新天地

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今年に入ってからある大学からオファーをいただき,この4月より新天地で仕事を始めました.

そして大学の異動とともに,4月から福岡で暮らし始めました.

九州という場所で生活するのは生まれて初めてで,引っ越して来てから一週間ほどは,ハワイに留学した頃と同じような気持ちになりました.人々が話す日本語が自分とは少し異なるのが気になりましたし(文末の助詞が「〜けん」だったり「〜と」だったりする.です・ます形でも使用され「〜ですけん」のように使われる),三井住友銀行が遠くにしかなかったり(福岡銀行や西日本シティ銀行に完全に押されている),JRのICカードが「ICOCA」じゃなくて「SUGOCA」だったり(す,す,すごかーっ),自転車が歩道をすごい勢いで走っていたり(複数のバイスクリストが横に連なって集団で襲撃してくることがある),夜10時過ぎにNHKを見ようと思ってチャンネルを「1」に合わせると報道ステーションの古館さんが現れてびっくりしたり(関東でも関西でも「1」といえばNHKであったが九州ではテレ朝のようである),ゴミは朝じゃなくて夜出すとか,ペットボトルの回収は月一回しか来てくれない(前のとこは週一だった)とか,いろいろな違いに気がついた最初の一週間でしたが,それを乗り越え,一ヶ月が経過した今,すっかり福岡暮らしが気に入っています.

いつも困っているときに手を差し伸べてくださる温かい人が近くにいてくださるのも,大きな支えになっています.

新天地でまた気持ちを新たに頑張っていこうと思います.

これからもよろしくお願い致します.

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PhD Defense

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博士論文が無事に完成し,4月30日にディフェンス(最終口頭試問)を受けに,ハワイ大学に行って来ました.

5人のコミティの先生方の前でまず20分間プレゼンをするのだが,先生方がまるで石のように微動だにせず,無表情でこちらをじっと見ているので,「おーい聞こえているのかい」と確認したくなってしまうほどだったのだが,「おーい」とか「ちょっとー」とか声かけができる雰囲気ではとてもなかったので,ただただその冷たい視線に耐え,プレゼンを続けるしかなかったのである. こんな雰囲気の中でのプレゼンは初めてで緊張しすぎて吐きそうになりました. 吐かなかったけど.

20分のプレゼンが無事に終わると,恐怖の質疑応答が始まった. これが90分ほど続く. 先生がしてくださった質問は想定していたものもあれば,想定していなかったものもあり,ああやっぱりさすが先生だなと改めて先生方の偉大さを再認識したし,自分のリサーチのweaknessesにも改めて気づかされ,大変厳しい質疑応答となったけれども,90分はあっという間に終わってしまった. 

その後,部屋を一時的に出るように指示される. 外で待っている間,先生方は合否判定の会議を行うのだそうだ. たぶん儀式的なものなのだろうけれど,やはり待っている間は心配で心配で吐きそうになりました. 吐かなかったけど. 同じPhDプログラムに所属している私の尊敬するYさんが一緒にいてくださったのが支えになりました.

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その後,指導教授のオルテガ先生に呼ばれて部屋の中に入ると,コミティの先生方があたたかい表情で迎え入れてくださった. あれ約1時間前は確か石でしたよね...と思っていると,先生方が一人ずつ,レイをかけてくださった.  "Congratulations"という言葉とともに. 

この瞬間を心に思い浮かべることが,この6年の間に何度あったことだろう. 向いていないことをしているんじゃないかという思いがちらつくことも同じくらいの頻度あったと思うが,その度に,この瞬間を心にイメージし,向いていないことをしているんじゃないかという思いを抑えてきたように思う. 自分がずっと心にイメージしてきたこの瞬間に,今実際に自分が存在していることがとても不思議なことに思えました. 

とりあえず6年間のPhD生活に一区切りがつきましたが,このディフェンスでまだまだ自分はリサーチャーとしては未熟で,リサーチにも課題が多いことを思い知らされ,これからが始まりであることを再認識しました. 

2012年4月30日が次のステップのスタートラインである.

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時間と手帳

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フランクリン・コヴィーのスケジュール帳を買いました.

そろそろいい年齢になってきましたし(「いい」の定義が不明瞭ですが.いー),加齢に伴って役割が増えてきて(「加齢」というと臭いがしてきそうですが.しゅー),最近のもっぱらの課題はタイム・マネイジメントでありますし,しっかりとスケジュール管理をすることによって,24時間という限られた時間を,より効率的に,より生産的に過ごせるよう,そんな気持ちを込めて,フランクリンを選びました なんといっても,フランクリンのキャッチコピーは「人生を変える第四世代時間管理ツール」なのである. 人生を変える第四世代ってなんだかよく分かりませんけれども,新たな道を切り開いていこうしている今,このスケジュール帳が,自分の後押しをしてくれそうな気がしている.

ちなみに,フランクリンさんによると,「第四世代」とは,過去から現在に至るまで,その時代の生活や社会に応じてメモ帳やスケジュール帳がどのように進化してきたかを表す指標なのだそうだ. 単なるメモとしての「第1世代」,更にスケジュール管理の要素が加わった「第2世代」,目標管理や能率・効率を追求する「第3世代」. ところが,第3世代手帳では,スケジュールを必要以上に詰め込んでストレスを抱える問題が生じてきたのだという. そこで,生まれたのがこの「第4世代手帳」なのだそうだ.

時間は管理できない.管理できるのは自分自身の行動である」という点に立脚し,大切なことに大切な時間を使い,自分自身の生活を効果的に管理する手帳へ.

これが「第四世代手帳」の定義であるらしい. 

