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「自由に書け」という指示について考えてみる

ライティングの課題で,「自由に書きなさい」と指示されることがよくある.

しかし,この「自由」が表す意味範囲は漠然としていて分かりにくい. そして,この意味範囲は,人によっても異なると思う.

たとえば,一つの書き方しか知らない者は,その書き方に縛られる. 一方,複数の書き方を知っている者は,その中から書き方を選択できる. つまり,自由であるためには選択肢が必要なのだと思う.

日本の作文教育では,「感じたままを自由に書く」ことが重視され,様々な文章の規範や書く技術は教えられないことが多い. そのような「型」を与えてしまうと,個性や創造力が育たないという理由からである. しかし,どう表現していいかその手段や方法が分からないで,自由に書くことはできるのだろうか.

02021_2 渡辺雅子先生によると,アメリカの小学校の作文教育では,個人の主張を自由に表現する前提として,いくつかの文章の様式を見につけることが必要不可欠なプロセスとされているらしい. たとえば,描写するのか,説明するのか,論証するのか,また,比較・対照でまとめるか,原因・結果でまとめるか,などの様式である. どの様式を選ぶかで読み手への伝わり方も変わってくる. このような選択肢があるのとないのとでは,書く過程においても,また,出来上がった作品の質においても,大きな差が出てくるような気がする.

こちらのPhDコースで勉強を始めて,毎週何かしらのペーパーを書いているのですが,そのたび,「自由に書く」ためには「選択肢」を知っておかないといけないということを実感する. その選択肢は「思考」を深めることにも役立っているように思う.

「自由」と「規範」はパラドックスの関係にあるといえると思う. こちらのGenre Pedagogies の本の中でも,「自由」と「規範」について次のような記述があった.

0472030140 Genre pedagogies make both constraints and choices more apparent to students, giving them the opportunities to recognize and make choices (...) choice is enhanced by constraint. (20)

最近,このブログを通して,小学校の国語の先生とお話する機会があったのですが,「モデル」を与えることによって,子どもたちがびっくりするくらい書き始めた,とその効果をお話されていました. 日本の作文教育も変わってきているのでしょうか.

ところで,小説家のトムは,Criative Writingの授業で,「『犬』について自由に書く」というアサインメントが出て,その指示どおり自由に書いて提出したわけですけれども,その内容が過激すぎて教授を激怒させてしまい,授業からキック・アウトされてしまいました. 

やはり,Creative Writingの世界でも,「自由」には,ある一定の「選択肢」があるのだということなのでしょうか. しかし,たかが『犬』で教授を激怒させるなんて,小説家のトム君は一体何を書いたんや?

教えてもらったけど,確かに過激すぎて,ここでは書けません...ワンワン!

わたしも,授業からキック・アウトされないように,自由には規範が伴うことを忘れないでおこうと思った次第です.

1. 渡辺雅子 『納得の構造 ―日米初等教育に見る思考表現のスタイル』 東洋館出版社、2004年

2. Hyland, K. (2004). Genre and Second Language Writing. The Michigan Series on Multilingual Writers.

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お腹の底から笑いたいと思う

Waikiki_005_1 ハワイに来てから全然笑ってないことに気がつきました.

お腹の底から笑いたいのですが,どうしたらいいでしょうか.

関西人のこのわたしから笑いがなくなってしまったら,わたしはわたしでなくなってしまうのであります. 

Library_005_1  アメリカン・ジョークは,今のところ,わたしにとって何がおかしいのかよくわからないのです.

You Tubeで,たとえば,「トリビアの泉」とか「笑いの金メダル」とか「リンカーン」とかやってないんでしょうかね. 

それに,久しぶりに,細木和子先生の,「地獄に落ちるわよーっ」という罵声が聞きたくなりました.

小説家のトムに,「お腹の底から笑いたいのだがどうしたらいいだろうか」と相談してみたところ,「You Tubeで今アメリカで人気急上昇中の"Starwars Kid"を見たらいい」とアドバイスをもらいました. 

映画「スターウォーズ」大ファンのギラン・ラザ君が,見えない敵を相手に棒を振り回す様子をこっそりクラスメイトが撮影し,インターネットのファイルシェアリング・サイトにアップしたところ,全米で100万人以上が映像をダウンロードするほどの人気者になってしまったという. ラザ君の人気は過熱する一方で,今では,「ロックンロール」「ターミネーター」など,いろんなバージョンが作られているそう.

で,見てみましたけど,おもしろくありませんでした. アメリカ人の笑いのツボがよくわからない. 

日本に帰国したとき,笑い方を忘れていたら困るなとちょっと心配になってきました. 顔の筋肉が硬くなり能面のような顔になって帰国するという事態になった場合,修復手段はあるのでしょうか. 

ガハハハーっとお腹をかかえて笑いたい. (ガハハハはちょっとお下品ですか)

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才色兼備の友達と知的英会話を楽しむ

Library_003_1 シェリル(Cheryl)という才色兼備の友達ができました. 

同じEnglish Departmentに所属していて月曜日のクラスで一緒になります. いつも的を得た発言をし,頭の切れる女性です. そして美しい. そして英語がうまい. 今のわたしが手に入れたいすべてを兼ね備えている,あこがれの女性なのです.

そのシェリルと,毎週水曜日に,language exchangeをすることになりました. シェリルは,第二外国語として日本語を学んでいます. 何と,わたしが仕事をしていたW大学に1セメだけ留学したこともあるそう. そんな縁から急接近することができたのであります. 

美しい人と急接近できるというのは,男性にとってだけでなく,女性にとってもうれしいことなのであります. わたしはそのような趣味はありませんが... 

今日は,そのlanguage exchangeの第一回目でした. ここ数週間は,リーディングとライティングの宿題に追われ,引きこもり状態になっていましたので,今日は人と話せる幸せを心の底から体感した一日となりました. 結局,わたしばっかり英語でしゃべって,シェリルに日本語を教えてあげることはできませんでした. なんて自己チューな日本人... (来週は日本語にfocusすることにしました)

シェリルはとても賢い人で,たった2時間という短い時間の中で,彼女からたくさんのことを吸収することができました. 中でも,アメリカで今大きな議論となっている,「インテリジェント・デザイン説」(Intelligent Design) について彼女なりの意見を聞けたことはとてもよい勉強になりました. 

今,アメリカの教育界では,「人がどのように進化してきたか」に関して,「進化論」を教えるべきか「インテリジェント・デザイン説」を教えるべきかで,白熱した議論が繰り広げられています. 「インテリジェント・デザイン説」とは,「自然界は非常に複雑で,ダーウィンの進化論が主張する自然淘汰だけで説明できるほど単純ではなく,知的な設計者(たとえば神)が介在しているはずだ」という主張です. (3月のブログにも少し書きました)

なぜこれが問題なのかというと,インテリジェント・デザイン説は,神が介在しているということで,宗教的な要素が強いということです. すなわち,「科学」と「宗教」は区別しなければならないのではないか,ということです. にもかかわらず,ブッシュ大統領が,昨年,インテリジェント・デザイン説を支持する発言をしたことから,議論はますますヒートアップしているのです.

