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「正しい選択」とは

何かを決断しなければならないとき、迷わない人なんていない。AとBとCという選択肢があるとしたら、どれが自分にとって一番有益な結果をもたらすかじっくり考える。でも、考えても考えても、どれが正しい選択なのかなんて、そのときは誰にも分からない。

要するに、選択をする時点では、AもBもCも、正しくも正しくなくもないのだ。なぜなら、「正しい選択」とは、選択したものが「正しい選択だった」と言えるように<していく>ものだから。

自分の努力次第で、状況は変えられると思う。だから、たとえ納得のいかない選択をせざるを得なかったとしても、それは自分次第で、「正しい選択」に変えていけるのだと思う。

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AccountabilityとResponsibility

『プレジデント』2005.11.14号の特集は「会議の技術」。その中で興味深い記事があった。

アカウンタビリティーとリスポンシビリティー(Accountability and Responsibility)の区別について(p.41)

「アカウンタビリティー」とは、組織の中で、各部門の担当者が自分の職務を遂行することを指す。さらに、担当者の職務遂行を全員が合意していることも指す。

「リスポンシビリティー」とは、組織の中で、各部門の担当者が、プロジェクトの目標に対して、それぞれ100%の責任を共有することを指す。

例えば、「3年間でオンライン教材の売り上げを○○伸ばす」という目標に向けて、6人のメンバーがそれぞれに担当を決めてプロジェクトに取り組むとする。Aさんは「コンテンツ開発」、Bさんは「デザイン」、Cさんは「広告」、Dさんは「セールス」、Eさんは「カスタマーサービス」、Fさんは「資金」担当とする。

「アカウンタビリティー」だけの合意だと、AさんがBさんに対して「そんなデザインじゃ中身が生きない!」とケチをつけたり、DさんがCさんに対して、「もっといい広告を用意しろ!」という発言をしたりすることになる。つまり、プロジェクトの目標の6分の1だけが遂行されるだけで、全体として前に進むことはない。

一方、「リスポンシビリティ」の合意があると、各自が100%の責任を自覚しているので、「なぜ自分たちはDさんにミスをさせてしまったんだろう」とか、「Aさんのコンテンツ開発に向けて自分たちに何かできることはないだろうか」とかいう議論になる。つまり、全員が一体となってプロジェクトの目標に向けて進むことができる。

メンバーの間で、この「リスポンシビリティー」の合意ができていれば、会議で意見が出ないなんてことはないはずだし、少なくとも、問題解決のための体制はできている、ということである。

この「アカウンタビリティーとリスポンシビリティー」の定義は、チリの哲学者(天才哲学者と言われているらしい)のフェルナンデス・トローレスという人が提唱したのだそうで、ハイデガーのオントロジー(ontology: 存在論)がベースになっているんだって。

大きな組織の中で働いていると、「僕の担当はこれだけ、これ以外のことは絶対しない!」って人、結構いるよね。。。「リスポンシビリティー」ってつまり、仲間のことまで思いやれるような柔軟性と広い心を持つことでもあると思うんだけど、それがあれば、もっと組織自体をいいものにしていけるのかもしれないし、自分も仕事に対して生きがいを感じられるようになるのかもしれないなぁ。。。

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GRE study report 1.

今日から本格的にGREの勉強を開始。11月24日の試験日まで1ヶ月。この1ヶ月はとにかくGREに集中しよう。さてさて、本日は、Vocabulary SectionのDiagnostic Testに挑戦。うーん、さすがGRE、vocaのレベルが高い!本日学んだvocaは以下のとおり。

(1) Pedestrian

Pedestrianっていえば「歩行者」。ところがどっこい、形容詞で「平凡な」「つまらない」(dull)って意味があるんだって。たとえば、That's a pedestrian style of writing 「平凡な文体」

問題文は、A scathing review of the recent performance of LaBoheme called the production grotesque and the conducting of the orchestra pedestrian. ちなみに、文頭の"scathing"は「痛烈な、容赦ない」という意味。

(2) Forge

Forgeといえば「偽造する(fake, counterfeit, fabricate)」。ところがどっこい、「造る(もともとはshaping metalから)」という意味があるんだって。反意語を選ぶ問題で、正解はdissolve。うーん、多義語はやっかいだ~。

(3) Daybreak

Daybreakって聞くと、一瞬、「日没(dust)」って思ってしまうのは私だけ?だって、dayがbreakするんでしょ。。。つまり、「一日がこわれる」→「一日が終わる」。。。いやいや、そうじゃなくて、「一日が始まる」ってことでdaybreakは「夜明け」ってことなんだって。breakthroughというようにbreakって、何かを始めるっていうニュアンスがあるんだね。勉強になった。

問題文は、similar relationshipを選ぶもの。dawn : daybreakと同じ関係のものとして、crepuscule : twilightを選ぶ。crepusculeなんてnative speakerでも知ってる人少ないんじゃないかな。。。

(4) Curator

Curatorは「(博物館などの)学芸員」のこと。絵画を修復するcureから来ているんだろうね。

問題文は上と同じくsimilar relationshipを選ぶもの。curator : painting と同じ関係のものは、archivist : manuscript。archivistはarchive(文書の保管所)で働いている人ってこと。archiveは知ってたんだけど、archivistは使ったことがなくて、これがarchiveから来ているって気がつかんかった。

次回はmath sectionに挑戦!

FC0768919274             FC0375765506      

左) ARCO"Master the GRE"

      Quantitativeの解説が丁寧。

右) Princeton Review "Craking the GRE"

      Analytical Writingのサンプルがとてもよかった。

               

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BRENDA ALoha to Zen

4072438200 憧れのモデル、ブレンダのphoto essayを買った。ブレンダは、efやBAILAなどの雑誌の看板モデル。私が女子大生の頃からCan CanやJJに出ていて、ブレンダファン歴かれこれ10年になる。初めてブレンダを見たとき、すごい衝撃だった。「こんなにきれいな人が世の中にいたんだ~」って。Can CanやJJのモデルにありがちな、けばけばしさとか下品さとかは全然なく、清楚で上品、そして知的。スタイルのよさはモデルの中でもずばぬけていて、欠点がない。笑顔も素敵。ほんとに完璧なモデルさんなのだ。

このphoto essayは、ブレンダの故郷であるハワイで撮影されたもの。スーパーでのお買い物の様子とか、友達とのBBQ partyの様子とか、ブレンダの素顔が各ページの写真から伝わってきた。ほんとに、かわいい!きれい!美しい!完璧!

写真に加えて、essayも素晴らしかった。すべてブレンダが書いたもの。AからZまで計26のトピック、例えば、仕事に対する姿勢とか、家族や友達や同僚に対する感謝の気持ちとかがブレンダ本人の言葉で表現されていた。ブレンダが書いたものって初めて見たけど、とってもgood writerだと思った。まさに才色兼備だなぁ。

そして、何よりこのphoto essayでうれしかったのは、撮影風景を収めたpremium DVDがおまけでついていること!な、な、なんと、ブレンダのナマ声が入っている!!めちゃ英語がうまい~(English nativeだから当たり前か)!!話すのを聞くと、どこにでもいそうなハワイの女の子って感じ。明るくて、元気で。ほんとにかわいかった!!とても32歳には見えないよ。

ブレンダみたいな女性になりたい。"BRENDA Aloha to Zen" will be my dearest treasure forever...

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Substantial Revision

この7月に提出した論文の評価が返ってきた。アメリカの作文教育についてまとめたもので、ある教育関係ジャーナルに投稿したものだ。結果は。。。"Your manuscripts need substantial revision to make it suitable to the journal. Therefore, I cannot recommend it for publication at this time. However, the paper may be resubmitted for consideration..."ということだった。この後、A4用紙4ページにわたって、二人のreviewersからの手厳しいコメントがえんえんと続いていた。でも、自分の中であやふやだった部分を、徹底的に突かれていて、どのコメントも「ごもっとも!」と思った。さすが、大きいジャーナルのreviewerだけあるなぁ。。。これまで、4-5つのジャーナルに投稿をしたことがあるけど、どれもそれほど大きいrevisionを要求されずに、すんなりacceptされていたので、「こんなもんでいいんだな~」なんて思っていたんだけど、あまかった。いつもうまくいくことなんてありえないし、これまではHelen先生(MAのときの指導教授)の助けがあったからうまくいっただけで、私なんてまだまだ半人前だ。よーし、もらったコメントを参考に書き直し頑張る~!!

でもでも、substantial revisionの"substantial"ってどの程度なんだろうね。日本語でいうと、「実質的な」「本質的な」って感じだよね。いずれにしても、大幅な修正ってことで、真剣にやらないとあかんということやね。

私は、静か過ぎる図書館や狭い研究室では集中できないので、よくカフェで勉強している。今日も大学近くのNew York Cafeに行って3時間近く、このsubstantial revisionについて考えていた。今日行ったNew York Cafeはいつも行く本店とは違い、三栄商店街?という名前だったかな、その中にあった。勉強が終わった後、その商店街を歩いてみたけど、めちゃ庶民的で、ここはほんまに東京なんかな、って思った。カフェのとなりは、いきなり八百屋やったし(でも、なぜか一番目立つところにぬか漬けがいっぱいおいてあった。においがすごい!)、向かいはパチンコ店やし。

revisionの話から、いきなり町の話に飛躍してしまうんだけど、ここ高田馬場は、ほんとにディープな町。神戸でいうと、「新開地」って感じかなぁ。大学までの通勤路にはこれと言って、おしゃれな店はなく、やけに(無駄に)ラーメン店が多い。居酒屋もいっぱい。古本屋も。なので、たまに、青山や銀座なんかに行くと、とっても幸せな気持ちになるんだ~。

substantial revisionが終わったら、銀座にお買い物に行こうかなぁ...それを楽しみに今週もがんばりまっす。

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「知ること」と「考えること」 

4062566109 苅谷剛彦著 『知的複眼思考法』(講談社+α文庫)を読んだ。苅谷先生は、最近の若者について、「与えられた課題については真面目に勉強するが、自分から問題を立ててそれを解くということはあまり得意ではない」と分析し、彼らのことを「マニュアル族」「指示待ち族」と呼んでいる。さらに、苅谷先生は、最も気がかりな問題として、「課題が与えられた場合にも、学生たちは、どこかに正解がある、と思っている」点を指摘している。

これは私も同感。学生たちと議論をしていて常に感じるのは、「書いた内容が正しいかどうか」、「先生の期待通りのものが書けているか」ということが学生の最大の関心事になっていること。そして、「自分の考えは論理的に説明できているか」「書いてあることは全体を通して筋が通っていて読み手を説得することができるか」という論文の本来の目的は、ほとんど認識されていない。

例えば、「学校の制服に賛成か反対か」を論じる小論文。学生たちは、賛成か反対か、「どちらの立場が正しいのか」と考えてしまうようだ。そうではなくて、「論じる」というのは、「いかにして、自分の立場を論理的に説得力のある文章で説明するか」ということなのだ。

この正解探しの発想って、受験勉強に根強くある「正解信仰」が影響しているんだと思う。日本の教育システムの中では、先生の言ったことや本に書かれていることを覚えて試験でいい点を取ることが学習目標にならざるを得ないから、学生たちが正解を探してしまうことは、ある程度は仕方ないんだろうなぁ。

でも、正解を探すのは、本当の勉強じゃないと思う。自分で問題を見つけて、解決への筋道を考え、そして、結果を論理的に相手に説明できる力、この「自分で考える力」を身につけることが本当の意味での勉強だと思う。大学生たちには、大学で求められるstudy skillsは高等学校とは違うことを教えてあげないといけない。そして、自分で考え発信していくことに喜びを感じられるようになってほしいと思う。

かくいう私も、実は10年前は「正解が大好きな優等生になりたい子」だった。でも、オーストラリアに留学して、正解を探す以外の勉強の仕方を教わり、勉強のおもしろさを知った。だから、今、すごく楽しい。だから、学生たちにも、同じようにこの楽しさを味わってほしいと思う。

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英語の発音猛特訓!

四谷にある英語学校で、「発音矯正」のレッスンを受け始めた。毎週月曜日、夜7時から9時まで2時間のレッスン。今日は第一回目。発音に特化した授業は生まれて初めてで、どんな授業なのか、どんな先生なのか、期待して学校へ。7時、教室に先生が入ってきた。えらく歳をとっている先生でまずびっくり(ぜったい65歳はいってる!)。外で出会ったらふつーのおばあちゃんって感じ。でも、授業を始めるとそのパワフルさに唖然としてしまった。まさに、東京下町育ちの「江戸っ子」ばーちゃん。ブレイクなしで2時間とぎれることなくしゃべり続けていた。学生は私も含めて大人ばかりなのに、呼びかけは「きみたち」。それに、遠慮なく、「ちゃんと人の話聞いとけ!」とか「もっと口あけろ!」とか、ガンガンどなりつけてくる。今まで義務教育も含めて、いろんな学校で勉強してきたけど、こんなにパワフルでスパルタな授業をする先生は初めてだ。正直、怖かった~!!!この歳になって、しかも、民間の語学学校の先生に恐怖感を感じるなんて。。。(しかも、私だって一応は教える仕事をしてるのに)でも、この先生についていったら、確実に力がつくと思った。怖いけど、がんばるぞ。関西パワーで、目指すは「打倒!江戸っ子ばあちゃん」だ。

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模擬授業

京都にある○○大学から「面接に来てほしい」と連絡。一ヶ月前に履歴書と小論文を送っていて、まずは書類が通ったということ。やったー!と喜んだのはつかのま、何と日程が今週の土曜日!えらい急やなぁ、、、と思っていると、今日また連絡があって、何と「模擬授業も一緒にしてほしい」だって。それも、「自分で作った教材で自由にどうぞ」と。

これって、準備なしのぶっつけ本番でどのくらいちゃんと授業ができるか、その腕前を見てやろうってやつなんだろうなぁ。それにしても、あさってよ。あさって。はー、すごいチャンスをもらって喜ばないとあかんのに、何だかゆううつ。。。でもでも、next stepにプロモートできるビッグチャンスだし、戦ってこなければ。精一杯やってくる。

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「ひと」として大切なこと

4569664288 読書の秋。『「ひと」として大切なこと』(渡辺和子著 PHP文庫)を読んだ。自分のやりたいこと、進むべき道ははっきりしているのに、時々自信をなくして、自分にはそんな力はないんじゃないか、とか悩むことが多かったんだけど、渡辺さんのメッセージに力をもらった。

「他人との比較ではなくて、自分がほんとうになるべき姿に、昨日よりも今日、一歩近づいているか否か、一歩後退してないかどうか、そのことのほうがもっともっと大事なんだ」

ほんとうにその通りだと納得する。たくさんの人がいる中で、自分は一番輝いていたい、みんなから好かれたい、ひとかどの人と見られたい。あの人よりもっといい研究をして認められたい、あの人にだけは負けたくない。私は、人との比較でしか自分の価値を認められなくなっているんじゃないか。他人がいつも自分の物差しになっているから、自分がグラグラしてしまうんじゃないか。

そうじゃない。自分が設定した目標に昨日よりどのくらい近づいたか、これが大事なんだ。自分が与えられたタレントを、自分の努力でどのくらい増やしていけるのか、今のタレントが5だとしたら、十年後には10タレント、二十年後には20タレント、というふうにどんどん自分の価値を高めていきたい。一生の終わりには、そのタレントを誰かに与え、誰かを幸せにすることができるようになっていたい。

私にとって、「生きる」とは「昨日よりも今日、今日よりも明日、自分が設定した目標に近づくこと、タレントを増やすこと」。他人との比較や競争ではない。

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