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小学校英語教育について

「英語は早期に始めるほど習得が早い」と言われる。第二言語習得理論の中にも「臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)」という説があって、外国語は、幼児期から思春期(13,4歳)までに完全に習得されると言われている。脳神経学の分野でも、10歳を過ぎると、言語習得で使われる部分が、右脳から左脳に集中するようになり、こうした神経機能の変化が年長の学習者の言語学習を困難にするらしい。

しかし、これらの理論を日本のコンテクストにあてはめて、「早ければ早いほどいい」という短絡的な考えで幼児期の子供に英語を教えることには疑問を感じる。

全面的に早期英語教育に反対しているわけではないのだけれど(発音の面では早いほど効果があるのかもしれない)、私は、それよりももっと大事なのは「母語(日本語)の教育」と「アイデンティティの確立」の方だと思っている。母語である日本語がきちんと話せず、日本人としてのアイデンティティの確立なしで、「他者理解」や「異文化理解」はあり得ない。

文科省は、「英語が使える日本人めざす行動計画」の中で、『コミュニケーション能力の育成』という言葉を頻繁に使っている(数えた人が41回出てきたと言っていた)。しかし、この『コミュニケーション能力』とは、何も英語に限ったものではなく、日本語にだってあてはまると思う。日本語でコミュニケーションがとれない人が英語でとれるわけがないし、日本語で話せる内容を持っていない人が英語で話せるはずがない。だから、幼児期には、まず、母語で自分をしっかり語れるように人間教育をすることのほうが、英語教育よりも、うーんと大事なことのような気がするのだ。

いつも思うのだけれど、「英語教育」と「国語教育」はもっと連携するべき!だと思う。つまり、全体の言語教育の中で「英語」をどうするか、という議論をしなければならないと思う。また、仮に、小学校で英語を必修科目にするのであれば、小中高大で言語教育に何らかの一貫性がなければならないと思う。

大学生に英語アカデミック・ライティングを教えていて、学生たちが英語で書けないのは「日本語で書けない」という根本的な問題があるからだといつも思う。もっと、日本語で書く練習をしないと、英語で書けるようにはならないと思う。

今日は、慶応大学で開催された『英語教育が目指す道を求めて』というシンポジウムに参加してきた。そこで、鳥飼久美子先生が「英語教育と国語教育の連携」を提案されていた。まったくその通りだ思って、私も今日のブログに書いてみました。

ぜひみなさんの意見も聞かせてほしいです!!

4766410939 大津由紀雄著 『小学校での英語教育は必要か』(慶応大学出版会)

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コメント

ブログへのコメントありがとうございました。フルブライト合格おめでとうございます。もう何も心配はありませんね(笑)。せっかくですのでコメントさせて頂きます。
最近AERAに英語で子育てをする親の話なんかもありましたが、私はSATCHYさんの意見に全く同感です。日本人なのに日本語をきちんと話せないことがどれだけ大変なことかと。特にアメリカやブラジルで同世代の日系人に会うたびに強く感じます。自分が日本語をきちんと勉強してきたことに感謝します。
ちなみに私は7才からLL教室というのに行きましたが、未だに英語はどうにもなりません。中学校から初めてもネイティブ並な奴も友人におります。早期教育よりメソッドとどれだけ英語を使う機会があるかが重要、というのが実感です。

投稿: Yantaro | 2005年12月12日 (月) 02:43

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