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アラビックヤマトです

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こんばんは.アラビックヤマトです.学期末は私が大活躍する時期です.でもスポンジキャップをちゃんと閉めない人がいて,無駄に机の上に流されました.そしてカラカラに乾燥するまでそのまま放置され,挙げ句の果てにゴミ箱行きという結末です.なんということでしょうか.私はこの人より長く生きていて,ヤマト株式会社を代表するベストセラー商品として「のり」業界の最強の座に君臨し続け,これまで数多くの人々の「くっつけたい」「接着したい」願望を実現させてきたのであります.それに私の名前はアラビックヤマトといい,この名前の力強さとかっこよさは同世代のフエキのりとはわけが違うのであります.フエキ〜って何かふにゃふにゃと地面に倒れ落ちそうな弱い感じがして,アラビックヤマトには到底かなわないと思うのであります.もっと私のことを大事にしていただきたいと思います.乾燥するのを待たれるのはもうごめんです.スポンジキャップはちゃんと閉めましょう.アラビックヤマト.

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子どもたちとお母さん

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束の間の日本滞在を終え,メルボルンへ帰っていく子どもたちとお母さん.

そういえば,お母さんだったのだとこの文章を書いて改めて気がつく. 10年前にメルボルンで知り合ったときは,子どもたちはこの世に誕生していなかった. お友達はモナシュ大学の日本研究センターに日本語の本を読みに来ていて,私はそこで日本語講座のアルバイトをしていたのだ. 読書室にかわいい女の人がいるなーと思っていたら,声をかけてきてくれたのだ. へー,鳥取出身なんですね,え?鳥取県日野町ってどこ? え?もう結婚してるんですか? それにだんなさまは香港人の弁護士で名前をジャッキーというって,なんか映画に出てきそうな感じですよね,え?ジャッキー・チェンじゃないって?そうかそうか...というような会話だったと思います. あの会話から10年. あの日あの時間にモナシュ大学の日本研究センターに行っていなかったら,このお友達との出会いもなかったのだと思うと,人との出会いというのは偶然のようで実は必然なのではないかと思えてしまう. 10年という年月が経過し,海を隔てた遠い国でお互い暮らすようになっても,こうしてつながっていられることは何にも代え難い財産である.

そして,もう一つの財産は3人の子どもたちだ. 10年の間に新しい生命が3つも誕生したことが何かとても神秘的なことに思える. そして,10年前モナシュ大学の日本研究センターで日本語の本を読んでいた鳥取県出身のお友達は3人の男の子のお母さんなのだ. この大きな変化が,わたしには映画とかドラマの中で起きているような何かとても劇的なものに思えてならない.

3人の子どもたちは,鳥取県出身のお母さんと香港出身のお父さんに育てられる中で,日本語と中国語を習得し,学校に行くようになってからは英語も習得しているという. ヒューゴ君(6才)と英語あそびをしていて「sから始まる単語で知ってるものは?」とたずねると,"STALK!"という単語が第一声で返ってきた. すばらしい. あれ?でもそれって"STALKER(ストーカー)"の動詞形ですよね. なんでそんな単語を知っているのでしょうか. やはりこの6才児は天才に違いない. さらに,6才児は今回の一時帰国でなんと鳥取方言も習得したらしく,わたしの知らない言葉を話していた. 「それは中国語?」とヒューゴ君にたずねると,「ううん,これは日本語だよ」というお返事. あれれ. ということは4カ国語を話せるということではないか. これは素晴らしい. こんなに小さな頭の中で,いったいどんな言語処理が行われているのだろうか. まさに想像の域を超えた世界であり,これも神秘と言わざるを得ない.

国際線出発ゲイトで3人の子どもたちとお母さんを見送り,その姿が見えなくなるまで手を振った. 目頭が熱くなり鼻の奥がツンとする感覚に襲われた. 帰国したメルボルンは今は真冬. 地球は広い. でも見上げた空は一つ. 

次に会える日を楽しみにして.

