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人の幸せとは

ずっと思いを寄せていた人が自分のことを好きになってくれることは、長い人生においてそう頻繁に起こることではないので、もし仮にそういう機会に恵まれたとしたら、それは本当に本当に嬉しいことで、心からの幸せを感じることができるのだろうし、そのような機会に恵まれた人たちの多くはきっとこう思うのだろう。「この幸福な時間が永遠に続けばいいのに…」と。

しかし、もし仮にそのような幸せな機会に恵まれたとしても、他にやり遂げなければならないコミットメントがあったとして、そのコミットメントにより、せっかくつかんだ幸福な時間が奪われるとしたら、人は自分が幸福になりたいがためにコミットメントの方を捨て去ることができるのだろうか。それとも、コミットメントとは自分に課せられた「責務」であるとの認識から、コミットメントの方を優先し、せっかくつかんだ幸福な時間を自分で止めてしまうのだろうか。あるいは、コミットメントも果たしつつ、幸福な時間も維持していくという方法が可能なのだろうか。

そして、ここでもう一つ生じる疑問は、では人の幸せとは何なのか、ということである。大好きで心から尊敬できる人と共に時間を過ごせることは、誰にとっても幸せなことだろう。しかし、それだけでいいのだろうか。人生には果たさなければならないコミットメントがあるのではないだろうか。コミットメントとは、自分自身の「ビジョン」であり、それは、自分の「存在」そのものであり、自分の「在り方」にもかかわるものだからである。たとえば、医者には患者を救うというコミットメントがあるし、先生には子どもを育てるというコミットメントがあるし、主婦には家庭を守るというコミットメントがある。つまり、コミットメントとは、自分がどのような「在り方」をしているか、ということなのであり、コミットメントを持ち続けることは、人生そのものであるような気がするのだ。だから、大好きな人との時間を大事にしたいがためにコミットメントを犠牲にするとしたら、「自分の在り方」はどうなってしまうのだろうか。「自分の人生」はどうなってしまうのだろうか。そのことは本当に幸せなことなのだろうか。

どちらも手に入れられたら素晴らしいと思う。しかし、そんなことは可能なのだろうか。そんなふうに人生を上手に生きる術があるのだとしたら、その術をこの要領の悪い私に教えてほしい、と思うのです。

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コメント

こんにちは。とても難しい問題ですね。

幸せのあり方はひとりひとり異なっていて、一般化できないものです。でも、自分の人生というものをしっかりと持っている人もいれば、あまりしっかりとは持っていない人もいて、両者がくっつくとうまくいくようにも思います。片方の人がもう片方の人に合わせればよいのですから。ただ、それで、幸せが実感できるかどうかはまた別問題なのだと思いますが。

コミットメントをいったん認識してしまった人はコミットメントを追求していくしかないのではないでしょうか。コミットメントと幸せと両立しないものではないので、両方追求することになるのだと思います。

投稿: shira | 2006年6月25日 (日) 17:37

shiraさん、こんにちは。コメントありがとう。うれしかったです。

そうですね、いったんコミットメントを認識してしまうと、それを追求していくしかないのでしょうね。自分でも、結果的にはそうするしかないことが分かっているんです。でも、時々、その選択によって失うことがあるのだとしたら、すごく寂しいし悲しいなって思うことがあります。

shiraさんの「コミットメントと幸せは両立しないものではない」という言葉に少し勇気づけられました。ありがとうございました。

投稿: satchy | 2006年6月25日 (日) 20:19

難しい問題ですよね。私の結論は、幸せの絶対量というのは決まっていて、好きな人についていって二人の生活に浸っても、コミットメント完遂してもおなじだけの幸せの量を感じれるんだと思います。
私は、半々にしました。つまり、20代前半は好きなこと優先、20代後半のときは結婚して好きな人と居ることを優先、30代前半からはキャリアの追求をしましたが、30代後半に入った今、応募できる仕事はわずか。好きな人とは居れてるけど、好きな仕事につくことはもうできそうにないです。

投稿: Hitomi | 2006年6月26日 (月) 06:41

Hitomiさんのおっしゃる通りにタイミングというものもありますよね。運命によって、人生は思った方向に流れることもあるし、思った方向に流れないこともあります。

わたしの場合は、最初研究に、次にビジネスにファーストプライオリティを置いてやってきて、幸せを追求しようと思ったところでうまくいかずに、現在ファーストプライオリティがないという状態です。これもこれで辛いものがあります。

sachiさんの場合には、現時点でのファーストプライオリティがあるのですから、それを大事に持っておけばよいと思います。後は運命にまかせていれば道はひらけていくでしょう。

投稿: shira | 2006年6月26日 (月) 08:30

今、強く心動かされるものに信じて向かって生きていく・・、
それに間違いはないと思います。

例えば、それが仕事でも恋愛でも・・・、
今しかできないと感じているものに、
進んでいくのがいいと思います。

「これで、いいのか?他に選択肢はないのか?」
色々悩むのが、人間に与えられた命題ではないでしょうか?
人生とは「なぜ生きているのか?」を探す旅か・・と、
そのために人間って生きていくものだと、
思っているnepcomでした。
P.S.レトルトグリーンカレー、ゆで卵を入れて完食です。
  夜中のカレー。。。、う〜ん、体重増加かな?

