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最高の贈り物

国際教養学部で仕事ができてよかったと思う理由の一つは、素晴らしい学生さんと出会えたということです。 今日はsatchyにとって最後の出勤日ということで、学生さんたちが送別会を開いてくれました。 学生さんが自分のためにこんな会を開いてくれるなんて、言葉では表現できないくらいうれしいものです。 こんなに素晴らしい学生さんと出会えたことは、何にも代えられない一生の財産です。 

Farewell2_004_1 ちょっと自慢しちゃっていいですか。ごめんなさい、昨日のブログで、「自慢するヤツは小物の証拠」などと書いてしまったばかりなのですが、あまりにも嬉しかったので、ここに書かずにはいられませんでした(やっぱりsatchyは大物にはなれないってことです)。

学生さんたちが、メッセージ入り色紙をプレゼントしてくれたのです。 手書きのメッセージって、やっぱりメールとは違って心がこもっていると思います。 書いてくれた学生さん一人ひとりの気持ちがひしひしと伝わってきて、ジーーン…ときてしまいました。 

Farewell2_006 そして、こんなに素敵なペンまで。。。 なんと、satchyの名前が入っているではありませんか !! この世に一つしかないオリジナル・シャープペンシル。 こんなに素敵な贈り物を考えてくれたみんなの気持ちがほんとにほんとに嬉しくて、涙が出そうでした。 この気持ちをどうやって表現したらいいのか、satchyは口下手やから分かりません。 ただただ、「ほんまにありがとー」と関西弁で言うのが精一杯。 ほんまにありがとー、みんな。

satchyは教師という仕事が好きです。 こうやって素晴らしい学生さんと出会い、彼らからいろいろなことを学ぶことができるからです。 教える立場ではあるけれども、教えられる立場でもあるのです。 「先生」というのは、「先に生きる」と書きます。 これは、先生が生徒の道標となって、生徒の能力を伸ばし、目標や夢の達成に向けて彼らを導いていく役割を担っていることを意味していると思います。 しかし、それと同時に、生徒を教え導いていくためには、先生自身も、自分の能力を伸ばし、夢をかなえる努力を永続的にしていかなければいけないと思います。 「共に学び成長していく」、この過程を経験できることが教師という仕事の魅力だとsatchyは思っています。 だから、satchyは、一生この仕事を続けていきたいと思っています。 

今日、みんなとお話しながら、「やっぱり教師になってよかった」と思いました。 そして、ハワイ大学でみっちり修行をして、もっと力をつけて日本に帰ってくるぞーと誓ったのでした。

真面目で何事にも全力で取り組み、それでいてロマンティストなところもあるフジマキくん。 若いのに大人の気持ちを理解し、大人の思考ができるミサちゃん。 その小さな体からは想像もできないくらいの恐るべしパワーを持ち、勉強にスポーツに多方面で活躍するクリタさん。 神戸出身でsatchyと同じアクセントで話し、考え方やものの見方などどことなくsatchyの若いころとそっくりなウメダさん。 だまっているけれど恐るべし洞察力を秘め、鋭い視点で実におもしろいエッセイを書くキヨサワさん。 一見幼くておとなしそうなのに、登山クラブで賞をとった経験があったり、環境問題解決に向けてボランティア活動に積極的に参加するなどとてもアクティブなタカシマさん。 みんな、今日はほんとうにありがとう。 みんなに出会えてsatchyは幸せでした。 来月からみんな交換留学で海外に出てしまうけれど、離れていても心はひとつです。 みんなの活躍をいつも祈っています。

Farewell2_002Farewell2_005Farewell2_001   ストラップもありがとう。

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謙虚さは大物の証し

Farewell1_003 ある飲み会に参加したら、文芸評論家の加藤典洋先生と席が隣になり、今日は大変有意義な夜を過ごすことができました。 昨年、W大学に移ってこられたのですけれど、学内ですれ違うことはあっても、お話するチャンスはまったくありませんでした。 なので、大学を去る前に、先生とお話することができて本当にラッキーでした。

いろんなお話をしてくださったのですが、中でも一番印象に残っているのは、先生ほどの方でも、資料集めは助手には頼まず必ず自分でやるようにしている、ということです。 「Aという資料を探す目的で図書館に行くとする。そうすると、たいてい、A’という関連資料が見つかる。 そして、そこからまたA’’という資料に行き着くこともある。」 と。 「しかし、この作業を助手に頼んだ場合は、A’という資料にも、A’’という資料にも行き当たらない。 なぜなら、助手は『Aという資料を探してこい』と指示されたら、たいていの場合、Aという資料しか持って帰ってこないものだからである。」 つまり、自分で時間をかけて資料を調べることで、予想していなかった新しい発見があり、それは自分の知識や視野を広げることにつながる、ということなのでしょう。 なるほどなーと思いました。 どんなに偉くなっても、こういう姿勢を持ち続けていらっしゃるなんて、すばらしい。 まさに、「謙虚さは大物の証し」であることを実感した瞬間でした。 

他にも、興味深いお話をたくさん聞くことができました。 先生が「書くこと」への興味を抱くきっかけとなった出来事について、 国会図書館に勤務していた頃の苦労話、 太宰治論、などなど。。。 先生の人間性と知性の裏には、このような過去のさまざまなご経験があったのだなぁと知り、大変感銘を受けました。 これから次の目標に向かって新しいフィールドへ飛び込んでいこうとしているsatchyにとって、今日の先生のお話はどれも大きな力を与えてくれるものでした。 

それにしても、偉大な人ほど、謙虚で、知識をひけらかさないし、自慢しないものなんですね。 石原千秋先生がある本の中で、「大人になったら、『知らぬ振り』が大物で、『知ったかぶり』は小物の証明である」 と書いていたけれど、今日、加藤先生とお話させていただいて、本当にそのとおりだと思いました。 何か新しいことを学ぶたび、これ見よがしにこのブログで得た知識を披露してしまうsatchyは、「ザ・知ったかぶり人生」を歩みつつあるのかもしれないので、気をつけようと思いました。

ところで今日の東京はとても暑かったです。 カツラ疑惑のある人を見かけたのですけれど、大変不快そうにしていらして、「これはヅラに違いない」と確信したsatchyでした。 大物とは、苦痛に歯を食いしばって耐えられる根性を持ち合わせている人でもあるということを再認識しました。 ニャーっ。

