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末吉@浅草

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浅草寺に行っておみくじを引いたら「末吉」だった.

「大吉」をねらってまるでバーテンダーのごとくおみくじの箱をガッサガッサガッサと振ったにも関わらず,出てきたのが「末吉」というのが自分としては納得がいかなかった. だいたいこの「末(すえ)」ってのが気に入らない. なぜって分かりにくいからだ. 「すえ」って何なのでしょうか「すえ」って. 「大吉」でもなく「凶」でもない. 性格的に,縁起が良いのなら「大吉」,悪いのなら「凶」,このどちらかにしてほしいと思うのである. 吉は吉でも末の吉なのであればもう凶でいいじゃんと思うのである. 浅草寺の吉凶判断は次の7段階に分かれるらしい. 大吉・小吉・末小吉・半吉・末吉・吉・凶. 「末吉」の他に「末小吉」なんてものもあるのですね.  ますます分かりにくい. でも「末吉」の下にまだ「吉」があったのですね. すぐ下が「凶」じゃなくてよかった. というかどっちやねんっていう感じだけれども.

ところで早速その「末吉」のおみくじを開いてみると,「乗危亦末蘇」という項目の下に(漢字が読めないけど),「危篤の者がまだ完全に蘇生しないように,その困難は簡単には解決しません」と書いてある. ひゃー. 何だかすごく胸にグサリとつきささる厳しい言葉です. しかし,その下の「若見一陽後」という項目の下には(漢字が読めません),「春になれば(観音菩薩の慈悲の光にあえば)良いこともあるでしょう」と書いてある. ふーん,なんかこれはいい感じ. でも,さっきと言ってることがなんか違う感じ. 何だか矛盾が見られるけれども,結局,「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」を統合して(漢字が読めない)再度解釈して直してみると,危篤の者がまだ完全に蘇生しないように,その困難は簡単には解決しないだろうけれども,春になれば(観音菩薩の慈悲の光にあえば)良いこともあるでしょう,ということになるのだろう. 要するに,「いろいろ大変だけど春になれば良いことがありますよ」ということだろう. しかしながらそこには条件があり,春は春でも「観音菩薩の慈悲の光」に巡り会う春でなければ何も意味をなさない,ということである. というかどんな春やねんそれ. 「観音菩薩の慈悲の光にあえる春のバスツアー」とかあればいいんですけどね. ない.

「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」の項目(漢字が読めません)の右横には,「願望」とか「病気」とか「失物」とか「待ち人」とか「結婚」などの項目が並んでいる. 先ほどの「乗危亦末蘇」と「若見一陽後」(読めないって)の項目に比べるとこちらの項目はいたってシンプルです. 書いてある内容もいたってシンプル. たとえば,

失 物 → 出てこないでしょう

とある. めっちゃシンプル. そしてすごく率直. しかし「出てこないでしょう」って勝手に決めつけられるのがちょっといやな感じ. そう言われると意地でも探してやろうという気になります. 

ところがこの率直さに比べると他の項目は,またまた末吉特有の分かりにくさがあちらこちらに垣間見える. たとえば,

願 望 → のちのち叶うでしょう
病 気 → 長引くが治るでしょう
待ち人 → 遅くなって現れるでしょう
結 婚 → まあまあ良い結果を得るでしょう.

とある. なにこの中途半端なざっくりした感じ. 「のちのち」とか「長引くが」とか「遅くなって」とか「まあまあ」とかなくてもいいと思うんですけどね. しかし,いろいろな意味で「のちのち」,「長引くが」,「遅くなって」,「まあまあ」という四つの言葉は,今の自分の状況を物語る切実な飾り文句であることは否めない感もある. 

一緒におみくじを引いたS君はこの4月から大阪に転勤が決まった. S君にとっては栄転である. S君が引いたおみくじは「大吉」だった. S君の益々の活躍,そして明るい未来を感じさせる「大吉」である. 

おみくじというのは,引いたときのその人の状況が表れていて,そして,その人にその時必要なことが書かれているものなのかもしれない.

観音菩薩の慈悲の光にあいにいかなくては.

S君の未来がますます輝かしいものになりますように.

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lunch box

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Afternoon Teaで新しいランチボックスを買った.

このランチボックスは見た目の可愛さに加えていろいろな意味で斬新である.

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何がすごいかって同じランチボックスでもこのランチボックスは「保温ジャー付きランチボックス」なのである. 炊きたてホクホクの美味しいご飯が,数時間経っても炊きたてホクホクの美味しいご飯の状態で食べられるのである. 研究室にふりかけを常備したくなってきました. ちなみにわたしは「のりたま」派です. これはすごい. 

さらにこのランチボックスはおかず用のケースが二つに分かれているため,忙しい朝でも,そのへんにあるおかずをドサドサっとそれぞれのケースに放り込むことが可能となる. つまり,お弁当全体のデザイン,見た目のバランス,色の配置といったミクロな部分を考える手間が省けるということである. これはすごい.

おかず用ケースが二つに分かれていることの利点はもう一つある. それは「おかずA」と「おかずB」というそれぞれにinherentであるべきはずの味がいつのまにかintegrateされ「おかずA×B」に変化してしまう危険性を事前に防ぐことができるという点である. よくある例としては,「ひじきの煮物」のだし汁がお隣の「白身魚フライ」の領域に侵入したために「ひじきの煮物白身魚フライ」というintegrateされたおかずが完成するという現象が挙げられる. というかもうこうなったらフライじゃねーじゃんかよというツッコミをここで入れなければならない. しかし,このAfternoon Teaの斬新なランチボックスのおかげで「ひじきの煮物」と「白身魚フライ」がintegrateされる可能性はほぼゼロ%となった. これはすごい.

最後に,この二つのおかずケースの形をご覧になっていただきたい. 通常のおかずケース,一般に「タッパー」と呼ばれるものであるが,その形といえば,丸か四角というのがconventionであった. しかしながら,このAfternoon Teaのおかずケースの形は丸でも四角でもない. この形を何と描写すればいいのか今考えているところだが,なんかグニャっとなっててなんかヘンテコなボデーをしている. 我ながら描写能力のなさに驚いているところである(グニャっとかヘンテコって). ボデーって. ボディー. しかし,このグニャッとなっててヘンテコなボディが思わぬ威力を発揮する場面がある. それは,保温ジャーとこのおかずケースをランチボックスに今まさに収納しようとする場面である. 何と,このおかずケースのグニャッとなってる部分が保温ジャーの丸みとまるでパズルのごとくぴったり一致するのである. その結果,保温ジャーとおかずケース二つという比較的かさばる物体の集団が小さな可愛いランチボックスに美しく収まってくれるということになる. 丸みと丸みの一致の実現. 奇跡の合体だ. 緻密に計算されつくした設計となっており,数学の美しさを感じずにはいられない瞬間である. これはすごい. 

普通に新しいランチボックスの写真を載せるだけのはずがすごい長文になってしまいました. 奇跡の合体って.

お弁当タイムが楽しみになってきました.

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ネイルを新しくしてもらいました.

春色です.

桜も満開.

キャンパスには学生たちが戻って来ました.

3月は気持ちが沈みがちでしたが,満開の桜と学生たちの笑顔から,前に進むエネルギーをもらっています.

来週からいよいよ授業が始まります.

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AAAL 2011, Chicago

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学会出張で一週間シカゴに行って来ました.

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学会は,AAAL (American Association of Applied Linguistics)のannual conference.

AAALは,今回が初出席,そして初発表. 

これまで発表した学会の中では最も大きな学会なので,行く前から大変な緊張で,行きの飛行機の中では11時間一睡もできなかった. そして,シカゴに到着してからも,発表日が学会最終日だったために,学会期間中の夜はやはりほとんど眠れなかった. ごそごそと起きだしては一人で発表の練習をしてみたり,オーディエンスから起こるであろう質問を考えて想定問答の練習をしてみたり,疲れたのでベッドで横になってみたもののやはり眠れないのでテレビをつけてコメディを見て何がおもしろいのかよく分からないけどオーディエンスが笑っているので一緒になって笑ってみたりした. がーはっはっはっ. アメリカ人って笑う時も豪快ですね. 笑いが恋しくなって日本に帰って『アメトーク』が見たくなりました.

発表日の前日の夜は緊張で吐きそうになり,このままここから逃げ出したいという気持ちになったけれど,日本を発つ前にB先生が話していた岡本太郎氏の言葉,「見物人になるな, とにかく自分でやってみよう. 一歩でも,半歩でも前に自分を投げ出してみる. 出発は今,この瞬間からだ」を思い出し,よっしゃかかってこいやー!とつぶやいてみたりした. わたしはこのごろ自分を鼓舞する必要がある場面になると必ずこの「かかってこいやー」という言葉をつぶやいている. いつどこでこの言葉を習得したのかはよく分からない. でも「かかってこいやー」と言ってみると,自然に力が沸いてくる. 

こんなふうに過ごしていたので発表までの数日感はとても長く感じられたが,発表そのものはあっという間に終わってしまった. この発表準備のために費やした時間,そして不安や緊張で押しつぶされそうになった時間を思うと,発表を終えてもう少し達成感や充実感を感じられるかと思ったが,そんなに大きなものを成し遂げた感覚はなかった. ああ終わったんだなという脱力感に似た感覚と,自分の発表の反省点があれこれと沸き上がってきたこと,自分の中にあったのはこの二つくらいだろうか. 後は,同じライティング研究をしているわたしの大好きなF先生とP先生とW先生が発表を聴きに来てくださったこと,先生方が発表後に声をかけてくださったことがとても嬉しかった. 

その日の夜は,シカゴのノードストロームの4階にある"Panda Express"でチャイニーズを食べました. ここのチャイニーズのこのボリュームとこのざっくりした感じ. ハワイ留学中もアラモアナ・モールでよく食べました. 振り返るといろいろな経験を重ねてきて,その結果,今こうしてシカゴに来て,AAALで発表できているのだなと改めて思った. 今回のAAALでの発表を糧にしてさらに前に進んでいかなくてはいけない. 次の発表は6月に台湾で開催されるSSLWだ. 

AAALで発表してよかったと思いました.

それにしてもシカゴは寒かったです. 初めて氷点下5度を体験しました.

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