『愛はクロスオーバー』

先日のエントリー,「稲垣潤一さんについて語る」で,稲垣さんが1987年にレーサー役で出演された映画『愛はクロスオーバー』のことを書きましたが,


文章を書きながら,稲垣さんが演じた「F3レーサーの国枝周二」に会いたくなり(見たくなり),しかし映画自体(VHSビデオ)はもはや廃盤になっているようで,あーあ残念と思っていたところ,映画のパンフレットがヤフーオークションで出品されているのを見つけてしまったのでした.


ヤフオクは使ったことがなかったし,個人間取引というのがやや不安ではあったのですが,このタイミングで出品された『愛はクロスオーバー』のパンフレット,これを自分が落札しなくてどうするという強い気持ちが沸いてきまして,入札に参加してみました.


そして...


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無事に落札できまして,今日届きました,『愛はクロスオーバー』のパンフレット!

映画のパンフレットでこんなに大興奮するのはたぶん生まれて初めてで,自分にこんな一面があったことに自分が驚いているくらいです.


ページをめくり...いました,いました! 高校生の頃に見て心ときめいたレーサー役の稲垣さんが!

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「映画をフィルターにして,自分を眺めたい」というタイトルで,こんなコメントを書かれています.


元来が不器用なタチだから,映画に出ることなんて考えもしなかったけど,デビューして6年目に入って,やと余裕ができたというかな,何かチャレンジしたい気分になってきてね....(中略)...今は,客観的に自分がどういうふうにセリフをしゃべって,どう見えるのかなっていうね,新しい自分に出会えるような気がして楽しみにしてるんですよ.この映画を自分で観て,国枝周二ってカッコいいなと思ったら大成功でしょうね


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カッコいいと思います. 


大成功だったのではないかと思います.


30年の時を越えて入手できた『愛はクロスオーバー』のパンフレット,ずっと大切にしたいと思います.

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稲垣潤一さんについて語る

先日,ふと思い立って,稲垣潤一さんのコンサート(デビュー35周年記念コンサート)に行ってきました.

稲垣さんの曲を聴き始めたのは,高校1年生の頃だったかなと思います.その頃,確かジンジャーエールのCMで,稲垣さんの「思い出のビーチクラブ」が流れていて,それまで聴いたことのないハイトーンで透き通る男性の声に引き込まれたこと,男性から女性に向けた歌詞の意味は,高校1年生の自分にはまだ十分に理解できていなかったと思うけれど,はりつめた心がじわじわと溶けていくような不思議な感覚を持ったことが記憶に残っています.

当時付き合っていた彼氏が,稲垣潤一さんの曲が入ったカセットテープをプレゼントしてくれたこともありました. その時は,「なんなんこれ〜,この子もこんなしゃれたことするんや〜」てな感じで(関西弁まるだし),何だかこっぱずかしい気持ちもありましたが,自宅に戻ってカセットデッキ(昭和!!)にテープを入れ,「再生」ボタンを押したとたんに,カセットデッキに吸い込まれ,いや,稲垣さんの透き通る声に吸い込まれ,そのまま体が固まってしまった記憶があります. カセットテープに収められた稲垣さんの曲,一曲一曲が本当に心に響いて,A面が終わったらB面へ,B面が終わったらまたA面へというように,何度も何度も繰り返し聴いていたことを思い出します. その時は,曲のタイトルもきちんと調べないまま聴いていたように思いますが,それはたぶん,稲垣さんの声それだけで十分だったからなのかもしれません.

高校生の頃は,勉強とブラスバンドが中心の毎日で,あまりテレビを見ることがなかったので,稲垣さんのお顔をテレビで見たことはほとんどなかったように思います. 何となく「横顔」のイメージしかなかったのは,アルバムのジャケットの多くが正面以外のアングルから撮影されていたことが影響しているのかもしれません. そんなわけで,「透き通る美しい声」と「横顔」だけのミステリアスなイメージの稲垣さんが,ある時,F1レーサーの役で映画に登場した時の衝撃といったら,それはもう,言葉では簡単に言い表せないくらいのものだったと記憶しています. 

この映画は,『愛はクロスオーバー』というタイトルで,ストーリーがどんなものだったかはまるで覚えていないのですが(失礼),それは,F1レーサーの稲垣さんのインパクトが強烈すぎたことと,全編で稲垣さんの楽曲が使われていたこと,選曲がどのシーンとも絶妙にマッチしていて,ストーリーそのものよりも,やはり稲垣さんの曲に引き込まれてしまったことが理由かもしれません. 白いドライバーウェアを着て,ヘルメットを持ってレースウェイを颯爽と歩く稲垣さんは,当時,30代半ばくらいだったのでしょうか. 高校生の私にはまぶしすぎるくらいかっこよかったし,あるシーンで,稲垣さん(国枝周二というレーサーの役でした←っていうか,我ながらよく覚えてますよね)が,密かに恋いこがれている女性に,「(元彼のことが)忘れられないんだったら,俺が忘れさせてやろうか」っていうシーンがあるのですけれども,高校生の私は,男性というと,同じ学校にいる関西風ボケツッコミで大騒ぎしている男子学生くらいしか知らなかったので,大人になると男性はこんなかっこいいことが言えるようになるのかとか,自分が大人になって万が一こんなことを言われてしまったら一体全体どうやってレスポンスすればいいんだろうかとか,まだ見ぬ未来のことをあれこれ妄想して大混乱していたことを思い出します. いまだにこんなこと言われたことないですけれども...

その後,私はつらい受験勉強の時も,稲垣さんの曲とともに毎日を過ごしていて,その時は気がつかなかったけれど,今振り返ると,稲垣さんの声と曲に救われたことが多々あったことに気づかされます. その後,大学に進学し,就職してからは,自分の能力と理想とのギャップに打ちのめされる日々が続いて,音楽そのものを聴く余裕を失っていき,稲垣さんの曲を聴くこともなくなっていきました. クリスマスの時期になると,『クリスマスキャロルの頃には』が流れてきて,昔と変わらない稲垣さんの声に触れて,高校生の頃を思い出すことはありましたが. それくらい20代〜30代は余裕がなかったのかもしれません.

そんな自分も40代に突入しまして,心の余裕が出てきたのでしょうか. ふとしたことから,また稲垣さんの曲が聴きたくなり,ちょうど今年デビュー35周年記念コンサートツアーをやっていらっしゃるということを耳にし,あわててチケットを予約し,運良く入手したチケットを握って新幹線に乗って,高校生以来の稲垣さんに会いに行ってきたというわけです.

