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両立

前期が終わって授業計画のプレッシャーから解放されたせいか,4か月分の疲労がどばっと一気に襲ってきた感じがする. この4ヶ月間,深夜1時頃寝て朝5時に起きる生活だったので,慢性の睡眠不足になっているのかもしれない. 何となく体がだるくていつも眠い. 

授業期間が終わって少し気が緩むといつもこのような症状になる. せかせかと忙しくしている方が体調がいい気がする. 

昨日は夜10時頃自宅に着いて,ごはんを作ってごはんを食べて新聞を読んだりしていると眠くて眠くて仕方なくなってそのままソファで眠ってしまい,気がついたら朝になっていた. 食器が溜まったままの流し台を見て,自己嫌悪に陥る. 水まわりはいつもきれいにしておきたいので,すごくいやな気分になってしまう. 

今回のことも含め家の中の仕事というのはエンドレスだとしみじみ思う. きれいに掃除機をかけて家を出ても帰ってきて翌朝床を見ると,ほこりが落ちていたり髪の毛が落ちていたりする. 流し台もどんなにピカピカに磨いても,一度料理すると汚れてしまう. これらを放っておくと家の中は"chaos"状態に陥る. このように家事というのはエンドレスな作業であり甘い気持ちでできるものではないのである. 子育てをしながら,あるいは外の仕事と両立させながらきちんと家事をこなしている世の中の女性のことをわたしは心から尊敬する. 二つの物事を両立させるという能力が自分には著しく欠落しているような気がする. 

そういえば先日たまたまテレビをつけると『隣の芝生』というドラマをやっていて,家庭運営の難しさを扱っているドラマだったので思わず最後まで見てしまった. 橋田壽賀子さん脚本のドラマらしく,嫁と主人,そして姑の間で繰り広げられるさまざまなバトルを描いているのだが,自分がこの家庭の嫁だったら間違いなく追い出されているだろうと思ってしまった. 追い出されるというか夜逃げしているかもしれない. いちばん衝撃だったのは,この家庭ではまず嫁は外に働きに出ることが許されないというところだった. 嫁が外に働きに出ることは「うちのだんなさんは甲斐性がない」ということを世間に知らしめる行為なのだという. だんなさんがお嫁さんに向かって「外に働きに出るなんて俺に恥をかかす気か!」と怒鳴ったとき,こいつしばいたろかと思ってしまった. こんなわたしはやはりお嫁さんになることには向いていないのかもしれない. ぜったいしばいたる. 

あともう一つ衝撃だったのは,子育てをお嫁さんに丸投げしているところである. 子供に何か問題があると,「これは母親の責任だ」とか「母親のくせに一体何をしていたんだ」とか言ってお嫁さんを怒鳴るのである. しまいにはお嫁さんに暴力をふるったりして,それを見たときには,おまえ蹴ったろかと思ってしまった. こんなわたしはやはりお嫁さんになることには向いていないのかもしれない. というか父親にだって責任はあるんとちがうんかい. ぜったい蹴ったる. キーックじゃーキックをくらうのじゃ.

家事や家庭運営,そして大学の仕事,博士論文を書き上げて学位を取ること,業績を増やすこと,これらをうまく両立させることができればいいけれど,自分にはやはり難しいかもしれない. 家庭を持ってもしだんなさまに「外で仕事をすることは許さない」とか言われたらおまえしばいたろかと言ってしまいそうだし. 蹴ったろかと言うかもしれないけど. どっちでもいいけど. とにかく,流し台に食器を溜めたまま眠ってしまったことを反省しつつ,両立の難しさを身にしみて感じてしまった. そしてため息. この頃よくため息をついてしまう. 

July25_003July25_009  メルボルンにいるお友達がギフトを贈ってきてくれた. 

 このお友達も異国の地でいろいろなことを両立させて頑張っている人である. 外国というだけで大変だと思うのにどんなことからも逃げずに立ち向かっていて,そしてこうやっていつも人のことを気遣ってくれて本当にすごい人だと思う. 

こんなふうになれたらいいなと思うけれど.

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bribe 2

試験期間に入った.

今日で担当している8クラスのうち5クラスの試験が終わった. 「問題用紙が3枚あります」と言うと,すごいブーイングが起こる. どうもすみませんね. というか3枚くらいでブーブー言うなんてまだまだコブタ・レベルである. というかヒヨコかな. どっちでもいいけど. ブーブーピーピーうるさいのである. 人生の曲がり角にはこうやって思わぬ不幸が待ち受けているのだということをコブタヒヨコたちに学んでもらわなくてはならない. ブーブーピーピー.

問題が多いとその分,採点だって大変なのである. 来週末までには終わらせたいのでオフィスにこもって必死になって採点している. 明日3クラス分の試験が上がってくることを考えると(それに加えてレポートもある),今週と来週はちょっとゆううつである. みなさんが100点を取ってくれたら採点はとても楽になるのだけれど. あいにく100から引く数がとても多くなるので(小数点があったりするし)計算も大変で時間がかかりっぱなしなのである.

そんなことをブーブーピーピーぼやいていると,2年生の新潟県出身K君がオフィスにやって来た. 何の用でしょうかね. 手にはどこかのスーパーのものだろうと思われる白いビニール袋を提げている. 買い物帰りの奥さんかい. 先日の宮古島出身K君が持っていたドンキの黄色いビニール袋に続いて,今度は白いビニール袋である. ビニール袋提げて先生のところに参上するのがこの大学の流行なのかもしれない. どんな流行や.

「今日はどうしたの?」とたずねると,「実は賄賂を持ってきました」とK君.

またかい!

やっぱりこの大学はどうかしている. 相当なツワモノがそろっていると見た.

先日の宮古島出身K君と同様,新潟出身のK君からも白いビニール袋をまるで殿様に年貢を納める農民のごとく深々と頭を下げて渡される. おぬしもわるよのう. そんなふうに渡されると受け取らざるを得ないので,中をおそるおそるのぞいてみた. 何が入っているのだろう.

July3_005_2

 ・・・

 柿の種かい!

 おーい.

 なんでそうなるのでしょうか.

 何か変な感じがするのだが何が変なのかよく分からなくなってきました.

わたしが存在しているこの世界は2009年ではなくて200Q年なのかもしれない. 青豆さんが1984年から1Q84年に迷い込んでしまったように. 柿種さん. 200Q年に迷い込んでしまった柿種さんが大学で数々のツワモノに出会うという小説を書いてみるというのはどうだろうか. 虚構ではなく事実を伝えることによってこんなツワモノが本当に存在するのですねと読者に衝撃を与えられるという点では,村上春樹を超えられるかもしれない. かきたねさーん.

この柿種さんはK君の実家のある新潟県のおみやげということだった. というか試験期間中に帰省するなよっちゅう話だが.

柿種さんはありがたく受け取りましたけれども. 受け取ったんかい.

200Q年から2009年にカムバックしなければならない. 

採点がんばれ.

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bribe

昨日は今学期最後の授業だった. 

授業が終わった後,沖縄・宮古島出身の南国青年K君が,ドンキホーテの黄色いビニール袋を大事そうに抱えてわたしのところにやって来た. 何かと思ったら,「今学期は本当にお世話になりました.ありがとうございました」と挨拶してくれる. そして,ドンキホーテの黄色いビニール袋を差し出し,

「これは賄賂です.これでどうか,どうか,どうか僕の英語の成績を『優』にしてください」

と,まるで殿様に年貢を納める農民のごとく,深々と頭を下げる. どうかどうかどうかって3回も言っていたよ. おぬしもわるよのう. とのさまー. 

というか,わたしは殿様じゃない. というか,賄賂って. 成績を『優』にしてもらうために教員に賄賂を渡すなんてあるまじき行為である. 絶対に受け取りませんよ. というか,K君のように,賄賂を「これは賄賂です」とあえて明示的に言う人ってあんまりいないような気がした. 建設会社の談合汚職というのがよくあるけれど,「これは賄賂です」と言って包みを役人に渡す人はいないと思うのである. 賄賂というのは暗示的に相手に差し出すもので,あえて「これは賄賂です」と明示的に言わないからこそ意味があるように思うのである. そこは黙って渡してほしかったね. いや,そういう問題じゃないんだが. 

K君が「賄賂」と呼ぶそのドンキホーテの黄色いビニール袋の中には一体何が入っているのだろうか. まさか現金じゃないでしょうね. それとも本当に年貢米だったりするのだろうか. とのさまー. いずれにしても,賄賂は受け取りませんよ,成績も『優』は無理ですよ(いくらがんばっても),とはっきりK君に伝える. すると,K君は幾分あきらめた表情を浮かべつつ,それでも最後の手段に賭けてみるという感じで,「でも,とりあえず黄色い袋の中を見てみてくださいよー」とまた懇願してくる.

July22_003_2  あまりにK君が懇願するので,ドンキの黄色い袋の中をおそるおそるのぞいてみた.

