« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

めもむし

Dscf3596

羽田空港に到着.

バスの出発時間まで30分ほどあったので,空港ビル内のスタバに行く. すると,スタバの向かいに"Shosaikan"という素敵な文房具店があり,ガラスの向こうから,かわいいイモムシがこちらをじっと見つめていることに気づく. ツノを立てて. 

イモムシのツノをこんなに愛おしく思ったのは初めてである. ツノに吸い込まれるようにお店の中に入り,直にツノを触ってみた. なんなんだこのツノはめっちゃかわいい. 

それに,このイモムシはただのイモムシじゃなかった. ボディーのパーツを利用してメモを挟む仕事をしてくれるのである. なので,名前はイモムシじゃなくて「メモムシ(Memo Mushi)」というらしい. なんじゃそれめっちゃかわいい. とにかく「めもむし」って呼んでね.

デスクに散らばったメモや名刺をすっきり整理収納してくれるめもむし君. パーツをクルリとひっくり返せばペン立てにもなってくれるめもむし君. 小さいのに多機能ですばらしい仕事をしてくれる. もうムシなんて言わせない. 言ってるけど.

この「めもむし」は,リサイクル・レザーで作られている. 廃棄された革がこんなふうに生まれ変われるなんてすごいと感動するしかなかった. 

"Shosaikan"の本店は南青山にあるのだそうだ. 青山じゃなくて南青山. 「青山」に「南」がつくとそれだけで付加価値がつくような気がしてしまうのはわたしが関西出身だからだろうか. たとえば,「町田」に「南」がついて「南町田」となってもあまり変わりはないような気がするのである. すみません. 

そんなあこがれの街,南青山にあるShosaikan本店. 機会があったらぜひ行ってみたい.

めもむし君はいまデスクの上で2枚の大事なメモを挟んでくれている.

明日から新年度という日に素敵な商品に出会えました.

| | コメント (4)

Dscf3588

「一本の桜の木」と「少人数性」という学習塾のようなお花見スタイルが好きだ.

安心して桜を見ていられる.

ふるさとはいつも優しくてあたたかくて,そのぬくもりが嬉しくて苦しくて泣きそうになる.

神戸・須磨寺公園にて.

| | コメント (4)

神戸ノート

Dscf3569_2

神戸に到着.

たまたま訪れたお店で「神戸ノート」を見つけた.

なつかしいなつかしいなつかしい.

神戸の小学生は,この「神戸ノート」なるノートを使って勉強する. 他県から来た転校生が「ジャポニカ学習帳」を持っているのを見て,こんなノート使ってる人おるんやーと驚愕した経験を持つ神戸人は意外と多いはずだ. 

神戸ノートは教科別になっており,たとえば,国語では「こくごちょう」,算数では「さんすうちょう」,先生と保護者との連絡用には「れんらくちょう」を使用する. 自由に使うことが許されている「じゆうちょう」なるものまである. 自由に使っていいからページ全体が白紙になっているのである. 高学年になると,ノート名が漢字表記になるのが特徴である. 「さんすうちょう」は「算数帳」,「こくごちょう」は「国語帳」,「れんらくちょう」は「連絡帳」,「じゆうちょう」は「自由帳」へと変化する. 神戸のチビッコがほんの少し大人になったことを実感する瞬間である. 

神戸ノートは,教科別に表紙の色も違っており,たとえば,「国語帳」は「緑」,「算数帳」は「ねずみ色(灰色)」,「連絡帳」は「薄紫」,「自由帳」は「ピンク」という具合である. この自由帳のピンクが結構ド派手で,子供心にも,このド派手なピンクは教育の場にふさわしくないとお役人みたいなことを考えていた記憶がある. ところで「ねずみ色」というのはもう死語なのでしょうか.

大人になってから,「神戸ノート」は神戸だけのものだったという事実を知り愕然とした. 

その事実を知ったのは比較的最近である. ハワイ大学で知り合った他県出身の日本人の人に,「百字帳(ひゃくじちょう)」の話をした時,「百字帳ってなに?」というまさかの質問が返ってきたのである. 

え?あの百字帳を知らないの? 

ということは,「二百字帳(にひゃくじちょう)」も知らないのですね. 

なんということだ. それでは神戸以外の土地にお住まいの日本人は,どうやって漢字能力を育成しているのだろうか. 百字帳や二百字帳を使わずに,どうやって漢字を習得するというのだ. 「ジャポニカ学習帳」の中に「百字帳」に匹敵する「漢字に特化したノート」が存在するのだろうか. 

