ルームフレグランス

研究室に,ルームフレグランスを置いてみました.


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ボトルの中に白い砂と貝殻が入っていて,


研究室は六甲の山の中にあるけれど,


ほんの一瞬だけ穏やかな海辺にいるような気持ちになれ...


るかなと思ったけど,そんな気持ちの余裕はありませんね(泣). ないんかい.


でも,とても甘くて優しいいい香りがして,何だか仕事がはかどります.


ルームフレグランスとかアロマってあまり興味がなかったけれど,こんないい香りに包まれて仕事ができるのだったら,もっと早くに使うべきだったかも.


なんだか人生半分損したような気持ち.


いくつになっても,新しいことを試してみることも大切ですね.

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徐々に

本年度4回目の会議で,週末から東京出張でした.

最初は右も左も分からなくてただ座っているだけの会議でしたが,回数を重ねるごとに,この会議の場での仕事の内容と進め方が分かってきて,少しずつですが,貢献できることも増えてきたように思います.

私の元々の静かで控えめな性格もありまして(自分で言っている)最初は意見を言うことも控えていたのですが,少しずつ,ディスカッションにも参加できるようになってきました. というか,思ったことがあれば積極的に言った方がいいんだなあということを感じました. 正しいか間違っているかということはあまり重要ではなく(その時は何が正しいかは誰も分からないわけだし),その意見を出発点として議論が成熟していくわけですので,そのきっかけを作るという意味でも,やはり意見を言うことは重要かなと. 

ハワイ大学で大学院生をしていた時も常々同じことを感じていたことを思い出しました. 日本の大学に就職してから,皆で意見を述べて議論を成熟させていくというこの感覚を失いつつあったのかもしれません. 意見を言わなくても,すでに上の立場の人が決めたシナリオ通りに決まっていくというのが日本的な会議の慣例でもありますので(個人の見解です). それに,みんな問題があることは分かっているけど,その問題を指摘したら「じゃあSatchyさんがやれば?」みたいになるから,みんなだまっている(個人の見解です),こういう文化にもすっかり慣れっこになってしまっていたのかもしれません. だから,東京でのこの会議の議論の進め方は,意思決定や問題解決のプロセスとして本来あるべき姿のような気がして,非常にすがすがしい気分です.

一回の会議は3〜4日間,朝から夜まで続きますので,会議終了後は,普段の仕事の後とは質の違う疲労感があります. なので,東京での滞在中,ささやかな楽しみを作ることも自己管理の上で大事になってきました. 会議のメンバーでお食事会に行くこともありますが,こちらに住んでいるお友達に会ったり,カフェ巡りをしたり,隙間時間で充電するようにしています.

この坂道は,特段珍しくもない普通の道なのですが,東京でのお気に入りの場所になりました. いつも滞在する小さなホテルにつながる小さな坂道. この会議の委員の任期が終わった数年後に見た時に,すごく懐かしい景色になりそうです.


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恵比寿にある「猿田彦珈琲」というお店のことを教えていただいたので,早速,行ってきました. というか,サルタヒコって一回聞いたら絶対に忘れないインパクトがあります. それに,英語母語話者泣かせの発音です(「サルタ」が「サリュータ!」になりそう.なんのこっちゃ).


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コーヒー豆をあれこれ物色していると,親切な女性の店員さんがやって来て,とても丁寧に豆のことを教えてくれました. 私が「神戸から来ました」といいますと,えらく感動してくださって,スイッチが入ったかのごとく,さらに丁寧な対応をしてくださいました. 外国人観光客になったきもち...



店員さん:「神戸ですか? 本当に素敵な街ですよね! えっと,昔,なんとかランドに行ったことがあります. えっと,なにランドだったかなあ...」


わたし:「ハーバーランドですか?」


店員さん:「ああ,そうです!ハーバーランドです!観覧車があって素敵なところでしたあ!」

というような会話も繰り広げられました. ハーバーランドしか行かなかったのかなあ...というあたりが気になりましたが(最初は「なんとかランド」って言ってたけど),神戸のことを褒めていただいて(観覧車のことしか言ってなかったけど),とても気持ちのいい接客をしていただきました. 


その女性店員さんがとてもかわいい方だったのと,神戸のことを褒めてくれたこともあって(ハーバーランドの「ランド」しか覚えてなかったけど),EBISUブレンドとSARUTAHIKOフレンチとドリップパックを購入. 新しい豆を買うときは,独特のワクワク感があります.


