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アブストラクトが完成したが提出できないでいることについて

SSLWのアブストラクトが完成したのだけれども,submitのアイコンをクリックできないでいます.

実証研究ではなく,コンポジションの理論的枠組みの話をしようと思っているのだけれども,わたしのようなワカゾウがそんな大それた話をできる立場にあるのだろうか,という思いが提出を思いとどまらせています.(もちろん審査があるからまだ発表させてもらえるかどうかは分からないのですが)

しかし,先学期せっかく形にしたプロジェクトをさらに膨らませたいという思いがあるし,発表する内容は個人的にはとても大事な問題だと思っていて,他の研究者の方々と自分の考えをシェアできることは,またとない貴重な経験となると思うのです.

そして,わたしは出版してきた論文の数に比べて学会発表の数が少なすぎるわけで,これからそういうソサエティに積極的に参加していかなければならないと思うのです.

「自信ないんやったらもう発表なんかやめたらえーんちゃうの?発表なかったら夏休みはおもいっきり遊べるでー」という悪のsatchyと,「なに言うてんの.なんのために博士課程で勉強してんの?逃げとったらあかん!」という善のsatchyが心の中で戦っている状態です.

締め切りは明日.

やはり提出すべきかな.

とりあえず授業に行ってきます.

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あなたを支える力"shoulder"という言葉について語らせていただく

"I could be a shoulder for you like you've been for me."

「あなたが私にしてくれたように,私はあなたを支える力になれる」

土曜の夜になにげなくテレビを見ていたら,タイトルは分からないけれど映画をやっていて,このセリフが聞こえてきた.

そして,この"shoulder"という言葉がとても心に響いた.

この文脈では,「支える力」という意味で使われている.日本語でも,「肩を貸す」という言葉があるように,「肩(shoulder)」というのは,苦しいときや泣きたいときに支えになってくれるのだ.

"I'll help you shoulder the burden."(力になってあげる) というフレーズも美しいと思う.(shoulder a burden: 負担を背負う)

ハワイでの生活はあんまり楽しくなくて正直なところしんどいことが多いので,時々,もたれかかれる"shoulder"があったらいいなと思うことがある.

そんなふうに思ったことはこれまであまりなかったのだけれども,ハワイに来てからいろんな意味で考え方が変わってしまった.何というか,思春期の頃に「人にもたれかかる」ということはあまりよくないことなのだという考え方を身につけてしまって,「もたれ,もたれられる」という関係をあえて避けてきたようなところがある.

でも,ハワイに来て,そういう人間関係が築けることはとてもすてきなことだと思うようになった.たぶん,わたしは,発達段階において学ぶべきことを学ばずに大人になってしまったのだと思う.そういう「支えあう関係」がどんなにすばらしいかということは,もっと早い時期に学ばなくてはいけなかったのだと思う.

大事なことは,自分が支えてもらいたければ,自分も相手を支えることから始めなければいけないということなのだろう.自分が信頼されたければ,まずは相手を信頼することから始めなければいけないのと同じだ.

なんかちょっとコドクな人の叫びみたいになってしまいました.

ちょっとばかりキャシャなので肩幅ありませんけど,誰かにとってのshoulderになれればすてきだなと思ったりします.にゃん.

Jan28_005

1月28日,窓から見えたハワイの空.

ハワイの空はいつも青くて元気いっぱいだけれど,その明るさが時々とても苦しくなるのだなこれが...

Jan28_006 このヤシの木は親子みたいだと思いました.

ハワイをもっと好きになりたい.

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かなり食べたい(2)

450200611282301394358志乃ぶ」のおでん.

 西早稲田にある小さいおでんやさん.早川先生によく連れて行ってもらった.

いつも食べるのは,だいこんとたまご.

かつおだしが中までしみていておいしかった.

食べたいなー.

そういえば,関東のおでんには「ちくわぶ」というものがあることを,東京に来て初めて知りました.

初めてこの言葉をきいたとき,「なんで東京の人は『ちくわ』の後にいちいち『ぶ』をつけるんやろう」って思いました.

関西では見たことがありませんでした.

でも,あまりおいしいものではなかったです.そして思いました.どうせ「ちくわ」と同じ形をしているのであれば,わざわざ「ちくわ+ぶ」と名乗る必要はなく,いっそのこと「ちくわ」として生き続けたほうがわかりやすくてよいのではないかと.

(ほっといてくれ)

何はともあれ,志乃ぶのおでん食べたいです.

0606141そして,おでんの後は,志乃ぶから徒歩1分のところにあるモスバーガーで,玄米フレークシェイク(抹茶あずき)を食べたいです.

妄想がとまらない.どうしたらいいでしょうか.

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かなり食べたい

20070123_2 たい焼き.

ファミマの1月23日発売の新商品だそうです.

中には,「こしあん」が入っているのか「つぶあん」が入っているのか気になります.

個人的には「つぶあん」であってほしいと願います.

食べたいなー.

日本にはおいしいものがたくさんあっていいなと思います.

と,大学に行く前に妄想にひたってしまいました.

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わかっている人がわからない人に教えるときに大切なこと

わかっている人がわからない人に教えるときに大切なことは,わからない人にわかる言葉で説明することだと思う.

これは,ある意味"translation"だと思う.

でも,わかっている人というのはわからない人の気持ちがわからないことが多いので,translationは省略されるか簡略されることが多い.

0131930117 これまで何度かチャレンジしては挫折してきたStatistics.

挫折の理由は,translationをちゃんとしてくれる先生や本に出会わなかったことが大きい.(と人のせいにしてみる)

でも,この本のおかげで,Statisticsの考え方がよくわかるようになってきた.

タイトルは,"Statistics for the Terrified".『恐れおののいている人のための統計学』といったところでしょうか.タイトルからして,かなり初級者をターゲットにしていることがわかる.(スカイダイバーは謎ですが...)

とにかく解説がとても丁寧で,これまでの疑問点が一挙に解決する.それに,ところどころで,"Got it? Good!!"(わかった?よっしゃ!!) とか,"Now you've mastered everything. Congratulations!!"(さぁ,これでもう大丈夫だね.おめでとう!!) なんてことが書かれていて,ちょっとバカにしてんのか?と思うのだけれども,著者とのインタラクションがはかれるというのは悪いことではない.

つまり,この本は,Statisticsについての"translation"がうまくできていると言える.著者のJohn Kranzler氏もそのことをこの本の売りにしているようだった.「統計学者というのは多くの場合,物事の関係性を『公式』でとらえるのであってtranslationはしてくれない.本書はその"translation"にあえて挑んだのである」なんてことが書かれている.(このように,ところどころで著者の自画自賛が入っているのもこの本のいいところだ)

わからなかったことがわかるようになると,とてもうれしいし勉強が楽しくなる.

学生の立場にもどって改めてその喜びを感じている.

ハワイに来る前は,日本で教える仕事をしていたのだけれども,「わかった」という学生さんの言葉はやっぱりいちばんうれしかった.

でも,いろんな学生さんがいる中で,すべての学生さんのニーズにこたえるのはとても難しいことだった.わたしの場合は,英語が苦手な人たちには「わかりやすい」と言ってもらえることが多かったけれども,英語が得意な人たちには「せんせい,ちょっとくどい」と言われることがあった.

「く・ど・い」という言葉にはちょっと傷ついてしまったのだけれども,相手が何がわからなくて何がわかっているのかを把握するのは教える側にとってはとても難しいことだった.

そのことに関連していえば,体育の先生というのはとても残酷な人たちの集団だとわたしは思っている.なぜなら,体育の先生というのは,方法を教えずにいきなり「走れ」とか「泳げ」とか「飛べ」とか「回れ」とか言うからである.わたしは高校のプールでおぼれたという珍しい経験をもつ人なのでありますが,やはり体育の先生であっても,できない人の気持ちを理解して,まず"translation"はしてほしいと思うわけであります.

わかっている人がわからない人に教えるときに大切なこと..."translation".Statisticsの本を読みながらそんなことを考えました.そして,早く学位を取って日本に帰ってまた教える仕事をしたいなと思いました.

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自分の父親の名前をWikipediaで見つけてしまった日

Wikipediaで検索をしていたら,偶然,どこかで見たことのある名前を見つけた.

