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こころ

Oct2_001 読書の秋にすばらしい作品に出会ってしまった.

 夏目漱石の『こころ』だ.

 少し読んでみて,その文章の格調高さと美しさに驚く. 

 一つ一つの言葉が,そして一文一文がじわじわと心に染み渡ってくる.  

言葉や文章が情報を伝達する以上の意味を持っているという大切なことに改めて気づかされる. 

今日,特に心を動かされたのは,「私」と「先生」が「若葉に鎖されたようにこんもりした小高い」丘を散歩していたときの次の情景だ.

『芍薬(しゃくやく)も十坪あまり一面に植えつけられていたが,まだ季節が来ないので花を着けているのは一本もなかった. この芍薬畑のそばにある古びた縁台のようなものの上に先生は大の字なりに寝た. 私はそのあまった端の方に腰をおろして煙草を吹かした. 先生は蒼い透き通るような空を見ていた. 私は私を包む若葉の色に心を奪われていた. その若葉の色をよくよく眺めると,一々違っていた. 同じ楓の樹でも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった. 細い杉苗の頂に投げかぶせてあった先生の帽子が風に吹かれた落ちた』(p. 82).

先生が見ていた「透き通るような蒼い空」と,私を包む「若葉の色」と,風に吹かれて落ちた「先生の帽子」が,ありありと目に浮かんでくる. このほんのり心に染み入る巧みな情景描写. なんて素敵なんだろう.

明治時代を生きた夏目漱石と,今,平成時代を生きている自分が,途方もなく長い時空間を超えて一つのものを共有できていることにも感動してしまう.

夏目漱石の作品が国民文学と言われる理由が大人になった今になってやっと理解できたような気がする. 

『こころ』を読んだのはこれが初めてではない. 初めて読んだのは中学生のときだったような気がするし,その後も何度か読んだような記憶があるけれど,今のような気持ちにはならなかった. 言葉や文章が情報を伝達する以上の意味を持っているというのは,まさにそういうことなのかもしれない. つまり,言葉や文章の意味とは自分自身の歴史の映し出す鏡なのだと.

夏目漱石と同じ言語を母語として共有できたことはとてもありがたいことだとしみじみ思う.

他の作品も読んでみたい.

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