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新天地

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今年に入ってからある大学からオファーをいただき,この4月より新天地で仕事を始めました.

そして大学の異動とともに,4月から福岡で暮らし始めました.

九州という場所で生活するのは生まれて初めてで,引っ越して来てから一週間ほどは,ハワイに留学した頃と同じような気持ちになりました.人々が話す日本語が自分とは少し異なるのが気になりましたし(文末の助詞が「〜けん」だったり「〜と」だったりする.です・ます形でも使用され「〜ですけん」のように使われる),三井住友銀行が遠くにしかなかったり(福岡銀行や西日本シティ銀行に完全に押されている),JRのICカードが「ICOCA」じゃなくて「SUGOCA」だったり(す,す,すごかーっ),自転車が歩道をすごい勢いで走っていたり(複数のバイスクリストが横に連なって集団で襲撃してくることがある),夜10時過ぎにNHKを見ようと思ってチャンネルを「1」に合わせると報道ステーションの古館さんが現れてびっくりしたり(関東でも関西でも「1」といえばNHKであったが九州ではテレ朝のようである),ゴミは朝じゃなくて夜出すとか,ペットボトルの回収は月一回しか来てくれない(前のとこは週一だった)とか,いろいろな違いに気がついた最初の一週間でしたが,それを乗り越え,一ヶ月が経過した今,すっかり福岡暮らしが気に入っています.

いつも困っているときに手を差し伸べてくださる温かい人が近くにいてくださるのも,大きな支えになっています.

新天地でまた気持ちを新たに頑張っていこうと思います.

これからもよろしくお願い致します.

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PhD Defense

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博士論文が無事に完成し,4月30日にディフェンス(最終口頭試問)を受けに,ハワイ大学に行って来ました.

5人のコミティの先生方の前でまず20分間プレゼンをするのだが,先生方がまるで石のように微動だにせず,無表情でこちらをじっと見ているので,「おーい聞こえているのかい」と確認したくなってしまうほどだったのだが,「おーい」とか「ちょっとー」とか声かけができる雰囲気ではとてもなかったので,ただただその冷たい視線に耐え,プレゼンを続けるしかなかったのである. こんな雰囲気の中でのプレゼンは初めてで緊張しすぎて吐きそうになりました. 吐かなかったけど.

20分のプレゼンが無事に終わると,恐怖の質疑応答が始まった. これが90分ほど続く. 先生がしてくださった質問は想定していたものもあれば,想定していなかったものもあり,ああやっぱりさすが先生だなと改めて先生方の偉大さを再認識したし,自分のリサーチのweaknessesにも改めて気づかされ,大変厳しい質疑応答となったけれども,90分はあっという間に終わってしまった. 

その後,部屋を一時的に出るように指示される. 外で待っている間,先生方は合否判定の会議を行うのだそうだ. たぶん儀式的なものなのだろうけれど,やはり待っている間は心配で心配で吐きそうになりました. 吐かなかったけど. 同じPhDプログラムに所属している私の尊敬するYさんが一緒にいてくださったのが支えになりました.

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その後,指導教授のオルテガ先生に呼ばれて部屋の中に入ると,コミティの先生方があたたかい表情で迎え入れてくださった. あれ約1時間前は確か石でしたよね...と思っていると,先生方が一人ずつ,レイをかけてくださった.  "Congratulations"という言葉とともに. 

この瞬間を心に思い浮かべることが,この6年の間に何度あったことだろう. 向いていないことをしているんじゃないかという思いがちらつくことも同じくらいの頻度あったと思うが,その度に,この瞬間を心にイメージし,向いていないことをしているんじゃないかという思いを抑えてきたように思う. 自分がずっと心にイメージしてきたこの瞬間に,今実際に自分が存在していることがとても不思議なことに思えました. 

とりあえず6年間のPhD生活に一区切りがつきましたが,このディフェンスでまだまだ自分はリサーチャーとしては未熟で,リサーチにも課題が多いことを思い知らされ,これからが始まりであることを再認識しました. 

2012年4月30日が次のステップのスタートラインである.

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