今年64歳を迎えられたという稲垣さん. 上にも書きましたが、高校生の頃の私は,稲垣さんと言えば「横顔」そして,「F1レーサーの国枝周二」のイメージしかなかったので,64歳になられた稲垣さんご本人を拝見して,とっても素敵な大人の男性ということ以外にあまりピンとくるものがありませんでした. しかし,稲垣さんが歌い始めたとたんに,一気に,高校生の頃にタイムスリップしていく自分がいました. ハイトーンで優しくて包み込むような声が昔と全然変わっていない!! そして,バックバンドの音楽に声がふわっと乗る感じというのでしょうか,音楽の専門家ではないのでうまく表現できないのですが,背景音楽が声によって引き立ち,同時に,背景音楽によって声が引き立つという,何か生まれて初めて感じる不思議な感覚を全身で感じることができました. 何かすごいものを見てしまったというか,本物のアーティストとは,素人からもこんな気づきを引き出してくれるんだということを再認識しました. その存在感に圧倒されつつ,高校生の頃によく聴いていた曲で,ぶわりと蘇ってくる思い出に浸って涙しつつ,2時間半のコンサートを楽しませていただきました.

コンサートが本当に素晴らしく,稲垣さんワールドに完全に引き込まれてしまい,現実に戻るのにしばらく時間がかかりました. 帰りの新幹線の中では,仕事をするつもりでMacを持っていっていたけれど,とてもMacを開く気になりませんでした. 「酔いしれる」って言葉がありますけれど,たぶん,こういう状態をいうのかもしれません. これも生まれて初めて感じる感覚で,何か少し大人になった気がしました. っていうか40代が何を乙女みたいなこというとるんじゃという感じですけども.笑.

神戸に戻ってきて,また稲垣さんの曲が聴きたくなり,CDをレンタルしてきました. でも,CDのジャケット写真が素敵で(「横顔」以外の稲垣さんがいる!そして,デビュー当時の20代の稲垣さんがいる!),自分のものが欲しくなってやはり新しいのを購入することにしました. 稲垣さんってこんなお顔をされていたんですね(何度も言ってますが「横顔」しか知らなかったので)という発見と,高校生の頃に聴いていた曲以外にも,素敵な曲をたくさん歌っておられたという発見,いろいろな新しい発見があって,ますます引き込まれていっています.


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『時の岸辺』,『Long After Mid-Night』,『言い出せなくて』などは,この歳になって初めて聴く曲なのですが,オリジナルの発売年を見ると,すでに1980年代にすでにリリースされていた曲のようです. こんなに素晴らしい曲を知らずに長い年月を過ごしてきてしまったことを少し後悔したくらいです. 今,時を越えて,こんなに素晴らしい作品に出逢うことができて,ただただ幸せです. しかし,大人になってから歌詞をかみしめながら聴くと,これは泣いてしまいますね. 言葉というのは,そのときそのときで意味付けが変わるということなのかもしれません. 

稲垣さんの武道館コンサート(1983年から1992年まで)を収録したDVDも,どうしても欲しくて,手に入れてしまったら論文が書けなくなるんじゃないか,講義の準備ができなくなるんじゃないか...という一抹の心配があったのですが,やっぱりどうしても欲しくて購入しました.


Junichi Inagaki Live History I 1984 - 1992

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30年前の稲垣さんに会えるDVD. 一言,これは非常に貴重なDVDで,普段研究の仕事をしている者からすると,またとないデータが取れたときと同じような感覚を味わいました. 1991年の武道館コンサートで,稲垣さんはこんなことを言っています.

「これまで理想の自分とはほど遠い状態だったけれど,だんだん,みなさんが求めていることと自分のやっていることの間の距離が縮まってきているような気がする. でも,まだ夢は実現できていないんです. なにしろ,僕の夢っていうのは『おじいさんになっても歌い続ける』っていうことなので...」

2017年現在,64歳になられた稲垣さん.まだ,"おじいさん"ではないと思いますけれど,その通りの生き方をされているなと思って,1991年当時のMCを聴きながら,熱いものがこみ上げてきました. 先日のコンサートの最後,64歳の稲垣さんは,「まだ通過点に過ぎません.これからもずっと歌い続けます」とおっしゃられました. 1991年も2017年も「歌い続ける」という同じ言葉を使っておられること,歳を重ねて経験を積まれても同じ気持ちでいらっしゃることに深く感動しました. 自分もこうありたいと.

久しぶりの更新は,稲垣潤一さんについての語りでした. たくさん語りたいことがあるので,きっとまた語っていると思います. 


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しばしの休息


夕方6時半.


キャンパスから眺める市街の風景です.


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怒濤の一週間が終わる金曜日は,とりあえず一旦すべての心配事から解放されるような,「しばしの休息タイム」を手に入れたような感覚があります.


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学生さんのエッセイを読んでコメントをつける仕事がたまっていて,週末もこの仕事に追われそうで,ため息が出ますけれど,とりあえず,一週間が無事に終わったことを祝福したいと思います.


one at a time.

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研究計画書など

某小学校でCLILの調査をさせていただけることになりました.


全く面識のないところからメールでコンタクトを取り,学校訪問をして挨拶をしたのが昨年の7月. その後,研究計画書を校長先生に提出し,校長先生にご承諾いただいた後,12月の理事会での審議を経て,昨年末にようやく正式な許可をいただくことができました.


ですが,これですぐに調査が始められるわけではなく,ここからが本番. 外部の研究者が,小学校の授業に介入していくわけですので,実際に授業を担当する先生方のご協力なしに調査を行うことはできません. 


授業担当の先生方は英語母語話者ですので,次にすべきことは,英語で研究計画書を書き,それを先生方に読んでいただくこと. そして,どこまでのデータ収集が実施可能か,タスクの内容やレベルは子どもたちの習熟度に適したものかどうかご判断いただき,ご助言をいただきつつ,リサーチデザインを修正していくこと. データ収集を開始するまでには,まだまだ長い道のりが続きます.


この連休は,引きこもって,英語の研究計画書を執筆. 最終日の今日は久しぶりに外に出て,カフェで執筆. やはり,ほどよく人の流れが見えて音楽が流れている環境の方が,自分の場合は執筆がはかどります. 無事に完成して,校長先生に送付. ふう. 今月末には学校を訪問して,CLIL授業の担当の先生方とお話させていただく予定.


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頭が凝り固まっていたので,ヘッドスパに行って来ました. すごいプロフェッショナルな方に担当していただいて,ケアしていただいた後,顔が半分くらいの大きさになっていました(って,普段どんだけむくんでるねん). 気分爽快,視界が広がって,不思議と活力も沸いてきたような気がしてうれしい.


ヘッドスパも研究も,どんな領域にもプロフェッショナルな人と,そうではない人がいるように思います. そして,プロフェッショナルな人に出会えることって実はあまりなく,そうではない人の方に出会う頻度の方が高いような気がする. 今日は,稀にしか出会えない本物のプロフェッショナルに出会えて良い一日になりました. 自分もプロフェッショナルと呼ばれるような研究者そして教師になりたいし,なれるように努力しようと改めて思いました. 

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スマホとオクサン

長い間,ネットはiPad,携帯はガラケーという組み合わせで過ごしてきたのですが,


思い切って,携帯をスマホに変えることにしました. 同時に,iPadも最新のものに新調.


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古いiPadも,ガラケーも,特段不便を感じていなかったのですが,新しいiPadとiPhoneは,画面が格段にきれいですし,使える機能も増えて,生活が豊かになった感じがします. 新しい年明けとともに,新調してよかったと思います.


ところで,ドコモショップの男性スタッフが私のことをちょいちょい「オクサン」って呼ぶのが気になりました. 同世代の女性の多くはたぶん呼ばれ慣れてるのかもしれませんが,私の場合は,こう呼ばれたのはこれが初めてです. あ,ちがうか,昨年新しいマンションに引っ越してきた時,洗濯機の取り付けにきた業者さんから「オクサーン,ちょっと見に来てくださーい」と洗面所から呼ばれたことがありました. いずれにしても,とても違和感を持ったのですが,その理由は,この「オクサン」という言葉が,一定の条件を満たした人だけに使われる呼称だからでしょうか. あるいは,ある一定の年齢に達した女性は皆「オクサン」なのでしょうかね.


会話の一例はこんな感じ.

ドコモさん:「オクサン,(iPad+iPhoneの組み合わせを契約するのを)ダンナさんに許可とらなくて大丈夫ですか?」


わたし:「うっせーよ.」


(実際は「はい」しか言ってない)

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一夜明けて

二つ隣のお部屋で起きた大火災の惨事から,一夜が明けました.


外に出て,現場を見上げてみました.


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真っ白だった壁が,すすで,真っ黒になっている.


警察の現場検証の結果,出火の原因は「長期間使っていなかった電源がショートしたこと」であったらしい. 


犠牲者が出なかったことは幸いだったと思いますが,大事なマンションの一部がこんなに真っ黒に焼けこげてしまって,何だかやるせない気持ちです. 


早く元の姿に戻ることを願います.


とりあえず,犠牲者が出なかったことに感謝しなくてはいけません.


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火事

マンションの二つ隣のお部屋が火事.


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けたたましく鳴る火災警報機は,誤作動だよね,大丈夫よねと思っていたら,見たことのない数の消防車が現れ,「住民の方は全員避難してください」とアナウンスが.


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1時間後にようやく鎮火. 部屋に戻る許可が下りました. しかし,放水してもなかなか消えない炎の威力を生まれて初めて間近で見て,改めて火の怖さを知りましたし,自分の部屋がこんなふうになったら...ということに思いを馳せました.


明日は消火器を買いに行きます.


火元のお部屋の方はご無事だったようでよかった. でも今晩どこで寝るんだろう...とリアルな心配をしてしまいました. 


みなさまも火災には十分に気をつけてください.


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2017年のスタート

あけましておめでとうございます.


先ほど,英語で新年の挨拶のメールを書いていて,"Hope your new year is off to a great start."と書いたのですが,この "get off to a good start"(means to have a successful beginning; 「幸先の良いスタート切る,好調な滑り出しをする」)というのは,新年の始まりにふさわしい,何かとても素敵な言葉だなあと感じた次第です.


今日は,いつもにも増して空気が澄んでいて,ベランダから眺める景色が,いつもにも増して壮大で清々しく感じられます. 新年にふさわしいスケールで,これを見ることができただけでも,自分にとっては,"off to a great start"な2017年の最初の日になりました.

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今年は,CLILに関するプロジェクトを開始する予定で,対象をこれまでのAdult LearnersからYoung Learnersにシフトさせますので,新たな文献をたくさん読み込まなければなりません. お正月も論文を読もうと思ってプリントアウトしてきましたが,元旦の日というのは,論文を読むのに適さない雰囲気がありますね. というか自分が自分でそのような雰囲気を作っているのかもしれませんが. テレビの電源をオンにしますと,大好きな漫才の番組が終日繰り広げられていますし. うーん,サンドイッチマンはやっぱり安定感があって,最高におもしろいですねぇ. それと,最近の注目株は,昨年のM-1でグランプリを受賞した銀シャリです. 昔から知っているので,長い間苦労してようやく手にしたグランプリは,何だか親のような心境になる喜びがありましたね. あっと,まだ一日が終わるまでに6時間あるので,論文1本は読むことにしたいと思います. 初マラソンも忘れてはいけません.

今年も,一層の努力を重ねて,実りある一年にしていきたいと思います. また,今年は,個人としてだけでなく,研究室として,プログラム全体,また大学全体に貢献できるような活動に積極的に取り組んでいきたいと思います.


 

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2016年を振り返る

12月28日.


2016年も残すところあと3日となりました.


ちょうど10年前の2006年のブログを読んでいたら, ハワイから一時帰国して,箱根や横浜を旅行したときの様子が書かれていて, あの旅行はハワイでの厳しい留学生活から逃れることを許されたひとときだったこともあって,本当に本当に心から楽しめた旅であったことを思い出し,ああ,あの旅行から10年が過ぎたのだなあ...となんだか感慨深い気持ちになるとともに,この10年は,本当にいろいろな出来事があり,自分の生活やキャリアがめまぐるしく変化した期間だったことを実感した次第です.


この10年の中でも,今年,2016年は,特に大きな変化があり,自分の人生にとって節目の年になったように思います.

2016年1月.  
現在の所属先である大学が准教授のポストを募集している記事を,J-RECINで見つけました. 着任が10月となっていたのが気がかりだったけれども(→ 年度途中で退職することに対する後ろめたさ. また,もしかするとすでに候補者が決まっている出来レースで,形式的に公募しているだけなのではという不安), 自分の専門性と経験が,公募要項から伝わってくる先方のニーズと合致するような気がして,応募することを決める.


2016年2月.
応募することを決め,書類の準備を始める.  指定されたエクセルシートに,履歴書,研究業績,教育業績,抱負のエッセイ,自薦書など,書き込んでいく作業に2週間程かけたような気がする. 作業をしながら,絶対にこのポジションを勝ち取りたい,いや,勝ち取りに行くんだという強い気持ちがわいてきたことを覚えている. そして2月下旬,明日から入試関係の仕事で身動きが取れなくなるという日の夜,あわてて福岡市内の郵便局に駆け込み,書類を送付した. そのときの,書留の記録は今でも大事に取ってある. 


2016年3月.
二週目の金曜日のお昼に,「書類審査を通過したので面接に来てほしい」というメールが届く.  まずは,書類作成に費やした時間と労力が無駄にならずに済み,次のステップにつなげられたことを嬉しく思った. 当日のスケジュールは,最初に模擬授業を行った後,研究発表,その後,英語と日本語の面接と続き,1時間ほどで終わる,と書かれていた. ここまで来たら絶対に勝ち取りにいかなくてはならないというさらに強い気持ちになる. しかし,3月末に行われる面接に行くために,すでにエントリーしていた四万十川マラソンと高知での宿泊をキャンセルしなくてはならなかった. あのとき,「この日は,四万十川マラソンの日なので面接は別の日にお願いできませんか」と返信していたらどうなっていただろうか. 考えるまでもない.  このメールを受け取った後から面接当日までは,研究発表のスライド作成と発表練習にほとんどの時間を充てたと思う. おそらく学会発表の時よりも丁寧な準備だった. 

面接当日は,研究発表より模擬授業の方が緊張した. 「面接官が学生を演じるので,当ててもらっていいですよ」と事前にメールで説明を受けていたので,遠慮なく,面接官の先生方を巻き込もうとしたのだが,「ではそこのあなた」と指名した先生がひどく困惑されておられたので(目も笑ってない),どうやら共通理解が構築できていなかったのだろうと即座に判断し,1人で淡々と進めることにした. その後,面接はフレンドリーな雰囲気で進んだと思う. 


2016年4月.
「委員会としてあなたを推薦するという決定に至りました」というメールが届く. よかった. 1月に公募が出た日からこの日まで約3ヶ月の間,ほとんどの時間を書類や模擬授業の準備,スライド作りに充ててきていたので,努力が無駄にならなかったことを心から嬉しく思った. しかし,まだ,最終の決定ではない. これから,教授会,全学の委員会での審議が続くので,追加の書類を提出してほしいということだった. 加えて,研究業績の「原書」を送付してほしいとのこと. コピーではだめで,オリジナルでなければならない,とのことで,例えば,辞書の場合は,辞書をまるごと郵送で送らなければならない. また,招聘講演の場合は,それを証明できる先方からの依頼メールを提出してほしいとのこと.  なんだか結構大変...と思ったが,実際,本当にこれらの作業は大変だった. しかし,新学期の授業が始まる前のことだったので幸いだった. この過程で,業績の出版月が間違っていることが判明したり(年は覚えていても月はうる覚えであることが多い),担当の先生にはご迷惑をかけてしまった. 


2016年5月.
学部の授業と大学院の授業と修士の学生の論文指導など,慌ただしい日々. ふと時間ができると,審査の結果がここで覆されたらショックだなあ...とついネガティブ思考になる.  


2016年6月.
一週目の金曜日に,「正式に採用が決まりました」というメールが届く. よかった. 絶対に勝ち取りに行くんだと決めてコツコツと取り組んできたので,本当に勝ち取ることができて純粋に嬉しかった. メールを受け取った後すぐ部局長のF先生にアポを取り,「9月いっぱいで退職したい」と伝える. F先生はドイツ語がご専門の先生だが,私の退職を「ああ,やはりこの時が来てしまったか」という言葉でひどく残念がってくださった. しかし,引き止めることはなく,新天地での仕事が決まったことを心から祝福してくださっているようだった. 私と同じ関西の出身の先生なので,関西の大学に決まったことを知り,「ぼくも戻りたいなー」とか少年のようなことをポツリとおっしゃっていた. この大学に不満があったわけでは決してなかったので,なんだか申し訳ない気持ちで一杯になった. でも,もう前に進むしかない.


2016年7月.
大学の転出が正式に決まったので,新しい場所で住む家をどうしようか考え始める. 約15年ぶりに故郷に戻ることになったのだが,幸いにも両親はまだ元気にしているし,同居して介護ということもまだ考えなくてよさそうである. 退職後,自分の家くらいはあったほうがいいだろうという意見もあり,マンションを購入することにした.  早速,SUUMOという分譲マンションの情報サイトに登録すると,ニーズに合ったマンション情報が日々送られてくるのである. なにこれ面白い! これまで無縁だった世界. 7月中,行き帰りの電車の中はいつもSUUMOのサイトを見ていた気がする. 間取り図を見ながらどんなマンションか想像する時間は楽しく充実しており,家探しがこんなに楽しいものだったことを生まれて初めて知る機会となりました. 

7月下旬の連休を利用して,SUUMOで見つけたマンションを見に行き,いくつか候補を見せてもらった後,純粋に「ここに住みたい」と思ったマンションを契約することに. 生まれて初めてローンを組むので不安も大きかったのだけれど,ここに決めて正解だったことを今,実感している.


2016年8月.
遅れていた論文の執筆を進めつつ,マンション購入に必要な手続きを行う. すべて初めてのことなので,正直なところ何がなんだか分からず,不動産会社の担当の方の言われたとおりに動くしかなかった. 「これってボッタクリじゃないんですか?」って聞きたくなる場面とか「ディスカウント!プリーズ!」とか言いたくなる場面が多々あったような気がするのだけれど,この項目はこの金額,この作業はこの業者,というようにあらかじめ全ての手順が決められていて,購入者の方は意見を述べることはできないしくみになっているように見えた.  しかし,不動産会社の方々は,このようなしくみがなければ生活できないのでしょうし,まあ仕方ないのでしょうね...と消費者に思わせてしまうしくみになっているんですね,きっと. 初めて見る大きな金額に頭がクラクラして不安にかられることもあったのですが,もう前に進むしかない. 印鑑をこんなにいろんな書類に押しまくったのも,これが初めてかもしれません. 非常に良い勉強をさせていただきました.


2016年9月.
転出に伴う諸々の作業が入りつつも,論文は二本書き上げることができた. 10月に入ると,きっと怒濤の忙しさになると思うので,とりあえず,形になってよかった. いよいよ9月末に引越である. 自宅と大学の研究室と,2カ所の引越があるので,荷造りは大変になるだろうなあと思っていたけれど,終わってみればそんなに大変じゃなかった気がする. これまで何度も引越をしてきているので,いつのまにか「荷造りのプロ」になっていたのかもしれない. 引越の業者さんにも,「段ボールへの荷物の入れ方と分類の仕方がうまいですね」とお褒めの言葉をいただきました. ふふ. どういう基準なのか分からないけれども,褒められると悪い気はしない. 

9月22日に大学の荷物を出し,翌日の23日に自宅の荷物を搬出. その後,25日に神戸の自宅で荷物を受け取り,27日に新しい大学で研究室の荷物を受け取る. こう書くと,なんだか大変そうに見えるが,あまり大変ではなかった. 片付けはそれぞれ一日で一気に終わらせた. 本当に引越のプロなのかもしれない. そのうち,自宅のドアにクロネコのマークがついているかもしれない. にゃお.


2016年10月
新しい大学での仕事が始まる. みなさんいい方々ばかりで,温かく迎えてくださる.  学生は前の大学のときと,レベルも授業の様子なども大きく変わらない感じ. 前任校と同じく,学士過程は,全学部の英語を担当するので,どちらかというと「英語は苦手」という学生層の方が目立つ印象.  ニーズが多岐にわたるので,それに応えようとするのは大変なのだけれども,学生が興味を持って取り組んでくれるのは自分の喜びでもある.  大学院の授業は,好きなことができてとても楽しい. 学究心のある学生がディスカッションに積極的に参加してくれることほど,有り難く充実したひとときはないと感じる.


2016年11月.
新しい大学はクオーター制を導入しているので,最終週に試験があった. 「試験がある」ということは,「試験を作る」ということと「採点をする」という二つの仕事が付随するわけですので,セメスター性のときより,仕事量が2倍になった印象を受ける. それは,学生も同じことなのだろう. なぜクオーター制にしているのか表向きの理由は聞いているけれど,それが本当に必要なことなのか理解できないでいる. 理解して納得するのにもう少し時間がかかりそう.  


2016年12月.
今年最後の月になった. 1年の経過を文字化してみると,短い間に本当にいろいろなことがあった1年だったし,新しい大学での仕事や15年ぶりに故郷に戻ってこれたことやマンションを購入したことや,自分にとっては大きな出来事が起きた1年でもあった. 前の大学で一緒に仕事をしていた同僚の先生がこのクリスマス休暇に神戸に遊びに来てくださり,福岡を去った後も,ご縁が続くようなお友達を作れたことも,自分にとっては大きな出来事だった. これまで引越が多かった分,「一期一会」的な関係で終わってしまうことが多かったので.


2016年が素晴らしい一年になったことに感謝しつつ,お世話になった方への恩を忘れず,2017年も努力を重ねて,さらに良い一年にしていきたいと思います. 3月にマラソンを逃してから練習がおろそかになっているので,こちらも練習を再開しなければ.

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新しい環境

この10月に移った大学は,クオーター制を導入しているため,先週は,第3クオーターの期末テスト,そして,インターバルなしに,本日から,第4クオーターのスタートです.


これまでずっとセメスター制に慣れてきましたので,8週間ごとにテストをして,単位を出す,というクオーター制の仕事は,結構きついと感じます.


学生さんにとっても,8週間ごとに全ての科目で単位認定のための厳密なテストを受けるというのは,きついのではないでしょうか. 大学生活が「テスト漬け」になってしまうような.


そして,努力したわりには,たった0.5単位しか取れない. 教員側も,たった0.5単位だと,あまり過度な負荷はかけられないので,課題の出し方なんかもちょっと考えてしまいますね.


いったい何のためにクオーター制にしたのか,正直なところ,よく分かっていません.別にセメスター制のままでもよかったのではないかなあと思えて仕方ないのですが. 


全学の英語を担当している工学部の1年生の男の子なんかは「は?留学?きょーみなーい」って感じです.笑. 実際,全学を見渡してみると,海外とか国際交流とかに大きな関心を持っている層の方はごく少数なんですよね. 私立大学の国際文化学部などとなるとまた状況は全く違うのでしょうが.


慣れないクオーター制に加えて,新しい環境では,これまで通りに行かないこともあり,心理的なプレッシャーを感じることも少なくなく,一日を無事に終えることで精一杯. 新任といっても,もはや中堅の領域の年齢ですので,同僚のみなさんも,「さっちーさんはもうベテランなので大丈夫ですよね」という感じで接してくれていますが,こういうのも,ああ,もはや弱音は吐けなくなってきたのだなあ…と再確認することになり,心がポキッと折れそうになるのですが,折れてはいけないので,気力で乗り越えている感じ.


今日は,第4クオーターの初日ということもあって疲労感が大きい. そういえば,今年の流行語(女子高生版)に「〜み」というのがランクインしていたのですが,「やばい」や「きもい」などのネガティブな言葉に「み」を付けることで柔らかくなるのだという. 疲労感が大きみ
  

ぜんぜん柔らかくならない.


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折り返し点


同僚のK先生が,毎週発行しているニュースレターに,素敵なエッセイを投稿されていました.


忘れてしまうともったいないので,ここに引用させていただこうと思います.


第3クォーターのテスト期間がはじまり、後期も折り返し点です。
マラソンでは21.0975kmで中間地点がやってきます。その時点で3時間の
場合にはどう転んでも(というかどう走っても)6時間を切ることは難しく
なる...と思っておりました。が、中には後半が前半よりも早くなる場合
もあります。30㎞あたりですいすいと抜かしていく人もいますもん。
半分すぎたところで、大体の見通しを立ててしまう(それもたいてい
マイナスの展望を)のはまったくもったいない話だなと思うのですよ。
それがたかだか10キロ地点であればなにをかいわんや。みなさんがんばって
くださいね。(ちなみにわたしはもう30キロ地点なので、そろそろ
景色と給食と休憩を楽しみながら走ります。)


確かに,折り返し地点を過ぎると「大体の見通し」をつけてしまいがちです. 


しかし,K先生が書かれているように,フルマラソンでも,「後半が前半より早くなる層」が必ずいます.


早々と見通しをつけてあきらめるのはもったいないことなのかもしれません.


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新天地

引越しが終わり,新しい街での生活が始まりました.


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山の手の眺望の良い場所にあるマンションを買いました.


生まれて初めての大きな買い物で,決断に時間がかかったのですが,


将来の自分への投資(老後)のつもりで,賃貸ではなく分譲を購入することにしました.

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住み始めて二日目,これまでにない充実感が得られる場所で,決断してよかったと思っています.


借りているのではなく,「自分のもの」なので,大事にしようという愛着みたいなものもあります.

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裏はすぐ山なのですが,窓を開けると木の香りがします.


南側は大阪湾から紀伊半島まで眺めることができます.


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ご住所を把握している方々にはご挨拶のおはがきをお送りします.


部屋のスペースも比較的ありますし,景色もきれいで快適に過ごしてもらえると思うので,ご招待できればと思っています.


今後ともよろしくおねがいいたします.

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福岡の思い出(2): Bills


大学院生の方々と,7月に福岡にオープンしたばかりのBillsに行ってきました.


「世界一の朝食」と世界で称されているBillsのパンケーキをいただいてきました.


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このパンケーキをいただくのに,何時間も待たなくてはいけない日もある人気店だそうで,


だいぶ前からこの日の壮行会を企画・調整してくれた大学院生のみなさんに本当に感謝です.


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2年前に,初めて大学院担当になり,


最初は院生の指導が自分にできるのだろうかと不安でいっぱいだったのですが,


結果的に,このような素晴らしい学生さんと出会うことができ,大学院での二年間の指導で自分が学んだことは計り知れません.


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教えることは,学ぶこと.


このような素晴らしい学習環境を与えてもらっていることに,本当に感謝しなくてはいけないと心から思います.

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福岡の思い出 (1) 「かうひいおいひい」

福岡での生活も,残すところ後一ヶ月となりました.


2012年4月に赴任して4年半,


大学と自宅の往復の毎日だったとはいえ,4年半もいると,それなりに愛着も出てくるものですね.


あまり出歩かなかったのですが,よく行った場所,思い出になりそうな場所を,ここに記録として残していきたいと思います.


今日はこちら.


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自宅から徒歩数分のところにある喫茶店「かうひい屋」.


夜9時まで開いているので,仕事帰りに論文を読む場所として使わせていただきました.


「かうひい屋」って,ああ!「コーヒー屋」のことだったんですね!と理解するのに,最初は数秒,時間を要したような気がします.


ここのチーズケーキは手作りで少し形が崩れているのですが,昭和時代に白いエプロンをしてパーマをかけたお母さんが家で焼いてくれたような何か懐かしい優しいお味がします. 


かうひいも,ちいずけいきも,おいひい〜!


一度言ってみたかったという理由だけで書いてみまひいた. あれ.

