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来年度から,全学教育で新カリキュラムが始動するのだが,昨年4月赴任と同時に「新カリ委員会」のメンバーを仰せつかり,カリキュラムの理念と構想から,各科目の概要,教育目標と教材案に至るまで,いろいろと重要な任務を任されている.


今年に入ってからは,突然,ライティングセンター構想が出てきたりして,これまた,自分のピンポイントの分野であることと,前前任校のW大学でライティングセンター専属の助手をしていた経験もありで,新カリの中でライティングセンターをどう位置づけるか,その理念から運営方法まで,案を出す役割を担っている.


EGAP(一般学術目的の英語)やESAP(専門学術目的の英語),"learner-centered approach"(学習者中心の授業), "autonomous learner" (自律学習)などが新カリの理念のキーワードになるわけだけれど,こうした一連のコンセプトは決して新しいものではないし,むしろ,もうありきたりのものになってきている感もある. 同様のコンセプトでカリキュラムを運営している大学は星の数ほどあるに違いない. しかし,ここ九州では,というより,少なくとも私が所属している大学では,こうした教育学のキーワードは,大変目新しいものであるらしい.


なので,案を出せば出すほど,「それでは先生,ぜひ資料のまとめをお願いします!!」という感じで,どんどん仕事が回ってきます. 最近は,資料だけではなく,予算の申請書まで書かないといけなくなり,どうしたものかなと思いますが,長い目で見て,カリキュラム開発に携わったことも自分の業績になるのかもしれないし,また,カリキュラムがよくなって授業の質も高まれば,ひいてはそれが学生のためにもなることなのでしょうし,今は私がやらなくてはここは一生変わらないかもしれないと思ってやっています. というか,最近書いた申請書の内容というのは,カリキュラム評価を実施するための「マークシート用紙」と「カード読み取り機」の購入だったのだが,地方大学とはいえ,旧帝大・国立大学と言われる大学で,いまどきマークシート用紙とカードリーダーが存在しないって,そんなことあるんかい!とのけぞるくらいびっくりしてしまいました. 


今日は,ライティングセンターではなく,セルフ・アクセス・ラーニングセンター(Self-Access Learning Center)の必要性を述べる報告書を書く仕事が回ってきました. 回ってきました,というよりも,自分から「やります」と言ってしまったのだが,それを担当していた先生がいらっしゃったのですが,毎週毎週,代わり映えのしない資料を書いて持ってくるので,さすがにしびれを切らしてしまったのと,「僕一人じゃもう無理かな」とご自分で限界をお認めになられたので,手を差し伸べたといったところでしょうか.


みなさんご専門が異なるので,よく分からない分野について執筆するというのは,学術目的ではなくても,やはり容易なことではないのだと思います. あとは作文力. でもこれも,考えが整理されていないと,簡潔明快に書くことは難しいのでしょう.


ということで,これからセルフ・アクセス・ラーニングセンターの必要性について資料をまとめなくてはなりません. これでまた書きかけの論文がスタックしてしまうのが恐ろしい. 昨年度から,科研Bの大型研究に分担者として携わっていて,お偉い先生方と仕事をさせてもらっている. 昨年のパイロットスタディの結果を今,まとめているところですが,9月半ばまでに完成させないといけない. これもたぶん手分けして,A先生はintroductionをお願い,B先生はliterature reviewをお願い,と分担すれば効率的に進むのかもしれないが,一貫性を持たせるためにやはり一人の人間が書いた方が結果的に効率がいいようにも思います. それに,一人で書くチャンスをいただいたので,それを利用せねばと思ったりもします. 共同研究をされているみなさんは「分担」はどうしているのかなと思います. 科研の分担者って,こんなに大変だとは実は最初は思っていなかったのですが. これも大変だと思うか,有り難いと思うか,考え方次第というところもありますが.


なんかこうして文章を書きながら,仕事や研究を改めて振り返ってみますと,結局は,自分で自分の仕事を増やしていっているんだなと思ったりします. 新カリの案を出すとか,資料を書くとか,申請書を書くとか,だまっていればどなたか別の先生が担当していたのかもしれませんし,実際,うまく逃げている方もおられます. ほとんど出張で不在にしててプロセスには全く関わらないのに,できあがったプロダクトだけ持っていってしまう(美味しいとこどり)不合理なことをする方も実際おられます.  でも,たぶんみなさん,「今の体制は変えなくてはいけない」とは思っているはずなのですが,でも,自分が口火を切ったら自分がやらなくてはいけなくなるからだまっている,結局はそういうことなんだと思います. なんかずるいと思いますが,私も10年後,20年後は年老いて,そうなっているのかもしれません. いまは学位を取得したばかりだし,能力は別にして,とにかく「勢い」はあるんだと思います.


資料とか申請書とか,研究の業績にならないことはあまり時間をかけてはいけないのだが,やらなくてはいけないので,とにかくやるしかない. 勢いのあるうちに,資料作りも論文作成もがんばらなくてはいけない. 台風が接近していて,風が強くなってきた. 強風が吹くと,なぜか,メラメラと力が湧いてくるので,台風は嫌いではありません. やはり,本物の変人になってきたのかもしれません.


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