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アジサイ

June29_002  近所のお花屋さんの店頭に並ぶ水色のアジサイが気になって仕方なかったのだが,昨日見ると残り一鉢になっていたので,思い切って買うことにした. 「残り物には福がある」と言いますし. ふくー.

 部屋に飾ってみた.

 とてもきれい.

見ているだけで心が和む.

福がありました. ふくふくー.

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地道な努力

June27_005 今学期,週末はライティングのクラスの宿題の採点とコメント付けで終わってしまうことが多い.

 今日もこれから約80名分のレポートを読み,コメントを付ける.

 先週の授業で,「問い合わせ」というテーマでメールを書く練習をしたので,今回の課題はその応用編である. 1つめの問題は,「外国のHISに格安航空券の問い合わせをする」,2つめの課題は,オプショナルとして「satchy先生に(もし聞きたいことがあれば)問い合わせメールを送る(ただし授業で習ったフレーズをできるだけ使うこと)」という設定にした. 「目的を持ったタスク」という点で,一応,TBLT (Task Based Language Teaching)の理論に基づいている.

ライティングのクラスは,上位クラスを教えているので,学生さんのレベルも比較的高く(学内では,という意味だが),11週目を迎えた今は,4月当初に比べると格段に上手になっているような気がする. 

そんな気がするのだが,回収したレポートの一番上の学生さんは,2つ目の問題(satchy先生に問い合わせメールを送る)に対して,"Which do you like better, cats or dogs?" (イヌとネコ,どちらが好きですか?) という「問い合わせ」をしてきた.

うーん.

一応,これも「問い合わせ」になるのでしょうかね.

何だかかわいらしいです. satchyはイヌとネコどちらが好きなのか,ずっと気になっていたのだろう(たぶん). 

しかし,ここの大学の学生さんは,相当なツワモノがそろっているらしいということに気がついてきた今日この頃である. 

私立大学の特徴なのかもしれないが,本当にいろいろなバックグラウンドの学生さんが集まっている. 上位と下位では学力の開きもかなりあり,教える方としては,授業計画,教材作成などいろいろな点において負担が大きい. 一般常識に欠ける学生さんも少なくなく,その奇行に「えっ?」とびっくりしてしまうこともある. が,修行中の身としては大変良い勉強にもなっている.

しらいしさんが「当たり前のことを地道に続ける努力」の大切さについて語っておられた. 最近「なんでこんなことやってるのかな」と思ってしまうことがあるので,この言葉によって本来自分がいるべき場所にぐいと引き戻されたような気がした. 当たり前のことを地道に続ける努力. 今のわたしはこれしかないのである.

「イヌとネコ,どちらが好きですか?」の問い合わせには,

「イヌです」とちゃんと答えよう.

ワンワン.

さぁ仕事だ.

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ちゃぶ台など

日曜日は久しぶりに時間ができてゆっくり新聞を読んだのだが,いくつかおもしろい記事を見つけた.

まず一つ目は,「第3回ちゃぶ台返し世界大会」が,岩手県矢斤市のショッピングセンターで開かれたというニュースだ. お膳が乗ったちゃぶ台を怒りにまかせてオイコラーとひっくり返すちゃぶ台返し. ちゃぶ台返しといえば,『巨人の星』の星一徹がやるものだと思っていたのだが(また古いね),その「世界大会」が開催されたというのだから驚きである. それも「第3回」というからすごい. 3回も続いているのですね. ちゃぶ台も,もはや星一徹を超え,インターナショナルなメタファーとしての地位を確立したということなのだろうか. でも開催地は岩手県のショッピングセンターですけど. それはともかく,この「ちゃぶ台返し世界大会」には,日本各地から集まった男女25名が参加したという. さすが世界大会である. っていうか,みんな日本人かい. なんで世界大会っていうのか気になるけど,まぁそれはいいことにしよう. それはともかく,この「ちゃぶ台返し世界大会」では,ちゃぶ台をひっくり返してその上に乗っていたお膳がどのくらい飛ぶかその「飛距離」を競うのだそうだ. これまたすごいですね. お膳がどびゅーんと飛んでいく様を想像すると心が温まります. というか,あぶなくないのでしょうか. 集まった25人は「こずかいあげろー」とか「早くプロポーズしろー」とか,それぞれ日ごろのうっぷんを晴らすべく好き勝手なことを叫び,あちこちにお膳を飛ばしながら派手なちゃぶ台返しパフォーマンスを繰り広げていたという. 優勝した人の飛距離は一体どのくらいになったのか,というのが気になるところである. 「世界大会優勝」という肩書きは,その人にとってかなりの付加価値になると思う. というか,ちゃぶ台だけど. それにしても,わたしもこの「ちゃぶ台返し世界大会」に出てみたかった. いろいろ叫びたいことはあるけれども,今は,「てめーら中学から出直して来い」みたいなことを叫びたい気がする. 第4回の世界大会を目指してみようかと思う. 来年も開催地は岩手県の矢斤市ショッピングセンターでしょうか. 

二つ目は,「ジャンケンで勝つ方法」である. なんとジャンケンに強くなる方法がある,というのである. 数学的に考えると,グー,チョキ,パーを出す確立はそれぞれ3分の1のはずだが,人間の手の出し方にはクセがあってそれを知っていれば勝てる確立がグーンと高まるのだそうだ. 数学者,桜美林大学の芳澤光雄教授が学生725人を集め,のべ1万1567回,ジャンケンをさせ続けたところ,次のような結果が得られたという. というか,725人もの学生をよく集めましたね. 結果は,最も多いのはグー,次はパー,最も少ないのはチョキだったらしい. つまり,「統計的にはグーが出やすく,チョキが出にくい. だからパーを出せば勝ちやすい」ということらしい. グーが出やすい理由としては,「手の構造上,グーがいちばん出しやすい」,また,「『勝ちたい』と意気込むと,握りこぶしのグーが出やすい」というクセがあるからということが挙げられるらしい. ということは,相手を挑発したり威嚇したりすると,相手がこぶしを握る確立が高くなるので,パーで勝つ確立はグンと高くなる,ということが言える. なんかすごいことを学んだ気がした. ジャンケンで運命が決まってしまう状況も少なくないことを考えると,挑発・威嚇作戦はかなり大きな意味をもつストラテジーと言えよう. なんかすごい必勝法を知った気がして,よし,これからジャンケンのときはまず相手を挑発したり威嚇することから始めようイヒヒとかほくそえんでみたものの,よく考えると,この「挑発」とか「威嚇」ってのをどうやってすればいいのかよく分からないと思った. ジャンケンのときの「挑発」とか「威嚇」ってどんなふうにすればいいのでしょうか. というか,そんな人イヤですよね. そこまでして勝たなくてもいいかなという気になってきました. 

最後は,「カタツムリ」についての記事である. アジサイとカタツムリは梅雨のこの時期の風物詩である. そんな「カタツムリ」だが,呼び方は地方によって,異なり,「デンデンムシ」,「マイマイ」,「ツブリ」,「ミャアミャア」,「ナメクジ」と言ったりする. 地域によっては,カタツムリはナメクジといっしょくたにされてしまうのですね. 塩かけちゃうぞ. 私は神戸出身なのだが,子どもの頃は,カタツムリのことをよく「デンデンムシ」と言っていた. 民俗学者の柳田国男氏の『蝸牛考』は,このカタツムリの異称の分布を記した著としてよく知られているが,柳田氏によると,カタツムリの呼び名は,京都を中心にデンデンムシ⇒マイマイ⇒カタツムリ⇒ツブリ⇒ナメクジのように,日本列島を同心円状に分布するらしい. この柳田氏による方言周囲論は,言語地理学や社会言語学の分野で画期的な発見として取り上げられてきたが,数年前に,この方言周囲論が,「アホ」と「バカ」の分布にも適用できることが分かり,話題となった. これは『探偵ナイトスクープ』という番組が行った調査から得られた結果らしいが,それによると,「アホ」と「バカ」の分布も京都を中心に同心円状を描くように分布しているというのである. つまり,

京都から東に500キロのところと,西に500キロのところでは,「アホ」が好んで使われ,
 
東に1000キロと,西に1000キロのところでは,「バカ」が好んで使われている.

