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証明写真

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履歴書に貼る証明写真なんてどうでもいいと思っていた. 

そもそも,履歴書に証明写真が必要な理由が分からない. 英語圏の国々,アメリカやオーストラリアで使われている履歴書("resume"とか"C.V."と呼ばれている)には写真を貼付する必要がない. なぜなら,その人物の能力を評価するのに「外見」は関係がないからである. さらに言うと,英語圏で使われるresumeやC.V.には「生年月日」を書く必要もない. なぜなら,その人物の能力を評価するのに「年齢」は関係がないからである. 従って,日本特有の「『新卒』じゃなくてごめんなさい」的な後ろめたさを英語圏における就活では感じずに済むのである. きわめて合理的な考え方である.

そんなわけで,証明写真なんてどうでもいいと思っていたので,証明写真が必要になったのだが,特に何も考えずに,比較的近所にある「カメラのキタムラ」に足を運ぶ. だいたい,写真屋さんだからといって店名に「カメラの」とかいうフレーズを入れているその適当さが,私が考える証明写真の重要性の低さと相一致すると思ったのである. せめて正しい発音で「キャメラの」と言ってほしかったところである. キャメラのキタムラYeah!! しかも,社長さんの苗字が北村さんだからといって店名に「キタムラ」という名前を放り込んでいるその工夫のなさも(「キタムラ」というカタカナ表記にした点だけは評価できるが),私が考える証明写真?だからどうした?的な意識の低さと相一致すると思ったのである. そして,さあキタムラさん,キャメラで撮ってくれたまえ的な感じでキャメラのキタムラに乗り込んだのである.

しかし,キャメラのキタムラさんの店内に足を踏み入れ,中の光景が目に入ってきたときに,キタムラオイコラーーっと喝を入れたくなってしまったのである. 理由は,店内があまりに"messy"だったからである. もう今日から「メッシー・キタムラ」と店名を変えなくてはならないと思った程であるが,カタカナ表記してみると「キャメラのキタムラ」より「メッシー・キタムラ」の方がなんか洗練された感じがするではないか. メッシー・キタムラYeah!! もう「メッシー・キタムラ」で決まりである.

と勝手なことを言っているのだけれども,あまりのmessyさに驚いてしまい,すぐに店を出て来てしまった. こんな散らかり放題の「メッシー・キタムラ」さんで撮影していただいても,きれいに撮っていただけるとは思えなかったからである. そして気がつく. 証明写真なんてどうでもいいと思っていたくせに,実は「きれいに撮ってほしい」という気持ちも潜在意識の中にあったということに. 

今,思えば,この「カメラのキタムラ」が「メッシー・キタムラ」という店名に変わる一連のプロセスは(勝手に変えているのだが),その一つ一つが決して無駄ではなかったのである. なぜなら,この一連のプロセスの後に,素晴らしい出会いが待っていたからである. ちなみに,この出会いは,「証明写真,きれい,小田急沿線」という検索ワードによりもたらされたものである. 

"Studio Titto"というスタジオ. そして,そこで写真を撮ってくださったフォトグラファーのShimizuさんである. 

これまでの人生の様々なターニングポイントで証明写真なるものを撮ってきて,満足のいく仕上がりになったことは一度もなかったように思う. 原因は「素材が悪いから」という一言に尽きるわけで,素材の悪さを再認識する場を否応なく与えてくれる証明写真なるものが好きではなかった. しかし,Studio TittoのShimizuさんが撮ってくださった写真を見て,驚いてしまった. 

自分がきれいに写っている.
 
こんな証明写真は生まれて初めてで,何だか信じられない気持ちがした. そして,改めて感じたことは,写真の大切さである. これは,フォトグラファーのShimizuさんが教えてくれたことである. Shimizuさんが何気なく言った一言がとても心に残った.

「証明写真は,見てくれる人に対する『敬意』とか『優しさ』なんですよ」

何だかはっとさせられる一言だった. 証明写真なんてどうでもいいと思って自動撮影機で撮ったスピード写真には,見てくれる人に対する敬意とか思いやりは含まれていないような気がした. 履歴書に使う用紙は上質のものを使うとか,カバーレターは必ず付けるとか,そういうことには気をつけてきたつもりだったが,証明写真も同じなのだということに改めて気がつかされた. 

相手への敬意と優しさ. 

いつでもどこでも大事にしていきたい.

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