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ポチ

Dec24_009 ある場所へ行こうとして,住宅街に迷い込んでしまった.

 そこで,一匹の白くて小さなワンコと出会う. 

 フェンス越しでキャンキャンキャンと子犬特有のかわいい声でなきながらしっぽをふっている.

 わーなんじゃこいつめっちゃかわいいーと思う.

撫でたいー.

ポチー.

と勝手に名前までつけてしまう.

というか,今どき犬に「ポチ」なんて名前をつける人はいるのだろかとふと思う. 

わたしが子どもの頃,犬の名前は「ポチ」か「コロ」と決まっていた.

幼少時代を過ごした神戸市西区北山台というところは当時いわゆる新興住宅地で,自分と同世代のチビッ子を連れた若い家族が大集合していたのだが,なぜか8-9割方の世帯が犬を飼っていて,そのほとんどが「ポチ」か「コロ」という名前だった. 他に思いつけよという感じなのだが. 発想教育に問題があったのかもしれない. そして,犬小屋の入り口には,「ポチの家」とか「コロの家」とか書いたりしていた. たまに英語がよくできる子のうちでは,"Pochi's House"とか"Koro's House"とか書いたりしていた. どっちでもいいのだが. というか,いちいち「~の家」とか書かなくても分かりますっていう話なのだが. 

そんなコロとポチの町,神戸市西区北山台では,夕方になると新興住宅地内で一つしかない中央公園に,各家庭からやって来た「ポチ」と「コロ」が連なって散歩をしていたものである. 「ポチー」と呼ぶと別の家のポチがやってきたり,「コローお座り!」と命令すると別の家のコロがお座りをしていたりする場面があった. 訳が分からない. というか,訳が分からなくなっていたのは犬たちの方だったに違いない. 名字言ってくれないと分からんワン. くだらない.

今では時代も変わり,犬の名前も多様になった. たとえば,現在のわたしの実家のお向かいの後藤さんちのワンコは「ジャスミン」ちゃんという. 中国茶かい. ジャスミン・後藤だぜ. 「ポチ」と「コロ」が全盛期だった時代が懐かしい.

しかし,ハワイのビショップ博物館近くで出会ったこの白くて小さなワンコは,「ジャスミン」というより,「ポチ」が似合うと思った. 古き良き時代のワンコ文化がここに息づいている. というか勝手にポチと名づけているのだが.

ポチに癒された.

ちなみに,名前との関連で言うと,わたしのファーストネームは「子」で終わるのだが,日本では,平成生まれの女子の名前としてもはや「子」は使用されなくなりつつあるらしい. 明治生まれの女子の名前は「ゑ」でおわるものが多く,わたしのおばあちゃんの名前も「すみゑ」といった. 「○○子」ももはや明治の「○○ゑ」に相当する古い名前として扱われるようになるのかもしれない. ポチやコロも含め,名前も時代と共に変化するのだ.

しかし,何でも新しければよいというわけではないとわたしは思っている. 「すみゑ」はジャパニーズ・ビューティーをイメージさせる美しい名前であると思うし,ポチはその音声が癒しの効果を持っていて胸がきゅんとなる. 

日本は古いものを大切にしない国だと思う. 発展と引き換えに古いものがどんどん切り捨てられてゆく. 新しいものを創造していくことも大切だけれど,古いものが何でも時代遅れだと考えるのは,日本の良さーーそれは有形のものだけでなく無形のものでもあるーーが失われることにつながる. 受け継がれてきたものを大切に守っていく気持ちを持ち続けていきたいと思う.

もし犬を飼うことになったら「ポチ」と名付けることにする. 

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