ちょっとびっくりしてしまった.自分の父親の名前だった.

何しろ,わたしの父親という人はほとんど家にいない人で,「この人は一体外で何をしているのだろう」と幼い頃から思い続けてきた.

でも,よく学校の先生や友達に,「昨日お父さんNHKに出てたね」とか「昨日お父さん新聞に出てたね」とか言われて,この人はどうやらテレビや新聞のネタになるようなことを研究しているようだ,と本人からではなく外部からの情報で学んでいった.

近所のおばちゃんに,「昨日カルチャーセンターでお父さんの講習会受けたわよ」なんて言われることもあって,「この人はこんなところにまで出没しているのか.なんて出たがりなんだ」と思ったことも覚えている.

バイト先に,父親の研究室の学生がいて,「お父さんって家でもあんなにお酒飲むの?」なんて言われてしまったこともある.そのときに,どうやらこの人は酒豪であるらしいということも学んだ.

Wikipediaから本人のプロフィール,経歴や業績などのページにたどり着き,自分の父親について自分がいかに知らなかったかを知った.もっと家にいてくれたら,いろんな話が聞けて楽しかっただろうし,わたしの人格形成にももっと違う影響を与えたのではないかと思ったりした.

でも,わたしが紆余曲折がありながらも結局研究の道に進むことになったのは,やはり父親の影響をどこかで受けていたからなのだと思う.

Wikipediaには「○○○の草分け的存在」とあったのだけれども,この「草分け的存在」という言葉はとても深いなと思った.その○○○は最近ようやくその価値が見直されるようになった分野で,わたしの父親という人の研究者生活は決して平坦なものではなかったと思うのだ.

大学を退職した今も研究所を開いて頑張っているようだ.○○○という分野に人生をかけているのだと思う.

ほとんど家にいなくてほとんど話したことがないのだけれども,一つ父親から学んだことがあるとしたら,「続けること」の大切さだと思う.小さなことでも続ければ大きな力になるということだ.

しかし,自分の紹介のページにパソコン画面いっぱいになるサイズの写真を載せるのはやめてほしいと思った.ホクロの数まで数えられそうな勢いだった.

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要領よく仕事をし生活を楽しむ方法について考える(つづき)

今日は土曜日で久しぶりに自分の部屋で一日を過ごしていて,授業の復習をしたりERICの仕事をしたりしているのだけれど,やっぱり要領が悪くてなかなか進まない.

Jan21_001 今日のホノルルはとてもお天気がよくて,ふと窓の外を見ると,ダイヤモンドヘッドがきれいに見えた.

そして,「ああそうだった,ここはハワイなんだ」と思ったりする.

ちょっと寂しくなった.

そして思った.

こうやって寂しくなるのも,要領が悪いのも,結局のところは,自分が納得する形で物事を選択したり行ったりした結果なのであって,寂しさから逃れたいとかもっと要領よく仕事をする方法を知りたいとか思うのは本末転倒なのかもしれない.

誰かが敷いてくれたレールの上を,ただまっすぐに進んでいけば,欲しいものが全部手に入るという生き方があればいいなとふと思った.それはある意味退屈なものなのかもしれないけれど,ちょっとくらい楽もしてみたいと今とてもそう思うのだ.

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要領よく仕事をし生活を楽しむ方法について考える

日本での休暇が終わりハワイに戻ってきて2週間.

大学院の勉強以外にもやることが多くてとても忙しい.

2月中旬までに終わらせないといけない仕事は,①来学期のトランスファーの準備(こちらは3分の2が完成),②ERICのお仕事(こちらは10分の1程度),③フルブライト奨学金の更新手続き(こちらはほぼ完成),④アブストラクト(こちらはまだ書いていない)など.

ひとつひとつ,どれも手を抜けない.

そして,ひとつひとつ,きちんとしたものを作ろうと思うと,すごく時間がかかる.

そして,寝ているときと食事をしているとき以外はほとんど机に向かう生活となる.

そして,「こんなんでいいのだろうか」「わたしは人生を楽しんでいるのか」とふと思う.

そして,「もしかしたらもっと要領よくやれる方法があるのではないか」「もしかしたら適度に手を抜くことだってできるのではないか」とふと思う.

しかしながら,わたしには,「要領よく仕事をする」とか「適当なところで手を抜く」という方法が分からない.

「もっと勉強や仕事以外のこともしたほうがいいよ」と言われることがある.せっかくハワイにいるのだからフラダンスを習うとかサーフィンを習うとか.でも,今のわたしには(ハワイに来てからずっとそうだけれど)とてもそんな時間はない.(# フラもサーフィンもどう考えても自分には向いていないと思うし)

しかしながら,そういう楽しみの時間を確保しつつ,研究成果を挙げている友達もいる.そういう人たちは多くの場合,家族がいたりパートナーがいたりするから,机に向かう時間はわたしよりも少なくなってしまうはずなのに,何だか全部うまくこなしているように見える.とてもすごいことだと思う.どうやって研究・家庭・趣味といったもののバランスを取っているのだろう.

でも,考えてみれば,上記の①~④の仕事はすべて,他者から与えられたというよりは自分で自分に課している部分が大きいわけで,最初から放棄することだってできたわけだ.そうすれば,もう少し生活を楽しむゆとりがもてたのかもしれないのだ.

つまり,問題なのは,「手の抜き方が分からない」「要領が悪い」ということに加えて,「自分で自分に課題を課し,自分で自分を追い込む傾向がある」ということなのかもしれない.

マジメすぎるのだたぶん.少しくらいフマジメなところがあってもよいと思うし,そうならなければ人生を楽しめないような気がしてきた.つまらん人間のままで終わってしまうような気がしてきた.

Spss だいたい,ハワイに来て一番高価な買い物が,統計ソフトのSPSS($199)だったというのも,自分のつまらなさ度を象徴していると思うのだ.

この金額があれば,昨年末からずっと欲しいと思い続けているCOACHのサンダルが買えてしまうし,そのお釣りで,ハレクラニホテルのブランチを食べにいけるではないか,と考えているあたりが,またまた自分のつまらなさ度(めめしさ)を象徴していると思ったりする.

P553 ←ほしい !!!

  やっぱ,SPSSよりはCOACHだよなぁ... 

  

どうすれば,要領よく,適当なところで手を抜いて,生活を楽しめる人になれるのでしょうか.

P671_1

←これも気になる. にゃー.

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ERIC調査のおしごと(2)

先週末に送ったERIC調査報告の第一稿が返ってきました.

メールの一文目には,

「とりあえずERICという機関そのものについてもっと詳しくレポートしてください」

というご注文.

その後,労をねぎらうこともなく,アレが足りないコレが足りない,とよくもまぁそんだけいろいろ言ってくださいますこととある意味感心してしまうくらいの膨大な量の注文がつづく.

ちょっと読みが甘かったなー.思っていたより大変な作業みたいで授業と両立できるか心配になってきた.

でも,引き受けた以上は責任持ってやらないとあかんしなー. (航空券も買いたいし.←まだ言っている)

で,とりあえず今日はERICの担当者に直接問い合わせをして資料を送ってもらえないかどうか相談してみた.

ラッキーなことにすぐに返事が来て,過去10年分の年報などを送ってきてくれた.アメリカという国はやっぱり情報公開が進んでいるんやなぁと思ったりした.

でも,この年報,一冊50ページもあるんですけど.10年分全部読むんですか...

読みたくない.でも読まねばならぬ.仕事とはそうゆうものなのだなきっと.

ところで,メールの第一文目の「もっと詳しくレポートしてください」という依頼文についてひとこと言わせていただくと,「~してください」という依頼はとても分かりやすいけれども,少しばかりきつい響きがあるなと思ったのはわたしだけでしょうか.

たとえば,「~していただけませんか」とか「~していただければ助かります」とか,そーゆーふうに謙虚に言えんのかオイコラと思ってしまったのはわたしだけでしょうか.

英語でも,人にものを頼むときは,"Would you mind...?"とか"Do you think it would be possible to...?"とか"Do you think I could trouble you to...?"とか,謙虚な表現を使うことが一般的だと思う.

ま,要するに,つべこべ言ってないでさっさと第2稿にかかれということです.

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統計の勉強を始める

統計の勉強を始めました.