百字帳とは,文字通り,漢字を百字書くためのノートである. 1ページ全体が100マスに区切られており,たとえば「山」という漢字を学んだときには,山山山山山山山山山山...と山を100個書いてくることが宿題で求められたりする. 他に,何か悪さをして先生に叱られたときにも百字帳はその威力を発揮する. たとえば,「罰として『天罰』という熟語を100個書いてきなさい」と言われ,天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰...と天罰を100個書いてくることを強要されるのである. お気づきのとおり,対象が熟語であった場合は文字数は実質,200字となる. 高学年になって200字帳が登場するのはこのためもあるのかもしれない. ちなみに,「天罰」というのは今思いついたネタに過ぎない. 何はともあれ,こうした学習を通して,「悪さをすると天罰が下るのだ」という教訓を神戸の子供たちは身をもって学ぶわけである. 百字帳は漢字のみならず人間教育の役割も担っているのである.

百字帳といえば,小学校5年生のときに担任をしてくださった松尾誠司先生のことを思い出す. 当時,松尾先生が毎日出していた宿題が二つある. 一つは新出漢字を百字書いてくること,もう一つは百字帳の余白に日記を書いてくること,だった. 今でもこの二つの宿題のことをよく覚えているのは,たった一行か二行のどんなにつまらない日記にも松尾先生が非常に丁寧に返事を書いてくださったことがある. わたしが文章を書くおもしろさを知ったのは,たぶんこのときだったのだと思う. 松尾先生に出会っていなかったら,今,このブログも書いていなかったかもしれない. 

久しぶりに百字帳を見てそんなことを思い出した. たぶん,似たような思い出を「神戸ノート」の中に感じる神戸の大人の方は他にもいらっしゃると思う. 「神戸ノート」は神戸人の学力やリテラシーだけでなく心も育てているのだ.

ちなみに,道徳の時間に使っていた「道徳帳」はだいぶ前に廃止になったそうである. 背景には,道徳の授業時間が他教科に比べて圧倒的に少なく購入者が伸び悩んだということがあったのかもしれない. さらに,「道徳帳」の表紙の色が「黄土色(おうどいろ)」だったことも大きかったのかもしれない. 自由帳がド派手な「ピンク」で表紙を飾っているのに対し,キイロいツチ色の「黄土色」で表紙が飾られるというのはあんまりだと思うのである. 「黄色い土の色」と書いて「黄土色」. 「ピンク」という軽やかな音声に対して「オウドイロ」という音声はあんまりだと思うのである. 今では姿を消してしまった道徳帳ではあるが,その黄土色の表紙と「オウドイロ」という音声ともに,多くの神戸人の心の中で生き続けることだろう.

というか神戸ノートについていつまで語り続けるのだろうか. 神戸ノートについてこんなにどうでもいいことを語り続けられる人はあまりいないはずだ. 松尾先生に改めて感謝したい.

そんな神戸での三月最後の日曜のひととき.

| | コメント (6)

空から

Dscf3566_2

羽田を飛び立って数十分後,南アルプス上空を横断する.

窓際の席に座ったのは初めてだったので,こんなに荘厳な美しい山脈の風景を上空から目にしたのも初めてである. 

とても感動した.

富士山が見られるかなと期待したが,このルートでは左側の席に座らないと見えないということだった. もう少し左側を飛んでくれよ機長もうちょっとでいいから...

と思った.

2泊3日で神戸に帰省してきます.

| | コメント (0)

祖師ケ谷大蔵など

Dscf3555_3

先週の土曜日は,祖師ケ谷大蔵(東京都世田谷区)とたまプラーザ(横浜市青葉区)に出かけてきた.  

祖師ケ谷大蔵へは,髪を切りにいった. 別のヘアサロンで担当してくれていたスタイリストのイグチさんが,最近,祖師ケ谷大蔵のヘアサロンにヘッドハンティングされたため,イグチさんを追いかける形で,わたしもその祖師ケ谷大蔵のサロンに通うことになったのである. 