これは柳田国男氏の『蝸牛考』と全く同じ分布である. 

わたしもそうなのだが,関西人は「バカ」より「アホ」を好む. 「バーカ」のように,「バ」と「カ」の間に長音「ー」が入ろうものなら,完全に見下され,全人格を否定されたような気さえしてしまう. 関東では,特に若い男性がよく「おまえバッカじゃねーの」とか言っているのを耳にするが,このように「バ」と「カ」の間に促音「ッ」が入るのも関西人としては耐えられない. しかし,関東の方は,「バカ」からは,それほどの屈辱感を感じないのだという. 同じ日本人でも同じ言語に対して受ける感覚が違うというのはとてもおもしろい現象である. 

「カタツムリ」の記事から,柳田国男氏の『蝸牛考』を思い出し,そして,「アホとバカの分布」について思い出したので,ちょっとまとめてみた. というか,どうでもいいことをすごい勢いで大量に書いている気がする. というか,わたしは日経新聞を購読しているのだが,たまにこうしてゆっくり新聞を読んだ日に,目に留まった記事が株とか為替とかマネー&マーケットじゃなくて,「ちゃぶ台返し世界大会」だの「ジャンケンに勝つ方法」だの「カタツムリ」だのでは,日経を取っている意味があんまりないのではないかという気もした.

学期も終わりに近づいてきて毎日がせわしなく過ぎていくためか,ちょっとストレスがたまっているような気がする. 何かおもしろいことないかなーとかいつも思っていて,「ちゃぶ台返し世界大会」の記事とかに反応してしまったりする. 

June14_009_2  あーひっくり返したい.

 でも,パスタが美味しかったので,衝動は抑えられた. 

 たらことアスパラガスの組み合わせはおいしかった.

 そんな日曜日.

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bear fruit

June7_007   ワイルド・ストロベリーの苗をいただいたので,ベランダで育て始めた.

 数日後に赤い実がなった.

 とてもうれしい.

 小さな赤い実がぶらさがっているその姿を見ると,おいしそうでパクリと食べてしまいたくなる. 食べるんかい. というのは冗談で,あまりにかわいらしいので眺めているだけで幸せな気持ちになれる.

横に咲いている白い小さな小花もかわいくて癒される.

花が咲き,実がなる過程というのはとてもおもしろい. ちゃんと手をかければ,実を結ぶことができるし,放っておくと実を結ぶことなく枯れてしまう. 努力を怠ると成長が止まるという点では,植物も人間も同じなのかもしれないと思う. 

"bear fruit"という言葉が,「(植物が)実を結ぶ」と「(努力が)実を結ぶ」という二つの意味を持っていることにもそれが反映されている.

この頃,研究の方がうまくいっておらず,なかなか実を結ぶことができない. 4月に入ってからは授業準備と大学の雑務に忙殺され,研究の時間が十分に取れないでいる. たぶん睡眠時間を削ってでも,「研究はやらなければならない」のだろうけれど,家に帰るといつもグッタリしていて,食事を作って食べて片づけをしてお風呂に入るとだいたい1時を過ぎているのでそのまま倒れこむようにして眠ってしまう. そして朝になり,そのまま出勤という毎日. とてもまずい状態だと思う. 

勤務時間の8-9割方は授業準備と授業,ライティングの添削,学生との面談に割いている. 毎日学ぶことがとても多い. 研究じゃなくて教育という面では,かなり力を入れられていると思うし,貢献もできているような気がする. が,ストレスを感じることがないわけではない. たとえば,中学生レベルの英語しか身につけずに大学に来てしまった人,あるいは,中学英語の基礎さえも十分に身につけずに大学に来てしまった人が割とたくさんいらっしゃることを発見し愕然とすることがある. そして,大学なのに大学英語じゃなくて中学英語を教えている自分を客観的に見て,わたしはなぜこんなことをしているんだろうとか思うことも正直ある. また,こんな低い学力でも大学に入れるようになった大学全入時代に対して,疑問を感じることも正直ある. できるだけ早く博士論文を完成させ,学位を取り,別の大学へ移って,英語じゃなくて専門科目を教えられるようになりたいという心の奥底にある想いが,ぶわっと湧き上がってくることもある. 

