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文章読本さん江

日本に帰国中,秀逸な文章読本に出会った.

「文章読本」とは,「文章の上達法を説く本」のことである.

日本の書店に行くと,必ず文章読本コーナーがある. 『論理的に書く方法』とか『小論文の書き方』とか『超・文章法』とか,それを読めば文章の達人になれるかのように思わせるタイトルの文章読本が並んでいる. ちょー.

こうした文章読本は,元・新聞記者や現役新聞記者によって書かれていることが多い. そして,たいてい朝日新聞の記者であることが多い. ここには,サンケイとか東スポの記者は登場しない. 文章業界にもヒエラルキーが存在していることが分かる. 「人生初でんねん.阪神・関本,満塁弾!」とか「虎・M46点灯や~」とかサンケイの記者でないと書けない文章術だってあると思うのだが. おかげで関西は盛り上がっているわけであるし. 最近の阪神ネタでした.

朝日新聞の記者によって書かれた文章読本には特徴がある. 素人の書いた文章を「悪文」のモデルとして挙げ,これがダメあれがダメとメッタ斬りし,勝手に手直ししていくことである. 読み手は,このメッタ斬りと手直しを通して,文章の上達法を学ぶことを期待される.

しかし,この「メッタ斬り」にはずっと疑問を感じていた. メッタ斬りの裏には,新聞記者の方々の「記者=文章のプロ」,「一般人=アマチュア」という論拠のない一方的なラベリングとヒエラルキーが垣間見える. しかし,記者が手直しする文章は,本当に「良い文章」そして「おもしろい文章」に仕上がっているのだろうか? たとえば,最近のサンケイの記事,「人生初でんねん.阪神・関本,満塁弾!」の「でんねん」の部分は,朝日新聞の記者によって赤線で消されてしまう可能性がある. (「でんねん」とは,日本語文末表現「です」の関西方言である.主に大阪の男性によって使用される傾向がある.と思う) なるほど規範に忠実に従った「正しい文」になるのかもしれない. が,訂正された文からは「おもしろさ」が微塵も感じられなくなってしまう. 最も問題なのは,「自分」が消えてしまうことである. 

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つまり,「正しいこと」と「おもしろいこと」は両立しない,ということである.

ということを指摘しているのが,斉藤美奈子著,『文章読本さん江』(筑摩書房 2002)である.

文章を書くこととかその指導法に興味を持っているので,これまでいろいろな文章読本を読んできたわけだけれども,新聞記者が一般人の文章を「悪文」と決めてかかる姿勢には疑問を感じていた. その新聞記者たちが作り上げた階層構造を,斉藤美奈子氏がするどい批評力によってばっさばっさと切り捨ててくれている. 大変心地よい. 

斉藤美奈子氏のメッタ斬りは,文章読本の御三家である谷崎潤一郎,三島由紀夫,清水幾太郎,さらに新御三家である本田勝一,丸谷才一,井上ひさしにまで及ぶ. 「おまへこそ〈筋道がよく通っていないこと〉を学ぶ格好の題材だ」とか言っている. 多くの人が感じていながらも大きな声では言えなかったこと,見て見ないふりをしていたことを,白日のもとにひきずり出し,メスで裁いている. メス裁きの素晴らしさは,しっかりした文献研究と引用のうまさに支えられている. 

メス裁きといっても,ただの批評で終わっているわけではない. 文章読本を引用し批評することでそれ自身が文章読本になっているのがこの本の特徴である。 「メタ文章読本」である.

さらに,文章読本にたえざる需要がある理由として,日本人の多くが「学校でちゃんとした文章を書く訓練を受けなかったと思っている人が多いからである」と指摘し,学校での作文教育の歴史をたどりつつ,文章読本というジャンルが生まれてきた理由を解明している. 

そして,文章の目的を「表現」と「伝達」の二つに分類し,日本の学校が教えてきたことは,芸術文の鑑賞と身辺雑記のたぐいの文章による「自己表現」に偏っていたこと,「伝達のための文章」をなおざりにしてきたことを指摘している. 「思ったとおりに書け」という日本独特の作文教育が生まれてきた歴史的経緯について,これまで知らなかったことをこの本を通して学ぶことができた. おもしろかった.

最終章で,「文は服なり」という言葉を残している. 「衣装が体の包み紙」なら「文章は思想の包み紙」である,と. 思想は文章という衣服を身につけて初めて現われることができる. つまり,文章力というのは,「思ったとおりに書く」だけで身につくものなんかではないのだ. 着こなしの技や知恵をたくさん持つこと,ファッションの引き出しを増やすことで身につくのである. 

文は服なり. よい言葉だと思います. TPOごとに服を自在に着替えられる文章家になりたいと思った. この本はおもしろかった.

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コメント

面白そうな本ですね。
探してみよっと。

ところで、日本滞在中見つけたってことは もうハワイに
帰ってしまったのかな?
ところで、メール見てみてね。私のついてるかな?
もうハワイなら、ハワイで会ったときに渡しますね♪
その後 腰はどうですか?
ちょっと心配してまーす。

投稿: せつこ | 2008年7月27日 (日) 08:20

はじめまして、カリフォルニアのコミュニティーカレッジに
通うnoriというものです。
second language studiesのコミュニティーから来ました。
いつも楽しくブログを拝見させてもらっています。

今はもうこっちの大学も2年目で編入に差し掛かっています。
編入先にマノアのSLSを第一志望に考えています。
というのも、自分は日本語教育にとても興味があり
将来ハワイのカレッジで日本語教育に携われたらと思っているからです。
そのためにマノアで博士まで取っていくつもりです。

まだまだなにも知らないことばかりで
SLSの先輩にアドバイスを頂けたらと思いメールをさせていただきました。
よろしかったらお返事お待ちしています。

突然のメール失礼しました。

投稿: nori | 2008年7月28日 (月) 05:14

ごぶさたしています。
面白そうな本のご紹介有難うございます。
早速読んでみます。

投稿: American Mike | 2008年7月28日 (月) 20:18

【せつこさん】
お返事が遅くなってしまってごめんなさい.

メール受け取りました.いろいろお気遣いいただいてすみません.もう大丈夫だと思います.

【noriさん】
こんにちは.コメントをありがとうございます.

日本語教育にご興味をお持ちなのですね.

具体的にこういうことが聞きたいということがあれば,メールをしてきてください(ブログ右下からメール送信できるようになっています).

がんばってくださいね.

【American Mikeさん】
American Mikeさん,こんにちは.お元気ですか.

これまで読んできた文章関連の本の中で久しぶりのヒットでした.おもしろかったです.だからどうすればいいのという結論部がやや弱かった気もしますけれど・・

またMikeさんの批評も聞かせてください.

投稿: satchy | 2008年7月30日 (水) 13:21

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