無限の探求

今学期,大学院の演習で,「質的研究法 (Qualitative Research Methods)」を担当することになりました.


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質的研究の実践の経験はありますが,学生向けに講義を担当するのはこれが初めてなので,15週間の授業プランとシラバスから,講義のスライドやワークシートにいたるまで,すべてゼロからのスタートです.

毎週かなりの量のリーディングを課しているのですが,それでも学びたいという熱意のある院生が4人履修してくれることになりました(初回のオリエンテーションはもっとたくさんいたように思いますが...).学生の国籍は,日本,中国,アメリカ,モーリタニアと多国籍で,授業はほぼ英語で進めることになりました. 

学生にリーディングを課したということは,当然のことながら教員の私もそれを読んでいかないといけないのですが,加えて講義スライド作る作業もあり,3週目にしてすでにヒーヒー言っております(泣).


でも,研究方法の理論的枠組みの本や論文を改めてじっくり読み返しながら(大学院生の時以来かもしれない),再発見したり再確認したりすることが多く,非常に良い勉強になっています.


勉強というのは果てしのない探求だなあとしみじみ思います.「大学教員になる」という運をつかむことには成功したけれど,ほんのスタートラインに立っただけのこと. 知識は増えても,本を読む度に自分がいかに知らないかを痛感させられるし,研究歴や教育歴が増えても,今でもやっぱり悩み,もがき,苦しんでいます. でも,最終的な答えが出るか出ないかわからない無限の探求であるからこそ,続ける意味があって,だからこそ,大学とか大学院といった場所があるのかもしれないな,と最近そんなことを思います. この無限の探求の前では大家も初心者もなく,教員は「こうしなさい」と決めつけたり一つの答えを教えるのではなく,「こういう状況だったらどうする?」と問いかけ,一緒に考える,あるいは「取り組み方」を伝える,教員にできることはここまでではないかなと. でも,これは一つの答えを教えることより,とても難しいことではあります.


勉強や研究が果てしのない探求であることと同様に,一人ひとりの生活の中にも,どうにもならないもの,どうしようもできないことってあると思います. それに打ちのめされる体験を反芻しつつ,それでもその中に一条の光を見つけだそうとすることが,与えられた人生を生き抜くということなのかもしれません. 暗黒時代が長く続いても,時間はかかっても,いつの日か一条の光を見つけ出せる日が訪れて,そのときに自分の余白というか糊代が拡がっていればいいなあと.


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衝撃的なパン

同僚のアメリカ人の先生から,手作りのパンを差し入れしていただきました.


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これって何かなと思って「カニですか?」と質問したら,「違う,クワガタだ」とのこと(汗).


なんでクワガタにしたのかなあ(お腹の中に入ってしまったらカニでもクワガタでも普通のチョコパンでも結局同じなのになあ)...とかいろいろな疑問が頭の中をかけめぐりましたが,忙しい合間をぬってクワガタパンを焼いてくださった先生の気持ちがうれしかったです.


でもごめんなさい,怖くて食べられない(泣).

衝撃的過ぎたので紹介してみました(悪意はありません).


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すきま時間で

本年度二回目の会議で,今週末もこの場所にやって来ました.


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長期間の出張が毎月何回もあるのは大変そうだなあ…と思っていましたが,自宅を離れてホームマネージメント業務から解放されることで,意外と「すきま時間」が確保できることに気がつきました.


外食になるのでお料理をしなくていいし,お皿やお鍋を洗わなくて済むし,窓ふきをしなくていいし,洗濯機を回して洗濯物を干さなくてもいいし,何より,ホテル滞在なので,不在の間にベッドメイキングの方がお部屋を掃除してくれていて,戻るとお部屋がきれいになっているという有り難さ. すごい! 


これらの諸々のホームマネージメント業務に,普段は意外と時間を割いていたのだなあ…と改めて気づきました. 


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ホテルの近くに,居心地のいいカフェがあって,コンセントも使えるので,夜はここにMacを持ち込んで,少し仕事をしてからお部屋に戻るようにしています. 自宅の近くには夜遅くまで開いているカフェがないので,こういうカフェが滞在先の近くにあることも,出張のメリットなのかなと気づきました. 


カフェで仕事をしていると,隣のテーブルにいた女子大生二人の会話が耳に入ってきました. 今年就職活動を始める二人らしく,希望職種は二人とも,航空会社なのだそうだ. (というか盗み聞きはあきませんな) 自分も同じ年齢の頃に,フライトアテンダントを志したことがあり,今も昔もやっぱり飛行機に乗るこのお仕事って女子大生が憧れる職業なのだなあ…と少し感慨深い気持ちになった盗み聞き野郎です. 


21歳の頃にフライトアテンダントを目指した自分も,いろいろな紆余曲折があり,現在の職業に就き,こうして毎月この場所に出張に来るようになりました. もしフライトアテンダントになっていたら,今,こうして出張でこの場所に来ることもなかったのでしょうし,あの仕事もこの仕事もできていなかったのだろうと思うと,やはりこの道に進んでよかったのかもしれないと思ったりしました. 盗み聞きが,自分の人生を振り返る思わぬ機会となりました.


ところで,女子大生の会話のディスコース分析をしていますと(ガチの盗み聞き),「それな!」という語がかなり高い頻度で登場することに気づきましたが,「それな!」ってどういう文脈で使う単語なのでしょうかね.


この三日間の会議もなかなか濃厚になりそうですが,「すきま時間」というごほうびが得られたことに感謝して,出張期間を充実させたいと思います. それな!

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Things happen for a reason

新年度,最初の大きな仕事がひとまず終わりました. 東京の某所で3日間の会議.


大学教員になって様々な仕事を経験してきましたが,本年度担当するこの仕事は,まったく未知の領域. 何から始めていいのかさっぱり分からず,とりあえず,今回は,経験者の先生方のやりとりを聞くだけで終わってしまいました. まさかの「貢献度ゼロ」の展開... いらねーって言われそう(笑).


しかし,貢献できなかった割にはものすごい疲労感でグッタリ. 大学を卒業したばかりの新卒の新入社員が初出勤した日ってきっとこんな気持ちなのかもしれない.


仕事中,なんで引き受けてしまったんだろう...という後悔の気持ちがついつい出てきてしまうのを抑えることもエネルギーが要った. 自分の成長のためにチャレンジングなことをあえて選ぶようにしてきたつもりだが,今回はなぜこんな気持ちになってしまうのだろう. 


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たぶん,年月の経過とともにある程度の経験値ができ,大学の中の仕事にも慣れてきて,ここ数年は,いろいろな仕事が自動化・ルーティン化されてきていたのかもしれない. 新しい仕事であったとしても,何となく経験値でてきてしまうレベルのことが多かったように思うし,もしかすると,無意識に,何となく経験値できてしまうレベルの仕事しか選んでこなかったのかもしれない. 


今回の仕事のしんどさは,気づかないうちに「無難志向」になっていた自分に起因するのかもしれない. だから,怠惰になっていた自分にカツをいれるため,東京で戦ってこい!という意味で神様がこの仕事の機会を与えてくださったのだ(たぶん). というか,神様って…(突然クリスチャンになる人)


Things happen for a reason (理由があって物事は起こる)


という言葉があります. これまでの人生を振り返っても,その時は無関係のように見えていたことでも,後になって一本の線でつながるということが多かったように思います. その時はしんどいと思ったことでも,後になって選択肢が増えたり,素敵な人に出会う機会となったりで,必ず良いことにつながる. 物事にはちゃんと理由があるのですね.


今回の仕事も理由があって自分に与えられたのかなと思います(と思うようにします). 数年後振り返ったときに「最初はしんどかったけどやってよかった」と思えますように(と思うようにしないと). そのために最初はしんどい日が続くかもしれませんが,努力あるのみですね(はい).

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仕事の合間をぬって,春の表参道をお散歩してきました. メロンクリームソーダの美味しさにこの歳になって開眼いたしました. 

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Fake it till you make it

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明日から新年度が始まります.


ここ数年,年度が変わるごとに,新しく,そして自分にとっては大きな仕事が舞込むようになっていて,毎年この時期には,期待よりも不安の方が大きい前日を過ごしていて,でもとにかく前に進むしかないという気持ちで,余裕のあるフリをして,必死でその「余裕な自分」に追いつくよう努力する,そんなふうに新年度を迎えて来たように思います.


振り返れば、ハワイ大学から帰国して東京の大学に就職したときには,こんなブログを書いていたし,その後,福岡県内の大学に転出したときには,こんなブログを書いて決意表明をしていました. こうやって振り返ってみると,新しい年度ごとに,新しい経験をさせていただき,それを通して,自分の「のびしろ」が広がってきたように思います. といっても,わたしのようなヘナチョコ学者ののびしろですから,たいした広がりではないのですけれども. クク.


今年,2018年度も,自分にとっては初めての,そして割と大きな仕事が舞込んで来ました. 尊敬する恩師の先生が直々にオファーをくれたのだけれど,「いまの自分の実力で,こんな大役が務まるのだろうか」というのが,最初の正直な気持ちでした. でも,尊敬する先生が「自分の後任はあなたしかいない」と言ってくださったことで,もはや断る理由はなくなっていました. 心の中はビクビクだったのですが,オファーを受けて数分後には「やります」と返事をしていました.


「Fake it till you make it」  


という言葉があります. 日本語だと


「できるようになりたかったら,できるふりをしろ」


という訳になるでしょうか. 「無理かもしれない」と思える目標でも,とにかく「できるふり」をして努力してみる,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力する. この努力の継続と繰り返しが自分をどんどん大きくする,ということです.


私のようなヘナチョコ研究者であっても,人には恵まれていまして,周りには,年上に限らず年下の方も含めて非常に素晴らしい研究者の方々がたくさんいます. その方々の仕事への取り組み方をみていると,共通しているのは,この「Fake it till you make it」という考え方があるように思います. みなさん共通しておっしゃるのは


「最初から完璧にできる人なんていない.経験を通して成長する.だから,尻込みそうになる仕事でも,機会をもらったらとりあえずやってみる」


ということです.

プロである以上,「できるふり」をしたからには,本気になって,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力しなければいけません. プロと呼ばれる人たちは,おそらくみんなこうやって自分ののびしろを少しずつ広げていっているのだと思います. 

といいつつ,実は,早速数日後から始まる大きな仕事を前に,マイナス感情で押しつぶされそうになっています(いつもながら超マイナス思考!). なので,ここに文字化することで,自分を奮い立たせています.

Fake it till you make it.

できるフリをして,とにかくがんばります. 


みなさまにとっても,実り多い,素晴らしい一年になりますように. いえ,そういう一年にしていきましょう.


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富山

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先週末,富山大学で開催されたライティング研究に関する国際学会 (ESBB 2018 Symposium on English Academic Writing in a Global World) に出席してきました.

富山を訪れるのは,実はこれが初めてです.


富山というと雪山のイメージしかなかったのですが,実際,イメージ通りの風景が広がっていました.


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初めてみる雪山は,思っていた以上にスケールが大きくて,目の前に広がる雪山に吸い込まれそうになりました.

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山,山,山...どこを見ても山. そうか,だから富山なのか. そんなことを考えたりしました.


それと,週末なのに街に人がいないことが気になりました. というか,好き勝手言い過ぎでしょうか(汗).

 

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そんな富山には,アルプスの美味しいお水を活かすためか,美味しい珈琲のお店がたくさんあるのだそうです.


学会会場の富山大学の近くに,koffe というコーヒーのお店があることが分かったので,学会の合間をぬってお散歩がてら足を運んでみました.


最近,ちょっとしたきっかけがあって,コーヒーの世界に魅了されつつあります.産地や焙煎の仕方などいろいろなファクターによって,味や風味,コクがいかようにも変化するところが深くて面白くてそして哲学的でもあって,もっとその世界を知りたくなっています.


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「青空」というさわやかな名前のブレンドを注文してみました.


一口飲むとさわやかな味わいが口の中に広がって,名前の通り,さわやかな青空が広がっていくような気がしました.


学会で,研究者仲間のI先生の講演を聴けたことに加えて,初めての富山で見たインパクトのある雪山,人がいない街(まだ言ってる),koffeの「青空」,いろいろな新しい経験ができました.


3月末. 新年度に切り替わる前に,こうした経験を通して気持ちを新たに,また新年度からも頑張ろうと思えました. 

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研究の意味

久しぶりに自分のブログを読み(放置状態!)、日々の出来事やその時の思いを書き留めておくことって大事だなあと思い(文字化しておかないと消えてしまう)、最近のことなどを書いてみることにした. 


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昨年の夏に, 某小学校でライティングのデータを取らせていただき、少しずつ分析を始めていたものの、なんだかんだ言い訳しつつ(「授業準備に追われて研究の時間が取れない」 「まとまった時間さえあれば書けるのに」など、困った研究者の典型的な言い訳)、論文としてまったく形にできていない状態がつづいていた.


2月中旬に学期末試験の採点と成績入力が終わり、ようやく頭が研究モードに切り替わったので、毎日少しずつ文章を書き、その過程でもう一度データに戻り、また文章を書き、またデータに戻り… という日々を過ごしている.  


研究というのは、決して直線的(linear)でなく、行きつ戻りつ(recursive)なプロセスだなあ... ということを感じる.  データを見て、分析して、書いて、データを見て、分析して、書いて.... グルグルグルグル回っている感じ. そして 同時に、孤独との戦いでもある. なので、研究には、「研究力」や「文章力」はもちろんのこと、孤独に打ち勝つだけの「精神的な強さ」も必要であると感じる.  加えて、執筆中についつい楽天やAmazonのサイトに行って、ネットショッピングをしてしまう悪い癖を直すべく、「集中力」も必要だと感じる (最近は、新しいキッチンマットを探索中... いけない いけない)


このようなrecursiveな日々の中、支えられている言葉がある. つまづいてしまった時、方向性を見失ってしまいそうになった時に思い出す言葉である.


「見えてはいるが 誰も見ていないものを見えるようにするのが 詩だ」


詩人の長田弘さんの言葉で、その著『開かれた言葉』のあとがきの冒頭で、書かれている言葉である.


この言葉を見たときに、はっとさせられた.  瞬時に思ったのは


「これって研究も同じだよなあ...」


ということだった. 


私のようなヘナチョコ学者の見解ですので間違っているかもしれないのですが、研究というのは、限りなく「見える化」を試みる過程のことだと思います.  一般の人には一応は見えているのだけれど、でも実は見えていないことって意外とたくさんあると思う. それを、様々な手段(=データ分析の手法)を使って「見える化」する.  これが研究者の仕事であり、責務であり、使命ではないかと.  研究者がしなければ、見えないままになってしまう現象というのはまだまだたくさんあるのだと思う.  「研究者」とか「大学教員」という職業がこの世の中に存在している意味は、ここにあるのではないかと.

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長田弘さんは、残念ながら2015年の5月に亡くなられた.  その後、朝日新聞の「折々のことば」というコラムで、このコラムの執筆者である哲学者の鷲田清一さんが、長田弘さんの言葉を次のように紹介していた.  とても印象に残ったので、切り抜いて手元に取ってある.


 視界には盲点があるだけでなく 見えているのに見ようとしないものがある.
 歴史のある時点では だれにも見えないものもおそらくあるだろう.
 だから 見ることにはそれなりの工夫が要る.
 他の人にはどう映っているかを こまやかに参照する必要もある.
 修業時代にふれたこのことば わたしにとっては哲学の定義でもある.


鷺沼清一さんの上記の言葉も、とても好きな言葉の一つなのだが、中でも 「見ることにはそれなりの工夫が要る」というところに、一研究者としてとても共感した. 


ここでの  「それなりの工夫」というのは、研究では、定量的に見るか、定性的に見るかという研究手法のことを指すと思う.  ある現象の全体像をできる限り詳細に見るためには、従属変数と説明変数の因果関係を数値で示すことも必要であるし、同時に、例えば外れ値が出たような場合、なぜ外れ値が出たのか?という問いとともに、個々の現象や社会的文脈との関わりを質的に深く切り込んでいくことも必要だと思う.  この二つのアプローチを either-orなものだと考える研究者もいるのですが、私自身は両者は補完的なもので、どちらも「見える化」のために大事なアプローチであると考えている.


ここ数日、小学生が書いた英語の文章の結束性を調べるために、文章をT-unitに分割して、等位接続詞の頻度をカウントして...といった作業をしているのですが、一日中この作業をしていると 「あれ? いったいなんのためにこんなことをしているのでしたっけ...?」という考えがふと頭をよぎってしまうことがないわけではありません(そして ついつい楽天やAmazonのサイトに... いけない いけない). 


こんなときに長田弘さんの言葉を思い出すようにしています. 今日もまた楽天やAmazonのサイトにキッチンマットを探しにいきそうになったものですから、自分を鼓舞すべく、長田弘さんの言葉をここに書き留めたのでした. 

研究とは「見える化」すること.

がんばれよ.


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新しく、ガジュマルが仲間入りしました. 

ガジュマルって なんだか忍者ハットリくんに出て来そうな感じがしましたが 獅子丸ってのがいたからですね. というか例が古くて世代を感じてしまいますね. ふふ.

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CDを「見せる」

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ここ数日,稲垣潤一さんのことばかり書いていますが,今日は何かというと,稲垣さんのCDについてです. もはや中毒症状といってもよい状態かもしれません.笑.

稲垣さんの30周年記念アルバムを聴いたら,昔のアルバムも全部ほしくなってしまい,少しずつコレクションを始めました.

CDを購入するのって本当に久しぶりなのですが,稲垣さんのCDを手にして,若い時には考えなかったことを考えていました. それは,この一つのCDを生み出すために,稲垣さんだけではなく,作曲家や作詞家はもちろんのこと,プロデューサーだったりディレクターだったりバンドの方々だったりエンジニアだったりフォトグラファーだったり,本当に多くの人々が作品作りに関わっているということ,そして,それぞれの専門性と能力が融合することで稲垣さんの音楽が生み出されているということ,多くの人が関わる作品作りにおいて「融合」が起きることってとても難しいことなので,これって実はとてもすごいことなのだ...ということです. 

CD一つひとつには,稲垣さんだけではなく,本当に多くの人の想いが込められているのですね. なので,音楽というのは,CDのジャケット写真とか,歌詞カードとか,作品に関わった人々の名前が書かれたページとか,そういうのも全部含めて一つの作品なのではないかと. 学生のときはこんな真面目なことを全く考えもしなかったように思います. 自分も社会人になり,音楽ではないにしろ,作品を作り出す仕事をしているわけですので,CDが生み出されるまでの過程に思いを馳せることができるようになったということでしょうか(おとな!)

そんなわけで,CDは棚の中にしまっておくのではなく,「見せる」ものなのではないかと思い始めました(まじめ!).なんといっても,ジャケット写真も含めての一つの作品ですから. 

CDを見せる(飾る)ためのスタンドがなかなか見つからなかったのですが,長野県にあるこちらの工房で作っていただけるとのことで,早速注文しました.

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木のぬくもりが感じられる質素なデザインですが,実は緻密な計算の上に絶妙な角度で切り込みが入れられており,職人さん魂とプロの深みが感じられるとても素敵なCDスタンドです.

この手作りの木製スタンドで,稲垣さんのCDにも付加価値がついたような気がして,とてもしあわせな気持ちです. 

音楽を作る人,歌う人,木でものを作る人...世の中には素敵な人がたくさんいるんですね.

家具工房 ウッドワークス kintoki
〒397-0302
長野県木曽郡木曽町開田高原西野5136-5
メール:kintoki@kt.kiso.ne.jp


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Finally...

論文が,TESOL Quarterlyの最新号に掲載されました.

ジャンル準拠ライティング指導に,タスクベースのアプローチ(TBLT)を応用した新しい試みの中で,書き手がどのように育っていくかを記述した論文です.

執筆→投稿→修正→再投稿→再修正…という長い道のりで,無事に掲載されるまでに約1年半かかりました.

論文を書いている過程は,悩む時間が長く,先が見えない不安にかられることもありますが,それを乗り越えて無事に論文が掲載されたこの瞬間を迎えると,全てがポジティブな意味に変わり,全てに意味があったのかもしれないと思えます.

このような「瞬間」は,私の場合は,長い年月の中で数える程しか起こらないのですが,この「瞬間」があるので,研究職を続けていられるのだろうと思います.

現在は新しいプロジェクトのデータ収集の段階ですので,次に国際ジャーナルに掲載してもらえるのは,また少し先になるかもしれません.

私の場合は目立った華やかなことはできないので,ただただ,コツコツと努力するのみです.


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しばしの休息


夕方6時半.


キャンパスから眺める市街の風景です.


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怒濤の一週間が終わる金曜日は,とりあえず一旦すべての心配事から解放されるような,「しばしの休息タイム」を手に入れたような感覚があります.


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学生さんのエッセイを読んでコメントをつける仕事がたまっていて,週末もこの仕事に追われそうで,ため息が出ますけれど,とりあえず,一週間が無事に終わったことを祝福したいと思います.


one at a time.

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研究計画書など

某小学校でCLILの調査をさせていただけることになりました.


全く面識のないところからメールでコンタクトを取り,学校訪問をして挨拶をしたのが昨年の7月. その後,研究計画書を校長先生に提出し,校長先生にご承諾いただいた後,12月の理事会での審議を経て,昨年末にようやく正式な許可をいただくことができました.


ですが,これですぐに調査が始められるわけではなく,ここからが本番. 外部の研究者が,小学校の授業に介入していくわけですので,実際に授業を担当する先生方のご協力なしに調査を行うことはできません. 


授業担当の先生方は英語母語話者ですので,次にすべきことは,英語で研究計画書を書き,それを先生方に読んでいただくこと. そして,どこまでのデータ収集が実施可能か,タスクの内容やレベルは子どもたちの習熟度に適したものかどうかご判断いただき,ご助言をいただきつつ,リサーチデザインを修正していくこと. データ収集を開始するまでには,まだまだ長い道のりが続きます.


この連休は,引きこもって,英語の研究計画書を執筆. 最終日の今日は久しぶりに外に出て,カフェで執筆. やはり,ほどよく人の流れが見えて音楽が流れている環境の方が,自分の場合は執筆がはかどります. 無事に完成して,校長先生に送付. ふう. 今月末には学校を訪問して,CLIL授業の担当の先生方とお話させていただく予定.


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頭が凝り固まっていたので,ヘッドスパに行って来ました. すごいプロフェッショナルな方に担当していただいて,ケアしていただいた後,顔が半分くらいの大きさになっていました(って,普段どんだけむくんでるねん). 気分爽快,視界が広がって,不思議と活力も沸いてきたような気がしてうれしい.


ヘッドスパも研究も,どんな領域にもプロフェッショナルな人と,そうではない人がいるように思います. そして,プロフェッショナルな人に出会えることって実はあまりなく,そうではない人の方に出会う頻度の方が高いような気がする. 今日は,稀にしか出会えない本物のプロフェッショナルに出会えて良い一日になりました. 自分もプロフェッショナルと呼ばれるような研究者そして教師になりたいし,なれるように努力しようと改めて思いました. 

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一夜明けて

二つ隣のお部屋で起きた大火災の惨事から,一夜が明けました.


外に出て,現場を見上げてみました.


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真っ白だった壁が,すすで,真っ黒になっている.


警察の現場検証の結果,出火の原因は「長期間使っていなかった電源がショートしたこと」であったらしい. 


犠牲者が出なかったことは幸いだったと思いますが,大事なマンションの一部がこんなに真っ黒に焼けこげてしまって,何だかやるせない気持ちです. 


早く元の姿に戻ることを願います.


とりあえず,犠牲者が出なかったことに感謝しなくてはいけません.


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火事

マンションの二つ隣のお部屋が火事.


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けたたましく鳴る火災警報機は,誤作動だよね,大丈夫よねと思っていたら,見たことのない数の消防車が現れ,「住民の方は全員避難してください」とアナウンスが.


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1時間後にようやく鎮火. 部屋に戻る許可が下りました. しかし,放水してもなかなか消えない炎の威力を生まれて初めて間近で見て,改めて火の怖さを知りましたし,自分の部屋がこんなふうになったら...ということに思いを馳せました.


明日は消火器を買いに行きます.


火元のお部屋の方はご無事だったようでよかった. でも今晩どこで寝るんだろう...とリアルな心配をしてしまいました. 


みなさまも火災には十分に気をつけてください.


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2017年のスタート

あけましておめでとうございます.


先ほど,英語で新年の挨拶のメールを書いていて,"Hope your new year is off to a great start."と書いたのですが,この "get off to a good start"(means to have a successful beginning; 「幸先の良いスタート切る,好調な滑り出しをする」)というのは,新年の始まりにふさわしい,何かとても素敵な言葉だなあと感じた次第です.


今日は,いつもにも増して空気が澄んでいて,ベランダから眺める景色が,いつもにも増して壮大で清々しく感じられます. 新年にふさわしいスケールで,これを見ることができただけでも,自分にとっては,"off to a great start"な2017年の最初の日になりました.

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今年は,CLILに関するプロジェクトを開始する予定で,対象をこれまでのAdult LearnersからYoung Learnersにシフトさせますので,新たな文献をたくさん読み込まなければなりません. お正月も論文を読もうと思ってプリントアウトしてきましたが,元旦の日というのは,論文を読むのに適さない雰囲気がありますね. というか自分が自分でそのような雰囲気を作っているのかもしれませんが. テレビの電源をオンにしますと,大好きな漫才の番組が終日繰り広げられていますし. うーん,サンドイッチマンはやっぱり安定感があって,最高におもしろいですねぇ. それと,最近の注目株は,昨年のM-1でグランプリを受賞した銀シャリです. 昔から知っているので,長い間苦労してようやく手にしたグランプリは,何だか親のような心境になる喜びがありましたね. あっと,まだ一日が終わるまでに6時間あるので,論文1本は読むことにしたいと思います. 初マラソンも忘れてはいけません.

今年も,一層の努力を重ねて,実りある一年にしていきたいと思います. また,今年は,個人としてだけでなく,研究室として,プログラム全体,また大学全体に貢献できるような活動に積極的に取り組んでいきたいと思います.


 

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2016年を振り返る

12月28日.


2016年も残すところあと3日となりました.


ちょうど10年前の2006年のブログを読んでいたら, ハワイから一時帰国して,箱根や横浜を旅行したときの様子が書かれていて, あの旅行はハワイでの厳しい留学生活から逃れることを許されたひとときだったこともあって,本当に本当に心から楽しめた旅であったことを思い出し,ああ,あの旅行から10年が過ぎたのだなあ...となんだか感慨深い気持ちになるとともに,この10年は,本当にいろいろな出来事があり,自分の生活やキャリアがめまぐるしく変化した期間だったことを実感した次第です.


この10年の中でも,今年,2016年は,特に大きな変化があり,自分の人生にとって節目の年になったように思います.

2016年1月.  
現在の所属先である大学が准教授のポストを募集している記事を,J-RECINで見つけました. 着任が10月となっていたのが気がかりだったけれども(→ 年度途中で退職することに対する後ろめたさ. また,もしかするとすでに候補者が決まっている出来レースで,形式的に公募しているだけなのではという不安), 自分の専門性と経験が,公募要項から伝わってくる先方のニーズと合致するような気がして,応募することを決める.


2016年2月.
応募することを決め,書類の準備を始める.  指定されたエクセルシートに,履歴書,研究業績,教育業績,抱負のエッセイ,自薦書など,書き込んでいく作業に2週間程かけたような気がする. 作業をしながら,絶対にこのポジションを勝ち取りたい,いや,勝ち取りに行くんだという強い気持ちがわいてきたことを覚えている. そして2月下旬,明日から入試関係の仕事で身動きが取れなくなるという日の夜,あわてて福岡市内の郵便局に駆け込み,書類を送付した. そのときの,書留の記録は今でも大事に取ってある. 


2016年3月.
二週目の金曜日のお昼に,「書類審査を通過したので面接に来てほしい」というメールが届く.  まずは,書類作成に費やした時間と労力が無駄にならずに済み,次のステップにつなげられたことを嬉しく思った. 当日のスケジュールは,最初に模擬授業を行った後,研究発表,その後,英語と日本語の面接と続き,1時間ほどで終わる,と書かれていた. ここまで来たら絶対に勝ち取りにいかなくてはならないというさらに強い気持ちになる. しかし,3月末に行われる面接に行くために,すでにエントリーしていた四万十川マラソンと高知での宿泊をキャンセルしなくてはならなかった. あのとき,「この日は,四万十川マラソンの日なので面接は別の日にお願いできませんか」と返信していたらどうなっていただろうか. 考えるまでもない.  このメールを受け取った後から面接当日までは,研究発表のスライド作成と発表練習にほとんどの時間を充てたと思う. おそらく学会発表の時よりも丁寧な準備だった. 

面接当日は,研究発表より模擬授業の方が緊張した. 「面接官が学生を演じるので,当ててもらっていいですよ」と事前にメールで説明を受けていたので,遠慮なく,面接官の先生方を巻き込もうとしたのだが,「ではそこのあなた」と指名した先生がひどく困惑されておられたので(目も笑ってない),どうやら共通理解が構築できていなかったのだろうと即座に判断し,1人で淡々と進めることにした. その後,面接はフレンドリーな雰囲気で進んだと思う. 


2016年4月.
「委員会としてあなたを推薦するという決定に至りました」というメールが届く. よかった. 1月に公募が出た日からこの日まで約3ヶ月の間,ほとんどの時間を書類や模擬授業の準備,スライド作りに充ててきていたので,努力が無駄にならなかったことを心から嬉しく思った. しかし,まだ,最終の決定ではない. これから,教授会,全学の委員会での審議が続くので,追加の書類を提出してほしいということだった. 加えて,研究業績の「原書」を送付してほしいとのこと. コピーではだめで,オリジナルでなければならない,とのことで,例えば,辞書の場合は,辞書をまるごと郵送で送らなければならない. また,招聘講演の場合は,それを証明できる先方からの依頼メールを提出してほしいとのこと.  なんだか結構大変...と思ったが,実際,本当にこれらの作業は大変だった. しかし,新学期の授業が始まる前のことだったので幸いだった. この過程で,業績の出版月が間違っていることが判明したり(年は覚えていても月はうる覚えであることが多い),担当の先生にはご迷惑をかけてしまった. 


2016年5月.
学部の授業と大学院の授業と修士の学生の論文指導など,慌ただしい日々. ふと時間ができると,審査の結果がここで覆されたらショックだなあ...とついネガティブ思考になる.  


2016年6月.
一週目の金曜日に,「正式に採用が決まりました」というメールが届く. よかった. 絶対に勝ち取りに行くんだと決めてコツコツと取り組んできたので,本当に勝ち取ることができて純粋に嬉しかった. メールを受け取った後すぐ部局長のF先生にアポを取り,「9月いっぱいで退職したい」と伝える. F先生はドイツ語がご専門の先生だが,私の退職を「ああ,やはりこの時が来てしまったか」という言葉でひどく残念がってくださった. しかし,引き止めることはなく,新天地での仕事が決まったことを心から祝福してくださっているようだった. 私と同じ関西の出身の先生なので,関西の大学に決まったことを知り,「ぼくも戻りたいなー」とか少年のようなことをポツリとおっしゃっていた. この大学に不満があったわけでは決してなかったので,なんだか申し訳ない気持ちで一杯になった. でも,もう前に進むしかない.


2016年7月.
大学の転出が正式に決まったので,新しい場所で住む家をどうしようか考え始める. 約15年ぶりに故郷に戻ることになったのだが,幸いにも両親はまだ元気にしているし,同居して介護ということもまだ考えなくてよさそうである. 退職後,自分の家くらいはあったほうがいいだろうという意見もあり,マンションを購入することにした.  早速,SUUMOという分譲マンションの情報サイトに登録すると,ニーズに合ったマンション情報が日々送られてくるのである. なにこれ面白い! これまで無縁だった世界. 7月中,行き帰りの電車の中はいつもSUUMOのサイトを見ていた気がする. 間取り図を見ながらどんなマンションか想像する時間は楽しく充実しており,家探しがこんなに楽しいものだったことを生まれて初めて知る機会となりました. 

7月下旬の連休を利用して,SUUMOで見つけたマンションを見に行き,いくつか候補を見せてもらった後,純粋に「ここに住みたい」と思ったマンションを契約することに. 生まれて初めてローンを組むので不安も大きかったのだけれど,ここに決めて正解だったことを今,実感している.


2016年8月.
遅れていた論文の執筆を進めつつ,マンション購入に必要な手続きを行う. すべて初めてのことなので,正直なところ何がなんだか分からず,不動産会社の担当の方の言われたとおりに動くしかなかった. 「これってボッタクリじゃないんですか?」って聞きたくなる場面とか「ディスカウント!プリーズ!」とか言いたくなる場面が多々あったような気がするのだけれど,この項目はこの金額,この作業はこの業者,というようにあらかじめ全ての手順が決められていて,購入者の方は意見を述べることはできないしくみになっているように見えた.  しかし,不動産会社の方々は,このようなしくみがなければ生活できないのでしょうし,まあ仕方ないのでしょうね...と消費者に思わせてしまうしくみになっているんですね,きっと. 初めて見る大きな金額に頭がクラクラして不安にかられることもあったのですが,もう前に進むしかない. 印鑑をこんなにいろんな書類に押しまくったのも,これが初めてかもしれません. 非常に良い勉強をさせていただきました.


2016年9月.
転出に伴う諸々の作業が入りつつも,論文は二本書き上げることができた. 10月に入ると,きっと怒濤の忙しさになると思うので,とりあえず,形になってよかった. いよいよ9月末に引越である. 自宅と大学の研究室と,2カ所の引越があるので,荷造りは大変になるだろうなあと思っていたけれど,終わってみればそんなに大変じゃなかった気がする. これまで何度も引越をしてきているので,いつのまにか「荷造りのプロ」になっていたのかもしれない. 引越の業者さんにも,「段ボールへの荷物の入れ方と分類の仕方がうまいですね」とお褒めの言葉をいただきました. ふふ. どういう基準なのか分からないけれども,褒められると悪い気はしない. 

9月22日に大学の荷物を出し,翌日の23日に自宅の荷物を搬出. その後,25日に神戸の自宅で荷物を受け取り,27日に新しい大学で研究室の荷物を受け取る. こう書くと,なんだか大変そうに見えるが,あまり大変ではなかった. 片付けはそれぞれ一日で一気に終わらせた. 本当に引越のプロなのかもしれない. そのうち,自宅のドアにクロネコのマークがついているかもしれない. にゃお.


2016年10月
新しい大学での仕事が始まる. みなさんいい方々ばかりで,温かく迎えてくださる.  学生は前の大学のときと,レベルも授業の様子なども大きく変わらない感じ. 前任校と同じく,学士過程は,全学部の英語を担当するので,どちらかというと「英語は苦手」という学生層の方が目立つ印象.  ニーズが多岐にわたるので,それに応えようとするのは大変なのだけれども,学生が興味を持って取り組んでくれるのは自分の喜びでもある.  大学院の授業は,好きなことができてとても楽しい. 学究心のある学生がディスカッションに積極的に参加してくれることほど,有り難く充実したひとときはないと感じる.


2016年11月.
新しい大学はクオーター制を導入しているので,最終週に試験があった. 「試験がある」ということは,「試験を作る」ということと「採点をする」という二つの仕事が付随するわけですので,セメスター性のときより,仕事量が2倍になった印象を受ける. それは,学生も同じことなのだろう. なぜクオーター制にしているのか表向きの理由は聞いているけれど,それが本当に必要なことなのか理解できないでいる. 理解して納得するのにもう少し時間がかかりそう.  


2016年12月.
今年最後の月になった. 1年の経過を文字化してみると,短い間に本当にいろいろなことがあった1年だったし,新しい大学での仕事や15年ぶりに故郷に戻ってこれたことやマンションを購入したことや,自分にとっては大きな出来事が起きた1年でもあった. 前の大学で一緒に仕事をしていた同僚の先生がこのクリスマス休暇に神戸に遊びに来てくださり,福岡を去った後も,ご縁が続くようなお友達を作れたことも,自分にとっては大きな出来事だった. これまで引越が多かった分,「一期一会」的な関係で終わってしまうことが多かったので.


2016年が素晴らしい一年になったことに感謝しつつ,お世話になった方への恩を忘れず,2017年も努力を重ねて,さらに良い一年にしていきたいと思います. 3月にマラソンを逃してから練習がおろそかになっているので,こちらも練習を再開しなければ.

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新しい環境

この10月に移った大学は,クオーター制を導入しているため,先週は,第3クオーターの期末テスト,そして,インターバルなしに,本日から,第4クオーターのスタートです.


これまでずっとセメスター制に慣れてきましたので,8週間ごとにテストをして,単位を出す,というクオーター制の仕事は,結構きついと感じます.


学生さんにとっても,8週間ごとに全ての科目で単位認定のための厳密なテストを受けるというのは,きついのではないでしょうか. 大学生活が「テスト漬け」になってしまうような.


そして,努力したわりには,たった0.5単位しか取れない. 教員側も,たった0.5単位だと,あまり過度な負荷はかけられないので,課題の出し方なんかもちょっと考えてしまいますね.


いったい何のためにクオーター制にしたのか,正直なところ,よく分かっていません.別にセメスター制のままでもよかったのではないかなあと思えて仕方ないのですが. 


全学の英語を担当している工学部の1年生の男の子なんかは「は?留学?きょーみなーい」って感じです.笑. 実際,全学を見渡してみると,海外とか国際交流とかに大きな関心を持っている層の方はごく少数なんですよね. 私立大学の国際文化学部などとなるとまた状況は全く違うのでしょうが.


慣れないクオーター制に加えて,新しい環境では,これまで通りに行かないこともあり,心理的なプレッシャーを感じることも少なくなく,一日を無事に終えることで精一杯. 新任といっても,もはや中堅の領域の年齢ですので,同僚のみなさんも,「さっちーさんはもうベテランなので大丈夫ですよね」という感じで接してくれていますが,こういうのも,ああ,もはや弱音は吐けなくなってきたのだなあ…と再確認することになり,心がポキッと折れそうになるのですが,折れてはいけないので,気力で乗り越えている感じ.


今日は,第4クオーターの初日ということもあって疲労感が大きい. そういえば,今年の流行語(女子高生版)に「〜み」というのがランクインしていたのですが,「やばい」や「きもい」などのネガティブな言葉に「み」を付けることで柔らかくなるのだという. 疲労感が大きみ
  

ぜんぜん柔らかくならない.


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折り返し点


同僚のK先生が,毎週発行しているニュースレターに,素敵なエッセイを投稿されていました.


忘れてしまうともったいないので,ここに引用させていただこうと思います.


第3クォーターのテスト期間がはじまり、後期も折り返し点です。
マラソンでは21.0975kmで中間地点がやってきます。その時点で3時間の
場合にはどう転んでも(というかどう走っても)6時間を切ることは難しく
なる...と思っておりました。が、中には後半が前半よりも早くなる場合
もあります。30㎞あたりですいすいと抜かしていく人もいますもん。
半分すぎたところで、大体の見通しを立ててしまう(それもたいてい
マイナスの展望を)のはまったくもったいない話だなと思うのですよ。
それがたかだか10キロ地点であればなにをかいわんや。みなさんがんばって
くださいね。(ちなみにわたしはもう30キロ地点なので、そろそろ
景色と給食と休憩を楽しみながら走ります。)


確かに,折り返し地点を過ぎると「大体の見通し」をつけてしまいがちです. 


しかし,K先生が書かれているように,フルマラソンでも,「後半が前半より早くなる層」が必ずいます.


早々と見通しをつけてあきらめるのはもったいないことなのかもしれません.


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新天地

引越しが終わり,新しい街での生活が始まりました.


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山の手の眺望の良い場所にあるマンションを買いました.


生まれて初めての大きな買い物で,決断に時間がかかったのですが,


将来の自分への投資(老後)のつもりで,賃貸ではなく分譲を購入することにしました.

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住み始めて二日目,これまでにない充実感が得られる場所で,決断してよかったと思っています.


借りているのではなく,「自分のもの」なので,大事にしようという愛着みたいなものもあります.

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裏はすぐ山なのですが,窓を開けると木の香りがします.


南側は大阪湾から紀伊半島まで眺めることができます.


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ご住所を把握している方々にはご挨拶のおはがきをお送りします.


部屋のスペースも比較的ありますし,景色もきれいで快適に過ごしてもらえると思うので,ご招待できればと思っています.


今後ともよろしくおねがいいたします.

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福岡の思い出(2): Bills


大学院生の方々と,7月に福岡にオープンしたばかりのBillsに行ってきました.


「世界一の朝食」と世界で称されているBillsのパンケーキをいただいてきました.


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このパンケーキをいただくのに,何時間も待たなくてはいけない日もある人気店だそうで,


だいぶ前からこの日の壮行会を企画・調整してくれた大学院生のみなさんに本当に感謝です.


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2年前に,初めて大学院担当になり,


最初は院生の指導が自分にできるのだろうかと不安でいっぱいだったのですが,


結果的に,このような素晴らしい学生さんと出会うことができ,大学院での二年間の指導で自分が学んだことは計り知れません.


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教えることは,学ぶこと.


このような素晴らしい学習環境を与えてもらっていることに,本当に感謝しなくてはいけないと心から思います.

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福岡の思い出 (1) 「かうひいおいひい」

福岡での生活も,残すところ後一ヶ月となりました.


2012年4月に赴任して4年半,


大学と自宅の往復の毎日だったとはいえ,4年半もいると,それなりに愛着も出てくるものですね.


あまり出歩かなかったのですが,よく行った場所,思い出になりそうな場所を,ここに記録として残していきたいと思います.


今日はこちら.


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自宅から徒歩数分のところにある喫茶店「かうひい屋」.


夜9時まで開いているので,仕事帰りに論文を読む場所として使わせていただきました.


「かうひい屋」って,ああ!「コーヒー屋」のことだったんですね!と理解するのに,最初は数秒,時間を要したような気がします.


ここのチーズケーキは手作りで少し形が崩れているのですが,昭和時代に白いエプロンをしてパーマをかけたお母さんが家で焼いてくれたような何か懐かしい優しいお味がします. 


かうひいも,ちいずけいきも,おいひい〜!


一度言ってみたかったという理由だけで書いてみまひいた. あれ.

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