祖師ケ谷大蔵という街のことは,小田急を利用するようになって初めて知った. 初めて「祖師ケ谷大蔵」という名前を聞いたときは,「え?そしがやおおくら?」「なんか長い」と思った. 「祖師ケ谷(そしがや)」だけでもいいだろうし,「大蔵(おおくら)」だけでもいいだろうに,なぜ「祖師ケ谷大蔵(そしがやおおくら)」なのだろうか. 長くて初心者にはなかなか覚えられない. まあどうでもいいですが. 祖師ケ谷大蔵駅を初めて降りてみて,駅近辺を歩いているメガネをかけたご年輩の女性(50代〜60代だと思われる)に見られるある共通点に気がついた. 着用しているメガネには立派なチェーンがついているのである. 右を見ても左を見ても,歩いている50〜60代の女性のメガネにはみんなチェーンがついている. なんなんだこれはチェーンだらけではないか. チェーンメガネといえば,ロッテンマイヤーおばさんしか知らなかったぞ. さすが祖師ケ谷大蔵は世田谷区だけあって,メガネのチェーンはお金持ちの象徴ということなのだろうか. 歩く度にゆらゆら揺れるそのチェーンにはどことなく威厳と高級感が漂っていて「どうだこれが世田谷だぜ」って上から目線で言われているような気がした. 長い駅名にメガネチェーンに,今,わたしの中では祖師ケ谷大蔵が熱い.


ところで,祖師ケ谷大蔵という街には,駅の北口を出てすぐのところに,「香風」という和菓子のお店がある. この香風さんの「豆大福」は,毎日朝のうちに完売してしまうほどの人気があるらしい. スタイリストのイグチさんも,祖師ケ谷大蔵のサロンに移ってから3ヶ月になるが,「いつも売り切れているので実物を見たことがない」ということだった. 実物を見ることがなかなかできない幻の豆大福. たかがマメのダイフクのくせにいっちょまえにとついつい思ってしまうが,どうやら相当な価値があるマメダイフクであるらしい. そんなわけで,これは何としても食べなければと思い,イグチさんに髪を切ってもらったあと,幻のマメダイフクを求めて香風さんへ走る. その日は土曜日で,おまけに時間は正午を過ぎていたので,ダメモトだったのだが,店内のガラスケースをのぞくと何と一つだけ残っているではないかマメダイフクが. これはかなりついている. 豆大福を一つだけというのも,何だかコインを握りしめて駄菓子屋を訪れた小学生のチビッコみたいで悲しいので,桜餅や草餅なども一緒に大人買いをしました. 香風さんの女主人と思われる女性が清算のために打っていたレジがものすごく古くて,合計金額の「720円」が算出されたときに「チーン」というすごい音が店内に響き渡ったのもこのお店の特徴かと思われました. 「チーン」と同時に昭和にタイムスリップしたような気がした. やはり祖師ケ谷大蔵からは目が離せない.

 Dscf3560_2

祖師ケ谷大蔵のあとは,たまプラーザへ行った.

たまプラーザは祖師ケ谷大蔵とはまた違う雰囲気がある. 同じ日に二つの街を訪れるとその違いを肌で感じられる. たまプラーザには,チェーンメガネをつけた女性は見当たらなかった. その代わりに,女性はベビーカーを押しているのがこの街の特徴だ. わたしはベビーカーを持っていないので,たまプラーザに来ると仲間はずれにされた感があるけれども,子供は好きなので,いろんな顔と姿形をしたチビッコを見られるのはうれしいことである. その日は,ロッカーの中をのぞいて「誰かいるかー?」と叫んでいる男の子を見て,ほのぼのした気持ちになりました. そういえば,ロッカーの中ってチビッコにとってはアドベンチャー・スピリットをくすぐられるのかもしれません.

たまプラーザでは用事を済ませてから東急デパートへ行ってお買い物をした. 春の新作がたくさん入っていて,衝動買いをしてしまう. Michel Kleinで見つけたバッグは,中に入っているポーチが透けて見える構造と全体的に漂う春らしいさわやかな感じに魅了されて,これ買いますと即決した. 新しいバッグうれしい.

あとは卒業式で着るフォーマルスーツやカジュアル用のワンピースなど. お買い物は楽しいです.

Dscf3559

こんなものまで. 

スヌーピーのトートバッグである. 

いい歳してスヌーピーかい!と突っ込まれることうけあいです.

