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ことばの力

 

このところあまりブログを更新できていなかった. 

 

たぶん,それなりに充実していて,そういう日常が当たり前になっていて,書き留めておく必要性を感じることがなかったからかもしれない.

 

今日久しぶりにブログを書こうと思ったのは,書き留めておかなくてはという気持ちになる出来事がいくつか続いたからだ.

 

 

 

私は,昨年から学外のあるプロジェクトに関わっている.

 

 

そのプロジェクトは,日本の子どもたちに「英語の多様性」を伝えることを目標の一つとしている. つまり,英語話者がこれほど多くなった昨今(非英語母語話者の数が英語母語話者のそれを上回るようになっている),英語の変種,英語のバラエティを受容する態度を身につけることが大事ですよ,英語には,もはや「スタンダード」は存在しないので(何が標準であるかを決定づける唯一の基準はないし,英語は母語話者だけのものではない),「国際共通語としての英語 (English as a Lingua Franca, ELF)」を学ぶというマインドセットが必要ですよ,ということを伝えようとするものである.

 

 

こういう趣旨で動き出したプロジェクトだから,従来,アメリカ人やイギリス人などの英語母語話者だけで構成されていたチームに,昨年から日本人が数名加わることになった. 私はその中の一人である. 

 

 

途中経過の詳細は割愛するが,そのプロジェクトの中間報告を,外部の評価委員の方々に見てもらう(聞いてもらう)ことになった. その中で,ある評価委員の方が次のようなコメントを書面で送ってきた.

 

 

「日本人女性の英語の発音がスタンダードから逸脱している」

 

 

ここにある「日本人女性」とは,まぎれもなく私のことで,「スタンダードから逸脱している」と評価されたのは,私が発した英語のことを意味している.

 

 

衝撃を受けた. そして,みじめな気持ちになった.

 

 

私は日本語を母語とする英語話者なので,英語を話す時,どうしても母語である日本語の影響が出てしまう. それが「スタンダードから逸脱している」という評価をくだされた. このプロジェクトの推進に協力してくださるはずの評価委員の方が,このプロジェクトのそもそもの趣旨を否定しているように聞こえて,なんというか衝撃を受けたし,凍り付くような気持ちになった.

 

 

そして,私は力不足ではありながら,これまで割と長い期間,英語教育のプロフェッショナルとして教壇に立ってきた. 「スタンダードから逸脱している」という言葉は,ただただ自分をみじめな気持ちにさせるものだった.

 

 

似たような気持ちになった出来事が学生時代にあったことを思い出した. もう20年も前のことだけれど,塾の講師アルバイトの面接で模擬授業をした時のことだ. 模擬授業が終わった後で,面接官がニコリと微笑んで言った. 「あなたに英語を教えるのは無理だと思う」と. 

 

 

「あなたの英語はスタンダードから逸脱している」という言葉は,あの時と同じくらいのインパクトがあると思った. すべてを否定されるようなインパクトだ. でも,私はあの時,面接官が言った「あなたに英語を教えるのは無理だと思う」という一言があったから,今,英語を教える仕事に就いているのだと思う. 絶対にあいつを見返しやる. その気持ちが自分を押し進めるバネになったことは間違いない. だから,今でも鮮明にその言葉を浴びた瞬間と映像を覚えているし,その言葉を忘れることもなかった. 「あなたの英語はスタンダードから逸脱している」 この言葉も,私はこれからの人生で決して忘れることはないだろう.

 

あーあ,なんだかなあ...という気持ちでうなだれていると,隣にいたアメリカ人の同僚が(このコメントを一緒に見ていた)言ってくれた一言に救われた.

 

 

「こんなコメントシートはrediculousだから,紙飛行機にして窓の外に飛ばしちゃいましょう」

 

 

そう言って,彼は本当にコメントシートのB1サイズの紙で紙飛行機を作り出した. 体中に広がっていたみじめな気持ちが,紙飛行機が飛ぶように,一瞬で吹き飛んでいくような気持ちになった. ありがたかった. ことばの力ってすごいと思った.

 

 

本当に,ことばの力ってすごいと思う. 「あなたの英語はスタンダードから逸脱している」ということばで相手をみじめにさせ凍り付かせることもあれば,「こんな紙は紙飛行機で飛ばしちゃいましょう」ということばで,凍り付いた心を温めてほぐしてくれることもある.

 

 

同じようにことばの力を感じる出来事がつい一週間前にもあった. 数年ぶりに出場したハーフマラソン(神戸バレンタインマラソン)での出来事だ. 練習不足で脚が思うように動かず,15km 地点あたりでフラフラになって走っていた時,沿道で一人,ランナーを応援している男性がいて,その方がこんな言葉をかけてくれた.

 

 

「まだまだいけます!! 大丈夫です!! 最高の走りです!! ゴールまでがんばってください!!」

 

 

えっ...,最高の走りって....(そんなはずはないやん)... しかし,このことばがどれほど力を与えてくれたことか. フラフラになりながらも無事にゴールにたどり着き,完走を果たせたのは,間違いなく,この方の応援,この方のことばがあったからだと思う. 本当に,ことばの力ってすごい.

 

 

久しぶりのブログの更新で私が書きたかったのは,この「ことばの力」についてだった. みじめにさせられた言葉は二次的なもの. でも,私は今日の出来事を決して忘れない. そう感じた今の瞬間を書き留めておきたくて,ブログを書いた.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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