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転出

9月末で,現在の所属の大学を退職し,10月より,別の大学に転出することになりました.


福岡に来て4年半.


毎日が新しい経験の連続でした. 初めてのカリキュラム開発,初めての大学院担当,初めての共同研究,初めての広報委員,初めてのフルマラソン,初めてのマンションの鍵喪失(おいおい)などなど.


これらの様々な新しい経験の積み重ねで,確実に,前に前進できたように思います. 


この経験がなければ,今回の別の大学への転出の機会も勝ち取れなかったと思います.


4年半で築いたものを土台にして,新しい大学でも,さらに前進できればと思います.


とりあえず,転出にあたり,膨大なペーパーワークが舞い込んできておりまして,すでにヘトヘトなのですが,乗り切ろうと思います. 

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新学期

新学期が始まり,二週間が過ぎた. 


そして,どの授業も無事にWeek2が終了.


もう長く教員の仕事をしているけれど,いまだに新学期の授業は緊張する. 学生さんの方も「この授業の先生はどんな人なんだろうか」という感じで,はりつめた表情でこちらをじっと見つめており,さらに緊張を煽られる. 一度も経験したことがないけれど,たぶん,「お見合い」というのも,こんな感じなのだろう. 「どんな人かな」,「どんな条件なのかな」,「運命の人なのかな」というように,教員と学生の間で心と心の話し合いが繰り広げられるのである. まあ,この場合は「運命の人」までのぼりつめなくてもいいのですが.


今学期は,学部の授業が4つ,大学院の授業が1つ,あとは修論の個別演習などで,教室での授業は5つなのだが,Week2が終了した時点で,今学期も良い学生さんに恵まれ,良い教室環境を作っていけそうな気がしています. そういう意味では,「運命の人」に出会えたと言ってよいのかもしれません. 学生さんの方にもそう思ってもらえているとよいのですが. やはり,新学期の教員と学生の関係は,お見合いをする男女の関係と似ていますね. 改めて有り難い仕事につけていることを実感します. 


今学期,金曜日は授業が入っておらず,会議がなければ一日をリサーチにあてられる唯一の日です. 今日はそんなわけで一日自分の勉強をして過ごしました. ジャンル別の言語的特徴を調べるのに,これまでコーパスはTextSTATを使っていたのですが,ハワイ大学で教えてもらって使い始めたこのTextSTATは,日本では主流ではないのか,いつも「は?」とか「え?」という反応を受けるので,アンソニー・ローレンス先生のAntConcを使ってみることにしました. 


初めてのツールを使い始める時にはよくあることですが,説明書通りに行くことが少なく,何度も壁に打ち当たったのですが,アンソニー・ローレンス先生が,You Tubeに使い方についての動画をアップしてくださっており,これが大変役に立ちました. なんと,Tutorial 1からTutorial 10まで,項目別に丁寧な解説をアップしてくださっている. 説明もとても分かりやすい. 一流の人というのは,仕事がきめ細かいですね. それに「アンソニー・ローレンス」という名前がかっこいいではないか. 私の世代の女性が「アンソニー」と聞けば,間違いなく,かけっこスキップ大好きキャンディ・キャンディに登場する「アンソニー」,別称,「丘の上の王子様」である. ちなみに,アンソニーの趣味は,薔薇の品種改良である. 農学部出身なのだろうか. 


新しいことを学べた日,プロダクティブな日というのは,充実感がありますね. キャンディ・キャンディのアンソニーのことまで思いを馳せることができました. 良い一日に感謝. ブログの内容が支離滅裂.


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記憶に残る日

最近お会いした方に,「最近ブログ書いてないんですね」というお言葉をいただき,おおそういえばそうだったと,一時は(ハワイに住んでいたときは特に)毎日のようにブログを綴っていた記憶が蘇ってきたのである. 


記憶というのは不思議なもので,何かのきっかけで突然ぶわっと蘇ってくることがある. それはまるで,長い間冷凍保存されていたものが熱湯を注がれて勢い良く溶け出す瞬間のようでもある. お正月に高校の同窓会に参加したのだが,クラスメイトの花神(はながみ)君の顔を見て(それは約20年が経過し確実に変化を遂げていたのだけれども),私は瞬時に「ネピア君」という当時の彼のニックネームを思い出すことができたのである. かれこれ20年の間,ネピア君のことを思い出すことなど一度もなく,それは高校時代の記憶として瞬間冷凍されたままになっていたにも関わらずである. 同窓会というホッな熱気が瞬時の解凍を可能にしたということなのかもしれない. ちなみに,「ネピア君」というのは,彼の名字である「花神(ハナガミ)」が「鼻紙(ハナガミ)」という音声と同じであることに由来している.


久しぶりのブログが,なぜ「記憶」の話から始まっているかというと,昨日経験した,大ピンチとも言える出来事が,長期記憶として残すにふさわしく,今後このブログという場所にくれば瞬時に解凍(再生)できるように,ここに書き留めておこうと思ったからである.


さて,「大ピンチ」とは何だったかというと,それは次のとおりである. 


昨夜,21時頃. いつものように,帰宅後にランニングに出かけ,6キロ程走った後で自宅のマンションに辿り着き,オートロックのマンションを解錠しようとして,ポケットに手を入れた時のことである.


ない.

ない.

鍵がない.


フフフ. こんなことはよくあることで,走っている間に,きっとポケットの端っこの方とか,どこか分かりづらいところへ入ってしまったのさ... さあ隠れてないで出ておいで...


しかし,ポケットをひっくり返し,体中のありとあらゆるポケットをまさぐりつくし,しまいには,軽くぴょんぴょんとジャンプとかしてみたりしたのだけれども,ないのである.  所持品はWalkmanのみ. 携帯もお財布も全部家の中に置いてきてしまった.


...落ち着け


落ち着こう.


落ち着かなければならない.


ランニング中に落としたのならば,同じコースを戻ればきっと見つかるはずである. そうきっと見つかるはず... そして,同じ6キロをもう一度戻ることにしたのである. しかし,今回は「落とした鍵を見つける」という重要なミッションがあるため,ゆっくり歩き,そして目線は常に下,獲物を狙う猫のように瞳孔は常にオープンの状態でなければならない. 一体全体,こんな夜中に(時間は23時を過ぎていた),前屈みで瞳孔をギラギラしながら獲物を探している人なんてただの変質者じゃないのか. しかし,そんなことも言っていられない. 私はおうちの中に入りたいのである.


そして,6キロを引き返す作戦を遂行したのであるが,努力もむなしく失敗に終わった. 原因は,「夜道は暗くて見えない」という単純なものであった. 暗闇の方が視力の真価を発揮するという猫さんの特徴をヒトも備えていれば,この作戦は成功したに違いないであろうに. そんなことを思いながら,マンションの前で呆然と立ち尽くす. 管理会社に連絡を取りたいが,携帯電話もお金も家の中である. 次の作戦を考えなければならない. 考えられるのは,仮にベランダ側の窓の鍵が開いていたとして,3階のベランダまでまるでスパイダーマンのごとくよじ登り,そこから部屋に戻るという方法である. しかし,深夜0時過ぎに,壁をよじ登っている姿を万が一目撃され,しかも通報されてしまった場合,私は現在は立場のある仕事をしているので,恐らく西日本新聞あたりに記事にされてしまう可能性がある. 「○○大学准教授,マンションの外壁をよじ登り通報される」. この作戦は却下だ.


次なる作戦はいかようにすべきか. 私の頭の中には "problem-solving skills"(問題解決能力)という,昨今の大学教育で重視されているこのスキルが頭の中を駆け巡っていた. 「実生活において応用できる問題解決能力の育成が重要だ」って自分がよく学生に言ってるではないか. 「鍵を落としてしまう」という問題をいかにして解決するか. 自分に課されたこのタスクを悲観せずに楽しもうではないかという気になってきた. そして,実行した次なる作戦は,「警察に行くこと」であった. 警察に行って,次の2つの選択肢のうちのいずれかを実行するのだ. ①電話を借りて管理会社に連絡する,②落とした鍵がどこかの交番に届いていないか調べてもらう.


私のマンションがあるS区の警察は,走って5分くらいのところにある. すでに0時を過ぎていて街はひっそりとしていたのだが,警察署の中に入ると,エンジンフル稼働中. 「鍵を落としちゃってエヘヘ」なんてことを言うのが恥ずかしいくらい,あちこちから110番通報が入ったり,相談にやってくる人びとがいて多忙な様子であった. 「どこどこの駐車場で40代くらいの男性が泥酔して暴れている模様!」とか「どこどこの公園で中学生と思われる男子生徒4名が大声を出して暴れている模様!」とか「どこどこのマンションから言い争う声が聞こえ男女が暴れている模様!」とかいう声が飛び交っていて,110番通報ってこんなに頻繁に入るものなのだなあということを学ぶ機会になりました. それにしても,夜中に暴れてる人って多いんですね.


また,私と同じように,紛失したものを探すために警察署に相談に来ている人もいた. ご年配のご夫婦でこんな時間にどうしたのかなと思っていると,福岡で一人暮らしをしている息子さんと連絡が取れなくなったとのことで,捜索願を出しに,実家のある他県から来られているとのことだった. 一人暮らしの部屋は鍵がかかっておらず,中に入ると,銀行のカード二枚と暗証番号が書かれたメモがテーブルの上に置いてあったとかそんなことを話していた. 早く見つかってほしい. 何だか,鍵の紛失なんてどうでもいいことのように思えてきた.


次から次に通報が入ったり捜索願が出されたり,深夜でもめまぐるしく動く警察署の中で,鍵がなくなってしまって...という相談をするのが躊躇われたのだけれども,男性の警察官の一人が,「いいえ,家の中に入れないというのも深刻な事件です」などとグッとくる言葉をかけてくださる. きゃ. 制服効果も加わり,好きになってしまいそうになりました. かっこいー. 


ハズバンドがポリス・オフィサーってなんかかっこいいよねなどと妄想を膨らませていると,その素敵なポリス・オフィサーが,「Satchyさん!○○の交番に鍵が届いているみたいです!ちょうどランニングコースと重なるところなので,これはSatchyさんの鍵かもしれません!今から写真を撮ってデータを送ってもらいますのでもうしばらくお待ちください」と,暗闇が一気に明るくなるような一言を言ってくださる. 道に落ちていた鍵が交番に届けられるなんて,そんなことが本当にあるのか. 日本は「奇跡の国」としか言いようがない. これが自分の部屋の鍵でなかったとしても,自分が生まれ育った国が「奇跡の国」だと確認できたことだけでもう十分だ. いや,そんなことはない. やっぱり自分の部屋の鍵であってほしい. 


いろいろな思いが錯綜する中,その交番から鍵の写真のデータが送られてくるのを待つ. 待つこと30分. 写真撮影してデータを送信するのにそんなに時間がかかるなんて,ポリス・オフィサーは,ITに弱い人たちなのかもしれない. いや,単純に夜中の110番通報をさばくのに忙しかったのかもしれない. プリントアウトされたA4サイズの紙には,一面に鍵の写真が印刷されていた. こんなに大きくズームされた鍵を見たのは生まれて初めてだ. でも,鍵ってみんな同じような形をしているから,この写真の鍵が果たして自分のものなのかどうか判別することはできないんじゃないか. でも,何か違うような気がする. 鍵の頭の部分がこんなに平たくなかった気がする. それに,銀色じゃなくて金色だった気がする. いや,やっぱり銀色だったっけ. うーん. かすかな記憶をたよりに,自分のマンションの鍵の形を頭の中に描いていく. はたと気がついたことがある.  こういう時のために,キーホルダーというものが存在しているということだ. 鍵の頭にホルダーをつけたとたんに,その鍵は別の鍵とは明確に異なるアイデンティが付与されるのである. 甥っ子にもらった奈良の大仏のキーホルダー,あれつけとけばよかった. 

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結果,この写真の鍵はどうやら自分のものではないらしいことが判明した. この時点で時間はもう深夜1時を過ぎていた. 管理会社に電話したが留守電になっていたため,作戦の①も②も失敗したことになる. なんてこった. それではもうベランダからよじ上る作戦しかないのか…と思っていると,先ほどのナイスなポリス・オフィサーが,こんな画期的な提案をしてくれた.


「カギの110番にお願いしてはどうでしょうか」


え? カギのひゃく・とう・ばん? そんなものがあるんですね. じゃ先に言ってよと思わなくもなかったのだが,1時間ほど待っている間に地元の交番にナイスなポリス・オフィサーが存在している事実を知ることができたし,何より,深夜の警察署がこんなにも忙しく,そして様々な人間模様であふれる空間だったということを学ぶことができたので良かったとしよう.  カギの110番というビジネスがあることを恥ずかしながら知りませんでした. そういえば,家だけじゃなく,車やバイク,金庫,スーツケースなど,「鍵」を使う場面は多い. たった1本の鍵が大切なものを守るという重要な役割を果たしている. でも,紛失してしまったとたんに,中の大切なものにアクセスできなくなる. そういえば,1歳3ヶ月の子どもが家の中で鍵を閉めてしまい,その子どものお母さんが外に閉め出されたという話を聞いたことがある. カギの110番というのは,このように外に閉め出された人びとを助けることをミッションとしたビジネスらしい. しかしスペアキーがないのにどうやって鍵を開けるのだろうか.


ポリス・オフィサーが,福岡市内のカギの110番に連絡を取ってくださり,深夜2時近くになっていたにもかかわらず,すぐにかけつけますというお返事をいただく. 24時間対応ってやはりすばらしい. マンションに戻ると,鉄の工具箱を持って,暗闇の中,マンションの前でじっと立っている男性がいた. この人がカギの110番さんか. 工具箱と身体が一体化しており,ベテランの風貌が漂っている. しかし,鍵開けのベテランってドロボウさんと表裏一体のような気もする. そのあたりについてご本人のコメントを聞いてみたい.


そんなことはさておき,早速,鍵開けの作業が始まった.  そもそも鍵がないのにどうやって開けるのだろうというのが素朴な疑問だったのだが,鍵がなくても鍵を開ける方法があるのだという. セキュリティ上の理由からここで詳細を書くことはできないが,それは,極めて原始的な方法だった. しかし,それは極めて高度で極めて繊細な熟練を必要とする技術であった. 「この部屋の鍵はちょっと難しいかもしれません」とカギの110番さん. 何か似たようなこと言う人をどこかで見たような気がする.  そうだ,病院だ. これって難しい手術を控えた外科医と同じではないか. 失敗に終わったらどうしようかと心配して待ち続ける状況も,手術室の外の光景と似ている. 作業を始めて約10分後,カチャンという音とともに,部屋の扉が開いた.  手術は成功だ.


鍵が開いたことが嬉しかったのだが,それ以上に,カギの110番さんの高度な技術に魅了されてしまった.  とっさに,「この技術をどこで身につけたのですか?」と質問する.  すると,カギの110番さんがこう答えた.  


「学校です」


え? 学校? 鍵開けを指導する学校があるのか. でもそれって,見方を変えれば,ドロボウさん養成学校とも言えるのではないか. 同級生にそちらのキャリアを選んだ人はいないのだろうか. でも「ドロボウもいけますよね」なんてことは失礼になるのでだまっていると, カギの110番さんの方から,ドロボウさんの話を切り出してくれる.  なんでも,ドロボウさんに入られないようにするためのコツがあるということで,こちらも極めて原始的な方法だったのだが,ドアのある部分にあることをすると良いのだという.  なるほど,やはり,学校で明示的な鍵開け指導を受けたカギの110番さんは,ドロボウさんが及ばない高度な技術を持っておられるのだ. それにしても,世の中にはまだまだ知らないことがたくさんある. 未熟である事を受け止め,常に謙虚でいなければならないと実感した.


カギの110番さんに御礼を言って部屋の中に入ったときには,もう夜中の3時近くになっていた. 体はクタクタになっていたはずなのだが,警察署の中で見た様々な人間模様とか,グットくる名言を言ってくれたナイスなポリス・オフィサーとか,カギの110番さんの存在とか,恐るべし高度で緻密な鍵開け技術とか,鍵開け技術教育のための学校があるとか,これまで知らなかった新しい世界に触れることができ,何かとても爽やかな気分だった.  たまにはこういうのもいいかもしれない. しかし,もう絶対,鍵は落とさない.


何年後かにこの出来事が鮮やかによみがえってくるように,ここに書き留めておく. 


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Mixed Methods


週末,混合研究法学会のアジア大会に出席してきました.


「こんごーけんきゅーほー(混合研究法)」と日本語で聞くと,「は?」という反応が返ってきそうなのですが,要するに"Mixed Methods"(質的分析と量的分析を統合したアプローチのこと)です.


日本語で「混合研究」というと,なんか違和感が拭えないのですが,たぶん「混合」というのがしっくりきていないからなのかなと思います. 個人的には「統合 (integration)」とか「融合 (combination)」とかの方がいいような気がしますが.


混合研究法学会は,これが初めての参加だったのですが,こんなに学ぶことが多く有益だった学会は,ここ数年で,いや,正直に言うと,これまで参加した学会の中で初めてだったかもしれません.


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青山学院大学の抱井(Kakai)先生は,ハワイ大学のがん研究センターで研究員をされたご経験がある方で,博士論文は,ハワイ在住の日系人の癌患者の方を対象に,質的・量的アプローチを統合した手法で研究を実施されたそうです. 今回の学会では,「混合研究法としてのGroundedなテキストマイニングアプローチ」というタイトルでワークショップを開催してくださいました. 


私は,質的研究については主にMAを取ったモナシュ大学で,量的研究についてはPhDを取ったハワイ大学で勉強したのですが,別々の場所でそれぞれ別々の先生から学んだせいもあるのか,質的アプローチと量的アプローチがこれまで一つの線で有機的につながっていませんでした. つまり,世界を捉える哲学的な観点から,この二つの研究手法を考えたことがなかったということです. ですが,今回の抱井先生のワークショップに参加したことで,これまで別々に理解していた二つのアプローチが一気に一本の線でつながりました. 二つのアプローチが別々のパラダイムだった1960年代から,実証主義,ポスト実証主義,構成主義へのパラダイム・シフトとともに,混合研究という考え方が構築されていった経緯を,丁寧にご説明いただきました. 多いに,本当に多いに感銘を受けました.


個人発表も,さすが研究法を大事にしている学会だけあって,みなさん,「メソッド」の部分にいちばん時間をかけておられました. 「私はこんな質的データと量的データを統合し,こんなメソッドを使って分析をしました.このメソッドで得られるexpected resultsはこうなります」というように,非常に論理明快にメソッドの重要性をお話してくださいました. 


同じ現象であっても,どのようなメソッドを用いるかで,得られる結果は変わってきます. 研究というのは,これまで見えなかったものが見えるようなったり,理解できなかったものが理解できるようになることを目指すものなので,こうやって,一人一人が独自のメソッドを発信し,それを共有することでよりよいメソッドが開発,構築されていくという学会の考え方,信念には多いに賛同します.


よく参加している自分のフィールドの学会とは雰囲気が全く違っていて,disciplineが変わると学会の雰囲気もこんなにちがうんだなあ...という新鮮な発見がありました. 


会場の立命館大学いばらきキャンパスは,今年の4月からスタートした新しいキャンパスのようです.キャンパスの施設は,地元の人も利用しやすいようにしているようです. 日曜日の芝生の公園では,子ども達がサッカーをしていたり,スターバックスでは家族がお茶を飲んだりしていて,こんな風景が大学にあるのもいいものだなあと新しい大学の形を見たような気がしました. 


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非常に実り多い二日間でした. 本当に勉強になる学会なので,毎年参加したいと思います.


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レム睡眠

国際混合研究法学会に出席するため,大阪に来ました.


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新大阪駅を降りたところにある「レム新大阪」というホテルに宿泊していますが,最上階のお部屋からの夜景がきれいです.


「レム」と聞いてすぐになんだか睡眠みたいな名前だなあ...と思ってしまったのは,「ノンレム睡眠」という用語のせいでしょうか.

しかし,レム新大阪のブローシャーを読んでいたら「上質な眠りにいざなうホテル」というキャッチコピーが. やはりそうだったのか.


今日は良く眠れそうです.

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男子バレー

渋谷駅構内に大型のポスターが貼られていたので,思わず撮影してしまいました.


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バレーボールは経験がありルールが分かることもあって(学内球技大会に出ただけだが),好きなスポーツの一つですが,


今年の男子バレーは,いつになく引き付けられました.


男前であることに加えて,打点328cmの美しいバックアタック.


石川佑希選手は,ほんとに美しかったです.うひ.


いやー,この書き方おばちゃんですねぇー...


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