 すごくいい香りがしてびっくりする. 

 宮古島の完熟マンゴー「ひらら」が入っていたのである.

 わー.

K君のご実家で育てているものらしく,ご両親が送ってきてくださったのだという. この賄賂青年のご実家はマンゴー農園を経営しているということなのだろうか. さては,これまで何度となく教員に賄賂マンゴーを渡してきたのだな. 彼の学歴はマンゴーによって成り立っているのかもしれない. おぬしもわるよのう.

宮古島産マンゴー「ひらら」というと高級品で,贈答品として買う人が多いのではないかと思われる. 市場価格もそれなりのもので,おそらく,ハワイのドンキホーテで売られていた1個1ドルの安物のマンゴーとは比較にならないくらいのお値段で流通しているのではないだろうか. そんな高級品,宮古島マンゴー「ひらら」は,ずっしりと重く,ものすごく甘くていい香りがした. 年貢を受け取った殿様になった気分だ. とのさまー. これ好きですね.

「賄賂は受け取りませんよ」とかなり明示的にK君に伝えたものの,「ぜひ食べてください」とK君がまた懇願するので,結局受け取ってしまった. 受け取ったんかい. というか,賄賂性は極めて低いようであることが判明したこともあり. 帰りは,ドンキホーテの黄色いビニール袋を下げて家に帰りました. いつも思うのですがなぜ黄色なのでしょうか. そういえば,ハワイのドンキホーテの袋も黄色でした.

宮古島マンゴーは本当にいい香りがして,自宅は今マンゴーの甘い香りであふれている. 

K君には『優』を出してあげるべきだろうか.

いや,マンゴーにつられてはいけない.

そういえば,オーストラリアのモナシュ大学で日本語を教えていたときにも同じようなことがあったのを思い出した. 試験の前日に,オーストラリア人学生のJ君が賄賂を持ってきたのだ. おかしいのは,そのときJ君も"This is a bribe.(これは賄賂です)"と言っていたことだ. そのときJ君が持ってきた賄賂が,「一平ちゃんの夜店の焼きそば」(明星食品)だったことはいまだ謎に包まれているのだけれど. なぜJ君は賄賂として一平ちゃんをセレクトしたのだろうか. まぁくれるというので受け取りましたけども. 受け取ったんかい.

いずれにしても,「これは賄賂です」は,試験前に教員と学生の間で交わされる,言語や国の違いを超えたユニバーサルな文言なのかもしれない. 

試験がんばってほしい.

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藤原ワールド

July21_005_3  補講日で授業がなかったので,午前中に試験問題を完成させ,午後から日経新聞社主催のシンポジウムに出席してきた.

 場所は東京・大手町の経団連会館.

 経団連会館に足を踏み入れるなんてまたとない機会なので(これが最初で最後かもしれない),一応記念写真を撮っておいた. 看板しか写ってないけど. 

シンポジウムのタイトルは,『ゲームが開く学びの世界』.

最近のNintendo DSブームは,教育業界にも影響を与えていて,ゲームを取り入れる学校が年々増えてきているという. 英語だと,『英単語ターゲット』とか『もっと英語漬け』のようなソフトが授業に取り入れられ,その教育効果が報告され始めている(効果をどうやって測定したのかについては疑問の余地が残るが). こうした教育学習向けのいわゆる「シリアス・ゲーム」は「現代の知的複合体」とまで呼ばれるようになっている. ゲームを授業に取り入れることについては反対意見も多いけれど,もし本当に「知的複合体」としての効果があるのだとしたら,その利点は無視するべきではないと個人的には思っている.

この頃,e-ラーニングに興味を持っていることもあり,何か授業や研究のためのアイデアが得られるかもしれないということで参加してきた. あとは,前・杉並区立和田中学校校長の藤原和博先生の基調講演もミーハーなわたしとしては気になるところだったし. 

最初の1時間は,藤原先生の基調講演. 「ゲーム的な学び」がいかに重要であるかについてのお話. 「ゲーム的な学び」とは,指名した人だけが思考し発言するのではなく,クラス全員に同時多発的に思考を起こし,クラス全員に同時多発的に発言させる,という全員参加型の学習方法のこと. この「ゲーム的な学び」を実現するための具体的な方法についていろいろと話していただく. 具体的な方法とは,ロールプレイ,シミュレーション,プレゼン,ディベートなど. つまり,藤原先生の言う「ゲーム的な学び」というのは,ゲームソフトそのものを使う学びのことではなく,「同時多発的に思考を起こすような学び」のことを意味しているのだと分かった. とてもおもしろいと思った.

