« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

おみやげ

Rmail_download_attach

大分に出張に行っておられた方からおみやげをいただく.

福をよぶしあわせふくろう.

何かとても温かな感じ.

旅先で自分の存在を思い出してもらえるってとてもうれしいことですね.

おみやげをいただくということはこれまで何度となく経験しているはずなのだけれど,今回しみじみとそんなことを感じました.

そして,おみやげということばに詰まっているぬくもりをこんなに近くで感じられたことも.

長い長い孤独の暗黒時代を経験したからこそ分かることがたくさんある,

とこのごろよく思う.

| | コメント (9)

東京スカイツリー

Dscf3757

やっと本物を見ることができた.

東京スカイツリー.

まだ建設中だが,すでに,首都・東京の新しい'landmark'としての威厳を放ちつつある. たとえ,「アコム」と「レイク」の看板が同じ視界に入っていたとしても.

電波塔として世界一の高さを目指し,少しずつ少しずつ積み上げられてく,その過程を見ることができてよかった. たとえ「介護のワタミ」の看板が横に見えていたとしても.

あと何十年かしたら,「おばあちゃんは,と,と,とーきょース,ス,スカイツリーがまだ建設中だった頃のことを,し,し,しっとるんやで」と,今日の日を思い出しながらチビッコたちに自慢しているのかもしれない. 思い出せなくなっている可能性もあるけれど(年齢的に).

でも,たぶん大丈夫だ.

なぜなら,その東京スカイツリーを次のようなインパクト大な位置から見ることができたからだ. 

Dscf3761

うおーー

すげーー

でけーー

という多少お下品な言葉が最初に口から出てきました(どうもすみません). 

しかし,うおーーすげーーでけーー以外に,この時に受けた衝撃と驚きと感動を描写する言葉が見つからなかった.

この建築物が「人間の手によって作られたものであること」は,にわかには信じがたい. じっと見ていると素朴な疑問が次から次へとわき起こってくる. 「なんで倒れないんだろうか」とか「どうやってこのまっすぐでしなやかな一本のラインを実現しているのだろうか」とか「どうやってこの斜めのラインを全てが均一の角度で交わるようにしているのだろうか」とか,そして極めつけは,「あのてっぺんのところにあるクレーンはどうやってあの高さのところまで辿り着けたのだろうか」ということだ. 落ちてきたら危ないやんかー. 私の疑問の「素朴」レベルはここまで落ちるのである. 
 
あらゆることが私の能力を著しく超えたはるかかなたに存在している. だからこそ,この建築物を見たときにとっさに出た言葉が「うおーーすげーーでけーー」というレベルの語彙にとどまってしまったのだろう. このスカイツリーを見る前に,上野の国立科学博物館で「港川人」や「縄文人」の復元像を見てしまったこともよくなかったのかもしれない. 「港川人」や「縄文人」のそのあまりのプリミティブさと東京スカイツリーが放つアーバン・ソフィスティケーションを比較すると,年表の端から端までをひとっ飛びするような感がある. 時代は前へ前へと進んでいる,そして,前へ前へと進んで行くしかないその時代の中で自分は生きているのだ,というスケールの大きなことを久しぶりに考える機会となった. 

「おばあちゃんは,と,と,とーきょース,ス,スカイツリーがまだ建設中だった頃のことを,し,し,しっとるんやで」

あと何十年かしたら,今日の日のこの衝撃を,チビッコたちにきっと話しているはずだ. 

| | コメント (4)

ハワイ大学のSatchyさん

Rmail_download_attach_2

9月に入り,院入試や論文の修正,とある学会のレフリーの仕事,そして追再試験の作成,来学期の授業の準備など,なんだかんだと仕事に追われているうち,あっという間に12日が経過してしまっていた. 明日13日からは,な,な,なんと授業が始まってしまうのである. ニャーんということニャー!と誰かを引っ掻き回したい気分である. 暴れ引っ掻きネコ. 捕まえてもネコの場合は懸賞金20万円は出ないのでしょうかね. 

とりあえず,やらなくてはいけない仕事は終えることができたものの,新しく購入していた本や論文をしっかり読むことができなかったので,新しい知識を得たり,ばらばらだった知識が一本の線でつながったりというような喜びを感じることができなかったのが残念だった. 

具体的に言えば,私の博士論文研究のテーマである"Genre Knowledge Development"に関して,"English for Specific Purposes (ESP)"的アプローチと"Systemic Functional Linguistics (SFL)"的アプローチとの間で,その理論的フレイムワークをどちらに置くべきかで混乱が始まっている. theoretical frameworkという最も基本的なところで混乱が生じてしまったのは,JSLWに出していた論文の査読者の方からいただいたコメントの中で,ESPとSFLの違いについての私の理解に関して,

"blurred understanding"

という言葉で指摘を受けたからである.

"blurred"という単語はこういう文脈で使われると心にグサリと突き刺さる感がある. グサリブスリドスリぎゃおーって感じ. よく分からないけど. しかし,グサリブスリドスリぎゃおーとくるコメントは,同時に大変ありがたくもある. それがなければ,成長はないからだ. 自分の論文を読んでもらいコメントをもらうことはとても大事なことだと実感した.