そういえば,この世で管理できない(取り戻せない)唯一のものは「時間」ではないかという気がする. お金は失っても馬車馬のように働く覚悟があれば,失った分が戻ってくる可能性は高い. 人間関係は一時的に失ったとしても,努力次第でパッチアップが可能である(ただし相手が異性である場合は,破局した後に取り戻すことが可能かどうかは過去に試みたことがないので分からない). しかし,「時間」は,お金や人間関係とは異なり,「取り戻せない」という性質を持っている. irretrivable.  だからこそ,その「時間」の上を生きる「自分自身」を管理せんとあかんよということなのである. ちなみに「〜せんとあかんよ」というimperative formを関東圏で使用すると,とても喜んでもらえることを知りました. また,命令の強い意味を和らげる"hedge"の役割も果たすようである. 幼少時に習得した方言は場所が変わってもretrivableであるのが不思議である. 「時間」もこうであればいいのだが,いや,こうやったらええのにねえー.

第四世代手帳,フランクリン・コヴィーとともに,2012年は,限られた時間内に「たくさん生産できる」実り多い一年にしたいと思います.

明日から2月.

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朝,窓を開けると,一面真っ白でした.

15年ほど前は山の中だったというこの住宅地は急な坂道が多く,この真っ白な景色を見たとたんに嫌な予感がしたのだが(道が凍っているではないか),案の定,その嫌な予感が的中した. 

駅に向かう大通りで派手に転倒してしまったのである. 

久しぶりに経験しました,転倒する際のこの感じ. 直前まで見えていた景色が急に目の前から消えたかと思うと突如として目の前に広くて大きな青空が現れるこのドラスティックな展開. 仰向けにひっくり返ったんかいどんだけ派手に転んどるんじゃいというツッコミが入ること請け合いです.

しかも場所が大通りだったというこのドラマティックな展開. しかし,あれですね,こういうドラスティックな展開が自分の目の前で「他者」に起きたとき,「見て見ぬ振りをする」という行動を選択するのは,おそらく日本特有の"community of practice"ではないかと思われる. そして,転倒した張本人においては,仰向けにひっくり返った状態から自力で起き上がるまでの過程において一人でエヘヘと笑うしかない選択を余儀なくされる(別にエヘヘじゃなくてもオホホとかムフフとかでもいいのだが),これも日本特有の"discourse"だと考えてよいのかもしれない.  イヒヒ. 日本語って笑いのオノマトペがたくさんありますね. ウフフ.

朝,窓から見えた静かな雪景色とは好対照なドラスティックな展開となった通勤時間.

この部屋から雪景色を見られるのはこの冬が最後になりそうで,祈念撮影しておきました. 

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初ハーフマラソン

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谷川真理ハーフマラソンを走ってきました.

練習では最高でも15キロまでしか走ったことがなかったので,21キロを走りきれるかどうか心配でしたが,無事に完走することができました.

一人で練習しているときは10キロがとても長く感じられてその倍を走るなんて無理かもしれないと思っていたのですが,今日の21キロはあっという間に終わってしまいました. といってもタイムは2時間3分くらい. 同じレースを走っていた"公務員ランナー"の川内優輝選手のタイムは1時間6分ですから,その倍くらいかかっているわけで,決して「あっという間」ではないのですが. 

それにしても,川内さんのような一流選手になると1キロを3分弱くらいで走っているわけで,改めてそのすごさに感銘を受けてしまうし,これくらい速く走れると日常生活でも何かと便利なことが多々あるのではないかと川内選手の便利な生活に勝手に思いを馳せてしまう. 例えば,自転車なんか乗らなくてもどこに行くにもとにかく走っていけばいいような気がする. 「どうやってここまで来たの?」という質問に,普通なら「電車」とか「バス」というところを,川内選手は「走って」と返答するのである. なんかプリミティブな感じがして渋いと思う. さらに,自宅から最寄りの駅まで1キロあるとして(東京近辺なら普通のことではないだろうか)大人が歩くと15分はかかるので7時18分の快速に乗りたい場合は少なくとも7時3分には自宅を出なければならないが,川内選手の場合は7時15分に自宅を出ればいいことになる. その差12分で行える朝の作業でその日一日の充実度は変わってくるはずだ. 例えば,その12分で眉毛を美しく描くとか口紅をはみ出さずに塗るとかそういったことが可能になるのである. なんかちっちゃいな. というかこれは川内選手じゃなくて自分のことでした.

初めてのレースで完走できたことで少し自信がつきましたし,改めて,走ることの楽しさを実感できました. 川内選手レベルには到底及ばないけれども,次のハーフマラソンでは,2時間を切ることを目標に練習を重ねていきたいと思います. 

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完走の記念に谷川真理ハーフマラソン記念Tシャツをいただきました.

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湧く年に

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あけましておめでとうございます.

2012年は,須磨ー垂水間,往復およそ12キロのマラソンで幕開けでした. 1月8日に人生初のハーフ・マラソンに出場することになっているため,箱根駅伝で素晴らしい走りを見せてくれた東洋大学の柏原君をイメージして,魂を込めて国道二号線を走ってみた. めざせ山の神. 国道二号線は山じゃありませんが.

三ヶ日をマラソン練習で過ごした後は,某大学で比較的大きな仕事のため,新幹線に乗ってさらに西の方向へ. 新神戸から西へ向かう新幹線はトンネルばかりで,これじゃあ顔面がススで真っ黒になってまうやろーとおもわずツッコミをいれてしまいたくなるくらいトンネル続きでした. 蒸気機関車かい明治時代かい. そんな一人ツッコミをいれつつ目的地へ. 仕事はほんの1時間くらいで終わるものだったのだが,精神的疲労が大きく,張りつめた精神を解きほぐすために大きな声で叫びたくなってしまって,ミゲル君と一緒に「消臭力」の歌を歌いたくなりました. 何だかよく分かりませんが.

そんなふうに幕を開けた2012年. 