シェリルは,「科学」と「宗教」は区別するべきという意見で,インテリジェント・デザイン説を理科の授業で教えることには反対だ,と熱く語っていました. わたしもシェリルの意見に同感. でも,アメリカの特に南部(conservative peopleが多いという)では,インテリジェント・デザイン説を信じる若者が増えているのだそうです. そういえば,同じクラスメイトで,テキサス出身のミランダは,"I'm an intelligent design person !"って言ってたなぁ...

本でしか読んだことのなかったこの問題について,アメリカの学生からナマの声を聞けたことは大変貴重な経験となりました.

180pxpeopleshistoryzinn 今日のシェリルとの会話を通して,せっかくアメリカにいるのだから(陸の孤島ではあるが),アメリカのことをもうちょっと勉強しないとあかんなぁ...と思いました. シェリルおすすめのこちらの本を読んでみようと思います.

Howard Zinn (2003). A People's History of the United States.

シェリルも,日本語の勉強のために,今日からこのsatchyblogを読んでくれるとのこと. ボヤキの多いこのブログから彼女が何かを学んでくれればよいが... いつのまにか,そのような日本語を習得してシェリルがボヤキ始めたらわたしの責任だ.

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理科系になりたいとふと思う

Waikiki_006_1 理科系になりたい,とふと思った.

一つの答を見つけてすっきりしたい.普遍性を見つけ出したい.真理を探究したい.

白衣を着て実験がしたい. コンピュータに向かってひたすらプログラムを書き続けたい. 研究室にひきこもりひたすら数式を解き続けたい.

Waikiki_004_1 文科系の学問は,導き出される答が一つでないだけに時に苦しい. 特に,わたしのような「人間の思考」を研究対象にするような場合,人間が一人ひとり異なる生き物である以上,結果はmonolith(一枚岩)というわけにはいかないのであります.

この1ヶ月で何冊本を読んだだろう.知識は深まったし,理論をより広い視点でとらえられるようになった. しかし,同時に,苦しくなってきた. どこまでいっても答が見つからないからだ. 

Saturday_007 ということで,ふと理科系の世界をのぞいてみたくなったのだ. 同じような理由で理科系にあこがれる文科系の人間は多いと思う. しかし,おもしろいことに,その逆はない. 理科系の人間が文科系にあこがれることはないのだ. 

なぜなのか考えてみた. 東京の大学で仕事をしていたときに知り合った理科系の先生のことを思い出してみた. この先生たちは,みな独自の世界をもっていた. その世界はとても雄大だった. 文科系の人間が入り込めない何かがあった. そしてその「入り込めない何か」が文科系の人間を引き付けるのだと思った.

Saturday_012_1 たとえば,地球惑星科学が専門のIさんはよくこんな質問をしてきた.「地面をずっと掘っていったら何があると思いますか?」 「宇宙に宇宙人はいると思いますか?」...なんだかよく分からなかったけれども,Iさんのやっている研究がとてもおもしろそうに見えた. そこで,「毎日,研究室では何をしているのですか?」と聞いてみたところ,「毎日,計算をしています」とIさんは答えたのだ. なんだかよく分からなかったけれども,Iさんの関心というのは,宇宙と生命をつなぐことであるようだ,と一人で勝手に結論を出してみた. なんだかとてもスケールの大きい研究だと思った. 自分がすごくちっぽけな人間に思えた瞬間だった.


また,統計が専門のSさんは,「アキレスの論証」について話してくれた. ギリシャ第一の走者アキレスと亀が競争するとき,アキレスは亀より速いから,ハン ディをつけて亀の少し後から出発するとする. そうすると,アキレスは有限の範囲内には亀を追い越すことはできない,というのである. わたしには,この「アキレスの論証」がどうしても理解できず,数日眠れない日々が続いた.眠れないので,レポート用紙に図を書いて一人で考えてみたりした. 昔,弟が亀を飼っていたことを思い出した. よくわからなかった. そして,わたしにはどうやら時間間隔とか空間間隔というものをとらえる力が欠如しているらしい,と知ったのだ.

理科系の世界は何だかとてもおもしろそうだ. 地面をずっと掘っていったら何が見つかるのだろう. なぜアキレスは亀を追い越せないのだろう. これらの問いに対する答を探す旅に出てみたくなった.

...

かなり現実逃避ですな... 完全に精神が病んでいるようだ.

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休むべきか休まざるべきか,それが問題だ

Waikiki_2_015 先日,競走馬になる宣言をしたばかりなのですが,壁にぶちあたり前に進めなくなっています. My brain has stopped working...

それでも膨大な量の課題は追いかけてくるのです. 「読めー!読むのじゃ!」「書けー!書くのじゃ!」 ピシっ ピシっ 

競走馬というのは一日にどのくらい走り続けることができるのでしょうか. 

ただ,がむしゃらに走るだけでなく,頭も使わないといけませんので,一日に使える範囲に限界があるような気がしてきました.

そもそも,自分には,基本的な「思考能力」というか,「学力」というか,研究をする前にベースとなるスキーマが欠落しているような気がしてきました.

そういえば,小学校のときはそんなに勉強ができるほうじゃなかったもんな,とか,今,趣味でやっている数独は1マス埋めるのにびっくりするくらい時間がかかるもんな,とか思ってみたり. 

ちょっと休めばまた頭が働き始めるでしょうか. でも,一日は24時間しかありませんので,休んでいるとまたピシっピシっとムチで打たれてしまいます.

困りました.

休むべきか,休まざるべきか,それが問題だ.

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正座してあやまりたいと思った日

Waikiki_2_004 日本の大学は今日から秋学期が始まったのですね.

お友達のS先生からもらったメールに,「では,今から授業にいってきます」と書かれていて,この言葉がグサリと胸に突き刺さりました.

そうだった. わたしは本来ならちゃんと日本で仕事をしていなければいけない年齢なのだ. こんなところで学生生活を送っていていいのだろうか. しかも,社会に何も貢献していないのに,毎月,勝手に銀行口座に奨学金が振り込まれるのである. こんなのは道楽ではないのか.

最近,あーだこーだと泣き言ばかり言っていたことを恥ずかしく思った. 時間をすべて自分のために使える今の環境は究極の贅沢ではないか. 

正座してあやまらなければいけません. 毎日自分の時間を犠牲にして一生懸命仕事をされているみなさま,ほんとうにごめんなさい. 

Food_001Food_002 そして,今日はこの場を借りてもうひとつ謝らないといけないことがあります. ワシントン,ロンドン,ケベックなどへ留学中のSILS2年生のみんなへ. 日本食が食べられなくてつらいという声をよく聞きます. その言葉を聞くたび,わたしは胸がはりさけそうになります. なぜならば,ここハワイでは日本食が簡単に手に入るからです. 「納豆が食べたい」「うどんが食べたい」「寿司が食べたい」...というみんなの声を聞くたび,本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになります.

みんなに比べれば,わたしの置かれた環境は恵まれすぎているのでしょう. 正座してあやまらなくてはいけません. 日本食が食べられなくてつらい思いをしているSILS2年生のみんな,ほんとうにごめんなさい.

というか,納豆,うどん,寿司が食べられなくてつらいと言っている人たちに向けて,ハワイのダイエーで購入した納豆とうどんと寿司の写真をアップするのは,どうなのだろうか. 性格の悪さが現れているような気がします. 

今自分が置かれた環境に感謝する気持ちを忘れないでいたいと思います.

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ハワイで野生の文鳥と出会う

森に囲まれたハワイ大学. 週末のキャンパスは静かで,どこからともなく鳥のさえずりが聞こえてきます.

Bird_002 ハミルトン・ライブラリーに向かう途中で,野生の文鳥に出会いました. わたしは日本野鳥の会の会員でも何でもないのですけれども,この文鳥は見覚えがあっただけに,野生を見れたことがうれしくて思わずカメラ撮影をしてしまいました.

Bird_003 実は,このタイプの文鳥さんを,神戸の実家で飼っているのです. 名前は「ピーちゃん」といいます. 

だから,この野生の文鳥を見たとき,「あ,ピーちゃんや!」と思いました.

Bird_004 鳥が「ピー」と鳴くからという理由だけで名前を「ピーちゃん」と名づけるのは,犬を「コロ」や「ポチ」と名づけるのと同様,あまりに単純であり,創造力の欠如が顕著に出ているわけですけれども,我が家のピーちゃんは,自分が「ピーちゃん」という名前であることを自覚しており,「ピーちゃん」と呼ぶと何をしていても振り向いてくれる,とても頭のいい文鳥ちゃんなのでした.

Saturday_006_1

文鳥は英語で"Rice Bird"と呼ばれています. 日本語に訳すと「米の鳥(コメのトリ)」または「米鳥(コメドリ)」...どっちでもいいんですけど,いずれにしてもこれまたあまりに単純で,文鳥さんが少々気の毒になってしまうのですけれども,もともと米を主食にしていることから,この名前がつけられたそうです.

野生の文鳥を見ながら,ふと思い出したセンテンスがあります.

If I were a bird, I would fly to you. (もし私が鳥だったら,あなたのところへ飛んでいくのに)

おそらく一生のうちに一度も使わないであろうが,高校で仮定法過去を学ぶときに必ず出てくる例文です. 大人願望の強かった高校時代は「まったくばかばかしい」と思ったものです. 

でも,今は,この例文の奥深さを実感できます. 鳥になって日本に飛んで帰れたら...

ちょっとロマンティストすぎてキモチ悪いでしょうか.

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ホノルル・センチュリー・ライドに出場する選手のみなさんから元気をもらった日

Saturday_015 今週の日曜日,ここホノルルで,ホノルル・センチュリー・ライド (Honolulu Century Ride)が開催されます.

日本からは1500人近くの方々が参加されるのだそう. 

今日は,そのホノルル・センチュリー・ライドに出場する選手の方々と知り合う機会がありました.

Honolulu_century_ride_010 宮崎県から来られた選手の方々. 某フィットネスクラブのお仲間なのだそう. みなさん,さわやかオーラ満載のとてもすてきな方々でした.

右端の男性は林コーチ. 林コーチが中心になってホノルル・センチュリー・ライド参加を企画されたのだそう. 「コーチ」ということばはこの人のためにあるのではないか,と思えるくらい,全身から「コーチ」オーラを放っておられる方でした. 左のマイコさんとマリコさんは,林コーチの指導のもと,ホノルル・センチュリー・ライドに向けて,日々トレーニングに励んでこられたのだそう. うーん,このお二人からもめっちゃさわやかオーラが出ていた. 三人から放たれるさわやかオーラに目がクラクラしてしまったsatchyでした. 

それにしても,「コーチ」ということばのひびきは美しい. そういえば,誰かのことを「コーチ」と呼んだことはこれまでの人生において一度もなかったように思う. だから今日は何だかとてもうれしくなってしまい,生徒でもないのに,林コーチのことを,「林コーチ」と呼ばせていただいた. コーチ,コーチ,コーチ,コーチ... うん,いいですねコレ.(なんかあぶない)

Honolulu_century_ride_011

同じフルブライト生としてハワイ大学で勉強しているヨウコさんが,今日の機会を作ってくれました. ヨウコさんの知り合いの先生(お医者さま)も,あさってのホノルル・センチュリー・ライドに参加されます.

林コーチ,マイコさん,マリコさんに負けないくらい,さわやかオーラを放っておられる先生でした. 

Honolulu_century_ride_001Honolulu_century_ride_003  ワイキキのシェラトン・ホテルで,みなさんと一緒にディナーをしてきました. 

観光客になった気分でした. ハワイに来て1ヶ月がたちましたが,初めて,「ハワイはいいところだ」と思いました.

Honolulu_century_ride_009Honolulu_century_ride_004  ビュッフェはだいすきです.

いつも自炊で質素な食事をしているわたくしは,シェラトンのビュッフェを見て,あまりの感動に気絶してしまいそうになりました.(ちなみに倒れるまでには至りませんでした)

ここぞとばかりに,ドカドカとお皿に乗っけてしまいました.

林コーチが頼んだカクテルは,「イッチー(itchy)」といったのだけれども,グラスにマドラーの代わりに「孫の手」が差してあったのがおもしろかったです. (ちなみに,"itchy"というのは,「かゆい」という意味です) こういうユーモアは関西人の心をくすぐります. 「孫の手」入りのグラスは,上から二番目の写真でご覧になれます.

今日は,選手のみなさんのおかげで,本当に楽しいFriday Nightを過ごすことができました. そして,みなさんのおかげで,少しハワイが好きになれました.

目に映る風景は,いつもいつも同じように見えるわけではないことを知りました. その時,隣に誰がいるか,その時,どんな話をしているか,その時,心がどんな状態かによって,目に映る風景は全く違うものになるのだということを学びました. 今日の夜,わたしの目に映ったハワイはとても美しかったのです.

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ハワイの海を見て思索にふける

授業のあと,図書館で勉強していたのだけれど,どうも集中できない. 息が詰まりそうになって,大学から逃げ出したくなった.

気がつくと4番バスに乗っていた. これはワイキキビーチへ向かうバスで,大学からだと10分くらいでアクセスできる.

Waikiki_2_010 ワイキキの海はきれいだった. 

ストリートを歩いている人々の表情はみな笑顔で,どの人もすごく幸せそうだった.

 

Waikiki_2_002近くのスターバックスに入って勉強の続きをした. 幸せそうな人たちに囲まれて元気を分けてもらえたせいか,とてもはかどった. 3時間くらいはいただろうか. たまにはこういうところに来て勉強するのもいいものだなと思った.

Waikiki_2_007日が沈む時間になって,もう一度海を見に行った.

カップルがたくさんいて,好きな人と一緒にハワイに来れるなんてうらやましいと心から思った.

わたしの心にぽっかり穴が開いてしまった原因は,たぶん人の心が理解できないことの苦しさから来ているのだと思った.

Waikiki_2_009 人の心を理解するのはとても難しい. こうしてくれたらいいのになと相手に期待しても,そのようにならないことのほうが多い. だから,最初から期待しなければいいのだけれども,自分の気持ちというのはなかなかコントロールできないもので,わかってはいてもどうしても相手に多くのことを求めてしまうのだ.

そして,わたしの場合,多くのことを求めているにも関わらず,それをうまく相手に伝えることができないのだ. そのことが自分を苦しめる原因になっているのだ. 

Waikiki_2_018

そして,もうひとつわたしを苦しめているのは,人の心は移ろいやすく,常に変化するものだという事実である. 幸せだった瞬間を永遠のものにすることなんてできないのだ. 

わたしは今はっきり言って,とてもつらくて悲しい. でも,人の心は日々変化し進化するものなので,この切ない気持ちも,時がたてば癒されそして消えていくのだろう. 

Waikiki_2_008 日本にいたとき,わたしは幸せすぎたのだ. その幸せを永遠のものにすることができたのかもしれないけれど,わたしはそうすることを選ばずに,ハワイに来ることを選んでしまったのだ. 自分でそうすることを選んだのだから,今さら,悲しんでみても仕方がないのだ. 

大人にならなければいけない. 今すごくそう思う.

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それでも前に進まねばならぬ

Imagedb 心に穴はあいているものの,今はとにかく前を向いて歩いていくしかないのだなー...

今,この本のレビューを書いているところ. 1週間で1冊読んでこい,というのはこちらのドクターコースでは普通のことになっているので,たいへん. でも,この本は面白かった.

McComiskey, B. (2000) Teaching Composition as a Social Process. Utah State University.

Post-Process Approachとして,Composition Studiesの新しいモデルを提唱している. Cultural Studiesの考え方とコンバインすれば,よりwriting as a social actが促進されるという.

この本のよいところは,精神論とか理論ばかりでガンガン攻めてくるのではなく,具体的なタスクの例が提示されているところだった.著者のMcComiskey本人がこのタスクを実践した結果,学生がどのような反応を示したかについても報告されており,とてもためになる本だった.

この本で紹介されている活動は,日本の大学あるいは中・高校でも実践できるのではないかなと思った. そう思うと何だかワクワクしてきた. 今書いているレビューを,せっかくなので日本国内のジャーナルに投稿してみようと思った. そう思うとますますワクワクしてきた.

こんなことでワクワクするなんてわたしはきっとオタクなのだと思う. オタクという用語は女の人にも使えるのでしょーか.

ていうか,はよレビュー書き上げろやー.

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ぽっかり開いてしまった心の穴を埋める方法について考える

emotional ups and downs が激しくて困っている.

ハワイに到着して1ヶ月. 友達も少しずつでき始めたし,勉強は厳しいながらも毎日吸収することがたくさんあり,全体的に良い方向に向かい始めていると思う.

でも,心にぽっかり穴が開いてしまったようなこの空虚感は,いったい何なんだろう.

何かに一生懸命になっていたら,この穴が埋められるのかと思って,自分を追い込んでみるけれど,穴はどんどん深く広がっていくばかりだ. 

このままだとたおれてしまう. すぐに電波を受信しなければいけない. しらさんが,「プレアデス星団の方を向いたら電波がよく受信できる」とアドバイスしてくれたので,夜,星空をながめてみた. でも,残念なことに,ホノルルではプレアデス星団を確認することができなかった. 

このぽっかり開いてしまった穴を埋める方法は,他に何かあるのでしょうか.

Clifford_002_1Clifford_003  夜,バスを待っていたら,目の前に見事な根を広げた木があった.

このくらいしっかり根が張っていたら,木は絶対に倒れない. この根っこが何だかとってもかっこよく見えた. わたしも,この根っこのように,絶対に揺るがない強くたくましい基盤を自分の中に築き上げたい,と思った.

そして,なぜかこの木に無性に登りたくなってしまった. わたくしの精神状態は,もはや崩壊の一歩手前まで行ってしまったということでしょーか. もんきっきー.

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いつバスが来るのかわからないバス停で友達をつくる

Clifford_008 先日,アラモアナのバス停で,来ないバスを1時間待つという出来事がありました.

ハワイのバスはいつ来るのかわかりません. 一応,タイムテーブルがあるのですけれども,あてになりません. 早くに出てしまったり,遅れてきたり,あまりに遅れすぎて2台が一度にやってきたり,いーかげんさもここまでくるとあっぱれだ,とある意味感心してしまいます. 

Basspass 正確には1時間半近く待って (←十分歩いて帰れたはず),もう限界!と思い始めたときに,隣にいた男の子が,「もしUHまで帰るんだったらCABをシェアしない?」と声をかけてくれました. もうめっちゃナイス・タイミングで,たいへんありがたかった. そして,この男の子が,ジョージ君というのだけれども,これまためちゃくちゃいい人で,CABの中で自己紹介などをしているうちに話が盛り上がり,また会いましょうということになった. 

(ん?これはナンパではないんだよな. そうだよな. わたしはもうナンパされるような年齢ではないもんな... と一応心配してみる) 

Saturday_010今日,そのジョージくんとParadise Palmというキャンパスのカフェでおしゃべりしてきました. なんでこんなに仲良くなったのかというと,彼が日系2世で,お父さんが何とsatchyと同じ神戸市須磨区の出身だということがあったからです.What a small world !!

(そう,だからこれはナンパではないのだ. ...しつこいですか.) 

ジョージは日本語は話さないのだけれども,日本の血が流れているだけあって,話す英語がとてもソフトで優しく聞こえた. なんか日本人としゃべっているみたいな気がした. ハワイ生まれ,ミズーリ州育ちらしいのだけれども,全然アメリカンしてない. 環境はアメリカでも,日本人としてのアイデンティティを維持している,大変興味深い例を見ることができたと思った. satchyは,めっちゃアメリカーンって感じで,Rを必要以上に響かせてリズミカルな英語を話すアメリカ人男性がどうも苦手なので,ジョージのような品のよい友達ができたことは,とても幸せなことだと思った.

こんなふうに友達ができるなんて,「いつバスが来るか分からないバス停」も,ときにはいいことをしてくれるものだ. あきらめずに1時間半ねばってよかったと思った.

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プレゼンの後の拍手の意味について考えてみる

今日はプレゼンをしてきました.

プレゼンはきらいなほうではなかったと思うのだけれども (でないと教える仕事はできないですよね),クラスメイトが全員アメリカ人という環境はこれまで経験したことがないので,朝から吐きそうなくらい緊張していたのでした. 

でも,クラスメイトが非常にsupportiveだったおかげで,緊張がほぐれ,自信をもって話すことができました.

プレゼンの前には,"go satchy!!!"と声援を送ってくれましたし,プレゼンの後には,「ブラボーっ」と言わんばかりの拍手喝采を送ってくれました. 

クラスメイトにこんなに助けてもらって,何だかとてもうれしかったのですけれども,でも,よくよく考えてみると,こんなに声援やら拍手やらを送ってもらったのはsatchy一人だけやったし,なんかやっぱり一人前として扱ってもらってないんやなー,とか,子どもやと思われてるんかなー,とかいろいろ考えてしまいました. 

もしかすると,ほんとにプレゼンがずば抜けて素晴らしかった可能性もあるかもしれないのですが. あるいは,satchyは,なにげにアメリカ人学生の人気をひとりじめしている可能性も考えられるのですが.

まぁ,いろいろ考えないことにします. なんせ,わたしはこのEnglish Departmentでは,自分の殻を捨て,馬になることにしたのです. つまり,馬になれば恥をかいても平気でいられるわけです. ヒヒーンって言ってればいいのです. なぜ馬なのかというと,それは,日々,「読めー」「書けー」とムチ打たれる生活を送っているからです. そして,なにげに「サラブレッド」を目指しているからなのです. 

「サラブレッド」は,英語だと "thorough-bred" 直訳すると,「徹底的に飼いならされた」という感じになるのでしょうか. 笑われ恥をかきながら,一人前の競争馬に成長したいと思っているわけです.

でも今のわたしは,ちょっと転んだら立てなくなってしまいそうな,かよわい子馬ちゃんなのでした. ひひん.

お湯につかって歌をうたいたい気分なのですが,ここにはシャワーしかありません. どうすればいいですか. ひひん.

Eating_001 仕方ないのでヨーグルトでも食べることにします.

ALTA DENAシリーズは「ピーチ」がいちばんおいしいと思った.

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会いたい声が聞きたいと思う

2年前のちょうど今ごろ,わたしは友達と新宿のコムサカフェでお茶をしながら,「書くこと」の楽しさについて語り合った. 

語り合ったというか,わたしが一方的にしゃべっていたような気がする. でも,その友達は,いつもしっかりとわたしの目を見つめて話を聞いてくれる人だった. 多くのことを語らない人で聞き上手だった. 語れるに値する多くのものをもっているにもかかわらず,それをひけらかさない人だった. 

そのときに,この世の中に「ブログ」というものがあることを教えてもらった. とてもおもしろそうだと思った. "unimagined and unseen people"とつながりがもて,それを通して自分の世界が広がるツールなのだということを教えてもらった. でも,そのとき,ITが苦手なわたしには,ブログを作るというのは何だかとても難しいことのような気がした. 

友達は,「書いてくださいよー」といつも言ってくれたのに.

それから1年が過ぎた去年の秋,このSATCHYBLOGを書き始めた.

友達にこのブログを見てほしかったと思う. 

あれから1年が過ぎた. その友達に会いたいと思った. 声が聞きたいと思った.

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ハワイの空を見て日本を思う

Saturday_008 ハワイの空を見上げてみた.

青く澄んだ空はとても美しかった. この美しい青空を一年中見ることができるなんて,とても贅沢なことだと思った.

Saturday_009 そして,日本のことを思い出した.

四季のある日本は,季節によって空の色が違っていたなと思った.

Saturday_006

日本は,季節によって独特の風情や趣きがある国だと思う. たとえば,夏の終わりに蝉の声が聞こえなくなって涼しい風が吹き始めると,何だか物悲しい気持ちになるし,秋深まり,木々の葉が色づく季節には,どことなく哀愁の感が漂う. 

Saturday_004 この四季折々の風情は,日本人の情緒を育てるのにとても役立っていると思う. 

それに対して,ハワイの人は,空の色の変化や色づいた葉を見て感動するなどという高次の情緒はもっていないように思う. だって,ここでは,空の色は1年365日ずっと同じ色をしているのだし,木々は紅葉することはないのだから.

日本の秋がだいすきだったので,今の時期に日本にいれないのはとてもざんねん. もう9月中旬だから,少しずつ秋が深まってきているのだろうなぁ... 

わたしは日本人なので日本がだいすきです.

ていうか,さいきんボヤキが多すぎでしょーか. 

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おいしい菓子パンが食べたくなる

Img_0196 おいしい菓子パンが食べたくなりました. 

第一希望は,ファミマの「マーガリン・メロン」です. 

第二希望は,ファミマの「チーズクリーム・メロン」です.

第三希望は,ファミマの「メロン・クロワッサン」です.

(この人はファミマの菓子パン戦略にすっかりはまってしまったようだ.そして,この人はどうやら基本的にメロンパンが好きなようである.)

日本ほど菓子パンの種類が充実している国は世界中どこを探してもないと思われます. 菓子パン好きのわたくしは,これから数年間この地で菓子パンなしにどうやって生きていけばいいのでしょうか.

メロンパン 夢に出てきて 涙する   

(この人には残念ながら俳句のセンスなどはかけらもないようである.)

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ディスカッションで活躍した日

今日は,ディスカッションで活躍することができました.

昨日のブログで書いたことに関して発言したのですけれども,予想外に,アメリカ人学生の反応がよく,ディスカッションを盛り上げるきっかけを作るいわゆる"facilitator"の役割を果たせました.

教授にも,"Excellent point !!"などと言ってもらえて,ようやくわたしにもツキが回ってきたぞと一人ニンマリしている日本人留学生なのでした.(しかし,先生に褒められるというのはいくつになってもうれしいものでしゅ.にゃん.)

アメリカ人学生というのは,「こいつは何かおもしろいことを言っているようだ」と分かると,ものすごい勢いで食いついてくるのですね. つまり,そこでは,「英語がネイティブのように美しくない」という問題は重要なものではなくなる,ということなのだと思います.

言葉そのものよりも伝えるべき内容の方がうんと大切だというのは,ごくごくあたりまえのことではあるのですけれども,アメリカ人ばかりに囲まれて生活していると,言語面の問題ばかりを気にしてしまうのですね.

なので,言いたいことがあるときはためらわずに積極的に発言していこうと思いました.今日改めて思ったのですけれども,わたしは日本で教育を受けてきた日本人であるわけで,アメリカ人学生にはない独自の視点をもっているのだと. 彼らには気がつかない問題も,もしかするとわたしは気がつくことができるかもしれないのだと. この特権は今後も大いに利用しなければならないなと.

それにしてもたくさん発言できた日というのは何とすがすがしいものでしょうか.長らく無人島で孤独な生活を強いられていたが偶然近くを通りかかった船に助けられ,ようやく外界とつながりがもてた漂流民のような気分.(なんじゃそれ)

今の気持ちを英語で言ってみますと,

Finally, unlock the door, and make connections with the outside world. てな感じです.

Note_001 ハワイ大学のノート. なぜWarriorsなのかは不明. でも,たしかに今のわたくしは大学という戦場に向かうサムライのようだと思った.

 ひさびさに学生に戻るとノートもつのがうれしくてたまらない. ノートだいすき☆

Note_002 早口なアメリカ人の先生の話を書き留めるには筆記体が役立つ. 

日本にいたとき,学生から「判読不能なのでやめてほしい」と不評だったsatchyの筆記体ですが...

ということで,Week 4が終了. 金曜の夜はいちばんほっとする.

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ネイティブは英語がうまいと思った日

ネイティブは英語がうまいと思います.

(あたりまえですが...)

クラスメイトが全員アメリカ人という環境で授業を受けていると,satchyはもしかするとこの中でいちばん英語がヘタクソなのではないか,という事実に改めて気づかされるのであります.

(改めて,といわないまでもあたりまえのことなのですが...)

あまりに流暢に美しい英語を話すので,ついついその音声に聞き入ってしまい,肝心な中身を聞き逃すことがしばしばあります. そして,このような美しい英語を話す人たちの前でこのようなヘタクソな英語を披露するのはどうなのだろうか?などと思いとどまってしまい,ついつい無口になってしまうsatchyなのでした.

24003c_110

今週から新しい本を読み始めました. 2週間に1冊のペースで読んでいくという驚異的なシラバスです.

Vandenberg, P., Hum, S., & Clary-Lemon, J. (2006). Relations, Locations, Positions: Composition Theory for Writing Teachers

この本の中に"illiterate people"に関する記述があって,これは何となく今の自分のことのようだと思いました.

Illiterate people are embedded within a language use that won't allow them to transform sentences into utterances that reach beyond their own communities. (...) since their language cannot be directed toward an other, it is impossible for them to constitute a self.  (p.48)

Library_003心の中にある思いを他者にうまく伝えられないという環境は,つまり自分が自分でいれなくなる環境なのだと思いました. 

わたしは関西で磨き上げたお笑いのセンスがあると自分で思っていて,人と話すときはいつもどこで笑いをとろうかと考えている人間でしたので,笑いをとることが非常に難しい今の環境はとても苦しいものがあります.

Library_004ことば」はとても大切だと感じる毎日です.

このブログを読んでくださっているみなさまからいただく「ことば」にも,いつも力をもらっていますから.

みなさま,いつも本当にありがとう.

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苦しみの原因について考えてみる(つづき)

そして,さらに苦しみの原因になっているのは,

いちばんそばにいてほしいと思う人にそばにいてもらえないという現実であり,つまり,わたしはひとりぼっちなのだという現実なのである.

わたしはもう30を過ぎてしまっていい大人のはずなのですけれども,ひとりで何でものりこえられるほど強くはないのです.

どうしたら,強くてカッコイイ大人の女性になれるでしょうか.

疲れたので,今とても温泉に入りたいです. にゃん.

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苦しみの原因について考えてみる

何がこんなに自分を苦しめているのか考えてみた.

それはたぶん,ハワイ大学のEnglish Departmentでは,L2としてのEnglishには全く関心が払われていないということなのだと思う. そのことによる疎外感と孤独感,そして本当にここで博論を書き上げることができるのだろうかという不安である.

わたしがやろうとしていることは,L1 writingとL2 writingの両方に関連している. 具体的には,English 100という「書く力」を伸ばすことに特化した授業が学生のリテラシーの向上にどのような影響を及ぼすのかを縦断的に調査したいと考えている. 

応募書類のStatement of Purposeにもこのようなことを書いたし,教授の中にもL1とL2の連携が必要だといってわたしの研究テーマに興味をもってくれた人がいた. だからこそEnglish Departmentで学ぶことを決めたのだけれども,実際にコースワークを始めてみると,EnglishがL2である留学生はわたし一人で,他は全員アメリカ人. 彼らはL2 writingにはまるで興味がないようだ. クラスメイトと自分の研究について意見交換ができない環境というのは,とてもつらいものがある.

アメリカの大学院では,博論を始める前に,Area Examsを3科目受けなければならない. ドクターの学生はこの試験のために約半年かけて準備をする. この3科目は,自分の専門に合わせて選ぶことができるのだけれども,わたしの場合,L2 writingが関連していることもあってEnglish Departmentに所属していると科目の選択が難しくなりそうな気がしてきた.

元上司の先生に相談したら,「転部を考えたほうがよいのではないか」と言われた. この先生もアメリカでPh.Dを取られた方で事情をよく理解してくれた. ハワイ大学には,Department of Second Language Studies (SLS) という学部があって,そちらのほうが私の専門性に合致するのではないかと助言をいただいた. 実は,今学期,SLSで1科目受講しているのだけれども,自分でもこちらの学部の方が自分の専門性を磨ける環境にあるのではないかという気がしていた.

ただ,わたしをさらに苦しめているのは,「転部などということを考えるのは,ただ,困難から逃げているだけではないのか」という思いである. 「そんなふうに自分を甘やかしていいのか」という思いが決断を引き止めている. 

転部をした場合,コースを始められるのは来年の9月からになるので,この一年は何とかEnglish Departmentでやり抜くつもりでいるのだけれど,何だかやりきれない気持ちになっている.

わたしはどうすればいいのでしょうか.

Daiei_005 空を見上げると,飛行機が見えた.

この飛行機は日本に向かっているのかなーと思った.

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NICE BODYをめざしてみる

Daiei_001FedEx Kinkosの前でバスを待っていて,ふとウィンドウに映った自分を見てみた. 

体のニクがなくなって,貧相な体になっている. ハワイに来て1ヶ月,日々の忙しさに追われて,食べることに対して興味がなくなってしまったのだ.

アメリカ人の多くは大柄でしっかりと脂肪を蓄えている傾向にあるので,この国では,このような貧相な体をしていると何だかとても浮いて見える. ときどき,通りすがりのアメリカ人を見て,「そのような大量の脂肪は一体何のために必要なのだ」と指摘したくてたまらない衝動にかられることがある. ハワイは常夏の島で,寒さから身を守る必要はないのである. そして女性陣に関して言うと,「上半身のある部分を半分でいいからいただきたいものだ」と思わずにはいられない状況が頻繁に訪れる. これに関しては,「世の中は不公平にできている」と中学生の頃から思い続け今に至っている.

そこで,痩せてしまった体を元に戻す計画を立て始めた. でも,せっかくなので,これを機会にNICE BODYを手にいれることも視野にいれつつ,何かできることはないかと考えてみた. 

でも,どうやら今からできることは何もなさそうなので,アメリカ人女性のようなNICE BODYはあきらめることにしました. その代わりに,野菜を多く取り,健康的なNICE BODYを目指すことにしました.(「健康的」の定義がいまいち不明確ですが)

Daiei_004Daiei_006  火曜日は早くに授業が終わるので,バスに乗ってアラモアナまで食材確保に行ってきた.アラモアナには日本のダイエーがあって,とても助かっている.

Daiei_012 アスパラとマッシュルームの缶詰を買った.

"Green Giant"(グリーン・ジャイアント)という名前のこの緑色のおっさんのように美しい体を目指さなければ...と思った.(ちょっとちがうか)

Library_001Daiei_009  ピーマンの千切りと塩昆布を混ぜてクイック・お漬物を作ってみた. 同じアパートで友達になったハツミさんに教えてもらった. 九州ではよく食卓に並ぶ食べ物なのだそう.

これから,健康的なNICE BODYを目指してがんばっていきます.

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ふときがつく.ここはハワイ.

Library_005 ふと空を見上げてみる. 

そして,思う. 「そうだ,わたしはハワイにいたのだった」と.

そして,思う. 「なぜゆえに,わたしはハワイにいるのだろう」と.

Library_002 今朝,本を読んでいて,"Failing to see the woods for the trees" (木を見て森を見ず) というフレーズに出会った.

そして,これは今の自分のことのようだと思った. 目前の細かなことに心を奪われて,一番大切なことを見失ってはいけないのだ,と自分に言い聞かせる.

Tv_007 9月というのにハワイはあつい. セミがいないのは,いつ土から出てきていいか分からないからなのだという当たり前のことに気がつく.

毎日暑くて,毎日晴れているのに,なぜゆえに天気予報が必要なのだと思う. 金曜だけF89度で,他の曜日はF88度だという情報は,ハワイの人々にとってどのくらい重要なことなのだろう. 1度しか変わらないではないか.(華氏と摂氏の換算表はこちら

と,授業の前にぼやいてみました.

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こんな日曜の午後

今日は日曜日ですが,いつもどおり図書館で一日を過ごしました.

Profession of Englishという必修の授業を取っていて,これがまたわたくしが大の苦手であるliteratureを扱っているものだからエライことになっております.

このliteratureに関する本の第1章から7章までを読み(数えたら118ページあった),それに対するresponse paperを書いて今日の夜0時までに提出するのである.

literatureはキライ. だから,読んでいてもあまり楽しくない. それにこのresponse paperってのは一体なんなのだ. free responseが許されているのだけれども,だからといって,"I hate literature."などとresponseした場合,どのような評価がくだされるのであろうか. 