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生活の一部

Writing_center_001 7月も最終週になりました。 今週で前期が終了、satchyも今週いっぱいで大学を去ります。 「ライティングセンター」というところで仕事をしていたのですけれど、この2年半、ここが自分の生活の一部になっていたので、来週から もはやここに来ることはないんだ、と思うと、信じられない気がするし、とても寂しい気持ちになります。

Writing_center_003 開設当初から携わってきただけに、親のような心境にもなっています。 ライティングセンターのpeer-tutoring programというのは、もともとアメリカのWAC (Writing Across the Curriculum)から輸入された考え方で、ここは、日本初のライティングセンターとして知られています。 「日本初」ということで、最初は、周りになかなか理解してもらえなくて暗い気持ちになることも多かったのですが、2年が過ぎ、少しずつ先生方や学生さんにもその役割と効果を評価してもらえるようになりました。 このプロセスに少しでも関われたことは、自分のキャリアにおいてとても大きな出来事で、後にも先にもなかなかできない貴重な経験になったと思っています。

Writing_center_005 ここまでライティングセンターが成長できたのは、スタッフのみならず、大学院生チューターのみなさんの力が大きかったと思います。 優秀なだけでなく、人格も優れており、上司の先生と 「よくこれだけいい人ばっかりが集まってくれましたよね…」と感心したものです。

Cd チューターの一人、Hiromiさんが、satchyのハワイ行きのお餞別にと、関ジャニ(関西ジャニーズ)の『OSAKAオバちゃんROCK』のCDをプレゼントしてくれました。 satchyが、このブログで時々ボヤいているのを心配してくれたのか、「これ聴いたらめっちゃ元気になりますよっ」って。 Hiromiさんは、東京生活が長いのだけれど、実は関西出身で、satchyとどこか合い通じるものがある人です。 タワーレコードで、『OSAKAオバちゃんROCK』を購入するのはちょっと恥ずかしかったと思うんやけど、satchyのために勇気をふりしぼってくれたのでしょう。 その気持ちがうれしい。 Hiromiさん、ありがとね。 早速CD聴いてみたけど、ほんまに元気になりました。 

** 歌によると、OSAKAのオバちゃんは、「バーゲンセールは格闘技。ヒョウ柄服は戦闘着。」であり、「買いもん行ったら絶対値切り、タダのティッシュは行きと帰りで2回もらう。」のだそうです。 そして、「チャリンコのったら天下無敵。ベルの代わりに自分の口でチリンチリン。」なのだそうです。 ちなみに、このようなオバちゃんは、正確にいうと、おそらく大阪南部(岸和田近辺)に集中していると思われます(神戸にはいません、念のため)。 でも、自転車のって、自分でチリンチリンって言っちゃうオバちゃんってほんとに存在しているのでしょうか。 自分が関西人だと言いたくなくなってしまいます。**

今週末には、ライティングセンター常連の学生さんたちが、"satchy先生を囲む会"なるものを開いてくれるのだそうです。 「囲む会」と聞いて、何だか自分が定年退職を迎えようとしているご老体の先生になったような気分になりましたけれども、何はともあれ、学生さんが自分のためにそんな会を開いてくれるなんて、こんなにうれしいことはありません。 いい学生に出会えてほんとに幸せでした。 彼らの卒業を見届けられなかったことが心残りです。 こんなにかわいくていい子たち、2年後にはどんなふうに成長しているんだろう。 

来週から生活の一部だったものがすべてなくなってしまう。めっちゃ寂しい。。。 いややーーーっ。

最後の日まであと四日、一日一日を大切に過ごさなければ。。。

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年齢は大人の尺度にはならないと教えてくれた人

土曜日でしたが、来週のオープンキャンパスの準備のため、大学で仕事でした。 でも夕方、ビッグゲストが研究室を訪ねてきてくれました。 某・政府機関で働いているお友達のさぎりちゃんです。 さぎりちゃんは、satchyより5歳くらい年下なのだけれども、若いわりに大変しっかりしており、satchyにとっては、「かわいい妹」のようで、実は「頼れる姉」のようでもある存在です。

さぎりちゃんを見ていると、「年齢は大人の尺度にはならない」 ということを実感します。 さぎりちゃんは何があっても絶対に負けない人です。 弱音を吐いているところを見たことがありません。 どんな困難も乗り越えて、すべての経験を自分の肥やしにしてきている人です。 10年近くにわたる海外生活は楽しいことばかりじゃなかったと思うけれど、ちゃんと現地の人のコミュニティに溶け込んで、現地の人と対等の立場で仕事をしていました。 satchyは2年海外にいたのだけれども、さぎりちゃんほど、異文化に溶け込む努力をしなかったと思うし、どちらかというと、困難に立ち向かうというよりは逃げていたような気もします。 だから、さぎりちゃんはやっぱりすごいと思うのです。 satchyより若いけれど、satchyよりずっと大人で、芯も強くて恐るべき精神力を持ち合わせていると思うのです。

もうひとつ、さぎりちゃんのすごいところは、他人の立場になって考えたり、他人の気持ちを配慮できる人間としての器の広さです。 この「人としての器の広さ」は、歳を重ねたからといって身につくものではありません。 びっくりするくらい器の狭い上司と仕事をしたことがあるし、デリカシーのない発言を一日一回必ず口にする年上の男性と出会ったこともあります。 さぎりちゃんは、運悪くこのような器の狭い上司と出会ってしまったことがあったのだけれども、そのときにさぎりちゃんが言ったことは、「ああいう狭いものの見方しかできないなんて気の毒な人…」だったのです。 同じような上司に出会って、「むかつくー」やら「仕事してないのに自分よりボーナスの額が高い」などと言って騒いでいる誰かとは大違いです (いつかのブログに書いていたような… そう、誰かとはアナタです)。

子どもの頃は、歳を重ねるごとに人は自然に大人になっていくのだ、と思っていました。 でも、必ずしもそうではないんですね。 若くても、びっくりするくらいしっかりしていて、相手に配慮ができるさぎりちゃんのような人もいれば、いい歳になってもまだしっかりしているとはいえないsatchyのような人もいます。 年齢は大人の尺度にはならない…ということを、 さぎりちゃんに教わった気がします。 

人から学ぶことは本当に多いといつも思っているのですが、年上の人からだけでなく、年下の人からもこうやって学ぶことがあるんですね。 職場でも、学生さんから学ぶこと、結構あります。 「人生は勉強なり」ですね。

With_sagiri_in_waseda_006_1With_sagiri_in_waseda_005With_sagiri_in_waseda_003タベルナ」でディナーしてきました。 いつもの「キノコのリゾット」を味わってきました。今度これを食べられるのは何年後になるだろうなぁ。。。

With_sagiri_in_waseda_009With_sagiri_in_waseda_007With_sagiri_in_waseda_008_1 デザートの「ピーチ・ボンバ」と「ティラミス」。 いつも親切にしてくれたマスターと店長さんと記念撮影。 マスターは今日もご機嫌でいろんなお話を聞かせてくれました。どうか次にsatchyが東京に戻ってくるまでお元気でいてくださいね。

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旅立つ前に

_003 旅立つ前に忘れてはならないもの、それは、お世話になった人たちへ挨拶のおはがきを出すことです。 手作りはがきを作るのはとても楽しい。 今回は、行き先がハワイということで海の写真を入れてみました。 今週中に送りたかったのだけれども、一行目の時候の挨拶のところで、「梅雨もあけ、本格的な夏の訪れとなりました」 などと書いてしまったため、梅雨があけ、本格的な夏の訪れがやってくるのを待たなければいけなくなりました。 ったく、今年の梅雨は長すぎではないでしょーか。 それに、ここ数日、涼しくて本格的な夏とは程遠い。 困ったものです。 今月末までにはみなさまのところにお届けできますように。。。 (時候の挨拶は、そのときの気候をちゃんと考えて決めなければいけない、と学びました)

Photo

ついでに、名刺も作っちゃいました。 ハワイ大では肩書きがなくなってしまうのだけれども、日米教育委員会の人から、名刺には "Fulbright Fellow (フルブライト奨学生)" を入れるように、と言われたので、そのとおりにしました。 アメリカでは「フルブライト」という名前のprestigeが高いらしく、何かあったときにこの肩書きが身を守ってくれるらしい。 水戸黄門の印籠のような役割を果たしてくれる、ということでしょうか。 でも、「何かあったとき」ってどんなことが起こるのでしょうか。 身を守るために、「私はフルブライトよっ、この名刺が目に入らぬか」って言ってる自分はとてもチープな感じがして、ちょっといやです。 ま、この肩書きで仲間が増えてネットワークを広げていければうれしいですけどね。

船便で送る荷物は昨日取りにきてもらったし、これで準備はほぼ完了です。 研究室の残りの荷物を大学から直接神戸の実家に送ろうと思っていたら、事務所のWさんが、家の小型トラックで、武蔵関のマンションまで運んであげる、と言ってくれた。 めちゃありがたーーい!! これで、荷物を全部まとめて神戸に送ることができます。 Wさんに感謝です。 でも、Wさんは、なんで家に小型トラックを持っているんだろう。。。とちょっと気になってしまいました。

そういえば、今日もうひとつ気になったことは、西武新宿線の駅員さんが帽子の上にシャワーキャップをかぶせていたことです(ちなみに、シャワーキャップは透明でした)。 帽子が雨に濡れるのがいやだったのでしょうか。 でも、シャワーキャップをかぶってまで雨を避けなければならない理由がsatchyには理解できないのです。 一体、どういうことなのでしょうか。 気になって眠れません。 最近、いろんなことが気になって眠れない日が続いてます。 困りました。 Wさんの小型トラックについては、明日思い切って聞いてみることにします。

何か思いっきり脱線してます。。。 とにかく早く梅雨あけてくれーい☆

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Computer-assisted Text Analysis

第2言語としての英語を学習する学生のライティングを分析して、ジャンル別、習熟度別にどのような特徴があるかを明らかにしたいと思っているのだけれども、適切な方法論がよく分からず、もんもんとした毎日を過ごしてます。。。 コーパス(大量の文章を電子化してコンピューター処理できるようにしたデータベースのこと)を使って分析ができるだろうかと考えているのだけれども、語彙や文法レベルのlocal elementsではなくて、全体のロジックやディスコースといったglobal elementsを見たい場合、コーパスでそれがどこまで解明できるのでしょうか。

学習者コーパスは、ある特定の語彙の使用頻度や共時性(コロケーション)、エラーの特徴などが研究対象となる分野だと思います。 学習者の中間言語的な特徴が明らかになるので、学習者の習熟度に応じた教授法や教材開発に向けて応用が可能となり、コーパスが果たしてきた役割はとても大きいと思います。 でも、satchyが興味をもっているのは、ある語彙の使用頻度や誤答分析じゃなくて、ディスコースなのです。 たとえば、全体の論理性、一貫性、結束性、主張の明確さ、などを分析したいのです。 コンピューターさんは、これらの要素を測定することができるのでしょうか。 それとも、ディスコースレベルの問題は、やはり人間しか測定できないのでしょうか。 比較的、大規模なデータを分析したいとき、人間の力では限界があると思うのですが、もしコンピューターさんに助けてもらえないとしたら、客観的な評価をするために、どのような方法を採用すればよいのでしょうか。

たとえば、インストラクションを与える前と与えた後で、error-free T-unitがどのくらい減ったか、あるいは増えたかを分析した研究があって、結論は、「インストラクションは、error-free T-unitを減らすのに役立った」だったのだけれども、(教えてもらってんから間違いが減るのは当たり前やんって思ってしまうのはsatchyだけでしょーか) でも、間違いが減ったからって、その学習者のライティング能力が伸びたとはいえないと思うんです。 センテンス・レベルで正しく書けるようになるのは、どちらかというとライティングというよりは文法の力が伸びたのではないか、と思えるし、ライティングで大事なのは、センテンス・レベルというよりは、ディスコース・レベルではないかと思うのです。。。自分の経験からも、特に日本人の大学生が英語エッセイを書いた場合、一番大きな問題は、語彙や文法よりも、全体のロジックのような気がするのです(←日本語で書いた場合も同じく)。 だから、その問題点を、大量のデータから解明できれば素晴らしいなと思うわけです。 少人数のデータから分析することは可能ですが、一般化することが難しいし、どうしてもlimitationを認めなければいけない。 どうしたら、大量のデータから、global elementsの特徴を一般化できるでしょうか。 

うーん、かなり勉強不足ですなぁ。。。 これまで質的アプローチが主だったので、量的な方はまだまだ修行が必要です。 Computer-assisted Text Analysisについて、もっと先行研究読まないといけないですね。 

_001 と言いつつ、帰りふらふらーっと新宿に寄り道して、前からほしかったキーケースを買ってしまった。 

_007 それから、スカイプのカメラとヘッドフォンも買ってしまった。 「ロジクール QVX-13HS」を持っている人がいたので、まねをして購入。 ハワイでの孤独な研究生活で心の癒しになってくれそう。。。 でも、カメラははずかしいから使わないでおこう (ほんなら買うなー)。 スカイプやってるみなさん、satchyも仲間にいれてください。

研究して、論文書かねばならぬのに、あと1ヶ月で出発、すぐに大学院の授業が始まると思うと、何か落ち着きません。 言い訳でしょーか。

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科学では証明できない現象について

これから書こうとしていることは、非科学的で少し宗教的な話になってしまうので、読んでくださる方を不気味な気持ちにさせてしまったり、あるいは、不快にさせてしまうかもしれません。 でも、ずっと気になっていたことで、今日は思い切って、みなさんの意見を聞いてみたいなと思いました。

科学では証明できない現象というのは、真実とは言えないのでしょうか。 その現象は、当事者の単なる思い込みに過ぎず、実際には存在しないものなのでしょうか。 あるいは、そもそも観測し検証することが不可能な現象というのは、「科学では証明できない」などとは言えないのでしょうか。

たとえば、satchyの先輩で、霊感がものすごく強い人がいるのだけれども、その人が感じたり見えたりする現象は、果たして実際に存在するものなのだろうか。 それとも、その現象は、先輩の思い込みに過ぎないのだろうか。 その先輩のおうちに遊びに行くたび、satchyは、先輩の霊体験を聞くはめになるのだけれども、そのたびに、大変恐ろしい思いをして、夜はトイレに行けなくなってしまうのだ(←お子さまかっ!)

自分が小心者だということもあって、satchyは、そのような現象に対して懐疑的だったし、「そんなん見えるわけないやん、ぜったいウソやー」って思っていました。(先輩には悪いけど) でも、昨年末くらいから少しずつ考え方が変わってきました。 初めて、身近な人の死に直面して、その直後くらいから、ほぼ毎晩、不思議な現象を体験するようになりました。 そのことで、実は精神的に参ってしまっていたのだけれども、ある人に相談したら、「そんなふうにいつまでも死を悲しんでいてはだめだ」と怒られてしまいました。 そして、「いつまでも友人のことをかわいそうだと思っていたら、友人は昇天できないで苦しみが増すばかりである」、「ちゃんと供養をして苦しみから救ってあげないといけない」と教わりました。

その後、お寺に行って、友人の供養をしてきました。 そして、「与えてもらうばかりで何もお返しができなくてごめんね」とお詫びをして、「これからもずっと感謝しているし、いつまでもずっと忘れないでいるから」と約束してきました。 

その直後から、不思議な現象はぴたりと止みました。 そして、とても「偶然」とは思えないほど、日常生活の中で自分にとって良い出来事が続きました。 何となくですが、友人が守ってくれたような気がしたし、力を与えてくれたような気がしました。 でも、本当にそうなのかどうかは客観的に証明はできません。 ただ、自分がそのように思うだけで、単なる「自己満足」に過ぎないのかもしれません。 

ハワイへ発つ前に、もう一度、友人のところに行っておきたくて、昨日供養に行ってきたのだけれども、やはり、その直後は、不思議なくらい心が清められた気がしたし、力を与えてもらえる出来事が続きました。 これは、単なる偶然なのでしょうか。 それとも、自分の思い込みに過ぎないのでしょうか。 偶然の出来事を、友人と関連付けようとするのは、おこがましい行為なのでしょうか。 二回も同じ経験をしたので、これはどういうことなんだろう…と思って、今日思い切ってブログに書いてみました。

この現象が「思い込み」なのか「実際に起きていること」なのか、なんて誰にも分からないし、答も出ないとは思うんです。 でも、もし「思い込み」ではなくて、本当に友人の苦しみを癒すことができて、天国で友人が幸せを感じていてくれたら、とてもうれしいと思うし、私も友人の分も生きなければ、と思える。 だから、科学では証明できないけれど、存在する現象があってほしいな、と思う。

すみません、何か宗教的な話になっちゃいましたけど。。。 人の死に直面したのは初めてだったのですけれど、これまでの人生を振り返ると、うれしかったことってあんまり覚えていなくて、むしろ、悲しかったこと、つらかったことの方が鮮明に覚えているものなんだと知りました。 そして、その悲しみやつらさというのは、たいてい、「人との別れ」に関連していて、「別れ」が永遠であればあるほど、悲しみも根が深いものになると。。。 でも、ずっと悲しんでいてはだめなんですね。 この世を去ってしまった人の苦しみを救うために、これから何をしていけばいいのだろう、って考えています。

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国立でフレンチな夜

Cieldelyon1 お友達のエミリさんが、国立(くにたち)にあるフレンチのお店に連れて行ってくれました。 Ciel de Lyon (シエル ドゥ リヨン)というお店で、中央線の国立駅から徒歩5分くらい、静かな住宅街にひっそりとたたずむこじんまりとしたレストランです。 

2005_071300132005_071300142005_07130012   ここは、フレンチなのだけれども、コース・メニューではなくて、単品で頼めるのがうれしい。 それに、都心の高級フレンチと比べると、お値段も良心的。 エミリさんのおすすめで、「メリメロ・サラダ」、「オニエビのポワレ」、「地豚(東京エックス)バラ肉のロースト レンズ豆添え」をいただきました。

メリメロ」と聞いて、とっさに「パタリロ」を思い浮かべてしまったsatchyでした(←どーでもえーことなんで、エミリさんには何も言わなかったけど)が、 メリメロ(meli melo)とは、「ごちゃまぜ」という意味なのだそうです。 なるほど、その言葉通り、サラダの中には、生ハムさんやらエビさんやらクルミさんやら、いろんなものがごちゃまぜに入っていて、何がでてくるかワクワクするサラダです。

オニエビのポワレ」は、オーブンでこんがりと風味豊かにグリルされていて、エビの殻までおいしくいただけました。 これだけカルシウムをしっかりとれば、爆発寸前の怒り(あ、もう前回のブログでは爆発させちゃいました)も抑えられるというものです。 オニエビばんざい。 カルシウムばんざい。

「地豚(東京エックス)バラ肉のレンズ豆添え」は、最初、その「ニクのカタマリ」度合いに、正直たまげてしまったsatchyでしたけれども、お味はすばらしかったです。でも、添えてあるお豆さん(ローストレンズ、といった方が洗練されて聞こえますか)の方がおいしくて、こちらをメインのようにがつがつ食べてしまったsatchyは、やっぱり東京人にはなれない、ということでしょーか。。。 東京に、「東京エックス」などという地豚さんがいらっしゃることも、これまで全然知りませんでした。 「なんで、Xなんやろ? YやZではだめなの?」って、帰りの電車の中でそのことが気になって仕方なかったsatchyは、やっぱり東京人にはなれない、ということでしょーか。 ま、どーでもえーですか。 (Xってもしかして「交雑種って意味ですかね?誰かご存知なら教えてください。気になってハワイに行けません。)

都心から離れてはいるけれど、また行きたくなる素敵なレストランでした。 ご家族で経営されているようで、シェフとシェフのお母様のお顔がそっくりだったことも、印象的でした。 今度、ここに来れるのはいつになるんだろうなぁ。。。

素敵なお店に連れて行ってくれたエミリさんに感謝です。 ありがとうー♪

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集団をまとめることの難しさについて

みなさんは、どうしても納得のいかない事態に直面して、抑えていた怒りがピークに達したときに、どのように対処されているのでしょうか。。。 satchyはちょっと困ってます。なので、申し訳ないのですが、今日はこの場を借りて、ドカーンっと爆発させていただきます。。。

ここ数年で、折に触れ直面した問題の一つに、「集団をまとめることがいかに難しいか」ということがある。 一つの集団に10人の構成員がいたとしたら、極言すれば、10個の異なる物の見方や価値観が存在する、と言っていいかもしれない。 人間というのは、どうしたって、自分の枠組みで物事を理解したいものなのだと思う。 このように異なる価値観をもつ個人で成り立つ集団をまとめるために、リーダーとなる人間にはどのような資質が求められるのだろうか。

これと関連して直面した問題に、「下の人間をどう使うか」ということがある。 上に立つ人間は、異なる価値観を持つ個人をうまく統合して、集団に同調させるために、下の人間をどのように扱うべきなのだろうか。

方法としては、二つあると思う。一つは、リーダーが自ら指示を下して構成員を統治していく、いわゆる「直接統治型」といわれるものである。 ここでは、構成員である個人は、リーダーの「上から下」への指示に直接従う形となる。 そして、もう一つは、リーダーが、構成員による集団自治活動を許し、構成員である個人の意見を尊重しながら集団をまとめていく、「間接統治型」である。 ここでは、教育的な配慮から、リーダーは構成員による自治活動にはなるべく介入せず、背後からそっと統治を誘導する形をとる。

「直接統治」と「間接統治」のどちらが理想的なのだろうか。 あまりに権威的になって、個人の意思がまったく尊重されないような状況は望ましいとはいえない。 しかし、あまりに個人の意思が尊重されすぎると、収拾がつかなくなってしまうこともあるだろう。 この二つのアプローチをうまく融合して、ちょうど中間をとるのがもっとも理想的なのだろう。 しかし、それは簡単なことではないと思う。 何年後かに自分がリーダーという立場になって、下の人間をまとめなければいけなくなったとき、果たして、自分は「直接統治」と「間接統治」を融合したほどよいアプローチで、下の人間をまとめて皆でproductiveな仕事をしていけるのだろうか。

satchyは、この両極端な状況を二つとも経験したことがある。 「直接統治」は、将軍様を常に崇めなければいけないため、毎日息が詰まりそうだった。 正義を貫いてスパイ扱いされたこともあった。 そして、「間接統治」は、構成員それぞれが好きなことを言ってるだけで何も生産的な議論が生まれない状況に、イライラが募るばかりだった。 ある程度は、リーダーが決断を下して、下の人間に指示を出してほしいと思った。 本来、巻き込むべきでない問題に下の人間を巻き込み、satchyの自尊心が大いに傷つけられたこともあった。 satchyを飛び越して、下の人間に仕事が回ってしまうことが理解できないこともあった。 少なくとも英語教育に人生をかけている人間に対して、「英語は外人に頼めばいい」なんていうのは、最大限の侮辱であり、satchyのプロ意識を大いに傷つけるものであって、どうしても納得がいかん!と。。。

このような経験を通して、「良いリーダーとは」という問題について、考えるようになったのです。 そして、「集団をまとめるというのは本当に難しい」と。。。 直接統治も間接統治も、あまりに程度が極端になると集団は機能しない(まとまらない)ことを学んだ。 それは、「人の使い方」に、何かしらの問題があるからだと思う。 個人が集団の中で自分が存在する意味を見出せなくて、一体、集団として何を生み出せるというのだろう。 また、「ポジション」というのは、その人のそれまでの経験や築き上げてきた能力を反映しており、そのポジションに見合った仕事内容が割り振られるべきだとも思う。 個人が集団の中で誇りを持って働けない状態で、果たして、集団はより質の高い集団へと成長を遂げることができるのだろうか。

本来なら自分がやるべきだった仕事が与えられなかったのは、satchyの能力が認められなかったからだ、といわれてしまえばそれまでなのだけれども、それでも、やってみなければ分からないではないか、と思うのだ。 そのような機会を与えずに、どのようにして人を育てられるのか。 リーダーは、人をうまく使うとともに、人の能力を伸ばしていく役割をも担っているのではないか、と思うのだ。

そんなこんなで、ちょっと怒りを感じている今日この頃なのですけれども、この怒りを、どこにぶつければいいのでしょーか。。。 こんなことで怒りを感じているワタクシは大人げないでしょうか。 自分がリーダーになったときに、部下を同じ思いで苦しめることがないようにすればいいだけのことでしょうか。 なんかね、マジメに物事考えるほど、バカを見るような気もしてます。 適当にヘラヘラーって仕事してるのが一番ラクなんちゃうかって思うこともあります。 

もうこんなときは、このサイトに行って励ましてもらうしかない! 元プロテニスプレーヤー、松岡修三さんが、励ましの言葉をかけてくれます。まずは、「悔しい思いをしているあなたに。。。」をクリックじゃーい。

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そして、スタバのシナモンロール&アイストールラテを食べに走るのだ。これさえあれば、ごきげんになれるsatchyでした。(←安上がりなヤツじゃ)

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神戸に帰る日

8月8日(火)に神戸に帰ることになりました。ハワイへ発つのが、1週間後の15日(火)なので、神戸に帰ってからは、引越しの片付けと渡米の準備で、かなりばたばたしそうです。

さっき、8日の羽田→神戸のチケット予約したんですけど、予約しながら、何か寂しくなってしまいました。 「もしかしたら、東京にはもう戻ってこれないかもしれないなぁ…」 などと考えてしまって。思い出が楽しいものであればあるほど、それを失うことはつらくて、心が痛みますね。8日は羽田空港で泣いてしまいそうやなぁ。。。でも、いい大人が空港で大泣き なんて恥ずかしいので、ぐっとこらえなければいけません。

15日には、関西空港でまた同じ思いをしなければいけないのがつらいところです。東京を離れるのも日本を離れるのも同じ日の同じ時間であったなら、寂しさをひとまとめにできるから、流す涙の量も半分で済んだかもしれない。1週間に生産される涙の量が限られていればよかったのにと思う。そしたら、羽田空港でおもいっきり泣いたら、関西空港からハワイへ発つときには泣かなくて済むのにと思う。

胸の奥に抱えたこの痛みは、太平洋を越えて常夏の島に着く頃には、明るい光に照らされて、溶け出していってくれるのだろうか。春の光に照らされて雪が溶けていくように。そして、その明るい光は、新しい場所へと自分を導いていってくれるのだろうか。抱えていた痛みなんて忘れてしまう程の、新しい何かに向かって。

こんなにつらい思いをしなければいけないのなら、楽しい思い出なんか作らなければよかった、と思う。でも、そんな楽しい思い出を作れたことは、とても幸せなことで、これからもずっと自分の心の中で大切にしていきたい、とも思う。

出発を前にして、後ろを振り返ってばかり。。。こんなんじゃ、ダメですね。常に前を見て進んでいける強さと勇気を、誰かsatchyにください。

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海外引越しどこにたのめば…

船便で荷物を送ろうと思って、どこの業者がどんなプランを提供しているのか、調べてみた。 船便だと、アメリカまで30-40日かかるので、そろそろ準備を始めなくてはいけない。

2005_07050004_1 研究室にあるこの本たちと、生活雑貨をいくつか送ろうと思うと、ダンボール5-6箱くらいになるのかな。 一人用の安いパックがないかなーと思って、調べてみたんだけど、ネットではあまり詳しい情報がのっていないので、とりあえず見積もりをしてもらうことにした。

まず、N通運さん。自分で梱包をする「セルフパック」と、梱包をお任せする「フルパック」があって、「セルフパック」の方だと、ダンボール5-6箱で、6万円ほどで送れるらしい。 「おー、えーやん、それ。」と思って、決めかけていると、N通運のお兄さんが、「あっっ、ホノルルは『セルフパック』対象地域外でした! 『フルパック』だと、ホノルルも対象地域になっているんですが。。。」 などと言う。(←「こんな基本的なこと、見積もりに来る前に、調べとけやーー」と心の中で叫ぶ) しかし、「フルパック」になると、ダンボールたった5箱でも20万円を超えてしまうらしい。 「20万円!どっひゃーーっ!」と思わずのけぞってしまった。N通運は、即却下。

つづいて、A引越しセンター。こちらは、N通運さんのようなパックはないらしい。見積もってもらったところ、A引越しセンターのお兄さんが、「お客様、チケットをビジネスクラスに変更されて、手荷物として持っていかれた方が安いかもしれません。」 などと言う。(←「ん?これだけの本を手荷物としてもっていけと?ありえんやろーーーっ」 と心の中で叫ぶ) この発言には、思わず「いやー、ムリです、絶対ムリです」と即答したんだけれども、Aセンターのお兄さんも、「やっぱ、ムリですよねー」などと言ってケラケラ笑っている。(こやつは一体ナニモノなのだ?ちゃんと仕事せい) で、とにかく見積もってもらったところ、船便よりはなぜか航空便のほうが安くなるらしく、25万円だという。だから、ビジネスクラスに変更しろと言ったのか。。。「25万円!どっひゃーーっ!」とまたまたのけぞってしまう。A引越しセンター、即却下。

しかし、A引越しセンターのお兄さんが、帰り際にいいことを教えてくれた。「船便だったら、郵便局が一番安いですよ」と。やっぱり、そうなのか。郵便局だと、1箱につきいくらという計算になるので割高になると思っていたんだけど、それでも20万なんて額にはならんだろう。調べてみると、1箱30キロまでで1万3750円で送れるらしい。荷物も取りに来てくれるみたい。ということで、郵便局の船便を使うことにしようかなと思ってます。

satchyのブログを読んでくださっているみなさんの中には、海外で暮らされた経験をお持ちの方が大勢いらっしゃると思うのですが、荷物を送るときはやっぱり郵便局を利用されましたか。何か他にいい情報をご存知なら教えていただきたいです☆

それにしても、ダンボールたった5箱で20万円超すなんて引越しプラン、利用する方ってどのくらいいるのでしょうか。会社の経費で引越しできる人限定のプランでしょうか。謎です。。。

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パソコンこしょう

こしょうしてしまいました。愛用していたMebiusさんが。。。

仕事してたら、突然ブチっと電源が切れてしまい、そのまま電源が入らなくなってしまった。なんでやーーーっ。

2005_07050016たまたま、この春にVAIOさんを買っておいたので、今はそれで代用しているのですが、Mebiusさんには、大事なデータがたくさん入っていたし、outlookのアドレス帳には友達のメールアドレスが全部保存されているし、何しろ使い慣れていたので、めっちゃフベンです。

修理にもってったら、結構なお値段がかかるかも、といわれてしまったけど、「いくらかかってもいいから絶対なおしてくれーーーぃ」と頼み込んできました。

今日は、散歩中の犬に飛びつかれて、白いパンツに犬の足跡をつけられてしまうし(←その犬とはよくすれ違うのだけれども、いつもsatchyにとびつこうとする。どうやらsatchyのことが好きなようである。ぜんぜんうれしくないが…)、スーパーのレジでお買い物定期券を提示しようとしたら、なぜか西武新宿線の定期券を提示してしまうし(←レジのおばちゃんには、「それ電車の定期やで」って明るく突っ込んでほしかったけど、ここは東京なのでそうはいかない。)、なんだかとてもついていない。ついていない時というのは、とことんついていないのだ。

