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小暮写眞館

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主人公の「花ちゃん」(本名の「花菱(ハナビシ)」から).

弟の「ピカ」(本名の「光(ひかる)」から).

親友(女)の「コゲパン」(丸顔で色黒だからという理由.本名は「寺内千春」).

親友(男)の「テンコ」(本名の「店子力(タナコツトム)」から).

ST不動産の毒舌女性事務員「ミス垣本」(社会人としての常識をいろいろミスしているように見える,という理由から.本名は垣本順子).

引っ越し先の「小暮写眞館」で繰り広げられる様々な人間模様.

日常生活の中で目にしたり耳にしたりする人間の行動や言葉,その根底にある人間の気持ちは読み取れないことが多いけれど,それが個性あふれる登場人物によってピンポイントで掘り起こされていく. その展開にじわりじわりと引き込まれていった.

登場人物の含蓄のある言葉が印象的だった. でも,その登場人物は高校生だったり小学生だったりする. 同じことが中年のオッサンによって語られていたならば,この小説の面白さは半減していたかもしれない. 子供が言うから心に響く,という言葉があると思う. 語り手に高校生や小学生を選んだ宮部みゆきさんの構想力,そして,人間の発言の奥底にあるものを掘り起こす人間観察力に感服した.

これまで味わったことのない新しい面白さのある作品だった.

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連休明けに

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3連休の一日目は,東京ミッドタウンに行って来た.

二日目は博士論文のドラフト(何稿目かはもう分からなくなっている)を書き,

三日目は期末試験の問題作成に追われた(4科目のうち1科目しか終わらなかった.明日が締め切りなのに).

連休明けの今日は猛烈に忙しかった. 午前中授業をし,お昼に別のキャンパスの先生と電話会議(一方的にしゃべりまくられてちょっといらいらした.人の話も聞けよオッサンという一言が喉まで出かかっていた.オッサンは余分でした),それからお昼を食べながら明日の授業の教材を作り,試験問題を完成させ,急いで印刷室に行って明日の授業のハンドアウトを印刷していたら案の定「マスターを取り替えてください」と印刷機さんに言われる. カモーン. 急いでいる時に限って必ずマスター攻撃に苦しめられるわたくしである. マスター取り替えはうまくいかないことが多くて苦手なのだ. エアコンのない印刷室で汗だくになりながらマスターを取り替える. 誰か作業着持ってきてー(カラーは薄めのブルーで). と言いたくなってしまった. RICOHの技術専門スタッフかい. そんなことを思いながら作業をしているうち今回は一回でマスター取り替えに成功したようで,合格の「ピーっ」と音を印刷機さんからいただく. 「ピーっ」という音にこれだけ達成感を味わったのは初めてかもしれない. ありがとうございます.

そんなわけでとりあえず明日の授業の準備ができてほっとした. 今日はこれから博士論文のドラフトの続きにとりかかりたかったのだが(オルテガ先生は8月になると,ジャーマニーに行ってしまうのだ.ドイツ),中国・上海のなんとかという大学との提携を祝う会が18時から開催されるらしく,ぜひ出てくださいと事務所の人に言われる. ニーハオ. なんか盛大なパーティーらしいが,開催場所は学食だそうだ. 学食かよ. 生協メニューかよ. まあ学食でも生協でも何だっていいのだが,ただでさえ大勢の人が集まるパーティーが苦手なわたくしなのに,相手が全員中国人となると,どうすればいいのか分かりません. 今日の午後の電話会議の先生じゃないけどまた一方的にしゃべりつづけられるのが目に見えている. 無口でシャイな中国人って存在するのだろうかとふと思った.

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三日前に東京ミッドタウンで,虎屋の冷やしぜんざいを食べ,ミッドタウンガーデンの小川で「足水」を体験するなど,優雅なひとときを過ごしたことが嘘のようだ. というか,東京ミッドタウンで「冷やしぜんざい」と「足水」とは,なかなか和風で渋いセレクトじゃないか.

中国人のパーティーに行ってきます.

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あじさい

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ベランダで育てているアジサイ.

今年は咲かないのかなとあきらめていたのだが,

7月に入ってから莟が膨らみ始め,

梅雨明けしたこの時期になってやっと咲いてくれた.

待っていた分,澄んだ青色が一層澄んで見えるし,清々しい青色が一層清々しく映る.

