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記憶に残る日

最近お会いした方に,「最近ブログ書いてないんですね」というお言葉をいただき,おおそういえばそうだったと,一時は(ハワイに住んでいたときは特に)毎日のようにブログを綴っていた記憶が蘇ってきたのである. 


記憶というのは不思議なもので,何かのきっかけで突然ぶわっと蘇ってくることがある. それはまるで,長い間冷凍保存されていたものが熱湯を注がれて勢い良く溶け出す瞬間のようでもある. お正月に高校の同窓会に参加したのだが,クラスメイトの花神(はながみ)君の顔を見て(それは約20年が経過し確実に変化を遂げていたのだけれども),私は瞬時に「ネピア君」という当時の彼のニックネームを思い出すことができたのである. かれこれ20年の間,ネピア君のことを思い出すことなど一度もなく,それは高校時代の記憶として瞬間冷凍されたままになっていたにも関わらずである. 同窓会というホッな熱気が瞬時の解凍を可能にしたということなのかもしれない. ちなみに,「ネピア君」というのは,彼の名字である「花神(ハナガミ)」が「鼻紙(ハナガミ)」という音声と同じであることに由来している.


久しぶりのブログが,なぜ「記憶」の話から始まっているかというと,昨日経験した,大ピンチとも言える出来事が,長期記憶として残すにふさわしく,今後このブログという場所にくれば瞬時に解凍(再生)できるように,ここに書き留めておこうと思ったからである.


さて,「大ピンチ」とは何だったかというと,それは次のとおりである. 


昨夜,21時頃. いつものように,帰宅後にランニングに出かけ,6キロ程走った後で自宅のマンションに辿り着き,オートロックのマンションを解錠しようとして,ポケットに手を入れた時のことである.


ない.

ない.

鍵がない.


フフフ. こんなことはよくあることで,走っている間に,きっとポケットの端っこの方とか,どこか分かりづらいところへ入ってしまったのさ... さあ隠れてないで出ておいで...


しかし,ポケットをひっくり返し,体中のありとあらゆるポケットをまさぐりつくし,しまいには,軽くぴょんぴょんとジャンプとかしてみたりしたのだけれども,ないのである.  所持品はWalkmanのみ. 携帯もお財布も全部家の中に置いてきてしまった.


...落ち着け


落ち着こう.


落ち着かなければならない.


ランニング中に落としたのならば,同じコースを戻ればきっと見つかるはずである. そうきっと見つかるはず... そして,同じ6キロをもう一度戻ることにしたのである. しかし,今回は「落とした鍵を見つける」という重要なミッションがあるため,ゆっくり歩き,そして目線は常に下,獲物を狙う猫のように瞳孔は常にオープンの状態でなければならない. 一体全体,こんな夜中に(時間は23時を過ぎていた),前屈みで瞳孔をギラギラしながら獲物を探している人なんてただの変質者じゃないのか. しかし,そんなことも言っていられない. 私はおうちの中に入りたいのである.


そして,6キロを引き返す作戦を遂行したのであるが,努力もむなしく失敗に終わった. 原因は,「夜道は暗くて見えない」という単純なものであった. 暗闇の方が視力の真価を発揮するという猫さんの特徴をヒトも備えていれば,この作戦は成功したに違いないであろうに. そんなことを思いながら,マンションの前で呆然と立ち尽くす. 管理会社に連絡を取りたいが,携帯電話もお金も家の中である. 次の作戦を考えなければならない. 考えられるのは,仮にベランダ側の窓の鍵が開いていたとして,3階のベランダまでまるでスパイダーマンのごとくよじ登り,そこから部屋に戻るという方法である. しかし,深夜0時過ぎに,壁をよじ登っている姿を万が一目撃され,しかも通報されてしまった場合,私は現在は立場のある仕事をしているので,恐らく西日本新聞あたりに記事にされてしまう可能性がある. 「○○大学准教授,マンションの外壁をよじ登り通報される」. この作戦は却下だ.


次なる作戦はいかようにすべきか. 私の頭の中には "problem-solving skills"(問題解決能力)という,昨今の大学教育で重視されているこのスキルが頭の中を駆け巡っていた. 「実生活において応用できる問題解決能力の育成が重要だ」って自分がよく学生に言ってるではないか. 「鍵を落としてしまう」という問題をいかにして解決するか. 自分に課されたこのタスクを悲観せずに楽しもうではないかという気になってきた. そして,実行した次なる作戦は,「警察に行くこと」であった. 警察に行って,次の2つの選択肢のうちのいずれかを実行するのだ. ①電話を借りて管理会社に連絡する,②落とした鍵がどこかの交番に届いていないか調べてもらう.


私のマンションがあるS区の警察は,走って5分くらいのところにある. すでに0時を過ぎていて街はひっそりとしていたのだが,警察署の中に入ると,エンジンフル稼働中. 「鍵を落としちゃってエヘヘ」なんてことを言うのが恥ずかしいくらい,あちこちから110番通報が入ったり,相談にやってくる人びとがいて多忙な様子であった. 「どこどこの駐車場で40代くらいの男性が泥酔して暴れている模様!」とか「どこどこの公園で中学生と思われる男子生徒4名が大声を出して暴れている模様!」とか「どこどこのマンションから言い争う声が聞こえ男女が暴れている模様!」とかいう声が飛び交っていて,110番通報ってこんなに頻繁に入るものなのだなあということを学ぶ機会になりました. それにしても,夜中に暴れてる人って多いんですね.


また,私と同じように,紛失したものを探すために警察署に相談に来ている人もいた. ご年配のご夫婦でこんな時間にどうしたのかなと思っていると,福岡で一人暮らしをしている息子さんと連絡が取れなくなったとのことで,捜索願を出しに,実家のある他県から来られているとのことだった. 一人暮らしの部屋は鍵がかかっておらず,中に入ると,銀行のカード二枚と暗証番号が書かれたメモがテーブルの上に置いてあったとかそんなことを話していた. 早く見つかってほしい. 何だか,鍵の紛失なんてどうでもいいことのように思えてきた.


次から次に通報が入ったり捜索願が出されたり,深夜でもめまぐるしく動く警察署の中で,鍵がなくなってしまって...という相談をするのが躊躇われたのだけれども,男性の警察官の一人が,「いいえ,家の中に入れないというのも深刻な事件です」などとグッとくる言葉をかけてくださる. きゃ. 制服効果も加わり,好きになってしまいそうになりました. かっこいー. 


ハズバンドがポリス・オフィサーってなんかかっこいいよねなどと妄想を膨らませていると,その素敵なポリス・オフィサーが,「Satchyさん!○○の交番に鍵が届いているみたいです!ちょうどランニングコースと重なるところなので,これはSatchyさんの鍵かもしれません!今から写真を撮ってデータを送ってもらいますのでもうしばらくお待ちください」と,暗闇が一気に明るくなるような一言を言ってくださる. 道に落ちていた鍵が交番に届けられるなんて,そんなことが本当にあるのか. 日本は「奇跡の国」としか言いようがない. これが自分の部屋の鍵でなかったとしても,自分が生まれ育った国が「奇跡の国」だと確認できたことだけでもう十分だ. いや,そんなことはない. やっぱり自分の部屋の鍵であってほしい. 


いろいろな思いが錯綜する中,その交番から鍵の写真のデータが送られてくるのを待つ. 待つこと30分. 写真撮影してデータを送信するのにそんなに時間がかかるなんて,ポリス・オフィサーは,ITに弱い人たちなのかもしれない. いや,単純に夜中の110番通報をさばくのに忙しかったのかもしれない. プリントアウトされたA4サイズの紙には,一面に鍵の写真が印刷されていた. こんなに大きくズームされた鍵を見たのは生まれて初めてだ. でも,鍵ってみんな同じような形をしているから,この写真の鍵が果たして自分のものなのかどうか判別することはできないんじゃないか. でも,何か違うような気がする. 鍵の頭の部分がこんなに平たくなかった気がする. それに,銀色じゃなくて金色だった気がする. いや,やっぱり銀色だったっけ. うーん. かすかな記憶をたよりに,自分のマンションの鍵の形を頭の中に描いていく. はたと気がついたことがある.  こういう時のために,キーホルダーというものが存在しているということだ. 鍵の頭にホルダーをつけたとたんに,その鍵は別の鍵とは明確に異なるアイデンティが付与されるのである. 甥っ子にもらった奈良の大仏のキーホルダー,あれつけとけばよかった. 

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結果,この写真の鍵はどうやら自分のものではないらしいことが判明した. この時点で時間はもう深夜1時を過ぎていた. 管理会社に電話したが留守電になっていたため,作戦の①も②も失敗したことになる. なんてこった. それではもうベランダからよじ上る作戦しかないのか…と思っていると,先ほどのナイスなポリス・オフィサーが,こんな画期的な提案をしてくれた.


「カギの110番にお願いしてはどうでしょうか」


え? カギのひゃく・とう・ばん? そんなものがあるんですね. じゃ先に言ってよと思わなくもなかったのだが,1時間ほど待っている間に地元の交番にナイスなポリス・オフィサーが存在している事実を知ることができたし,何より,深夜の警察署がこんなにも忙しく,そして様々な人間模様であふれる空間だったということを学ぶことができたので良かったとしよう.  カギの110番というビジネスがあることを恥ずかしながら知りませんでした. そういえば,家だけじゃなく,車やバイク,金庫,スーツケースなど,「鍵」を使う場面は多い. たった1本の鍵が大切なものを守るという重要な役割を果たしている. でも,紛失してしまったとたんに,中の大切なものにアクセスできなくなる. そういえば,1歳3ヶ月の子どもが家の中で鍵を閉めてしまい,その子どものお母さんが外に閉め出されたという話を聞いたことがある. カギの110番というのは,このように外に閉め出された人びとを助けることをミッションとしたビジネスらしい. しかしスペアキーがないのにどうやって鍵を開けるのだろうか.


ポリス・オフィサーが,福岡市内のカギの110番に連絡を取ってくださり,深夜2時近くになっていたにもかかわらず,すぐにかけつけますというお返事をいただく. 24時間対応ってやはりすばらしい. マンションに戻ると,鉄の工具箱を持って,暗闇の中,マンションの前でじっと立っている男性がいた. この人がカギの110番さんか. 工具箱と身体が一体化しており,ベテランの風貌が漂っている. しかし,鍵開けのベテランってドロボウさんと表裏一体のような気もする. そのあたりについてご本人のコメントを聞いてみたい.


そんなことはさておき,早速,鍵開けの作業が始まった.  そもそも鍵がないのにどうやって開けるのだろうというのが素朴な疑問だったのだが,鍵がなくても鍵を開ける方法があるのだという. セキュリティ上の理由からここで詳細を書くことはできないが,それは,極めて原始的な方法だった. しかし,それは極めて高度で極めて繊細な熟練を必要とする技術であった. 「この部屋の鍵はちょっと難しいかもしれません」とカギの110番さん. 何か似たようなこと言う人をどこかで見たような気がする.  そうだ,病院だ. これって難しい手術を控えた外科医と同じではないか. 失敗に終わったらどうしようかと心配して待ち続ける状況も,手術室の外の光景と似ている. 作業を始めて約10分後,カチャンという音とともに,部屋の扉が開いた.  手術は成功だ.


鍵が開いたことが嬉しかったのだが,それ以上に,カギの110番さんの高度な技術に魅了されてしまった.  とっさに,「この技術をどこで身につけたのですか?」と質問する.  すると,カギの110番さんがこう答えた.  


「学校です」


え? 学校? 鍵開けを指導する学校があるのか. でもそれって,見方を変えれば,ドロボウさん養成学校とも言えるのではないか. 同級生にそちらのキャリアを選んだ人はいないのだろうか. でも「ドロボウもいけますよね」なんてことは失礼になるのでだまっていると, カギの110番さんの方から,ドロボウさんの話を切り出してくれる.  なんでも,ドロボウさんに入られないようにするためのコツがあるということで,こちらも極めて原始的な方法だったのだが,ドアのある部分にあることをすると良いのだという.  なるほど,やはり,学校で明示的な鍵開け指導を受けたカギの110番さんは,ドロボウさんが及ばない高度な技術を持っておられるのだ. それにしても,世の中にはまだまだ知らないことがたくさんある. 未熟である事を受け止め,常に謙虚でいなければならないと実感した.


カギの110番さんに御礼を言って部屋の中に入ったときには,もう夜中の3時近くになっていた. 体はクタクタになっていたはずなのだが,警察署の中で見た様々な人間模様とか,グットくる名言を言ってくれたナイスなポリス・オフィサーとか,カギの110番さんの存在とか,恐るべし高度で緻密な鍵開け技術とか,鍵開け技術教育のための学校があるとか,これまで知らなかった新しい世界に触れることができ,何かとても爽やかな気分だった.  たまにはこういうのもいいかもしれない. しかし,もう絶対,鍵は落とさない.


何年後かにこの出来事が鮮やかによみがえってくるように,ここに書き留めておく. 


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