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bear fruit

言語と認知に関するセミナーで,"bear fruit"という言葉が出てきた.

"bear fruit"は,「果物の実が生る」という意味から,「努力が実を結ぶ」という意味でも使われる. 他にも似たような表現として,"fruit of labor"「勤労の成果」,"fruit of your effort"「努力の成果」などがある. このように,語にはたいてい複数の意味があり,それらが相互に関連している. このことを"polysemy"(多義性)という. という話をしていたときに,ある一人のクラスメイトがこんな質問をした. 「この場合,なぜメタファーは『果物』であるべきなのだろうか?『野菜』ではだめなのだろうか?」

ぐお. なんでそんなこと思いつくんでしょうね. このクラスメイトの質問から,「こうこうこういう理由で野菜ではだめなのである」的な白熱した議論が展開される. 果物 vs. 野菜. 「あなたはどう思う?」と聞かれましても. 知らん. 熱く語っている人々を見て,何だかとても変わった人たちだなぁと冷めた目で観察してしまう. しかし,自分もこのクラスの一員なのだった. 自分も変わった人なのだ.

確かに,「野菜の実が生る」も「果物の実が生る」も実が生るプロセスとしては変わりはない. しかし,チェリーやストロベリーが生る過程と,ナスビやジャガイモが生る過程を想像してみた場合,何となく前者の方が「実を結ぶ」メタファーとして成功している気がする. そして,「実を結ぶ」という行為を豊かに美しく表現できる気がする. ナスビさんとジャガイモさんに失礼だけれども. そういえば,"fruitful"「実り多い」という語も美しいと思う. "Wishing you a fruitful time"「実り多い時間になりますように」. やはり果物の勝ちだ.

努力の実りを実感できたときはとてもうれしい. 

日本にいるお友達のUちゃんから「応募していた大学院から合格通知が届いた」と連絡があった. 応募前からのプロセスのことを聞いていただけに,自分のことのようにうれしく思った. しかも,応募していた大学院というのはハワイ大学のことなのだ. 来学期からUちゃんがここに来てくれるなんて,自分の家族が来てくれるみたいな感じがしてとてもうれしい. 皇太子奨学金にも合格して,この夏には陛下から奨学金を直接授与されるのだそうだ. これまでこつこつ頑張ってきたご褒美,"bear fruit"だと思う. おめでとう.

initial reportが完成したのでアドバイザーのOrtega先生に読んでもらう. この冬休みから読み続けてきたcontrastive rhetoricやgenre analysisに関する先行研究をまとめたもの. 「ベリーナイス」と言っていただく. それだけかい. しかし,その後,今後の研究の方向性につながるような実り多い話に発展する. 久しぶりにじっくりライティング研究の話ができて,やはり自分はこの道で研究を続けていきたいのだということを実感する. 今回まとめたinitial reportがオーケーかどうか確かめたくて,"Is this report heading in the right direction?"と聞いてみたのだけれど,「right directionかどうかはもう自分で決められなくてはいけないでしょ」と笑顔で返される. ぐお. そうなのか. そうなのだ. 幼稚な質問をしてしまった. でもなんで笑顔なのだ. 先生の笑顔ははっきりいってかわいい. この笑顔にやられてしまったのだなあの人はとかいらんことを考えてしまう. わたしは惑わされないぞ. でもOrtega先生がアドバイザーでよかったと思った. 

SSLWに出していたプロポーザルの結果が来て6月にパデュー大学で発表できることになった. よかった. でもグラントを取らなければイリノイまでたどり着くことは難しいかもしれない. UAのマイルが41,791マイルたまっているのだが,イリノイまでの特典航空券をゲットすることってできるのだろうか. 頑張ってマイルをためている割に,利用方法がいまいちよくわかっていない. うまくいけば,学会の後シカゴに寄ってみたい. CNNやコカコーラ博物館などを見学するのだ. なんかベタだが. 島ではなく本土の文化を満喫するのだ. なんか楽しくなってきた.

今日で2月も終わり.

実り多い週末になりますように. Hope you have a fruitful weekend.

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朝時間

一日のスタートである朝をもっと気持ちよく過ごしたい.

最近,朝起きたときに感じる疲れが半端じゃない.夜型生活を改善しなければならないと思う.が,体に染み付いた生活パターンを改革することはなかなか難しい.

疲労がたまって朝目覚めた瞬間から体が糖分をほしがっていることが多い.

Feb23_003そこで,いつも飲んでいるフレーバー・ティにハチミツを入れてみようと思って,

お友達がすすめてくれたHawaii Island Honey Co. のレフア・ハニーを買ってきた.

ぎゃー,なんじゃこいつ,むっちゃかわいー!!!!

ハチミツがクマさんのボトルに入っとう!!!!

あまりのかわいさに神戸弁が出てしまった.

ハチミツ入り紅茶は喉にもいいらしい.いつだったか,マライア・キャリーがTV番組のインタビューで,喉のためにハチミツ入り紅茶を毎朝飲んでいると話していた.

わたしも喉を守るためにこれから毎朝このクマさんハチミツ,レフア・ハニーをフレーバー・ティーに入れることにしよう.

ていうか,あんた必要ないやん.

というツッコミをここで入れていただけたのでしょうか.歌手ちゃうやん.ありがとうございます.

楽しみができると朝時間ももっと心地いいものになるだろうか.

いろいろ工夫して朝をもっと素敵な時間にしたい.

明日から新しい一週間のスタート.充実した一週間になりますように.

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Carpe Diem

"Carpe Diem"  

ラテン語で「カルぺ・ディエム」と読むこのフレーズは,

「今の瞬間をつかめ」と直訳され,「今のこの瞬間を楽しみなさい」という意味になるらしい.

今日,Applied Linguisticsのアーティクルをコピーしようとしたら,Obituaryのセクションに,一年半前に亡くなったハワイ大学のCraig Chaudron先生の名前を見つけた.

Obituaryの記事の著者はSchmidt先生だった.

Chaudron先生は,2006年の8月21日に心臓発作で急死された.私がSLSに移る前のことだったので,先生とは直接面識がなかったのだけれど,SLSの学生の誰もが口をそろえて言うことは,「あんなに一人一人の学生のことを考えてくれた先生は初めてだし,これからも二度と現れないだろう」ということだった.

そして,「学生だけではなく,どんな人に対しても思いやりを忘れない人だった」ということ.

Schmidt先生も記事の中で次のように書かれていた.

"He lived a happily integrated life, without artificial barriers such as public vs. private life or student vs. professor; he was gregarious and it showed that he liked most people."

"artificial barriers"を作らない.

本当に人が好きでなければできないことだと思った.

Chaudron先生が亡くなる二日前,Schmidt先生はChaudron先生と一緒にランチをとったらしい.その突然の死をSchmidt先生はすぐに受け止めることができたのだろうか.

"The message is clear. Life is short. Carpe Diem."

人生は短い.今この瞬間を楽しめ.

同僚の死を悼むSchmidt先生のやり場のない悲しさがこの言葉に現れていると思った.

Feb22_002図書館からの帰り.ハワイ時間6時半.

空がとてもきれいだったので思わずシャッターを押した.

死んだ人はどこに行ってしまうのかなぁと思ったりした.

もう一度会いたい人がいるけれど,もう会えないんだなと思ったりした.

その人のためにも,今を一生懸命生きなければいけないと思った.Carpe Diem.

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人にほめられるより人をほめられる人が賢者

韓国人の女の子に「かわいいサンダル履いてるね」と言ってほめてもらった.

日ごろ,人にほめられることがあまりないので,なんか照れくさかったけどなんかうれしくなった.

June_9_001_2 「神戸にはかわいい靴のお店がたくさんあるんですよ」という話をしたら,「神戸はおしゃれで素敵な町だって聞いてるよ」と,今度は自分の出身地のことをほめてもらって,またなんかうれしくなった.

自分が好きなものや大切にしているものをほめてもらえると純粋にうれしい.

ほめ上手な人ってすてきだと思う.

「人にほめられる人より人をほめられる人が賢者」という言葉が表しているように,

人のことを素直にほめられる人は自分に自信のある人なのだと思う.だからそういう人はいつもきらきら輝いている.

反面,いつも人と自分を比べ人を蹴落とすようなことばかり考えている人は,自分に自信のない人なのだと思う.

匿名でブログに誹謗・中傷にあたるような書き込みをして楽しんでいる人がそういう人だ.

匿名にすれば何を書いてもいいと考えているところがみっともない.

匿名にすれば身元がばれないだろうと考えているところも浅はかだ.こんなに近くに住んでいるのだからどこから書き込みがされたかなんてことはすぐにわかってしまうのだ.

そんなみっともない人にはなりたくない.

わたしも自分に自信はないけれども,人と自分を比べたりはしないということは自信を持って言える.

人を蹴落とす暇があったら,本の一冊でも読んで自分を高めたい.

人のよいところを見つけたら素直にほめられる人になりたい.

それを積極的に吸収して自分を高めていきたい.

中身を磨いて歳をとってもサンダルが似合う人でいたい.

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メタファー

授業を履修している間は,授業の内容と自分の研究をどう結びつけるかが鍵となるわけだけれども,中にはどうしても接点が見つけられずアーティクルを読んでああおもしろかったで終わりとなるものもある.

こんなのでいいのだろうか,第二言語ライティングにinformする何かをここで見つけられるのだろうかとぼやきメールを先生に送ったところ,いただいた返事の中に次のようなフレーズがあった.

I think that you will flourish in the class.

この"flourish"という単語が素敵だなと思ってここに書いてみた.

これは直訳すると「花開く」という意味になるのだろうか.「活躍する」という意味のメタファーとして使われているのだと思う.なんてきれいなのだ.「花開く」と「活躍する」をかけるとは.

「活躍する」の意味を表すために他の単語を使うとすると,"contribute to the class"とか"participate actively in the class"とかを使うのだろうか.なんかフツーだ.どれを使うにしても,"flourish"という単語がかもし出す独特のニュアンスは伝えられない気がする.メタファーとは,こうした独自のニュアンスが出せるという点で他の単語との置き換えが難しい(substitution theoryというらしい).だからこそ,メタファーを効果的に使うことによって,読み手や聞き手の心に響くメッセージが伝えられるのだと思う.

"flourish"とは対照的なのだが,「怒り」を表すメタファーとしては次のようなものがある.

She is fuming. (彼女は怒っている)

She unleashed her anger. (彼女は怒りを爆発させた)

「怒っている」というと"angry"を使いがちだけれども,"angry"では表せないニュアンスが上の二つの例文にはうまく出ていると思う."fuming"というメタファーは火が燃えている感じで,怒っているといってもふつうに怒っているのではなくてカンカンに怒っているニュアンスが出ているし,

"unleash(解き放つ)"というメタファーを使うことで,怒りがドカーーンと爆発する感じが出せる.ちなみに上の二つの例文は,彼氏に誕生日を忘れられ怒りをあらわにする女性を描写する表現として,ある論文の中で使用されていた."fuming"されたらそりゃ恐ろしいことでしょう.メラメラ燃えている火の中に怖い顔をした女の人が立っている感じ.おーこわ.個人的には,男性とは記念日を忘れる生き物なのであって,これは生物学的に決まっているのであるから最初から期待しないことだわははというあきらめの境地に立っているのであるが,どうなのだろうか."fuming"することで記念日を忘れる遺伝子を変異させることは可能なのだろうか.

と話がそれてしまったのだが,今読んでいるメタファーに関する論文がおもしろかったのでメタファーについて語ってみた.

それにしても,"flourish"というメタファーは美しい.このフレーズを送ってくださった先生がとても素敵な先生で個人的にファンということもあって,flourish"がますます心に響く.メタファーとは誰が誰に使うかというコンテクストによっても響き度が変わってくるのかもしれないと思った.

メタファーとはおもしろい.

Feb17カリカリ怒って"fuming"することなく,花開く"flourish"な一週間となりますように.

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和な週末

いまなす亭で和食をいただいてきた.

Feb16_001Feb16_002  だしまき卵.

 もずく酢.

 ごぼうのかきあげ.

 こう書くとなんか渋いメニューばかりだ.

Feb16_003  最後は,かに雑炊でしめる.

 やはり渋い.

 でも,久しぶりの和のテイストで,心が満たされた.

 和食はおいしい.しみじみおいしい.

おいしいものを食べながらたわいもないおしゃべりをする.

こういう時間がいちばんしあわせだと思う.

今宵は,ブームの宮沢さん(宮沢和史)は素敵だ日本でいちばん素敵なアーティストだという話で盛り上がる.

自分の場合,宮沢さんを好きになったきっかけはブームというよりは,2000年に中山美穂と共演した『二千年の恋』というドラマだった.刑事役で,ミポリン(確か国家スパイの関係者の役だったと思う)に恋焦がれてしまうのだが,最終的にふられてしまうかわいそうな役だった.

その後,確か2001年に放映された『恋を何年休んでますか』では,小泉今日子の元彼の役で登場した.別れた後もずっとキョンキョンに想いを寄せている家具屋さんの役立った.そして,気の毒なことに,このドラマでもキョンキョンにふられてしまうのだった.ふられっぱなしじゃないか.

でも,そんなアイドルにふられっぱなしの宮沢さんも素敵だ.あのうるんだ瞳が宮沢さんをふられる脇役に適任にしているのだ.絶対に主役にはなれないふられる脇役にしかなれないそんな宮沢さんが宮沢さんの魅力なのだ,と勝手に宮沢分析をしたりして盛り上がった.ああたのしい.なんかときめいてきた.かっこいいー.きゅん.

おいしいものを食べながらたわいもないおしゃべりをする.

こういう時間がやっぱりいちばんしあわせだ.

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Happy Valentine's Day

2月14日,バレンタイン・デイ.

ハワイにも,日本と同じように,大切な人にチョコレートを渡す習慣があるようだ.たぶん,日本から輸入された習慣だと思われるが.

Feb14_002

日本のバレンタインは,女性が男性にチョコを渡すのが普通だが,こちらでは,男性が女性に花束を贈ったり,友達や家族にチョコを渡したりと,みんながそれぞれの形で大切な人に愛情や感謝を示す日になっているようだ.

わたしも,いつも助けてくれているお友達に感謝の気持ちをこめてGODIVAのチョコを贈った.

ハート型パッケージがかわいい.女の子らしいピンク色も同姓のお友達に贈るのにぴったりという感じ.

バレンタインってたのしい.

男性から女性に花束を贈るという習慣もとても素敵だと思う.紅い薔薇を一本と手紙というシンプルだけど気持ちがグッと伝わる形に憧れる.きゅんきゅんする.きゅーん.

そんな妄想をふくらませつつ今日も図書館で勉強していると,明らかに外部の人でしょうハワイ大の学生ちゃうでしょうという風貌のおじさんに声をかけられる.紅い薔薇でも頂戴できるのかと思ったら,

「海苔(のり)食べる?」

やって.

三枝師匠じゃないですけども,椅子から転げ落ちそうになりましたわ.どてっ.

なぜか図書館で焼き海苔にむしゃむしゃと食らいついているおじさん.しかも,手巻き寿司用焼き海苔でサイズは大きめである.手巻き寿司用にも関わらず何も巻いていない.そのままの海苔の味を楽しみたいかのごとく,バリバリと海苔をかじっている.

「なぜあなたに海苔をすすめるかというとね,あなた日本人でしょう.日本の人は海苔が好きでしょう」

やって.

図書館で海苔を食べる人は日本にはいないような気がしますけども.

「ほら,食べて食べて,遠慮しないで食べて」

と海苔を一枚とるよう執拗にすすめられる.

いりませんから.

手巻き寿司用焼き海苔って二枚に折りたたまれているのでとりにくいですし.

ていうか,いきなり海苔すすめてくんなという話だ.

自分はつくづく変わったおじさんに縁がある人だと思う.前は一緒にハトにえさをやろうと誘われたし,今回は焼き海苔だ.

紅い薔薇と手紙に憧れる.そんなシンプルだけど気持ちのグッと伝わる贈り物が頂戴できる日が訪れるのだろうか.焼き海苔はもういい.

Feb14_001_2 家に帰ったら,お友達がアポロチョコレートと手紙を届けてくれていた.

アポロチョコうれしい.

それに手紙もうれしい.

シンプルだけど気持ちが伝わる贈り物ってやっぱりいいな.

焼き海苔をすすめてくれたおじさんの気持ちにもこたえてあげればよかったのかなと反省した.

いつも支えてくださっているみなさまへ.ありがとうございます.

海苔のおじさんもありがとう.

Happy Valentine's Day.

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a smile a day

高熱でフラフラヘロヘロ状態になってしまい,まっすぐ歩くことやじっくり考えることができなくなってきたので,早めに帰ってきてしまった.

こんなときに限って真夏のような暑さになり,強い日差しが照りつける.

最近まで,強風と雨で寒い日が多かったというのに.

こんなときに限って,深夜どこかの部屋から目覚まし時計が鳴り響く.

23時頃から30分くらいにわたり鳴り響いていたと思います.

留守の部屋から聞こえてくる目覚まし時計の音ほど迷惑なものはない.

止める人がいないということは,時針が動くまで鳴り続けるということなのだ.

ばかものめが.

ドアを閉める音やシャワールームの水滴の音や電話で誰かにお説教してる声やウクレレに合わせた歌声など,いろんな音にも精神をかき乱される.

共同生活なのでがまんは必要なのだが.

自分の常識がすべてではないわけだし,自分も気がつかないところで人に迷惑をかけているのかもしれない.

しかし,ちょっとしたところに人間性が出てしまうものだ.

マノアから逃れて,ワイキキのコンドで一人暮らしをしたい.

体調を崩すと,ついついイライラして精神も病んでしまう.

そんな状態を察してくれたのか,

「一日一回笑うようにしてみるというのはどうでしょう.流れが変わりますよ.」

と日本にいるお友達がメールをくれた.

一日一回笑うようにする.

流れが変わりそうな気がしてきた.

変わりそうというよりは,自分で変える努力をするということなのだろう.

明日は笑ってみよう.

熱も下がりますように.

心配かけてすみません.

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風邪

風邪をひいてしまった.

週末はdirected readingの文献を読まなければならなかったのだが,

鼻がびえんびえんいって,のどがエヘンエヘンいって,

熱のため頭がぼーっとして集中できず,終わらせることができなかった.

やれやれ.

directed readingは自分の研究テーマに関するものを読んでいるわけで,本来ならこれに最も時間をかけたいところなのだが,

授業の予習と復習などをしているうちに気がつくと金曜日になっていて,directed readingの文献を読むのはいつも週末になってしまう.

time managementに問題ありだと思われる.

そんな状態なのに風邪をひいてしまい,さらに遅れをとる.

健康管理にも問題ありだと思われる.

5週目に入ったのでそろそろOrtega先生のところにいって進捗状況を報告しなければならない.

やはり4科目はきついのだな.

でも,他のPhDの人たちはGAをしながら勉強をしていて,

一方わたしはフルブライトのおかげでGAをせずに勉強だけしていればよく, もっと上のレベルでしんどい思いをしている人たちがいる中で,何を甘えているのだという声が

どこからともなく聞こえてくる.

今年中にABDを取ろうとしているわけだし,人の倍はやらないといけない,

と思うけど,病気のときは気弱になってしまう.

君は何をやってもうまくいかないんだよ,去年だってひとつも業績を出せなかったではないかという声が

どこからともなく聞こえてくる.

もうこのあたりでやめたほうがいいんじゃない,しんどい思いしても結果が出せなければ意味はないんだからという声が

どこからともなく聞こえてくる.

自分のことは自分がいちばんよくわかっているので,その声が現実味を帯びていることにも気づき始めているのだけれど,

この10年ほどで築き上げてきたものを無駄にしたくないというその思いだけが自分を奮い立たせている感じだ.この土台の上にさらに積み上げていきたいのだ.そのためにハワイに来たわけであるし.

だからあきらめずにやるしかないのだけど.

directed readingの文献を読まねば.

熱が下がらず体がだるいけど授業には出なくては.

Ortega先生のモナリザのような微笑がちらつく.

笑ってない.

顔は笑ってるけど目は笑ってない.

こわい.

先生は風邪ひくことってあるのだろうか.

風邪ひいてる姿が想像できない.

パワフルなのだ,何というかすべてにおいて.

でかいのだ.

京都の大文字焼きの「大」という文字が先生の顔とオーバーラップする.

なんでや.

強く大きくなければ今の生活には打ち勝てない.

ハワイに来てからの自分はなんでこんなに弱っちい人になってしまったのだろう.

しょちゅう風邪ひいてるし.

早く元気になりたい.

「強」で「大」でありたい,いつも.

でも病気のときは自分で自分を支えられなくなる.

支えがほしい.

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joy and peace

Feb3_002_2 "Joy and Peace"

と書かれた海のように透き通ったブルーのペーパー・ウェイト.お誕生日の日に,はつみさんにプレゼントしていただく.吸い込まれそうなくらいきれいなブルー.見ているだけで癒される.ありがとうございます.

はつみさんにプレゼントしていただいたこの"Joy and Peace"のおかげか"Joy and Peace"がたくさんあった一週間.

お年玉つき年賀はがきの当選番号の切り抜きが実家から送られてきた.別に頼んでいるわけじゃないのだけどなぜか毎年送られてくる.タダで何かがもらえる機会を絶対に逃してはならないというような価値観がかいまみれて,やっぱり関西人なのねふふふと思ってしまう.と冷静な見方をしつつ,4等のお年玉切手シートが当たってわりと喜んでいる人がここにいる.わいわい.

Feb7_003_2 The Coffee Beanのサーモン&クリームチーズのベーグルサンドを食べた.おいしかった.わいわい.ハワイにはおいしいものがあまりないので,たいていランチは食べないか自分でサンドイッチを作っていくかどちらかなのだけれど,たまに冒険するとこうしておいしいものに出会うことができる.できることならおいしいものだけ食べて生きていたい.そういえば,お友達のかおるさんのだんな様は,「僕はおいしいものしか食べません」っていうのが口癖なのだそうだ.「おいしいものしか食べません」というのは,ややワガママなようでいて,しかし豊かな人生を過ごす上で極めて重要なポイントであると言える.これからも時々冒険してみよう.

ネットワークの調子が悪くて,タイムワーナーきらいもうやめてやると思っていると,寮の新しいオーナーさんが来週ワイアレス・インターネットを完備してくれることになった.わいわい.寮の新しいオーナーさんは日系の方で,ラストネームが"Totoki"という.ととき.ととと..き.多少言いにくい.年末にドアの壁を病棟のような薄緑色に塗り替えたりいらんことばっかりしよると思っていたがたまにはいいこともしてくれるのだ.ところで「ととき」は漢字で書くとどんな表記なのだろうと時々考える.「戸戸木」だろうか.「吐吐木」だろうか.「土土木」だろうか.このように漢字によってイメージが変わってくるのが日本語のおもしろさだ.というか何でもええっちゅうねん暇人かというツッコミがこのあたりで入るのでしょうか.ありがとうございます.

スタンフォード大Dr. Casasanto氏の「言語と思考」に関するレクチャーを聴きに行く.Casasantoさんは日本語風に言うと,「かささんとさん」となるのでしょうか.かささささ..っとっと.多少言いにくい.それはさておき,レクチャーは,空間や時間の認識の仕方は言語によって異なるというもので,たとえば,「長い会議」の「長い」は,英語の場合"long time"と表現するが,スペイン語では"mucho tiempo"(=much time)と表現する.つまり,英語話者は"distance metaphors"によって時の流れを一本の線のように認識する.一方,スペイン語話者は"amount metaphors"によって時の流れを量的に認識する.おもしろい.

他にも言語がジェスチャーに与える影響のお話など.文字表記が右から左へ向かうアラビア語話者は,昔の話をする時に右手を動かし,比較的最近の話をする時は左手を動かすが,文字表記が左から右へ向かう英語話者は逆のジェスチャーをするということ.ふーん.この研究の理論的背景には,サピア=ウォーフの言語相対性理論があると思うが,「言語が思考を規定する」ことに関してサピア=ウォーフのようなdeteministicな立場をとることは危険であり,他の要因についても考える必要がある.しかし,「空間と時間」という点に限定して言えば,かささんとさんがおっしゃるように言語による違いがあるのかもしれない.レクチャーはおもしろかった.

井の頭公園でお花見をしている夢を見た.桜はきれいだった.最近は泥棒に入られる夢ばかり見ていたから,久しぶりによい夢を見ることができて幸せな気持ちになった.よい夢をみると一日気分がいい.長いこと桜を見ていない気がする.来年は日本でお花見ができるだろうか.

Joy and Peaceにあふれた週末となりますように.

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おたんじょうび

今日(2月3日)おたんじょうびでした.

お祝いのカードやメールをどうもありがとうございます.

ネットワークの調子が悪くて(下に書いた新しいモデムが原因のようです↓),

MSNやmixiの方にいただいたメッセージを開くのに時間がかかっています.

回復しましたらおひとりおひとりにきちんとお返事書かせていただきますので.

みなさまのおかげでよい一日になりました.

ひとりだと思いがちなのですけれど,ひとりじゃないんだなと思えました.

ありがとうございます.

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この世の仮説と理論について

1月が終わり2月に入った.

昨年11月にハワイでひどい雷の日があったが,その日以来ネットワークの調子がおかしい.30分くらい待たないとネットワークにつながってくれない.「30分何かを待つ」ことに伴う忍耐は,ハワイの「バス停」という場所でこの1年半ほどの間に十分鍛えられたので,ネットワーク接続も辛抱強く待ち続けることができたのだが,やはり30分待つのはバスだけにしてもらいたいという結論に至り,雷で壊れたと思われるモデムを持って,アラモアナSC内にある Time Warnerのサポートセンターに乗り込んで行く.どりゃー.外国人ということでまた適当にあしらわれるのだろうと思って強気で乗り込む.どりゃー.こういうとき,自分がもっと「怖い顔」だったらよかったのにと思うことがある.怖い顔にはあこがれます.顔だけで相手をびびらせることができるのだ.わたしはいかにも気弱そうな顔をしているし,おまけに外国人ということで,適当にあしらわれている(と感じる)場面が外国ではとても多い.だから問題が起きて先方に乗り込むときは普段の自分を捨て強気で行かなければならない.ところが,今回は予想外にきちんと対応してくれて,すぐに新しいモデムと交換してもらうことができた.物事がこんなにスムーズに解決したのはハワイに来て初めてかもしれない.「怖い顔でなければ損をする」仮説は棄却されたのである.よかったよかった.

こんな感じでスタートした一週間.モデムを修理に行った以外はひたすら図書館で文献を読み,学会のプロポーザルを書き,決まった時間になると授業に出てという毎日.今学期はリーディングの量が多い.Cognitive Linguisticsのセミナーは,ブック・チャプターが2本,さらにアーティクルが2本.丸二日かかってヘロヘロになりながら読み終えた.でも, Cognitive Linguisticsという分野はとてもおもしろい.おもしろいのでヘロヘロになりながらも読み進めることができる."cognitive comparison"やら"selective attention"やら "noticing"やら言ってることは当たり前のことで特に大げさに「○○仮説」とか「△△理論」なんか言わなくてもいいんじゃないでしょうかと思ったりするのだけれども,要するに,当たり前だとみんなが思いがちなことをsystematizeして,当たり前のことを当たり前でなくして,当たり前のことに対して人々に問題意識を持ってもらう,それが研究者の役割なのだということが最近わかってきた.これでようやく自分も重箱の隅をつつく人々の仲間入りを果たせるのかもしれない.

しかし,「○○仮説」やら「△△理論」やらを唱えるのは簡単だが,それらを日本の中学校や高等学校などの現場で実践するのは容易なことではないと思う.意味重視のcommuncativeな活動を通して言語形式に注目させる"Focus on Form"アプローチを取り入れることで,学習者の外国語習得は促進される,というのはその通りであると思う.しかし,日本の中・高等学校の英語教育の現場でそれがどこまで実施可能なのだろうか.イマージョンで「英語ができる人」を育てられたとしても,それ以外の「学力」そして「人間力」はイマージョンで育てることができるのだろうか.日本人学習者のニーズ,社会的文脈におけるニーズは,"Focus on Form"やイマージョンが目指すところと一致するのだろうか.さらに,現場の先生は英語だけ教えていればいいというわけにはいかないという問題もある.英語教育以外のところで多くの時間を取られてしまうのが現実である.英語だけ教えていられたらいいのですけれど.要するに,いちばん大変なのは現場の先生方なのだ.「○○仮説」や「△△理論」はすばらしいぜひ取り入れましょうだけではなく,それらが日本のEFLコンテキストでどこまで応用可能なのか考えつつ,重箱の隅をつつき続けたいと思う.

しかし,「すべての科目を英語で教えましょう」というイマージョンともなると,「別に日本語で教えたらいーんじゃない?」とか「英語ってそんなに大事なの?」とか思ってしまう.この時点でわたしに「○○仮説」やら「△△仮説」やらを語る資格はないのかもしれない.自分は昨年からずっと統計の勉強をし続けているが,統計を日本語できちんと学んだことがなかったから最初はとても苦労した.専門科目を英語で学ぶことで英語は身についたとしても肝心の内容面の理解が損なわれるとしたらイマージョンは失敗だと思う.英語は要するに手段なのであるから,語るべき内容をきちんと身に着けておけば,英語力は後からついてくるものではないのだろうかと思う.それを支援するのが英語の先生の役割なのではないのかと.

そんなことを思いながらUniversity Avenueをフラフラ歩いていると,ハワイ大の海洋生物学の博士課程で研究しているY君にばったり出会った.Y君は魚の研究をしている人だ.カネオヘの研究所に行って魚の解剖をしているのだそうだ.日本で生物学の土台をしっかり築き上げて留学されている.この方のように専門性がしっかり身についていればこうやって海外の大学で研究だってできるのだ.それにしてもいろんな研究があるんだなと思う.魚の解剖とは魚をさばくことと似ているのだろうか.わたしは魚がさばけない.魚は顔が怖い.上で「怖い顔にあこがれます」と書いたけれども,魚の顔にはあこがれません.でも今度Y君に魚の解剖の話についてゆっくり聞かせてもらう約束をした.魚の研究にも「○○仮説」とか「△△理論」とかがあるのだろうか.魚の顔は怖いが研究の話は興味深い.わたしも,Y君に"Focus on Form"などの話をしてあげようと思うが,彼はどのくらい興味を示してくれるのだろうか.

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