と,ブツブツ独り言をいいつつ,サマリーと自分のアナリシスを入れて何とか書き上げました. 今回は,留学生特権を発動して,アメリカ文学をJapanese perspectiveから分析することにしたのであります. クラスメイトはみんなアメリカ人だからこのような見方はできないであろう. オリジナリティあふれるレポートが書けたと自己満足にひたる. ふふふ.

今,夜8時半です. WebCTというツールを使ってレポートを提出するのだけれども,まだ3人しか提出していない. みな今頃必死なのだろう. アメリカ人学生よ,苦しめ,苦しむのだ!ははははーーと高笑いしてみる.

朝からずっと勉強していたので疲れました.

おなかがすきました.

家に帰ります.

このような生活があとどのくらい続くのだろう...と思いため息をつく.

 Professing Literature: An Institutional History

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別々の文脈で得た知識が一本の線でつながった瞬間

Miller2005 別々の文脈で得た知識が,一本の線でつながる瞬間がありました.

こちらの本がこの2週間ほどわたくしを苦しめてきた本なのですが,(Richard E. Miller Writing at the End of the World, University of Pittsburgh Press, 2005 ) その193ページあたりを読んでいて,なぜリテラシーが大事なのか,なぜ書くことを指導する必要があるのか,についてこれまで気がつかなかった新しい視点を手に入れることができました.

このような瞬間には,まさに,新しいコンタクトを作って向かいのホームに立っている人の顔がハッキリ見えたときのあの感動と同じくらいの大きな感動があるのであります.(このような陳腐な例でしか気持ちを表現できないアナタ自身がもっとリテラシーを磨く必要があるのかもしれないが)

Miller氏は,「別々の文脈で得たものを関連づける力」こそが人文科学の目的であり,書くことの指導とは,この「関連づける力」を養うことにつながる,と述べています.

本の最終ページに書かれていたことが心に残りました.

The practice of humanities is not about admiration or greatness or appreciation or depth of knowledge or scholarly achievement; it’s about the movement between worlds, balancing; it’s about making the connections that count. (p. 198)

つまり,Miller氏が言っているのは,”The value of learning is making the connections rather than the disparities.” ということなのだと思った. そして,自分でまとめてみたこの言葉はとてもいい言葉だと思った.(自画自賛)

このmaking the connections rather than the disparitiesというのは,教育のみならず,どの分野にもいえることなのかもしれないし,広く,人生論においても意味をもつような気がした. なぜなら,人は一人では生きられないのであって,他の誰か,たとえば好きな人であったり家族であったり友人であったり,そうした人たちとの「つながり」があるからこそ人生を豊かなものにしていけるからだ. 

この本を読んで,「なぜリテラシーは大事なのか」という問題から「何が人生を豊かにするのか」という問題について考えることができた. 200ページ中,193ページまでは理解に苦しんだのだけれども(ほとんどやんか!),最後の最後になってやっとMillerの言いたいことが理解できた(遅すぎですか). 読んでよかったと思った.

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ラジオにはまる

Retreat_003 COBYのラジオ付きCDプレーヤーを買いました. 一見,ヤカンみたいに見えますが...

「iPodやらiTuneが流行しているこの時代に,ラジオ付きCDプレーヤーを購入する人がいたとは...ありえん!」と日本にいるみなさまからは突っ込まれてしまいそうですが...

海外のラジオ番組って何か好きなのです. DJの英語は完璧には聴き取れないけれど,流れるような口調が耳に心地いい. それにリスニングの勉強にもなる. でも何よりも好きなのは,一般リスナーが電話でDJに恋愛相談をする番組. そして,愛する人に向かって熱いメッセージを送り,リクエスト曲がかかる...といったもの. リクエスト曲はたいていバラードが多く,リスナーをさらにemotionalな気持ちにさせる効果がある.

このような構成は実に単純であり,バカバカしくて聴いていられない!と思うこともある. が,多くの場合,熱いメッセージに共感し,自分の状況をそのシチュエーションに重ね合わせて,感傷に浸ってしまうのであります. 

ほんまにタンジュンなやつじゃ.

昨夜の放送でも心に響いたメッセージがあった. ミネソタ州のとある大学で勉強している彼女に向けてホノルル在住の男性が送ったメッセージ.

I love her so much.

これを3回繰り返した. 実にシンプルなのだけれども,loveの上に,so muchがつくのであり,この愛情表現を上回るものは存在しないと思えた. さらにこの男性は,毎日彼女に電話をしているのだけれども,その回数は,一日に5回というのである. その回数には,彼の彼女に対する思いがどれだけ強いものかが反映されていると思った. もっとも,この彼は相当"ヒマじん"なんやろうという気がしないでもなかったが...

それにしてもこんなに愛されている彼女は幸せやなーと思った. どうしたらそんなふうに愛情を注いでもらえるようになるんだろう,などとも思ったりした. 本当に好きならば毎日声が聞きたくなるのが自然なのだろう. そんな女の子にどうしたらなれるんでしょうか. 

と言った後で,こんな少女みたいなことを言ってる自分はとても気持ち悪いと思った. にゃー

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Labour Dayに

アメリカでは,毎年9月の第一月曜日が"Labour Day"で国民の祝日です. 必ず月曜日が休みになるので3連休が約束されています. もともと,労働組合の「夏の最後を祝うお祭り」から来ているらしく,多くのアメリカ人が最後のサマー・バケーションを楽しみます.

といっても,ここハワイは年中夏なのでありますが...

それに,ドクターの学生には3連休も何も関係ないのであります. 日々,膨大な量の課題に追われ,ムチ打たれ限界以上のスピードを出すことを強いられる競走馬のような気分になっております.まさに,whipped and tortured, whipped and tortured...という感じ.

騎手が競走馬にいう.「走れ!走るのじゃー! 進め!進むのじゃー!」

教授が私にいう.「読め! 読むのじゃー! 書け!書くのじゃー!」

...

しかし,このような機会を与えてもらえることをありがたいと思わなければいけない. これまでは,自分が読みたいと思うものとか,自分の調査対象の範囲のものしか読んでこなかったから,それ以上に視野を広げることは難しかったように思う. 今は,与えられたものを読み,それについて書き,授業では教授やクラスメイトとディスカッションをする機会が得られる. このような活動を通して,視野が広がるだけでなく,思考を深めることができるのだ.

などとカッコいいことを書いてみたものの,satchyは苦しんでいます... 授業で使うテキストが難しい. 内容がイマイチよく理解できない. Composition & Rhetoricという分野は,もともとは「アメリカ人の教師がアメリカ人の学生のリテラシーを高めるためにどのような指導をすればいいか」を考えるL1 contextで発展してきた学問なので,アメリカに精通していないsatchyにはよく分からないことがたくさんあるのです.

改めて,国際舞台の場では,英語力よりも,「伝えるべき内容」を持っているかどうかが大事であることを痛感する. 今は,テキストを理解するのに精一杯で,それをcritical analysisするところまではとてもたどりつけない. もちろん,これは,アメリカ人の学生にとっても簡単なことではないはずで,クラスメイトも苦しんでいるのだろうけれど. 

