« 新年 | トップページ | ちらしずし »

結びつける力

Dscf3876

大学図書館の職員のYさんにお年賀をいただく.

小箱の中には,今年の干支のうさぎのキャンディ.

そして,五円玉が結びつけられている.

とてもかわいくて心がこもっていてあたたかい.

そして,

こんなに小さい箱なのに,その中には何か大事なものがぎっしり詰め込まれている感じがして,不思議な気持ちになった.

結びつけられた五円玉の中に,人と人,人ともの,人とことを「結びつける」不思議な力を感じたからかもしれない.

年が明けてから,「ご縁」というものに改めて思いを馳せる出来事が続いた.

一つは,自分と場所をつなぐ「ご縁」だ. ある場所から,「あなたのような人にぜひ来てもらいたい」という言葉をかけてもらい,新しい場所と自分,そしてその場所にいる新しい人々と自分がこれからつながっていけるかもしれないという期待に胸を膨らませた. しかし,年が明けて,「ご期待に応えられないことになりました」という返事が届く. 一方的にご縁を期待してしまった自分が悪いのだけれど,期待が大きかった分,ショックも大きかった. でも,その場所と自分をつなげるだけの「実力」が自分になかったのだから仕方ない.

もう一つの「ご縁」は家族のことだ. 数年前から別々に暮らし始めていた両親が,いよいよ正式に別々の人間になってしまうかもしれない. そうなってしまったとしても,自分と親をつなぐ「ご縁」はこれからも一生続くわけだけれど,両親が別々の人間になってしまうというのは,とても悲しいことだ. そして何より,「ご縁」があって結びついたはずの二人が,言い争いの耐えない結婚生活をその後何十年と送ることになり,別々に暮らすことを決断し,そして人生も残り少なくなった今になって,別々の人間になろうとしていることが,私にはとても虚しく思える. 「ご縁」とは,もろく,はかなく,簡単に切れてしまうものなのかもしれない. でも,だからこそ,大事にしなければいけないのであって,そのためには,「思いやり」そして「努力」が必要なのだろう. 

新しい場所とつながるには「実力」が必要で,ご縁があってつながったとしてもそれをずっとつなげていくには「努力」が必要で,やはりどんなときも「力」が必要なのだなと思う. 人と人,人ともの,人とことを「結びつける力」とは自然発生的では決してないのだろう.

「ご縁」とは自分で紐を結びつけることなのだろう.

|

« 新年 | トップページ | ちらしずし »

コメント

難しいテーマであり立ち入った話をするのも
問題があるだろうと考えておりますが、私は
やや違った見方をしております(だからどう
したといった話にもなりますが..)。

社会を眺めていると維持する力を求められる
場面は確かに頻繁に訪れますが、それは調整
する力といった意味合いであることが多く、
価値観の共有といった側面で解決される場面
がままあり、努力自体は不自然な部類に属し
ているかもしれないと考えることがあります
(つまり他者に意識させない努力はあるだろ
うが、努力してますよーといったアピールは
価値観を共有していたであろう過去の約束に
対する信頼を崩す方向に働いてしまうことが
ある..格好を付けた東京の見方じゃないか
とお叱りを受ける場面もあるかと考えており
ますが..)。

強くあらねばならないといった思考はじゃあ
弱い人の立場はどうなるのといった素朴な疑
問に答え切っているものではなく、つまり弱
い人には弱い人なりの縁の世界が広がってい
るであろうことを考えており、それが同時に
敗北主義へと繋がる性質を有している訳では
ないことは世の中には多様な人が幸せに暮ら
している現状を肯定するものでもあろうかと
考えることもあります。

前段の話を眺めるならば、実力主義の広告塔
としての役割を果たされている方は確かにい
らっしゃいますが、何らかの取引をしている
現状を合わせて考えると、求められているの
は力ではなく、それが良い影響を及ぼすだろ
うかといった方向性の問題、つまり相性では
なかろうかと考えることがあります。

一度お話ししませんか(どこでも構いません
が..別にウェブ上でも構いませんが..)。
言葉に説得力を持たせるためには、視覚情報
とともに音声情報を加味しないことには実感
を湧かせることが適わないのではないかと考
えることが時としてあるからです。

さしたる重みのある言葉ではありませんから
気楽に聞き流して下されば幸いかと存じ上げ
る次第です。

最後に、構造を見抜く力といったものが縁を
維持するならば、その場合の紐とは多様な経
験に裏打ちされた理論ではなかろうかと考え
ることがあります。

では。

投稿: Takashi Suzuki | 2011年1月15日 (土) 10:53

Wow...

投稿: girigiri | 2011年1月17日 (月) 13:44

Suzuki Takashiさま

ありがとうございます.
縁というのは,確かに個々の実力というよりは,双方の「方向性」が合致したときに生まれるものなのかもしれませんね.

言葉ひとつひとつに重みがあり,なるほどなと考えさせられました.またお話させていただきたいと私も思っています.

girigiriさん

sorry...
あたたかくなったらまたお茶行きたいです.

投稿: satchy | 2011年1月20日 (木) 19:15

先生。私の両親も家庭内離婚です。大きな声で喧嘩もしてます。先生はぜんぜんご両親が仲悪かったなんて教えてくれず、ただ私の嘆きを聞き続けてくださいました。先生が留学してしまわれる前に「嘆くエネルギーを自分を向上させるために使うともっと素敵になれる」と紫の封に筆ペンで真剣にお手紙をくださったんですが、そのときはまだその言葉の重さがわからなかったのでしばらく、先生にお便りを出さないでひとりでひきこもってました。けれど、先生にも嘆きがあって、そのエネルギーを夢にぶつけていらっしゃと今日気づき、先生が強かったのはその哀しみのおおきさからだったのだと気づき、先生が愛しくてたまらなくなりました。先生、神戸に帰ってこられるときはどうか私に会ってください。一目あって手をつなぐだけでいいです!!また先生のご都合にすべてあわせますのでどうかどうかよろしくおねがいします~先生大好き!!!智佳子より

投稿: 神戸の智佳子より | 2011年4月27日 (水) 12:12

ちかちゃん,ありがとう.私もちかちゃんと手をつなぎたいです.ちかちゃんのご両親も大好きです.

投稿: satchy | 2011年5月 3日 (火) 13:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新年 | トップページ | ちらしずし »