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共同発表

今週末に,某学会の国際大会で,同じ大学の先生方と三人で発表をします.


だめもとで「シンポジウム」のカテゴリー(90分)に出したところ,運良くアクセプトされました. この幸運を無駄にすることなく,90分のシンポジウムをなんとしても成功させたいと思います. 学内外に本学の英語教育の取組みを周知するという意味でも,このシンポジウムは非常に重要な意味を持っていると思いますので.


ところが,発表を数日後に控えた今日になっても,共同発表者の先生方と連絡が取れません. おーい.


私が"first author"になっていまして,結局,90分のシンポジウムのスライドも全て私が作成することになりましたので,先生方はそれを頼りにされているのかもしれません. といっても,お二人は,私よりもうんとキャリアの長いベテランの先生方ですので,私よりも舞台慣れはしているでしょうし,そこそこアドリブも効くはずですから,「ぶっつけ本番」で大丈夫とか思っておられるのかもしれません. 

まさか,私が作ったスライドを「棒読み」するとかいう展開はないはずですけれど,まさか,本当に「棒読み」しようとか思っているのではないですよね,のんきなオジさんたち... あっっ,言ってしまった.

90分のシンポジウムのスライドは,一週間の研究室引きこもり生活によって,約80ページにわたる大作になりました. これほどのヴォリュームになりますと,もはや「アドリブ」とか「棒読み」が機能する世界ではないように思います. 私が心配性なだけかもしれませんが,やはり事前打ち合わせや練習が必要ではないかと思います. 明日は何とかオジさん二人,あっ,先生方お二人をつかまえなければ...

それにしても,今回のスライド作りにより,改めて,発表内容について新たな視点で見つめ直す機会を得ることができ,また,先行研究との関連性もより明確に理解できるようになってきました. 学会発表とか論文執筆とかいう「中期目標」を,長い長い道のりの過程にちょこちょこ入れていくことで,それまでの思考のプロセスをひとつの「形」にすることができ,また自分の中に「気づき」を起こさせることができるということを改めて実感しました.

「中期目標」を立てることは大事だと思います. 特に,目指すところがずっとずっと先にあって,長期戦を強いられるような時には. だから,こんな貴重な勉強の機会を作っていただいたオジさん二人,あっ,先生方お二人には感謝しなくてはいけません.

明日はオジさんをつかまえなくちゃ. あっ.

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8年

学位を取るために助手として勤めていた大学を退職し,ハワイ大学に留学したのが,ちょうど8年前の夏のことでした.

東京のマンションを引き上げて実家の神戸に戻り,その後,関西空港からホノルル空港へ飛び立つまでのあわただしい数週間のこと,関西空港へ向かう橋の上から見えた海がキラキラ光っていたこと,その景色を見ながら考えたこと,ひとつひとつの出来事が,8年過ぎた今でも鮮明な記憶として残っていて,毎年8月がやってくると,あの時の複雑な心情を思い出します. 

本当に自分の選択は正しかったのか,ハワイで学位を取ってその後どんな生活が待っているのか,日本を離れハワイで数年間暮らす選択をしたことで自分はもっと大事なものを失おうとしているんじゃないのか,博士号ってそこまでして追究する価値が本当にあるのか...今思えば,考えても仕方なかったこと,意味のなかったことを,かなり真剣に考えて思い悩んでいたことを思い出します.

この複雑な心情は,結局,その後ハワイでの博士課程の生活が始まってからも,時々ふつふつと気泡が浮き上がって弾けるように湧き出てきて,その感情を押さえることは,博士課程での勉強を一生懸命頑張ることと常に表裏一体であったように思います. 特に,大事なものを失ってしまってからは. もちろんこれは,たとえ日本に残っていたとしても自分の力ではどうすることもできなかったのですが.

このことも含め,もう絶対に乗り越えられないと思った出来事が他にもあったように思いますが,今自分がこうして生きているということは,たぶん乗り越えてきたのでしょう. どうやって乗り越えたのか,それはやっぱり,自分が決めた選択の責任は自分が取らなくてはいけないんだという信念だったのではないかと思います. 簡単に言うと,自分が決めた道を信じること. 正しかったのか間違っていたのかは第三者が客観的に評価することは難しく,その判断は結局自分でするしかない. 正しい選択とは,選択したものが「正しい選択だった」と言えるように「していくもの」だからです.

