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無限の探求

今学期,大学院の演習で,「質的研究法 (Qualitative Research Methods)」を担当することになりました.


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質的研究の実践の経験はありますが,学生向けに講義を担当するのはこれが初めてなので,15週間の授業プランとシラバスから,講義のスライドやワークシートにいたるまで,すべてゼロからのスタートです.

毎週かなりの量のリーディングを課しているのですが,それでも学びたいという熱意のある院生が4人履修してくれることになりました(初回のオリエンテーションはもっとたくさんいたように思いますが...).学生の国籍は,日本,中国,アメリカ,モーリタニアと多国籍で,授業はほぼ英語で進めることになりました. 

学生にリーディングを課したということは,当然のことながら教員の私もそれを読んでいかないといけないのですが,加えて講義スライド作る作業もあり,3週目にしてすでにヒーヒー言っております(泣).


でも,研究方法の理論的枠組みの本や論文を改めてじっくり読み返しながら(大学院生の時以来かもしれない),再発見したり再確認したりすることが多く,非常に良い勉強になっています.


勉強というのは果てしのない探求だなあとしみじみ思います.「大学教員になる」という運をつかむことには成功したけれど,ほんのスタートラインに立っただけのこと. 知識は増えても,本を読む度に自分がいかに知らないかを痛感させられるし,研究歴や教育歴が増えても,今でもやっぱり悩み,もがき,苦しんでいます. でも,最終的な答えが出るか出ないかわからない無限の探求であるからこそ,続ける意味があって,だからこそ,大学とか大学院といった場所があるのかもしれないな,と最近そんなことを思います. この無限の探求の前では大家も初心者もなく,教員は「こうしなさい」と決めつけたり一つの答えを教えるのではなく,「こういう状況だったらどうする?」と問いかけ,一緒に考える,あるいは「取り組み方」を伝える,教員にできることはここまでではないかなと. でも,これは一つの答えを教えることより,とても難しいことではあります.


勉強や研究が果てしのない探求であることと同様に,一人ひとりの生活の中にも,どうにもならないもの,どうしようもできないことってあると思います. それに打ちのめされる体験を反芻しつつ,それでもその中に一条の光を見つけだそうとすることが,与えられた人生を生き抜くということなのかもしれません. 暗黒時代が長く続いても,時間はかかっても,いつの日か一条の光を見つけ出せる日が訪れて,そのときに自分の余白というか糊代が拡がっていればいいなあと.


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