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パデュー大学で

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パデュー大学にやって来ました.

学会一日目が終了.

発表も無事に終わりました.

学会は,やはり貴重な勉強の場である.

「よかったですよ」というたった一言でも(たとえ社交辞令であっても),何かフィードバックをもらえると励みになるし,費やしてきた時間と努力には意味があったのかもしれないと思える.

そして,人の発表から,新たな見方とか気づきが得られること. そういう視点を与えてくれる人と知り合えること. これが学会の一番の財産だと思う.

まだ神戸にいて大学院生をしていた頃,大阪のサイマル・アカデミーという通訳学校で英語を勉強していたことがあった. 今振り返れば,サイマルで素晴らしい先生と出会えたことが,今の職業に就く原点になっていたような気がする. アメリカの大統領がクリントン氏だった時代で,モニカ・ルーインスキー(そんな人いたな−なつかしー)との不倫問題を"TIME"で読んだりして,日本語でよく耳にしているニュースが英語だとこんなふうに表現されるのか!という発見が当時の自分にはとても衝撃的だった. Japan TimesとかDaily Yomiuriとか英字新聞を定期購読し始めたのもこの頃だった. 英語の面白さに気づかせてくれたのが,大阪のサイマル・アカデミーだったのだ. 

なぜ学会から突然サイマル・アカデミーの話に脱線したかというと,そのサイマルで出会った先生の中で,自分に最も影響を与えてくれたK.A先生と,この学会で再会することができたからである. そして,なんと今日の私の発表を聴きに来てくださったのである. K.A先生は,10年程前に大阪サイマル・アカデミーをお辞めになられ,現在は,東京大学で教鞭を取っておられるとのこと. うーん,東京大学. やはりこれほど力のある人材を,東京大学が放っておくはずがないですよね. 

自分から話しかけるということがあまり得意ではないのですが,K.A.先生のお姿を目にしたときは,もう身体が勝手に動いていました. 「先生!私ですよ!私!覚えてますか?」という感じのノリではありませんでしたが,「大阪のサイマルで教えていただいていました」と言うと,先生は「えええーーっっ」と非常に驚かれていらっしゃいました. そして,元教え子との再会をとても喜んでくださり,ランチにメキシカン料理のお店に連れて行ってくださいました. 今の職業に就くきっかけを与えてくれたと言っても過言ではないK.A.先生と同じテーブルでタコスを食べていること,そして研究や大学での仕事について同業者として話をしていること,本当に夢のようで,こんなことが本当に起こるなんてすごすぎる,これはもう神様がいるとしか思えないとかそんなことばかり考えて若干興奮気味になってしまい,タコスがうまく食べられなくてテーブルがぐちゃぐちゃになってしまったのが恥ずかしかったです. それにしても,アメリカの食べ物ってどうしてこう何でもでかいのでしょうかね. 「竹の足踏み」みたいなタコスでした. # というかこの例えはどうなんでしょうか.

K.A.先生との再会で,大阪サイマル・アカデミーでのことが一気にフラッシュバックしてきました. そういえば,そこで一緒に勉強をしていた男性が数年後に婚約者になったのだった. 高校の英語の先生をしていて,実は教育実習に行った時の指導教官だった. サイマルに通い始めたのも,彼がきっかけだったのだ. しかし,その後,サイマルの先生のようになりたいという夢を捨てきれず,オーストラリアに留学するのか,その男性と結婚するのか,どちらかを選択しなければならない状況になり,結局,オーストラリアに留学することを選択したのだ. その選択が今につながっている. でも,その婚約者に匹敵するような素晴らしい男性と出会うことはそれ以降なく,これからもきっとないと確信できるという点で,人生の節目での「選択」というのは「trade-off」でもあるのだということを私は学習した. そして,他人の心を傷つけた人は,相手に与えたのと同じくらい,あるいはそれ以上の痛みを味わうことになるということも. 

K.A.先生との再会で,原点に立ち返り,なぜ自分は今の自分になったのかという歴史を振り返ることになった. 自分にとって大事な時期に,大事な学会でこのような振り返りの機会をもらえたことは意味があったのかもしれない. 益々遠いところに行ってしまったK.A.先生を新たな目標にして,また一歩ずつ進んでいかなくては.という思いを強くしました.

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