Natural Beauty Basicが,この春,SNOOPYとコラボして,バッグやTシャツを売り出しているそうだ. このトートバッグはその一つである. スヌーピーってなんでこんなにかわいいのでしょうか. それに,すごく懐かしい匂いがする. 幼稚園入学と同時に初めて買ってもらったバッグがスヌーピーだった. そんな思い出もあり,このNatural Beauty Basicとコラボのスヌーピートートバッグを買わずに帰るわけにはいかなかった. しかも,「今このバッグを買うと,もれなくスヌーピーのハンカチがついてくるんですよ」という女性店員の甘い声にも負けてしまった. もれなくスヌーピーのハンカチーフーですか,チーフー. というか普通にうれしいです. しかしながら,「どうぞお鏡で合わせてみてくださーい」という女性店員の店内に響き渡る声をちょっとやめてほしいと思ったもうすぐアラフォーなわたくしです. スヌーピーは別にお鏡で合わせなくてもいいです.

帰宅してから,買ってきた服やバッグを見ながら,豆大福を食べた. 

とてもしあわせな気持ちになった.

| | コメント (6)

pilot study

P

昨年,春学期と秋学期の約8ヶ月かけて博士論文研究のパイロットスタディを行った.

その一部結果がまとまったので,ハワイ大学のオルテガ先生に送らせていただく.

「論文を投稿するときカバーレターは論文と同じくらい大事なのよ」ということを教えてくださったオルテガ先生. なので今回も一応きちんとカバーレターを付けておいた. ちょっとフォーマル過ぎたような気がするが,わたしは今でも「アメリカ式・教授と院生の距離の取り方」がよく分からないでいる. オルテガ先生のこともまだファースト・ネイムで呼べないでいる. 呼び捨てにしている感があって違和感を感じてしまうし,オルテガ先生のモナリザの微笑みを見てしまうと,ローデス(先生のファーストネーム)なんて恐ろしくてとても言えなくなってしまうのだ. いいかげんアメリカ式に慣れろよという感じですが. カモーン.

しかし,帰国してからも,こうしてオルテガ先生に論文を送ってフィードバックをもらえる環境にあるというのはありがたいことだと思う. まだハワイ大学に授業料を払っている期間だからこそ許されることで,学位が取れたらもう甘えるわけにはいかない. 今のうちに先生から吸収できるものはできるだけ吸収しておきたいと思う.

忙しいオルテガ先生に迷惑をかけてはいけないので,英語をより質のよいものにしようと今回は英文校正を某企業に依頼した. 9000 wordsのペーパーが約45,000円. 見積もりの段階でえーーたかーーい!と思ったけど,そのお値段の相当分の校正をしてくれるのならと清水の舞台から飛び降りるつもりで依頼をした. しかし,返ってきたペーパーは,冠詞を直されていた程度で,これなら町田駅あたりを歩いている外国人(英語話者)に頼むのと変わりはなかったのではないかという気になった. また町田駅かい. みなさんは英語論文の校正はどうされておられるのでしょうか. それにしても冠詞の習得というのは私にとって永遠のテーマであり,最近ではもう永遠に習得できないだろうという確信に似た気持ちを抱くようになっている. 特に,冠詞をつけなくていい場合(無冠詞)がどういうときなのかがいまだによく分からないでいる.

オルテガ先生に送る論文を郵便を出しに行く前にもう一度論文を読み返してみた. こんなのでいいのかな先生をがっかりさせてしまうかなとかいろいろ気になり,やっぱり送るのやめようかなと思ったりしたが,清水の舞台から飛び降りるつもりで思い切って投函した. EMS の送り状にオルテガ先生の名前を書こうとして,緊張していたからか,オルテガ先生を「オルテゲ先生」と書いてしまい,新しい送り状にもう一度書き直した. 気がつかずにオルテゲのまま送っていたら,誰がオルテゲですって?カモーン!と怒られるところでした. おるてゲー. ところで久しぶりにSLSのウェブサイトを見ると,オルテガ先生が大変痩せておられたのでちょっと心配になりました. モナリザじゃなくなっている. 元気にしておられるのでしょうか.

この論文は明後日にはハワイに到着するのだろうか.

何となく懐かしくなって論文と一緒にハワイに行ってみたくなった. EMSならたった1000円でハワイに連れて行ってくれるのだ.

留学当時の思い出がよみがえってくる. 約2年半住んでいたSeaview Houseとか,ワイキキトレードセンターのスタバとか,時刻表通りに来ない4番バスとか,バス停でハトにえさをやっているおじさんとか,ハワイ大学のシンクレアライブラリーの2階ベランダとか,ハミルトンライブラリーが冷凍庫みたいに寒かったこととか,本当に懐かしい. ワイキキに住んでいるMさんとまたスタバでお茶したい. 