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6才児

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ここに写っているカードは一般に「ポケモンカード」と呼ばれているものである.その人気と知名度は今や日本のみならず世界中へ拡大している.このカードのすごいところは,世界的に使用されながらも,一枚のカードの価値が円やドルのように為替レートによって変動することはなく,世界共通の価値があるという点だ.つまり,日本にいてもオーストラリアにいても,ピカチュウには「50ポイント」の価値があり,オタマロには「60ポイント」の価値があるのである.これはすごい.万が一世界財政が崩壊したら「ポケモンカード」が世界共通通貨として使用される可能性はなきにしもあらずだろう.きっとないだろうが.しかし,世界共通の通貨価値があるとは言え,ポケポンカード上の文字が,原産国の言語であるところの「日本語」で表記されている場合,例えば,"electric shock"が「でんきショック」と表意されている場合,このカードには大きな付加価値がつくのだという.現在オーストラリア(メルボルン)から日本(鳥取)に帰省中のヒューゴ君(6才)が,短い日本滞在中に日本語のポケモンカードを大量にゲットしなければならなかった背景にはそのような事情があったのだ.ジーニアスの辞書くらいの分厚さになった大量のポケモンカードは,ヒューゴ君が小さいながらもその付加価値をちゃんと理解していること,そして小学生同士の人間関係においてこのカードがどのような役割を果たすのかを十分理解していることを表していた.子どもというのは不思議だ.この世に誕生して6年しかたっていないのに,すでに世の中のいろいろなことを理解し,プランを立てて行動している.私は金魚とか犬しか育てたことがないのでよく分からないが,人間の子どもというのは,きっと大人が想像できないくらいのスピードでいろいろなことを吸収しているのだと思う.そんなヒューゴ君が,大量にあるカードの中から,オーバーラップしているいくつかを私に譲ってくださった.「これ,ボクはいらないからサチコにあげるよ」と言っていただく.どうもありがとうございます.個人的には,相手を一瞬にして凍らせるというワザを持った「フリーザー」というキャラクターのカードが欲しかったのだが,「それはダメ」と即答で拒絶された.「フリーザー」はポイントが高く希少価値があるため譲れないとのことだった.了解いたしました.やはりちゃんと世の中のことが分かっている.ヒューゴ君がサチコに譲り渡すことを承認したポケモンカードがこの写真に収められている.それにしても,これまでピカチュウという物体(動物?)はカワイイと思っていたが「でんきショック」というワザを持っているということで,実は凶暴な生き物だったのですね.ということもヒューゴ君から教わったことの一つである.どうもありがとうございます.あっぱれ6才児.

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鳥取へ

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先週末,一泊二日で鳥取に行って来ました.

メルボルンから一時帰国しているお友達のご実家へ.

前におじゃまさせていただいたのは,2008年の1月だった. 寒い寒い日で,見渡す限り銀世界だったことを思い出す. そして,その翌日にハワイに戻らなくてはいけなかったことも. 

あれから約4年半. 自分を取り巻く生活環境も大きく変わった. 季節が夏ということもあるけれど,気持ちの上でも当時と比べるとずいぶんとゆとりが持てるようになっていて,美しい鳥取の景色がさらに美しく見えました. 

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そして,もう一つの大きな変化. それは,今回メルボルンから鳥取に帰って来たのはお友達だけではなかったことだ. 

ちっちゃい男の子が3人一緒だったのだ.

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かわいー.

# 3人のうち一人はいつも元気いっぱいでカメラを向けると案の定どこかに走り去ってしまいました.

それにしても,手も足も顔も何もかもミニサイズでかわゆい. 

あまりのかわいさに感動して思わず「なんでこんなに手がちっちゃいの?」と本人に直接質問してしまいました. すると「だって子どもだから仕方ないでしょ」という冷静な反応が返ってきました. その通り.

3人の中でも特にヒューゴ君(写真右・6才)と意気投合したのは,たぶん,3人兄弟の真ん中という共通点があったからなのかもしれない. 真ん中は真ん中にしか分からない痛みや苦しみがあるのだ. 6才の男児が突然中国語でキレる瞬間を見たとき(「プーハオ!」とか言っていたが意味は不明),彼の心の奥底でグツグツと煮え立つマグマが見えた気がした. それは自分が幼少の頃かかえていたマグマと共通するものだった. 

中国語でキレる6才児ヒューゴ君. 彼の世界をもっとのぞいてみたくなった. プーハオー.

