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今学期担当している授業で,苗字に「熊」の付く学生さんが3人いるクラスがある.

3人のうち2人は,「大熊(オオクマ)さん」と「小熊(コグマ)さん」である.

この2人が同じクラスにアサインされたことに何か運命的なものを感じてしまう. 名前だけではない. 大熊さんは身長が高く,小熊さんは身長が低いという外観的特徴は,この2人が同じクラスにアサインされることはもはや宿命だったのだという確信を抱かせる. さらに,この確信は,この授業(2限,12:10終了)が終わったら2人で近くの山に蜂蜜をなめに行くのかなというまるでクマのプーさんで描かれているような空想の世界へと私を旅立たせる. そして出席を取りながらこみあげてくる笑いを必死で押さえ蜂蜜をなめに行く2人を直視しないように努めている最低なわたくしである.

「熊」の付く苗字の3人目は「熊田(クマだ)くん」である.

「大熊」と「小熊」ペアに比べると,「熊田」は普通である. しかし,出席簿上で「熊田(クマだ)」が「大熊(オオクマ)」と「小熊(コグマ)」の間にしっかり挟まれている事実に気がついてしまった時,このインパクト有→普通→インパクト有の並びにも何か運命的なものを感じざるを得なくなる. そして,ー見すると中学生に見えないこともないまだ少年のあどけなさの残る熊田くんの外観的特徴が,蜂蜜をなめに近くの山へ向かう大熊と小熊を見て「あ,クマだ!」とか言って走って逃げる熊田くんの姿を思い起こさせる. そして,そこですかさず「あ,クマだ」ってそれ自分の名前でしょうが!というツッコミが入り,絶妙なオチで話がまとまってしまう時,もはやこの大熊→熊田→小熊の3人の並びは宿命以外の何ものでもなかったのだという確信を抱かせるのである. そして出席を取りながらこみあげてくる笑いを必死で押さえ「クマだー!」くんを直視しないように努めている最低なわたくしである.

こんなに熊率の高いクラスは初めてである.

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Toward recovery

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ジョギング中に肉離れになってしまい全治3週間と診断される.

肉離れというものを生まれて初めて経験したが,すさまじい痛さで,歩くことさえままならない. 特につらいのが階段の上り下りである. 公共広告機構(AC)のコマーシャルじゃないけど男子高校生に手を貸していただきたい状態である. ぽぽぽぽーん. 

その上,最近の気候不順が原因なのか風邪を引いてしまう始末である. running noseのために授業中もうまくしゃべれない. 公共広告機構(AC)のコマーシャルじゃないけど,「おはよウナギ〜」と叫びたい気分である. よくわかりませんが. とりあえずとてもしんどいので早くおうちに帰りたい. 家に帰ったらもちろん「ただいマウス〜」である. ぽぽぽーん.

薬局に行って,肉離れ用の湿布と風邪薬とマスクを購入してきた. レジで支払いをしようとすると「これよかったらどうぞ」と言って店員さんがドリンク剤『リゲイン』をサービスしてくださった. これはどうも. というかそんなにしんどそうだったのでしょうか. まあ階段の上り下りもできなくなっているくらいですし. しかし,こういう小さな優しさに触れると心が温まりますね. ありがとウサギ. ACのコマーシャルがかなり気に入っている.

こんな感じで絶好調に体調が悪かったので,先週,大事な会議を欠席するという失態を犯してしまった. そして,後で送られてきた議事録を見て愕然としてしまった. やはり欠席するべきではなかった. というか出席していても同じ結果になっていたのかもしれないが. チームで仕事をしようとするときはある程度の「体制」が必要ではないかと思う. つまり,経験が豊富でベテランの教授が重要な仕事を担当し,経験の浅い助教はサポート役に回るといった感じである. そして,ある程度の指針というものを,ヘッドの教授が作成するといった感じである. 本学ではこういうものが一切存在しないらしい. 一番重要で一番負担の大きい仕事は一番下っ端の助教に丸投げしちゃいましょう. これが本学の体制であるらしい. 自分の中に備わっている「デフォルト」をリセットしなくてはいけない. このことを今回のことで改めて実感した次第である. 

学会発表の準備がなかなか思うように進まない. データ分析はほぼ終わったが,言いたいことを全部盛り込むと,パワーポイントが55ページになってしまった. 20分でそんなにしゃべれるんかい. それは無茶なので,これから減らす作業に取りかからなくてはならない. しかし,「減らす」というのは「増やす」ことよりも難しい. あと2週間程で形になるだろうか.