限られた時間の中で,Genreに関する文献をもう一度読み返すうち,なぜ"blurred understanding"と指摘を受けたのかが分かってきた. なので修正版の論文はタイトルも変えた. 修正版は先日提出したが,次にまたどんなコメントが来るのか考えると少し怖い気がする. ここで,「自信を持って修正版を提出しました」と言えないところが自分の力不足を物語っているのだが. 本当に,もっともっと勉強しなくてはいけない.

昨年,日本に帰国して日本の大学で仕事を始めてから,「ハワイ大学SLSの博士課程に留学したい」という方から,問い合わせメールをいただくようになった. どういう経路でこのブログに辿り着かれたのか分からないのだけれど,私がハワイ大学在学中に書いた記事を読んでくださった読者の方が,「ハワイ大学のSatchyさん」のイメージをそれぞれの頭の中で構築され,イマジネーションの世界における「ハワイ大学のSatchyさん」に対してメールを送ってくださるという行為が,私にはとても不自然なものに思える. 読者の方のイマジネーションの中で,「ハワイ大学のSatchyさん」が仮に「知性あふれる博士課程の学生」というように描かれていたとしても,現実世界における「ハワイ大学のSatchyさん」は,投稿論文に対して"blurred understanding"という指摘を受けるレベルの人なのである.

私の指導教授がLourdes Ortega先生であるということも,問い合わせが来る理由の一つになっているようである. しかし,指導教授がオルテガ先生であると言っても,弟子が同じように優秀かというと決してそんなことはない. しょせんは,投稿論文に対して"blurred understanding"という指摘を受けるレベルの人なのである. また言ってる.

ところで今日大学に来る途中で,パンダの着ぐるみを着た人が,「薬物反対!」のビラを配っていたのだが(なぜ「薬物反対!」が「パンダ」である必要があったのだろうか),そのパンダが私の目の前でいきなり転ぶという出来事があった. それもかなり激しい転び方で,転んだときの格好は,まるでスカイダイビングで空を飛んでいる人みたく両手両足がぴーんと伸びていた. こんなパンダ見たことないぜ. さらに,目を引いたのは,転んだ時の衝撃で,パンダの頭部が空中に飛び,10メートル前方くらいまですごい勢いでどぴゅーんっとまっしぐらに飛んでいったのである. すごいぜパンダの頭飛んでるぜ. 「ママ,パンダの頭が空中を飛んでいるよ」と,その場にいたチビッ子が目を真ん丸にしてびっくりしていた. 私もびっくりした. パンダの頭ですよ. 

なぜ空中を飛ぶパンダの頭部の話をここに書いたかというと,「ハワイ大学のSatchyさん」は,空中を飛ぶパンダの頭部レベルのことに大きく反応してしまう人間だということを分かっていただきたかったからである. オルテガ先生であれば,ここは素通りするところだ. 

Having said that, 読者の方がイマジネーションの世界で構築されている「ハワイ大学のSatchyさん」の像に近づく努力をしなくてはいけない,ということも分かっている. 

だから,毎日頑張っている. 

| | コメント (0)

福岡

Dscf3737

福岡旅行最後の日に愛宕神社というところに連れて行っていただきました.

階段を上ると,穏やかな青い海とそこにぽっかり浮かぶ小さな島と福岡市内の街並が目に飛び込んできた.

「海」と「島」と「街」がこんなに近い距離で同時に視界に入るという種の景色を見たのは初めてかもしれない.

福岡の愛宕神社という場所からしか見られないこの景色. 

何だかとても得難い経験ができたような気がした.

Dscf3738

福岡空港に行く前に,市内にある16区という洋菓子のお店に連れて行っていただきました.

桃のケーキをいただいたのだが,これは普通の桃のケーキじゃなかとです. むっちゃくちゃ美味かったとよ. 博多弁の使い方なんかおかしいとよ. とよとよ言ってます.

この16区というお店は,福岡市の浄水通りという高級住宅街の中にある. 16区という名前は,オーナーの三嶋さんが「フランス修業時代にシェフを務めた『アクトゥール』がパリの高級住宅地16区にあったことにちなんだもの」(©16区ウェブサイト)であるらしい. なんか洒落とるとよ. うちの実家の近くにある「洋菓子キムラ」さんとは何か違うとよ. やかましい.

桃のケーキを堪能していると,オーナーの三嶋シェフがわざわざテーブルにご挨拶にやってきてくださった. なんてプロフェッショナルなのだ. こういう「おかげさま」精神がまだ日本に残っていたことに大いに感動した. ミシマー.

これから「浄水通り16区のミシマの時代」が必ず来るはずだ. そのミシマが明日から一週間,東京・渋谷の東急百貨店にやって来るらしい(大九州物産展). みんなでミシマを応援しようではないか. いつのまにか呼び捨てになっていました.

Dscf3740

ミシマが焼いてくれたマロンパイを先生がおみやげに買ってくださった. ほんに有り難かたい. あれ. ありがとうございます.

ミシマのマロンパイは,秋限定の商品なのだそうだ. ちょうど16区を訪れた日がマロンパイ解禁の日で,お店は大変な混雑ぶりだった. 明日からの渋谷での物産展でもマロンパイが販売されるらしいので,お近くの方はぜひ東急百貨店へ足を運び,ミシマを応援してあげてほしい. 呼び捨てにすんなって.

三日間という短い時間だったのだが,先生方のおかげで福岡を堪能でき,福岡が大好きになりました.

心からありがとうございます.

| | コメント (2)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »