« 9月,名古屋で | トップページ | 孤独 »

インタラクションだけがすべてなのか

インタラクションは人間の学習と発達に効果を与えるといわれています.

外国語教育でも,活発なインタラクションや意味交渉(Long, 1983) が運用能力を高める上で重要だとされています.

CALL(Computer Assisted Language Learning)でも,コンピュータと人間のインタラクション,あるいはCMC(Computer-mediated Communication)による人間と人間のインタラクションが重要であることが指摘されています.

わたしもインタラクションは大事だと思います.

でも,インタラクションだけがすべてなのかなぁ...と思うことがあります.

そんなにインタラクションインタラクションとくどくどと言われましても...と思うことがあります.

インタラクションだけに目を向けていると,それ以外の学習法の可能性を見落とすことにならないかなと.

たとえば,インタラクションに積極的に参加できなかったとしても,話をじっと集中して聞く(attentive listening)とか,自分の頭の中でじっくり考え整理する(inner speech)といった学習もproductivityにつながるとても大事なプロセスだとわたしは思います.

これはまさに自分のことを言っているわけですけれども,わたしのように思考を言語化するのに時間がかかる人は,授業中は頭の中でinner speechが活発に行われていて,なかなかインタラクションに積極的に参加できない.でも,積極的に参加していないからといって,何も学んでいないかというとそうではない.

そんなことを考えていると,おもしろい論文に出会いました.attentive listeningやinner speechを始めとする"silence"は大事な学習プロセスだという内容です.

Soroka, V., & Rafaeli, S. (2006). Invisible participants: How cultural capital relates to lurking behavior. In IW3C2 (Ed.), Proceedings of the 15th International Conference on World Wide Web. (pp. 163-172). New York: ACM Press. http://www2006.org/programme/item.php?id=1018

ただ,attentive listeningやinner speechは,自分の学びだけなのであって,クラスメイトやクラス全体の学びには何も貢献していない.つまり,積極的にインタラクションに関わらないというのは「無責任」ということなのだと思います.授業の一員なら積極的にインタラクションに参加しなければいけないのだと思います.

でも,難しいですね.第一言語の日本語でもしゃべりがあまりうまくないし,どちらかというと聞くほうが好き.授業中も積極的に発言するほうじゃなかったし.なので,アメリカに来て自分の学習スタイルがなかなか変えられなくて苦労しています

インタラクションがすべてではないと思いつつ,インタラクションがうまくなりたいと思っています.どうすればうまくなれるでしょうか.

|

« 9月,名古屋で | トップページ | 孤独 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144186/14178565

この記事へのトラックバック一覧です: インタラクションだけがすべてなのか:

« 9月,名古屋で | トップページ | 孤独 »