« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

gap

Saturday_008 一週目が終わった.

 研究に加えて,授業の予習復習をしなければならなくなると,やはり忙しい.

 それに,一人でできる研究と違って,授業は限られた時間の中でいろいろな人々と一緒に課題に取り組まなければならないので,緊張感があるし疲労感も大きい.

あるクラスで,とても若い女子たちに囲まれて授業を受けるという経験をした. おそらくマスターの1年生とか2年生の人たちなのだと思う. 大学院というところには,大学からすぐに上がってきた人もいれば,長い間社会人を経験された後,また学問の場に戻って来られた方もいて,授業には様々な年齢層の方々が集まることになる. これまでは,割と自分と歳の近い大人の人がいるクラスで授業を受けてきたので,世代に関する違和感を感じることはなかったのだが,今学期のこのクラスは,見事に若い人たちが集まっている. しかも,みんな女子である. これまでこういう雰囲気の中で授業を受けたことがなかったので異様な感じがした. みんな若くてとてもかわいらしい. みんなアジア系の女子で,同じようなファッションに同じような背格好に同じような髪型をしているので,みんな同じ顔に見えてしまった. まるで「サンリオ・キャラクター大集合」みたいだと思った. 右から,キティちゃん,メロディちゃん,キキララちゃん,続いて,シナモンロールちゃん,クロミちゃん,ウサハナちゃん・・・といった感じ. というか,サンリオ・キャラクターやけに詳しいですね. というかシナモンロールちゃんて.

目の前にサンリオ・キャラクターが大集合している中で授業を受け,少しばかり疲れてしまった. なぜだろうか. 世代ギャップを感じてしまったからなのかもしれない. サンリオの中に溶け込もうとする努力などはあえてしないつもりだが,キティちゃんあたりにならなってもいいという気持ちがないわけではない. キティちゃんになるんかい.

まぁ,サンリオかサンリオでないかというギャップはどうでもいいことなのだが,最近,自分の研究の方向性が,所属するプログラムが目指す方向性とますます離れてきたような気がして,そういう意味でのギャップを授業中に感じてしまうときに,しんどさを感じる. 違う視点を取り入れられるという点で勉強にはなることも多いけれど,知識不足で何も意見が言えなかったり,授業中のアクティビティの重要性に疑問を感じてしまうということも少なからず起きる.

最初にどこで研究を始めたか,最初に誰に指導してもらったかというのは,その人が研究者として取る立場とか考え方にとても大きな影響を及ぼすと思う. 自分の場合は,最初に研究を始めた場所がオーストラリアだったことが,自分の考え方の基盤になっているのだということを最近よく実感する. 

オーストラリアでの言語教育とかリテラシー教育は,Halliday(元シドニー大教授)のSystemic Functional Grammar (体系機能文法)がバックボーンとなっている. 形態素や語の習得よりは,テキスト(あるまとまった文章や会話)が持つ「意味」と「機能」に注目し,文章の意味を読み手に明確に伝えるための構成とか,社会的文脈に合ったディスコースなどを重視する. 自分はこのSystemic Functional Grammarにかなり影響を受けていて,従って,興味分野も「語」レベルよりは「ディスコースレベル」となり,「三人称の-sをどう教えるか」ということよりは,「論理的でわかりやすい文章を書くためにメタディスコース・アイテムをどう教えるか」ということに興味がわく. 

こうした自分の立ち位置を確認できるようになったことは,アメリカで学べたおかげであり,やはりここに来てよかったとは思う. オーストラリアの大学院は,コースワークをする必要がないので,博士の学生は入学と同時に研究をスタートする. 自分のような素人の場合は,コースワークがないと自分の好きなことばかりやってしまい,広い視野で自分の立ち位置を確かめるということができなかったような気がする.

そういう意味で,自分の興味分野と授業の内容の間にギャップを感じることが,自分にとってプラスになっているのかもしれない. ああこういう考え方とか見方もあるんだなぁと. 授業をする先生にも,その先生の考え方を支える理論的基盤というものがあるので,自分のニーズと授業の方向性が最初からピタリと一致しているということは少ないというのが実際のところなのかもしれない. そのギャップを埋め合わせできるかどうかは,すべて自分の力次第,自分の工夫次第で決まるということなのかもしれない.

要するに,教えてもらうのを待っているのではなく,自分で考え,自分で作り出していくということだ.

なんか勝手にまとめている.

いろいろな場で「ギャップ」ということについて考えさせられた一週間. キティー.

| | コメント (5)

2008秋学期スタート

Hawaii1_002   2008秋学期が始まった.

 2年前,2006秋学期にコースワークを開始し,これで5つめのセメスターを迎えることになる.

 先学期で必要な単位はすべて取得したので,今学期はCOMPと博士論文のプロポーザルを書くのみ,と言いたいところなのだが,

 今学期も奨学金をいただけることになったため,3科目履修しなければならず,結局,授業を取りながらCOMPとプロポーザルの準備をすることになった. 

必要な単位はすべて取得しているという安心感もあり,今学期の3科目は「フラダンス初級」,「ウクレレ初級」,「サーフィン初級」など,比較的ゆるいカルチャースクール的科目でそろえたいところだったのが,どれも見事に初級で逆に負担になりそうだからやめた. フラはハワイの神話や歴史を伝える踊りで手の動きは手話になっているらしく,思っている以上に奥が深そうであるし,ウクレレは絶対にはまってしまうことが分かっているので,いったん始めたら一日中部屋にこもって練習してしまう恐れがあるし,そのうち調子に乗って弾き語りなんかして周りの人に嫌がられる可能性があるし,サーフィンなどしてしまったら毎日波にのまれて体がボロボロになる危険がある. 

そんなわけで,真面目に自分の研究に関連する授業を履修することにした. というか当たり前ですが. というかフラとかウクレレとかサーフィンの授業は大学ではオファーされていません. 当たり前ですが.

今,考えているプロジェクトを実施するのに役立ちそうな授業がSLSでオファーされているのでそれを履修することにした. あとは,博士論文研究のためのリーディングと統計の授業を履修する.

今日は統計の第一回目の授業に参加してきた. 統計のクラスと取るのはこれで4回目. もう"advanced level"だ. と言いたいところだが(自分で言うな),頭がそんなによくないので,まだ自分で自由自在に使いこなせるところまで至っていない. ということで,復習の意味もかねて,教育学部でオファーされている"Multivariate Methods"のクラスを取ることにした.

先生は韓国人の女性で,頭の切れそうな,まさしくstatisticianという感じの方だった. 厳しく,余計なことは一切言わず,たんたんと授業を進めていく. usernameのことを「ゆーじゃーねーむ」と言っていたが. コラ. Multivariate Methodsを理論からきちんと押さえていくということで,初回からいきなり3時間ぶっ通しで,Matrix Algebraの特訓を受ける. Algebraなんて高校生のとき以来で,数学的思考回路を呼び起こすのにやや時間がかかってしまう. というか何年前のことなのでしょうか. 隣に座っていたインド人男性の驚異的な計算の速さに圧倒されつつ,マイペースで取り組む. というか,計算速いのはいいのだが,先に答言うなやーと思った. こういう人必ずいるんですよね,自分の答が出たらすぐに大声で言っちゃう人. だから先に言うなって. インド人が計算に強いというのはやはり本当であるらしい. 他の国の人が答出すのは待てないから先に答言っちゃいます. だから先に言うなって.

今日は,普段未使用になりがちな数学脳をふんだんに使った気がする. でも,普段しないことを無心になってやるその瞬間は,日常生活で自分を追い詰めるコミットメントから逃れられる感がある. すべてから解放されよい息抜きになっているような気がした. 授業が終わった後のチョコレートがとてもおいしかった.

もっと力をつけたい.

第5ラウンドスタート.

| | コメント (3)

simple is best

頭から角が生えてくる夢を見た. 

アゲハチョウの幼虫みたいに頭から角を出し,すごい臭いを放って周りを威嚇しているのである. なんてことだ. 明日から秋学期が始まるというのに,こんな角を生やして授業に出られない. あれ?頭から角が生えている人がいるよ!とかいってクラスメイトの嘲笑の的になることは間違いない. まったくこのタイミングでどうして頭から角が生えてくるのだ. 助けてくれーと叫んでいたところで目が覚めた. 頭を触ってみると角は生えていなかった. ああ夢でよかったと胸をなでおろす. やはり角が生えていないシンプルな頭が一番だとか改めて思ったりする. シンプル イズ ベスト である.

頭から角などという悪夢を見てしまった朝はまったく清清しくないもののはずなのだが,悪夢の「悪」の程度があまりにも大きすぎて,それが現実でなかったことに対する安堵感が大きく,ああ角が生えていないって幸せなことだとよく分からない喜びをかみしめている自分がいた. そんなことで喜び感じるんかい. だいたい普段の生活がシンプル過ぎて,大きな喜びを感じるというような出来事もあまり起こらないので,たまに感じる喜びといえば,「頭から角が生えていなくてよかった」という程度のものなのである. なんじゃそれ. 相当変わっている.

そんな安堵感と喜びのおかげか,今日は仕事がかなりはかどった. IntroとLiterature Reviewsがほぼ完成し,今日はMethodologyの最初のところまで書き上げることができた.  自分が設定したリサーチ・クエスチョンに答えるための適切なメソッドを考えるというのは,研究を行う上で最も難しく,最も頭を使わなければならない部分だと思う. 今日は何となく頭がすっきりしていて,文章を書きながら良いアイデアが浮かんできた. こんなことはめったにないことなので今日はついていると思った. 頭から角が生えてきた夢を見たおかげかもしれない. こんなことならまた同じ夢を見てもいいなと思ったりした. つんつん.

Dscn3911  一通り形になってきたところで,シアトルから戻ってきたお友達からお電話をいただいたので,ワイキキまで会いに行ってきた. ホノルル・コーヒーでお茶を飲みながら,シアトルの写真を見せていただいたり,パートナーとその家族のお話などを聞かせていただいたりした. シアトルの風景の写真には,空高くそびえ立つ針葉樹林が写っていて,ああ北米の景色だなと思ったりした. そして,空の色が穏やかな水色をしていてハワイの空の色と違うと思った. 近代的なデザインのビルが立ち並ぶオフィス街もハワイにはないものだと思った. 24時間営業+ドライブスルーというマクドナルドみたいなスターバックスがあるらしく(写真を送っていただいた),さすがスターバックスの生まれ故郷シアトルだと思った. そして何と言っても,サーモンがおいしそうだった. シアトルのフィッシュ&チップスの「フィッシュ」には「サーモン」が使われるのだということを学んだ. シアトルに行ってみたくなった. 写真に写っているお友達がとても楽しくて幸せそうで,写真を見ているこちらまで温かい気持ちになれた. だいたい今の自分が感じる幸せなんて「頭から角が生えてなくてよかった」という程度のものなので(まだ言ってる),お友達の幸せのレベルが手の届かないくらい高いところにあるように思えた. 誰かに愛され大切にされている人というのは,こんなに余裕があって,こんなに素敵な表情をされているのだなと思ったりした.

Aug19_002  そんなお友達からシアトルのおみやげをいただいた. 

 とてもうれしかった.

 おみやげをこんなにうれしいと思ったことは初めてかもしれない. 最近,愛に飢えているからなのかもしれない. そして,最近感じた幸せといえば,「頭から角が生えてなくてよかった」というレベルのものだったせいか(まだ言ってる),わたしのために時間をかけておみやげを選んでくれたお友達の気持ちがとてもありがたかったし,そういう人が身近にいてくれることをとても幸せなことに思えた.

本当にありがとう.

総合してとてもよい日曜日となった.

明日から2008秋学期が始まる.

| | コメント (4)

orange hibiscus

Aug15_005_3  オレンジ色のハイビスカスが咲いている場所がある.

 ハワイでは赤や黄色のハイビスカスを見かけることはあっても,オレンジ色のハイビスカスを見かけることはあまりない.

 春にここに来たときは一輪しか咲いていなかったのに,今日はたくさんのハイビスカスが花を開いていた.

生きているといろいろなことがあって,毎日がハイビスカスのように明るくというわけにはいかず,疑問を感じたり,いやな気持ちになったり,また気持ちがどうしようもなく沈んでしまうということもある.

まぶしいくらいに明るく花開いているオレンジ色のハイビスカスを見て元気をもらえた気がした.

太陽の方を向くのだと.

自分にとって最も大切なものだけに目を向けるのだと.

今週もおつかれさまでした.

| | コメント (2)

サンライズ

Aug3_002  ブランチに日本から持って帰ってきた「サンライズ」をいただく.

 関西では,世に言う「メロンパン」のことを「サンライズ」と呼ぶ. 英語で表記すると"sunrise"となる. 形が太陽に似ているからだ. 

 写真は,神戸コープさんの「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」である. 神戸で「サンライズ」というと,神戸コープさんのこの「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」がいちばんおいしいと思う. ハワイに帰る日,妙法寺駅前のコープさんに行って店頭に並んでいる「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」を買い占めてきた. 今,その「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」がハワイのお部屋の冷蔵庫の中でしっかり冷凍保存されている. というか何度も「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」って書かなくていいですから.

神戸コープさんの「ふんわりサクサクサンライズ(レモン風味)」(もういい)は,表面はクッキーのようにサクサクしていて,中はふんわりしていて,レモンの風味がするのが特徴である. パン博士のウンチクでした. というかネーミングそのままじゃないですか. というか誰がパン博士やねん.

はっきり言って,わたしはサンライズが好きである. あまりに好きすぎて,大好きなOrtega先生(わたしの指導教授)もサンライズにして食べてしまいたいくらいである. 

名前だって「オルテガ」より「サンライズ」の方が愛嬌があってかわいいと思うのだ. 「サンライズ先生」. オルテガという名前には何となく「強さ」とか「たくましさ」というメタファーがあって,たとえば「機動戦士ガンダム」というところを「機動戦士オルテガ」といったとしても,何の違和感も感じないのである. これからは「サンライズ先生」ということで. ちょっと意味がよく分かりませんが. というか,こんなこと書いてるのがご本人の耳に入って,「誰が機動戦士オルテガですって?」とか「わたしをサンライズにして食べてしまいたいですって?」とか言われたら大変ですが. ディフェンスで不合格になったりして. その際は,SLSでの博士をあきらめてパン博士を目指しますかね. というか,例として「機動戦士ガンダム」を出しているあたりが古い. 

もうすぐサンライズ先生,いや,オルテガ先生に修正したプロポーザルを見せに会いに行かなければならない. 大好きな先生のはずなのに,会いに行くのがゆううつだったりする. ほんとうに先生のことをサンライズにしてパクリと食べてしまいたい. カモーン.

ところで,先日,ブログの読者の方から,「satchyさんのブログは,パンに対する熱意と気迫が感じられますね」というお褒めの言葉をいただいた. どうもありがとうございます. というか褒め言葉だったのでしょうか. やはり目指すはパン博士でしょうか. 

| | コメント (4)

keep drafting

Aug15_008

 金曜日がハワイ州の祝日で今週末は3連休である. それが何か.

 終わらない仕事を終わらせるため,今日もお気に入りの場所にやって来た.

 運よく,景色がきれいに見える外のテーブルを確保できた. ここに座って,青い空,青い海,風に揺れるヤシの木,そして広い道路をビュンビュン走る車たちを見ていると,「ああわたしはハワイにいるのだな」ということを改めて実感する.

そして,ここに座っていると,トロピカルで明るいハワイの風景の中に自分だけがぽっかり浮き上がっているような気がして,自分のやるべきことにきちんと目を向けられる.

しかし,なかなか進まない. 頭の中がきちんと整理できていないということもあるのだろうけれど,英語で文章を書くのが難しく時間がかかるということもある. いろいろアイデアは浮かんでくるのにそれを表現するための適切な言葉が出てこないということがいまだにある. 英語の学術論文を上手に書けるようになりたいとしみじみ思う.

特に,指導教授のOrtega先生の論文を読んでいるときにそう感じる. 先生は,言葉の選び方が上手,というか巧みだと思う. たとえば,"obscure"(あいまいな,はっきりしない)という語の代わりに,"wade into murkier waters" という表現をさらりと使ったりする. "murky water(濁水)"ですか. やりますな. 確かに,どんな物も濁った水の中に入ってしまうとはっきりとした輪郭が見えなくなる. 先生のことも見えなくしてしまいたくなる時がある. うそです. 

知っていても使えないという語彙や表現がまだまだたくさんあることを痛感する. 理解語彙と使用語彙の差はぜんぜん縮まらない. 先日,親知らずを抜いたというお友達と話していたときにも,「親知らず」のことを英語で "wisdom teeth" ということを学んだ. 「親知らず」ってwisdomな歯だったんですね. 「英知にあふれた歯」という感じでしょうか. どんな歯や. 日本語で「親知らず」というと,何だか不要な歯というイメージがつきまとうけれど,"wisdom teeth"といわれると,何だか神聖な歯のような気がして,抜かずに口の中に納めておきたい気持ちになります. それにしても,「歯を抜く」というのは残酷きわまりない行為だと思います. とても痛そうです.

June15_008 "wade into murky water"に"wisdom teeth"に,まだまだ知らないことがたくさんあると思った. そんな自分だけれど,今日バス停で韓国人と思われる若人集団にアラモアナへの行き方をたずねられたので,「6番バスかエクスプレスのAに乗るといいですよ.ちなみに4番はワイキキ,18番は次の停留所が終点ですよ」と教えてあげたら,"You're encyclopedia !" (あなたって百科事典みたいですね)と言っていただいた. 百科事典ですか. それはどうも. というか,バスの番号を説明しただけなんですけどね. 

百科事典でなくてもいいので,自分の専門分野に関しては何を聞かれてもきちんと答えられる人になりたいと思った. ハワイのバスについてじゃなくて. そして,すらすらと英語で学術論文が書ける人になりたいと思った. "wade into murkier water"のような巧みな英語表現をさらりと使いこなせるような. こつこつがんばっていくしかない. keep drafting.

| | コメント (2)

vow renewal

バウ・リニューアル(vow renewal)

ということばを知った.

「vow(誓い)をrenewal(更新する)」という文字通りの意味を持つこのことばは,

「夫婦が再び愛を誓い合う」式のことを意味するらしい. 

日本ではなじみのないセレモニーだが,欧米では広く行われている習慣らしい.

Aug10_012  そのバウ・リニューアルに偶然出くわすことができた. 先日訪れたマノアのWaioli Tea Roomで. 

 ご夫婦は日本人の方だった. ご結婚されて40年とのこと. でも,若いときは貧しく,そして生まれてきた子どもさんを育てることに一生懸命で,結婚式を挙げることができなかったのだという. そんなご夫婦へのプレゼントとして,娘さんがハワイでのバウ・リニューアルを贈ったのだという. 

なんて素敵な贈り物なんだろう. 娘さんのご両親に対する想いが,身内でもなんでもないわたしの心にまでジーンと響いてきた.

生まれて初めて目にしたバウ・リニューアルという儀式は,ご夫婦の最高級の幸福感であふれていて,その空間だけきらきら光る宝箱のように見えた. その幸福感があまりにも大きくて,ときどき宝箱からきらきら光るものがこぼれ落ちてくるような感じ. 

その幸福感は,特にお母様の方から放たれているような気がした. 笑顔が本当に素敵だった. このくらいの年齢の女性がこんなに幸せそうに笑っているのをもしかしたら初めて見たかもしれないと思ったほどだった. 

そして,「ドレスが似合うのは若いうちだけ」なんていう定説はうそだ思った. お母様のドレス姿はとても美しかった. この年齢の女性が白いドレスを着ているのを初めて見たけれど,人は年齢を重ねた分だけ人としての魅力が備わり,ドレスはその美しさを最大限に引き出してくれるような気がした. 

Aug10_011  ご夫婦は結婚されて40年とのことだった. 

 40年.

 自分はまだ40年という年月を生きていないけれど,それがとてつもなく長い年月であることは容易に想像ができる. そして,その長い年月を誰かと共に生き続けるということが嬉しく楽しいことばかりではないことも容易に想像がつく.

その素敵な笑顔の中に,40年という長い年月を二人で乗り越えてきたご夫婦の絆の深さ,そして,40年という長い年月を乗り越えてきたからこその人としての魅力を感じた.

そして,これも推測でしかないけれど,40年というようなとてつもなく長い年月を共に過ごしていると相手の存在が当たり前のようになってしまって,その存在に感謝をしなくなってしまうような気がする. バウ・リニューアルは,「再び愛を誓う」というよりも「再び相手の存在に感謝をすることを誓う」という意味で,二人にとってとても大切な場になると思った.

とてもすばらしいセレモニーだと思った.

| | コメント (2)

ハイティ @ Waioli Tea Room

Aug10_013  日曜の午後,マノアの山奥深くにある Waioli Tea Room で,ハイティをいただいてきた.

 「ハイティ(High Tea)」という音を聞くと,なんとなく,「ハイソなティ」という意味なのかと思ってしまいがちだが,

 上流階級が発祥のアフタヌーンティと比べ,ハイティはぐっと庶民的で,優雅に午後のお茶をする時間のなかったロンドンの労働者達が、空腹を満たすべく夕方にいただいたボリュームのある軽食を指すのだそうだ. アフタヌーンティーが小さなラウンジ・テーブルで供されるのに対し、ハイティーはメインの(high)テーブルで供されることからその名がついたのだそうだ (wikipediaより引用). 

アフタヌーンティはいただいたことがあるけれど,ハイティは初めての経験である. どんな上品なハイティ・スタンドが運ばれてくるのだろう. お友達三人でわくわくしながら待つ. 

Aug10_009

 運ばれてきました. 三人分のハイティ. 

 わー,これがハイティ.

 ・・・

 というか三人分まとめて一皿に乗せとるんかい!

 山盛りてんこ盛りやんか.

と,すかさずツッコミをいれさせていただく.  

強引に乗せすぎです. お皿がきつきつになっております. 一番上のお皿はケーキがはみ出して落ちそうになっております. ハイティなのに,ぜんぜん品がありません.

さすが「ロンドンの労働者達が空腹を満たすべく夕方にいただいたボリュームのある軽食」という由来だけあります. 「食えー食うのじゃ,満たせー満たすのじゃ」という気迫が感じられる盛り付けです.

しかし,本場イギリスでのハイティは,おそらくこのような強引な盛り付けはしないだろうと思われる. ハイティというのは,「軽食」を「お皿に少しだけ」盛るのが原則だと思うからだ. イギリス人がこんな山盛りてんこ盛りハイティを見たら,目を丸くしてNo way!とか言いそうです.

まぁここはハワイだから仕方ない. これがハワイのハイティなのだ. 所変われば品変わる. よい異文化経験ができた. 何でしょうかこのまとめ方は.

Aug11_001  そんなツッコミどころ満載のハイティだったけれど,緑あふれるティールームでお友達と過ごすひとときは,とても優雅な時間となった. 自分の話ばかりではなく人の話にも誠実に耳を傾けられる大人の人と一緒にいると安心する. 

 お二人の出身地である場所が,今,話題のNHK大河ドラマ『篤姫』の舞台になっていることもあって,今日はそのお話で盛り上がった.

日本に一時帰国中,全部で4回しか見られなかったけれど,『篤姫』にはまってしまった. 大河ドラマとしては久々のヒットだと思った. おもしろかった. その4回の中で,薩摩藩の島津斉彬という人物に興味を持った. 幕末に新しいものを積極的に取り入れようとし,その目は広く世界を見据えていた. その役を高橋英樹さんが演じていたこともあって,島津斉彬ってすてきかっこいいと思った. 島津斉彬が病気で他界してしまったときは,もう会えないのかと思って悲しくなった. はまりすぎです.

今日,お二人にも島津斉彬について語っていただいた. 薩摩の人々は島津斉彬という人物について特別な思いを持っておられるとのことだった. お二人がいらっしゃることだし,今度日本に帰ったら島津斉彬のゆかりの地を訪ねに薩摩を旅してみたいと思ったばい. あれ. 

とてもよい休日を過ごせた. 

| | コメント (4)

COMP

Aug7_001  進まない仕事をやっつけるために,お気に入りの場所にやってきた.

 仕事がはかどる.

 周りが皆ラップトップを開いてもの書きをしていたり,本を読んでいたりするので,適度な緊張感があって,ひとりでいるときよりきちんと自分のことに集中できる.

集中力がこれまで以上に必要な状態に突入している. この9月から12月にかけてCOMP (comprehensive exams) が行われるからだ. 

Bibliographyの提出 → Preliminary Meeting  → 筆記試験の問題出題 → 筆記試験提出 → 口頭試験 → プロポーザル提出 → プロポーザル・ディフェンス という一連の行事が2週間ごとに行われる.

筆記試験は,問題が3つ出され,それぞれに対して20枚ずつ論述する. 期間は2週間. 日々どのくらいきちんと勉強していたか,また,どのくらい手を抜いていたかがすべて出てしまうおそろしい試験だと思う. ひー.

筆記試験の後は,口頭試験がある. 話が上手ではないので,あーうー・・・とか言ってる間に終わってしまいそうな気がする. ぐー. 

選択した分野に関しては当然プロフェッショナルであることが求められるわけだけれど,プロフェッショナルの域に達していると実感できることがない. ないんかい. やってもやっても自分がいかに知らないかを痛感させられる. この夏は,これまで読んできた文献をこれまでとは「違う視点」でもう一度全部読み直してみた. 「違う視点」で読み直してみると,見落としていた点がたくさんあったことに気が付いた. それに,忘れていることも結構あることに気が付いた. 年齢が上がるにつれていわゆる「物忘れ」がひどくなるのは避けられないことではある. ほっといてくれ. いずれにしても,自分はまだまだだと痛感した. ぶー.

それなりの基盤を作ってハワイに来たはずだったけれど,2年が過ぎCOMPを受けようとしている今でも,わたしは何でも知ってます何でもわたしに聞いてください的な自信はまだついていない. ついてないんかい. そういう自信がつくタイミングというのは一体いつ訪れるのだろうと思う. たぶん,これから先も自分に満足できる日というのは訪れないような気がする. 研究というのはエンドレスだからだ. 

2年前にここに来たときは,2年後の自分はもっと自信をつけてもっと光輝いていると思っていた. でも,2年やそこらで"マジック"は起こらないのだ. 海外留学したら恐ろしいほど英語が上手くなります的な"マジック"もそう簡単には起こらないのと同じだ. 小さな積み重ねが大きな力になることを信じてこれからもコツコツやっていくしかないのだと思う. 

ところで,昨日アラモアナで日本の某テレビ局の女性アナウンサーを見かけた. オフでハワイに遊びに来られていたのだろうか. 夕方のニュース番組のアンカーをしていたり,雑誌にエッセイを連載したりしている. 美しく,品格があり,知性がある. 初めて本物を見てうれしくなった. 本物もやはり美しかった. プロフェッショナルというのはこんなふうに光り輝くものなのだなと思った. サインもらいに行こうかと考えたがなんかかっこ悪いからやめた. 遠くから,そのオーラあふれる姿を拝見し刺激を受けた. プロフェッショナルになりたいと思った. まずは第一関門であるCOMPに向けてがんばろうと思った.

| | コメント (2)

グリーティングカード

Ebi_moe_001

 スーパーにコンタクト保存液を買いに行ったついでに,カード売り場に寄り道した.

 大型スーパーやドラッグストアにあるカード売り場は,アメリカ文化のひとつだと思う. この写真のように,どのお店も,カード売り場にかなりのスペースを割いている. 

背景には,「記念日にカードを贈る」というアメリカの習慣がある. 誕生日,入学、卒業、出産、結婚、母の日、父の日,お悔やみ、お見舞いなど目的別に様々なデザインのカードがそろっている. 

カードの種類が豊富な上にさらにすごいと思うのが、送る相手によってカードが細分化されていることである. 「誕生日」というカテゴリーひとつ取ってみても,おばあさん,おじいさん,お母さん,お父さん,娘,息子,おば,おじ,友達,奥さん,だんなさん,はては,義理のお姉さん,義理のお兄さんなど,贈る相手によってカードが区分されているのである. アメリカ人というのは細かいことは気にしない国民だと思っていたけれど,ことカードの細分化に限ってはその綿密さに頭が下がる. すばらしい.

しかし,細分化されすぎていてけっこうめんどうくさくもある. 母親への誕生日カードを探していて,「これかわいいこれにしよう」と思っても,そのカードに「おばあさんへ (For Grand Mother)」へと書かれていたりする. ばあさんや. こんなの送ったら「ばあさんちゃう」って関西人の母親につっこまれます.

Aug3_005  わたしには甥っ子が4人いるのだが,そのうちの2人が今月お誕生日を迎えるので,「甥っ子用」の誕生日カードを買った.

 一人は7歳なので,7歳用のカードを購入した. 7歳用のカードは,カード自体が「7」という数字になっている. わかりやすい. 細分化は年齢にまで及ぶのだ. 自分の年齢のカードがあるのかどうか探してみたが見当たらなかった. そんな大きな数字をカードにして贈りつけられたら不快に思う人がいるからなのかもしれない. にゃー.

もう一人の甥っ子くんは11歳になるのだが,「11」という数字のカードが売り切れだったので,"Nephew(甥)"と書いてあるおサルさんのカードにした. おサルさんだと思っていたのだが,よく見ると鼻だけゾウの鼻になっている. 意味がわからない. 鼻だけゾウやで. 最近,「幼児」から脱却をはかり「少年」へと成長しつつある11歳の甥っ子くんにするどいツッコミをいれられそうだ. 関西で育った子どもたちは,「ツッコミ」というディスコースを自然に習得していく. おもしろい. だんだん生意気なことを言うようになった11歳の甥っ子くんだけれど,ハワイへ発つ日,関空行きのバス停まで見送りに来てくれて,バスが見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた. この映像はこれから年月がたってもずっと自分の心に残っているような気がした.

7歳の甥っ子くんはまだ幼児で,わたしがなぜハワイにいるのか,ハワイとはどこにあるのか,そもそもハワイって何なのかをまだ理解できていないようである. ハワイと日本を行ったり来たりしているわたしが何者であるのか興味津々で,いろいろなことを質問してくる. 「satchyちゃんのおうちはハワイと日本のどちらにあるの?」とか「satchyちゃんはハワイで生まれたの?」とか. 挙句の果てには,「satchyちゃんてナニジン?」とか聞かれる. あなたナニジン?なんて質問を受けたのは生まれて初めてで戸惑ってしまった. どこからみても日本人だと思いますがまだ幼児のボクちゃんには謎が多いのだと思う. 

外国からカードが届くことが彼らにとってどのくらい意味のあることなのかどうか不明だけれど,「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちを込めてメッセージを書いた. これが本当の「グリーティングカード」というものなのかもしれないと思った. 心を込めて手書きで文章を書く. アメリカには素敵な習慣があると思った. 

| | コメント (0)

Back in Hawaii

Sunset_2_002  ハワイへ到着.

 ホノルル国際空港の外へ出ると,まぶしいくらいに真っ青な空と容赦なく照りつける強い日差しが目の前に現われる.

 ああハワイに戻ってきたんだな,またここでの生活が始まるのだなと思う.

 でも同じ夏でもハワイの夏は快適だ. 

と戻ってくるたびに思う. ハワイでよいところがあるとしたら,今のところ「気候」だけだ. それだけかい.

高温多湿の日本と違い,ハワイの夏は高温でも低湿である. 熱風吹き荒れる日本と違い,ハワイでは涼しい風が吹く. そのおかげで,高温でも快適に過ごせる. 何といっても汗をかかないのがよい. わたしは夏に日本に帰るたび,皮膚病に悩まされる. 「アセモ」ってやつだ. 赤ちゃんかい. かゆー.

そのアセモがハワイに戻ってくるといっぺんに治るのである. ハワイでよいところがあるとしたら「アセモにならない」という点である. なんじゃそれ. アセモにならない方にはどうでもいい話でした. あせもー.

気候のおかげか,日本にいたときより体調がよくなった気がする. 今回は時差ボケにも悩まされず二日目から調子がよい. 若返ったのだろうか. そんなわけはない. 調子がよいので早速大学へ行き,事務的な手続きを済ませ,図書館に本を借りに行き,少し勉強をして,お友達と晩ごはんを食べてきた. 日本から帰ってきたばかりなのに早速日本食を食べた. カプチーノという日本食のレストランに行った. 日本食レストランなのにカプチーノという名前なのは意味が分からない. そんなことはどうでもいいのだけれども,カプチーノには"One-choice Teishoku"というお弁当があって,わたしは「コロッケ」を選んだ. おいしかった. 日本のコロッケはとてもおいしいと思う. 

新学期が始まるまで時間があるので,小旅行をしてみたくなった. ハワイ島に行ってみたい. わたしが生まれて初めて訪れた「外国」は,ハワイ島のコナというところだった. 19歳のときだった. 生まれて初めてみる外国はまだ若かった自分に衝撃を与えた. 見るものすべてが新鮮だった. それが異文化や外国語に興味を持つきっかけになったのだと思う. 今の自分の原点はハワイ島のコナにあるのかもしれない. でも,ひとりでハワイ島に行くってどうなのと思ってしまう. ハプナ・ビーチで焼け飲みする女. 捕まったらえらいことだ. ひとりはさみしい. 

ハワイ島のことを考えたりしていたらなんか元気が出てきた. 行きたいけど,やっぱり捕まったらいやだから行かないかな. 焼け飲みするんかい. 

日本に帰国中は正直なところ元気が出なかった. 腰痛になったりして. でもハワイに戻ってきてから調子がよくなった気がする. 気候が良いせいだろうか. いや,今のわたしの居場所はやはりハワイだからなのかもしれない. 

| | コメント (6)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »