バンクーバー

8月一週目,学会出張で,カナダ,バンクーバーに行ってきました.

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学会会場は,Simon Fraser University (SFU)のダウンタウンにあるキャンパス.


そこから徒歩10分ほどの場所にあるPinnacle Hotel Harborfrontというホテルを手配し,滞在中は,ホテルと学会会場のSFUを往復する毎日を過ごしました. 


せっかく暑い日本を離れカナダに行きましたので,バンクーバーの夏をもっともっと満喫したかったのですが...(汗).


ですが,学会最終日だけ午前中で学会会場を出て,バンクーバーの街とブリティッシュコロンビア州の大自然を海から眺めるクルージングに参加してきました.


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海からバンクーバーの街と自然を眺めるという経験に加えて,「日差しは強いのだけど,風が涼しくて心地いい」という日本の夏ではちょっと考えられない貴重な経験ができたのがよかったです.


後は,個人的には,やはりカナダのサーモンは非常に美味しかった. 添えてあるマッシュポテトも.


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学会出張と書きながら,バンクーバー観光のお話からスタートしてしまいましたが,学会もいつも通り実り多い有意義な時間となりました.


自分の発表は,学会初日,しかも早朝の第一セッション(8:15スタート)というスロットでした. それもあってか,または,私自身の研究者としての知名度が低いこともあるのですが,聴きに来てくださった方の数がこれまでと比べて少なかったことが,やや残念ではありました. 


それにしても,学会発表というのはあっという間に終わってしまいますね. 相当な時間をかけて準備をしても発表時間はたった30分. そのうち話しているのはほんの20分くらい. なので,丁寧に準備をした時ほど終わった後の空虚感が大きいように思います. 今回も割と(かなり)丁寧に準備していったので,発表の後,「あっという間に終わってしまったなあ...」と一気にモチベーションが下がっていく感覚がありました.


でも,発表の後で,「あなたの発表から学ぶことが多かったのでスライドを送ってもらえませんか」というメールがスウェーデンから来たり,尊敬しているアメリカ人の先生がご発表の中で私の論文を引用してくれているのを目にしたり,マイナーな領域ではありながら同じテーマで研究をされているカナダの先生とお話できたりと,諸外国の先生方と"scholarly communication"が取れていると実感できる瞬間があると,「たった20分の発表」にも大きな意味があることを再確認できます.


なので,これからもこの「たった20分」のために,国際学会で発表し続けるのだろうと思います. でももっともっと人を集められるような研究者にならなくてはいけないし,もっともっと実力をつけなくてはいけませんが.


もう「失敗を成長の糧とする」というレベルのことを言える年齢ではなく,「結果がすべて」の年齢になっているから.

 
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記念撮影してきました. ハートのオブジェと...(結果がすべての年齢といいつつ).


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なんだかなあという気持ち

本年度中に最低1本は科研費プロジェクト(3年のプロジェクトで現在は2年目に突入)の中間報告論文を出さなくてはいけないというプレッシャーとともに日々を過ごしていたのですが, ようやくアクセプトの連絡が届きまして, 「本年度中,最低一本」の目標は何とかクリアできそうで, ほんの少しだけプレッシャーから解放された日曜日です.


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昨年の9月頃から執筆開始 → 11月末に完成,投稿 → 今年4月初めに一度目のお返事(条件付きアクセプト, substantial revisionsを求められる) → 5月初旬に修正版+コメント対応リストを返送 → お返事を待ち続ける → 7月6日に "The reviewers recommend publication."というお返事をいただく → やれやれ.


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今回は,日本の研究者,教育者,その他関係の方々に読んでもらいたい内容だったので,投稿したのは国内のジャーナルです. 国際ジャーナルだと,投稿してからアクセプトされるまで,2年程かかることが多いので,それに比べると,今回は一年もかかっておらず(約7ヶ月)随分早いプロセスだと言えます. しかし,毎日感じるプレッシャーは,7ヶ月待とうと2年待とうと,その重さに変わりはなく,これから定年までこういう毎日を過ごしていかなければならない運命にあることを思うと,「なんだかなあ・・・」という気持ちにならないわけではありません. 

でも,「なんだかなあ・・・」=「やめたいなあ・・・」ではないことは自分で分かっていて,だからやっぱりこれからもリサーチを続けていくのだと思います. これまで分かっていなかったことが整理され,再考され,文字化され,国内外に発信されていくリサーチのプロセスは純粋に楽しいと思うからです.  「なんだかなあ・・・」という気持ちの複雑系の中に,自分の生き方がちりばめられているのかもしれません.  