1月8日のハーフマラソン,博士論文の完成,今回の某大学での仕事の結果など,新しい世界につながる「新しい扉」を開く場面が,今年はたくさんありそうである.

新しい挑戦で「湧く」一年. 

今年のresolutionは『』というテーマでいこうと思います.

勇気が湧く,興味が湧く,自信が湧く,希望が湧く,力が湧く,アイデアが湧く...

「湧く」というのは改めて考えるととても素敵な言葉だと思います. 

皆様にとっても,ワクワクするようなことがたくさん起こり,素敵なことが次々に湧く一年になりますように.

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明日から11月

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夏休みが終わってああ後期授業が始まってしまうどうしようどうしようと思っていたのがついこの間のことのような気がするのだが,なんと今日で10月が終わり,あろうことか明日からは11月が始まってしまうというのである. なんだか生き急いでいる感じがする. ハロウィンなのでドイツからやってきたというお化けチョコレートたち(KALDIで購入)をオフィスに飾ってみたものの,外国のデザインというのはなぜこうもグロテスクなのか,じっとこのお化けチョコレートたちを見ていると,生き急げ−ー生き急ぐのじゃーーぐわっはっはっはーーと言われているような気がして気がめいってきました. 昨日は何気なく新聞の折り込み広告を見ていたら墓石会社の広告に目が止まってしまったわたくしである. どの石がいいかな,やっぱりベイシックに花崗岩だろうか. もっとゆっくりしたペースで,時には青空を見上げて深呼吸をしてみたり,夜空を見上げて満月に向かって遠吠えをしてみたり,そんなふうに幸福な時間を過ごす必要があるのだろうし,なんといっても「幸福を追求する権利」というものが日本国憲法によって保障されているのであるから,やはり日本国民である以上,空を見上げたり満月に向かって遠吠えをするというような時間も確保したい,いや墓石について思いを馳せるよりもまずその時間を確保すべきではないかと考える今日この頃である. 満月に向かって遠吠えをすることが幸福追求権とどう関係するのかはちょっとよく分かりませんが. ウルフー. 

このブログを書き始めて今月で丸6年を迎えた. 6年前の今頃はフルブライト奨学金に合格して,さあハワイ大学でPhDを取るために留学だ,頑張るぞと意気込んでいた頃である. 生まれて初めて身近な人の死に直面した時期でもある. 初めての東京生活で毎日が孤独との戦いだった時期でもある. 溢れ出てくる感情を文字化せずにはいられなかった時期である. 文字化しなければ消えてなくなってしまった6年前の今頃の数々の出来事が今もこのブログに記録されていることはなんだかとても不思議なことのように思えるし,文章の力というものを改めて感じさせられる. わたしが文章というものを研究対象にしていることは,少なからずこのブログでの文章経験が影響を与えているのだろうし,ブログでの文章経験が,文章に関する研究に必要な視点を生み出すことにつながっているような気もしている. 6年前の今頃からスタートしたPhD取得計画も,いよいよ最終局面にさしかかり,「お尻に火がつく」という慣用表現はまさにいまのわたくしのことだアチチと感じている今日この頃(この慣用表現はよく考えると面白いし火傷につながりますね),いまはブログなどを書いている時期ではないと思っていたが,やはりここで文章を書くことも研究になにかしらのプラスの影響があるような気がして,久しぶりに文章をつづってみた. そして,文章を書きながら,もしかすると,これが自分にとって日本国憲法で定められた幸福を追究する時間になっているのではないかという事実に改めて気がついたりした. 

明日から11月.

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後期

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先週木曜日から後期がスタートした.

学生が戻って来たキャンパスは,静まり返っていた夏の一ヶ月が嘘だったかのように,活気づいている. 

この切り替えの時期にいつも思うことは,若い学生たちからみなぎるエネルギーとパワーに,自分がどれだけ力をもらえているかということである. 論文執筆のため引きこもりのニート状態になるのが自分の夏の習性であるので,静か過ぎるキャンパスは,時に精神状態を不安定にさせる. そして,もしかすると私はオタクなのだろうか,いや,オタクではないですよね,的な自問自答を繰り返し,永遠に答の見つからないスパイラルへと陥ってしまうのである. しかし,突き落とされたスパイラルの中から抜け出す手助けをしてくるのは,振り返ればいつも学生だったような気がしている. 

それにしても,私立大学の特徴なのか,本当に多種多様な学生がいる. このことも,この夏から秋への切り替えの時期に再認識することの一つであり,「なぜ故にこれほどまでに多種多様なホモ・サピエンスが本学には存在するのだろうか」という素朴な疑問が沸いてくる. まさに,研究者としての観察力と洞察力が掻き立てられずにはいられない不可思議な現象である.

例えば,私の必修英語(二)というクラスを履修しているT君である. 彼はなぜかいつも左手に赤いタオルを持っている. 授業中もそうだし,キャンパスを歩いているときも左手には赤いタオルである. 手に持っているだけなら特に珍しいことではないのだろうが,彼はなぜかいつも左手のタオルを振っているのである. 時に激しく時に穏やかに. 永ちゃんかい. というか,矢沢永吉氏のコンサートじゃあるまいし,授業中にそんなパフォーマンスはやめてほしいと思うのだが,「授業中にタオルを振ることは禁止します」という指示を出すちょうどいいタイミングがつかめず,前期は結局禁止令を出すことに失敗してしまった. 後期は,シラバスの注意事項のところに記載すべきか思案中だが,先日,追試を受けに来たT君が,試験中もやはり赤いタオルを振っていて,その勢いが前期よりも激しくなったような気がして,そのうち"YA・ZA・WA〜!!"って叫びだすんじゃないかこいつって雰囲気を醸し出していたので,やはり記載の必要ありなのかもしれない. T君は練馬区の方から通学しているので新宿駅を毎日通っているらしい. 新宿駅で赤いタオルを振っている青年を見たら,それは本学のT君だと判断していただいて間違いないかと思われます.

