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高松にて

Feb21_014_2 高松に行って来た.

 舞子→明石海峡大橋→淡路島→鳴門大橋と,橋を二つ渡って高松に到着.

 かわいい女の子が迎えてくれた.

 ナツキちゃん.

 1歳3ヶ月になります.

 自分にとっては初めての「姪っ子」である.

女の子の赤ちゃんというのは何てかわいいのだろうと感動してしまった. 

初めて目にした伯母さんに警戒心を示していたが(抱っこすると,ンギャーーッとまるでこの世の終わりであるかのような叫び声をあげていた.そんなに怖がらなくても),徐々に心を許してくれるようになり,数時間後には,公園の砂場で戯れることができるくらいのレベルにまで関係を発展させることができた.

シャッターを押す伯母さんをじっと見つめながら何を思っているのだろう. 

どんな女の子に育ってゆくのだろう. それにしてもかわいい. あれ,よく見てみるとなんか自分に似ているかも,ふふ…なんちゃって. 

小姑の負のオーラが出始めている. 

嫌われないようにしないと. 

Feb21_018  滑り台上でポーズをとっているのは,ユウトくん.

 体が大きく,よく「小学何年生?」と聞かれるらしいが,まだ5歳の年長さんである.

 ユウトくんとは年に一度は会っているので,すでに良い関係が構築できている(と勝手に思っている).

 良い関係が構築できているのは,彼がわたしのことを「お姉ちゃん」と思っていることが大きい. 彼は,この5年間,わたしのことを「伯母さん」と呼んだことは一度もない. 

実に良い子である. 

「伯母さん」も「お姉ちゃん」も恣意的に与えられたただの記号にすぎず,私という人間の本質は何も変わらないわけだけれど,「お姉ちゃん」という記号が与えられたとたんに,何か「伯母さん」とは違う特別な存在になれたような,何か子どもにもっと近い位置にいるような気持ちになれるから不思議だ. わたしは,「伯母さん」よりも「お姉ちゃん」という記号が好きである. 

ユウトくんは,高松に引っ越してきてから公文に行き始めたらしい. もう割算を始めていて,49÷23=2…3のように剰余を求めることができるようになっている. こんなに小さな子どもがもう数の概念を理解できていることに感動してしまう. 子どもの学習能力というのは,大人の想像の域を超えている. 

「ユウトは算数が好きよ」と言っているので,おそらく将来は理数系の道に進むのかもしれないと思いながら,「ユウトくんは大人になったら何になりたい?」とたずねたところ,

「ゲゲゲの鬼太郎」

と即答した. 

なるほど,ゲゲゲの鬼太郎…. でも,お化けにゃ会社も仕事もなんにもないらしいですけどね.

算数とはあまり関係ないように見えますが(それにお化けにゃ学校も試験もなんにもないらしいですし),まぁ子どもの夢は大きい方がよいですからね. しかし,鬼太郎の一体どこが5歳児の心をつかむのだろうか. やっぱり,朝は寝床でグーグーグー夜はお墓で運動会だからでしょうか. ぬりかべーっ. よく分かりませんが. たのしいなたのしいな.

Feb21_030

 そんなゲゲゲの鬼太郎になることを夢見る算数が得意なユウトくんは,妹のナツキちゃんをとてもかわいがっている. ナツキちゃんもユウトくんを心から信頼しているようである.

 お兄ちゃんと妹.

 妹ができたとたんに,誰から教えられたわけでもないのに,お兄ちゃんは「お兄ちゃんらしく」なるから不思議だ. この写真からも,ユウトくんの「お兄ちゃんらしく」が伝わってくると思った.

あと20年,そして30年たってから,この写真を二人が見たときに,どんな言葉でこの滑り台での思い出を語り合うのだろう,とふと思った. 

甥っ子や姪っ子ができるまで,自分がこんなに子ども好きだったとは思いもしなかった. そして,人というのは生まれてきてこんなふうに育てられ育ってゆくのだということ,もしこの世に無条件の愛情と信頼で成り立つ関係があるとすれば,それは間違いなく子どもが育てられ育ってゆくその過程の中にあるのだということを,甥っ子や姪っ子と出会うまで考えたこともなかった. そういう意味で,ユウトくんやナツキちゃんの誕生は,「これまで想像だにしなかった自分」と出会うための回路を自分に提供してくれたと思う. 

小さな子どもたちからも自分はたくさんのことを学ばせてもらっていると思う. 生まれてきてくれたことに感謝をしている.

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