科研費・基盤研究(C)の内定通知が届いた. 3年計画の研究である. これまでの若手研究のときとは重みが違う感じがして嬉しく思った. が,同時に不安が押し寄せて来ている. 本当に研究者としてやっていけるのかどうか,このごろよく考える. 本当に一流の学者になろうと思うのであれば,この数年以内に別の大学に移らなければならない. でも,自分にそんな力があるのだろうか. 目先の目標を一つ一つ達成していけば,行きたいところに行き着けるのだろうか. 

脚いたい.

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イチゴ狩りへの思い

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5月1日.

毎年恒例のゴールデンウィークが始まった.

が,私の場合はぜんぜんゴールデンではない. いつも通り大学にやって来ていつも通りこつこつと仕事に励まなければならず,どこがゴールデンなんじゃいとツッコミをいれたくなるウィークである. このようにゴールデンではないゴールデンウィークを過ごすというのも,ここ数年で毎年恒例になっているような気がする. 今年のゴールデンウィークはイチゴ狩りに行ってきました〜とか言って摘みたてのイチゴをほおばる自分の写真などをこのブログに載せてみたいものだ. 自分で想像してきもちわるくなってきました. というかゴールデンなウィークにイチゴ狩りってのも何か地味な気がしますが. ゴールデンというゴールデンな響きにイチゴというキュートな音声は何だか釣り合わない. イチゴをほおばる写真が載せられないので代わりに最近購入したナイキのジョギングウェアの写真を載せてみました. 

わたしはイチゴ狩りというものに行ったことがないので,一度経験してみたいのである. しかし,今年のゴールデンウィークは(いつもだけど)そういうことも言っていられない. 来月に台湾で開催される第二言語ライティング学会(SSLW)が控えているからである. あと一ヶ月しかないにもかかわらず,データ分析がようやく終わった段階である. これから分析結果をまとめて,パワーポイントを作成し,そして発表原稿を準備しなければならない…というかなりの無茶ぶりなのであるが,こういう無茶ぶりもやや恒例になりつつあるので,たぶん今回も何とかなるだろう,うん何とかなるよきっとと思っている. 「まだデータ分析も終わっていないのに先にプロポーザルを出してしまうことで自分を追い込む」という無茶ぶりストラテジーは長期的に見れば研究の進展につながっているような気がするので,今後もこの無茶ぶりストラテジーを巧みに使いながら研究を進めて行くことになるのだろう. 従って,今年のゴールデンウィークはイチゴ狩りに行ってきました〜というブログをゴールデンウィークに掲載するということも今後しばらくはないのだろうと思われる. というかイチゴ狩りくらい行ってこいよという気がしないでもないですが. イチゴ狩りというものを経験したことがないので,イチゴ畑で摘みたてのイチゴをこれでもかというくらいたらふく食べてみたいという夢を抱いているわたしです. ところでイチゴ狩りというのは英語で"strawberry picking"だが,日本語ではなぜ「イチゴ摘み」ではなく「イチゴ狩り」というのかふと気になりました. 「狩り」というと斧を持ってイチゴ畑を荒らしている野蛮な人を想像してしまうので,爽やかな5月の連休の過ごし方としてはあまりふさわしくないように思えてくる. だからどうなの?と突っ込まれるとこれ以上は何も言うことがなくていえただ言ってみたかっただけですというオチに至るのみなのであるが.

そんなことを思いながら,窓の外にふと目をやると,ついこの間まで寒々しい姿をしていた木々たちがいつ間にかまぶしいくらいの新緑の葉をつけて爽やかな5月の風の中でゆらゆらと揺れている. いろいろなことが頭の中をかけめぐり涙腺がゆるんでくる. ゴールデンウィークにイチゴ狩りにも行けないような生活は誰から強制されたわけでもなくただ自分で選択してそうなっているだけなのにやっぱり学会発表の準備よりイチゴを狩りに行きたいのだと思っている自分がいる. この種の葛藤との戦いももう恒例になりつつあるのだが. ただ毎年恒例といっても,葛藤と戦いそれを克服しても未だにたいした研究成果を上げられていないことが葛藤の中身を毎年少しずつ異なるものにしていっている. そのことがイチゴ狩りへの思いをさらに熱く深いものにしているのである.

最近はそのエネルギーが「走ること」に向けられている. 

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