Finally...

論文が,TESOL Quarterlyの最新号に掲載されました.

ジャンル準拠ライティング指導に,タスクベースのアプローチ(TBLT)を応用した新しい試みの中で,書き手がどのように育っていくかを記述した論文です.

執筆→投稿→修正→再投稿→再修正…という長い道のりで,無事に掲載されるまでに約1年半かかりました.

論文を書いている過程は,悩む時間が長く,先が見えない不安にかられることもありますが,それを乗り越えて無事に論文が掲載されたこの瞬間を迎えると,全てがポジティブな意味に変わり,全てに意味があったのかもしれないと思えます.

このような「瞬間」は,私の場合は,長い年月の中で数える程しか起こらないのですが,この「瞬間」があるので,研究職を続けていられるのだろうと思います.

現在は新しいプロジェクトのデータ収集の段階ですので,次に国際ジャーナルに掲載してもらえるのは,また少し先になるかもしれません.

私の場合は目立った華やかなことはできないので,ただただ,コツコツと努力するのみです.


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研究計画書など

某小学校でCLILの調査をさせていただけることになりました.


全く面識のないところからメールでコンタクトを取り,学校訪問をして挨拶をしたのが昨年の7月. その後,研究計画書を校長先生に提出し,校長先生にご承諾いただいた後,12月の理事会での審議を経て,昨年末にようやく正式な許可をいただくことができました.


ですが,これですぐに調査が始められるわけではなく,ここからが本番. 外部の研究者が,小学校の授業に介入していくわけですので,実際に授業を担当する先生方のご協力なしに調査を行うことはできません. 


授業担当の先生方は英語母語話者ですので,次にすべきことは,英語で研究計画書を書き,それを先生方に読んでいただくこと. そして,どこまでのデータ収集が実施可能か,タスクの内容やレベルは子どもたちの習熟度に適したものかどうかご判断いただき,ご助言をいただきつつ,リサーチデザインを修正していくこと. データ収集を開始するまでには,まだまだ長い道のりが続きます.


この連休は,引きこもって,英語の研究計画書を執筆. 最終日の今日は久しぶりに外に出て,カフェで執筆. やはり,ほどよく人の流れが見えて音楽が流れている環境の方が,自分の場合は執筆がはかどります. 無事に完成して,校長先生に送付. ふう. 今月末には学校を訪問して,CLIL授業の担当の先生方とお話させていただく予定.


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頭が凝り固まっていたので,ヘッドスパに行って来ました. すごいプロフェッショナルな方に担当していただいて,ケアしていただいた後,顔が半分くらいの大きさになっていました(って,普段どんだけむくんでるねん). 気分爽快,視界が広がって,不思議と活力も沸いてきたような気がしてうれしい.


ヘッドスパも研究も,どんな領域にもプロフェッショナルな人と,そうではない人がいるように思います. そして,プロフェッショナルな人に出会えることって実はあまりなく,そうではない人の方に出会う頻度の方が高いような気がする. 今日は,稀にしか出会えない本物のプロフェッショナルに出会えて良い一日になりました. 自分もプロフェッショナルと呼ばれるような研究者そして教師になりたいし,なれるように努力しようと改めて思いました. 

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2017年のスタート

あけましておめでとうございます.


先ほど,英語で新年の挨拶のメールを書いていて,"Hope your new year is off to a great start."と書いたのですが,この "get off to a good start"(means to have a successful beginning; 「幸先の良いスタート切る,好調な滑り出しをする」)というのは,新年の始まりにふさわしい,何かとても素敵な言葉だなあと感じた次第です.


今日は,いつもにも増して空気が澄んでいて,ベランダから眺める景色が,いつもにも増して壮大で清々しく感じられます. 新年にふさわしいスケールで,これを見ることができただけでも,自分にとっては,"off to a great start"な2017年の最初の日になりました.

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今年は,CLILに関するプロジェクトを開始する予定で,対象をこれまでのAdult LearnersからYoung Learnersにシフトさせますので,新たな文献をたくさん読み込まなければなりません. お正月も論文を読もうと思ってプリントアウトしてきましたが,元旦の日というのは,論文を読むのに適さない雰囲気がありますね. というか自分が自分でそのような雰囲気を作っているのかもしれませんが. テレビの電源をオンにしますと,大好きな漫才の番組が終日繰り広げられていますし. うーん,サンドイッチマンはやっぱり安定感があって,最高におもしろいですねぇ. それと,最近の注目株は,昨年のM-1でグランプリを受賞した銀シャリです. 昔から知っているので,長い間苦労してようやく手にしたグランプリは,何だか親のような心境になる喜びがありましたね. あっと,まだ一日が終わるまでに6時間あるので,論文1本は読むことにしたいと思います. 初マラソンも忘れてはいけません.

今年も,一層の努力を重ねて,実りある一年にしていきたいと思います. また,今年は,個人としてだけでなく,研究室として,プログラム全体,また大学全体に貢献できるような活動に積極的に取り組んでいきたいと思います.


 

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2016年を振り返る

12月28日.


2016年も残すところあと3日となりました.


ちょうど10年前の2006年のブログを読んでいたら, ハワイから一時帰国して,箱根や横浜を旅行したときの様子が書かれていて, あの旅行はハワイでの厳しい留学生活から逃れることを許されたひとときだったこともあって,本当に本当に心から楽しめた旅であったことを思い出し,ああ,あの旅行から10年が過ぎたのだなあ...となんだか感慨深い気持ちになるとともに,この10年は,本当にいろいろな出来事があり,自分の生活やキャリアがめまぐるしく変化した期間だったことを実感した次第です.


この10年の中でも,今年,2016年は,特に大きな変化があり,自分の人生にとって節目の年になったように思います.

2016年1月.  
現在の所属先である大学が准教授のポストを募集している記事を,J-RECINで見つけました. 着任が10月となっていたのが気がかりだったけれども(→ 年度途中で退職することに対する後ろめたさ. また,もしかするとすでに候補者が決まっている出来レースで,形式的に公募しているだけなのではという不安), 自分の専門性と経験が,公募要項から伝わってくる先方のニーズと合致するような気がして,応募することを決める.


2016年2月.
応募することを決め,書類の準備を始める.  指定されたエクセルシートに,履歴書,研究業績,教育業績,抱負のエッセイ,自薦書など,書き込んでいく作業に2週間程かけたような気がする. 作業をしながら,絶対にこのポジションを勝ち取りたい,いや,勝ち取りに行くんだという強い気持ちがわいてきたことを覚えている. そして2月下旬,明日から入試関係の仕事で身動きが取れなくなるという日の夜,あわてて福岡市内の郵便局に駆け込み,書類を送付した. そのときの,書留の記録は今でも大事に取ってある. 


2016年3月.
二週目の金曜日のお昼に,「書類審査を通過したので面接に来てほしい」というメールが届く.  まずは,書類作成に費やした時間と労力が無駄にならずに済み,次のステップにつなげられたことを嬉しく思った. 当日のスケジュールは,最初に模擬授業を行った後,研究発表,その後,英語と日本語の面接と続き,1時間ほどで終わる,と書かれていた. ここまで来たら絶対に勝ち取りにいかなくてはならないというさらに強い気持ちになる. しかし,3月末に行われる面接に行くために,すでにエントリーしていた四万十川マラソンと高知での宿泊をキャンセルしなくてはならなかった. あのとき,「この日は,四万十川マラソンの日なので面接は別の日にお願いできませんか」と返信していたらどうなっていただろうか. 考えるまでもない.  このメールを受け取った後から面接当日までは,研究発表のスライド作成と発表練習にほとんどの時間を充てたと思う. おそらく学会発表の時よりも丁寧な準備だった. 

面接当日は,研究発表より模擬授業の方が緊張した. 「面接官が学生を演じるので,当ててもらっていいですよ」と事前にメールで説明を受けていたので,遠慮なく,面接官の先生方を巻き込もうとしたのだが,「ではそこのあなた」と指名した先生がひどく困惑されておられたので(目も笑ってない),どうやら共通理解が構築できていなかったのだろうと即座に判断し,1人で淡々と進めることにした. その後,面接はフレンドリーな雰囲気で進んだと思う. 


2016年4月.
「委員会としてあなたを推薦するという決定に至りました」というメールが届く. よかった. 1月に公募が出た日からこの日まで約3ヶ月の間,ほとんどの時間を書類や模擬授業の準備,スライド作りに充ててきていたので,努力が無駄にならなかったことを心から嬉しく思った. しかし,まだ,最終の決定ではない. これから,教授会,全学の委員会での審議が続くので,追加の書類を提出してほしいということだった. 加えて,研究業績の「原書」を送付してほしいとのこと. コピーではだめで,オリジナルでなければならない,とのことで,例えば,辞書の場合は,辞書をまるごと郵送で送らなければならない. また,招聘講演の場合は,それを証明できる先方からの依頼メールを提出してほしいとのこと.  なんだか結構大変...と思ったが,実際,本当にこれらの作業は大変だった. しかし,新学期の授業が始まる前のことだったので幸いだった. この過程で,業績の出版月が間違っていることが判明したり(年は覚えていても月はうる覚えであることが多い),担当の先生にはご迷惑をかけてしまった. 


2016年5月.
学部の授業と大学院の授業と修士の学生の論文指導など,慌ただしい日々. ふと時間ができると,審査の結果がここで覆されたらショックだなあ...とついネガティブ思考になる.  


2016年6月.
一週目の金曜日に,「正式に採用が決まりました」というメールが届く. よかった. 絶対に勝ち取りに行くんだと決めてコツコツと取り組んできたので,本当に勝ち取ることができて純粋に嬉しかった. メールを受け取った後すぐ部局長のF先生にアポを取り,「9月いっぱいで退職したい」と伝える. F先生はドイツ語がご専門の先生だが,私の退職を「ああ,やはりこの時が来てしまったか」という言葉でひどく残念がってくださった. しかし,引き止めることはなく,新天地での仕事が決まったことを心から祝福してくださっているようだった. 私と同じ関西の出身の先生なので,関西の大学に決まったことを知り,「ぼくも戻りたいなー」とか少年のようなことをポツリとおっしゃっていた. この大学に不満があったわけでは決してなかったので,なんだか申し訳ない気持ちで一杯になった. でも,もう前に進むしかない.


2016年7月.
大学の転出が正式に決まったので,新しい場所で住む家をどうしようか考え始める. 約15年ぶりに故郷に戻ることになったのだが,幸いにも両親はまだ元気にしているし,同居して介護ということもまだ考えなくてよさそうである. 退職後,自分の家くらいはあったほうがいいだろうという意見もあり,マンションを購入することにした.  早速,SUUMOという分譲マンションの情報サイトに登録すると,ニーズに合ったマンション情報が日々送られてくるのである. なにこれ面白い! これまで無縁だった世界. 7月中,行き帰りの電車の中はいつもSUUMOのサイトを見ていた気がする. 間取り図を見ながらどんなマンションか想像する時間は楽しく充実しており,家探しがこんなに楽しいものだったことを生まれて初めて知る機会となりました. 

7月下旬の連休を利用して,SUUMOで見つけたマンションを見に行き,いくつか候補を見せてもらった後,純粋に「ここに住みたい」と思ったマンションを契約することに. 生まれて初めてローンを組むので不安も大きかったのだけれど,ここに決めて正解だったことを今,実感している.