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The "Fukuoka-hating" stage

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前述した博士論文に関してだが,締め切りが三日後に迫っていたので,国際郵便のエース的存在である"EMS"でも間に合いそうになく,国際貨物輸送のキング的存在である"Fedex"を利用することにした. キングであるからしてロゴマークの色だってシンプルな黒とか青じゃなく,まさかの紫とオレンジ色という組み合わせだ. こんな色をボディーに持つのはなすびとにんじんとFedexくらいだ. さすがキングである.
  
しかし,ここは東京じゃないことを忘れていた. 福岡に果たしてキングFedexってあるのだろうか. と思って調べてみたら,職場からも自宅からも遠いところにあるようだった. 東京だったら駅前にあったものが,ここでは何でも遠くにあるのだ. 三井住友銀行も東京三菱UFJ銀行も遠くにしかない. やはりFedexもそうだったか...と思っていると,"Fedex"じゃなくて"Fedex Kinkos"でも国際貨物を受け付けているという朗報が舞い込んできた. 朗報と言ったのは,"Fedex"じゃなくて"Fedex Kinkos"だと,職場からも自宅からも比較的近いところにあるからだ.

比較的近いところにある"Fedex Kinkos"は,赤坂にあった. しかし,赤坂といっても東京都港区のTBSがある赤坂じゃなくて,福岡市中央区の赤坂である. 驚いたことに,福岡市中央区赤坂のFedex Kinkosは24時間営業をしているという. これは有り難い. それに24時間働くなんてプロフェッショナルじゃないか. 福岡にもこんなプロフェッショナルなところがあったんですねやればできるじゃないかと思いながら,仕事帰りに赤坂のFedex Kinkosに立ち寄ったのだ. その時は,その後に起こることになる悪夢を知る由もなかった.

受付の女性に「Fedexの送付状を下さい」と伝えたところ,はいお待ちくださいと言って渡されたのが「Faxの送信状」だったところから悪夢が始まったのだ. 私の関西仕込みの日本語が博多の方には聴き取りにくかったのかもしれないが,それにしても「Fedexの送付状」が「Faxの送信状」と伝わってしまったことは,初めての海外旅行で"Cappuccino"と注文したら"Cup of tea"が出て来た時と同じくらい心が傷ついたのである. それはともかく,「いえFaxじゃなくてFedexです」と訂正すると今度はちゃんと伝わったようで,5分くらい待たされてようやくFedexの送付状をもらうことができた. というか,ただの送付状だけでなんで5分も待たされるねんというツッコミをここで入れなければならない. しかし,そんなこと以上にツッコミを入れる必要があったのは,その送付状がシワクチャだったことである. これシワクチャですよねシワクチャですよねシワクチャですよねという心の声が3度くらい響く中,その受付の女性の「申し訳ありません.この1通しかないのですがよろしいでしょうか?」という声が聞こえてきた. というか1通しかないんかい. 国際貨物を受け付けますと宣伝している以上,少なくとも2通は送付状を置いておくべきではないだろうか. というか2通でも少な過ぎるって話だ. ここが東京だったら,私はブチ切れていたことだろうし,話にならないから隣の駅のFedexに行くという選択肢もあったはずだ. しかし,ここは東京の赤坂じゃなくて福岡の赤坂であるわけで,選択肢もここしかないから店舗に残されていたたった1通のシワクチャの送付状を受け入れるしかなかったのである.

これだけで驚いてはならない. なんと,シワクチャなFedex送付状には,シワクチャに加えてシミがついていたのだ. ワイシャツだったら火曜の半額デイにクリーニングに持って行かないといけないところだ. それに,シワクチャにシミと言えば,男子学生が提出期限を過ぎて持ってくるレポート用紙と同じ状態ではないか.  一体どうすればこのような状態が実現するのか逆に聞いてみたいといつも思っているのだが,それと同じことをこのFedexの送付状を見て思ったのだ. しかし,とにかく今はハワイ大学に論文を送ることが何よりも重要であるので,シワクチャとシミにも目をつむることにしたのである. そして必要事項を記入して送付状と書類を受付に持って行ったのだ. すると,先ほどの受付の女性がいなくなっているではないか. どこに行ったのかと思っていると,奥の方でキャッキャッと甲高い声を出して男子社員とおしゃべりをしている. てめーコノヤロー… という言葉が咄嗟に出て来そうになるのを抑えて「すみません」と丁寧に声をかける. 悪夢はここから再び始まったのだ. このキャピキャピ女性スタッフに,ホノルルにはいつ頃荷物が届くかと質問したところ,私には分からないのでカスタマー・センターに電話して聞いてほしいとのことで,これをどうぞと言って受話器を差し出される. そうですか,カスタマー・センターに電話するん...というか分からんのかい! てめーコンニャロー,という言葉が出てきそうになったが,あまりの衝撃の大きさにコノヤローがコンニャローになってしまったではないか. なんじゃそれ. だいたいカスタマーセンターというところは,「おつなぎしておりますそのまましばらくお待ちください」というタイトルの音楽をカスタマーに延々聴かされるために存在しているセンターなのである. こんな基本的なことを把握してないなんて,24時間営業のFedexのスタッフとして失格だ. そうじゃなくても,すでに失格だけど. 