赤いタオルのT君に負けずとも劣らないのが,私の選択英語(二)を履修しているKさんである. Kさんは人とコミュニケーションを取ることが苦手な学生で,恐らく,友達はほとんどいないと思われる. 詳しいことは分からないが,過去に経験した苦い出来事がトラウマになっているようで,他人が信じられなくなっているようである. なので,Kさんはクラスメイトのことを「敵(テキ)」と描写し,クラスメイトとの付き合い方を「策(サク)」と描写する. そして,クラスメイトとの間に置くべき心理的な距離のことを「防塞(ボウサイ)」と描写する. というか戦国武将かい. と,いつも思うのだが,本人は大真面目なので,笑うこともできず,そのうち,Kさんは一教員である私が扱える領域を超えた学生なのかもしれないと思うようになっている. 先日は,後期に履修する新しい授業がどんな雰囲気なのか怖いので「刺客(シカク)」を送ろうかと思っていると真顔で言っていて,忍者かよっ甲賀流かよっ…と,まさかのダブルツッコミを(心の中で)入れてしまったのだが,本人は大真面目で言っているようなので,あえてダブルツッコミは口に出さないことにした. 代わりに,「Kさんは時代的が好きなの?」という質問をしてみたのだが,「時代劇は見ません」というガチな返事がKさんから返ってきた. 見ーへんのかい. 一体全体,「策」だの「防塞」だの「刺客」だのという語彙をどこで習得したのだろうか,こうした武将・忍者系の決して使用頻度の高くない語彙が日常語彙に自然に入っているのはなぜなのか,研究者としての好奇心と執着心が掻き立てられてしまうのである. そして思わず「『策』なんて言葉をどこで習得したの?」とダイレクトに質問してしまったのだが,「たぶん幼稚園の頃から使っています」というガチな返事がKさんから返ってきた. そんな幼稚園児おるんかい. と絶妙なタイミングでツッコミを入れたくなってしまったが,だまっておいた. やはり,Kさんは私が扱える領域を遥かに超えたところにいらっしゃるようである. この頃は,「発達障害」だの「学習障害」だの,「○○障害」という病名で学生の異質な行動を一括りにする傾向があって,私は個人的にそういうsimple framingは好ましくないと思っていたのであるが,専門家のケアが必要な学生がいることをやはり受け止めなくてはいけないのかもしれない. しかし,Kさんが私に心を開いていろいろなことを話してくれるのは,私が「策」だの「防塞」だの「刺客」だのという言葉を聞いてケラケラ笑っているからである. 関西流ツッコミはカウンセリングに生かせるのかもしれない. 

バドミントン・サークルの会長であるO君が,夏休み中に左手を骨折したということで,「学生課に報告する必要があるでしょうか?」と言ってきた(私はバドミントン・サークルの顧問をしているのである.仕事は書類に印鑑を押すだけであるが). 骨折ってそれは大変. それにしてもバドミントンで左手を骨折って,O君は左利きだったんだねという話をしていると,「いえ,右利きです」とO君. じゃあなんで左手の骨折るねん. と思って詳しい話を聞いていると,骨折の原因となったのは,バドミントンじゃなくて「腕相撲」だと言う. なんじゃそれ. というか,たかが腕相撲で…と思ってしまうのだが,飲み屋で開催されたという腕相撲大会でどれほど激しいバトルが繰り広げられていたのだろうかと想像すると,身の毛がよだつ気がした. あーおそろしや. というか,腕相撲くらいでいちいち学生課に報告してどうすんねんって話だ. 「腕相撲は今後禁止です」なんて禁止項目が大学側から出されたら,君たちはこれから腕相撲が出来なくなってしまいますよって話だ. というか,そんな禁止令が出されずとも,もう大学生なのだから腕相撲なんかやめましょうねって話だ. 「腕相撲はやめましょう」なんていう指示を大学生に出さなければならない日が訪れるとは,夢にも思っていなかった. 情けないやら面白いやら何だか複雑でありますが,それでも,何か憎めない本学の学生である. ちなみにO君はこれから半年かけて左手のリハビリを行うのだそうだ. どんだけ激しい腕相撲やってんねん. 「策」とか「刺客」のKさんがそこに参戦したら,腕相撲大会はまさに「戦(イクサ)」そのものになっていたかもしれませんが. まあ骨折くらいでよかったかもしれない.

こんな感じでスタートした後期なのだが,ひたすらツッコミを入れなくてはならない毎日が何となくせわしなくて,オフィスのデスクに「ナギ」を飾ってみました. 和歌山県の世界遺産,熊野速玉大社に育つ「ナギ」の木は,スピリチュアル・プランツとして,古くから大事にされてきたのだそうだ. 魔除けとまではいわないが「平安・安全のお守り」として置いてみた.

みなさまにとっても心穏やかで平安な秋になりますように.

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山本温さん

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世界にたった一つしかない,木版画『港町・神戸』.

木版画家の山本温(やまもと・おん)さんが,描いてくださった作品です.

正確に言うと,「山と海に囲まれた『港町・神戸』を描いてほしい」という私のリクエストに応えて,私のためだけに描いてくださった作品です.

山本温さんとは,世田谷区・祖師ケ谷大蔵にある"Hair Craft"という美容院で出会いました. シャンプー台から起き上がったときにぱっと目に入る「座間ビーチ」の木版画が,吸い込まれそうなくらい美しくて,「この木版画は誰の作品ですか?」と担当の井口さんにたずねたことが,山本温さんとの出会いにつながりました.