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英文校正のSACDA025さん

現在進めているプロジェクトの中間報告として,すきま時間を利用して今年2月頃からコツコツと論文を書き進めていました.  今月初めにようやく完成.


英文校正をいつもお世話になっている業者に依頼.  同じ業者でも校正の仕方やその質には差があって,当たり外れがあるなあ...と思っていたところ,昨年とても丁寧に英文をチェックしてくれるエディターさんと出会いまして,最近はいつもその人を指名するようにしています. 接客の丁寧さが指名の多さにつながるというのはキャバ嬢さんだけじゃなくて,英文校正のエディターさんも同じであるらしい.  まいどおおきに.


いつも指名しているエディターさんは,本名が公開されていないから,「SACDA025」さんという源氏名…いえID番号で依頼をするようにしています. 先週返ってきた原稿がこちら.


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ものすごく細かいところまで直してくださって真っ赤になっている.


一応英語を教えているし,英語の専修教員免許状も持っていますので,正しい英文を書くことはできていると思うのですが,弱いのはやはり「文脈に合った巧みな表現」ということになるでしょうか. 表現については,やはり母語話者は強いなあと思うことが多いですね.  源氏名SACDA025さんにもいろいろと表現を直していただきました(だからキャバ嬢じゃないってば).


(サッチー作) ... the debate being reduced to "the longer the better" and "the more the better" argument...


(SACDA025さん作)... the debate being watered down to "the longer the better" and "the more the better" argument...


"be reduced to... "(...にまで減らされる)を"be watered down to..."(...にまで議論が薄められる)に直していただいたのですが,確かに,この文脈ではreduceよりwater downの方がしっくりきます. というか,water downって知っていたけど,自分で使ったことはありませんでした. なるほどこういうふうに使うのか!という新鮮な発見がありました.


英語の表現もさることながら,仕事の丁寧さやプロ意識の高さに関しても,SACDA025さんから学ばせていただいています.  自分もこんなふうに丁寧に,そして高い意識を持って仕事に取り組んでいかなくてはと.

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書き手を育てるということ

本学は,クオーター制(4学期制)を導入しているので,今週が第1クオーターの最終週になります.


担当している学部生向けのプロジェクト型英語授業は,例年と少し違うタスクを設定してみました.


「自分の出身地を紹介するパンフレットを作る(Creating Your Hometown Travel Brochure)」


というものです.


例年,ややお固めのジャンルであるアーギュメンタティブ・エッセイを書くことを主なタスクにしていたのですが,書き手である学生本人があまり楽しそうにしていなかったこと,そして,オーラルプレゼンも,何か「やらされている感」が否めない,なんか暗ーーい雰囲気になりがちであることが気になっていました. もちろん,こうしたエッセイを書く力の育成も大学英語教育の大事な目標ではあるのですが,もっと書くこと自体を楽しめるタスク,言い換えると,「先生に言われたからやってる」ではなくて,純粋に「誰かに聞いてほしい」,「読んでもらいたい」という気持ちになるような「実世界型タスク」を経験することも大事なんじゃないか...と模索する日々が続いていました. そんな中,行き着いたのがこのパンフレット作成プロジェクトでした. 

そして,今回,もう一つ,自分にとって新たな試みだったのは,「型やフォーマットをあえて教えない」ということでした. 教員の私から学生に伝えたのは,「パンフレットの読み手は,あなたの出身地のことをほとんど知らない」ということ. そして,「その人たちがあなたの出身地に行ってみたくなるようなパンフレットを作ってほしい」ということ. この二点でした. あとは,学生一人ひとりの個性とセンス,そして「読み手意識」(←個人的にはこれが一番大事じゃないかと思っている)に委ね,どんなものが出来上がってくるかを見てみよう...というものです.

その結果がこちら. 今日みんなが書いてきたパンフレット(一部)です.


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学生一人ひとりの思いが詰まった,そして一人ひとりの個性が伝わってくる素敵なパンフレットが仕上がっていました.  


ハサミでデザインを工夫したり,糊ではりつけて小冊子風にしてみたり,こちらから何も言わなくても,これだけの作品ができあがったことにまず感動しました. 英文そのものだけでなく,こうしたビジュアルデザインも,ライティングを通したコミュニケーションでは非常に重要な要素になります.


オーラル・プレゼンも,いつになく話す方も聞く方も楽しそうにしていて,誰一人眠っておらず,教室に一体感が生まれているように見えました. 


「自分が書きたいと思うもの」,「誰かに読んでもらいたいという気持ちになるもの」 


こうしたトピックを選ぶことが本当はとても大事なことなのでしょうね. アカデミック・イングリッシュにこだわることで,「良い書き手」が育たなくなっているのだとしたら,改善の余地があるのかもしれません.  


そして,18歳や19歳の若者は,大人が思っている以上に高いポテンシャルを持っているということ. それを伸ばす機会を作るのが教員の役割であるということ.


今日はそんなことを考える一日になりました.

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京都で


今日は同志社大学で開催された某学会で講演をさせていただきました.

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ご参加くださる先生方からのご要望もあり,講演は,ジャンル分析やESPコーパスのお話を中心にしました. 実際にCasualConcを使って頻度や言語的特徴を確認する実演も取り入れつつ,ジャンル分析の実際とその意味や重要性についてお話させていただきました.

今回は異分野の先生方が対象でしたので,先生方にとっても新しい学びがあったようで,とても喜んでいただき,所属する学会ではなかなか味わえない達成感と充実感がありました. やはり,なんというか,誰かに必要とされていて,自分の仕事が誰かの役に立っているのかもしれないと実感できる瞬間ほど,しあわせな瞬間はないですね. いろいろと大変なこともありますが,この瞬間があるから,大学の仕事を続けていられるのだろうなと思います.

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それにしても会場の同志社大学のキャンパスが美しくて圧倒されてしまいました. 同じ関西圏なのにこの違い. 明日,六甲山のふもとにある自分の職場に行ったら,きっとガクゼンとすることでしょう(イノシシとカメムシがたくさんいるよ!)

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せっかく京都に来たので,講演の後,ずっと行ってみたかった北山にあるコーヒー豆のお店に行ってみたけど,休業でした. カモーン.


ですが,また次の楽しみができました. 


日曜日,京都で素敵な時間を過ごすことができました.

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外に出てみること

いろいろな仕事がたまっているのに,明日の「質的研究法」の授業の準備で一日が終わっていく...


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質的研究を深く理解するために,授業の論文は,自分の専門の第二言語習得を超えて,広く,社会政策,教育政策など政策系のものを扱っていますが,読み始めると,政策系ならではの深さと緻密さがあり,すごく面白くて思いのほかハマってしまう.


中でも下記の論文は,北米で動いている "Merit Promotion Policies"が教育現場に与えている影響について,生徒と教員へのインタビューを通して浮き彫りにしたもので,定量的調査だけでは見えない「多元的なリアリティ」について描写しており,内容もさることながら,その分析手法も非常に勉強になりました.



Anagnostopoulos, D. (2006). “Real Students”and “True Demotes”: Ending Social Promotion and the Moral Ordering of Urban High Schools. American Educational Research Journal, 43, 5-42.


著者の先生のお名前が読めない!!(泣)けど,


自分の専門の「外」に出て,ふだんほとんど手に取ることのない領域のジャーナルを開いてみることで,世の中には,いろいろなモノの見方や切り口があるのだなあ...ということに改めて気づかされますし,それを通して,自分の専門領域に不足している(かもしれない)ものに思いを馳せる機会にもなっています.


明日は,名前が読めないAnagnostopoulos先生の上記の論文を使い,「コーディングの手法」について院生のみなさんに理解を深めてもらいたいと思います.


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無限の探求

今学期,大学院の演習で,「質的研究法 (Qualitative Research Methods)」を担当することになりました.


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質的研究の実践の経験はありますが,学生向けに講義を担当するのはこれが初めてなので,15週間の授業プランとシラバスから,講義のスライドやワークシートにいたるまで,すべてゼロからのスタートです.

毎週かなりの量のリーディングを課しているのですが,それでも学びたいという熱意のある院生が4人履修してくれることになりました(初回のオリエンテーションはもっとたくさんいたように思いますが...).学生の国籍は,日本,中国,アメリカ,モーリタニアと多国籍で,授業はほぼ英語で進めることになりました. 

学生にリーディングを課したということは,当然のことながら教員の私もそれを読んでいかないといけないのですが,加えて講義スライド作る作業もあり,3週目にしてすでにヒーヒー言っております(泣).


でも,研究方法の理論的枠組みの本や論文を改めてじっくり読み返しながら(大学院生の時以来かもしれない),再発見したり再確認したりすることが多く,非常に良い勉強になっています.


勉強というのは果てしのない探求だなあとしみじみ思います.「大学教員になる」という運をつかむことには成功したけれど,ほんのスタートラインに立っただけのこと. 知識は増えても,本を読む度に自分がいかに知らないかを痛感させられるし,研究歴や教育歴が増えても,今でもやっぱり悩み,もがき,苦しんでいます. でも,最終的な答えが出るか出ないかわからない無限の探求であるからこそ,続ける意味があって,だからこそ,大学とか大学院といった場所があるのかもしれないな,と最近そんなことを思います. この無限の探求の前では大家も初心者もなく,教員は「こうしなさい」と決めつけたり一つの答えを教えるのではなく,「こういう状況だったらどうする?」と問いかけ,一緒に考える,あるいは「取り組み方」を伝える,教員にできることはここまでではないかなと. でも,これは一つの答えを教えることより,とても難しいことではあります.


勉強や研究が果てしのない探求であることと同様に,一人ひとりの生活の中にも,どうにもならないもの,どうしようもできないことってあると思います. それに打ちのめされる体験を反芻しつつ,それでもその中に一条の光を見つけだそうとすることが,与えられた人生を生き抜くということなのかもしれません. 暗黒時代が長く続いても,時間はかかっても,いつの日か一条の光を見つけ出せる日が訪れて,そのときに自分の余白というか糊代が拡がっていればいいなあと.


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すきま時間で

本年度二回目の会議で,今週末もこの場所にやって来ました.


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長期間の出張が毎月何回もあるのは大変そうだなあ…と思っていましたが,自宅を離れてホームマネージメント業務から解放されることで,意外と「すきま時間」が確保できることに気がつきました.


外食になるのでお料理をしなくていいし,お皿やお鍋を洗わなくて済むし,窓ふきをしなくていいし,洗濯機を回して洗濯物を干さなくてもいいし,何より,ホテル滞在なので,不在の間にベッドメイキングの方がお部屋を掃除してくれていて,戻るとお部屋がきれいになっているという有り難さ. すごい! 


これらの諸々のホームマネージメント業務に,普段は意外と時間を割いていたのだなあ…と改めて気づきました. 


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ホテルの近くに,居心地のいいカフェがあって,コンセントも使えるので,夜はここにMacを持ち込んで,少し仕事をしてからお部屋に戻るようにしています. 自宅の近くには夜遅くまで開いているカフェがないので,こういうカフェが滞在先の近くにあることも,出張のメリットなのかなと気づきました. 


カフェで仕事をしていると,隣のテーブルにいた女子大生二人の会話が耳に入ってきました. 今年就職活動を始める二人らしく,希望職種は二人とも,航空会社なのだそうだ. (というか盗み聞きはあきませんな) 自分も同じ年齢の頃に,フライトアテンダントを志したことがあり,今も昔もやっぱり飛行機に乗るこのお仕事って女子大生が憧れる職業なのだなあ…と少し感慨深い気持ちになった盗み聞き野郎です. 


21歳の頃にフライトアテンダントを目指した自分も,いろいろな紆余曲折があり,現在の職業に就き,こうして毎月この場所に出張に来るようになりました. もしフライトアテンダントになっていたら,今,こうして出張でこの場所に来ることもなかったのでしょうし,あの仕事もこの仕事もできていなかったのだろうと思うと,やはりこの道に進んでよかったのかもしれないと思ったりしました. 盗み聞きが,自分の人生を振り返る思わぬ機会となりました.


ところで,女子大生の会話のディスコース分析をしていますと(ガチの盗み聞き),「それな!」という語がかなり高い頻度で登場することに気づきましたが,「それな!」ってどういう文脈で使う単語なのでしょうかね.


この三日間の会議もなかなか濃厚になりそうですが,「すきま時間」というごほうびが得られたことに感謝して,出張期間を充実させたいと思います. それな!

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Things happen for a reason

新年度,最初の大きな仕事がひとまず終わりました. 東京の某所で3日間の会議.


大学教員になって様々な仕事を経験してきましたが,本年度担当するこの仕事は,まったく未知の領域. 何から始めていいのかさっぱり分からず,とりあえず,今回は,経験者の先生方のやりとりを聞くだけで終わってしまいました. まさかの「貢献度ゼロ」の展開... いらねーって言われそう(笑).


しかし,貢献できなかった割にはものすごい疲労感でグッタリ. 大学を卒業したばかりの新卒の新入社員が初出勤した日ってきっとこんな気持ちなのかもしれない.


仕事中,なんで引き受けてしまったんだろう...という後悔の気持ちがついつい出てきてしまうのを抑えることもエネルギーが要った. 自分の成長のためにチャレンジングなことをあえて選ぶようにしてきたつもりだが,今回はなぜこんな気持ちになってしまうのだろう. 


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たぶん,年月の経過とともにある程度の経験値ができ,大学の中の仕事にも慣れてきて,ここ数年は,いろいろな仕事が自動化・ルーティン化されてきていたのかもしれない. 新しい仕事であったとしても,何となく経験値でてきてしまうレベルのことが多かったように思うし,もしかすると,無意識に,何となく経験値できてしまうレベルの仕事しか選んでこなかったのかもしれない. 


今回の仕事のしんどさは,気づかないうちに「無難志向」になっていた自分に起因するのかもしれない. だから,怠惰になっていた自分にカツをいれるため,東京で戦ってこい!という意味で神様がこの仕事の機会を与えてくださったのだ(たぶん). というか,神様って…(突然クリスチャンになる人)


Things happen for a reason (理由があって物事は起こる)


という言葉があります. これまでの人生を振り返っても,その時は無関係のように見えていたことでも,後になって一本の線でつながるということが多かったように思います. その時はしんどいと思ったことでも,後になって選択肢が増えたり,素敵な人に出会う機会となったりで,必ず良いことにつながる. 物事にはちゃんと理由があるのですね.


今回の仕事も理由があって自分に与えられたのかなと思います(と思うようにします). 数年後振り返ったときに「最初はしんどかったけどやってよかった」と思えますように(と思うようにしないと). そのために最初はしんどい日が続くかもしれませんが,努力あるのみですね(はい).

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仕事の合間をぬって,春の表参道をお散歩してきました. メロンクリームソーダの美味しさにこの歳になって開眼いたしました. 

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Fake it till you make it

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明日から新年度が始まります.


ここ数年,年度が変わるごとに,新しく,そして自分にとっては大きな仕事が舞込むようになっていて,毎年この時期には,期待よりも不安の方が大きい前日を過ごしていて,でもとにかく前に進むしかないという気持ちで,余裕のあるフリをして,必死でその「余裕な自分」に追いつくよう努力する,そんなふうに新年度を迎えて来たように思います.


振り返れば、ハワイ大学から帰国して東京の大学に就職したときには,こんなブログを書いていたし,その後,福岡県内の大学に転出したときには,こんなブログを書いて決意表明をしていました. こうやって振り返ってみると,新しい年度ごとに,新しい経験をさせていただき,それを通して,自分の「のびしろ」が広がってきたように思います. といっても,わたしのようなヘナチョコ学者ののびしろですから,たいした広がりではないのですけれども. クク.


今年,2018年度も,自分にとっては初めての,そして割と大きな仕事が舞込んで来ました. 尊敬する恩師の先生が直々にオファーをくれたのだけれど,「いまの自分の実力で,こんな大役が務まるのだろうか」というのが,最初の正直な気持ちでした. でも,尊敬する先生が「自分の後任はあなたしかいない」と言ってくださったことで,もはや断る理由はなくなっていました. 心の中はビクビクだったのですが,オファーを受けて数分後には「やります」と返事をしていました.


「Fake it till you make it」  


という言葉があります. 日本語だと


「できるようになりたかったら,できるふりをしろ」


という訳になるでしょうか. 「無理かもしれない」と思える目標でも,とにかく「できるふり」をして努力してみる,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力する. この努力の継続と繰り返しが自分をどんどん大きくする,ということです.


私のようなヘナチョコ研究者であっても,人には恵まれていまして,周りには,年上に限らず年下の方も含めて非常に素晴らしい研究者の方々がたくさんいます. その方々の仕事への取り組み方をみていると,共通しているのは,この「Fake it till you make it」という考え方があるように思います. みなさん共通しておっしゃるのは


「最初から完璧にできる人なんていない.経験を通して成長する.だから,尻込みそうになる仕事でも,機会をもらったらとりあえずやってみる」


ということです.

プロである以上,「できるふり」をしたからには,本気になって,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力しなければいけません. プロと呼ばれる人たちは,おそらくみんなこうやって自分ののびしろを少しずつ広げていっているのだと思います. 

といいつつ,実は,早速数日後から始まる大きな仕事を前に,マイナス感情で押しつぶされそうになっています(いつもながら超マイナス思考!). なので,ここに文字化することで,自分を奮い立たせています.

Fake it till you make it.

できるフリをして,とにかくがんばります. 


みなさまにとっても,実り多い,素晴らしい一年になりますように. いえ,そういう一年にしていきましょう.


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