わたしが教えている学生さんはおとなしくてあまり発言しないし(日本人の特徴なのかもしれない),指名すると顔を真っ赤にして黙り込んでしまう人もいたりするので(なんで真っ赤になるのでしょうか,シャイすぎます),藤原先生のおっしゃる「同時多発的に思考やプレゼンを起こす『ゲーム的な学び』」から自分の授業を改善するヒントをもらえた気がした. 

それにしても,藤原先生はお話がすごく上手なのでびっくりした. オーディエンスの心をがしっと掴み,藤原ワールドに引き込む技に長けていらっしゃる. ときどき冗談を言って笑いを取っていて,年輩のおじさま方がお腹をかかえてあーはっはっはっと笑っていた. そんなにおもしろくはなかったと思うけどね. それはともかく,オーディエンスがお腹をかかえて笑うくらいのネタを持っているなんて,エンターテイナーを目指しているわたしとしてはちょっと悔しかったりもした. エンターテイナー目指してるんかい. なんだか,「ゲーム的な学び」がどうこうというよりも藤原先生そのものがゲームソフトみたいだと思った. 小さいお体で舞台の上をピコピコ動き回っていらっしゃったし. ポケモンかい. 違うか.

藤原先生の基調講演の後は,他の3名の先生方を交えてのパネル・ディスカッション. 他の3名の先生方が喋りだすと,オーディエンスがグーグー眠り始めた. いそいそと退場する人もいたりして. でも,藤原先生が話し始めると,みなさんパッと目を覚まし,またまた藤原ワールドに引き込まれる. とても不思議な現象だと思った. 話術に長けていると,同じ内容でもオーディエンスへの伝わり方が全然違ってくる,ということを実感した. 人前で話したり教えたりする仕事では,伝える「内容」そのものと,伝え方,つまり「話術」の二つを兼ね備えておくことが大事なのかもしれないと思った. 

これまでどちらかというと,こういう話術に長けた人を見ると,なんかちょっとうさんくさいとかちょっと教祖様っぽいとか思って引いてしまいがちだったのだが,藤原先生のお話は納得してしまうことが多く,知らぬ間にすっかり藤原ワールドに引き込まれてしまったわたくしである.

講演の最後に,20世紀の教育は「正解主義,情報処理力」が求められていたけれど,21世紀の教育は「修正主義情報編集力」が重要になる,と藤原先生. 答を暗記するのではなく,子供たちが自分のビジョン,世界観,将来像を作り出せるような学びを促進すること. これも納得してしまった. 

藤原ワールドに引き込まれてしまった一日.

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福岡から

July13_005 福岡のアルデュール(ARDEUR)というお店のマカロン.

 福岡在住のK先生ご夫妻に送っていただく. 

 お二人のお心遣いとお二人の優しさが心に染みた.  

 K先生ご夫妻とはハワイ大学で知り合い,仲良くしていただいた. ハワイ大学留学中,わたしにとってお二人はいろいろな意味で大変貴重な存在だった. お二人と同じ時期にハワイ大学に留学できて本当によかったと思う. もし一,二年前とか後に留学していたらK先生ご夫妻に出会えなかったと思うと,自分はつくづくよいタイミングでハワイに留学したと思う. このご縁はこれからもずっと大切にしていきたい.

この6月に無事ハワイ大学大学院を修了され,日本に帰国されたK先生ご夫妻. おめでとうございます. 日本でまたこうしてお二人とつながっていられることがとてもうれしい.

ちょっと先生の声が聞きたくなって電話をしてみた. 久しぶりに先生の声を聞いて,わー先生の声だーーと思った. 懐かしい声を聞いて,ハワイの思い出がぶわっとよみがえってきた. そして,日本でこうして先生と電話で話していることが不思議に思えた. 先生の声を聞いていると福岡まで会いに行きたくなってしまった. というか,どんだけ好きなんでしょうか. ちょっとキモチワルイと思われてしまうかもしれない. でも大好きです. にゃー.

アルデュールのマカロンは美しすぎて食べるのがもったいないと思ったけれど,せっかくいただいたものなので,今日,仕事中に一ついただいた. 外はふんわり中はしっとり,果物のいい香りがして,とても優しい味がした. K先生ご夫妻のような優しい香り. やっぱりキモチワルイ. にゃー. 