しかし,今のわたしの任務は,この大学の彼らの学力を少しでも伸ばし,英語を好きになってもらい,英語を通して世の中のことを学び,視野を広げ,立派な大人になってくれるよう,彼らを導くことであることも十分分かっている. 

そして,とにかく研究をして業績を出すことである.

ワイルド・ストロベリーが実を結んだように.

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リキッド・マウス

June14_001 新しいマウスを買った.

 Pat Says Now の"liquid mouse"(リキッド・マウス)である. リキッド・マウスなんて何かファンデーションみたいだ. 

 そんなことより,このリキッド・マウスの中にはブルーの液体が入っている. だからリキッドなんだけど. それはともかく,そのブルーの液体の中に何か黄色い物体がプヨプヨ浮かんでいるのである. よく見ると,オレンジ色の口ばしがついている. な,な,なんとアヒルではないか. これはすごい. かわいすぎるではないか. 

自分はどちらかというと慎重な人間な方(だと思う)なので,いわゆる衝動買いというものをしたことがないのだが,このアヒル・マウスだけは,見た瞬間にわたしの心をとらえ離さなかった. そして,即購入することを決意させた. このアヒルが,はるか彼方,スイッッツアーランドからやって来たということも,その価値を倍増させた. スイッッツアーランドである. というか,スイスだけど. Pat Says Nowというのはスイスの会社らしい. 

仕事上,マウスを触らない日は一日もないし,授業のない日は一日中触っていることも多い. たかがマウス,されどマウスである. こんなにかわいいアヒル・マウスがいつも手元にあったら,パソコンを開くのが楽しみになりそうだし,毎日の仕事がはかどりそうである. このちょっとマヌケなアヒルの顔にも癒される. 

実は最近,パソコンを打ったりマウスをクリックすることがちょっと苦痛になってきている. というのも,この大学へ来てから手荒れがひどく,指先がボロボロになっていて,何かに触れるだけで痛いのである. 手荒れの主な原因は,この大学の教室はすべて黒板で,授業を進行するために教員は「チョーク」を使わなければならないという点にある. この「チョーク」という物体は,意外に皮膚を乾燥させる. 肌の弱い教員には大敵なのである. そんなわけで,最近は,ボロボロになった指先を守るため,百円ショップで購入した「白い手袋」をはめ,まるでバスガイドさんのごとく,手を上げたり下げたりしながら授業を展開している. 「あちらに見えますのは○○でございます」とか言ったりして. 結構気に入ってるやんか. というのは冗談だが,最近は白い手袋がないとパソコンも打てない状態になっていて,デスクワークをするのが億劫になってきている. 黒板とチョークを廃止し,ハワイ大学のようにホワイトボードとマーカーにしてくれたら手荒れに悩まされずに済むのにと思ったりする. イギリスの教育現場で最近登場した電子黒板というものも,日本でぜひ導入してもらいたいと思う. が,そんなことをあーだこーだ言っていてもどうしようもない. 今のわたしは黒板とチョークと戦うしかないのである.

そんな中,このアヒル・マウスに出会えたことで,ちょっと明るい気持ちになれた. 

吸い込まれそうな神秘的な青い液体の中でプカプカ浮かぶ黄色いアヒル.

指先がボロボロになったり,他にもいろいろなことがあるけれど,あまり深刻に考えずプカプカ浮かんでいる感じで楽しくやっていけばいいんじゃないと言われているような気がする.

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びわっち

June7_002  同じ学科の先生から,長崎の茂木びわをいただく.

 先生の論文の英語チェックと校正をたのまれたので引き受けた. そのお礼にということで,このびわをいただいた. 

 先生の奥様が長崎県出身ということで,毎年初夏のこの時期に,ご実家から茂木びわが送られてくるのだそうだ. 