「個人的に作品の依頼を受けたことはまだ一度もないんです」という若手でとても謙虚な木版画家・山本温さん. 私が「神戸の絵を描いていただけませんか」とお願いすると,「そんなことを言われたのは初めてです」と,とても喜んでくださった. 

そして,私も,山本温さんにとっての「一人目」になれたことが嬉しかった.

昨年の秋に開催された個展も観に行かせていただいた. その時に,山本温さんのお母様が,「一人目のお客様になってくださり,本当にありがとうございます」と何度も何度もお礼を言ってくださったことが印象的だった. 何よりも,そのときにお母様が流していた涙が,今でも心に残っている. 隣にいたお父様も,そして弟さんも,みんなが自分のことのように喜んでいて,「本当にありがとうございます」と何度も何度もお礼を言ってくださった.

こんな家族っているんだなと思った. 山本温さんの作品には「光」があふれている. この「光」は,この深い家族の絆に支えられてこそ,生まれたものなのだということがそのときに分かったことだ.

そんな山本温さんが,今月,二度目の個展を開かれます. 
 
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神田・神保町にある「檜画廊」というギャラリーで

9月19日(月)〜24日(土)までです.

山本温さんの光あふれる作品をぜひ観てあげてください.

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United Arrows Americana

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"United Arrows",Americanaシリーズ,この秋の新作.

このトラはどうなんだろうか?と思いましたが(戦隊虎魂って感じがする,ガオー),「お似合いになりますよ」という店員さんの言葉に負けて買ってしまいました. 後でよく考えると,トラがお似合いになるというのはどういうことなんだろうかと思いましたけれども,デニムと合わせて着たら絶対にかわいいと思って買ってしまいました. 

この秋も,トラのごとく勢いよく.

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論文とニート

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博士論文研究の一部となる論文が何とか完成した.

昨年の秋学期にデータを取り,今年1月〜3月にかけてデータ分析をし,3月中旬頃から執筆を開始した. 授業期間中は,なかなかまとまった時間が取れないので,やはり予定よりすごく時間がかかってしまった. 前の勤務校で助手をしていたときは,年間2本くらい書けていたのだが,今は担当授業コマ数が増えたので,やはり年間1本出せればよいという感じだろうか. 書き上げて投稿したとしてもリジェクトされると年間0本ということになってしまうので,とにかく書きゃいいというわけにもいかず,アクセプトされるに値するクオリティの高い論文を書き上げなければならず,そうすると,先行研究調査,そしてデータ分析にも十分すぎるくらいに時間をかけなければならない. しかし,ここで問題になるのは,一日に与えられた24時間という枠組みの中で,論文執筆に当てられる時間は極めて限られているということである. 授業期間中は,平日は少なくとも2コマは授業をしなければならないし,空き時間は採点をしたり翌日の授業準備をしたりして,おなかを空かせたひな鳥たちがピヨピヨピヨとオフィスにやってくると,そのひな鳥たちのお世話をして差し上げるのが親鳥の務めとなる. そうこうしているうちに夜になって,夜練(ランニング)のために帰らないといけない時間になる(この頃は練習のために夜20時には大学を出るようにしている). こんな感じで平日はあっという間に時間が過ぎていき,授業期間中に論文が書けるのは週末のみということになり,結果的に,せっかく書き始めた論文もほとんど進まないということになる. 

というわけで,ひな鳥たちがキャンパスからいなくなったこの「夏季休暇期間」はわたしにとって勝負の時間であった. 8月は,ほぼ一ヶ月オフィスに引きこもっていた. もしかすると,わたしは「ニート」と呼ばれる若者と同じ生活を送っているのではないだろうか?とふと疑問に感じてしまうくらいの引きこもり状態だった. でも,自分の場合は論文を書いているという点で「生産的な」ニートのカテゴリーに入れていただけると思うので,引きこもり生活も前向きに取らえることにしよう. というか,「ニート」と言っても,その中身はいろいろであるはずだ. 他者の人生は外からは見えない部分が多く,本人にしか分からない事情もたくさんある. 一つの単語ですべてを一括りにするのは簡単で分かりやすいが,人の人生というものはそう単純なものではない. 三流作家が作った用語に惑わされないことだ.  

こんなふうに「ニート生活」を肯定的に取らえている自分だけれども,本当は,夏休みなのでどこか旅行でも行きましょう的な過ごし方をしてみたいとも思っている. しかし,旅行に行ってしまうと論文がまたまた進まなくなるので,やはり論文の方を優先せざるを得なくなる. プライオリティは旅行より論文. そして引きこもりのニート. 何それ?誰それ?大丈夫それ?と思わず3ステップで聞き返したくなってしまうその人は,まさに自分であるという事実. 悲しいが今は仕方ない. 同じ立場で研究をしておられる他の人たちはどうしているのかな,どうすればバランスよい生活を送れるのかなとふと気にかかることがあるけれども,たぶん,論文を書くという仕事をされている人々は,みなさん多かれ少なかれご苦労をされているのだと思う. 自分の場合は優秀ではないという弱点が問題なのであって,そのことが「何それ?誰それ?大丈夫それ?」の3ステップ・クエスチョンへとつながっているのだろう.

時間はかかるが,こうしてこつこつと執筆をし投稿して,一流の査読者の方からフィードバックをもらって書き直して...という一連の作業を通して,少しずつ力をつけていきたいと思っている. 学会発表は時間をかけて準備してもたった20分の発表で終わってしまうし,書き言葉の形で成果が残らないので,やはり同じ時間をかけるなら論文の方に時間をかけたい. わたしのような人間が研究者という道を選んでしまった以上,ニート生活からは逃れられないということなのかもしれない. 

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福岡

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福岡空港にて.

ハワイで出会ったときは小学生だった大ちゃんが,中学生になっていました.

お父さんによく似てきて,ますますハンサム・ボーイに.

自分にとってはほんの数年のように感じられる時の流れが,大ちゃんの成長を目にすると,「ほんの数年」ではないように感じられます. 

わたしは,生き物を育てた経験というと金魚くらいしかないのでよく分かりませんが(金魚かよ),人間ってこんなふうに成長していくのだなあ...と何かものすごい発見をしたような気になるし,背が伸びて顔が変わって声も変わってくるという一連の変化に何かものすごい神秘を感じてしまいます.

大ちゃんは,将来,パイロットになりたいのだそうです.

福岡空港を飛び立とうとしている飛行機を見て,博多弁を話すハンサムな大ちゃんパイロットが,ふわっと頭の中に浮かびました.

うん,きっと大丈夫.

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11才

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実家のわたしの部屋には,小学一年生の頃から使っていた木製の勉強机がまだ残っている.

今でも帰省すると,この勉強机を使って,本を読んだりメールを書いたりしている.

机の引き出しの中には,小学校時代に使っていたもの(分度器とか三角定規とか彫刻刀とか)や,いただいたもの(「九九が全部言えた賞」とか「きっちり賞」とか(何が「きっちり」だったのか思い出せない)「囲碁大会8位」の賞状とか(8位かよ+なぜ囲碁?))が残っている. 見始めると,懐かしくなってあれもこれも見たくなって,「タイムトリップ」に膨大な時間を費やしてしまうので,普段はあまり見ないようにしている. でも,今回,何となく小学校時代の思い出に浸りたくなって,引き出しの中を冒険し始めてしまった. すると,小学校のお友達にもらったお誕生日カードが出てきた.

「11才のおたんじょう日おめでとう!」

と書いてある.

11才.

どのくらい前のことになるのだろう. 流れた年月の長さとその年月の中で経験したことの重みが言葉にできないくらい大きくて,そしてそれらすべてを通して自分の中に生まれた変化と成長が思い出せないくらいめまぐるしくて,自分に11才という時代が本当にあったのかどうかさえ,定かでないように思えてくる. 

でも,このお誕生日カードに書かれたメッセージを読んでいるうちに,当時の思い出が一気にフラッシュバックしてきた. このお誕生日カードを書いてくれた友達は,広田礼子ちゃんといって,当時,富士見ヶ丘という街に住んでいたこと,広田礼子ちゃんの富士見ヶ丘のご自宅がとても大きかったこと,交差点の角にあって,そこが待ち合わせの場所によく使われていたこと,地元のヤンキー川口君がうろうろしていたのでじっと見ていると「おまえら何見てんねん」とつっこまれたこと,などなど. ああ懐かしい. 広田礼子ちゃんと富士見ヶ丘での数々の思い出が,自分にも11才という時代が確実にあったのだということを再確認させてくれた.

もう一つのカードの執筆者は,くんごちゃんというお友達で(本名は久語さんという),この方とは,大人になった今でも,交流が続いている. 富士見ヶ丘のこと,広田礼子ちゃんのこと,四つ角にある広田礼子ちゃんの大きなお家のこと,そして「おまえら何見てんねん」のヤンキーの川口君のことなどを大人になった今でも語りあえる,わたしの唯一の幼なじみの友人である.

思いがけなく11才の頃にタイムトリップできた8月最後の週末.

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神戸

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8月最後の週末を利用して帰省してきました.

神戸はとても美しい街.

夏の青空がよく似合う街.

ここで生まれ育ったことを,

改めて誇りに思った8月最後の週末.

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周防大島から

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山口県・周防大島からお手紙が届く.

同じ大学の図書館職員のYさんから.

ご主人のご実家がこの周防大島にあり,帰省されているとのこと. 手書きのお手紙というものをいただくことがほとんどなくなってしまった昨今. 「人間が手を動かして書いたもの」には,パソコンを打って作成したものにはない何か大事なものがつまっているように感じました. 月並みだが,それは,書いた人の「優しさ」だったり「ぬくもり」だったりする. 

相手に対する気持ちというようなinvisibleなものの価値は数値化しにくく,追跡して機能を測定することも難しい. そして,私達は,社会の中で数値化できず測定できないものを,過小評価する傾向があるような気がする. しかし,数値化できないからこそ,そこには普遍的な価値が存在するのであり,無形のものに対して価値を見出す目を持つことが,お金とか物には換えられない心の豊かさにつながるのではないか,という気がしている. 

ところで,山口県・周防大島からこのお手紙を送ってくださったYさんは,もうすぐ本学をご退職される. 本学に就職した年をたずねると,なんと,わたしが生まれた年であった. つまり,わたしがこの世に誕生して,今日に至るまでの長い長い年月を,本学図書館の司書としてお勤めされてきたことになる. なんだかとてつもなくすごいことのような気がした. なぜなら,わたしは今日この日を迎えるまでに,相当長い年月を生きてきたような気がするからだ. だって,赤ちゃんがこんなおばちゃんになっているのですし,マンママンマと食べ物を求めることしかしなかった赤ちゃんが(特にそういう傾向があったらしい),日本語と英語の両言語を操れるようになっているのですから. それだけの年月,「同じことをずっと続ける」ということを,まだ経験したことがないので,それがどれだけすごいことなのか,実感としてよく分からない. でも,わたしが生まれてから今日までの年月は,とてもとても長い年月だったので,その期間,ずっと同じことを続けてこられたということは,確実にすごいことだということは理解できる. まさに,大きな一歩は小さな一歩を積み重ねることによってしか得られない,ということを,Yさんに教えていただいたような気がする.

これも月並みだが「すごい」という言葉以外に,Yさんが長きに渡って積み上げられてきた実績やご経験を描写する言葉が見つからない. そんな「すごい」Yさんだからこそ,こんなに温かいお手紙を手で書くことができるのだろうし,そんな「すごい」Yさんだからこそ,紙一枚でこんなに大きなものを伝えられるのだろうというふうに思いました.

