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「勝ち組」「負け組」ということばに思うこと

「勝ち組」「負け組」という言葉が使われるようになって久しい。定義は不明瞭だが、マスコミでの使われ方を見ると、「勝ち組」は高収入でいい思いをしている人々、「負け組」は勝ち組に搾取され裕福な生活をあきらめざるを得ない人々を指すようである。簡単に言えば、「競争社会」ということである。

今日の共同通信(英語版)でも、「勝ち組」「負け組」に関して次のような記述があった。

The gap in prosperity among Japanese has become bigger, as symbolized by the concept of "winners" and "losers" in connection with disparities in income based on capabilities and job types.

ここでも、「勝ち組(winners)」と「負け組(losers)」の区別が、収入の格差(disparities in income)によってなされることがほのめかされている。

しかし、私は、人を「勝ち組」「負け組」という二つのラベルで分類することを無意味で全くばかばかしいことだと考えている。なぜならば、たとえ貧乏でも、自分の好きなことがやれれば、その人は「勝ち組」なのである。もちろん、自分のやりたいことができるまでの過程では、嫌なこともやらなければならない。しかし、それは、自分のやりたいことをやるための手段だと思えば苦にならない。成長のためには苦労は買ってでもしなければならない、と思う。

勝ち組をこのように定義すれば、一般にマスコミで使われている「勝ち組」という言葉は無意味だ。つまり、自分が幸せかどうかを決めるのは自分自身なのであって、自分以外の人の物差しで決めるものではないからだ。

勝ち負けが決められるとしたら、自分と全く同じ物差しをもっている自分自身でしかない、と私は思っている。過去の自分より現在の自分の方が自分の基準で「勝ち」であれば、現在の自分は過去の自分に勝った、と言える。英語がうまく話せるようになったり、文章がうまく書けるようになったり、去年の自分より今の自分が少しでも成長していれば、自分は「勝ち組」なのである。

他人の基準で決められた「勝ち組」の定義に従えば、私は「負け犬」の方になる。収入は決してよくないし、30代で独身、子なしである。まさに「遠吠え」状態(笑)。しかし、そのことに全然ひけめを感じないし、やりたいことがやれる今の生活はとても楽しくて幸せだ。2年間外国で暮らして、苦労を乗り越えて何かを達成したときの喜びは何にも代えられないことを味わった。それ以来、人がどんなにいい暮らしをしていようが、どんなにいいブランド品をもっていようが、どうでもよくなった。幸せとは人との比較でなく、自分の中で得られるものなのだ。

三流作家が「負け犬」なんて言葉をはやらせて世間から注目されても、まどわされないことだ。他人が決めた尺度を鵜呑みにしている限り、「勝ち組」にはなれない。真の「勝ち組」とは、勝ち負けを自分で定義できる人のことだ。

Bridget Jones's Diaryにも、これに関連した記述があった。

It is proved by surveys that happiness does not come from wealth and power, but the pursuit of attainable goals.

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コメント

うーん、なるほど。私が『〜の遠吠え』という本を知ったのは、
昨年の夏のことでした。同じ研究室の仲間とビールを飲みながらわいわい話しているときに、「『〜の遠吠え』やっと読んだわ」って一人が言ったの。「なにそれ?」って、知らないのは
私だけだった。なんか、必読書っていう雰囲気だったので、本屋でちょっと立ち読みしました。感想はとくにないけど、今は、こんな本が流行っているのかって思った。私は小説は好きでよく読むけど、エッセーはあまり読まない。とくに、女性向けに書かれたようなエッセーは好きじゃない。ベストセラーになる本もほとんど読まない。もし、ベストセラーであることや、テレビで紹介されたということが、本を選ぶことの基準になってしまったら、さびしいことだと思う。でも、私が他人にあれこれ言うことでもないしなぁ。ことばも、同じことじゃないかと思う。みんなが使っているからといって、「負け組」「勝ち組」ってことばを何も考えずに使っていると、そういう思考になってしまう気がする。。。だれかによって作られた基準を、知らず知らずに受け入れてしまうのはこわい気がするね。

投稿: えみり | 2006年1月29日 (日) 14:15

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