今回初めて知ったのだが,長崎はびわの日本一の産地だったですね. 長崎もぎたてびわホームページというサイトを見つけた. びわのオレンジ色が鮮やかなホームページで,もぎたてのびわの甘い香りがしてきそうな感じ. ホームページのキャラクターの名前は「びわっち」君というらしい. 「ぼく『びわっち』よろしくね!」とか言っている. よろしく. 滋賀県の琵琶湖のプラネタリウムのキャラクターも「びわっち」だったと思うけど,パクリじゃないですよね. まぁ同じ「びわっち」でも「びわ」の意味が違うからいいのか. 「琵琶」と「枇杷」. まぁどうでもいいですけど. 

先生が,「わたしの家内(カナイ)の実家が長崎県なんですよ」とおっしゃっていたのがちょっと印象的だった. この「カナイ」という呼称は,とても奇妙な日本語だとわたしは思う. なぜ「カナイ」なのだろうか. ワカンナイ. あれ. びわっちじゃないけど,「カナイ」も「カナッチ」とかにした方が愛嬌があっていいような気がした. ツマンナイ. あれ. そういえば,「女房(ニョウボウ)」というのも何かヘンテコリンな日本語だ. 個人的にはカナイもニョウボウもあまり呼ばれたくない呼称だ. というか結婚してないけど. にょーぼー.

茂木びわはみずみずしくておいしくて,初夏の香りがした.

「旬」の果物がある国ってやっぱりすばらしい.

  

 

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点描

June3_010_2  学生のM君の作品が絵画展に出品されているというので見に行ってきた.

 場所は早稲田大学の学生会館. 3年ぶりの西早稲田. なつかしい. 

 去年,開通したという「副都心線」に初めて乗った. いつも思うことなのだが,東京の地下鉄は地下のすごく深いところを走っている. なのでエスカレーターとか階段の距離がすごく長い. 下りのエスカレーターに乗ると,おーーいどこまで降りていくんやーーと一人ツッコミを入れずにはいられない. 高所恐怖症のわたしは下の方を直視することができず,エスカレーターに乗ってしばらくは目をつぶっている. そして手には恐怖のために汗がにじんでいたりする. というかどんだけ怖がってるんや. ジェットコースターに乗ってるわけじゃないんですし. 神戸にも市営地下鉄があるけれど,東京の地下鉄ほど深いところを走っていないので,エスカレーターに乗っても目をつぶる必要はない. ユーザーフレンドリーな神戸市営地下鉄. そんなことより,「副都心線」って本当に必要だったのでしょうか. 電車に人が乗っていなかったのですけれど.

そんな「人が乗っていない」副都心線. 新宿三丁目から電車に乗り,西早稲田で下車. 早稲田大学の学生会館へ向かう. 戸山高校とか学習院女子大などを右手に見て歩くこの通り. なつかしい.

June3_012  M君は3年生で美術部に所属している. 絵や書道や写真などアートの才能を持ち,剣道は三段の腕前を持ち,数学が得意で,文武両道なM君であるわけだけれど,なぜか英語だけはどうしても受けつけないらしく,今学期わたしが担当している『再履修クラス』を(仕方なく)取っていらっしゃる. 再履修かい. 

 何でもできるのに英語だけは嫌いというのは,わたしがフルーツは何でも好きだけどスイカだけは食べられないということと同じなのかもしれない. 人には誰にでも好き嫌いがあるということである. 

M君の作品は,「京都の日本家屋の上で跳ねる二匹のイルカ」を描いていた. ハワイのクリスチャン・ラッセンのジャパニーズ・ヴァージョンという感じがした. M君は「点描」が専門で,このイルカ絵もボールペンでひたすら点を打っていったのだという. ボールペンの小さな「点」がこんな斬新な作品を生み出すなんてすごいと感動してしまった. 小さな「点」だけれど,その一点一点にはM君の心がこもっているのだと思った. 「何か大きなことをするためには,小さなことの積み重ねでしかないのだ」という人生の教訓をM君の絵から改めて学んだ気がした.

そして,もうひとつ考えさせられたことがある. 「英語再履修クラス」以外の場所でM君とじっくり話す機会がなかったら,M君にこんな才能があることを知らずに終わっていたかもしれないということである. つまり,教室に座っている学生さんを「英語能力」だけで判断してはいけない,ということである. 当たり前のことではあるけれど,「英語」を教えているし,「英語」を勉強している学生さんしか知らないし,学期末には「英語能力」のみに焦点をあてて彼らのパフォーマンスを評価しなければならないので,一歩間違えると「英語」だけでその人のすべてを判断してしまいそうになる. しかし,「英語」なんてその人を表すほんの一つの指標に過ぎないし,もしかすると「英語」なんて全然大事じゃないのかもしれない. 

人の才能というのはどこに眠っているか分からない. 眠っている才能を何か一つでも開花させることができればそれでいいのだと思う.

そういう意味では,わたしのような人間よりM君のほうがよほど成功していると言える. わたしは英語ができるけれど,わたしより英語ができる人なんて星の数ほどいる. 書くことは好きだけれど,わたしより書くのが上手な人も星の数ほどいる. 頑張って論文を書いているけれど,投稿してもなかなかアクセプトされない. 絵は好きだけれど,M君のような絵は絶対に描けない. 何もかもが中途半端なような気がする. しかし,もう自分の能力の限界にも気づき始めているし,眠っていた才能が突然開花するというマジックは決して起こらないことも分かっているので,これからも今やっていることをこつこつと続けていくしかないのだということも分かっている. M君の作品を生み出した「点描」のように.

M君の作品を見に行ってよかった.

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you're all my reasons

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 最近,ある授業で教材として映画を取り入れていて,

 先々週から"Beautiful Mind"を見ている.

 天才数学者のジョン・ナッシュ氏の半生を描いた作品で,ナッシュ氏の大学院時代からノーベル賞受賞に至るまでの日々が描かれている. ジョン・ナッシュはラッセル・クロウが演じている. ワイルドなラッセル・クロウの"七三分け"を初めて見たときはたまげたが,今はこのちょっとエキセントリックな数学者の役を演じられるのはラッセル・クロウしかいないと思える.

アメリカの大学の様子や大学の中での学生の会話が学べるという点で教材として役立つと思ったのでこの映画を選んだ. あとは,個人的に自分が好きな映画だから. 

わたしが初めてこの映画を見たのはオーストラリアだった. 留学してすぐの頃,2002年の2月頃だったと思う. メルボルン,ヤラー川沿いのサウス・バンクにある映画館で. 留学してまだ数週間しかたっていない頃だったので英語がぜんぜん聴き取れず,この映画の内容もぼんやり理解できる程度だった. そんなことも含め,この映画を見ると,オーストラリア留学時代のいろいろな出来事を思い出す. カーネギーのアパートとか緑と黄色のトラムとかティムタムチョコレートとか. とてもなつかしい. ハワイはもう行きたくないけどメルボルンはまた行きたいと思う. 

この映画の中でいちばん好きなシーンは,ラストシーンのノーベル賞授賞式でのジョン・ナッシュ氏のスピーチである.

ジョン・ナッシュ氏が長年支えてくれた妻に向けていう言葉.

"You are the only reason I am. You are all my reasons."

とても素敵な言葉だと思う.

日本語に訳すと,「僕があるのは君がいるからだ」という感じになるのだろうか. でも日本語にしてしまうと何かニュアンスが違ってしまうような気がする. "You are the only reason I am."も"You are all my reasons."も日本語には訳せないような気がする. 

長い人生を二人で生きてきて,"You are all my reasons."と相手に言ってもらえるようなそんな人生ってすごく素敵だと思った.

自分もこんなことを言われてみたい.

そんな妄想を抱きつつ,授業の終わりに"You are all my reasons."という英語についてひとりで熱く語る. 平成生まれの若い学生さんたちはぽかーーんとしていたけれど. ぽかぽかぽっかーん…という感じ.

この言葉の深さはまだ君たちには分からないのかなー.

最近,「歳を重ねる」ということはとても素敵なことなのかもしれないと思える.

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