学期末でかなり忙しくなってきた今日この頃. 来週から試験なのに試験問題を作っていないという深刻な問題に直面している今日この頃. マカロンの優しい味が体にじわーと染みました. 体が疲れているときのこの一口. 心が満たされる瞬間です.

ありがとうございます.

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ジョソウ

July13_008_2  夜7時すぎ,大学のオフィスから.

 夕焼けがとてもきれいでした.

 ハワイで授業が終わった後によく見に行ったワイキキ・ビーチの夕日を思い出した. なつかしい. 

 いつも心にぽっかり穴が開いたような気持ちで眺めていたハワイの夕日. また夜が訪れそして明日がやって来るのかとため息をつくことも多かった. でも,今は,ぜんぜん違う気持ちで夕日を眺められる. 孤独であることには変わりはないのだろうけれど,心に穴は開いていないような気がするし,明日が来るのが楽しみでもある. 

なんだかんだ言って仕事は楽しいのかもしれない.

学生さんはあまり学力は高くないが,かわいくて,素直で,元気で,いい子が多くて,毎日会えるのが楽しみになってきている. 今の自分にとってはかけがえのない存在なのかもしれない.

今日は,S君という男子学生が,左腕を骨折したとかで包帯をグルグル巻きにして教室に入ってきた. 「どうしたの?」とたずねると,S君は恥ずかしそうに

ジョソウ中に崖から落ちまして…」

と答えた.

この「ジョソウ」というのが最初何のことか分からなくて,とっさに,女装中のS君が崖から落ちていく姿を想像してしまった. 崖から落ちる女装中の男子学生. 一体どんな格好をしていたのでしょうか. こんな真面目そうな顔して世の中分からないものです. というか,救急車で運ばれたらしいけど,崖から落ちてきた女装中の男子学生なんて救急隊員もびっくりですね. あ,こいつ女装してる!とか言ったりして. いやーおもしろいおもしろすぎる,とか思っていると,

「そっちじゃなくて,草を除くほうの除草です」

とS君. 

なるほど,女装じゃなくて除草中に崖から落ちたのですね.  

日本語は同音異義語があるのでややこしい. というか,だいたい分かれよっていう話もありますけども. というか,除草中に崖から落ちるって一体どんな草の抜き方をすれば崖から落ちるのか気になるところではあります. 除草作業というのはそんなに命がけの作業なのでしょうか. そして,S君がなぜ崖で除草していたのかも気になりました. なぜ「崖」なのでしょうか. なんだかおもしろすぎます. 本人は骨折していらっしゃるし,大変危険な目にあったことを考えると,笑いのネタにしてはいけないのですが. 

S君の左腕が早く治りますように. 

とお祈りしつつ,女装中のS君が崖から落ちていく姿を想像してまた吹き出してしまったわたくしである. 

とってもくだらないがとっても楽しい.

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さくらんぼと上司

July3_002  いつもニコニコしているけど,ニコニコしながらさりげなく仕事をふってくる上司の先生からさくらんぼをいただく.

  箱いっぱいにつまったさくらんぼはかわいくてほのぼのしていて癒された. いつもニコニコしている先生のイメージにぴったりのさくらんぼだ. さくらんぼ先生. というか,見た目は普通のオジサンなんだけど. カモーン.

まぁ仕事をふられるのは仕方がないことだし,今は修行中の身なので,すべて勉強だと思って自分の糧にしていかなくてはいけない. そういう面で,勉強の機会を与えてくださるさくらんぼ先生には感謝をしている. だからさくらんぼ先生じゃないって.

わたしは今の組織で上司に恵まれていると思う. 同じ「仕事をふる」にしても,その中にはパワハラ的な行為が含まれていることも少なくない昨今である. 特に大学という組織では. 前の職場では「パワーの行使の仕方」をよく分かっておられない女性上司が直属の上司だったりして,それなりに大変な思いもしたので,それに比べると今は天国である. その女性上司の方がさくらんぼを差し入れするというような図はどうしたって考えられないのである. さくらんぼ先生とかありえない. きもちわるくなってきた. カモーン. 

いつもニコニコしている今の上司の先生は,お歳はたぶん50歳半ばくらい. 英語だけでなく,フランス語と中国語も流暢にお話になる方である. オフィスが隣同士なのだが,ときどき日本語じゃない言語で電話で話しているのが聞こえてくる. 「先生は何語をしゃべっているんだろう」と思って耳を澄ましていると,電話を切るときに「シェイシェイ!」って叫んだので,そのときに「あっ中国語なんだ」と分かった. シェイシェイしか分からなくてどうもすみませんね. メルシーボク. それはフランス語や.

