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ハワイアンキルト

Mar18_003   ハワイアンキルトのお店に行ったら,こんなにかわいいものを見つけてしまった.

 手のひらサイズの小さなきんちゃく袋.

 何に使うか決めていないけど,かわいいので買ってしまった.

 手縫いって心がこもっていてあったかい. 

ここのお店のLance(ランス)さんとは最近お友達の紹介で知り合いになりました. 座間アメリカンスクール出身の日系の方で日本語がとてもお上手. 日本の名前は「乱津(らんつ)」さん. ランス→らんつ→乱津. なるほどなぁ. しかし,こんなに渋いお名前の人に出会ったのは初めてです. 名字は桂というそうで. 桂乱津. きゃっこいー.

お顔も「桂乱津」というイメージにぴったりの渋いお顔をされています. 極道系の映画には必ず出てくる「竹内力」の目をさらにするどくした感じ. 髪は金髪. 一見,やや恐怖感を与えるお顔をされているので,日本人のお友達の間で「ワイキキの帝王」などというニックネームをつけられているそうで. ぷぷ. ちょっと顔がコワイ人がいるとすぐに「○○の帝王」って呼びたくなるのは日本人の習性なのでしょうかね.

そんなランス(乱津)さんもお仕事はキルトショップ店員&キルトの先生. かわいい. でもお顔の印象とは違って,とっても優しくて人に気配りのできるとってもあたたかい,まさにハワイアンキルトみたいな方です. キルトの講習会を開いているらしいので,夏休みに習いに行くことにしました.

ハワイアンキルトにご興味のある方はぜひランスさんのこちらのお店に行ってあげてください. オーナーさんが東京,高円寺の方で,お店は高円寺にもあるそうです. これまた渋い. あとは倉敷店もあるそうです.

今日から新しい一週間のスタートですね. そして4月のスタート. よいことがたくさんあるぬくもりにあふれた一週間になりますように.

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晩ごはん

Mar28_004

 ちょっと体がしんどくなってしまって,晩ごはんを作る元気がなくなってしまったので,久しぶりにテイクアウトをした.

 アラモアナSC,マカイマーケットの中に入っているコイコイのお好み焼き.

 最近,サラダしか食べていなかったので,たんぱく質補給のため,"Pork Okonomiyaki"にした. ポーク・オコノミヤキ.

(ふつうに「豚玉(ぶたたま)」ってゆえやーーpunch というツッコミが関西方面から聞こえてきました) 

久しぶりのお好み焼き. なんかとてもなつかしい味がしました.

誰かが作ってくれたごはんっておいしいですね. 

特に体がしんどいときは本当にありがたい.

誰かが作ってくれた晩ごはんをいただきながら,世の中のお母さん方は本当にえらいとしみじみ思った. 体がしんどくても,休みたくても,だんなさまや子どもさんがいたら,「今日はしんどいから何も作りませんよ」なんてなかなか言えないのだろうと思う. 

昨日カフェで勉強していたら,久しぶりの小説家のトムに出会った. 今年2歳になるレイナちゃんの話などを聞かせてもらっていたとき,「奥さんがレイナを見てくれているし,いつもおいしい料理も作ってくれるし,おかげで僕は勉強に集中できるよ」とトムが言った. 

トムのこの一言を聞いたときに,奥さんはほんとにえらいなと思った. 自分が奥さんの立場だったら,「わたしもカフェ行って勉強したい」とか言ってしまいそうだ. 家の中の仕事は内と外の切り替えがなく,しかもお子さんが小さいうちはほっと一息つく間もなさそうだし,奥さんだってたまにはカフェに行って気分転換がしたいんじゃないかなと思うのだ.

今日,マリさんとこのことに関連した話をしていて,「本当に心から愛せる人が現われたとしたら,何もかも捨ててその人についていこうとか思うんだろうね」という結論に至ったのだが,何もかも捨ててある一人の男性についていこうとしている自分がどうも想像できなかった. いったん認識してしまったコミットメントを捨てることは簡単なことではないと思う. 「一人の男性を愛すること」と「自分の果たすべきコミットメントを追究すること」はやはりtrade-offの関係にあるのだろうか. 

自分の家族を持つことには憧れる. お母さんになりたいという夢もある. 子どもってかわいい. だんなさまにおいしい晩ごはんを作ってあげたいとも思う. しかし,カフェに行って勉強もしたい.

いろいろ考えていたらますます体がしんどくなってきた.

ポーク・オコノミヤキは3分の1しか食べられませんでした. なんかこの頃あんまり食欲ない. ぶたたまってゆえやー punch

おやすみなさい.

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genius

May_18_001 Schmidt先生のところにプロジェクトの相談に行ってきた.

 そして,短期間で書き上げたやや乱暴なプロポーザルを読んでいただく.

 "Noticing Hypothesis"で業界ではおなじみのSchmidt先生. このような著名な先生に,自分の書いたものを読んでいただいている今この瞬間を信じられない思いでかみしめる.

先生の目の動きを観察してしまう. 目が動いてるーとか思ったり. 

あ,手が動いた何か書き始めるぞとか思ったり.

レッサーパンダが立ち上がったのを見て「立った立ったー」と騒いでいる動物園の観光客と変わりない状態だ.

やや乱暴なプロポーザルだったにも関わらず,きちんと読んでくださる.

リサーチ・クエスチョンのフォーカスの当て方などについてフィードバックをいただく. ぼんやりしていたものの輪郭が見えてきた. 

Schmidt先生はとても頭のいい方で,この先生に出会って,こういう人を"genius"というのだなと学んだ. 何でも本当によく知っている. 何を聞いてもきちんと答えてくださる. 説明の仕方もうまい. 

最もすばらしいと思うところは,抽象的な理論や概念を説明するときの「例」の出し方がとても上手なところである. 学生が「???」な表情をしていると,必ず,"Here is an example..."と例を挙げて説明してくださる. そして,その「例」がいつもおもしろく,必ず笑いを取るのだ. すべったことは一度もない. これはすごい. 教えるとき,上手な「例」を出せるかどうかはとても大事なポイントだと思うのだ. 分かりやすい例であることはもちろんのこと,その例がおもしろければさらに効果がある. これは,頭がよくなければできないことだと思う. 

先生は,学者としても教師としても超一流の方なのだ. 

そして,先生は他にもよいところがたくさんある. いつも優しい. おしゃれで服のセンスもすてき. ジーンズ姿もかっこいい. 60を過ぎているとはとても思えない. 完璧じゃないですか. 先生が20歳若かったら,きっと好きになっていたでしょう(仮定法過去完了). 「20」という具体的な数字を出すと老年扱いしているみたいだけれども. 仮定法過去完了だし. でも今でもとてもすてきな方です.

日本文化にも興味がおありのようで,オフィスに小野小町の後姿の絵が飾ってあった. 正確にいうと,小野小町か紫式部なのか何姫なのかは不明ですけれども. 姫の後姿. 子どもの頃坊主めくりをしたことを思い出した. 姫が出てくると,場に戻された札を全部ゲットできる. そして,坊さんだと札を全部没収されてしまう. だから坊さんがきらいだった. Schmidt先生も,やっぱりお姫様がお好きなのですね. まぁ,研究室に坊さんの絵を飾る人ってあんまりいませんかね. ぼーさん. オフィスに飾られた姫様の絵を見てなんかほんわかした気持ちになった.

偉大な先生から多くのことを学んだ日. 

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貫く

プロジェクトのトピックを変えることにしたので,もう一度最初からliterature reivewsのやり直し

な日々.

前のトピックに関して読んだ文献が無駄になってしまう...とついつい思ってしまうのだけれど,前の作業があったからこそ新しいトピックが生まれたわけであるし無駄になっているものなんて何一つないのだ,と自分に言い聞かせつつ,新しいトピックに関する文献を読み込む日々.

その間,大学は一週間の春休みに入り,世間ではイースター(復活祭)があったりして,周りはホリデームード一色になっている. でもそんなの関係ねぇー. (もう古いでしょうか)

以前はこういう状態を嘆いてばかりだった. 世間がお休みのときもお休みせずいつも勉強している自分を嘆き,勉強しかすることがないつまらない人間だと自分を嘆き,こうしてどんどん世間から隔離され変人になっていくのであろう自分を嘆き,嘆いて嘆いて嘆いてばかりだった. 

しかし,最近は嘆きの回数が少なくなってきたように思う. ようやくあきらめの境地に達したのかもしれない. あるいは,これが自分の生きる道なのだという悟りが開けたのかもしれない. 

ひとつのことを追究するということは,自分の信念を貫くということだから,まず強くなければならない. 自分を嘆いて嘆いて嘆いてばかりいてはだめなのだ. ということが最近になってようやく分かってきたのかもしれない.

ところで,「自分の信念を貫く」ということを徹底した形で実現しておられるのは,「シスター」と呼ばれる方々ではないかと考えさせられる出来事が先日あった.

ハワイ大学で知り合った日本人のお友達で,N県の某カトリック系女子高出身の人がいる. 先生は全員シスターだったそうで. ある日の宗教の授業で,異性(男性)のことが話題になったとき,ある生徒がシスターにこんな質問をしたのだそうだ.

「シスターの好みのタイプの男性はどんな人ですか?」

シスターのこたえ:

「イエス様タイプ」

・・・

ていうか会ったことないでしょうが. 

と思いましたけれども,そんなことはさておき,好みのタイプがイエス様というところに,一生涯を神に仕えるというシスターの強靭な信念が現われていると思ったのだ. 

ひとつのことを追究するということはこういうことなのだと思った. 貫くとはイエス様タイプと答えられるかどうかなのだと.

ちなみにそのお友達に「あなたもイエス様タイプが好み?」とたずねたところ,「タイプとちゃう」と即答した. ちょっと安心した.

信念にもいろいろな形がある.

信念とは自分を支える柱のようなものなので,信念があれば何が起きても自分を見失わずにいられるということなのだろう.

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日本語と英語

認知言語学のプロジェクトで,日本語と英語の移動様態動詞 (manner-of-motion verbs) について調べている.

移動様態動詞とは,移動の様態を表す動詞のことである. そのまんまやん.

つまり,人や物が動くときにどんな動き方をするかということである. 

たとえば,「歩く」という行為の様態を表したいとき,日本語では次のような言い方をする.

ヨチヨチ歩く.

ブラブラ歩く.

トボトボ歩く.

ヨタヨタ歩く.

上の四つの例からわかることは,日本語で移動の様態を表すには,動詞はオノマトペ(擬声語・擬態語)の力を借りなければならないということである. どの例も動詞は「歩く」が使われている点がおもしろい.

これを英語で言い換えてみると,

ヨチヨチ歩く. ⇒ toddle

ブラブラ歩く. ⇒ stroll

トボトボ歩く. ⇒ plod

ヨタヨタ歩く. ⇒ hobble, waddle

となる.

日本語と違って,英語には,ヨチヨチ,ブラブラ,トボトボ,ヨタヨタを区別する動詞があるのである. 

この例からわかることは,英語は,移動様態動詞が発達した言語であること. それに対して,日本語は移動様態動詞が発達していないため,副詞やオノマトペが移動様態表現として機能すること. このことから,英語は"motion-in-verb language",日本語は"motion-in-adverb language"と呼ばれるらしい(Matsumoto, 1996; Wienold, 1995).

・・・

おもしろくなかったでしょうか.

わたしはとてもおもしろいと思ったのですが. 

人間の認知メカニズムは言語に規定されているという点がとてもおもしろいと思うのです.

先日,部屋の煙感知機がピコピコ鳴ったことがあったが,そのときも,日本人のわたしは,

ピコピコ鳴る

オノマトペを使ったのに,アメリカ人の管理人さんは,

chirp

という動詞を使ったのだ.

やっぱりおもしろい.

ことばの研究は奥が深い.

移動様態動詞など日本語・英語のタイポロジーについては,神戸大学の松本曜先生が第一人者らしい. お名前の「曜」は何か特別な読み方をするのかなと思って調べてみたら,ふつうに,「ヨー」と読むらしい. ヨーヨー. 

そういえば,日本人のラップの人はいつもヨーヨー言っている.

ヨーヨー歌う.

これもオノマトペといってよいのだろうか.

松本曜先生とは全く関係ありませんでした. 先生のこのが読みたい. けど,この島には,紀伊国屋もジュンク堂もない. ヨーヨー.

Mar10_009 そういえば,先日,ワイキキビーチ沿いを歩いていたとき,前から歩いてきたよく肥えたアメリカ人おばあちゃんのビキニがはずれるというハプニングに遭遇した. 本当に目の前だったので衝撃だった. よく肥えていらっしゃったこともあり,とても大きな物体がボヨンボヨン動いていた.

ボヨンボヨン動く ⇒ bounce

この例も,英語は移動様態動詞が発達し,日本語はオノマトペが発達していることを表しているのではないかと思った. 教室で使用する例としてはふさわしくないかもしれないが. コラ.

ことばっておもしろい.

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pupu

pupu (ププ).

ハワイ語で「お菓子」「おつまみ」という意味なのだそう.

今学期履修しているセミナー(3時間)で,休憩時間のために,毎週クラスメイトが交代でpupuを持ってくることになっている.

Mar18_001 今週はわたしの担当.

 せっかくの機会なので,日本の代表的なお菓子を楽しんでもらおうと思って,

 バームクーヘンとシュークリームを持って行った.

 このチョイスは大正解だった.

クラスメイト: 「すごい!こんなケーキ見たことない!」

さっちー: 「(キター(゚∀゚)ー!!) バームクーヘンっていうんだよ」

クラスメイト: 「なにそれ?」

さっちー: 「(ふふふ) ドイツ語で木のお菓子っていう意味なんだよ.ほら,木の年輪みたいに見えるでしょう?」

クラスメイト: 「ふーん」 (説明を聞かずにむしゃむしゃ食べている図. 聞けよ.) 

なにはともあれ,

予想していた以上に,クラスメイトにも先生にも喜んでいただけて,とてもうれしかった.

手作りのケーキというわけではなかったのだけれど,自分の持っていってもので誰かが幸せな気持ちになってくれるというのは,持っていった方もなんかうれしい.

大げさだが,人のために何かよいことができたような,社会貢献ができたような気持ちになった. いつも自分のことばっかりなので,こういう気持ちになるのは本当に久しぶりで.

自分のためではなく人のために何かができるようになりたいと思った.

pupu (ププ)ってそういう意味も含まれているような気がした. 響きもなんか優しくてあったかい.

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broaden my horizons

Mar10_011_2 お友達とワイキキを散歩してきた. 

 ワイキキまで歩きましょうというお友達(20代)の提案にのってしまい,マノアから歩き続けること1時間.

 ワイキキビーチにたどりついたときには,ヘトヘトになっておりましたです. 30代の人はバスに乗るべしと痛感.

 それはさておき.

お友達は,ハワイ大の海洋生物学のPhDプログラムで研究されている方で,専門は魚らしい. おさかなくん.

分野の全然違う人とお話しするのはとても楽しい. これまで考えもしなかったことを考えることができ,とてもよい勉強の機会になる.

魚の解剖の話などを聞かせていただく. 専門家でも魚の解剖は気持ち悪いと思うこと,一番いやなのは家に帰っても手が魚くさいこと,キッチンに魚の缶詰が置いてあるとオエーっとなってしまうこと,などを教えていただく. あれ全然勉強の話とちがいますやん. にゃ.

ビーチに座って,ハーゲンダッツのマンゴ・シェイクを飲みながら,他にもいろんな話をした. 

お友達は皇太子奨学金を取ってハワイ大に留学されている方で,日本を発つ前に天皇陛下皇后さまを交えたお食事会に出席したらしい. すごい. 御所でのお食事会のデザートには必ずさくらんぼが出されること,種をお行儀よく取り出すための種抜き紙が用意されていること,などを教えていただく. そういえば,天皇陛下の前でどうやってさくらんぼの種を取り出すかは難しい問題だ. プイって飛ばすわけにはいかない. 山形県には「さくらんぼ種飛ばし大会」なんてものがあるらしいが. 種抜き紙って一体どんな形をしているのだろう. 美智子さま考案によるものらしい. 

Mar10_016_2

 世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあると思った.

 いろんなお話ができてとても楽しかった. 

 日が沈んだ後,空を見上げたら三日月が見えた.

 なんかとてもきれいだと思った.

 ハワイに来てからよく空を見上げるようになったけど,楽しいときに目に映るものって,いつもと見え方が違うような気がした. 

ハワイの夕刻の空はとてもきれいな色をしている.

心が和んだ.

Mar10_002  ワイキキビーチ沿いにある「義経」という日本食レストランでざるうどんを食べた.

 おいしかった. 

 日本で食べる本物のおうどんと変わりないと思った.

 冷たいおうどんは大好きです.

 それにしても,ハワイにある日本食レストランは,「義経」とか「武蔵」とか「将軍」とか武士系の名前が多いという話題で盛り上がる. ヨシツネ,ムサシ,そしてショウグン. しょーぐんさまですよ. 渋い. 

なんか久しぶりに笑った気がする.

とても楽しかった.

最近,人間の二面性を垣間見る出来事があったりして,大人になってからの人間関係が本当の友情や信頼関係によって構築されることは難しいのかもしれないと,とても残念に思っていたのだけれど,そんなことはないかもしれないと思い改めた. たった一件の例を一般化しないほうがいい.

人はひとりでは生きられずいつも人との関わり合いの中で生かされているのだということを再認識した日.

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違い

昨夜から今朝にかけて,5分に一度くらいの間隔でピコピコという音が鳴り続けていて,何の音だろうと思っていると,部屋に備え付けの煙感知機の音だったことが分かる. タバコは吸わないし,キャンドルを焚いたわけでもないのだが. 早朝に現れた管理人さんによると,別の部屋の人が焚いたお香が原因らしいとのこと. え?別の部屋の煙でうちの部屋の煙感知機が鳴っちゃうの? どんだけきついお香焚いてんねんと心の中でツッコミをいれる. 

ところで,この煙感知機の「ピコピコ」という音を英語で何というのだろうと思っていると,管理人さんが"chirping"という単語を使っていた. ちゃーぴんぐ. なるほど. "chirp"は,一般的には,「小鳥が鳴く」という意味で使われる. ちゅんちゅん. 小鳥だけではなく,煙感知機がピコピコ鳴るという意味でも使えることを,管理人さんとの会話から学ぶ. "chirping"なんていう単語が実際に使われる場面に遭遇したのは初めてかもしれない. 勉強になった. そして,こういう使用頻度の少ない単語が自然に出てくるネイティブ・スピーカーはやはりすごいと思ってしまった. ネイティブだから当たり前なのだけれど. 

大学に行って,統計の試験を受ける. 試験用紙をいただくとき,先生に"Have fun !"(楽しんでね!) と言われる. はい,楽しみます. ていうか,楽しいわけないでしょうが. 問題は全部で12問. えらい時間がかかってクタクタになりました. 計算機をたたいて手で計算できそうにないものは,統計ソフトのSASさんにおまかせしたのだが,よかったのだろうか. SASさんはシンタクスさえ間違わずに書けば,ちゃんと計算して正確な数値を出してくれるので,大助かりである. しかし,今後,一人でリサーチ・デザインを考えなければならなくなったとき,わたしは果たしてSASを使いこなすことができるのだろうか. 今は言われたことだけやっていればいいのだが. "Have fun !"と言ってくださった先生の頭がほしい. 得意科目は数学ですとか一度でいいから言ってみたい.

統計の試験の後,Christine Casanave先生の論文を読む. Casanave先生は,インタビューやオブザベーションなどの質的研究法を大事にされる方である. 今日読んだ論文も,おそらく日本のコロンビア・ティーチャーズ・カレッジで行ったと思われるインタビュー結果が報告されていた. 統計の試験の後だったせいか,量的研究と質的研究は対極にありながらも補い合う関係であることを改めて学ぶ. 量か質かの二項対立ではない. 数値化することだけがすべてではないし,個々のケースを描写することだけがすべてでもない. インタビューもヘタクソだし,SASもちゃんと使いこなせないけど,どちらもちゃんとできる人にならねばと思う.

来週からハワイ大学は一週間の春休みに入る. うふ. せっかくのお休み期間なので,ワイキキのハレクラニ・ホテルで一泊くらいリッチな時間を過ごそうではないか計画を立ててみたのだが,ハレクラニ・ホテルのHPで一泊のお値段を見て,その計画は即却下となる. だいたい一泊の宿泊料金が$660って,わたしのお部屋の一か月分の家賃より高いじゃないですか. 正確にいうと,一ヵ月とプラス10日くらいですけども. 今のわたしにはマノア暮らしがふさわしいのであって,無茶なことを考えてはいけないのだということを知る. それにしても,ハワイに来てハレクラニに泊まる方ってどんな方なのだろう. こういうのを格差社会というのだな. なんか悲しい. 仕事をしてお金をためていつか泊まりに来ようと思った.

いろんな違いを肌で感じつつ,いろんなことを学んだ日.

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頑張れ自分

博士課程の第一関門であるComprehensive Exams と Proposal Defense の日程が決まった.

合格してABD (All But Dissertation) が取れたら,やっと論文にとりかかれる. 仕事も始められる. そのことはとてもうれしい.

しかし,同時に,大きな重圧がのしかかってきて押しつぶされそうになっている. 万が一,合格できなかったら...

ハワイ大学に来て得たものは大きい. ハワイに来る前に比べると格段に知識は増えている. しかし,そのことがまだ大きな自信にはつながっていない. 自分には何かが足りないことがよくわかっている. 自分に欠けているその何かは,頑張って勉強したからといって獲得できるものではなさそうであることにも気づき始めている. それが重圧の原因になっている. 頑張れば頑張るほど力がつけばいいのだが.

と言いつつ,とにかく頑張るしかないのだけど. でも,いつも頑張っているのだけど. 

「頑張れ自分」といつも自分を追い詰めてきたけど,もういいかげんしんどくなることもある. 阪神大震災のとき被害に合われた方に言ってはいけない言葉があった. 「頑張ってください」という言葉である. もうすでに精一杯頑張って頑張って頑張っている人に対して,「頑張ってください」というのは,相手をさらに追い詰めることになるのだ. 

「頑張らなくていいよ」と言われたい.

それに加えて,「僕が守ってあげるから」なんてことを言われたらそれはもう...

と妄想してみたりする. おいおい.

守ってくれる人がいつも傍らにいてくれたら,いつも安心して暮らせそうだから,いつも頑張ることができるような気がする.

Feb22_003  ハワイ大学に住むノラネコちゃん家族がのんびりたわむれれいた.

 ノラネコちゃんの背中を見ていたら癒された.

 その背中が,「頑張らなくていいよ」と言ってくれてる気がした.

 そう言われたら頑張れそうな気がしてきた.

しかし,「僕が守ってあげるから」と言ってくれる人がいたとしたら,ノラネコちゃんの写真なんて撮らなかっただろうと思うと,やや切ない. 

にゃー.

頑張れ自分.

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家族

Nov10_011 マザー・テレサの『生命あるすべてのものに』の中で,心に響く言葉に出会った.

 ノーベル平和賞受賞時のインタビューで,

 「世界平和のためにわたしたちはどんなことをしたらよいでしょうか」と尋ねられたマザー・テレサは次のように答えたという.

 「早く家に帰って家族を大切にしてあげてください」

(Loves begins by taking care of the closest ones--the ones at home.)

飢餓と病に苦しむ人々を救うためにその人生を捧げてきた人が言った言葉は,「貧困で苦しむ人々を助けてあげてください」ではなく,「身近な家族を大切にしてあげてください」だった.

もっとも身近なところにあるものはその大切さにもっとも無意識になりがちだと思う. しかし,もっとも身近なところにあるものを大切にできなければ,世界平和なんていうとてつもなく大きなもののために何かするなんてことはできないということなのだと思う. 大きなことをするためには小さなことから始めなければならないということなのだと思う.

帰る家があるということ,待っていてくれる人がいるということはとても幸せなことだと思う. そのことに感謝する気持ちを忘れてはいけないという原点に立ち返られる言葉.

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transfer

中間レポート執筆に向けてひたすら論文を読み続ける毎日.

9781853596322_4  Vivian Cook の"Effects of the L2 on the L1"はおもしろかった.

 L1能力とL2能力は別々に発達する能力ではなく,言語間に共通した認知力や学力である共通基底言語能力 (common underlying proficiency) がベースになっているというもの.

 そして,言語習得のプロセスにおいては,L1→L2だけではなく,L2→L1への転移も起こりうる,というもの.

 言語間の転移の問題はとても興味深い.

日本語でおしゃべりが得意な人は,英語でもおしゃべりが得意な人になる確率が高いと思う. たとえば,しゃべりだしたら止まらないという共通点を持ついわゆる「江戸っ子」と呼ばれる東京下町生まれ人たちは,わたしが知っている限り,みんな英語もうまい. 日本語でもうるさいけど英語でもうるさい. 「やかましい一分だけだまっておくれぃ」と思うくらいにペラペラ話す.

それに対して,日本語でおしゃべりが得意でない人は,英語でもおしゃべりが得意でない人になる確立が高いと思う. たとえば,わたしは日本語でもあまりペラペラ話す方ではないので,英語でもペラペラにはなれないのである. 日本に帰ると「長く海外に住んでいるので英語はペラペラでしょう?」とよく言われる. しかし,日本語でもペラペラではないのだから言語が英語になったからと言って急にペラペラな人に豹変することはできないのである. 日本語もゆっくり考えながら話すから,英語でもゆっくり考えながら話すのである. 従って,江戸っ子と呼ばれる友達と会話するときにはわたしの出番はなくなってしまうのである. ひたすら聞くしかないのである. 悲しい. しかし江戸っ子には憧れる. ペラペラになりたい. 

複数の言語を話す人間には共通基底言語能力が存在していることをこの例が表していると思う.

言語能力のみならず,リテラシーにおける転移の問題も興味深い.

リテラシーにも言語間の共通基底リテラシー能力が存在すると言われている. よく引用されるのは,Jim Cumminsの学力言語能力(CALP: Cognitive Academic Language Proficiency)である.

日本語でおしゃべりが上手な人が英語でもおしゃべりが上手なように,日本語で書くのが上手な人は英語で書くのも上手なのかもしれない. が,日本語での文章能力の転移が起こるためには,英語の文法や語彙など英語そのものの力がある程度身についていることが前提となる. 

英語のライティングの訓練が日本語の文章能力に影響を与えたという例もある. 自分もその例だ. わたしは学校教育の中で,日本語での作文指導を受けた記憶がない. 日本の中・高等学校では国語の時間に作文を教えたり文章を書かせたりすることはほとんどない. あったとすれば,「この場面での登場人物の気持ちを30字以内でまとめよ」というやつだ. 登場人物の気持ちをどうやって分かれというのだ. そんなん知らん. そしてなぜ30字以内なのだ. とかよく思ったものだ. 

そんなわけで自分が初めて文章の書き方を教わったのは,大学の英語アカデミックライティングの授業だった. ここで初めて,主張の仕方とか,根拠の示し方とか,論理的な構成とかを教わった. 卒業論文も英語で書いて,それ以来,書くのは英語の方が多くなった. それで文章を書くのが好きになった. するといつのまにか日本語で文章を書くのも好きになっていた. 上手か下手かは別にして. やはりリテラシーも,L1とL2で別々に発達するのではなく,相互に影響を与えながら共通基底能力を構築していくのだと思う.

明日もひたすら論文読みだ.

明日というかこれから先ずっと続くのだが.

どこかにtransferしてしまいたい気もする.

でも逃げる場所がない.

ここでがんばるしかない.

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ロイヤルな週末

Feb28_002 週末,日本からお友達夫婦がハワイに来ていたので,会いに行ってきた.

 ワイキキのシアトル・カフェで沈む夕日を見ながらお茶をした後,ロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンターに行った.

 いつも前を通るだけで一度も足を踏み入れたことのなかったロイヤル・ハワイアン・ショッピングセンター. なんだこの空間は. 「ロイヤル」というだけあって高級感にあふれている. ロイヤルー. 普段,マノアの山の中にこもっているから,ロイヤルな空間に自分が存在していることに違和感を感じてしまう. 

でも,久しぶりのグローサリー以外のショッピング. スーパーマーケットな空間ではなくロイヤルな空間でのショッピング. ということで,心なしかはしゃいでしまう. 

Mar2_002

やっぱり来てよかった. ロクシタンを発見した.

ハワイにあることを知らなかった. うれしい. 

手がすべすべになると評判のハンドクリームを購入した.

前に好きなモデルさんが雑誌で紹介していたのだけれど,ロクシタンのハンドクリーム,本当に手がすべすべになる. 

ラベンダーの香りにも癒される. 本当にいい香りがする. ロクシタンだいすき.

お友達夫婦が来てくれたおかげで,ロイヤルな週末を楽しむことができた. 時には非日常の空間に身をおくことも大事なのだと改めて思った. 心身ともにリフレッシュできる.

お友達夫婦との会話も楽しかった. 

お友達は前の職場の同僚の先生で,昨年の秋に結婚した. だんな様は5歳年下.

初めて聞いたときは,5歳年下?きゃおーーと意味不明の反応をしてしまった. が,お会いすると,大変しっかりした方で,年齢は中身を反映する尺度にはならないのだなということを改めて感じた.

だんな様は,某大学で体育の先生をしておられるそうで,もうなんかめっちゃ体育の先生って感じだった. マット運動とかすごい上手そうで. 懸垂とか何回もできてしまいそうで. 

人間の筋肉の研究をされているそうで,シアトル・カフェでお茶をしながら,人間の筋肉についてのお話を聞かせていただく. 様々な筋肉の名前を教えていただく. せっかく教えていただいたのに5時間経過した今もうほとんど忘れてしまっているが. どうもすみません. しかし,こんなに筋肉について詳しい人が,「なかやまきんに君」以外に存在していたとは. と思っていると,だんな様が「自分もなかやまきんに君のようにいずれは筋肉留学したい」とおっしゃった. まじですか. 筋肉留学ってどんな留学なんだろう. モリモリしてる感じがする. きんにくモリモリ. いろんな形の留学があるんだな. おもしろい.

幸せそうなお友達夫婦を見て,こちらも幸せな気持ちになれた. 夫婦っていいなと思った. そんなロイヤルな週末.

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Feb28_006日本にいるお友達のSさんが小包を送ってきてくれた.

日本の食べ物をたくさん詰めてくれていた.

感動して泣けてきた.

お買い物に行って,品物を選んで,箱に詰めて,送り状を書いて,郵便局に行って...と荷物を送るのって結構面倒だと思うのだ.お金もかかるし.

品物ひとつひとつにSさんの気持ちがこもっているような気がした.

ただでさえ忙しい人なのに,わたしのために時間を割いてくれたのだなぁと思うと,またウルウルきてしまった.

Feb28_007_2  こんなにかわいいものまで.

 ひな祭りのキャンディ.

 そういえば今日から3月.

 明日,日本はひな祭りの日なのだなぁ.

 季節感のないハワイにいると,四季折々の風情や情緒を感じることがないので,こういう贈り物って本当にうれしい.

春の香りがした.

なんかあったかい.

本当にありがとうございます.

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