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後期

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先週木曜日から後期がスタートした.

学生が戻って来たキャンパスは,静まり返っていた夏の一ヶ月が嘘だったかのように,活気づいている. 

この切り替えの時期にいつも思うことは,若い学生たちからみなぎるエネルギーとパワーに,自分がどれだけ力をもらえているかということである. 論文執筆のため引きこもりのニート状態になるのが自分の夏の習性であるので,静か過ぎるキャンパスは,時に精神状態を不安定にさせる. そして,もしかすると私はオタクなのだろうか,いや,オタクではないですよね,的な自問自答を繰り返し,永遠に答の見つからないスパイラルへと陥ってしまうのである. しかし,突き落とされたスパイラルの中から抜け出す手助けをしてくるのは,振り返ればいつも学生だったような気がしている. 

それにしても,私立大学の特徴なのか,本当に多種多様な学生がいる. このことも,この夏から秋への切り替えの時期に再認識することの一つであり,「なぜ故にこれほどまでに多種多様なホモ・サピエンスが本学には存在するのだろうか」という素朴な疑問が沸いてくる. まさに,研究者としての観察力と洞察力が掻き立てられずにはいられない不可思議な現象である.

例えば,私の必修英語(二)というクラスを履修しているT君である. 彼はなぜかいつも左手に赤いタオルを持っている. 授業中もそうだし,キャンパスを歩いているときも左手には赤いタオルである. 手に持っているだけなら特に珍しいことではないのだろうが,彼はなぜかいつも左手のタオルを振っているのである. 時に激しく時に穏やかに. 永ちゃんかい. というか,矢沢永吉氏のコンサートじゃあるまいし,授業中にそんなパフォーマンスはやめてほしいと思うのだが,「授業中にタオルを振ることは禁止します」という指示を出すちょうどいいタイミングがつかめず,前期は結局禁止令を出すことに失敗してしまった. 後期は,シラバスの注意事項のところに記載すべきか思案中だが,先日,追試を受けに来たT君が,試験中もやはり赤いタオルを振っていて,その勢いが前期よりも激しくなったような気がして,そのうち"YA・ZA・WA〜!!"って叫びだすんじゃないかこいつって雰囲気を醸し出していたので,やはり記載の必要ありなのかもしれない. T君は練馬区の方から通学しているので新宿駅を毎日通っているらしい. 新宿駅で赤いタオルを振っている青年を見たら,それは本学のT君だと判断していただいて間違いないかと思われます.

赤いタオルのT君に負けずとも劣らないのが,私の選択英語(二)を履修しているKさんである. Kさんは人とコミュニケーションを取ることが苦手な学生で,恐らく,友達はほとんどいないと思われる. 詳しいことは分からないが,過去に経験した苦い出来事がトラウマになっているようで,他人が信じられなくなっているようである. なので,Kさんはクラスメイトのことを「敵(テキ)」と描写し,クラスメイトとの付き合い方を「策(サク)」と描写する. そして,クラスメイトとの間に置くべき心理的な距離のことを「防塞(ボウサイ)」と描写する. というか戦国武将かい. と,いつも思うのだが,本人は大真面目なので,笑うこともできず,そのうち,Kさんは一教員である私が扱える領域を超えた学生なのかもしれないと思うようになっている. 先日は,後期に履修する新しい授業がどんな雰囲気なのか怖いので「刺客(シカク)」を送ろうかと思っていると真顔で言っていて,忍者かよっ甲賀流かよっ…と,まさかのダブルツッコミを(心の中で)入れてしまったのだが,本人は大真面目で言っているようなので,あえてダブルツッコミは口に出さないことにした. 代わりに,「Kさんは時代的が好きなの?」という質問をしてみたのだが,「時代劇は見ません」というガチな返事がKさんから返ってきた. 見ーへんのかい. 一体全体,「策」だの「防塞」だの「刺客」だのという語彙をどこで習得したのだろうか,こうした武将・忍者系の決して使用頻度の高くない語彙が日常語彙に自然に入っているのはなぜなのか,研究者としての好奇心と執着心が掻き立てられてしまうのである. そして思わず「『策』なんて言葉をどこで習得したの?」とダイレクトに質問してしまったのだが,「たぶん幼稚園の頃から使っています」というガチな返事がKさんから返ってきた. そんな幼稚園児おるんかい. と絶妙なタイミングでツッコミを入れたくなってしまったが,だまっておいた. やはり,Kさんは私が扱える領域を遥かに超えたところにいらっしゃるようである. この頃は,「発達障害」だの「学習障害」だの,「○○障害」という病名で学生の異質な行動を一括りにする傾向があって,私は個人的にそういうsimple framingは好ましくないと思っていたのであるが,専門家のケアが必要な学生がいることをやはり受け止めなくてはいけないのかもしれない. しかし,Kさんが私に心を開いていろいろなことを話してくれるのは,私が「策」だの「防塞」だの「刺客」だのという言葉を聞いてケラケラ笑っているからである. 関西流ツッコミはカウンセリングに生かせるのかもしれない. 

バドミントン・サークルの会長であるO君が,夏休み中に左手を骨折したということで,「学生課に報告する必要があるでしょうか?」と言ってきた(私はバドミントン・サークルの顧問をしているのである.仕事は書類に印鑑を押すだけであるが). 骨折ってそれは大変. それにしてもバドミントンで左手を骨折って,O君は左利きだったんだねという話をしていると,「いえ,右利きです」とO君. じゃあなんで左手の骨折るねん. と思って詳しい話を聞いていると,骨折の原因となったのは,バドミントンじゃなくて「腕相撲」だと言う. なんじゃそれ. というか,たかが腕相撲で…と思ってしまうのだが,飲み屋で開催されたという腕相撲大会でどれほど激しいバトルが繰り広げられていたのだろうかと想像すると,身の毛がよだつ気がした. あーおそろしや. というか,腕相撲くらいでいちいち学生課に報告してどうすんねんって話だ. 「腕相撲は今後禁止です」なんて禁止項目が大学側から出されたら,君たちはこれから腕相撲が出来なくなってしまいますよって話だ. というか,そんな禁止令が出されずとも,もう大学生なのだから腕相撲なんかやめましょうねって話だ. 「腕相撲はやめましょう」なんていう指示を大学生に出さなければならない日が訪れるとは,夢にも思っていなかった. 情けないやら面白いやら何だか複雑でありますが,それでも,何か憎めない本学の学生である. ちなみにO君はこれから半年かけて左手のリハビリを行うのだそうだ. どんだけ激しい腕相撲やってんねん. 「策」とか「刺客」のKさんがそこに参戦したら,腕相撲大会はまさに「戦(イクサ)」そのものになっていたかもしれませんが. まあ骨折くらいでよかったかもしれない.

こんな感じでスタートした後期なのだが,ひたすらツッコミを入れなくてはならない毎日が何となくせわしなくて,オフィスのデスクに「ナギ」を飾ってみました. 和歌山県の世界遺産,熊野速玉大社に育つ「ナギ」の木は,スピリチュアル・プランツとして,古くから大事にされてきたのだそうだ. 魔除けとまではいわないが「平安・安全のお守り」として置いてみた.

みなさまにとっても心穏やかで平安な秋になりますように.

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山本温さん

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世界にたった一つしかない,木版画『港町・神戸』.

木版画家の山本温(やまもと・おん)さんが,描いてくださった作品です.

正確に言うと,「山と海に囲まれた『港町・神戸』を描いてほしい」という私のリクエストに応えて,私のためだけに描いてくださった作品です.

山本温さんとは,世田谷区・祖師ケ谷大蔵にある"Hair Craft"という美容院で出会いました. シャンプー台から起き上がったときにぱっと目に入る「座間ビーチ」の木版画が,吸い込まれそうなくらい美しくて,「この木版画は誰の作品ですか?」と担当の井口さんにたずねたことが,山本温さんとの出会いにつながりました.

「個人的に作品の依頼を受けたことはまだ一度もないんです」という若手でとても謙虚な木版画家・山本温さん. 私が「神戸の絵を描いていただけませんか」とお願いすると,「そんなことを言われたのは初めてです」と,とても喜んでくださった. 

そして,私も,山本温さんにとっての「一人目」になれたことが嬉しかった.

昨年の秋に開催された個展も観に行かせていただいた. その時に,山本温さんのお母様が,「一人目のお客様になってくださり,本当にありがとうございます」と何度も何度もお礼を言ってくださったことが印象的だった. 何よりも,そのときにお母様が流していた涙が,今でも心に残っている. 隣にいたお父様も,そして弟さんも,みんなが自分のことのように喜んでいて,「本当にありがとうございます」と何度も何度もお礼を言ってくださった.

こんな家族っているんだなと思った. 山本温さんの作品には「光」があふれている. この「光」は,この深い家族の絆に支えられてこそ,生まれたものなのだということがそのときに分かったことだ.

そんな山本温さんが,今月,二度目の個展を開かれます. 
 
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神田・神保町にある「檜画廊」というギャラリーで

9月19日(月)〜24日(土)までです.

山本温さんの光あふれる作品をぜひ観てあげてください.

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United Arrows Americana

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"United Arrows",Americanaシリーズ,この秋の新作.

このトラはどうなんだろうか?と思いましたが(戦隊虎魂って感じがする,ガオー),「お似合いになりますよ」という店員さんの言葉に負けて買ってしまいました. 後でよく考えると,トラがお似合いになるというのはどういうことなんだろうかと思いましたけれども,デニムと合わせて着たら絶対にかわいいと思って買ってしまいました. 

この秋も,トラのごとく勢いよく.

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論文とニート

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博士論文研究の一部となる論文が何とか完成した.

昨年の秋学期にデータを取り,今年1月〜3月にかけてデータ分析をし,3月中旬頃から執筆を開始した. 授業期間中は,なかなかまとまった時間が取れないので,やはり予定よりすごく時間がかかってしまった. 前の勤務校で助手をしていたときは,年間2本くらい書けていたのだが,今は担当授業コマ数が増えたので,やはり年間1本出せればよいという感じだろうか. 書き上げて投稿したとしてもリジェクトされると年間0本ということになってしまうので,とにかく書きゃいいというわけにもいかず,アクセプトされるに値するクオリティの高い論文を書き上げなければならず,そうすると,先行研究調査,そしてデータ分析にも十分すぎるくらいに時間をかけなければならない. しかし,ここで問題になるのは,一日に与えられた24時間という枠組みの中で,論文執筆に当てられる時間は極めて限られているということである. 授業期間中は,平日は少なくとも2コマは授業をしなければならないし,空き時間は採点をしたり翌日の授業準備をしたりして,おなかを空かせたひな鳥たちがピヨピヨピヨとオフィスにやってくると,そのひな鳥たちのお世話をして差し上げるのが親鳥の務めとなる. そうこうしているうちに夜になって,夜練(ランニング)のために帰らないといけない時間になる(この頃は練習のために夜20時には大学を出るようにしている). こんな感じで平日はあっという間に時間が過ぎていき,授業期間中に論文が書けるのは週末のみということになり,結果的に,せっかく書き始めた論文もほとんど進まないということになる. 

というわけで,ひな鳥たちがキャンパスからいなくなったこの「夏季休暇期間」はわたしにとって勝負の時間であった. 8月は,ほぼ一ヶ月オフィスに引きこもっていた. もしかすると,わたしは「ニート」と呼ばれる若者と同じ生活を送っているのではないだろうか?とふと疑問に感じてしまうくらいの引きこもり状態だった. でも,自分の場合は論文を書いているという点で「生産的な」ニートのカテゴリーに入れていただけると思うので,引きこもり生活も前向きに取らえることにしよう. というか,「ニート」と言っても,その中身はいろいろであるはずだ. 他者の人生は外からは見えない部分が多く,本人にしか分からない事情もたくさんある. 一つの単語ですべてを一括りにするのは簡単で分かりやすいが,人の人生というものはそう単純なものではない. 三流作家が作った用語に惑わされないことだ.  

こんなふうに「ニート生活」を肯定的に取らえている自分だけれども,本当は,夏休みなのでどこか旅行でも行きましょう的な過ごし方をしてみたいとも思っている. しかし,旅行に行ってしまうと論文がまたまた進まなくなるので,やはり論文の方を優先せざるを得なくなる. プライオリティは旅行より論文. そして引きこもりのニート. 何それ?誰それ?大丈夫それ?と思わず3ステップで聞き返したくなってしまうその人は,まさに自分であるという事実. 悲しいが今は仕方ない. 同じ立場で研究をしておられる他の人たちはどうしているのかな,どうすればバランスよい生活を送れるのかなとふと気にかかることがあるけれども,たぶん,論文を書くという仕事をされている人々は,みなさん多かれ少なかれご苦労をされているのだと思う. 自分の場合は優秀ではないという弱点が問題なのであって,そのことが「何それ?誰それ?大丈夫それ?」の3ステップ・クエスチョンへとつながっているのだろう.

時間はかかるが,こうしてこつこつと執筆をし投稿して,一流の査読者の方からフィードバックをもらって書き直して...という一連の作業を通して,少しずつ力をつけていきたいと思っている. 学会発表は時間をかけて準備してもたった20分の発表で終わってしまうし,書き言葉の形で成果が残らないので,やはり同じ時間をかけるなら論文の方に時間をかけたい. わたしのような人間が研究者という道を選んでしまった以上,ニート生活からは逃れられないということなのかもしれない. 

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福岡

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福岡空港にて.

ハワイで出会ったときは小学生だった大ちゃんが,中学生になっていました.

お父さんによく似てきて,ますますハンサム・ボーイに.

自分にとってはほんの数年のように感じられる時の流れが,大ちゃんの成長を目にすると,「ほんの数年」ではないように感じられます. 

わたしは,生き物を育てた経験というと金魚くらいしかないのでよく分かりませんが(金魚かよ),人間ってこんなふうに成長していくのだなあ...と何かものすごい発見をしたような気になるし,背が伸びて顔が変わって声も変わってくるという一連の変化に何かものすごい神秘を感じてしまいます.

大ちゃんは,将来,パイロットになりたいのだそうです.

福岡空港を飛び立とうとしている飛行機を見て,博多弁を話すハンサムな大ちゃんパイロットが,ふわっと頭の中に浮かびました.

うん,きっと大丈夫.

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