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990

学会の後,山形の十日町にある「990」というフレンチのお店へ.

「990」という名前が気になって,店名の由来をお店の人にたずねたところ,

「はい,それは山形の郵便番号です」とのお返事.

なるほど.

思ったより普通でした.

でも,読み方は「きゅうきゅうぜろ」ではなく.「クックレイ」と読むのだそうだ. へー,クックレイ. その瞬間,なぜか「カレー粉」の映像が頭の中を駆け巡る. なぜカレー粉の映像が...と頭を抱えて唸っていると,絶妙なタイミングで,「本当は『ククレ』にしたかったのですが,カレーを作っている某企業からクレームがくると嫌なので『クックレイ』にしたのです」と店員さん. そうかククレカレー. 疑問が解けました. でも「クックレイ」もあんまり変わらない気がしますけども. 

そんなクックレイさんであるが,お料理は素晴らしく美味しく,また食器から盛り合わせ方まで見た目にも細かい気配りがなされていて,「カレー粉ぽい」なんて言ってしまった自分を反省した.

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今日は,ハワイ大学で一緒だった友人とも再会でき,素敵な時間を過ごせました.

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山形

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山形にやってきました.

東京から新幹線で約3時間で着くはずが,7時間かかりました.

向かう途中,大きな地震があったようで,宇都宮駅で新幹線が運行停止すること約1時間. 郡山駅で約2時間. そして,福島駅から山形方面に向かうはずが,山形新幹線が運転見合わせとのことで,仙台駅に連れて行かれてしまう. なぜ仙台に連れて行かれるのかなと思っていると,仙台から「センザンセン」に乗って山形へ向かってくれというアナウンス. 「センザンセンセンザンセンセンザンセン」と繰り返し言われるのだが,何のことかさっぱりわかりまセン. でも,仕方がないのでとりあえず仙台駅へ向かう. 

仙台駅で「センザンセン」は「仙山線」と表記することが分かりましたが,なんと「仙山線」は(その時間帯は)各駅停車しかないとのこと. カモーン. 

そんなわけで仙台からセンザンセンに乗り,各駅停車にトコトコと揺られながら山形までやってきました. 山形駅に着いたときは,嬉しさがこみあげてきた. 新幹線で3時間で来れていたら味わえなかった感動である.

座って本を読んでいるだけでしたが,ちょっと疲れました.

でも,宿泊先のホテルが最上階のとても素敵なお部屋をアサインしてくれたので,7時間の旅に耐えたごほうびをもらえた気がした.

南側と東側に大きな窓があってお部屋がとても明るい. 

景色もきれい.

これから二日間しっかり勉強してきます.

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ゆず

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「ゆず」という果実は万能である.

ある時はジャムに,ある時はジュースに,ある時はゼリーになったりする. また,「ゆず」は,その「皮」の存在も忘れてはならない. 細かく切ったゆずの皮は,煮物とかお鍋,おうどんやおそば,冷奴とかおひたしなど,様々な料理で薬味として活躍してくれる. この「皮」がある料理を食べたグループと,この「皮」がない料理を食べたグループの,料理に対する評価(スコア)を比較してANOVA検定にかけたら,おそらく有意な差が出ることが推測される. 恐るべし「皮」効果である. こんなに影響力のある「皮」を持つ果物は,ゆず以外に存在しないのではないだろうか.

これだけではない. 「ゆず」は,その使用領域を最近では化粧品にまで拡大させている. たとえば,わたしが昨年の冬にアフタヌーンティーで購入したボディーミルクは,その商品名が"YUZU"という. そのまんまやん. そう,その名の通り,ゆずの成分が含まれたボディーミルクで,大変良い香りがする上に,保湿効果が高く,チョークによる手あれが悪化し,指紋がなくなりつつあったわたしの指に,最近は指紋が復活してきたのである. 大変喜ばしいことである. これで,アメリカ入国の際の指紋チェックでトラブルに巻き込まれずに済みます. 「なぜ指紋がないのですか?」と聞かれましても. 

しかし,化粧品ごときで驚いていてはいけないのである. 「ゆず」は,冬になると熱い湯の入った風呂に放り込まれさえするのである. ゆずが風呂に放り込まれる可能性が極めて高い日は,毎年12月22日,日本で「冬至」と呼ばれるその日である. 冬至の日に「ゆず湯」に入ると,「一年中,風邪を引かない」という古くからの言い伝えがあるからである. 風邪のウィルスをやっつける薬を発明したらノーベル賞ものだと言われる昨今,冬至の日に風呂に放り込まれるゆずの効果は無視できない存在だと言ってよいだろう. 

前置きが長くなってしまった(長過ぎる). なぜ,「ゆず」の多種多様な用途についてこれだけの紙面を費やしたかというと,先日,「ゆず」がその力を最大限に発揮する利用法について,ワーオウ!とアメリカ人的なオーバーリアクションで驚かざるを得ないすごい発見をしてしまったからである. それは,風呂に放り込まれるゆずの効果をも上回る画期的なものである.

高知アイスの『おいしいんだもの.ゆずシャーベット』である.

シャーベットってこんなにおいしい食べ物だったんですね,という気づき,そして新鮮な驚きを与えてくれたシャーベットで,この感動を伝える語彙がなかなか見つからない. 商品名のとおり,だって「おいしいんだもの」と言うしかない.

ちっちゃくて丸くって全身黄色くって冬になると風呂に放り込まれているくせに,その中に秘めたる力,恐るべしである.

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続けること

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新しいジョギング・シューズを買いました.

ニューバランスの新作で,"Night Rainbow"っていうんだそうだ. 

その名の通り,七色のレインボウ・カラーで,アメリカで似たような色の旗をよく見かけますが,わたしはそちらの関係ではありません.

レインボウ・カラーのこのシューズは,暗闇の中でも光り輝いてくれるので,わたしのような車道好きなナイト・ランナーにぴったりのシューズである. そして,何と言っても,七色全部使ってやったぜどうだい?っていうド派手な感じが気分を盛り上げてくれます.

今年の1月から始めたジョギング. 

週5日ペースで走り続け,約半年が過ぎたことになる.

最初は3キロくらいでヘロヘロになっていたが,このごろは7キロくらいは止まらずに走れるようになってきた. タイムもいい感じで縮まってきていて,体調がいいときは,1キロ6分を切るようになってきた. でも箱根駅伝を走る人たちは,1キロ3分弱で走っているので,それに比べると,まだまだである. というか,箱根駅伝の人たちと比べるレベルじゃないだろって話ですが.

それにしても,走ることがこんなに楽しいとは思わなかった. 

このことは自分にとって新たな発見だった.

そして,「続けること」の大切さを再認識できた.

「小さな一歩でも,百回歩き続ければ百歩になる」というとても当たり前のことが,当たり前のことでないように感じたりする. 奇跡が起きて突然何か大きなことができるようになることは絶対にないのだということ. そして,「奇跡」は歩みを続けている人にしか起きないのだということ. 走りながら,いつもそういうことを感じている.

脚に筋肉がついてムキムキしてきたと感じる2011年の夏. 

ムキムキムシムシ.

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証明写真

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履歴書に貼る証明写真なんてどうでもいいと思っていた. 

そもそも,履歴書に証明写真が必要な理由が分からない. 英語圏の国々,アメリカやオーストラリアで使われている履歴書("resume"とか"C.V."と呼ばれている)には写真を貼付する必要がない. なぜなら,その人物の能力を評価するのに「外見」は関係がないからである. さらに言うと,英語圏で使われるresumeやC.V.には「生年月日」を書く必要もない. なぜなら,その人物の能力を評価するのに「年齢」は関係がないからである. 従って,日本特有の「『新卒』じゃなくてごめんなさい」的な後ろめたさを英語圏における就活では感じずに済むのである. きわめて合理的な考え方である.

そんなわけで,証明写真なんてどうでもいいと思っていたので,証明写真が必要になったのだが,特に何も考えずに,比較的近所にある「カメラのキタムラ」に足を運ぶ. だいたい,写真屋さんだからといって店名に「カメラの」とかいうフレーズを入れているその適当さが,私が考える証明写真の重要性の低さと相一致すると思ったのである. せめて正しい発音で「キャメラの」と言ってほしかったところである. キャメラのキタムラYeah!! しかも,社長さんの苗字が北村さんだからといって店名に「キタムラ」という名前を放り込んでいるその工夫のなさも(「キタムラ」というカタカナ表記にした点だけは評価できるが),私が考える証明写真?だからどうした?的な意識の低さと相一致すると思ったのである. そして,さあキタムラさん,キャメラで撮ってくれたまえ的な感じでキャメラのキタムラに乗り込んだのである.

しかし,キャメラのキタムラさんの店内に足を踏み入れ,中の光景が目に入ってきたときに,キタムラオイコラーーっと喝を入れたくなってしまったのである. 理由は,店内があまりに"messy"だったからである. もう今日から「メッシー・キタムラ」と店名を変えなくてはならないと思った程であるが,カタカナ表記してみると「キャメラのキタムラ」より「メッシー・キタムラ」の方がなんか洗練された感じがするではないか. メッシー・キタムラYeah!! もう「メッシー・キタムラ」で決まりである.

と勝手なことを言っているのだけれども,あまりのmessyさに驚いてしまい,すぐに店を出て来てしまった. こんな散らかり放題の「メッシー・キタムラ」さんで撮影していただいても,きれいに撮っていただけるとは思えなかったからである. そして気がつく. 証明写真なんてどうでもいいと思っていたくせに,実は「きれいに撮ってほしい」という気持ちも潜在意識の中にあったということに. 

今,思えば,この「カメラのキタムラ」が「メッシー・キタムラ」という店名に変わる一連のプロセスは(勝手に変えているのだが),その一つ一つが決して無駄ではなかったのである. なぜなら,この一連のプロセスの後に,素晴らしい出会いが待っていたからである. ちなみに,この出会いは,「証明写真,きれい,小田急沿線」という検索ワードによりもたらされたものである. 

"Studio Titto"というスタジオ. そして,そこで写真を撮ってくださったフォトグラファーのShimizuさんである. 

これまでの人生の様々なターニングポイントで証明写真なるものを撮ってきて,満足のいく仕上がりになったことは一度もなかったように思う. 原因は「素材が悪いから」という一言に尽きるわけで,素材の悪さを再認識する場を否応なく与えてくれる証明写真なるものが好きではなかった. しかし,Studio TittoのShimizuさんが撮ってくださった写真を見て,驚いてしまった. 

自分がきれいに写っている.
 
こんな証明写真は生まれて初めてで,何だか信じられない気持ちがした. そして,改めて感じたことは,写真の大切さである. これは,フォトグラファーのShimizuさんが教えてくれたことである. Shimizuさんが何気なく言った一言がとても心に残った.

「証明写真は,見てくれる人に対する『敬意』とか『優しさ』なんですよ」

何だかはっとさせられる一言だった. 証明写真なんてどうでもいいと思って自動撮影機で撮ったスピード写真には,見てくれる人に対する敬意とか思いやりは含まれていないような気がした. 履歴書に使う用紙は上質のものを使うとか,カバーレターは必ず付けるとか,そういうことには気をつけてきたつもりだったが,証明写真も同じなのだということに改めて気がつかされた. 

相手への敬意と優しさ. 

いつでもどこでも大事にしていきたい.

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