「遅咲き」の価値は大きい.

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ヤマグチとさくらんぼ

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同期のヤマグチ先生からさくらんぼをいただく.

同期といってもヤマグチ先生は1950年生まれ(満60歳)である. 昨年の4月に本学に着任したという点で「同期」と呼ばせてもらっているが,キャリアの点では私のような若造がヤマグチ先生にかなうはずがなく,勝っているところがあるとすればそれは髪の量くらいだと思われるのだが(失敬),いずれにしても,ヤマグチ先生からしてみれば私のような髪のある若造(失敬)に「同期」と呼ばれるのはやや心外なのかもしれない. でも,さくらんぼくれたってことはヤマグチ先生もわたしのことを「同期」と思ってくださっているのかもしれない. 髪の量のことに触れてしまってどうもすみません. 

ヤマグチ先生は,本当にいい方である. わたしのような髪のある若造に(失礼だろ)こうしてさくらんぼを差し入れしてくださるところにも,先生の人の良さが表れている. いつもニコニコしていて,誰に対しても優しく,少しシャイで,人前で話す時はあがってしまうらしく,会議ではいつもスモールサイズの自作カンペを見ながら話しておられる先生である. カンペを持つ手がガタガタ震えているところをキャッチしてしまうときは,まるでテレビ番組のADのごとく,「先生,巻きで!」とか言ってラージサイズのカンペを持って先生の目前に座ってあげようかという気持ちになるわたくしである.

そういえば,「ヤマグチ」という名前の人は,わたしが知っている限り皆「いい人」である. 有名なヤマグチさんちのツトム君は,広場で遊ぼうって言っても絵本を見せるって言ってもいつも返事は「あ・と・で」だったのだけれども,そんな控えめで謙虚なところがヤマグチさんちのツトム君のいいところだったのだと思う. 山と口と書いて「ヤマグチ」と読むこの名前のルーツを探ると,元々の「山の入り口」という原点にたどりつく. 山の入り口は,老若男女どんな人も受け入れる器の広さを備えている. そういう意味で,山の口と書いて「ヤマグチ」と読むこの名前の持ち主は,器の広さにつながる「いい人」DNAを自然選択しながら進化を続け今に至っているのかもしれない. 実にシンプルで薄っぺらな分析である. このごろ少し変よーどうしたのかなー♫.

たとえば,さくらんぼを差し入れしてくださったヤマグチ先生の他にも,本学にはヤマグチ君という群馬県高崎市出身,現在3年生の学生がいる. このヤマグチ君もやっぱり「いい人」である. でも,ヤマグチさんちのツトム君とは違って本学のヤマグチ君は,見た目がヤンキーである. 髪が金髪で,ときどき一昔前の成金がつけていた金のチェーンネックレスをしていて(ポーチを手にするところまではいっていない),黒いスウェットパンツには「龍」という文字が金色でプリントされていたりして(最先端を行くには「寅」でなければならなかったと思う),見るからに田舎のたちの悪いヤンキーって感じなのである. でも,なぜかスウェットの上のTシャツは「ミッキーマウス」だったりする. しかも両手を広げてうぇるかむー!って言ってそうな,ディズニーランドで売っていそうな「気合いが入っている型」のミッキーマウスである. ガチのミッキーかよ. 下のスウェットは龍だったじゃねえかよ. とツッコミをいれずにはいられないバランスの悪すぎるファッションなのだが,このアンバランスさ,そして両手を広げたミッキーマウスの中に,ヤマグチ君の「いい人」ぶりが表れていると思うのである.

このごろ少し変よーどうしたのかなー♫.

ヤマグチ先生のさくらんぼ,おいしくいただきます.

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ワタリガニなど

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大学の近くにあるシチリア料理のお店に行ってきた.

ワタリガニのトマトクリームパスタをいただく.

わたしはいつの頃からか日本語で聞いた単語を英語に直してみる癖が身についている. たとえば,学生たちが「まじうけるー」とか言って何についてか知らないけど何かについてうけている様子を耳にしたときには,今のは英語だと"really funny"だよなとか思ったり,「まじうぜー」とか言って何についてか知らないけど何かについてうざがっている様子を耳にしたときには,今のは英語だと"really annoying"だよなとか思ったりする. こんなふうにすぐ英語に直せる場合もあれば,すぐに英語が出てこない場合もある. たとえば,先日は「『北向観音』って英語で何というのですか?」と学生に聞かれ咄嗟に答につまってしまった. というか北向観音って. 北向いとるんかい. 「最近の私の旅行」というタイトルで英作文を書かなくちゃいけないとかで,すがりつくようにこんな質問をしてきたのである. というか知らん. それに,「北向観音」を英語に直す前に,19歳の青年が旅の目的地として「北向観音」をセレクトしたという事実の方に多いに関心を持ってしまったわたくしである. もっと若者らしい場所があるだろうよ. 近場にはディズニーランドとかディズニーシーなんかがあるわけだし. 余計なお世話だけど. おもわず「じじくせーな,おまえ」と突っ込みをいれそうになったけれども,「じじくせーな,おまえ」という言葉を発信するのを控えられるだけの大人の良識を兼ね備えていたわたくしである. というか,北向観音ってどこにあるのだ. 調べると長野県上田市にあることが分かった. 19歳の青年がなんでそんなとこに旅に出かけたのかますます謎が深まってしまった. ちなみに北向観音に行った後は別所温泉に立ち寄ったのだそうだ. この二つの名所には19歳の青年を駆り立てる何かがあるのだろうか. じじくせー. ところで「北向観音」は英語で"north-facing Kannon"っていうらしい. 北向いとるんかい. そのまんまやんという気がした. 

前置きが長くなったのだが,「ワタリガニ」という言葉を聞いたときにもこれは英語で何と言うのだろうという英語オタク魂がふつふつと沸き上がってきた. 文字通り訳すと"crossing crabs"だが,どうなのだろうか. 一緒にいたM先生は生物学がご専門なので何かご存知かもしれない. というか,生物は生物でも「ワタリガニ」は専門領域には入ってないか. 北向観音の青年じゃないけど「ワタリガニって英語で何て言うんですか?」と突然質問をなげかけるのもどうかと思ったので,M先生が席をはずされているすきにそそくさと辞書を引いてみた. というか,シチリア料理の店で「ワ・タ・リ・ガ・ニ」と人差し指で電子辞書のキーボードをたたいているわたくしは一体何者なのだろうかという気がしないでもなかった. 研究者新和英辞典の検索結果によると,「ワタリガニ」は"swimming crabs"っていうのだそうだ. へえそうなんだと一瞬納得したが,よく考えるとそれって「ワタリガニ」じゃなくて「オヨギガニ」じゃないの?と素朴な疑問が頭の中をかけめぐった. まあ渡ってる蟹でも泳いでる蟹でもどっちだっていいんだが. それより,カニって泳ぐんですか?という原点に立ち返るようなベイシックレベルな疑問に行き着いてしまったわたくしである. カニは海底を歩くものだというのが現在のわたくしの理解であり,海中をめまぐるしいスピードで横泳ぎするカニはわたくしの想像の域を超えているのである. ワタリガニとは横泳ぎするカニなのだろうか. 横泳ぎでも縦泳ぎでも平泳ぎでも泳ぎのジャンルは何だっていいのだが. というか平泳ぎの場合は8本の足をそれぞれどう使うかがカニにとっては微妙なところだろう. というか平泳ぎは無理な気がする. 足がひっかかってしゃーないわ,関西弁だとこんな感じになるだろうか.

いずれにしても,このワタリガニのトマトクリームパスタは,おいしかった. 

それが結論である.

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歴史に学ぶ名言

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『日経ビジネスアソシエ』6月号を買ってみた.

特集は,「歴史に学ぶ金言・名言」である.

このごろ,「毎日一歩一歩前へ進む勇気をもらえるような言葉」に飢えている. 

わたしが直面している壁はもはや乗り越えられないのではないかとネガティブ思考に陥ってしまう時,勇気を与えてくれる「言葉」は,壁を乗り越えるための珠玉の方法論となる. 「言葉」って大事だと思う.

現在故郷のスペインに帰っておられるオルテガ先生から,執筆中の博士論文に対して濃厚な密度のフィードバックをいただき,その濃厚さに吸い取られそうになっている中身の薄っぺらなわたくしには,次の言葉が心に響いた.

今日も生涯の一日なり」 ー福沢諭吉ー

今日という日は人生の一コマでしかないが,その一コマの積み重ねが人生だ,という意味である.

