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この世の仮説と理論について

1月が終わり2月に入った.

昨年11月にハワイでひどい雷の日があったが,その日以来ネットワークの調子がおかしい.30分くらい待たないとネットワークにつながってくれない.「30分何かを待つ」ことに伴う忍耐は,ハワイの「バス停」という場所でこの1年半ほどの間に十分鍛えられたので,ネットワーク接続も辛抱強く待ち続けることができたのだが,やはり30分待つのはバスだけにしてもらいたいという結論に至り,雷で壊れたと思われるモデムを持って,アラモアナSC内にある Time Warnerのサポートセンターに乗り込んで行く.どりゃー.外国人ということでまた適当にあしらわれるのだろうと思って強気で乗り込む.どりゃー.こういうとき,自分がもっと「怖い顔」だったらよかったのにと思うことがある.怖い顔にはあこがれます.顔だけで相手をびびらせることができるのだ.わたしはいかにも気弱そうな顔をしているし,おまけに外国人ということで,適当にあしらわれている(と感じる)場面が外国ではとても多い.だから問題が起きて先方に乗り込むときは普段の自分を捨て強気で行かなければならない.ところが,今回は予想外にきちんと対応してくれて,すぐに新しいモデムと交換してもらうことができた.物事がこんなにスムーズに解決したのはハワイに来て初めてかもしれない.「怖い顔でなければ損をする」仮説は棄却されたのである.よかったよかった.

こんな感じでスタートした一週間.モデムを修理に行った以外はひたすら図書館で文献を読み,学会のプロポーザルを書き,決まった時間になると授業に出てという毎日.今学期はリーディングの量が多い.Cognitive Linguisticsのセミナーは,ブック・チャプターが2本,さらにアーティクルが2本.丸二日かかってヘロヘロになりながら読み終えた.でも, Cognitive Linguisticsという分野はとてもおもしろい.おもしろいのでヘロヘロになりながらも読み進めることができる."cognitive comparison"やら"selective attention"やら "noticing"やら言ってることは当たり前のことで特に大げさに「○○仮説」とか「△△理論」なんか言わなくてもいいんじゃないでしょうかと思ったりするのだけれども,要するに,当たり前だとみんなが思いがちなことをsystematizeして,当たり前のことを当たり前でなくして,当たり前のことに対して人々に問題意識を持ってもらう,それが研究者の役割なのだということが最近わかってきた.これでようやく自分も重箱の隅をつつく人々の仲間入りを果たせるのかもしれない.

しかし,「○○仮説」やら「△△理論」やらを唱えるのは簡単だが,それらを日本の中学校や高等学校などの現場で実践するのは容易なことではないと思う.意味重視のcommuncativeな活動を通して言語形式に注目させる"Focus on Form"アプローチを取り入れることで,学習者の外国語習得は促進される,というのはその通りであると思う.しかし,日本の中・高等学校の英語教育の現場でそれがどこまで実施可能なのだろうか.イマージョンで「英語ができる人」を育てられたとしても,それ以外の「学力」そして「人間力」はイマージョンで育てることができるのだろうか.日本人学習者のニーズ,社会的文脈におけるニーズは,"Focus on Form"やイマージョンが目指すところと一致するのだろうか.さらに,現場の先生は英語だけ教えていればいいというわけにはいかないという問題もある.英語教育以外のところで多くの時間を取られてしまうのが現実である.英語だけ教えていられたらいいのですけれど.要するに,いちばん大変なのは現場の先生方なのだ.「○○仮説」や「△△理論」はすばらしいぜひ取り入れましょうだけではなく,それらが日本のEFLコンテキストでどこまで応用可能なのか考えつつ,重箱の隅をつつき続けたいと思う.

しかし,「すべての科目を英語で教えましょう」というイマージョンともなると,「別に日本語で教えたらいーんじゃない?」とか「英語ってそんなに大事なの?」とか思ってしまう.この時点でわたしに「○○仮説」やら「△△仮説」やらを語る資格はないのかもしれない.自分は昨年からずっと統計の勉強をし続けているが,統計を日本語できちんと学んだことがなかったから最初はとても苦労した.専門科目を英語で学ぶことで英語は身についたとしても肝心の内容面の理解が損なわれるとしたらイマージョンは失敗だと思う.英語は要するに手段なのであるから,語るべき内容をきちんと身に着けておけば,英語力は後からついてくるものではないのだろうかと思う.それを支援するのが英語の先生の役割なのではないのかと.

そんなことを思いながらUniversity Avenueをフラフラ歩いていると,ハワイ大の海洋生物学の博士課程で研究しているY君にばったり出会った.Y君は魚の研究をしている人だ.カネオヘの研究所に行って魚の解剖をしているのだそうだ.日本で生物学の土台をしっかり築き上げて留学されている.この方のように専門性がしっかり身についていればこうやって海外の大学で研究だってできるのだ.それにしてもいろんな研究があるんだなと思う.魚の解剖とは魚をさばくことと似ているのだろうか.わたしは魚がさばけない.魚は顔が怖い.上で「怖い顔にあこがれます」と書いたけれども,魚の顔にはあこがれません.でも今度Y君に魚の解剖の話についてゆっくり聞かせてもらう約束をした.魚の研究にも「○○仮説」とか「△△理論」とかがあるのだろうか.魚の顔は怖いが研究の話は興味深い.わたしも,Y君に"Focus on Form"などの話をしてあげようと思うが,彼はどのくらい興味を示してくれるのだろうか.

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コメント

イマージョンはそれを受ける学習者側の心理発達的な部分のケアーがちゃんとしてないと怖いなあと私は思います。英語力も内容もわかってるけど、Satchyさんのおっしゃる「人間力」が損なわれてしまうとか、発達しないとかとなったら、外国語が出来ても、コンテントが出来ても、社会的には???な人になってしまうかもしれませんしね。

外国語を学ぶというのはある程度フラストレーションがたまるわけで、アウトプットはもちろん大事ですが、そのプロセス中のケアーはどうしたらいいものなんでしょうね。学習者の頭をぱかっとあけて、脳と心理プロセスを見れたらいいのにーと思います。

投稿: tressoles | 2008年2月 4日 (月) 16:09

イマージョンの成功例が日本でもあるらしいですね.小学生高学年でTOEFLのスコアが250を超えるらしいです.

と言われても「ふーん」としか思えない今日この頃.TOEFLのスコアは一体何の指標になるのでしょうかね.高得点を取れてもまだまだ苦労がいっぱいの人がここにいるわけで.

大事な発達の時期に英語漬けにしてしまわなくても,他に時間をかけてやるべきことがたくさんあるような気がします.

学習者が考えていることをのぞくことができればいいですよね.diaryとかthink aloudとかでどこまで正確にプロセシングの状況を知ることができるのでしょうね.

投稿: satchy | 2008年2月 6日 (水) 14:22

SATCHYさん、こんにちは。

>専門科目を英語で学ぶことで英語は身についたとしても肝心の内容面の理解が損なわれるとしたらイマージョンは失敗だと思う.英語は要するに手段なのであるから,語るべき内容をきちんと身に着けておけば,英語力は後からついてくるものではないのだろうかと思う.それを支援するのが英語の先生の役割なのではないのかと.

全く同感です。うちの県でも実験的にイマージョンを取り入れているようですが、中身が心配と言わざるを得ません。

少し話はズレますが、同僚が他州の大学院で認知科学ベースのinstructional designを専攻しているのですが、本人は元々英語専門ではないため、時々SOS信号が送られてきてお手伝いすることがあります。

その中で私にとってもためになったのが3つのcoginitive load(CL)の理論です。1)germane CL, 2) intrinsic CL, 3)extraneous CLですが、デザインにおいて1)を促進し、3)を極力減らすことが重要だとか。

3)は要するに学習に不必要な認知活動であるので、cognitive overloadを引き起こす原因になることから、友人に「英語でやっているから苦労してるんだよ」と留学生としての苦労を例に挙げて説明したばかりでした。本来学ぶべきinstructional designの内容が英語というextraneous CLのために何倍にも時間がかかり非効率極まりないということからも、イマージョンの学習者は大変な苦労を強いられるとつくづく身にしみています。

SATCHYさんのおっしゃられるようにESLとEFLはコンテクストが違うわけですから、サバイバルに英語の必要のない日本でイマージョンをやって「なんぼのもんやろか?」と疑問に思ったりもします。TOEFL高得点の成功例のお話についてもSATCHYさんにこれまた同感です。高得点を取っても、苦労している人物がここにもいるわけですから(汗)。

目先の英会話力に気を取られるばかりに、英会話学校がはやり、dichotomous thinking的発想で、「しゃべるvsしゃべれない」とひとくくり。語学学習はongoing processでありproductではないと、私達中等教育の英語教員が英語を学ぶ姿勢を培っていきたいものです。

話がついつい長くなってしまいましたが、春学期も頑張ってくださいね!

投稿: ねこたん | 2008年2月11日 (月) 16:21

【ねこたんさん】
Cognitive Load Theory,おもしろいですね.

intrinsic CLが学習者に本来備わっている認知的負荷で授業介入によってコントロールできないものだとすれば,germane CLとextraneous CLをコントロールすることによって,つまり後者のextraneous CLを減らすことによって,学習を促進できるということですね.

イマージョンが内容理解に与えるネガティブな影響については,このextraneous CLで説明ができますね.外国語で専門科目を学ぶことで肝心の内容のスキーマが構築・保存されないとしたら,extraneous CLの負荷が大きすぎるということですね.

イマージョンにおける外国語はextraneousではなくgermaneなのだという反論があるかもしれませんが...どうやって二つのCLを区別するかが難しいですね.

認知科学ベースのinstructional designのコースっておもしろそうですね.勉強になりました.いつもありがとうございます!

投稿: satchy | 2008年2月12日 (火) 14:16

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