授業では,SPSSを使って,ANOVAやMutiple Regressionなどを学ぶことになっています.

しかし,出だしからつまづいています...

人の大脳には,ものの位置や方向をとらえる「頭頂連合野」や,計算をするときに働く「角回(かくかい)」という場所があるらしいが,わたくしの脳の中の「頭頂連合野」や「角回」は,その機能をもはや失ってしまったのではないかと思えてきました.

Statistics_003

 しかし,あきらめるわけにはいかないのだ.

 難しい概念はまず母語で理解するのがいいと思う.日本から持ってきた日本語の統計テキストに助けてもらっている.

右端のテキストの下に,「暗記をするな!考える力をつけよう」とあって,このことばがグサリと胸に突き刺さる.

得意な科目は何ですか?と聞かれて,一度でいいから「数学です」と答えてみたい.

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CALL教材を作る

今学期履修しているSecond Language Pedagogyという授業で,CALL教材を作ることになった.

この授業では,CALL(Computer Assisted Language Learning)環境での第二言語習得について学ぶことになっている.文献を読んでCALLに関する理解を深めるとともに,これまで開発されてきたソフトウェアのレビューを行い,最後のプロジェクトとして自分で教材を作るというのがコースの目標である.

なんだかとてもわくわくしてきた.

CALL教材にはずっと興味があって,「いつか自分で作れたらいいな」と思い続けてきた.

短期間のプロジェクトだからたいしたものはできないと思うけれど,それでも何か作れるというのは純粋にうれしい.

Jquiz2 Hot Potatoesという教材作成ツールを使って,選択問題,穴埋め問題,整序問題,語彙問題などが作れるらしい.

この「熱いイモ」は,カナダのビクトリア大学で開発されたもので,ホームページからソフトがダウンロードできるようになっている.http://hotpot.uvic.ca/

この「熱いイモ」について調べていたところ,フランス語の教材を見つけた.小松デルメール裕子さんという方が作っていて,やってみたらなかなかおもしろかった.chez nous http://skomatsu.free.fr/japonais.htm

そういえば大学のときの第二外国語はフランス語だった.でも,覚えていることといったら,先生がいつもエロチックなことを言っていて,この人はフランス語教師というよりはただのエロおやじにすぎないのだと思っていたことくらいであって,文法や語彙はほとんど忘れてしまった.

小松デルメール裕子先生の教材は,わたしのような初級者にはぴったりの内容になっている.カラーのイラストがあったり,ビジュアル的にも学習者を引き付ける内容である.

それに,小松裕子ではなくて,小松デルメール裕子という名前もポイントだ.フランス語の先生って感じがする.ボンジュールデルメール!

と,何が言いたいのか分からなくなってきたのだけれども,CALLというのはあれですね,わたしのフランス語のように初級者向けの教材を作るのに向いているのでしょうね...個人的には,上級者向けのライティング教材を作りたいと思っているのだけれども,自動採点をコンピュータさんにしてもらうには,やはりディスコースレベルのものは不可能なわけで.でもセンテンス・レベルのものじゃ,ライティングというよりは文法問題になってしまうわけで.

CALLでどの程度のことまでできるのでしょう.

Call早速,図書館で本を借りてきた.

春学期が終わる頃にはCALLについて語れるようになっていたい.そしておもしろい教材を作りたいです.

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ハワイ料理・アヒポケ丼を作ってみる

Ahipoke_002 アヒポケ(Ahi Poke)丼を作ってみました.

 アヒ(Ahi)とは,ハワイ語でマグロのこと.ポケ(Poke)とは,しょうゆとごま油を和えたタレを意味するらしい.

要するにただの「マグロ丼」ということです.

でも,「おおこれがハワイのアヒポケ丼か」と思って食べると,南国ハワイアンな感じを楽しめると思います.

レシピはこちら. アヒの代わりにタコを使えば「タコポケ」,イカを使えば「イカポケ」というように,自分だけのレシピを作ることもできるらしい.

(自分だけのレシピというほど大げさなものではないような気がしますが...)

日本はまだ寒い日が続きますが,アヒポケ丼で南国ムードを楽しんでくださいね.

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ERIC調査のおしごと

Hawaii1_004_1 某・国立K研究所の依頼で,データベースのERICの調査をすることになった.

勉強と両立できるか心配で断ろうかと思ったのだけれども,「謝金」ということばにつられて,まんまと引き受けてしまった.

ホノルルー成田間の往復航空券が2枚も買えてしまう金額.これはかなりありがたい.

(ちょっと具体的すぎたでしょうか)

それに,学生生活にもそろそろあきてきて(早いでしょうか),「しごと」というものをしたくなった.もしかすると自分のしていることは誰かの役に立っているのかもしれないというあの感覚を久しぶりに味わってみたくなった.

とりあえず今週末までにERICの概況についてまとめたものを送らなければならないので,ホノルルに帰ってきてから頭の中はERICのことでいっぱい...という状況.

そういえば,モナシュ大学で先輩だったナオミさんのご主人は中国人で名前はエリックだったな,とふと思い出したりする.

そんなことはどうでもいいのだけれども,第一稿の仕上げになかなかてこずっております.

というのは,集めた資料はほとんどが英語で書かれているのだが,報告書は日本語で書かなければならないからなのであります.

参考にする資料が英語の場合,それをまとめるのも英語である方がやりやすい.ここ数ヶ月で書くのは断然英語の方が早くなっているし.

(欧米か!)

(# と,一部の人にしかわかっていただけないであろうツッコミを一応いれておく)

しかも,わたしには翻訳のセンスというものがまるでないのであります.書かれてあることは理解できても,それを適切な日本語で何と言えばいいのかすぐに出てこない.

なので,まとめたものを翌日見直してみると,恐ろしいほどカタカナばっかりだったりする.英語をそのままカタカナにしているだけという何ともオソマツな報告書.これだとさすがに先方に「やる気あるのか」と怒られてしまいそうなので,今日は一日その手直しに追われておりました.

でも,ERICの開発経緯や運営主体などがわかって,この調査はなかなかおもしろい.

現在のERICの運営主体は,Computer Sciences Corporationという民間の会社なのだそう.2004年3月に5年間で約36億円の契約を結んだらしい.そういえば,ERICのウェブサイトは,最近新しくなって使いやすくなったと思う.その背景にはこの契約金があったわけだなと思ったりする.

そして,やっぱり「しごと」というのは楽しいなと思った.何かを任されているというのは純粋にうれしい.

それに謝金をもらったら航空券を買って日本に帰っていつも会いたいと思っている人に会いにいける.

最後は貧乏でかわいそうな学生のコメントになってしまいました.

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人の固有性について考えた日

人の思考は,その人が過去に経験してきたこと,学んできたことに影響されると思う.

だから,同じものを見ても,みんなが同じように考えたり感じたりするとは限らない.

ということを,昨日のEducational Psychology (Development & Learning) の授業で学んだ.

先生が,変な物体を出してきて「これは何だ?」と質問したら,クラスメイト10人とも違う答だった.

そして,"How do individuals learn something new?"という質問に対して,10人とも違う考えを持っていた.(もちろんsimilaritiesはあったけれど)

過去の経験や学習が人それぞれ異なるように,人の思考は,世界に二つとないその人固有のものなのだということを実感した.

この「固有性」にはその人の生き様が刻まれている.その生き様が異なるからこそ,人と交流していると学ぶことがたくさんあるし,心が豊かになるのだと思う.

今年1月1日の朝日新聞で帝塚山学院大学の香山リカ先生(精神医学)が次のように書いていたことを思い出した.

「その人が他の誰でもない,人類史上ふたりといないかけがえのない存在であること,それこそが,『脳を超えた心』そのものなのではないか.」

人類史上ふたりといないかけがえのない存在」,この言葉がわたしはとても好きです.

相手が誰であっても,年下の人であっても学生であっても部下であっても,その人の「固有性」に対して敬意を払うことはとても大事なことのような気がします.

そんなことを考えた春学期初日の午後でした.

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2007春学期スタート

2007春学期がスタートしました.

Rokko_008 新しいスケジュール帳に,予定を書き込んでみる.

でも,今のところ予定は授業以外に何もないという現実.かなしい.

かなしいので,3月26日~31日のSpring Recessを,ピンクの蛍光ペンで「休み」と書いてみたりする.

そして,2月3日の自分の誕生日の日に,「たんじょうび」と書いてみたりする.(そんなやつおらんやろ)

ちょっと寂しい人みたいでいやになる.

でも,しかたないのだ.勉強しにここに来たのだから.

今学期は,自分の専門を少し違う角度から見直してみることにした.目標は三つ.

1. CALL(Computer Assisted Language Learning) 環境でのライティング授業の方法論について学ぶこと.

2. Cognitive Learning Theoriesをもう一度基本から見直し,認知能力と書く力の関係について考えること.

3. Educational Statisticsの授業を履修し,量的研究方法の基本を身につけること.

春学期が終わる5月には少し成長した自分がいてほしいと思う.

そして,研究の方も進めなければいけないと思う.

こちらの方は正直なところ,ちょっとゆきずまっている.漠然とした興味分野はあるものの,データを取るフィールドがない状態なので,果たして実現可能なのかどうかわからずにいる.

そして,それが果たして意味のある研究なのかどうかもわからないでいる.

研究が絶好調に進むというのを一度は体験してみたいと思う.

しかし,9月に名古屋で開催されるシンポジウムでは何としても発表したいだぎゃ.

と,名古屋弁でしめくくっているあたりがまったくつまらんわけで,これだから自分は一流になれないのだと再認識したりする.

とりあえず250wordsのアブストラクトをはやく完成させにゃならんわけだぎゃ.

すみません...

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今年の運勢について語る

四柱推命でみる今年のわたしの運勢.

かれこれ10年近くお世話になっている神戸在住のO先輩に占っていただいた.

四柱推命というのは,「当たる」のではなく「宿命」で「決まっていること」らしい.しかし,自分が気をつけることで,決められた道筋も変えることができるらしい.そういう意味で,四柱推命というのは,ただの「占い」というよりは,「幸せに生きるためのヒント」を与えてくれるものと言える.

ということで,四柱推命というのは,「いいこと」よりは「悪いこと」を予言してくださる傾向にあると思う.「幸せに生きるためのヒント」とは,つまり,「悪いことをいかにして避けるか」を意味するからである.

まず,「今年はケガをしやすいので気をつけること」と言われる.

そして,「特にあなたは金属類でケガをしやすい.たとえば,飛行機.墜落の可能性あり」などと言われる.

(あのーー,二日後に飛行機に乗ってハワイに戻るんですけど...めっちゃリアルすぎてこわいんですけど...墜落したらケガだけで終わらないと思うんですけど...)

と心の中で叫ぶ.

そして,「今年は物をなくすので気をつけること.物だけではなく人をなくす可能性もあり」と言われる.

(あ,そういえば,三井住友銀行の通帳なくしたな.当たってる!んーでも,通帳以外に人もなくしちゃうんですか.新年早々,めっちゃブルーになっちゃうんですけど...)

と心の中で叫ぶ.

そして,「今年は新しいことを始めようとするかもしれないけど,うまくいかない.7-8月は特に気をつけること」と言われる.

(あのーー,7-8月に新しいこと始めようと思ってたとこなんですけど.「うまくいかない」ってそんな直球で来られたら,へこんでしまうんですけど...)

と心の中で叫ぶ.

「ケガ」に「墜落」に「物と人をなくす」に「新しいプロジェクトに失敗する」に今年はさんざんな運勢やなぁと少々落ち込む.

そういえば,お正月の番組で,細木和子大先生も,「土星人は今年は大殺界よ.何をしてもうまくいかないわよ」と,ズバリ言っちゃってくれてたな.「地獄に落ちるわよー」までは言われなかったけれども,「大・殺・界」という三文字にうちのめされてしまう.

しかしながら,上で述べたように,運命というのは変えられるのであり,自分の努力次第で,より良い方向にもっていくことも可能なのだ.なので,今年は,「ケガをしない」「物も人もなくさない」「新しいプロジェクトを必ず成功させる」...この三本柱を毎日の生活の目標にすることにした.

でも実は予言なんてあんまりあてにならないとも思っている.なぜなら,飛行機は墜落しなかったからだ.無事にホノルルに戻ってこれた.(O先輩ごめんなさい)

January6_006January6_005January6_007_1 ハワイに戻ってきてからもいいことが続いているし.昨日は,エミリさんとハワイで再会することができたし.Green Papayaのベトナム料理はとてもおいしかったし.スカイプで日本にいる先生とお話しすることができたし.

January6_001January6_002  エミリさんがプレゼントしてくれたハイビスカスのキャンドルにも,心を癒してもらったし.

 そう,この調子でいいことは続くのだ,きっと...

今年もいい一年にしましょうね.

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ハワイに帰ってきました

ハワイに帰ってきました.

約2週間の日本での休暇はあっという間に終わってしまいました.

関空を飛び立つ時,なんともいえない思いがこみあげてきました.

できれば日本にいたい.

日本にいれば,会いたいと思う人にすぐに会いに行ける.

日本語の方が,英語よりも自分を表現しやすい.

日本人だから,日本にいると"a sense of belonging"というものをいつも感じていられる.

だから毎日安心して暮らせる.

Holiday_046Holiday_048  ホノルル行きの機内では,ナビゲーション・マップをずっと見ていた.

「ああどんどん日本から離れていくなぁ」と思いながら.

他の乗客の人たちは,ホノルルに近づくにつれてワクワク感でいっぱいだったに違いない.

ホノルルに近づくにつれて暗い気分になっていた乗客は,UA832便の中でわたし一人だったに違いない.(そして,こうしてナビゲーション・マップをデジカメで何枚も撮影しているあやしい乗客はわたし一人だったに違いない)

Holiday_047 関空を発って4時間が経過し,日付変更線を超えたあたりで,どんなに嘆いてももう日本には帰れないなぁとあきらめモードに入る.

Sapporoという文字を見て,タロママさんに会いに行きたいなぁなどと思ったり.

Holiday_050Holiday_049  そして,関空を飛び立って6時間後,とうとうホノルルに到着してしまった.

なんだかちっともうれしくないが,もう帰ることはできない.

時間というのは,時にむごいと感じることがある.

どんな思いを抱えていても,その思いを癒すためにもう少し時間がほしいと思っても,そんな思いには目もくれず,時間は何もなかったかのようにただ流れていくのだ.だから,どんな思いを抱えていても人はどうしても時の流れに合わせて生きてゆかなければならないのだ.

でも,

もし時間が止まってしまったら新しい経験は何もできなくなる,と言ってくれた人がいた.

もうこんな生活はいやだとかもうやめたいとか,そんなことを思うよりも,逃げずに時の流れに合わせて歩み続ければ,ホッとするような小さな幸せや光り輝く大きな幸せに出会えることがあるのかもしれない.

それを信じて,またハワイでがんばっていこうと思う.

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ごあいさつ

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

という月並な新年のあいさつ文を書いてみて、

日本語というのはとても美しい言語だと思いました。特に、

「よろしくお願いいたします」という日本語は美しい。これに相当する英語は存在しない。

この言葉には、日本人の謙虚さがよく出ていると思う。

外国ではこの日本人の謙虚さがマイナスに働くことがあるといわれるけれども、わたしは謙虚さは大事なことだと思っている。

Cake_002 そして、日本の食べ物はとてもおいしい。

味だけでなくて見た目の美しさにも気を使う国は日本以外に存在しないと思う。

Cake_001

すえよし先生がもってきてくださったReaf de Shefのブルーベリーのケーキ。上品な概観と控えめな甘さ。そして、大きすぎず小さすぎずちょうどよいサイズ。日本のケーキは世界一だと思う。

日本人でよかった。

今年も、一年間外国で暮らさなければならないのだけれども、アメリカ人みたいになろうとか、自分を変えようとか、そんなことはあえてしなくていいかなと思っている。なぜなら、わたしは日本人なのであり、日本で築き上げたアイデンティティはどこに行っても維持していたいと思うからだ。

でも、自分にプラスになることは貪欲に吸収していきたいと思う。2007年のテーマは、

次なる成長の礎(いしずえ)を築く

これでいくことにした。

しかし、そんなきれいごとを言いつつ、

「明日ハワイに帰るのいややーー」

とダダをこねているのであるわたくしなのでありました…。

今年もがんばります。

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