それにしても、パソコンの電源が入らなくなる原因って何なんでしょうか。satchyのパソコンの扱い方、何か問題があったのでしょうか。。。Mebiusさんが無事に戻ってきてくれますように。

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涙の壮行会

8月からハワイ大学にいくことになったので、今の職場は今月末で退職します。短い間だったけど、毎日が勉強の連続で、ほんとにたくさんのことを吸収できた気がします。中でも、素晴らしい同僚と先生方、そして学生さんに出会えたことが、自分にとって一番の財産になったと思います。誰も知り合いがいない東京に一人でやって来て、大学という新しい職場で仕事を初めて、最初はしんどいこともありました。もうちょっとで神戸に逃げて帰りそうになったこともありました。でも、いつも親切にしてくれる同僚やいつも力になってくれる先生方に恵まれて、satchyは、ほんとについてました。学生さんも、satchyの"関西弁" と "関西ボケ&ツッコミ" が珍しかったのか(←東京の人は、こちらがボケてもツッコンでくれないので一人で両方やるしかない)、よくなついてくれました。こんなに素晴らしい人たちに出会えるとは、最初は想像もしていませんでした。思い切って東京に出てきて、ほんとによかった。。。心からそう思っています。

2005_070500112005_070500012005_07050006  今月は、いろいろな方々がsatchyのために壮行会と送別会を開いてくださるそうです。。。ほんとにありがたいーー。みんなほんとに優 しい人たちばっかりなんだなーー。昨日は、同じフロアに研究室のある先生方が、壮行会を開いてくださいました。ここ、19号館の4階は、「人間的に優れた先生が集っている」として知られている。(←と、ある学生さんから聞いた。satchyも、その19号館4階にいます。ホホ) 04年学部開設時に、他大学から移ってこられた方が集まっているので、古い体質の残る大学のカラーとはちょっと違う雰囲気をお持ちの方が多い。それだけに、みなさん仲がよくて、satchyもよく仲間に入れてもらってます。

2005_070500122005_07050015壮行会は、新宿にあるタイ料理のお店『バンタイ』で開かれました。事前に、「satchyさん、何が食べたい?今回はsatchyさんが主役なので、好きなもの何でもいってね。」と言ってくれたK先生。ほんとに優しすぎる~。で、K先生の優しさに甘えて、「じゃ、タイがいいです。タイ料理食べたいんです。」と、即答してしまったsatchyは、目上の先生に対してもう少し遠慮すべきだったでしょーか(苦笑)。しかし、K先生は、そんなあつかましいsatchyのリクエスト通りに、お店をアレンジしてくださったのでした。どのメニューもめっちゃおいしかったです。特にこの生春巻きとグリーンカレーが絶品で、感動で涙でそうでした。(←辛かったのもあるけど)

でも、感動の涙は、生春巻きとグリーンカレーだけではありません。先生方から心温まる応援メッセージをいただき、ちょっとウルウルきてしまったsatchyでした。 「これから海外で研究をすることを心から喜べなくて不安に感じることの方が多い」と話したところ、「とりあえず行っておいで。別に優等生であろうとしなくていいんだよ。でも、いつもサポートしてる私たちがいることを忘れないで。」という言葉が返ってきました。「何言ってるの、がんばってらっしゃい!」という言葉じゃなくて、「とりあえず行っておいで。」という言葉が、なぜかすごく心に染み入って、ほっとした気持ちになって、肩に入りすぎていた力が抜けていく気がしました。それに、「いつもサポートしてる」という言葉が何よりうれしかった。自分が一人じゃないと感じられる何かがあることって、すごくすごく幸せなことだと思うんです。

あまりにうれしいときって、言葉がうまく出てこないものですね。でも、この19号館4階で出会った人たちには、私、ほんとに感謝してるんです。19号館4階に研究室を持ててほんとによかった。

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パーマをあてた日

パーマをあてました。 (「あてる」というのは関西弁らしく、関東では「かける」というのだそう)

長さをミディアム・レングスにして、全体にゆるいウェーブのパーマをかけてもらいました。自分で言うのもなんですが、けっこういい感じです。(でました自画自賛) この10年くらい、ずっとストレートのロングだったので、このフワッとした感じがかわいくて気に入ってます。

吉祥寺のPreciousという美容院に行ってるのですが、担当のスドウさんは、satchyがカットに行くたびに、よくパーマをすすめてくれてました。スドウさんの口癖はこうです。「satchyさんの髪にボリュームをつけたいんですよ。ほら、ここ、この辺がね、ぺシャーンってなってるでしょ。ここをフワッとさせたいんですよ。。。」 でも、satchyはなぜか自分にはストレートが一番似合うと思い込んでいたし 〈勝手な思い込みですが),パーマをあててオバちゃんぽく(=老けて見える)見えることを心配して,かたくなにストレートを維持してきました. しかし、来月から海外暮らしになることだし、思い切ってイメチェンしちゃえーーってな感じで勢いづき、勇気を出してパーマをあててみました.

でも、スドウさんの言うことを聞いてよかったです。お友達も、「パーマ、かわいいね」とか「似合ってるよ」と言ってくれたし。。。人の意見を聞くこと(受け入れること)も、やはり大事だということですね。自分の勝手な思い込みは、時に、可能性を狭める危険があるということなのかもしれませんね。 (←また強引にまとめてますけど) 

スドウさんは,腕のいい職人さんのような方で,まさにプロフェッショナル. どの人にどんな髪型が似合うかちゃんと分かっておられるのでしょう. とても素敵な美容師さんなので,ぜひ一度吉祥寺のPreciousに足を運んでみてくださいね. 遠く海外から,わざわざスドウさんに髪を切ってもらいに日本に帰ってくる人がいるみたいですよ.

新しい髪型,とっても気に入っているんだけど,一番ほめてほしかった人が何のリアクションも示してくれなかったことがちょっとショックでありました。。。ま、人生思うようにはいかないものですから、いいとしましょう♪(satchyは大人や !!)