目の前の課題や仕事に追われていると,そんな当たり前のことを忘れてしまうものである. 一日の始まりにこの言葉を声に出して,一つ一つのことに真摯に丁寧に取り組みたい.

ところでスペインに帰省中のオルテガ先生は,やはり一般市民と同じようにWorld Cupに夢中だったりするのだろうか. ほっぺにスペイン国旗をペイントし,パブリックビューイングで「カモーン」と叫んでいる先生を想像してみた.

何かが違う気がする.

「おもしろきこともなき世を おもしろく」 ー高杉晋作ー

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White Tim Tam

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オーストラリア・ブリスベンに短期留学していた学生のフクダ君(pseudonym)から,おみやげにWhite Tim Tamをいただく.

とてもうれしい.

日本でも去年の秋頃から輸入物のお店で見かけることはあったが,チョコレートにしては高くて(一箱400円くらい)買えないでいたのだ.

ところで,フクダ君が留学していた時期は今年の春休み(2〜3月)だったのだが,今日は7月3日である.

帰国してから3ヶ月経過していますけど,賞味期限とかは大丈夫なんでしょうかね. チョコレート食べてお腹こわすとかいやですし,鼻血出すとかもこの歳になっていやですから. 鼻血は賞味期限には関係ないのか. 「遅くなってすみませ〜ん」と丁重に謝ってくれたフクダ君. 確かに遅い. なぜもっと早くに持ってこなかったのだ?と少しだけ思ったけども,レポートとか宿題の提出が遅れたわけではないので,この問いかけはこの状況では的確ではないと判断した. それよりも,留学先で先生のことを思い出して,しゃーないな,あいつにも買って行ってやるかと気遣ってくれたその気持ちがうれしいと思った. 3ヶ月経過していますけども. 

3ヶ月遅れておみやげを持って来てくれたフクダ君に,ブリスベンへの短期留学はどうだったか質問してみた. 短期留学とかいってるので,当然,英語を勉強しに行ったのだろうと思っていたのだが,

「いいえ,留学といっても,ボクのは語学留学じゃなくてサーフィン留学だったんですよ」とフクダ君.

サーフィン留学.

そんな留学あるんかい. と少しだけ思ったけども,留学の目的が何であろうとそれは個人の自由であるわけだし,あえて突っ込みはいれないことにした. しかし,それにしても,サーフィン留学って一体どんな留学なのだろう. 英語を学ぶために留学する人々が語学学校に通うのと同様に,サーフィンスクールに通って波の乗り方やボード上での立ち方などについて指導を受けたりするのだろうか. 戸塚ヨットスクールみたいなのがあるのかしらとか思いながら,サーフィン留学の詳細についてたずねてみた. すると,

「いいえ,スクールには通っていません. 3週間,毎日ひたすらサーフィンをしていただけです」とフクダ君.

毎日ひたすらサーフィン.

というか,それって「留学」とは言わねえだろ. と少しだけ思ったけども,「留学」の定義が,「自国以外の国に在留して学術・技芸を学ぶ」(wikipediaより)であることを考えると,確かにサーフィンという技芸を3週間学んでいたとも言えるわけで,「サーフィン留学」というのは間違ってはいないかもしれないと判断した. 「サーフィン遊学」とも言えそうな気がしないでもないが. 「りゅーがく」と「ゆーがく」は音声も似ているし,境界線が難しいところである. 

しかし,去年の春頃までは,見るからに「チャラ男」だったフクダ君が,どことなく落ち着いて見えることに気がついた. こうやって丁重におみやげを届けにくるというのも(3ヶ月経過していたけども),去年までのフクダ君だったら考えられないことだった. サーフィン留学中の話を聞いているうち,初めての異国の地で経験した様々な出来事が彼を成長させたのかもしれないと思えてきた. それは,

「3ヶ月間とても孤独だった」

「日本ではいつも頼れる人がいて自分は恵まれすぎていた」

という彼の言葉に表れていた.

彼なりにいろいろなことを学んだのだろう. やはり「遊学」ではなく「留学」だったのだ. 

おみやげのWhite Tim Tamには,チャラ男から少し大人の男性へと脱皮を遂げたフクダ君の成長の記録がつまっているような気がした. 

3ヶ月経過してますけど(まだ言ってる),おいしくいただきます.

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