投稿: nepcom | 2006年6月26日 (月) 10:07

Satchy♪さん、何で今になって鉄のサッチーさんに乙女チックな感情が出てきたのでしょぅ~心残りがあるのでしょうね。

でも、今と言う引き出しの中には『目的に向かって邁進する時』しか入っていないのよ~
次の引き出しにはきっと今、Satchy♪さんが渇望されている夢が入っています。
だから心静かに時の過ぎ行くのを待ちましょう。
それが運命と言うものかもしれませんね~
神戸でお会いできるのを楽しみにしております。


投稿: OWL | 2006年6月26日 (月) 16:44

Hitomiさん♪ 
おげんきされてますかー。ブログに遊びに来てくれてありがとう。Hitomiさんは、わたしから見ると何となく全て順調にいってるように見えます。この春にはとてもうれしいニュースを聞くことができたし。守るべき家族、自分を守ってくれる家族があるというのはとてもすてきなことだと思います。何となく、そういう環境で暮らせることが一番の幸せなんかも、と思ったりする今日この頃です。


shiraさん♪
shiraさんも紆余曲折されてきたのですね。研究一本でストレートに来られたのかと思っていました。でも、長い人生寄り道も必要だし、寄り道することで人としての器も大きくなるような気がします。ファーストプライオリティが研究というのは何となく寂しい気もするのですが。いつも自己満足で終わっていて、何の役にもたっていないのではないか、という罪悪感が常にあります。運命に身をまかせていれば道は開けるのでしょうか。もちろん、努力も必要なのですが。と、またブツブツ独り言を言ってしまいました(スミマセン)。

shiraさんはたぶん今、充電期間なのではないかな…と推測します。時間がたてば、ファーストプライオリティも幸せもどちらもつかめると思います、必ず。


nepcomさん♪
そうですね、「人生は自分探しの旅」だといいますね。こうやって悩む時期も、すべて自分の糧になればいいなと思います。大人になると、こんなことで悩むことはなくなると思っていたけれど、大人になっても心の状態というのは変わらないものですね。

カレーおいしかったですか。カレーにはやっぱりゆで卵ですね!nepcomさん、よく夜中にお夜食を召し上がっているような。。。お夜食を食べた翌朝は、やっぱり「アササン」ですか?!
また来週、タイ料理食べにいけそうなんですよ~。


OWLさん♪
え?OWLさんの中で、satchyって「鉄の女」やったん?サッチャーの間違い?? satchyは強いように見せかけて実はめっちゃ乙女なんですよー(という年齢でもないが)。
そうですね、今という引き出しには、「目標に向かって邁進」しか入ってないんでしょうね。次の引き出しには、何が入っているのかな~。
運命は自分で切り開くものなのか、それとも偶然に舞い降りてくるものなのかどちらなんでしょうね。

投稿: satchy | 2006年6月27日 (火) 00:31

Satchy♪さん、じめじめして気持ちの悪い空気が流れ、身体にまでカビが生えそうです!
本当は繊細でシャイな方だな~って思ってたんですが、最近は「鉄の女」に変身かと思ったんですよ~
心の奥底はやはり元のSatchy♪さんで安心しました。
森田正馬は、「運命は忍ぶも忍ばぬもどうにもならぬものである、われわれはただ運命を切り開いていくべきである」と言っておりますが、OWLは「運命は偶然に舞い降りてくる」こともあると思うのですが~
お会いしたときに次の引き出しの中を覗いて見ましょうね!

ゴシロリって初めて知りました。
どんな外面と内面をしているのか知りたい!
東京は人の坩堝と言われておりますが、面白そうですね~

投稿: OWL | 2006年6月28日 (水) 09:52

Satchyさん、わたしのブログのほうにコメントありがとうございます。お互いによい経験に、そしてよい箔がつく留学になるとよいですよね。

「幸せ」とはよく使う言葉ですが本当の「幸せ」が何か、問われると答えに窮します。ただ、私自身はコミットメントは好きな人と時間を過ごすことと相反するものではなく共存しうるものだと思います。さらに言えばコミットメントが必ずしも「職業」や「立場」、「成果」ではなく、もっと基本的でもっとも本質にあるところのコミットメント、つまり「生き方そのもの」にかかわるものであれば「共存」というよりも調和していくものになりうると思っています。もちろん両者がぶつかる瞬間が出てくることがあるかもしれません、それを「妥協」と呼ぶか、「調和・統合」と呼ぶか。そしてまさにわたしの今回の留学がまさに両者の調和、統合になるようにと願っているところです!

投稿: ryok | 2006年6月30日 (金) 06:29

OWLさん♪
運命が偶然舞い降りてきてくれることがあるとしたら、それをちゃんとつかまないといけませんね。神戸でお会いできたときに、ぜひ次の引き出し診断をお願いしますね。今年に入ってから、いろんな面でとてもついているので、OWLさんがおっしゃってくれた通りになってるなーって思っているんですよ。


ryokさん♪
来てくださってありがとうございます。ryokさんのコメント、うれしかったです。コミットメントと幸せを調和・統合できるかどうかは、すべて自分の考え方次第、努力次第、、、なのかもしれないですね。自分は、ある一つのオプションを選んだ場合に、もう一つ存在していたオプションを消しゴムで消してしまおうとする傾向があるのかもしれません。一つのことだけを追求することが美しいというふうに、どこかで思っていたのかもしれません。でも、そうではなくて、二つのオプションを共存させていく方法もある、ということですよね。ryokさんがご家族を連れて留学されていることを聞いて、すごく勇気をもらえた気がしています。ありがとうございます。これからも、時々、そちらでも様子をお聞きできればうれしいです。

投稿: satchy | 2006年6月30日 (金) 22:15

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