Sandal_005Sandal_003_1  白いサンダル買いました。ヒールの部分がシルバーになっていて、とても上品なデザインでしょ。お出かけが楽しみになってきますー。

今日はとても充実した日曜日を過ごせたので、明日からまたお仕事がんばれそうです。

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自然科学と人文科学

Javaの勉強を始めてから、「自然科学は美しい、、、」と思うようになりました。たった一つの言葉を何か他のもので置き換えただけで、全体が駄目になってしまう、というようなはりつめた緊張感が、自然科学にはあるような気がします。複雑な部分部分が、はりつめた糸で結ばれ、見事に調和された世界を作り上げていて、その論理性と堅固さは、人文科学では見られない「美の極致」と言っていいような気がします。

。。。ん? 「美の極致」? 何か一人で熱く語ってますなー、、 、(すんません、ちょっと大げさに書きすぎですか)

えっとですね、要するに、理系の分野では、導き出される答が一つしかなく、そこに至るまでの過程で、何か一つでもミスがあると、答には行き着けない、ということです。その分かりやすさと明快さに、文系satchyが魅了された、ということなのであります。文系って、そういう「完璧さ」というよりは、「完成度」が問題にされるように思うのです。satchyの分野は、人間相手の研究になるので、あるグループから得られた調査結果を一般化することは難しくて、論文の最後のdiscussionのところでは、たいてい、「このグループではこういう結果でした。でもこれを一般化させるには、さらに別のグループで調査をする必要があります。」と言うのがお決まりになっています。だからといって、これが無意味だといっているわけではないのだけれども、完璧というものが見えない研究は、苦しい面も多いです。(これは、satchyの修行が足りないということでもあるのですが)

で、Javaの勉強をしてる時には、「大体」や「ほぼ」といったようなあやふやさの一切ない世界に身を置けるので、ものすごくすがすがしい気持ちになれるわけです。「すがすがしい」、といっても、難しくて壁にぶち当たってることの方が多いのですが、それだけに上手くいったときには、よっしゃーっっ!!という大きな感動を味わえるのです。最近は、だいぶ、プログラム作成にも慣れてきたので(と一人で勝手にそのように思っているのですが)、出力例を見てプログラムを作るという練習問題にもチャンレンジしてます。めっちゃ頭使いますけど、普段こういう思考回路で物事を考えていないと思うので、考えるたび脳が鍛えられていく気がします。川村隆太先生監修の「脳トレーニング」ゲームをやるくらいなら、絶対Javaをやったほうがいいと思います。satchyは、このゲームで自分の脳年齢が「57歳」と判定されたから、この「脳トレ」ゲームがきらいになりました。(でも、何回かやってるうちに、「21歳」まで年齢が下がり、何だかとてもウサンくさいゲームであるという結論に至りました)

Java_003_1Sandal_007独習Java』は、satchyにはちょっと難しくて、「独習ってタイトルは嘘とちゃーいますか」と、思わず関西風突っ込みをいれたくなる内容なのですけれども、先生がくれたプリントと一緒にやれば理解ができる。『やさしいJava』の方が、satchyのような初心者向け対象で解説が丁寧で分かりやすい。私たちが日ごろ使っている「10進法」(0から9までの数の表記方法)に対して、コンピューターの内部では、0と1だけを使った「2進法」という表記方法で数をあらわしている、、、ということを今日学びました。全然知らんかったし考えたこともなかった。(でも、2進法だからどないやっちゅーんでしょーか。その重要性についてはまだよく分かりませんが)

自然科学と人文科学の間には、目に見えない分厚い壁が存在していて、その壁が両者を分け隔てているように見えるのですが、互いに影響しあい引き合うような何かも存在しているのでしょうか。satchyは、プログラミングを少しずつ勉強しながら、これまで自分に欠如していた論理的思考能力や分析力といったものが養えるような気がして、それが自分の研究にも何らかのプラスの影響を与えてくれるのではないかと秘かに期待しているのですが、短絡的過ぎるでしょうか。

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J1ビザとE-Ticket届きました

Visa_ticket J1ビザとE-Ticketが届きました。これで、ほぼ出発の準備が整い、後は、お引越しの荷造りをするだけとなりました。

フルブライトの登録から始まって、ここまで来るのに約1年半かかったわけですが、その間、本当にたくさんの人たちに助けていただきました。推薦状を何通も書いてくださった先生方、フルブライト奨学金の事務的な手続きを代行してくださった日米教育委員会のみなさま、アメリカの大学院のシステムについて教えてくださった方々、GREの攻略法について助言してくださった方々、そして、このブログを通していつも励ましの言葉をかけてくださったみなさま、本当にありがとうございました。みなさまのお力添えがなければ、ここまでこれなかったと思います。改めて、みなさまのお力の偉大さを実感しているところです。

8月15日(火)、夜7時、関空発UA832便でホノルルへ発ちます。

今の心の状態を正直に言うと、

「よっしゃ、ハワイ大でみっちり修行してビッグになってやろーじゃないかいっ」という明確な目的意識を持った強いsatchyと、「日本を離れるのが寂しくてつらくて悲しくてもう泣いちゃいそう~」という弱気で乙女なsatchyが、戦っています。

大好きな日本と大好きな人たちと離れ離れになるのは、ほんとにほんとにつらいです。でも、「ほんなら、日本におったらえーやん」って言われてしまうと、「そーゆーわけにはいかへんねん」となってしまうのです(←なぜかここだけ関西弁ですけど)。つまり、もう、前を向いて進んでいくしかないのです。自分が進むべき道は、自分でちゃんと認識できているのです。

でも、何しろ、ワタクシは、emotionalな人間でございまして、実に繊細な部分があるのでございまして、「人との別れ」が与える悲しみというのは、実に根が深いものであるのでございまして。。。

あー、もー、つべこべ言わず、とっとと行ってこいやーーーーっ と突っ込む関西のお友達の声が聞こえてきました(笑)。

うん、がんばる。ほんまにがんばるから。でも、また弱気になってウジウジ言い出すことがあるかもしらんけど、そのときは、また 「つべこべ言わずどーんと戦ってこいやーーーっ」と、突っ込んでやってください。別に関西弁じゃなくても、「あれこれおっしゃらずに、しっかり戦っていらっしゃいーーーっ」と関東弁で言ってくださっても結構ですから。

ハワイ大学で頑張って修行してきます。これからも応援よろしくお願いします。

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