magnum opus
ムラカミさんの新作,『1Q84』.
どの書店に行っても売り切れでなかなかお目にかかれなかった. 昨日たまたま通りかかったOdakyu BOOKMATESで入荷しているのを発見した. ようやく手に入ってとてもうれしい.
ムラカミさんの新作を手にして,ムラカミさんのような作家と同じ時代を今現在自分が生きていて,ムラカミさんの新作をすぐに書店に買いに行くことができるってもしかしたらすごいことなのかもしれない,と改めて思った. たとえば,あと50年,あるいは100年が過ぎても,ムラカミさんの作品は書店に並び続けるであろう. そのムラカミさんの新作が出版と同時に読める,というのである. やっぱりすごいことだと思う.
ムラカミ・ハルキ文学は「世界的である」と言ってよいと思う. 英語,フランス語,ドイツ語,ロシア語,中国語,韓国語,ハンガリー語,フィンランド語,デンマーク語などに訳されており,その語種は年々増加している,という.
わたしが留学していたオーストラリアのモナシュ大学には,ムラカミ・ハルキ文学を研究しているオーストラリア人大学院生がたくさんいたし,ハワイ大学にも,ムラカミ・ハルキ文学を研究しているアメリカ人大学院生がたくさんいた. ある一人の作家の小説作品の価値が日本を越えて世界中の人々に認められ,それを研究対象にしようとする文学者が世界中にいる,という現象はとてもすごいことだと思う. ムラカミ・ハルキの作品には,世界中の人々に共感される何か原型的なものが描かれている,ということなのかもしれない.
内田樹先生は,「世界的レベルの作家」について次のように述べている.
すぐれた作家というのは無数の読者から「どうして私のことを書くんですか?」といういぶかしげな問いを向けられる. どうして私だけしか知らない私のことを,あなたは知っているんですか? というふうに世界各国の読者たちから言われるようになったら,作家も「世界レベル」である.
自分の脳内にあるもの,でもそれが何であるか言葉にできなくてモヤモヤしている人は意外に多いのではないかと思う. それを言葉にできるのが内田先生の言う「世界的レベルの作家」であり,そのモヤモヤが,ムラカミ作品の中で描かれる「世界中の人々の共感される何か原型的なもの」なのかもしれない.
今日のThe Japan Timesの書評欄は,偶然にも,ムラカミさんの『1Q84』についてだった.
予備知識が入ってしまうと読む楽しみがなくなるのでざっとしてか読んでないけれど,書評の最後に,「『1Q84』は,ムラカミさんの"magnum opus"になるだろう」と書かれていた.
"magnum opus",つまり,「最高傑作」,「終生の大作」という意味である. ひょー.
今日,行きの電車の中で最初の5ページほどを読んだ.
青豆さんって人が出てきた. この名前は,ムラカミさんが居酒屋メニューを見ていて思いついたのだと何かのテレビ番組で言っていた. 枝豆さんでも空豆さんでもなくて青豆さんにしたところにムラカミさんのすごさを感じる. さすが世界のムラカミだ.
もったいないので青豆を食べるみたいにちびちび読むことにしよう.
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コメント
突然のコメント失礼致します。
失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
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もしよろしければ、こちらのページから相互リンク登録していただけましたら幸いです。
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今後ともよろしくお願い致します。
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投稿: sirube | 2009年7月 5日 (日) 17:39