先日,前期に担当していた授業を履修していたY君から,「交換留学を申請したいのですが,指導教員の欄にサインをしていただけませんか」というメールが届きました. 8年前の今頃,Y君はまだ鼻水をたらした小学生だったはずですが(鼻水は余計でした),同じく8年前,私は関西空港でメソメソしていたハワイ大学博士課程入学前の学生でした. Y君にとってのこの8年間はどんな歴史が刻まれているのでしょうか. この交換留学がY君にとってさらなる飛躍へつながりますように. 指導教員のサインがその第一歩になりますように.


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がんばれ

今日の神戸の空.


Sora


これから福岡に帰ります.


大きな仕事が待っているので,


また明日から頑張らないと.

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ナガサワ文具店


神戸三宮に本店を持つ老舗文具店,ナガサワ文具センター


オリジナルアイテムが揃っており,文具好き神戸っ子の聖地と言われています(と私が勝手にそう呼んでいるだけですが).

何年かぶりに足を運んでみたら,センター街にあったはずの本店がなくなっている!


まさかと思って調べてみたら,ジュンク堂3階に移転したとのこと.安心しました.

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本屋さんの中に入ってしまったことで,以前のような老舗文具店の雰囲気が失われてしまったのが残念. でも,オリジナルアイテムは健在で,楽しいひとときを過ごしました. 

神戸の子どもたちのリテラシーを育てている「神戸ノート」も発見しました.なつかしすぎて思わず手に取ってしまう.

漢字書き取り用の「百字帳」(高学年用の「二百字帳」もアリ).先生と保護者のコミュニケーションツールである「れんらく帳」,使い方はあなた次第,「自由帳」などなど.今も変わらず,神戸の子どもたちに使われ続けているのですね.

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いろいろなものが新しいものに置き換えられ,変化していく中,これほど長い年月を経てもその姿形を変えず,神戸の人々の生活に根付いているものは,「神戸ノート」以外に思いつきません.

「神戸ブランド」というと,神戸ワイン,神戸牛,神戸スイーツ,多種多様にありますが,「神戸ノート」の歴史と重みはそれらを上回るような気がします.「神戸ノート」こそ,正真正銘の神戸ブランドではないでしょうか.

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久しぶりに訪れたナガサワ文具店でふとそんなことを思いました.


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階段の思い出

この階段を上ったところに祖母の家があって,


幼い頃は,この階段を上るたびにワクワクしたことを思い出します.

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というのも,祖母の家に行くと,いつも美味しい菓子パンがたくさん用意されていて,幼い頃の自分はそれが楽しみで仕方なかったと記憶しています. 

そして,あのワクワク感は,その後,特定の菓子パンをめぐって姉と弟の三人で繰り広げられる激しい争奪戦への意気込みとも相まって,さらに高ぶる感情へとつながっていたように思います.

菓子パンの争奪戦の結果ですが,大体は上のお姉さんが勝利し,憤慨した下の弟がたまにクーデターを起こして,姉がゲットした菓子パンを奪い取るという展開が繰り広げられていたように記憶しています.

しかし,大人になった今この話をすると,上のお姉さんと下の弟は,「いやいや,あなたの勝率がいちばん高かったのではないですか」と口を揃えておっしゃいます. あまり記憶はないのですが,大人になった今もこの階段を見ると,祖母の家の菓子パンを即座に思い出すあたり,当時は相当な執念を燃やしていたことの現れかもしれず,二人のコメントも一理あるのかもしれないと思いました.

阪神大震災の後,風景ががらりと変わってしまった神戸ですが,この階段だけは,あの頃と変わらないまま,その姿形を残してくれています.

思い出のつまった階段がいつもここで待っていてくれることをしあわせに思います.


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ふくはくであい橋

暑気払いの会があって,福岡に来て初めて「中洲」という場所に行ってきました.


正確にいうと,中洲訪問は2回目ではあるのですが,前回の目的は「健康診断」でしたので,夜の中洲という意味では,初めてということになります.


暑気払いの会の後は,絵はがきなどで「中洲の夜景」としてよく出てくる川沿いの道をお散歩することもできました.


川沿いには,屋台が軒を連ねていて,これも絵はがきでよく見ていた風景です. 


おおー,これがあの中洲なのか...


改めて,ああ自分は今,福岡にいるんだなあ...ということを実感しました.


川沿いを歩いていたら,「ふくはくであい橋」という橋を見つけました.


「福岡」と「博多」が出会う橋(福博であい橋),という意味なのだそうです.


何か歴史的に重要な意味がありそうな気がしましたが,詳しいことはよく分かりません(分からんのかい).


しかし,別々だったものがこの場所で引き寄せられるように出会い,融合して新しいものが生み出されましたといった響きが「ふくはくであい橋」にはあるように思いました. 詳しい歴史的背景は分からないのですが(分からんのかい),とても素敵な場所のように思いました. 中国人観光客の方が,ふくはくであい橋の前で大きな声で騒ぎながら写真撮影をしていましたし. にーはおー.


「一緒にいてよく理由が分からないが心が安らぐ人」という人がいると思います. うまく説明ができないのですが,たぶんこれは「波長が合う」ということなのだと思いますが,これは,恋愛感情とかそういう単純なものではなく,そういう単純なものを超越したレベルのもので言葉では説明がつかない. だからこそ,波長が合う人と出会えるというのは,長い人生でおそらくかなり低い確率でしか起こらないように思います. たぶん,「ふくはくであい橋」のように「橋」を作ってもいいくらいの希少価値のレベルで.


わたしはこの後何年福岡にいることになるのか分かりませんが,あと何年後かにはたぶん福岡を去ることになると思います. そのとききっと「福岡に来てよかった」と思っているはずです.


ふくはくであい橋を歩きながらそんなことを思いました.


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奇跡

今週で無事に前期が終了しました.


怒濤の毎日を乗り越えたことを讃え合うため,そして,これから9月末まで自分の勉強のための時間が持てることの喜びを共にかみしめるため,同僚の先生方とお食事に行ってきました.


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「長浜に美味しい寿司の店があるんだぜ」と,いつも素敵でしぶい感じの男性の先生が連れてきてくださったお店です. その先生のしぶい雰囲気から,いわゆる和風の寿司店を想像していたのですが,想像とは全く違うおしゃれな外観に,先生のポイントが2倍くらい上がりました. ぷぷ.

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このお店は,カリフォルニアのSushi Restaurantをイメージしているようで,スシロールの種類の多さで知られているのだそうです.


その種類といったら,スペシャルロール,ドラゴンロール,レインボーロール,カリフォルニアロール, キャタピラロール,クラブシュリンプロール,フィラデルフィアロール...うーん,カタカナだらけで目がチカチカしますロール. って思わず文末にロールをつけてしまうくらいロールだらけなのでした. 

しかし,ここのスシロールはめちゃくちゃ美味しかったです. こんなふうに巻き寿司,いえ,スシロールに特化したレストランは初めてで,にぎり寿司よりは「巻き寿司派」の自分としては,このようなお店がこの世に存在していたことを知り,そのことにまず感動した次第です.

福岡でも,こうして新しいお店を見つけられたり,一緒に時間を過ごしてくれる仲間や友人ができはじめました. 

毎日顔を合わせて毎日一緒に仕事をして,そのことを当たり前のように過ごしているけれど,福岡という場所に来なければこの人たちと会うこともなかったのだと思うと,この出会いは,「奇跡」以外のなにものでもないと思えます.

人との出会いってなんでもないことのように思ってしまいがちですが,一人ひとりが「奇跡」のようにめぐりあっているのかもしれません.

スシロールをいただきながらそんなことを考えました. 

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花火

今日は,大学の近くの街で花火大会があったようです.


駅のホームから,打ち上げ花火がきれいに見えました.


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打ち上げたとたんに空が煙だらけになってわけがわからなくなるオーストラリアの花火と違い,


日本の花火はやっぱり職人の技といいますか,繊細で美しく,そして何となく「儚さ」を感じさせる不思議な趣があります.


忙しい日常の中で,空をゆっくり見上げてみる心の余裕をなくしてしまっている気がします. 花火大会というのは,「たまには空を見上げてごらんよ」という機会を忙しい大人たちに与えてくれているのかもしれません. 自分と向き合い,自分の心と語る大事な時間を.

花火大会なんて久しく行っていないので,久しぶりに行ってみたくなりました. 花火ば見に行かんと?って博多弁で誘うときはこんな感じでよいのでしょうか. 博多弁勉強中.


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