過ぎ去ってみるとすべてがいい思い出に変わっている. 

| | コメント (2)

テルマエ・ロマエ

Dscf3551_3

古代ローマの男が現代日本へタイムスリップ.

タイムスリップした場所はなんと

風呂場だった. 

そこで目にした高度に発達した日本の風呂文化に驚愕する古代ローマ人の男. シャワーに風呂桶にアカ擦りタオルにシャンプーハットに風呂上がりのフルーツ牛乳に,あれもこれも何という文明度の高さ! この高度に発達した文明世界から学び取れることには際限がないぞ. ばばんばばんばんばん.

昨年末に出版され,注目を集めている『テルマエ・ロマエ』の筋立てである.(ばばんばばんばんばんは筋立てとは関係がない.by ドリフターズ世代)

普段,漫画を読まないわたしにとって,この作品は高校生のときに読んだ『王家の紋章』以来,かなり久しぶりに手にした漫画ということになる. そういえば,『王家の紋章』もタイムスリップが題材だった. アメリカ人学生のキャロルが古代エジプトにタイムスリップし,若きメンフィス王と恋に落ちるという,3000年の時空を超えた壮大な歴史ロマン物語だった. どう考えてもあり得ない設定で,「キャロル」と「メンフィス王」というプロトティピカルな名前の組み合わせにも笑いが起きそうになるのだけれども,当時はすっかりはまってしまい.「好きな男子のタイプはメンフィス王タイプ」とか言ったりしていた. メンフィス王タイプってどんなタイプや. そんな男子おるんかいって話だが当時はまじめにそう思っていたような気がする. 

そんなありえない「タイムスリップ」という設定が,『テルマエ・ロマエ』の中核になっている. が,『王家の紋章』では現代から古代へのタイムスリップだったのに対し,『テルマエ・ロマエ』では,古代から現代という逆のタイムスリップである. しかも,タイムスリップした先が日本の風呂だったというところが斬新だ. 

考えてみると,日本の風呂ほど高度に発達した文明を持つ国は,世界中どこを探しても他に存在しないだろう. 外国に長く住んだことのある人なら誰もが持つはずである「湯につかりたい願望」. この願望を満たしてくれる場所は,日本の風呂以外に存在しない. ハワイ大学に留学していた時,同じアパートに住んでいた日本人女性が,ウオールマートで大型の衣装ケースを買ってきてそこに湯をためて浸かっているのだと話していたことを思い出す. 衣装を収納する目的で作られたはずの衣装ケースが「風呂」目的でも使用可能なのだという驚愕の事実を知ったのは,そのときが人生で初めてだった. あまりに感動してしまい,「すごいですね〜」という言葉しか出てこなかった. 確かにすごい. しかし,すごいですね〜と感動しつつも,最後まで衣装ケースを「風呂」目的で使用するという行動に出ることはできなかったわたくしである. なぜなら衣装ケースは風呂じゃないからだ. それに,万が一バランスを崩して衣装ケースごとひっくり返ってしまったときの自分の姿はあまりに痛々しく想像に耐えない. たぶん衣装ケースに自分の体を収めるには体を「ん」の字に曲げないといけないので,衣装ケースがひっくり返ったら「ん」の字の体勢のままひっくり返ることになるのだ. んー恐ろしい.

とにかく,『テルマエ・ロマエ』では,こうした日本独自の風呂文化が,古代ローマ人の視点から描かれている. はっきりいっておもしろい作品だ. 私たち日本人は,衣装ケースを風呂にしてしまうくらい風呂に対する執着心が強く(わたしはしなかったけど),だからこそ日本の風呂文化はここまで高度に発達したのだという歴史的事実に改めて気づかされる.

読者としてわたしが最も魅了されたシーンが2つある. まず1つ目は,古代ローマ人のルシウスが日本の銭湯にタイプスリップし,壁面に描かれた富士山の絵を見て驚愕するシーンである. 目を真ん丸にして「こっ...これはっ...ポンペイのヴェスビオス火山ではないか!!」と叫ぶのである. フジサンです. そして2つ目は,ルシウスが,おじいちゃんのかぶったシャンプーハットを族長の冠と勘違いするシーンである. 確かにシャンプーハットってどこかの島の少数民族の族長がかぶる冠としても機能しそうである. シャンプーハットの新しいビジネスチャンスかもしれない. 今後の顧客ターゲットはおじいちゃんじゃなくて族長だ.