「ちょっとこのままではまずい」と思って,小説家のトムに助けを求めた. トムは自分も日本への留学経験があるから,satchyの気持ちをよく理解してくれている(と思う). そして,Labour Dayの祝日を割いてsatchyの勉強に付き合ってくれた. 授業でついていけなかったところを説明してくれて,たいへんありがたかった. でも何より安心したのは,「この本は難しすぎてボクにもよくわからないし,他の学生も絶対にわかっていない」という一言だった. 

アメリカ人の学生というのは,いつも堂々としていてconfidentで,授業でもよくしゃべる(先生をさえぎってでも). その勢いに圧倒されてしまうことが多いのだけれども,実はちゃんと理解できていないこともあるんだろうなーと思ったりする. 

Labour Dayに小説家トムの執筆活動を妨害してしまったのですけれども,お返しに,すてきな奥様と3週間前に生まれたばかりの娘さんのノロケ話をたっぷり聞いてあげたので,彼もよい休日を過ごせたのではないかと. 今はまだ実家のフィラデルフィアにいるのだけれども,この10月にハワイにやってくるという. 

夫婦とか家族っていいなと思う. ハワイに来てその思いはますます強くなった. 家に帰ったとき,そこに誰かがいてくれることは,何とすばらしいことだろう. パートナーには,泣き言をいってもいいのだし,「そんなにがんばらなくてもいーんじゃない?」とか言って,手を握ってもらえたり,抱きしめてもらうこともできるのだ. そのような形体の人間関係が築けたとしたら,人生は何と豊かになることだろう. 

アメリカの大学院でPh.Dを取得するには4-5年かかると言われている.そして,一番早くPh.Dを取れる人は,spouse(配偶者)がいる学生だと聞いた. その意味するところが今とてもよく分かる. 

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SSNが取れなくてがっかりした日

SSN (Social Security Number) の申請に行ってきました.

でも,取れませんでした. がっかり...

SSNは,アメリカ住民一人ひとりが持っている識別番号のようなもの. アパートの賃貸や免許取得など身分証明が必要な場面では必ず必要になるらしい. SSNは,アメリカで雇用されている外国人も持つことができて,これがあるといろいろな状況で(銀行口座開設や携帯電話購入など),手続きがスムーズに進行する. 

satchyのビザは,J1ビザ(visiting scholar)といって,基本的に学生なのだけれども仕事をすることが許されている. それに,フルブライト奨学金から税金を搾取されてしまうこともあって,雇用はされていないのだけれどもSSNを取得できる身分に相当すると聞いていた. 

が,しかし,Social Security Administration (SSA)というお役所で申請手続きを行ったところ,「学生なのにどうしてSSNが必要なの?」と詰問されてしまった. そして,「どこかの組織に雇用されている証明書がないとSSNは取れませんよ」などと言われてしまった. そこで,いずれ大学でGA(Graduate Assistantship)の仕事をする可能性もあることなどを説明したのだけれども,「じゃ,GAのポジションが取れてからまた来てください」とさらりとかわされてしまった.

うーん,フルブライト本部から聞いていたのと話が違うではないかーー. 納得いかん!と思いつつ,ハワイに来て2週間,事務的な手続きの場で相手に戦いを挑み,論争することにほとほと疲れていたので,今日はあきらめておとなしく退散することにした.

ハワイに来てからというもの,何かをやろうとして一回でうまくいったことはほとんどない. これまでの人生において,ここまで物事がうまく進まないことを経験したのは初めてのような気がする. Anything doesn't work well. I feel like unwelcomed and marginalized in the U.S....といった気分.

Downtown_003Downtown_002  途方に暮れながら,ハワイのお役所街を歩いてみる. ここ,ダウンタウンのパンチボール・ストリート(Punchbowl St.)沿いは,ハワイ州政府庁(Hawaii State Capitol)や最高裁判所(Alliolani Hale State Supreme Court)などが建ち並ぶ,日本でいう永田町のようなところだと思った. さDowntown_005 Downtown_010 すがに,このお役所街には,短パン+ビーサン姿の人は歩いていない. 男性は皆スーツにネクタイを締めているし,女性は化粧をしてスカートを履き,ハイヒールなどを履いている. 何だかここはとてもcivilizeされた場所であると感じた. そして,自分はまるでマノアの未開の地から出てきたエイリアンのようである,と思った. ビーサンを履いてきたのは間違いだった.

Downtown_007Downtown_009  パンチボール・ストリートを北に進み,サウスキング・ストリートにさしかかったとき,ふと左をみると,大きな銅像が建っていた. 何だろうと思ってみてみると,カメハメハ大王像だった.

Downtown_006 カメハメハ大王像の前は,カメラを手にした観光客であふれかえっていた. そして,satchyも一緒になって写真を撮ってみた.

 が,しかし,何の感動もなかった. カメハメハ大王がどうだっていうのだ. それになんで,Kingを「大王」と訳す必要があるのだ,意味がわからない,と思ったりする. 同じKingでも,イギリスのKing Williamは「ウィリアム王子」と言われているではないか. 「大王」と「王子」の違いは一体どこにあるのだ,と思ったりする.

そして,子どもの頃に見たアニメ,「ハクション大魔王」のことを思い出す. あれはなんで「大魔王」だったのだろうかと考えてみる. 確か,ハクション大魔王は,ハンバーグが好きで,数字を見るのが嫌いだった記憶がある. そんなお茶目でキュートなハクション大魔王は,なぜ「大魔王」と呼ばれざるを得なくなったのだろうか.

もし,観光客という立場でこのカメハメハ大王像を見ていたら,もっと大きな感動を味わうことができたのだろうか. そしたら,「大王」と「王子」と「大魔王」の違いなどというアホなことに思考をめぐらすことはなかったのだろうか. 

Downtown_004 SSNを申請したお役所は,アラモアナ通り300番 (300 Ala Moana Blvd)にある. ストリート番号はなぜこんなにも大きく表示する必要があるのだろうか. これでもかっていうくらいにでかい. 

カメハメハ大王像といい,アラモアナ通り300番のモニュメントといい,何だかわけがわからない. この虚無感は一体何なのだろう.

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ひとりごと(つづき)

でも泣かないことにしたのだ.

自分で選んだ道なのだから,泣き言を言うのは筋が通っていない. 一度やると決めたら,何があってもやり通さなければいけないのだ.

Downtown_001 明日までにChapter 3まで読み終えなければいけない. あと24ページ. 授業が始まるまでにあと14時間あるから,何とか読み終えられるかな. でもそのうち5時間は寝たい.

アメリカで発展してきたComposition Studiesという分野は,自分がこれまでやってきたSecond Language Writingという分野の研究とは,かなりアプローチが異なることが分かった. 

satchyが考えているのは,この二つの理論を融合させて,日本人学生のリテラシーを高めるためのカリキュラムを作ることなのです. 

でも,Composition Studiesの理論は,今のところ大変難しい. だからテキストを読むのに恐ろしく時間がかかってしまう. SILSの学生さんたちの気持ちが今痛いほどよくわかる.

Downtown_0117月中旬に東京から送った本たちが,船で運ばれて本日ホノルルの家に到着した. 

これで勉強の環境が整った. 

Eating_002 そして,ランチにサンドイッチを作ったりしてみる.

日本のキューピーマヨネーズは世界一だとしみじみ思う.

みなさん,いつも応援してくれてほんとうにありがとう.

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