« ポチ | トップページ | 未来は未知であるからこそ »

人生はその人のいる場所にできるものだ

Jan31_001  日本で仕事をすることになったため,帰国. 

 3月に新天地に引っ越す予定だが,それまでの一ヶ月間,神戸の実家に居候させていただくことになった.

 自分の国に帰ってくることができてうれしい. 

 しかし,同時に,なぜだかとても居心地が悪い.

ハワイにいたときは,自分のホームは日本であり,日本にいる自分こそが本当の自分なのだと思ったりしていたけれど,そうではなかったことに改めて気づく. 「人生というのは,その人のいる場所にできるものだ,という単純な事実と,心というのは,その人のいたいと思う場所につねにいるのだ,というもう一つの単純な事実」という江国香織さんの言葉を思い出した. 人生というのは,自分がいたいと思う場所がどこであるかは関係なく,自分がいるまさにその場所で作られてゆくものなのである. 当たり前のことなのだけれど,自分にとっては,その場所がハワイだったのだと. 

日本に帰ってきて居心地が悪いと感じるのは,この約3年の間は,自分の人生がハワイで作られ,そこに自分自身がいたからである. ホノルル空港を飛び立って約9時間後に日本に到着し,さぁ今日からはこの地で人生を作っていくのじゃー作れー作るのじゃーと喝をいられても,わずか9時間で新しい環境に適応する準備が整えられるほどの要領と自己管理能力を残念ながらわたしは備えていない. 生きてゆくということは,自分が存在するその環境のすべてを受け止め,心がどこにあろうとも,その環境に適応する努力を絶えず続けてゆくことなのだということを改めて実感する.

そんなわけで,日本に到着して数日は,ガラリと変わった環境に適応できず,何も手につかず何も考えられずといった非生産的・自堕落的生活を送ってしまう. わたしのような勤勉一途な堅物人間がいったん自堕落的になってしまったときの崩壊ぶりは凄まじいものがあり,醜態きわまりない. 仕事は早いことだけがとりえだったのだが,メールを開くことさえおっくうになってしまい,数日後にやっと開いたメールに,春から就職することになる大学から,「先日送ったメールを転送いたします.申し訳ありませんが,近況をお聞かせいただけないでしょうか?」という「てめーーメール無視してんじゃねーよ.メールの返事よこせオイコラ」とも言い換えられるような内容のメールが届いていて,慌てて返信メールを打ったりした. やれやれ.

そんな自堕落的気分にさらに追い討ちをかけるような出来事が起こる. ハワイから戻ってきたわたしに向かって,親族の一人が「おかえりなさい」という歓迎の言葉をかけてくださった. そこまではよかったのだが,その次にその人が発した言葉に,全身から意識が遠のいていくような脱力感を感じてしまった.

「(ハワイでは)結婚相手が見つかりましたか?」

というものだった.

思いもよらないその質問の内容にしばらく何と返答してよいのか分からず,しばらく呆然と立ちすくむ. わたしがハワイに行くことを決意したのは,「結婚相手を見つける」ためではなかったからであり,ハワイ大学で達成すべき目標として,「結婚相手を見つける」ことという項目はまるで存在していなかったからである. ハワイでの生活が始まった後は,ひたすら本を読みひたすらものを書きひたすら研究計画について考え,それ以外のことに意識を向ける余裕なんてなかったからである. 何かを成し遂げようとするときには,それくらい一つのことに没頭する時期が必要なのである. 片手間で勉強していたわけではない. 日本に帰ってきた今は,4月からの仕事と研究をどうしようかということで頭がいっぱいであって,やはり,「結婚相手を見つける」ということにはどうしたって意識が向かわないのである. そんな思考状態であるわたしには,この「(ハワイでは)結婚相手が見つかりましたか?」という質問が非常にトンチンカンなものに思われた.

親族の人の気持ちが分からないわけではない. 親族や家族にとって,女の子どもの親孝行は結局,真面目にこつこつ働くことなどではなく,適当な男性を見つけて安泰な結婚をすることなのではないかというわたしが20代半ばで立てた仮説は,すでに検証済みであるし,実際,自分が逆の立場だったら同じことを思ったかもしれないという想像も大人になった今はできるようになっている. お父さんお母さんおじさんおばさんごめんなさいと謝罪しなければならない. 何だかこちらが思っている以上に心配をかけているようなので,「ご心配をおかけしてどうもすみません.それでは40歳までに結婚相手が見つからなかったあかつきには,頭を剃り,尼さんになって出家することにいたします」などと言えば,もうあきらめてくれるのだろうかなどと考えてみたが,自分が尼さんになって出家する姿はどうも現実的でない気がしたし,尼さんになるなんて宣言したら,それはそれでまた別の心配をかけてしまうような気がした. 

が,わたし自身はいったん建設し始めた橋の工事を途中でやめるわけにはいかぬのだという使命感みたいなものを感じており,今は橋の工事以外のことを考えられない状態なのである. 橋の工事の重要性は,結婚相手が見つかりましたか?ということに重要性を感じている人々にはいくら説明しても理解していただけないのだろうけれど. それに,労働は日本国憲法で定められた国民の義務であるので,その義務を果たすべく,わたしはとにかく働かなければならないのである.

日本には,他のどの国よりも,「こうあるべき枠組み」が存在しており,その枠組みからこぼれ落ちてしまうと,自動的に「こうあってはならない枠組み」に属する人としてのラベルを貼られる,そんな無形の社会的呪縛が存在しているように思う. そして,日本では,その「こうあるべき枠組み」が「年齢」を基準に形成されることが多い. 先日,「アラフォー」という言葉が日本で流行っていることを知った. 初めてこの言葉を聞いたとき意味が分からなかったが,"Around Forty"を短縮した言葉だということを知った. この「アラフォー」も,年齢による「こうあるべき枠組み」を象徴する言葉のような気がした. 数年前に流行った「負け犬」とか「負け組」とかいう言葉といい,日本では,どうしてこうくだらない言葉ばっかり流行するのだろうか. メディアやTV政策側のリテラシーが問われていると思う. そんな苦言を呈しつつ,わたしはアラフォーなのかないやアラサー(Around Thirty)だよねとか思ってる自分もいたわけであるが. やはりアラフォーでしょうかね. どっちでもいいか. いずれにしても,こうした「枠組み」をもとに「あなたってこういうひとよね」とかなり断定的に自分を判断されてしまうことに,何か鎖に縛り付けられたような窮屈さを感じる. 

Feb11_001 そんな自堕落的な毎日が何日か続き,その間に,来週が締め切りになっている担当授業のシラバスを書き上げたり,芥川賞を受賞した津村記久子氏の『ポトスライムの舟』を読んだり,某学術誌から修正したら載せてやるといわれていた論文の手直しをしたりした. 昨日は,明石海峡大橋が見渡せる場所にあるアウトレットに行って,新しい職場で着るスーツを購入したり,ハンティング・ワールドの素敵なバッグに心引かれてバッグを持って鏡の前に何度も立ってみたり(結局買わなかった),一万円以上お買い物をするともれなくもらえるという500円のお買い物券を握ってマクドへ行き,コーヒーとアップルパイとポテトを食べたりした.

少しずつ,新しい環境に順応していかなくてはならない. 人生は,その人のいる場所にできるものだから.

|

« ポチ | トップページ | 未来は未知であるからこそ »

コメント

お久しぶりです。私も「こうあってはならない枠組み」所属一員です。(これは常に感じています)。ただ日本だけではなく、アメリカでも感じるところが面白いところです。

一度GA先のバイトさんから、「あなたは遊ぶのが嫌いなのよね。つまらない人ね」みたいなことを言われて唖然としたことがあります。そんなわけないだろう、と。遊ぶのは好きだけど、今やらなければいけないこと&たぶん今しかできないだろうということで勉強しているのにそんなにいわなくても・・・「そんなに勉強ばかりしなくても」といわれたこともあります。いやいや、足りてないんですけども。

ところでアラサーという言葉、初めて聴いたときは「荒らしサークル」だと思い、何を荒らすのだろう?と思った私です。アラフォーにいたっては、ベトナム料理のPhoを思い出した私・・・日本のメディアリテラシー試験があったら、確実に落ちる気がします。

日本の写真、きれいですね。いつか神戸にいってみたいです。

投稿: tressoles | 2009年2月 9日 (月) 00:34

先日のブログで、もしや未だ、ポチのいるビショップミュージアム近辺で迷子になられているのでは・・救出に行かねば!!なんてありえないことを思いつつ心配になっていましたが、無事、日本ご到着ということで(勝手に)ほっと致しました。それにしても神戸の写真が美しく、しばし見入ってしましました。やはり、さっちいさんの感性はその美しい町で育まれたものなのですね!春に向けて、新たなエネルギーの充電中といった感じですね!益々、パワーアップされることをお祈りしています!!

投稿: S. Kawanami | 2009年2月 9日 (月) 03:59

橋がうまく建設できることをお祈りします。

「結婚相手が見つかりましたか?」問題は、あきらめるのを待つのがよいと思います。

投稿: しらいし | 2009年2月 9日 (月) 10:04

私も本当に長い間独身で、よくフラれ、家の人に言われましたのでわかります。
仕事、研究の合間に婚活だけでも続けてやっておくと、チャンスの数が違うと思います。結婚してもその先に、生活、子供の問題、とかいっぱいあります。confident

投稿: ノブ | 2009年2月 9日 (月) 16:16

【tressolesさん】
tressolesさん,こんにちは.お元気ですか.

アメリカでも…というのはよく分かります.わたしも同じことをよく言われます."don't work too much"だの"enjoy your life"だの.そのたびに,いや,楽しんでるんですけどねと呟きます.

アメリカにいるときは,こうして一つの枠組みでとてもシンプルに,そしてとても断定的に自分を評価されてしまうのは,自分が外国人で英語力が足りないからだと思っていましたけれど,「あなたってこういうひとね」的評価は日本でもあることで,これはもう国籍とか言語の問題ではないのですね.自分のことを他者に分かってもらうことは難しいことなのだなと思います.ただ,一つの枠組みから零れ落ちてしまったものが細切れにされてしまうのは,自分の中に存在するまだ目覚めていないかけがえのない何かが無くなってしまうようで,なんだか惜しい気がします.とにかく,決め付けられるのって窮屈ですよね.それだけとちゃうねんと言いたくなります.

アラフォーの「フォー」でベトナム料理の"pho"をご想像されたtressolesさん.わたしは,数年前に流行ったレイザーラモンの「フォー!」っていう無意味な叫びを思い出しました.というか,レイザーラモンって誰やというツッコミがこのあたりで入るのでしょうか.こういうところにtressolesさんとわたくしとの品格の違いが現われるのですね.フォー!

【kawanamiさま】
先生,お元気ですか.いつもご丁寧なメッセージをありがとうございます.

先生はビショップ博物館に行かれたことがありますか.ツッコミどころ満載の博物館でした.わたしはプラネタリウムが好きでして,やはりここのプラネタリウムにも足を運んだのですが,日本のプラネタリウムと違って椅子がリクライニングしないので,星を見るために首を北→東→南→西とグルグル回さなければならず,よい首のエクササイズになりました.というか,翌日首が痛くて周らなくなりました.何の星を見たのかもあまり覚えていなくて,プラネタリウムに首の体操に行ったんかいというツッコミを入れました.やっぱりハワイですね.

神戸の写真を先生に見ていただけてうれしいです.

すずしい日が続いているようですが,体調崩されたりされませんように.またお話したいです.

投稿: satchy | 2009年2月10日 (火) 23:41

【しらいしさん】
しらいしさん,ありがとうございます.こちらでD論を書くことにしまして,帰ってまいりました.

本人ではなく周りが焦っているという現象がとても奇妙なものに思えます.

出家はやめて『おひとりさまの老後』を読もうかと思い始めています.

【ノブさん】
ありがとうございます.

「婚活」ということばがあるのですね.しばらく外国にいたので日本の流行語にキャッチアップしていません.わたしは婚活はしないと思います.


投稿: satchy | 2009年2月11日 (水) 00:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ポチ | トップページ | 未来は未知であるからこそ »