このように,ルシウスの驚愕ぶりを笑いつつ,日本の風呂文化の奥深さや工夫の数々を再発見できる,そんな仕掛けが『テルマエ・ロマエ』の面白さにつながっている.

ちなみに『テルマエ・ロマエ』とは『ローマの風呂』という意味なのだそうだ. 古代ローマにも公衆浴場があったらしく,その当時のローマ風呂事情なども本作品を通して学ぶことができる. 教養書としての側面もあり,一読の価値ありである. ばばんばばんばんばん. 風呂はいれよ.

| | コメント (0)

Tim Tam

00181

Tim Tamチョコレートを買ってきた.

論文をたくさん読まなければならない時,チョコレートは必需品である. 

収容するべき情報量がキャパシティを超え処理できなくなったとき,チョコレートを一つ食べるだけで,頭の中が整理整頓されたようにすっきりした気分になる. この「すっきり」さは,大正製薬コーラックによって得られる効果と同じ種類のものであると言えよう. えー.

運が良い時は,すっきりした上にさらに新しいperspectiveが生まれることがあり,チョコレートを食べる前は見落としていた重要なポイントに,チョコレート服用後に気がつくことがある. この効果が得られる確率は,チョコレートが甘ければ甘いほど高くなることがanecdotal evidenceにより分かっている. そういう意味で,オーストラリア産,アーノッツのTim Tamチョコレートは,明治製菓の明治ミルクチョコレートが決して及ぶことのできない重要な領域を堅持しているのである. なんかちょっと大げさですね.

Tim Tamチョコレートとの出会いは,2002年〜2004年にオーストラリア,メルボルンのモナシュ大学に留学していたときである. 修士課程2年目にカーネギーという街に引っ越したのだが,新しいアパートの隣にはSafewayという大きなスーパーがあった. 修士2年目は論文を書かなければならない上に,ティーチングの仕事,その他,プライベートでもいろいろな出来事があり,ストレス軽減のための方法をあれやこれやと探った結果,行き着いたのがTim Tamチョコレートだった. というか意外にシンプルなところに行き着きました. まあ当時の悩みなんて今から思えば消しゴムの粉みたくちっちゃなちっちゃなことであります. 何はともあれ,そのような状況の中で,しんどいときにTim Tamチョコレートを徒歩1分で買いに行ける立地に住んでいるというのは大変ありがたいことでした.

あれから6年という年月が過ぎても,行き詰まったときにはこうしてTim Tamチョコを買いに走っている. ひとつ違うことがあるとすれば,Tim Tamチョコは日本で買うとカーネギーのSafewayの販売価格の3倍くらいはするので,そう頻繁には買いに走れないということである. ソニプラなどで買うともっと割高になるので,個人的にはカルディがお気に入りです.

しかし,Tim Tamチョコを食べて頭の中が整理整頓されても,それは一時的なものに過ぎず,自分の能力というのは結局は自分で切り開いていくしかなく,日々の努力や日々の積み重ねによってのみ上に上がって行けるのだということに改めて気がつくとき,てぃむたむてぃむたむと念仏を唱えたくなってしまう. なんじゃそりゃ. コーラックが一時的な効果を生むに過ぎず,結局は日々の食生活や規則正しい生活が重要であることと同じである. またコーラックかい. 

今さっき,ハラスメント発言を連発する先生がオフィスにおいでになった. ご本人はたぶんよかれと思って発言しているのだろうが,十分屈辱的で十分ハラスメントである. たぶん,その発言の根底には,これまでの環境や受けてきた教育の影響で無意識のうちに体に染み付いた「女性蔑視」があるのだ. 絶対に許せない. 念仏唱えたくなってきたてぃむたむてぃむたむ. おーい. 気持ちを落ち着かせるために.Tim Tamチョコをもう一ついただく.

やはり依存している.

| | コメント (4)

労災

0016_4

学内で作業中にドアに指を挟んでしまい,久しぶりに包帯を巻くレベルの怪我をしてしまう.

たぶん包帯を巻くなんて中学生のときに落馬してひざに大けがを負って以来の出来事だと思う. 落馬といっても騎馬戦ですけど. 久しぶりに包帯を見たので記念に写真を撮っておいた. というか暇ですよね.

事故が起きたのは朝9時過ぎ. 保健室のTさんのところに助けを求めに行ったがあいにくTさんがお休みだったので,自分のオフィスに戻ってしばらく様子を見ることにした. こういうとき,大学教員に割り当てられた「個室」というのはちょっとつらい環境だと思う. いてーーこえーーしぬーーとかいう無意味な叫びでも誰かに向かって言ってみるだけで気持ちがずいぶん楽になると思うのだが,オフィスに入ってしまうと完全に一人になってしまうからだ. なので,いてーーこえーしぬーーとか一人で言ってみたり,Twitterに心の叫びを書き込んでみたりした. 左手の薬指が使えないので,人差し指を使ってパソコンを打つ. 時々,右手と左手がクロスしたりする瞬間があってひとりでうけてしまう. というか笑っている場合じゃない. 

放っておいたらそのうち治るだろうと甘く見ていたら,午後になっても痛みが引くどころかますますひどくなってきた. 爪の中は内出血がひどく,時間が経過するにつれて恐ろしい色に変色してくる始末である. こえーー. さすがに恐ろしくなって,一階の生協のおばちゃんたちに相談に行ったら,「先生!それ,すぐに病院行かないとだめですよ!うちの小学生の息子もドアで指挟んでそんな指になって大変だったんですよ!」と助言される. やっぱりそうですか. というか「うちの小学生の息子」と同じレベルなのかい. なんか切ないぜ. そこに反応しなくても別にいいのだが,おばちゃんのアドバイスに従って大学近くの整形外科に駆け込む.

具体的に受けた処置については生々しいのでここでは触れないことにする. それよりも驚いたのは,「怪我をした場所が職場だった」という理由で健康保険が使えないということだった. 職場での負傷は「労災」の適用になるので,労災申請手続きを行わなければならないという. 恥ずかしながら,労災というのは,工場とか建設現場など比較的危険な場所での労働にのみ適用されるものだとこれまで思っていた. なので,大学の先生が廊下のドアで指を挟んだくらいの負傷で労災ということにちょっと違和感を感じてしまった. 聞いたところによると,職場に向かうために家を出たところから,もう労災の適用範囲になるのだそうだ. 勉強になりました.

ということで,これから労災の申請手続きを行わなければならない. 今回,健康保険が使えなかったのですべて自己負担となったが,怪我と同様,診察費の額も大変恐ろしいものとなった. 二日目の今日は,消毒して包帯を取り替えてもらうだけで5000円お支払いしました. のーうぇーい. この包帯だけでマツキヨに行けば100円もしないと思うんですけどね. 

労災の申請は生まれて初めてなので,労働基準監督署のホームページなどを見て少し勉強しました. 申請には2通りあるらしい. 会社の事務担当が手続きをしてくれるケースと個人が必要書類に記入して労働基準監督署に提出するケース. 年度末の忙しい時期なので事務の人を巻き込むのは申し訳なく,できれば個人でやりたいと思うが,いずれにしてもちょっと面倒くさいと思ってしまう. といっても,あのマツキヨもびっくりのまさかの高額診察費を思うと,やっぱりちゃんと申請しなくてはと前向きな気持ちになれます. 労働基準監督署は渋谷,新宿の他に,町田にもあるようですし. というかこの頃よく町田が登場していますね. 「町田わくわくプラザ」の次に「町田労働基準監督署」のエントリーが続くとは,まさかの展開である.

この怪我は,最近ちょっとしたことにイライラしがちで今の環境に感謝することを忘れてしまっていた自分への天罰なのかもしれない. そして,怪我をした指が左手の薬指だったというところにも何か意味があったのかもしれないとやや過剰反応をしてしまったわたくしである. ここにつけるのはやっぱり包帯じゃないほうがいいですよね. 何はともあれいろいろな教訓を学び取った事故となりました.

それにしても痛い.

| | コメント (11)

たまプラーザ

0011_2

月に一度,用事があって,横浜市青葉区にある「たまプラーザ」という街に行っている.

用事が済むと,駅ビルの中に入っているスタバに行く.

駅ビルは吹き抜けになっていて,スタバにも明るい日差しが差し込んでいる. 大変落ち着く空間で,勉強にも集中できる. 

が,この「たまプラーザ」という街には,まだ小さい子供さんのいる若い夫婦が多くお住まいのようで,週末ともなると,スタバにもお父さんとお母さんに連れてこられたチビッコがいっぱいである. チビッコのくせにいっちょまえに春限定「さくらスムージー」なんかを飲んでいたりする. 坊やにさくらスムージーの意味がわかるのかい. 自分が子供の頃といえば近所の不二家でオレンジジュースをいただくくらいだったことを考えると,スタバでさくらスムージーを堪能するたまプラーザのチビッコたちが果てしなく贅沢に思える. というか不二家とか言ってるあたりがまた古い. ところで,そんなチビッコあふれる空間でMacを開いて仕事をしていると,何か前に人影を感じたのでふと見ると,まだ2,3歳だと思われる男の子がわたしのMacをものほしそうにじーっと観察していた. なに見てんのよ! とは言いませんでしたが,いいだろ?わたしのマック?でもあげないよ,と言いたくなってしまったMacを買って多少調子にのっているわたくしです. ちなみにこのチビッコはいっちょまえに抹茶フラペチーノを飲んでいて,お口の周りが緑色に染まっていた. ていうか飲めてないやんか. こんなに抹茶フラペチーノが似合わない人を見たのは生まれて初めてです. やっぱりチビッコは不二家でオレンジジュースくらいがちょうどいいのだと思います. そんなわけで,「たまプラーザ」のスタバは若干チャイルド・ケア・センターと似た雰囲気のあるところで,勉強はあまりはかどりませんでした. やれやれと思ってふと外を眺めると,窓に映ったスタバのロゴにアートを感じたので携帯で撮影した.

外に出ると,自分と同世代だと思われる女性がみんなベビーカーを押して通りを歩いていることに気づく. なんなんだこれはベビーカーだらけではないか. おそらく「たまプラーザ」という街は新興住宅地で,この数年の間に30代の若い夫婦が押し寄せて引っ越してきているのかもしれない. 周りの女性がみんなベビーカーを押している中,自分だけベビーカーを押していないというのは,クラスのみんなが逆上がりができるのに一人だけできなかった小学一年生のときと同じ現象であるように思えてきた. 両親に鉄棒を買ってもらって家で黙々と練習した結果逆上がりはできるようになったけれど,ベビーカーを買ってベビーカーが押せるようにはなるのだろうか. 中に何を入れるかという問題を考えなければ押すこと自体はそんなに難しいことではないのだろうけれど. もうこうなったらベビーカーの中に本とかMacとか詰め込んじゃいますかね. 鞄で運ぶよりもベビーカーの方が体にかかる負担は少ないような気がするし,軽いエクササイズにもなりそうである. というか,そんなベビーカーあるんかい!ってたまプラーザの奥様たちに突っ込まれること請け合いです. 

このように「たまプラーザ」という街は,スタバがチャイルド・ケア化していたり,抹茶フラペチーノがうまく飲めなくてお口の周りが緑色に染まっている人がいたり,通りを歩いている女性がみんなベビーカーを押していたり,ベビーカーの中に本とかMacを詰め込んでいる人が一人だけいたり(まだ実行には移してない)と,何やら他の街では見られないような独特の雰囲気があるところだと思う. 

独特といえば,この「たまプラーザ」というネーミングにも触れる必要があるだろう. わたしは関西出身なので,ここに来るまで「たまプラーザ」という街の存在を知らなかったわけだが,初めて「たまプラーザ」という名前を聞いたときは,「たま」ってなんだ?という疑問を持った. まさかタマホームのタマちゃんじゃありませんよねとか思っていたら,「多摩」の「たま」だということを知る. こちらは比較的容易に解決したが,問題は「プラーザ」の方である. たまプラーザの「プラーザ」はなぜ「プラザ」じゃだめで,「プラザ」と一音節伸ばさなくてはならないのかその理由を知りたいと思うのである. ちなみに,町田駅の北側には「町田わくわくプラザ」という建物があるが,この「町田わくわくプラザ」の「プラザ」と「たまプラーザ」の「プラーザ」とは質が異なるものなのだろうか,それとも同じなのだろうか. この疑問は,「町田わくわくプラザ」はなぜ故に「わくわく」なのか?という疑問に相当する不透明さがあって,考え始めると気になって気になって夜も眠れないわたくしである. というか寝てますけど. わくわくー.

こんなくだらないことについて延々しゃべり続けられるというのはある意味研究者としての資質があるということなのかもしれない. 本を詰めてベビーカーだって押せちゃいます. たまプラーザについてさらに解明すべく,これからもこの街に月に一度通い続けたいと思う. 

| | コメント (8)

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »