi Bar」と「銀河」なんですかね. そんな不思議さも芸術になってしまうから不思議だ.

Jan26_014_2Jan26_017_2館内には,大学教員の研究室サイズの小部屋がたくさんあり,それぞれの個室でユニークな作品が展示されていた. この小部屋は外交上の秘密の会話がリークしないようあらゆる電波が遮断できるような作りになっているらしい. この小部屋では一体どんな極秘情報が話し合われたのだろうか. そんなことを考えていると,自分みたいな普通の人がこの部屋に足を踏み入れていることがとても不思議に思えてきた. 外交官が使っていたと思われるデスクには,今やなぜか羊さんが並べられ,天井からはなぜかレインコートとかランドセルとか靴がぶらさげられている. すごく不思議な空間だ.

Jan26_037旧館の最上階,いちばん奥の個室には,白いふかふかのカーペットが敷き詰められていた. 荷物がすべて運び出され誰もいなくなった空っぽの空間からも優雅で重厚な感じが伝わってくる. 部屋の入り口に掲げられていた名札には,"Les Ambassadeur"の文字が. 駐日フランス大使. わー大使のお部屋. なんかすごいところに自分は今いるのだという気がしてきて,部屋そのものが芸術作品のように思えてきた. それにしても大使くらいのポジションになると部屋に白いカーペットを敷いてもらえるのですね. 階級社会を地で行く外交官の世界が白いカーペットに現われていると思いました. 

Jan26_031大使のお部屋のお隣は,グレーのカーペットでした. このお部屋は,特に何かの展示がされていたわけではないのだが,広い部屋にひっそりと残された椅子と,無造作に束ねられたケーブルが,アート展のタイトルになっていた"No Man's Land"を象徴しているような気がして,すべての作品の中で最も印象に残った. どんな人がこの椅子に座っていたのかなとか,この窓から見える景色をどんな気持ちで眺めていたのかなとか,この部屋の過去の様子に思いを馳せていると,ポツンと残された椅子とケーブルにはとてつもない歴史が詰まっていて,椅子とケーブルが歴史の堆積そのもののように思えてきた. 一時代を終えて今は取り壊しを待っているだけと思うと何となく寂しい気持ちになった. 

こんな気持ちにさせられるアート展を経験したのは初めてのような気がする. もうすぐ取り壊される場だからこそ感じ取れる何かが作品ひとつひとつにあったと思うし,もうすぐ取り壊される場だからこそ実現したアート展だと思う. 

フランスが「文化の国」と言われる理由が"No Man's Land"に行って分かった.

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こころ

Oct2_001 読書の秋にすばらしい作品に出会ってしまった.

 夏目漱石の『こころ』だ.

 少し読んでみて,その文章の格調高さと美しさに驚く. 

 一つ一つの言葉が,そして一文一文がじわじわと心に染み渡ってくる.  

言葉や文章が情報を伝達する以上の意味を持っているという大切なことに改めて気づかされる. 

今日,特に心を動かされたのは,「私」と「先生」が「若葉に鎖されたようにこんもりした小高い」丘を散歩していたときの次の情景だ.

『芍薬(しゃくやく)も十坪あまり一面に植えつけられていたが,まだ季節が来ないので花を着けているのは一本もなかった. この芍薬畑のそばにある古びた縁台のようなものの上に先生は大の字なりに寝た. 私はそのあまった端の方に腰をおろして煙草を吹かした. 先生は蒼い透き通るような空を見ていた. 私は私を包む若葉の色に心を奪われていた. その若葉の色をよくよく眺めると,一々違っていた. 同じ楓の樹でも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった. 細い杉苗の頂に投げかぶせてあった先生の帽子が風に吹かれた落ちた』(p. 82).

先生が見ていた「透き通るような蒼い空」と,私を包む「若葉の色」と,風に吹かれて落ちた「先生の帽子」が,ありありと目に浮かんでくる. このほんのり心に染み入る巧みな情景描写. なんて素敵なんだろう.

明治時代を生きた夏目漱石と,今,平成時代を生きている自分が,途方もなく長い時空間を超えて一つのものを共有できていることにも感動してしまう.

夏目漱石の作品が国民文学と言われる理由が大人になった今になってやっと理解できたような気がする. 

『こころ』を読んだのはこれが初めてではない. 初めて読んだのは中学生のときだったような気がするし,その後も何度か読んだような記憶があるけれど,今のような気持ちにはならなかった. 言葉や文章が情報を伝達する以上の意味を持っているというのは,まさにそういうことなのかもしれない. つまり,言葉や文章の意味とは自分自身の歴史の映し出す鏡なのだと.

夏目漱石と同じ言語を母語として共有できたことはとてもありがたいことだとしみじみ思う.

他の作品も読んでみたい.

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君の知らないところで世界は動く

41kjzr65mhl_sl500_aa240__2  最寄り駅前に区立図書館があるので,いつも二週間に一度本を3~4冊借り,通勤電車の中で読んでいる.

 4月は片山恭一さんの本をたくさん読んだ. その中で,『きみの知らないところで世界は動く』(2003)が特に心に残ったので,ここに書いてみた.

 物語は,主人公の「ぼく」と友人の「ジーコ」と恋人の「カヲル」の三人を中心に展開される. 三人とも同じ高校の同級生である. 高校を卒業し,別々の道へ進むことになった三人だが,「ぼく」と「ジーコ」,「ぼく」と「カヲル」,そして「カヲル」と「ジーコ」の絆はさらに深いものになっていく. でも,絆というのは,深まれば深まるほど,苦しく切ないものにもなりうる. そんなことを考えさせられる物語だった. そして,それは,友人の「ジーコ」の言葉に込められたメッセージでもあった.

友人の「ジーコ」は,「コージ」という本名をひっくり返しただけという実にシンプルなニックネームなのだが,このジーコは,そんなシンプルなニックネームとは相反して,いつもすごく深い言葉を口にする少年である. あまりに深いので,一見,世間の枠組みからこぼれ落ちてしまった偏屈少年のように思われてしまいがちなのだが,実はジーコの言うことはいつも正しいのである. わたしたち読者は,後になってそのことに気がつく.

例えば,こんなセリフがある. 夏休みに,ジーコが「ぼく」を旅行に誘う場面がある. 

「…旅行には地図を持っていかないのがポイントだ. だいたい地図に何が書いてあるっていうんだ? 地図なんて学校の教科書みたいなもんじゃないか. 本質的なことは何一つ書いちゃいない」

実はわたしたちは物事の上辺だけをひっかいているだけで,本質的なことは何も分かっていないことが多いのではないか,ということを考えさせられた.

この物語を読んだ後で,「ジーコ」に会いたくなった.

でも,「ジーコ」はもういないのである.

久しぶりに良い作品に出会った.

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usher in a new era of peace

オバマ新大統領の就任演説を聴いた.

使われる言葉ひとつひとつが深く美しく,

聴いている側の心に響くレトリックにあふれた演説だったと思う.

中でも,

"usher in a new era of peace(新たな平和な時代の到来を告げる)"という言葉,そして,この言葉で締めくくられる次のパラグラフが心に残った.

"For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus -- and nonbelievers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth; and because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation, and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace."

「我々の多様な出自は,強みであって弱みではありません.我々は,キリスト教徒,イスラム教徒,ユダヤ教徒,ヒンズー教徒,そして無神論者から成る国です.地球上の全ての文化と言語が,我々の国を形成しているのです.我々は,南北戦争と人種差別という苦い経験をしてきました.しかし,その暗い歴史の一章を経て,我々はより強く,絆はより深くなったのです.かつての憎しみは過ぎ去り,人種を隔てる壁が消えてなくなることを確信せずにはいられません.世界はより小さくなり,そして人類愛が姿を現してくる.アメリカは,その世界において,新たな平和の時代をもたらす役割を果たさなくてはならないのです」

英語の専門家でも政治の専門家でもないので,あまり偉そうなことは言えないのだけれど,

オバマ大統領の演説は,「この人についていけば大丈夫」という希望,そして,「自分も統一体の一員なのだ」という自覚を,国民に認識させる説得力があったと思う.

Mar28_001_2  写真は,昨年,アメリカの"The View"というトーク番組に出演していたオバマ氏.

 この番組でも心に響くようないいお話をされていた.

 中でも,

 若いアメリカ人男性に向けて,"You must choose a wife who is superior to you.(将来の奥さんは,自分より賢い人を選びなさい)"と言われたのが印象的だった.

政治とは何も関係がない言葉なのだが,こういうことを公の場で言えるオバマ氏のことを,偉いなと思った. 自分が仕事に専念できる環境があるのは奥さんの支えがあるからこそだというのは忘れてしまいがちなことのような気がするけれど,それはとても大切なことで,その大切な意味合いがこの言葉に含まれていると思った.

このように,多くの人が忘れてしまいがちな,あるいは忘れてしまっていたことの大切さを再認識する場面が,これからオバマ新大統領によって何度となくもたらされるような気がする.

"usher in a new era of peace(新たな平和な時代の到来を告げる)"が実現し,アメリカが良い国に変わればよいと思う. 

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クリスマスカード

Oct_4_007  Barnes & Nobleに行ったら,もうクリスマスカードが並んでいた.

 そういえば,あと1ヶ月半もすれば12月. 

 時間が過ぎるのは本当に早い. 

 クリスマスが近づいてくると,何となくうきうきしてくる. 

 何か特別なことをするわけではないのだけれど,町中がイルミネーションで飾られたり,こうして本屋さんにカードが並び始めたりすると,何となく幸せな気持ちになってくる.

ああもうすぐクリスマスなんだなと思いながら,カードを手にとってながめていると,何だか温かな気持ちになってきてはりつめていたものがジワジワと溶けていく感じがした. これから約2週間の間に約60ページほどのペーパー(筆記試験)を書き上げなければならない. まだ3ページしか書いていませんが. おいおい. ジワジワ溶けていってる場合じゃありませんよ. しかし,クリスマスカードを見ながら,しばし現実逃避をする. クリスマスはやはり人を幸せな気持ちにしてくるのだ. 

Oct_4_005 ハワイのクリスマスカードに描かれているものは,やはり"prototypical"なハワイである. 赤いハイビスカス,ヤシの木,海亀(ハワイでは「神聖な生き物」としてあがめられている). そして,おなじみのサーファー・サンタクロース. 

 こういう感じのぽっちゃり型おじさまがハワイにはたくさんいらっしゃるので,赤い帽子をかぶってサーフィンボードに乗っていただくと,みなさんサーファー・サンタになれるではないかということに気がついた. 何ということだ. というか別にそんなことに改めて気がつかなくてよいのだが. 

 "prototypical"なハワイというと,もうひとつ思い浮かぶのは星空である. 満天の星を見られる場所がハワイ島にある. マウナケア山頂である. 世界中で最も天体観測にふさわさしい場所なのだそうだ. 日本の「すばる」天文台もここにあるらしい.

今年のクリスマスは,ハワイ島のマウナケア山頂から「満天に輝く星」を見て過ごすというのはどうだろうか. どうだろうかってどうなのだ. それに,クリスマスに一人で山に登って星を見るというのはどうなのだろうか. どうなのだろうかってどうなのよ. 星空ツアー予約フォームに参加人数「大人一名」ってどうなのだろうか. しらん. 何はともあれクリスマスの過ごし方などのことを考えているとまた楽しい気持ちになってきた. クリスマスカードのおかげでしばし現実逃避ができた日. ペーパーを書き上げなければ.

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dichotomy

Sep19_005 ハワイ大学,シンクレア・ライブラリーから見える夕暮れの景色.

 一週間が終わった.

 週末に,この場所から夕暮れの景色を見ていると,はりつめていたものがゆっくりと穏やかに溶けていく感じがする. 

 最近,毎日何かに追われている感じで,一週間が過ぎるのがとても早い. 書けー書くのじゃ. 読めー読むのじゃ. という騎手のムチ打ちが一層激しさを増してきた感がある.

今週は,神戸外大から来られた先生のレクチャーを聞く機会があった. 先生はブロンドヘアのアメリカ人女性だが,ラストネームは「タツキ」さんだった. ご主人は日本人男性なのだろう. ブロンドヘアだけど名前は「タツキ」ってなんかすてきです. たつ吉さん. いや,タツキですから. たつ吉は近所の蕎麦屋さんの名前でした. そんなことはどうでもいいのだけれど,タツキ先生のご専門は「日本の広告のレトリック」研究なのだそうだ. 広告のキャッチフレーズは読み手の心をつかむ斬新なものでなければならない. ラブレターと同じである. ラブレターかい. そのレトリックにはどんなものがあるのかを日々探求しておられるのだそうだ. タツキ先生によると,日本の広告には次のようなレトリックがあるらしい. 

(1) Rhyme:(例)「ふわっくしゅ・ワックスでしゅ」⇒「わっくしゅ」と「ワックス」が韻をふんでいる. (2) Chime:(例)「ミルクでみるみるストレート」⇒「ミルク」と「みるみる」が韻をふみ,それが二回繰り返されている. (3) Puns: (例)「くる,こない,くる,こない,クール」(クールガムの広告)⇒ 「くる」と「クール」をかけている・・・

ふーむ,"Rhyme"に"Chime"に"Puns"にいろいろなレトリックがあるのですね. 勉強になった. でも,正直なところ,どの例もちょっとつまらない. 「ミルクでみるみるストレート」って. おもしろくないです. 「ふわっくしゅ・ワックスでしゅ」って. ちゅまんないでしゅ. 「くる,こない,くる,こない,クール」って. もうこなくていいです. これらは果たして本当に読み手の心をつかむレトリックとして成功しているのだろうか. そして,レトリック研究としてとてもおもしろいテーマだと思いつつ,分析が浅いという印象も受けた. 「ミルクでみるみるストレート」のレトリックが"Chime"だからどうだというのだと問いかけてしまった. 

Sep19_014  今週は自分のプレゼンテーションもあった. アーティクルを読み,ポイントをまとめ,ディスカッション・クエスチョンを作り,それらをパワーポイントにビジュアル化するという一連の作業は,結構時間がかかる. パワーポイントにのせる文字や図にも,見ている人の心をつかむためのある種のレトリックが必要なのである. 「ミルクでみるみるストレート」的なレトリックでなくてよいのだけれど. もうこれはいいですか.

プレゼンが終わった翌日,先生から早速フィードバックが届く. 大変熱心な先生である. 先学期に受けた某授業の先生とは大違いである. 先学期の先生は,「もうネタがつきちゃったから,これからはあなたがたにプレゼンしてもらいますかね」という感じで,かなり適当だった. ネタつきたら今度はわたしらにやらせるんかい. アーティクルの内容がよく分からないので質問に行ったところ,"I honestly don't know"(実は僕も分からない)とか言われたりして. 分からんのかい. さらに,「今日は体調が悪いので授業はこれでおーしまい」とか言って,突然授業が終わることもあった. しんどいから帰るって小学生かい. 「おーしまい」で思い出したが,「今日はこれでおーしマイケル」というのが持ちネタのマイケルという芸人さんが昔いたような気がする. まだ日本のテレビに出ているのだろうか. 「おしマイケルは」,「おしまい」と「マイケル」をかけているという点で,レトリックは"Puns"に相当する. だからどうだというのだ. さらに,「お母さんが病気になったからしばらく実家に帰ります. したがって授業はしばらくお休み. え?メイクアップ? そんなのしーらないっ」とか言って,授業が3回ほど休講になったこともあった. 休んだら休みっぱなしなんかい. どんマイケル. 

「ミルクでみるみるストレート」などのレトリック研究はおもしろいといえばおもしろいし,おもしろくないといえばおもしろくない. おもしろい研究だと感じている自分もいれば,つまんないことやってますねと冷めた目で見ている自分もいる. 熱心な先生もいれば,適当な先生もいる. 熱心なのはすばらしいが熱心すぎてそれが重く感じられることもあり,そんなときは,「今日はしんどいからこれでおーしマイケル」とか言っておうちに帰ってしまう先生のいいかげんさを恋しく思ったりする. 

ものごとの価値は"dichotomy(二極分化)"で判断できるものではないのかもしれない. 自分の場合は「うーんどっちでもいいんじゃない?」という"ambiguous dichotomy"でものごとを認識することが多いような気がする. しかし,こういうのは無責任なのかもしれない. いまだに議論が上手にできないのはこの"ambiguous dichotomy"な判断基準が原因なのかもしれない. 責任ある議論を求められることが増えてきたような気がする今日この頃. どっちでもいいんじゃない?という逃げ道はもうおしマイケルにしなければならない.  

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犬からの贈り物

昔飼っていた犬のことを思い出して泣いてしまう

というのは,ちょっと疲れているからなのでしょうか.

April12_003   柴犬の奈々ちゃんといいます.

  ハワイにも写真を持ってきています. 

  小学校6年生のときから,17年間を一緒に過ごしました.

  小学生から中学生,高校生,大学生,そして社会人になるまで,自分の成長をいつも見守ってくれていたので,

今でも天国で見守ってくれている気がします.

10代から20代の人格形成で最も大切な時期に,奈々ちゃんがいてくれたことで,たくさんのことを学んだと思います.

「子供が生まれたら犬を飼いなさい」

というイギリスの諺があるそうです.

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  子供が生まれたら,犬を飼うといいでしょう.

  犬は子供よりも早いスピードで成長し,

  子供のよき守り手となるでしょう.

  子供が幼年期のとき,よき遊び相手となり,

  子供が少年期のとき,よき理解者となるでしょう.

そして,子供が大人になったとき,自らの死をもって,

最も大切なことを子供に教えるでしょう.

大切な者との悲しい別れを.

そして命の尊さを.

...

ありがとう.

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Happy Valentine's Day

2月14日,バレンタイン・デイ.

ハワイにも,日本と同じように,大切な人にチョコレートを渡す習慣があるようだ.たぶん,日本から輸入された習慣だと思われるが.

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日本のバレンタインは,女性が男性にチョコを渡すのが普通だが,こちらでは,男性が女性に花束を贈ったり,友達や家族にチョコを渡したりと,みんながそれぞれの形で大切な人に愛情や感謝を示す日になっているようだ.

わたしも,いつも助けてくれているお友達に感謝の気持ちをこめてGODIVAのチョコを贈った.

ハート型パッケージがかわいい.女の子らしいピンク色も同姓のお友達に贈るのにぴったりという感じ.

バレンタインってたのしい.

男性から女性に花束を贈るという習慣もとても素敵だと思う.紅い薔薇を一本と手紙というシンプルだけど気持ちがグッと伝わる形に憧れる.きゅんきゅんする.きゅーん.

そんな妄想をふくらませつつ今日も図書館で勉強していると,明らかに外部の人でしょうハワイ大の学生ちゃうでしょうという風貌のおじさんに声をかけられる.紅い薔薇でも頂戴できるのかと思ったら,

「海苔(のり)食べる?」

やって.

三枝師匠じゃないですけども,椅子から転げ落ちそうになりましたわ.どてっ.

なぜか図書館で焼き海苔にむしゃむしゃと食らいついているおじさん.しかも,手巻き寿司用焼き海苔でサイズは大きめである.手巻き寿司用にも関わらず何も巻いていない.そのままの海苔の味を楽しみたいかのごとく,バリバリと海苔をかじっている.

「なぜあなたに海苔をすすめるかというとね,あなた日本人でしょう.日本の人は海苔が好きでしょう」

やって.

図書館で海苔を食べる人は日本にはいないような気がしますけども.

「ほら,食べて食べて,遠慮しないで食べて」

と海苔を一枚とるよう執拗にすすめられる.

いりませんから.

手巻き寿司用焼き海苔って二枚に折りたたまれているのでとりにくいですし.

ていうか,いきなり海苔すすめてくんなという話だ.

自分はつくづく変わったおじさんに縁がある人だと思う.前は一緒にハトにえさをやろうと誘われたし,今回は焼き海苔だ.

紅い薔薇と手紙に憧れる.そんなシンプルだけど気持ちのグッと伝わる贈り物が頂戴できる日が訪れるのだろうか.焼き海苔はもういい.

Feb14_001_2 家に帰ったら,お友達がアポロチョコレートと手紙を届けてくれていた.

アポロチョコうれしい.

それに手紙もうれしい.

シンプルだけど気持ちが伝わる贈り物ってやっぱりいいな.

焼き海苔をすすめてくれたおじさんの気持ちにもこたえてあげればよかったのかなと反省した.

いつも支えてくださっているみなさまへ.ありがとうございます.

海苔のおじさんもありがとう.

Happy Valentine's Day.

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雪国にて

Jan5_003  日本海側の雪深い小さな村。

 あきしーさんのご実家に招待していただく。

 この景色。

 こういう田舎の雪景色は写真でしか見たことがなかった。

日本にもこんなに美しい田舎が残されていたのだなということを再発見し大きな感動を味わう。

Jan5_004  真っ白。

 こんな風景はスキー場以外で見たことがない。

 田んぼの上に雪が積もると、こんなふうに白いカーペットを敷き詰めたようになるのだということを学ぶ。 

 すごくきれい。

Jan5_010  大山が見えた。

 富士山に負けないくらい雄大で力強くて美しかった。

 大山を見ながら、地元名物であるという梨のソフトクリームを食べた。

 梨のソフトクリームってさわやかでおいしい。

Jan5_001_2   山に囲まれた田舎の家並み。

 わたしはいわゆる「田舎」というものを知らない。

 ふるさとと呼べる田舎があるというのは素敵なことだと思った。

近くの川で本物のオシドリを見たり、山陰地方特有の糊入りのお雑煮をいただいたり、日本で一番縁起が良いといわれる「金持(かもち)神社」をお参りしたり、回転寿司のネタの大きさとおいしさに驚いたり、この地方の人々は「こんな」「そんな」「どんな」を「こげー」「そげー」「どげ-」ということを学んだり、新しい経験がたくさんできた旅。

あきしーさんご家族の優しさに包まれてほっと一息つけた旅。

日本には良い場所がたくさんあると再発見できた旅。

元気をもらえた旅。

そして、明日はハワイへ。

 

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