« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

エミリさん

Aug31_013  悲しい連絡が届く.

 親友のエミリさんが亡くなった.

 その現実を受け止めることができずしばらく呆然とする.

 ついこの間メールでお話したばかりだった. 

あんなに活発で元気だったエミリさんがもういないなんて信じられない. もう会えないなんて信じられない.

2年前からエミリさんはスウェーデン,私はハワイで生活をすることになった. その間も,たびたびメールをくれたし,このブログにもよくコメントを書いてくれた. 去年の1月にはハワイに遊びにも来てくれた.

この6月にスウェーデンでの任務を終え日本に帰国されたエミリさん. 次の進路も決まり,さぁこれからという時だった.

わたしはまた大切な友人を失った.

もう大切な人が死んでしまうのを見たくない.

わたしは今とても寂しい.

| | コメント (7)

タイな夜 @ Siam Square

Sep25_001 授業が終わった後,お友達と一緒にタイ料理を食べに行く.

 ワイキキに今月オープンしたばかりのSiam Squareへ. 

 グリーンカレーとフライド・ヌードル(Pad Thai)を二人でシェアする.

 美味しい美味しい美味しい!

最近ちょっと忙しくなってきて,あまりきちんと食事を取れていなかったので,体に染み渡る美味しいタイ料理だった. 

ディスカッションとアクティビティが中心の3時間の授業の後ということもあって,美味しさが余計に体に染みた. 授業で扱っている内容は非常にシンプルで簡単なことだと思うのだが,それをわざと難しく言っている気がする. 複雑化された情報を処理・理解するために普段より頭を使う. だから疲れる. でも,余計なものをそぎ落としたら,本当に大事な部分というのはこのジャガイモくらいのサイズのことだったのですね,という感じになると思う. なんでジャガイモなのかよく分からないが. ただのジャガイモをいかに洗練されたイモに見せるかが学者の腕の見せ所なのかもしれない. 洗練されたイモってどんなイモや. ただのジャガイモで悪かったですね.

今学期,この授業でとても素敵な人に出会った. 自分をしっかり支える経験と能力があり,でもそのことをひけらかさず,誰にでも優しく,相手の話に誠実に耳を傾けてくれる人である. こんな先生に教えてもらえる学生さんは幸せだと思う. わたしも教えてもらいたい. その方とこうして一緒に晩ごはんを食べに行けるようになれたことがとてもうれしい.   

なんだかご機嫌になってしまい,ワインを開けて乾杯したい気分になった. ルネッサ~ンス. というか何に乾杯するのだ. でも,アルコールがあまり強くないので酔うと次の日まで引きずってしまう. それに,このところの疲労度からいって,グラス一杯飲んだところで毒舌モードにスイッチが切り替わってしまうことは間違いない. 早すぎやないか~い. そんなわけで乾杯はやめておいた. というか何に乾杯するのだ. というか酔っ払うと毒舌になる人ってたち悪いと思います.

無事にA.B.Dになれたら乾杯したいと思った夜. ルネッサ~ンス. 

| | コメント (0)

trade-off

考えなければならないことが多すぎる.

どれも必須作業なのだけれど,すべてを完璧にこなすということが難しくなってきた.

一方を追究すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反,"trade-off"の状態になりつつある.

具体的には,統計の宿題の出来があまりよろしくなく,先生に「もう一度計算しなおしてみてください」と言われてしまう. 事実上の「レポート再提出」というやつである. この歳になって初めて経験した. ぐお. 韓国人の先生の目がいつもにも増してするどかった. ミアナムニダ. 

3 * 3 matrixのeigenvaluesの求め方がよく分からなかったのだが,分からないまま提出してしまった. そりゃあきません. そういう中途半端なのは教えている立場からすると絶対に許せない行為であることは自分もよく分かっている. 今COMP中なので忙しいんですなんていうのはexcuseにならない. それより,matrix algebraとかeigenvaluesというのは,理科系の学部では大学1年生が学ぶ範囲のものだと聞いた. 大学1年生以下かい. どうもすみません. 理科系の方々には憧れます. 反省して週末に時間を作り宿題をやり直す.

ところがSPSSが突然動かなくなるというハプニングが起こる. SPSSオイコラー. 仕方がないので手で計算できるところだけ片付ける. 印刷する紙がなくなったので,バスに乗ってLongsまで紙を買いに行く. ところが,マノアの山の中を走行中,突然バスが故障して動かなくなるというハプニングが起こる. SPSSにつづいてバスまで故障かい. バスドライバーが"The bus is dead."と言う. おまえはもう死んでいる. て北斗の拳かい. というか出してくるネタがいつもやや古い. バス止まんなやーオイコラと思う. 仕方がないので,目的地のLongsまでてくてくと歩く. なんだかとても原始的なことをしていると思う. 公共交通機関がバスしかないなんて. ここはやはり絶海の孤島なのだ. おまえはもう終わっている. あちょー. 北斗の拳好きなんですね.

Sep20_004  山の中を歩いてクタクタになってしまったので,Coffee Beanに入ってちょっと休憩する. そして統計の宿題のつづきをする.

 ショーケースに並ぶパンの中にあずきのパンを見つけ,うれしくなって頼んでみた. あずきのパンだから,日本語でいうと「アンパン」なのだろうけれど,こちらのカフェでは,"Haupia Coconut Azuki Bean Brioches"というのだそうだ. 

というか長い. 

というか発音できない.

でも,この長くて発音できないあずきのパン,美味しい美味しい美味しい!

なつかしいあずきの味が,体にしみた. あずきっておいしい.

今日,再提出の宿題を韓国人の先生のところにもっていってきた. 今回は出来がよく,先生は満面の笑みだった. "I'm glad you made it."と言っていただく. ありがとうごじゃいます. しかし,なんだかとても低いレベルのところをうろちょろしている気がした. "trade-off"にならないようにちゃんとやらなければ. おまえはもう終わっていると言われないように. あちょー. 好きですね.

| | コメント (4)

dichotomy

Sep19_005 ハワイ大学,シンクレア・ライブラリーから見える夕暮れの景色.

 一週間が終わった.

 週末に,この場所から夕暮れの景色を見ていると,はりつめていたものがゆっくりと穏やかに溶けていく感じがする. 

 最近,毎日何かに追われている感じで,一週間が過ぎるのがとても早い. 書けー書くのじゃ. 読めー読むのじゃ. という騎手のムチ打ちが一層激しさを増してきた感がある.

今週は,神戸外大から来られた先生のレクチャーを聞く機会があった. 先生はブロンドヘアのアメリカ人女性だが,ラストネームは「タツキ」さんだった. ご主人は日本人男性なのだろう. ブロンドヘアだけど名前は「タツキ」ってなんかすてきです. たつ吉さん. いや,タツキですから. たつ吉は近所の蕎麦屋さんの名前でした. そんなことはどうでもいいのだけれど,タツキ先生のご専門は「日本の広告のレトリック」研究なのだそうだ. 広告のキャッチフレーズは読み手の心をつかむ斬新なものでなければならない. ラブレターと同じである. ラブレターかい. そのレトリックにはどんなものがあるのかを日々探求しておられるのだそうだ. タツキ先生によると,日本の広告には次のようなレトリックがあるらしい. 

(1) Rhyme:(例)「ふわっくしゅ・ワックスでしゅ」⇒「わっくしゅ」と「ワックス」が韻をふんでいる. (2) Chime:(例)「ミルクでみるみるストレート」⇒「ミルク」と「みるみる」が韻をふみ,それが二回繰り返されている. (3) Puns: (例)「くる,こない,くる,こない,クール」(クールガムの広告)⇒ 「くる」と「クール」をかけている・・・

ふーむ,"Rhyme"に"Chime"に"Puns"にいろいろなレトリックがあるのですね. 勉強になった. でも,正直なところ,どの例もちょっとつまらない. 「ミルクでみるみるストレート」って. おもしろくないです. 「ふわっくしゅ・ワックスでしゅ」って. ちゅまんないでしゅ. 「くる,こない,くる,こない,クール」って. もうこなくていいです. これらは果たして本当に読み手の心をつかむレトリックとして成功しているのだろうか. そして,レトリック研究としてとてもおもしろいテーマだと思いつつ,分析が浅いという印象も受けた. 「ミルクでみるみるストレート」のレトリックが"Chime"だからどうだというのだと問いかけてしまった. 

Sep19_014  今週は自分のプレゼンテーションもあった. アーティクルを読み,ポイントをまとめ,ディスカッション・クエスチョンを作り,それらをパワーポイントにビジュアル化するという一連の作業は,結構時間がかかる. パワーポイントにのせる文字や図にも,見ている人の心をつかむためのある種のレトリックが必要なのである. 「ミルクでみるみるストレート」的なレトリックでなくてよいのだけれど. もうこれはいいですか.

プレゼンが終わった翌日,先生から早速フィードバックが届く. 大変熱心な先生である. 先学期に受けた某授業の先生とは大違いである. 先学期の先生は,「もうネタがつきちゃったから,これからはあなたがたにプレゼンしてもらいますかね」という感じで,かなり適当だった. ネタつきたら今度はわたしらにやらせるんかい. アーティクルの内容がよく分からないので質問に行ったところ,"I honestly don't know"(実は僕も分からない)とか言われたりして. 分からんのかい. さらに,「今日は体調が悪いので授業はこれでおーしまい」とか言って,突然授業が終わることもあった. しんどいから帰るって小学生かい. 「おーしまい」で思い出したが,「今日はこれでおーしマイケル」というのが持ちネタのマイケルという芸人さんが昔いたような気がする. まだ日本のテレビに出ているのだろうか. 「おしマイケルは」,「おしまい」と「マイケル」をかけているという点で,レトリックは"Puns"に相当する. だからどうだというのだ. さらに,「お母さんが病気になったからしばらく実家に帰ります. したがって授業はしばらくお休み. え?メイクアップ? そんなのしーらないっ」とか言って,授業が3回ほど休講になったこともあった. 休んだら休みっぱなしなんかい. どんマイケル. 

「ミルクでみるみるストレート」などのレトリック研究はおもしろいといえばおもしろいし,おもしろくないといえばおもしろくない. おもしろい研究だと感じている自分もいれば,つまんないことやってますねと冷めた目で見ている自分もいる. 熱心な先生もいれば,適当な先生もいる. 熱心なのはすばらしいが熱心すぎてそれが重く感じられることもあり,そんなときは,「今日はしんどいからこれでおーしマイケル」とか言っておうちに帰ってしまう先生のいいかげんさを恋しく思ったりする. 

ものごとの価値は"dichotomy(二極分化)"で判断できるものではないのかもしれない. 自分の場合は「うーんどっちでもいいんじゃない?」という"ambiguous dichotomy"でものごとを認識することが多いような気がする. しかし,こういうのは無責任なのかもしれない. いまだに議論が上手にできないのはこの"ambiguous dichotomy"な判断基準が原因なのかもしれない. 責任ある議論を求められることが増えてきたような気がする今日この頃. どっちでもいいんじゃない?という逃げ道はもうおしマイケルにしなければならない.  

| | コメント (4)

three years

Sep5_001  黄色のハイビスカスはハワイの州花.

 南国の明るい光をあびて,いつも生き生きと咲いている.

 毎日,世界中からたくさんの人々が訪れるハワイ. 黄色のハイビスカスは,見ている人々を癒し,笑顔にし,そして元気にしてくれる不思議な力があると思う.

そして,自分の国に帰ってハワイの思い出を語るとき,この黄色のハイビスカスのことを思い出す人が多いような気がする. 

思い出の中でずっと咲き続ける.

というのはとても素敵な言葉だと思う.

あれから3年が過ぎた.

黄色のハイビスカスが似合う人だったと思う.

忘れていない.

| | コメント (4)

higher quality

Sep3_009_2

 提出したドラフトになかなかOKを出してもらえず,先生との添付ファイルのやりとりが連日つづいた一週間.

 やってもやっても自分がいかに何も知らないかを思い知らされる. 毎日,図書館から本を借りてきていたら,本の置き場所がなくなり,床に直置きするしかなくなってきた. プリント類も床に積み上げられている.  

 そんな中,今朝やっと「これでOK」とのお返事をいただく. 

 "You're so fast!"とお褒めの言葉をいただく. ありがとうございます. というか,早いことを褒められましても. いや,別に褒めているわけじゃないですから. カモーン.

これでやっと次のphaseに進める. ひとつひとつ着実に進めていかなくてはならない. one step at a time. 

しかし,決められた期間内に,自分の頭の中にあるものを整理し,それが正確に伝わるようにdemonstrateすることの難しさを感じた. 普段の詰めの甘さがこういうときに出てしまうのかもしれないとも思った. 

求められているレベルの高さも思い知らされた. 先生は厳しい. 学位を取るまでの道のりは長いが,もしかすると,A.B.D (All But Dissertation) に向けてCOMPとディフェンスの準備をする過程がもっともきつい上り道なのかもしれないと思った. 

今回のドラフトにOKが出たのでやっと先に進めると思いきや,今週は授業でプレゼンテーションをすることになっているので,そちらを優先しなければならない. この授業では,プレゼンの前に先生にパワーポイントのスライドを見ていただき,プレゼンの進め方やディスカッション・クエスチョンなどについて事前に先生と打ち合わせをすることが求められている. そんなわけで日曜の夜から早速先生から長文メールが届く. こちらの先生も非常に教育熱心な方で,学生に求めるもののレベルも高い. でも,すごくいい先生である. 

この先生というのが,指導教授のOrtega先生のご主人様であったりする. 夫婦で同じ大学の同じプログラムで教えているのである. 家に帰っても職場に行ってもだんなさまがそこにいるというのは自分にはちょっと考えにくい日常である. too close.  たまにはどっかに行ってほしいとか思うことはないのだろうか. カモーン. 初回の授業を受けて,この二人が夫婦になった理由に納得してしまった. 教育や研究に対する価値観が同じなのである. この広い世界で出会える人には限りがある. そんな中,ここまで価値観の似た二人が出会い一緒になったことに,ただの偶然では片付けられない運命的なものを感じてしまった. ご主人もとても素晴らしい先生そして研究者である. そして二人とも背が高い. 

そんな教育・研究熱心な二人から猛攻撃を受けているここ数日. 高いレベルを求める二人がタッグを組んで攻めてくると,重圧も二倍に感じられる. 二人とも体も大きいですし,二人からのタックルを喰らったら,わたしなどはどこまで飛ばされてしまうか分からない. どぴゅーん. というかアメフトかい. メールボックスが二人の名前で埋め尽くされてゆく. 高いレベルを求められ鍛えてもらえるのはありがたい. しかし,重圧で飛ばされてしまいそうだ. どびゅーん. だからアメフトかい.

これから12月までの4ヶ月間を乗り切れるだろうか. 乗り切るためには体も健康でなければならないが,忙しいとどうしても日々の食事作りがいい加減になってしまう. 疲れを感じやすくなって毎日チョコレートを食べてしまう. 最近の物価高で,ハワイに輸入されている日本の食材も以前よりかなり値段が上がっている. 納豆が高級食材になりつつある. でも日本の食べ物はおいしいし,アメリカのものより安全な気がして,高くても買ってしまう.

安くて質の低いものよりは"high quality"であるほうがよい. 研究も同じだと思った. 

| | コメント (0)

Sep5_019  父.

 というタイトルで絵を描きたくなる光景だと思って,シャッターを押した.

 先日訪れたカハラの海岸で.

 砂浜で遊ぶ女の子とそれを温かく見守るお父さんの姿. どこでも普通に見かける光景だと思うけれど,心をとらえて離さなかった.

理由は三つある. 

一つは,砂でこんなに立派な城壁を作れるなんてお父さんすごいと思ったことだ. デザイン性にすぐれた砂の城壁. その職人並みの技に感心してしまった. 砂といえば公園の砂場で小山を作った記憶しかない. コヤマ. このお父さんはそんなレベルではない. さらに感心したのは,城壁が波から女の子を守るように設計されていたことだ. デザイン性だけでなく機能性にもすぐれた城壁. お父さんすばらしい.

二つ目は,この光景全体から「父の娘に対する愛情」があふれ出ていたことである. 城壁の中で遊ぶ女の子を見つめるお父さんの姿は,お城の中のお姫様を守る騎士のように見えた. どうですかこの勇ましい立ち姿. あっぱれ. でも「騎士」は言いすぎでしたでしょうか. 海パンですよ. お父さんは,この城壁を一体どのくらい時間をかけて完成させたのだろう. 娘を喜ばせたいという一心でこつこつと作業を進めていたのだろう. また,突然の波から娘を守るために,サイズやデザインを考えつつ城壁を積み上げていったのだろう. お父さんの愛が感じられた. 

そして,この光景が心をとらえて離さなかった三つ目の理由は,純粋にこんなお父さんっていいなと思ったことだ. わたしは,幼少時代に父親と遊んだり父親に甘えたりした記憶がほとんどない. 仕事が忙しく研究室で寝泊りするような人だったので一緒に食事をした記憶もほとんどない. 当時は父親というのはそういうものなのだ,他の家庭でもそうなのだと思っていたので,寂しいとかつらいとか思ったことはなかったように思う. でも,大人になってから,やっぱり自分は寂しかったのではないかと思うようになった. 特に,2年前ハワイに来てから,娘さんを連れて歩いているお父さんの姿を見たりすると,そんな気持ちになることが多くなった. なぜなのか理由は分からないけれど. 「誰かにかまってほしい」病,「誰かに甘えたい」病の症状なのかもしれない. 

Sep5_026

 お父さんに甘えるってどんな感じなのだろう. お父さんと一緒に遊ぶってどんな感じなのだろう.

 カハラの海で見かけたお父さんと女の子の姿を見てふと思った.

 人は大人になるについて役割が増えていく.「夫」,「父」,「研究者」,「先生」,「上司」,「部下」... これらは,その人の役割を表す「記号」である. その人は本質的には一人の人間でしかないわけだけれど,どの視点から見るかでその人を表す「記号」は変わる. 

父も一人の人間であって,「父」というのはただの記号に過ぎない. 

という事実を,自分はとても幼い時期に学んでしまったような気がする. 

砂の城壁がとてもうらやましかった.

| | コメント (2)

marionberry

Sep2_002  マリオンベリー (marionberry).

 オレゴンが名産地のベリーなのだそう.

 そのマリオンベリーのジャムとソープを,オレゴン在住のお友達からいただいた.

 マリオンベリーのソープは,うっとりするような甘くて優しい香りがする.

あまりにいい香りがするので,クンクンクンクンかいでしまう. 犬かい. 

先日提出したプロポーザルのフィードバックと"suggested questions & bibliography"のフィードバックが連日先生から届き,要求されていることのレベルの高さに圧倒されつつ,本当に自分にできるのだろうかという不安と戦いつつ,カラダとココロが疲れ気味なここ数日. マリオンベリーの香りに癒してもらっている.

週に一度の食材の買出しに行く気力も失いつつあり,冷蔵庫の中が寂しい状態が続いている. 一人暮らしの男子学生みたいだ. こんなことを書くと,一人暮らしの男子学生の方に偏見だと怒られてしまうかもしれないが. 学生時代,「もやしさえあれば大体の日を乗り切れる」と自慢のように話していた一人暮らしの男子学生がいた. もやしくん. 「一袋30円でリーズナブルこの上ない」と. 自慢かい. もやしー. 今のわたしの部屋の冷蔵庫の中は,もやしくんと似たようなレベルにあるのかもしれない. もやしは入っていませんが. 優しいマリオンベリーの香りにつつまれると,とても優雅な気持ちになり,もやしな一人暮らしの男子学生から大人の女性に戻れるような気がする. というか,マリオンベリーというタイトルでなぜもやしの話が出てくるのだ. もやしー.

ソープを枕元におき,甘い香りに包まれて眠るときのシアワセ感.

素敵な香りというのは本当にカラダとココロを癒してくれる.

「マリオンベリー」という音の柔らかく優しい響きも気に入っている. 「もやし」とはちがって. もういい.

マリオンベリーの優しい香りのおかげで,週末もがんばれそうな気がしてきた.

| | コメント (2)

サンデーブランチ @ Plumeria Beach House

Sep5_008Sep5_010Plumeria Beach House のサンデーブランチに行って来た.

ダイヤモンドヘッドの東側,閑静なカハラ地区の中にある海辺のレストラン.

目の前に広がる景色の美しさに吸い込まれそうになった. 

どこまでもどこまでも果てしなく続く青い海. 

ハワイ大学のあるマノアから車で10分くらいの距離にありながら,別の国にやってきたかのような気持ちになった.

Sep5_005Sep5_006 シーフードがとてもおいしかった. 

そして,パン.

パンだ!

おもわず目が真剣になってしまう.

トングを持ったまま,どれを選ぶか真剣に考えてしまう. おっと,また眉間にしわが. 

どのパンもとてもおいしかった. 全種類食べたんかい. よくばり. ハワイには美味しいパンがないと思っていたが,なぜここにはあるのだろう. 一体誰がこのパンを焼いているのだ. どこで修行したのだ. マノアにも焼きたてのパンを売りにきてほしい. 焼きたてのパン・マノア. そんなお店があれば自分の生活ももう少しうるおうと思うのだ. というかパンのネタになると話が長い.

Sep5_024 ここカハラは,観光地であるワイキキから離れていることもあって,ビーチにも人がほとんどいない.

 静かで,波の音が体にしみこんでくる感じがした.

 ヤシの木の葉が風に揺れる音が聞こえた. やしやし. 今,自分は南国にいるんだと思った.

時間がゆっくり流れている気がした.

この景色のおかげで,やや疲れ気味だったカラダとココロが癒された.

Sep5_023  久しぶりに,落ち着いた大人の人々に囲まれて静かに食事ができ,何だかほっとした. 

 日常から解放され,何か特別なことをしている気持ちになった.

 これからしばらく多忙な日々が続く. 

 がんばれそうな気がしてきた.

| | コメント (4)

力不足

Aug31_008_2   週明けに,COMPの"Suggested Questions"とそれに関連する"Bibliography"を提出しなければならない.

 "Suggested Questions"は3つのエリア(Analysis, Pedagogy, Learning)からそれぞれ1題ずつ. 自分の博士論文のトピックと関連付けて問題を3つ作成し,コミティの先生方に向けて"suggest"する.

この問題の作成が思っていたより大変なことが分かった. 

自分の博士論文のトピックと関連する問題ということで,3つの問題をどうするかは自分の中でイメージできていたのが,今日になって指導教授の先生からメールが届き,問題の作り方についていくつかご助言をいただく. このご助言が,「もっと早く言うてよー」と思わざるを得ないもので,背中にズシリと重いものを背負わされた気持ちになった. 提出は三日後ですよ.

うーん.

でも,先生のせいにしてはいけないのだな. 自分からもっと質問をぶつけておくべきだった. 自分からアクションを起こさない限り,物事は前に進まない. 当たり前なのだけれど.  

このご助言に加えて,「こんなふうに作ればいいですよ」と,2年上のPhDの先輩が作成したという書類を送っていただく.

この書類を送っていただけたのはありがたかった. でも,その先輩の作った書類が,自分が書こうとしていたものよりもうんと質の高いもので,また自分の甘さを思い知ることとなった. また背中にズシリと重いものを背負わされた気持ちになった. 

うーん.

やはりまだまだ詰めが甘い. 力不足. 

先生が最後にこう書いていた. 

「COMPに受かってABDがとれたらあなたはもう"student"ではなくなる.わたしたちの"colleague"になるのだ」と.

励みになるはずのその言葉が逆に重く感じられた. 今のレベルでは,"colleague"なんてとんでもない. 

背中が重い. なんかもうクタクタになっている. あたたかいお風呂につかることができたら少しは疲れもとれそうなのに. 何でこんなしんどいことばかりやっているんだろう.

ちょっと弱気になっている金曜の夜.

| | コメント (5)

burn out

Sep2_005_2  博士論文のプロポーザルを提出してきた.

 5月に 1st ドラフトを提出. その後,6・7・8月の三ヶ月間は,1st ドラフトに対していただいたコメントとフィードバックを元に思考を深め,ひたすら書き続けた. そして,何とか,Introduction,Literature Review,Methodology の3チャプターを書き終えることができた. とりあえず形になってほっとした. 論文作成プロセスを記録として残しておくため,プロポーザルを撮影しておいた. 

でも,これはまだ2nd ドラフトに過ぎないわけで,正式にプロポーザルを提出する11月末まで,まだまだ書き続けなければならない. 長い. プロポーザル・ディフェンスが終わってもそこからがまた長い. 2010年には論文を完成させ,PhDを取っていたい. まだ先は長い.

それにしても毎日しかめ面をしてラップトップとにらめっこしているので,普段の顔がそういう顔になってきたような気がする. さらに,長時間ラップトップとにらめっこしているとだんだん目が血走ってきて,普段の目がそういう目になってきたような気がする. 結果的に,普段の顔が「しかめ面に血走った目」が特徴の顔となってしまったような気がする. どんな顔や. こわすぎです. 研究を進めることと外面の美を磨くことは"trade-off"の関係にあるのかもしれない. 佐伯チズさんのエステに行って「佐伯チズ式リンパマッサージ」を受け,しかめ面の顔を引っ張って元に戻してもらいたい. ひっぱってひっぱってあげてあげて.

今回のドラフトは3チャプターで計80ページくらいになった. 2nd ドラフトにしては,やや長編になってしまったかもしれない. 新学期が始まってただでさえ忙しい先生はこんな長編を読む時間を作ってくださるのだろうか,いつものモナリザの微笑が一瞬消え,「ただでさえ忙しいのに80ページ読ませるんかいカモーン」という反応をされたらどうしようか,などと心配していたのだが,"I will read all asap and give you feedback."と言ってくださる. ありがたい. サンライズ先生とか言ってしまってごめんなさい. 

とりあえずドラフトが完成してほっとしたのか疲れがどっと出てきた感じがする. 久しぶりに先生とお話して気疲れしてしまったせいもある. グッタリ. グッタリしたまま午後からの統計の授業に出る. 前回のMatrix Algebra に続いて,今日は,Covariance Matrix,Eigenvalue など. 今学期の統計の先生も,最初から統計ソフトには頼らない. 「コンセプトをきちんと理解するため最初は手で計算してもらいます」という主義である. 何事も基礎から体系的に知識を積み上げていかなくてはならないという教育的アプローチである. すばらしい. と言いつつ,小数点が入ると掛け算ってなんて難しいのだとか低レベルのことを言っている人がいる. そして,三次方程式の解き方を忘れてしまい途方に暮れている人がいる. わたしのことだ. 文系の大学に進んだ後は数学脳を使用する機会が極端に減ってしまい,今では小学生と変わらないレベルにまで衰えてしまった感がある.

今日は疲れていたこともあって授業中だんだん頭が働かなくなってきた. そのうち,Covariance Matrixを説明する先生が度々「マトリックスマトリックス」って言っているのを聞いて,映画『マトリックス』で主演していたキアヌ・リーヴスのアクション・シーンを思い出してみたり. すごいエビゾリだったとか思ったり. そのマトリックスとちゃいます.

そうこうしているうちに授業が終了した. 終了と同時に来週提出という宿題が配布される. 「SPSS(統計ソフト)は使わずに手で計算すること」という指示がある. ひょー. おもわずエビゾリしそうになる. キアヌ・リーヴスかい. というか,エビゾリするほどびっくりしてたら教室で目立ってしまいます. そりー. それにしても,今日は頭が全然頭が働かなかったので今回の宿題はできないのではないかなぁまずいなぁと思っていると,隣に座っていた計算の速さが尋常じゃないインド人男性が"Do you want to work with me?"と言ってきた. 何で分かったのだ. でも,何でちょっとだけ上から目線なのだ. ちょっとだけ悔しい. ところで,わたしはこの"Do you want to...?"という英語表現が最近ようやく慣れてきたけれども,最初はあまり好きになれない表現だった. 日本語で訳してしまうのが原因なのだと思う. 直訳すると,「わたしと一緒に宿題したいですか?」という感じ. したくない. 

"Do you want to...?"は,正確には,「~しませんか?」とか「~しましょうか?」という提案や勧誘の意味がある. 日本語学習者であるアメリカ人がよく「ノミタイデスカ?」「タベタイデスカ?」「オドリタイデスカ?」とか言っているのは,"want to"(~したい)を直訳してしまう第一言語からの転移が原因だと思われる. 食べても飲んでもいいが別に踊りまではしたくない. ワイキキの通りを歩いていて,「スシタベタイデスカ?」と勧誘されたこともある. 食べたくない. 

統計の宿題は,インド人に頼らずひとりで頑張ることにした. 

やらなければならないことがどんどん増えていく. 

タベタイノミタイオドリタイ.

| | コメント (0)

巡り会い

オレゴン在住のお友達がはるばるホノルルまで来てくださった.

最近は週末もずっと博士論文のプロポーザルを書いていて休みがなかったし,新学期が始まった緊張感で何だか疲れきっていたので,今日お友達に会って一緒にお出かけできることをずっと心待ちにしていた.

前日も,朝支度をするときも,まるでデートに行くかのごとく気持ちが弾んでいた. るんるん. こんなに明るい気持ちになるのはほんとに久しぶりだ. 前にこんな気持ちになったのは何年前のことだろう. 覚えてないくらい昔のことなんかい. 

Aug31_001_2

 お友達に会うのは昨年の9月以来. 前回はあまりゆっくりお話できなかったので,またこうして再会できてとてもうれしい.

 ランチを食べに海の見えるレストランへ.

 青い海. 青い空. ふわふわ浮かぶ白い雲. 癒される.

 そんなに昔から知り合だったわけではないのだけれど,ずっと昔から知り合いだったような気がしてしまう人がいる. お友達は自分にとってまさにそういう人だ. 研究のこと,仕事のこと,プライベートなこと,いろいろな点で,何を最も大切にするか何にいちばんプライオリティを置くかに関して共通点が多く,お話していてなんか安心してしまう. 何を言っても深く頷いてださるのがとてもうれしかった. 一人じゃないんだなと思える安心感. ありがたい.

Aug31_004

  場所を変えて,またお話の続きをする.

 ふと外を見ると,虹が見えた.

 ハワイではスコールの後,よく虹があがる. しかし,見えたと思ったらもう次の瞬間には消えていることが多い.

 「虹が10分も見えていたら,もう見る人はいなくなるだろう」

という言葉をゲーテが残しているそうだ.

すぐに消えてしまうものだからこそ,虹が見られると感動するし,すぐに消えてしまうものだからこそ,虹にめぐり会えたその瞬間をとても貴重な時間のように感じる.

Aug31_011_2  お話をしているのが楽しくて,結局日が沈む時間までずっとおしゃべりしていた.

 そして,マジック・アイランドをお散歩する.

 夕日. 風. 波の音. 癒される.

 もし,今の生活を選択していなければ,お友達に出会うことは一生なかったのかもしれない. そう思うと,とても不思議な気がした. 人生の選択というのは,一生に一度限りの機会をつかめるかつかめないかを決める大切な瞬間であることを改めて実感した.

虹と同じかもしれない.

巡り会いに感謝し,巡り会いを大切にすること.

自分はこれまで大切にすべき人を大切にしてこなかったかもしれないと思うことがある. ハワイでぽっかり穴に落ちたような孤独を感じることがあるのはそのせいかもしれないと. 大切にすべきものを大切にしなければもう次の瞬間にはそれを失っているかもしれないのだと.

大切なことに改めて気づかせてくれたお友達の存在,ほんとうにありがたい.

| | コメント (4)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »