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curiosity and innocence

Dscf3514

池で泳ぐ鯉をじっと見つめる女の子. なにを思っているのだろう.

何かひとつの事象に対する純粋な好奇心. そして探究心. それがどんどん薄れていっているような気がする.

大学で働いているので研究が仕事のひとつなのだけれど,最近は,純粋な好奇心からというよりも,仕事だからやっているという感じがする. 仕事とはそういうものなのかもしれないけれど.

そもそも今の研究を始めたのは,「人間のリテラシー能力をどう育てるか」という問題に対する好奇心からだった. その問題に対する好奇心は今も失われていない. しかしながら,人間の能力の伸びというものは,「これをやったからこれだけ伸びました」と言えるような単純なものではなく,また,試験の点数だけでは測定できないものもある. もしかすると,数値化できない部分の方が本当は重要である可能性がある. そんなことを強く感じるようになるにつれ,そもそもの研究のfeasibilityについて疑問を感じるようになった. 人間のリテラシーの発達に,ある教授法が有効かどうかなんて本当に実証することができるのだろうか.

最初から「有効だ」という仮説があり,そこに何としてもたどり着くようにデータを解釈する. 自分のやっていることはただのコジツケに過ぎない,ということを考えるときもある. 

そもそも個人の持つ能力とその成長というものは,教室の中での学生との対話とか,毎日の何気ない触れ合いの中で,教員が感じ取るものなのだ. その,「私が感じ取れたもの」はt検定とかANOVAとかMANOVAとかで検定しても数値には反映されないと思う.

そんな矛盾を感じつつ,今日も研究をこつこつと続けていくのだろう. なぜなら,これが「仕事」だから.

橋から身を乗り出して鯉を観察していた女の子のように,純粋な好奇心で打ち込めるものが研究であるべきなのだろう.

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コメント

そういうのを、「研究の為の研究」というんですよ。
何の意味もない研究をやる研究者が多過ぎる!!
時間と金の無駄遣い!

投稿: 匿名希望 | 2010年2月23日 (火) 06:56

匿名希望さま,

「何の意味もない」とは私は思っていません.
自分の教授法の改善に還元できる発見もあるからです.
その発見に至るには時間がかかります.
その時間を私は決して「無駄」とは思っていません.
そして,研究にかかるお金は必要な投資であると私は考えています.

投稿: satchy | 2010年2月23日 (火) 08:49

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