先生はさらに仏教の研究もなさっている. その関係でサンスクリット語の読み書きもできるらしい. 大学の教養課程の先生というのはこのくらい幅広い知識と教養を身につけていないといけないのだなということを先生と出会って痛感したし,自分の未熟さと知識のなさを思い知らされた. わたしには一体何ができるのだろうと思ってしまう. 

今日のお昼はアメリカ人の非常勤の先生も交えて最近見た映画の話なんかをしていたのだが,先生に「最近見た映画は何ですか?」とたずねると,『道元』と答えていた. 『道元』ってあのお坊さんの道元ですよね. さすが仏教の研究をしているだけあります. そんな映画があったことさえ知らなかったわたしです. というかアメリカ人の先生は"What's Dogen?"(ドウゲンって何よ?)と言ってましたけど. まぁドウゲンを知っているだけアメリカ人よりは上のレベルにいれたのでよかった. というかやっぱり言ってることのレベルが低いです. 自分の未熟さを思い知らされます. ちなみに私が最近見た映画(DVD)は『ラブ・アクチュアリー』でした. 恥ずかしくて先生にはとても言えませんでした.

教養あふれる人になりたいと思います. 今週末は『道元』のDVDでしょうか. うーん.

さくらんぼは甘くてとてもおいしかった.

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magnum opus

July5_004  やっと手に入った.

 ムラカミさんの新作,『1Q84』.

 どの書店に行っても売り切れでなかなかお目にかかれなかった. 昨日たまたま通りかかったOdakyu BOOKMATESで入荷しているのを発見した. ようやく手に入ってとてもうれしい.

 ムラカミさんの新作を手にして,ムラカミさんのような作家と同じ時代を今現在自分が生きていて,ムラカミさんの新作をすぐに書店に買いに行くことができるってもしかしたらすごいことなのかもしれない,と改めて思った. たとえば,あと50年,あるいは100年が過ぎても,ムラカミさんの作品は書店に並び続けるであろう. そのムラカミさんの新作が出版と同時に読める,というのである. やっぱりすごいことだと思う.

ムラカミ・ハルキ文学は「世界的である」と言ってよいと思う. 英語,フランス語,ドイツ語,ロシア語,中国語,韓国語,ハンガリー語,フィンランド語,デンマーク語などに訳されており,その語種は年々増加している,という. 

わたしが留学していたオーストラリアのモナシュ大学には,ムラカミ・ハルキ文学を研究しているオーストラリア人大学院生がたくさんいたし,ハワイ大学にも,ムラカミ・ハルキ文学を研究しているアメリカ人大学院生がたくさんいた. ある一人の作家の小説作品の価値が日本を越えて世界中の人々に認められ,それを研究対象にしようとする文学者が世界中にいる,という現象はとてもすごいことだと思う. ムラカミ・ハルキの作品には,世界中の人々に共感される何か原型的なものが描かれている,ということなのかもしれない. 

内田樹先生は,「世界的レベルの作家」について次のように述べている.

すぐれた作家というのは無数の読者から「どうして私のことを書くんですか?」といういぶかしげな問いを向けられる. どうして私だけしか知らない私のことを,あなたは知っているんですか? というふうに世界各国の読者たちから言われるようになったら,作家も「世界レベル」である.

自分の脳内にあるもの,でもそれが何であるか言葉にできなくてモヤモヤしている人は意外に多いのではないかと思う. それを言葉にできるのが内田先生の言う「世界的レベルの作家」であり,そのモヤモヤが,ムラカミ作品の中で描かれる「世界中の人々の共感される何か原型的なもの」なのかもしれない.

July5_007 今日のThe Japan Timesの書評欄は,偶然にも,ムラカミさんの『1Q84』についてだった. 

 予備知識が入ってしまうと読む楽しみがなくなるのでざっとしてか読んでないけれど,書評の最後に,「『1Q84』は,ムラカミさんの"magnum opus"になるだろう」と書かれていた.

"magnum opus",つまり,「最高傑作」,「終生の大作」という意味である. ひょー.

今日,行きの電車の中で最初の5ページほどを読んだ.

青豆さんって人が出てきた. この名前は,ムラカミさんが居酒屋メニューを見ていて思いついたのだと何かのテレビ番組で言っていた. 枝豆さんでも空豆さんでもなくて青豆さんにしたところにムラカミさんのすごさを感じる. さすが世界のムラカミだ.

もったいないので青豆を食べるみたいにちびちび読むことにしよう.

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