2016年8月.
遅れていた論文の執筆を進めつつ,マンション購入に必要な手続きを行う. すべて初めてのことなので,正直なところ何がなんだか分からず,不動産会社の担当の方の言われたとおりに動くしかなかった. 「これってボッタクリじゃないんですか?」って聞きたくなる場面とか「ディスカウント!プリーズ!」とか言いたくなる場面が多々あったような気がするのだけれど,この項目はこの金額,この作業はこの業者,というようにあらかじめ全ての手順が決められていて,購入者の方は意見を述べることはできないしくみになっているように見えた.  しかし,不動産会社の方々は,このようなしくみがなければ生活できないのでしょうし,まあ仕方ないのでしょうね...と消費者に思わせてしまうしくみになっているんですね,きっと. 初めて見る大きな金額に頭がクラクラして不安にかられることもあったのですが,もう前に進むしかない. 印鑑をこんなにいろんな書類に押しまくったのも,これが初めてかもしれません. 非常に良い勉強をさせていただきました.


2016年9月.
転出に伴う諸々の作業が入りつつも,論文は二本書き上げることができた. 10月に入ると,きっと怒濤の忙しさになると思うので,とりあえず,形になってよかった. いよいよ9月末に引越である. 自宅と大学の研究室と,2カ所の引越があるので,荷造りは大変になるだろうなあと思っていたけれど,終わってみればそんなに大変じゃなかった気がする. これまで何度も引越をしてきているので,いつのまにか「荷造りのプロ」になっていたのかもしれない. 引越の業者さんにも,「段ボールへの荷物の入れ方と分類の仕方がうまいですね」とお褒めの言葉をいただきました. ふふ. どういう基準なのか分からないけれども,褒められると悪い気はしない. 

9月22日に大学の荷物を出し,翌日の23日に自宅の荷物を搬出. その後,25日に神戸の自宅で荷物を受け取り,27日に新しい大学で研究室の荷物を受け取る. こう書くと,なんだか大変そうに見えるが,あまり大変ではなかった. 片付けはそれぞれ一日で一気に終わらせた. 本当に引越のプロなのかもしれない. そのうち,自宅のドアにクロネコのマークがついているかもしれない. にゃお.


2016年10月
新しい大学での仕事が始まる. みなさんいい方々ばかりで,温かく迎えてくださる.  学生は前の大学のときと,レベルも授業の様子なども大きく変わらない感じ. 前任校と同じく,学士過程は,全学部の英語を担当するので,どちらかというと「英語は苦手」という学生層の方が目立つ印象.  ニーズが多岐にわたるので,それに応えようとするのは大変なのだけれども,学生が興味を持って取り組んでくれるのは自分の喜びでもある.  大学院の授業は,好きなことができてとても楽しい. 学究心のある学生がディスカッションに積極的に参加してくれることほど,有り難く充実したひとときはないと感じる.


2016年11月.
新しい大学はクオーター制を導入しているので,最終週に試験があった. 「試験がある」ということは,「試験を作る」ということと「採点をする」という二つの仕事が付随するわけですので,セメスター性のときより,仕事量が2倍になった印象を受ける. それは,学生も同じことなのだろう. なぜクオーター制にしているのか表向きの理由は聞いているけれど,それが本当に必要なことなのか理解できないでいる. 理解して納得するのにもう少し時間がかかりそう.  


2016年12月.
今年最後の月になった. 1年の経過を文字化してみると,短い間に本当にいろいろなことがあった1年だったし,新しい大学での仕事や15年ぶりに故郷に戻ってこれたことやマンションを購入したことや,自分にとっては大きな出来事が起きた1年でもあった. 前の大学で一緒に仕事をしていた同僚の先生がこのクリスマス休暇に神戸に遊びに来てくださり,福岡を去った後も,ご縁が続くようなお友達を作れたことも,自分にとっては大きな出来事だった. これまで引越が多かった分,「一期一会」的な関係で終わってしまうことが多かったので.


2016年が素晴らしい一年になったことに感謝しつつ,お世話になった方への恩を忘れず,2017年も努力を重ねて,さらに良い一年にしていきたいと思います. 3月にマラソンを逃してから練習がおろそかになっているので,こちらも練習を再開しなければ.

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新しい環境

この10月に移った大学は,クオーター制を導入しているため,先週は,第3クオーターの期末テスト,そして,インターバルなしに,本日から,第4クオーターのスタートです.


これまでずっとセメスター制に慣れてきましたので,8週間ごとにテストをして,単位を出す,というクオーター制の仕事は,結構きついと感じます.


学生さんにとっても,8週間ごとに全ての科目で単位認定のための厳密なテストを受けるというのは,きついのではないでしょうか. 大学生活が「テスト漬け」になってしまうような.


そして,努力したわりには,たった0.5単位しか取れない. 教員側も,たった0.5単位だと,あまり過度な負荷はかけられないので,課題の出し方なんかもちょっと考えてしまいますね.


いったい何のためにクオーター制にしたのか,正直なところ,よく分かっていません.別にセメスター制のままでもよかったのではないかなあと思えて仕方ないのですが. 


全学の英語を担当している工学部の1年生の男の子なんかは「は?留学?きょーみなーい」って感じです.笑. 実際,全学を見渡してみると,海外とか国際交流とかに大きな関心を持っている層の方はごく少数なんですよね. 私立大学の国際文化学部などとなるとまた状況は全く違うのでしょうが.


慣れないクオーター制に加えて,新しい環境では,これまで通りに行かないこともあり,心理的なプレッシャーを感じることも少なくなく,一日を無事に終えることで精一杯. 新任といっても,もはや中堅の領域の年齢ですので,同僚のみなさんも,「さっちーさんはもうベテランなので大丈夫ですよね」という感じで接してくれていますが,こういうのも,ああ,もはや弱音は吐けなくなってきたのだなあ…と再確認することになり,心がポキッと折れそうになるのですが,折れてはいけないので,気力で乗り越えている感じ.


今日は,第4クオーターの初日ということもあって疲労感が大きい. そういえば,今年の流行語(女子高生版)に「〜み」というのがランクインしていたのですが,「やばい」や「きもい」などのネガティブな言葉に「み」を付けることで柔らかくなるのだという. 疲労感が大きみ
  

ぜんぜん柔らかくならない.


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転出

9月末で,現在の所属の大学を退職し,10月より,別の大学に転出することになりました.


福岡に来て4年半.


毎日が新しい経験の連続でした. 初めてのカリキュラム開発,初めての大学院担当,初めての共同研究,初めての広報委員,初めてのフルマラソン,初めてのマンションの鍵喪失(おいおい)などなど.


これらの様々な新しい経験の積み重ねで,確実に,前に前進できたように思います. 


この経験がなければ,今回の別の大学への転出の機会も勝ち取れなかったと思います.


4年半で築いたものを土台にして,新しい大学でも,さらに前進できればと思います.


とりあえず,転出にあたり,膨大なペーパーワークが舞い込んできておりまして,すでにヘトヘトなのですが,乗り切ろうと思います. 

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新学期

新学期が始まり,二週間が過ぎた. 


そして,どの授業も無事にWeek2が終了.


もう長く教員の仕事をしているけれど,いまだに新学期の授業は緊張する. 学生さんの方も「この授業の先生はどんな人なんだろうか」という感じで,はりつめた表情でこちらをじっと見つめており,さらに緊張を煽られる. 一度も経験したことがないけれど,たぶん,「お見合い」というのも,こんな感じなのだろう. 「どんな人かな」,「どんな条件なのかな」,「運命の人なのかな」というように,教員と学生の間で心と心の話し合いが繰り広げられるのである. まあ,この場合は「運命の人」までのぼりつめなくてもいいのですが.


今学期は,学部の授業が4つ,大学院の授業が1つ,あとは修論の個別演習などで,教室での授業は5つなのだが,Week2が終了した時点で,今学期も良い学生さんに恵まれ,良い教室環境を作っていけそうな気がしています. そういう意味では,「運命の人」に出会えたと言ってよいのかもしれません. 学生さんの方にもそう思ってもらえているとよいのですが. やはり,新学期の教員と学生の関係は,お見合いをする男女の関係と似ていますね. 改めて有り難い仕事につけていることを実感します. 


今学期,金曜日は授業が入っておらず,会議がなければ一日をリサーチにあてられる唯一の日です. 今日はそんなわけで一日自分の勉強をして過ごしました. ジャンル別の言語的特徴を調べるのに,これまでコーパスはTextSTATを使っていたのですが,ハワイ大学で教えてもらって使い始めたこのTextSTATは,日本では主流ではないのか,いつも「は?」とか「え?」という反応を受けるので,アンソニー・ローレンス先生のAntConcを使ってみることにしました. 


初めてのツールを使い始める時にはよくあることですが,説明書通りに行くことが少なく,何度も壁に打ち当たったのですが,アンソニー・ローレンス先生が,You Tubeに使い方についての動画をアップしてくださっており,これが大変役に立ちました. なんと,Tutorial 1からTutorial 10まで,項目別に丁寧な解説をアップしてくださっている. 説明もとても分かりやすい. 一流の人というのは,仕事がきめ細かいですね. それに「アンソニー・ローレンス」という名前がかっこいいではないか. 私の世代の女性が「アンソニー」と聞けば,間違いなく,かけっこスキップ大好きキャンディ・キャンディに登場する「アンソニー」,別称,「丘の上の王子様」である. ちなみに,アンソニーの趣味は,薔薇の品種改良である. 農学部出身なのだろうか. 


新しいことを学べた日,プロダクティブな日というのは,充実感がありますね. キャンディ・キャンディのアンソニーのことまで思いを馳せることができました. 良い一日に感謝. ブログの内容が支離滅裂.


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Mixed Methods


週末,混合研究法学会のアジア大会に出席してきました.


「こんごーけんきゅーほー(混合研究法)」と日本語で聞くと,「は?」という反応が返ってきそうなのですが,要するに"Mixed Methods"(質的分析と量的分析を統合したアプローチのこと)です.


日本語で「混合研究」というと,なんか違和感が拭えないのですが,たぶん「混合」というのがしっくりきていないからなのかなと思います. 個人的には「統合 (integration)」とか「融合 (combination)」とかの方がいいような気がしますが.


混合研究法学会は,これが初めての参加だったのですが,こんなに学ぶことが多く有益だった学会は,ここ数年で,いや,正直に言うと,これまで参加した学会の中で初めてだったかもしれません.


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青山学院大学の抱井(Kakai)先生は,ハワイ大学のがん研究センターで研究員をされたご経験がある方で,博士論文は,ハワイ在住の日系人の癌患者の方を対象に,質的・量的アプローチを統合した手法で研究を実施されたそうです. 今回の学会では,「混合研究法としてのGroundedなテキストマイニングアプローチ」というタイトルでワークショップを開催してくださいました. 


私は,質的研究については主にMAを取ったモナシュ大学で,量的研究についてはPhDを取ったハワイ大学で勉強したのですが,別々の場所でそれぞれ別々の先生から学んだせいもあるのか,質的アプローチと量的アプローチがこれまで一つの線で有機的につながっていませんでした. つまり,世界を捉える哲学的な観点から,この二つの研究手法を考えたことがなかったということです. ですが,今回の抱井先生のワークショップに参加したことで,これまで別々に理解していた二つのアプローチが一気に一本の線でつながりました. 二つのアプローチが別々のパラダイムだった1960年代から,実証主義,ポスト実証主義,構成主義へのパラダイム・シフトとともに,混合研究という考え方が構築されていった経緯を,丁寧にご説明いただきました. 多いに,本当に多いに感銘を受けました.


個人発表も,さすが研究法を大事にしている学会だけあって,みなさん,「メソッド」の部分にいちばん時間をかけておられました. 「私はこんな質的データと量的データを統合し,こんなメソッドを使って分析をしました.このメソッドで得られるexpected resultsはこうなります」というように,非常に論理明快にメソッドの重要性をお話してくださいました. 


同じ現象であっても,どのようなメソッドを用いるかで,得られる結果は変わってきます. 研究というのは,これまで見えなかったものが見えるようなったり,理解できなかったものが理解できるようになることを目指すものなので,こうやって,一人一人が独自のメソッドを発信し,それを共有することでよりよいメソッドが開発,構築されていくという学会の考え方,信念には多いに賛同します.


よく参加している自分のフィールドの学会とは雰囲気が全く違っていて,disciplineが変わると学会の雰囲気もこんなにちがうんだなあ...という新鮮な発見がありました. 


会場の立命館大学いばらきキャンパスは,今年の4月からスタートした新しいキャンパスのようです.キャンパスの施設は,地元の人も利用しやすいようにしているようです. 日曜日の芝生の公園では,子ども達がサッカーをしていたり,スターバックスでは家族がお茶を飲んだりしていて,こんな風景が大学にあるのもいいものだなあと新しい大学の形を見たような気がしました. 


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非常に実り多い二日間でした. 本当に勉強になる学会なので,毎年参加したいと思います.


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東京

科研共同研究の打ち合わせで東京に来ました.


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本年度が最終年度のプロジェクト. 成果報告として,一ヶ月後に国際シンポジウムを開催することになっています.

正直なところ,まだデータ分析を行っている途中で,一ヶ月後に国際シンポジウムを開催できるほどの仕上がりではないのですが,プロジェクトの運営は代表者の先生が担っていますので,分担者はその先生が決めたスケジュールで動かなくてはいけません. ソフトがきちんと整っていないとハードの存在はほとんど意味をなさないわけですが,とりあえず目立つ部分だけ取り繕っておけば,「なんとなくそれっぽく見える」ということでしょうか. あるいは,華やかなハードを先に用意しておけば,必然的に有能なソフトができあがることを期待して意図的にこういうスケジュールを組んでいるということでしょうか. どちらの場合であったとしても,あまり尊敬はできませんが,いろいろな考え方がありますので,とにかく今は自分に与えられた業務を真摯にコツコツと進めていくだけです. 「共同研究」というのは本当にむずかしい. 今回のプロジェクトで学んだことの一つです.


今回の打ち合わせのために,約2週間かけてデータ分析の結果をスライドにしてまとめましたが,自分がこれから伝えようとしていることを文字化したり図式化したりすることって本当にむずかしい. これも,今回のプロジェクトで学んだことの一つです. 作家の松浦弥太郎さんが,「文章を書くということは,自分がこれから言おうとしていることを深く考えることだ.だから『文章を書く』ということはむずかしいのだ」ということをご自身のエッセイの中で書かれていたのですが,発表スライドをまとめながら本当にそのとおりだなあと深く実感しました. 文字化しなければ,自分の頭の中や心の中にとどまっているだけで,それがきれいに構成されて一つのストーリーができあがることもないだろうし,他の人々にメッセージとして届けることもできません. 


「文字を書くこと=深く考えること」


このことをこれからも大事にしていきたいと思います. そういう意味で,今回の共同研究は不満がたまることもあるけれど,自分にとって貴重な経験になるはずです.


土曜日は一日中会議で,終わったのは19時前でした.  東京に一泊し,翌日福岡に戻る前に,以前住んでいた街に行き,よく通っていたカフェに行ってみました. 小田急系のスーパーの二階にある小さなカフェなのですが,窓側のカウンター席と流れているBGMが好きで,ここに住んでいた2009年〜2012年の3年間,よく足を運んだカフェです. 今日は本当に久しぶりに行ってみましたが,窓側のカウンター席もBGMも変わっていなくて,この席でハワイ大に提出する博士論文を必死で書いていた当時のことがぶわっとフラッシュバックしてきました. あれから自分はどのくらい成長しているのでしょうか. 今は,博士論文も提出し,学位も取得し,大学も国立大に変わり,肩書きも准教授になり,外から見れば成長はしているのでしょうけれど. でも,相変わらず自信がないままやっています. 自分に自信が持てるタイミングっていつどんなふうに訪れるものなのでしょうか.


カフェの後,一駅となりにある写真店に行き,写真を撮ってもらってきました. 4年前の秋,今の大学のポジションに応募する時に履歴書につける写真を撮ってくださったお店です. この写真店にいるフォトグラファーの清水さんは,本当にきれいな写真を撮ってくれます. お話も上手で,一緒に話していると,撮影して写真の仕上がりを待つというだけの短い時間が,とても有意義な時間になるのです. 写真というものも,それを作り上げる人のお人柄とか生き様みたいなものが全て反映されるのかもしれません. 「文章を書く」という行為に「頭の中の深い思考」が反映されるのと同じように.


久しぶりの東京出張は充実した時間になりました.

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人を形作るラベルについて

昨夜,法曹の制度の根幹を揺るがすような不祥事を大学教員が起こしたというニュースを耳にしました.


今回の不祥事は,単に不祥事というだけでは済まされない深刻性がありますが,振り返れば類似の不祥事のニュースが後を絶たない気がします. 特に,同業者のニュースには敏感になり,記憶にも残りやすいのですが,確か,数年前には,「○○大学に所属する先生が,百貨店でスカーフを盗んで窃盗容疑で逮捕」というニュースがありました. 最近では,「△△大学に所属する先生が,ホテルのビュッフェで食い逃げをし,詐欺罪で逮捕」なんていうニュースもありました. スカーフ事件については,すぐに巻いてみたかったのかなあ…とか,ホテルのビュッフェに関しては,「食べ放題」って意味を拡大解釈してしまったのかなあ…とか,同業者としてはそのお粗末な行動の背景に何があったのかリサーチしてみたくなるところなのですが,それにしても,こういった不祥事が起こる度に思うことがあります. それは,


職業名とか社会的地位とかは,単に「ラベル」にしか過ぎないのだなあ…


ということです.


「大学教員」というラベル,そして「○○試験出題委員」というラベル,このラベルに加えて,フォーマルなスーツにネクタイ,そして,ロマンスグレイの髪に知的なメガネ,こうしたアイテムを取り揃えることで,なんとなくそれっぽく見えるし,見せる効果があるように思います.


こういうラベルって,実は「そう見えているだけ」で,実は「相手に錯覚を起こしているだけ」のようなところがあるように思います. 言い換えれば,こうしたラベルは,実は「人工的なもの」で,実は何かあれば「簡単に崩れてしまう」危険を備えているということ. そのことに気がつかず,分かりやすく加工されたラベルだけで人を判断したり,行動を決定したりしている人って意外に多いのではないでしょうか.

私がそういうことを感じるようになったのは,私自身がいわゆる「大学教員」ぽく見えないことに起因しています. つまり,多くの人が恣意的に思い込んでいる大学教員のイメージとは,自分の外見が異なるということです. 初対面の人との会話において,非常に高い頻度で次のような会話が起こります.

相手:「ご職業は何ですか」

私:「はあ,大学に勤めています」

相手:「え?もしかして先生ですか?」

私:「はい,まあそうです」

相手:「ええーーーっ!! 見えないですねーー!!」

私:「うっせーよっ」(心の叫び)


という談話構造で形成される会話をこれまで何度となく経験してきまして,もうこのごろではウンザリしているのですが,こういう談話に直面する度に思います. 人間の判断って実は恣意的に作られた直感とかイメージに基づいて行われているのではないかと. 分かりやすいラベルに支配されているのではないかと. ジェルネイルしてピアスしてても,リサーチの能力を備えた人はいます. 


人を形成する「ラベル」について,生物学者の福岡伸一さんが『動的平衡』の中で次のようなことを書かれていました. 印象的だったので引用します.


人はなぜ学ぶことが必要なのか?

私たちが今,この目で見ている世界は,ありのままの自然ではなく,加工され,デフォルメされたものである. ヒトの目が切り取った『部分』は人工的なものであり,ヒトの思考が見出した『関係』の多くは,妄想でしかないとも. 直感が導きやすい誤謬を見直すために,あるいは直感が把握しづらい現象へイマジネーションを届かせるためにこそ,人は学ぶ必要がある.それが私たちを自由にするのだ.

(引用おわり)


この事実に気がついたら,明日は今日見えていたものが違うものに見えてくるかもしれませんね.


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