その後も悪夢は続くのだった. CDを収めるための専用の梱包材を探しにいったと思ったら,なかなか戻ってこない. 一体,どこまで梱包材を探しに行っているのだ. 糸島の山奥に木でも切りに行っているのだろうか. そこから始めるんかい. もう戻ってこんでいいもう二度と帰って来るな. と思ったが,ここまで我慢してそのような結末になるのは自分にとって何のメリットにもならないので,忍耐強く待っていたのだ. そして,やっと戻ってきたかと思ったら,その梱包材のサイズが小さ過ぎて書類が収まらないという結末が待っていたのだ. てめーコニャロー!とうとうコノヤローがコニャローになってしまったではないか. フツフツと怒りが沸き上がってきて,赤外線サーモグラフィーで頭頂部を映し出したらきっと真っ赤になっていたことだろう. 真っ赤な頭頂部が透けて見えたのか,その女性があわてて大きいサイズの梱包材を探しに行く姿が見えた. 今度また何かしでかしたら絶対に叩いたるぞと思いつつ,頭頂部が真っ赤な状態で静かに待つこと5分. また5分待たされるんかい. 怒りよりもだんだんあきらめのモードにスイッチが切り替わってきた. そして気がついたのだ. そうだ. こういうのを「九州時間」というのだ. 東京よりも時間がゆっくり流れているのだ. 彼女の仕事ぶりはその事実を反映しているのだ. そうだ,だから東急ハンズが2011年にやっと博多に上陸したのだ. 神戸にハンズが来たのは私が高校3年生の時だった. あれから一体何年が経過しているというのだ. そういえば,福岡に来て修理に出したVexcelの時計は,2ヶ月が経過してもまだ戻ってこない. 同じ問題で修理して東京だったら2週間で戻ってきた. やはり九州時間があるのだ. すべてが一本の線でつながった.

気がつくと,キャピキャピ受付女性が梱包材を持って戻って来ていた. 今度はミスはなかった. すでに持っていたFedexアカウントナンバーを記入して,郵送料の支払いを済ませた. Fedexの郵送料のしくみがよく分からないが,アカウントナンバーを記入して,それでクレジット決済となるようだ. でも,料金が気になるので,「今回の郵送料っていくらになりますか?」とその女性にたずねたところ,私には分からないのでカスタマー・センターに電話して聞いてほしいとのことで,再び受話器を差し出された. てめー...頭頂部から湯気が出てきたぞ. もうこいつだけは絶対に許さん.

最後には興味深い展開が待っていた. やれやれと思いながら頭頂部を真っ赤にして店を出ようとした時にそのキャピキャピ女性がこんなことを言ったのだ. 「当店ではあいにく国際貨物の取り扱いは来月末で終了させていただきます」. そうですか,それはざんね...というか「あいにく」の意味が分からない. 来月末と言わず,今すぐ終了すべきだ.

福岡に来て3ヶ月が過ぎた. 新しい場所で新しいものや新しいことが何でも珍しくて「明太子美味しい!」という言葉に表れるような"the euphoric stage"はすでに過ぎ去った. ちょうど3ヶ月が経過した現在は,このエントリー記事に顕著に表れているように"the Fukuoka-hating stage"へと移行している. 縁もゆかりもなくネットワークもなく住んでいても遠い街. 何もかもが遠くにある街. そのことがさらにこのステイジに拍車をかけている. 

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