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今月は,またもう一度,会議があって東京です. 


次回も貢献できるようにがんばります. 


それと,ささやかな新しい楽しみ方を見つけることもほんの少しだけ.

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書き手を育てるということ

本学は,クオーター制(4学期制)を導入しているので,今週が第1クオーターの最終週になります.


担当している学部生向けのプロジェクト型英語授業は,例年と少し違うタスクを設定してみました.


「自分の出身地を紹介するパンフレットを作る(Creating Your Hometown Travel Brochure)」


というものです.


例年,ややお固めのジャンルであるアーギュメンタティブ・エッセイを書くことを主なタスクにしていたのですが,書き手である学生本人があまり楽しそうにしていなかったこと,そして,オーラルプレゼンも,何か「やらされている感」が否めない,なんか暗ーーい雰囲気になりがちであることが気になっていました. もちろん,こうしたエッセイを書く力の育成も大学英語教育の大事な目標ではあるのですが,もっと書くこと自体を楽しめるタスク,言い換えると,「先生に言われたからやってる」ではなくて,純粋に「誰かに聞いてほしい」,「読んでもらいたい」という気持ちになるような「実世界型タスク」を経験することも大事なんじゃないか...と模索する日々が続いていました. そんな中,行き着いたのがこのパンフレット作成プロジェクトでした. 

そして,今回,もう一つ,自分にとって新たな試みだったのは,「型やフォーマットをあえて教えない」ということでした. 教員の私から学生に伝えたのは,「パンフレットの読み手は,あなたの出身地のことをほとんど知らない」ということ. そして,「その人たちがあなたの出身地に行ってみたくなるようなパンフレットを作ってほしい」ということ. この二点でした. あとは,学生一人ひとりの個性とセンス,そして「読み手意識」(←個人的にはこれが一番大事じゃないかと思っている)に委ね,どんなものが出来上がってくるかを見てみよう...というものです.

その結果がこちら. 今日みんなが書いてきたパンフレット(一部)です.


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学生一人ひとりの思いが詰まった,そして一人ひとりの個性が伝わってくる素敵なパンフレットが仕上がっていました.  


ハサミでデザインを工夫したり,糊ではりつけて小冊子風にしてみたり,こちらから何も言わなくても,これだけの作品ができあがったことにまず感動しました. 英文そのものだけでなく,こうしたビジュアルデザインも,ライティングを通したコミュニケーションでは非常に重要な要素になります.


オーラル・プレゼンも,いつになく話す方も聞く方も楽しそうにしていて,誰一人眠っておらず,教室に一体感が生まれているように見えました. 


「自分が書きたいと思うもの」,「誰かに読んでもらいたいという気持ちになるもの」 


こうしたトピックを選ぶことが本当はとても大事なことなのでしょうね. アカデミック・イングリッシュにこだわることで,「良い書き手」が育たなくなっているのだとしたら,改善の余地があるのかもしれません.  


そして,18歳や19歳の若者は,大人が思っている以上に高いポテンシャルを持っているということ. それを伸ばす機会を作るのが教員の役割であるということ.


今日はそんなことを考える一日になりました.

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京都で


今日は同志社大学で開催された某学会で講演をさせていただきました.

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ご参加くださる先生方からのご要望もあり,講演は,ジャンル分析やESPコーパスのお話を中心にしました. 実際にCasualConcを使って頻度や言語的特徴を確認する実演も取り入れつつ,ジャンル分析の実際とその意味や重要性についてお話させていただきました.

今回は異分野の先生方が対象でしたので,先生方にとっても新しい学びがあったようで,とても喜んでいただき,所属する学会ではなかなか味わえない達成感と充実感がありました. やはり,なんというか,誰かに必要とされていて,自分の仕事が誰かの役に立っているのかもしれないと実感できる瞬間ほど,しあわせな瞬間はないですね. いろいろと大変なこともありますが,この瞬間があるから,大学の仕事を続けていられるのだろうなと思います.

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それにしても会場の同志社大学のキャンパスが美しくて圧倒されてしまいました. 同じ関西圏なのにこの違い. 明日,六甲山のふもとにある自分の職場に行ったら,きっとガクゼンとすることでしょう(イノシシとカメムシがたくさんいるよ!)

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せっかく京都に来たので,講演の後,ずっと行ってみたかった北山にあるコーヒー豆のお店に行ってみたけど,休業でした. カモーン.


ですが,また次の楽しみができました. 


日曜日,京都で素敵な時間を過ごすことができました.

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外に出てみること

いろいろな仕事がたまっているのに,明日の「質的研究法」の授業の準備で一日が終わっていく...


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質的研究を深く理解するために,授業の論文は,自分の専門の第二言語習得を超えて,広く,社会政策,教育政策など政策系のものを扱っていますが,読み始めると,政策系ならではの深さと緻密さがあり,すごく面白くて思いのほかハマってしまう.


中でも下記の論文は,北米で動いている "Merit Promotion Policies"が教育現場に与えている影響について,生徒と教員へのインタビューを通して浮き彫りにしたもので,定量的調査だけでは見えない「多元的なリアリティ」について描写しており,内容もさることながら,その分析手法も非常に勉強になりました.



Anagnostopoulos, D. (2006). “Real Students”and “True Demotes”: Ending Social Promotion and the Moral Ordering of Urban High Schools. American Educational Research Journal, 43, 5-42.


著者の先生のお名前が読めない!!(泣)けど,


自分の専門の「外」に出て,ふだんほとんど手に取ることのない領域のジャーナルを開いてみることで,世の中には,いろいろなモノの見方や切り口があるのだなあ...ということに改めて気づかされますし,それを通して,自分の専門領域に不足している(かもしれない)ものに思いを馳せる機会にもなっています.


明日は,名前が読めないAnagnostopoulos先生の上記の論文を使い,「コーディングの手法」について院生のみなさんに理解を深めてもらいたいと思います.


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最終日

今週も会議で都内のこの場所に来ていました.


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五日間,朝から晩まで拘束される,なかなか濃厚な会議でしたが,無事に終了.


緊張から解き放たれて,学会発表が終わった時に感じるのと同じような解放感でいっぱいになりました.


ただ,学会発表が終わった時のような達成感がないのが残念ではあります.


会議はディスカッションが中心で,他の先生方との意見交換を通してタスクを達成していくのですが,自分は学生の頃からこのようなタスクが決して得意ではありません. 教員になった今でもそれが克服できたとは言えないことが自分でよく分かっていて,そういう自分を変えなくてはいけないという気持ちからこの仕事を引き受けたのですが,やはり苦手分野を克服するというのはなかなか難しい. 自分の力不足を感じる五日間となりました.


学生には,ディスカッションスキルが大事だと言って授業でも積極的にディスカッションをさせているのに,おまえはどうやねん!って自分で自分にツッコミをいれなくてはいけません.  本当に,「先生」なんて所詮「きている人」にしか過ぎなくて,ロールモデルになるには,学生とともに学んでいく姿勢を持ち続けることしかないのかなと思います. 自分の場合はですが,

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ほとんど貢献できず,使えね〜〜人で終わってしまったのですが,そのわりに疲労感はすごくて,新幹線に乗る元気もなく,もう一日東京に滞在してから帰ることにしました. 会議中は,国家公務員対象の比較的お安めの(そして,超狭い)ホテルに滞在していたのですが,土曜の夜に都内の少しだけ良いホテルに移動しました.

渋谷ヒカリエにある「d47」という和食のお店で,アジフライ定食を食べる大人.  大学の食堂でよく見かけるおなかを空かせた男子大学生みたいです.


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渋谷Cocotiの中にある「347」というカフェラウンジにも行ってみました.  (d47とか347とかお店に数字いれるのが流行っているみたいですね)

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こういうふうになりたいな,こんなふうに仕事に取り組める人になりたいなと思える人が近くにいてくれることも大きな支えとなっています. 自分は何もできないけど,無力ではないと思うので,とにかく逃げずに努力し続けるしかありません.

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得たもの

今日は大学の創立記念日です.


今朝はエアロプレスでコーヒーを淹れてみました.


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空気の力を利用して,圧力をかけて短時間でコーヒーを抽出するので,豆の良い部分だけが落ちてきてくれる感じ. あっさり,すっきりした味わいになります. 


ハンドドリップで淹れた時とでは,同じコーヒー豆でも全然違う味になるのも面白い.


コーヒーを通していろいろな新しい世界に触れられている気がします. 


神戸に帰ってきて,この一年で得た財産の一つです.


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明日から会議で,しばらく東京で仕事です.

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Mt. Rainierのエスプレッソ

朝出勤すると研究室でコーヒーを淹れるのが日課になっているのですが,季節が夏に向かうこの時期からは,朝はMt. Rainierのアイスエスプレッソに移行します.


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学生の頃からこのMt. Rainierのアイスコーヒーのファンで,若いときは,カフェラッテを好んで飲んでいました. しかし,大人になった現在は,より苦みを求めるようになり,数年前からエスプレッソに完全移行しました.


そうこうしていると,より苦みと濃厚さを実現した「ディープ・エスプレッソ」なるものが登場し,最近はこちらに徐々に移行しつつあります.  しかしながら,ややお高めであるため,しがない国立大学の教員にとってディープエスプレッソへの完全移行は,なかなか勇気のいることではあります. 


ホームページを改めて見て知ったのですが,このディープ・エスプレッソは,あの「ダテーラ農園」で育てられた高品種のアラビカ種のみを使っているそうで,美味しさの原点はダテーラ農園にあったのだということを知りました. そう考えますと,毎朝170円の出費はむしろコストパフォーマンスが良いということになり,完全移行を考えてもいいのかもしれません.   というか,「ダテーラ農園」ってどこ? 


しかしながら,普段何気なくいただくコーヒーも,もともとは農園で育てられた豆であって,その豆には生産者の方々の思いが詰まっていて,それがたまたま今自分のところに辿り着いているのだと思うと,一口一口を大切に味わいたいなあ... という気持ちになりますし,その出会いの偶然性に奇跡的なものを感じさえします. たとえ,ダテーラ農園のことを知らなかったとしても(知らんのかい). コーヒーを自分で淹れるようになってからは,こんなふうに生産農園や生産者の方々のことにも思いを馳せるようになりました.


今日は会議日でちょっぴり疲れましたが,ダテーラ農園の厳選された豆で作られたアイスエスプレッソで力をもらえました. ダテーラ農園に感謝しなくては(知らんくせに).

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青い空,青い海

東京から友人が会いに来てくれたので,「兵庫のハワイ」と呼ばれている場所を案内してきました. 


...といっても,友人に運転させている人(汗). 


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どこまでも続く青い海と青い空.すがすがしい緑.


大学院留学していたハワイと重ねる景色ばかり.  10年前,博士号取得を目指してハワイ大学に留学し,同じ景色を目にしながら先の見えない将来に毎日不安を感じていたことを思い出しました.


でも,「先が見えないこと」って「夢を見られること」でもあるから最高にぜいたくなことなんですよね. 


あれから10年が過ぎた今,なんとなく先が見えて先が分かるようになってきているけれど,兵庫のハワイで青い海と青い空を見ながら,いくつになっても「こうなりたい」「こうしたい」という夢は持ち続けていたいなと思いました.

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コーヒー

GREENSのコーヒー豆を買ってきました.


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最近,コーヒー豆を自分で挽くところから始める丁寧なコーヒーの淹れ方を教えていただいて,コーヒーの奥深さに魅了されています.


一杯分10グラムを計ってコーヒー豆を挽き,ドリッパーにペーパーをぴったりとセットし,そこに挽いたコーヒーを入れ,お湯を注ぎ,蒸らすために30秒ほど待ち,蒸らしが終わったら「の」の字型にお湯を注ぎ...という一連のプロセスは,ある程度の時間がかかりますが,時間をかけて丁寧に淹れたコーヒーは,やっぱり美味しいし,深い.


新鮮なコーヒー豆ほど,お湯を注いだときにブクブクと泡が膨らみます. この「ブクブク」を見ている時間が至福のひとときになっています. 


同じコーヒー豆を使っても,蒸らし方や注ぐ湯量,液面の高さで味が全然違う. この奥深さは, 第二言語習得の個人差と似ている気がします. ハンドドリップは,簡単なようで実はとても難しくて,最初のころは泡の「ブクブク」もなかなかできなかった. 何でも練習と経験の積み重ねが必要なのですね.


普段忘れがちな大事なことにコーヒー豆を通して気づかせてもらえたように思います. そのことにお礼を言いたい.


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新しい季節


今月は出張が多くて土日も仕事という日が多かったのですが,今日は久しぶりに何もないゆったりした日曜日でした.


マンションから景色をゆっくり眺める余裕もなかったのですが,久しぶりに外を見ると,裏の山が若葉のみずみずしい緑であふれていたり,空の色がはっとするような鮮やかな青色になって,向こうに広がる大阪湾の景色がよりダイナミックなものに見えたりして,時々心にぽっかり穴があいたような気持ちになって,時間が止まってしまったような感覚になることがある中で,それでも時間は確実に流れていて,新しい季節が訪れようとしているのだなと改めて感じました.

海と山が見えるこの場所で生活を始めて1年半. 神戸に転居し,環境が変わって毎日が新しい経験だったからかもっと長い年月が流れたような気がしますが,まだ1年半. 時間ばかりが過ぎて,いつの間にか朝がやって来る. 空を見上げることも忘れてしまいがちな毎日でしたが,海と山が見えるこんなにいい環境で毎日を暮らせることに感謝しないのはもったいないな...と思いました.


今日見えた景色を写真におさめておくことにしました.

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連休ですが,明後日は,共通教育のオムニバス形式(複数の講師が毎週交代で講義を担当する)の講義を担当することになっています. しかしながら,授業名が「XX大学の研究の最前線」という,私のようなヘナチョコ研究者に似合わないネーミングであり,今から恐怖におののいております. しかも,これまで「重力波はなぜ面白いのか」(理学部の先生),「世界に広がる河川流画像解析技術の開発」(工学部の先生)といった,まさに「研究の最前線」的な授業が続いた翌週がわたくしという不運きわまりない順序です. しかし,理系だけではなく文系でもこんなに面白いリサーチがあるんですよということが少しでも伝わるような「最前線」の講義になるよう,最大限に努力したいと思います. 
 

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無限の探求

今学期,大学院の演習で,「質的研究法 (Qualitative Research Methods)」を担当することになりました.


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質的研究の実践の経験はありますが,学生向けに講義を担当するのはこれが初めてなので,15週間の授業プランとシラバスから,講義のスライドやワークシートにいたるまで,すべてゼロからのスタートです.

毎週かなりの量のリーディングを課しているのですが,それでも学びたいという熱意のある院生が4人履修してくれることになりました(初回のオリエンテーションはもっとたくさんいたように思いますが...).学生の国籍は,日本,中国,アメリカ,モーリタニアと多国籍で,授業はほぼ英語で進めることになりました. 

学生にリーディングを課したということは,当然のことながら教員の私もそれを読んでいかないといけないのですが,加えて講義スライド作る作業もあり,3週目にしてすでにヒーヒー言っております(泣).


でも,研究方法の理論的枠組みの本や論文を改めてじっくり読み返しながら(大学院生の時以来かもしれない),再発見したり再確認したりすることが多く,非常に良い勉強になっています.


勉強というのは果てしのない探求だなあとしみじみ思います.「大学教員になる」という運をつかむことには成功したけれど,ほんのスタートラインに立っただけのこと. 知識は増えても,本を読む度に自分がいかに知らないかを痛感させられるし,研究歴や教育歴が増えても,今でもやっぱり悩み,もがき,苦しんでいます. でも,最終的な答えが出るか出ないかわからない無限の探求であるからこそ,続ける意味があって,だからこそ,大学とか大学院といった場所があるのかもしれないな,と最近そんなことを思います. この無限の探求の前では大家も初心者もなく,教員は「こうしなさい」と決めつけたり一つの答えを教えるのではなく,「こういう状況だったらどうする?」と問いかけ,一緒に考える,あるいは「取り組み方」を伝える,教員にできることはここまでではないかなと. でも,これは一つの答えを教えることより,とても難しいことではあります.


勉強や研究が果てしのない探求であることと同様に,一人ひとりの生活の中にも,どうにもならないもの,どうしようもできないことってあると思います. それに打ちのめされる体験を反芻しつつ,それでもその中に一条の光を見つけだそうとすることが,与えられた人生を生き抜くということなのかもしれません. 暗黒時代が長く続いても,時間はかかっても,いつの日か一条の光を見つけ出せる日が訪れて,そのときに自分の余白というか糊代が拡がっていればいいなあと.


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衝撃的なパン

同僚のアメリカ人の先生から,手作りのパンを差し入れしていただきました.


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これって何かなと思って「カニですか?」と質問したら,「違う,クワガタだ」とのこと(汗).


なんでクワガタにしたのかなあ(お腹の中に入ってしまったらカニでもクワガタでも普通のチョコパンでも結局同じなのになあ)...とかいろいろな疑問が頭の中をかけめぐりましたが,忙しい合間をぬってクワガタパンを焼いてくださった先生の気持ちがうれしかったです.


でもごめんなさい,怖くて食べられない(泣).

衝撃的過ぎたので紹介してみました(悪意はありません).


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すきま時間で

本年度二回目の会議で,今週末もこの場所にやって来ました.


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長期間の出張が毎月何回もあるのは大変そうだなあ…と思っていましたが,自宅を離れてホームマネージメント業務から解放されることで,意外と「すきま時間」が確保できることに気がつきました.


外食になるのでお料理をしなくていいし,お皿やお鍋を洗わなくて済むし,窓ふきをしなくていいし,洗濯機を回して洗濯物を干さなくてもいいし,何より,ホテル滞在なので,不在の間にベッドメイキングの方がお部屋を掃除してくれていて,戻るとお部屋がきれいになっているという有り難さ. すごい! 


これらの諸々のホームマネージメント業務に,普段は意外と時間を割いていたのだなあ…と改めて気づきました. 


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ホテルの近くに,居心地のいいカフェがあって,コンセントも使えるので,夜はここにMacを持ち込んで,少し仕事をしてからお部屋に戻るようにしています. 自宅の近くには夜遅くまで開いているカフェがないので,こういうカフェが滞在先の近くにあることも,出張のメリットなのかなと気づきました. 


カフェで仕事をしていると,隣のテーブルにいた女子大生二人の会話が耳に入ってきました. 今年就職活動を始める二人らしく,希望職種は二人とも,航空会社なのだそうだ. (というか盗み聞きはあきませんな) 自分も同じ年齢の頃に,フライトアテンダントを志したことがあり,今も昔もやっぱり飛行機に乗るこのお仕事って女子大生が憧れる職業なのだなあ…と少し感慨深い気持ちになった盗み聞き野郎です. 


21歳の頃にフライトアテンダントを目指した自分も,いろいろな紆余曲折があり,現在の職業に就き,こうして毎月この場所に出張に来るようになりました. もしフライトアテンダントになっていたら,今,こうして出張でこの場所に来ることもなかったのでしょうし,あの仕事もこの仕事もできていなかったのだろうと思うと,やはりこの道に進んでよかったのかもしれないと思ったりしました. 盗み聞きが,自分の人生を振り返る思わぬ機会となりました.


ところで,女子大生の会話のディスコース分析をしていますと(ガチの盗み聞き),「それな!」という語がかなり高い頻度で登場することに気づきましたが,「それな!」ってどういう文脈で使う単語なのでしょうかね.


この三日間の会議もなかなか濃厚になりそうですが,「すきま時間」というごほうびが得られたことに感謝して,出張期間を充実させたいと思います. それな!

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Things happen for a reason

新年度,最初の大きな仕事がひとまず終わりました. 東京の某所で3日間の会議.


大学教員になって様々な仕事を経験してきましたが,本年度担当するこの仕事は,まったく未知の領域. 何から始めていいのかさっぱり分からず,とりあえず,今回は,経験者の先生方のやりとりを聞くだけで終わってしまいました. まさかの「貢献度ゼロ」の展開... いらねーって言われそう(笑).


しかし,貢献できなかった割にはものすごい疲労感でグッタリ. 大学を卒業したばかりの新卒の新入社員が初出勤した日ってきっとこんな気持ちなのかもしれない.


仕事中,なんで引き受けてしまったんだろう...という後悔の気持ちがついつい出てきてしまうのを抑えることもエネルギーが要った. 自分の成長のためにチャレンジングなことをあえて選ぶようにしてきたつもりだが,今回はなぜこんな気持ちになってしまうのだろう. 


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たぶん,年月の経過とともにある程度の経験値ができ,大学の中の仕事にも慣れてきて,ここ数年は,いろいろな仕事が自動化・ルーティン化されてきていたのかもしれない. 新しい仕事であったとしても,何となく経験値でてきてしまうレベルのことが多かったように思うし,もしかすると,無意識に,何となく経験値できてしまうレベルの仕事しか選んでこなかったのかもしれない. 


今回の仕事のしんどさは,気づかないうちに「無難志向」になっていた自分に起因するのかもしれない. だから,怠惰になっていた自分にカツをいれるため,東京で戦ってこい!という意味で神様がこの仕事の機会を与えてくださったのだ(たぶん). というか,神様って…(突然クリスチャンになる人)


Things happen for a reason (理由があって物事は起こる)


という言葉があります. これまでの人生を振り返っても,その時は無関係のように見えていたことでも,後になって一本の線でつながるということが多かったように思います. その時はしんどいと思ったことでも,後になって選択肢が増えたり,素敵な人に出会う機会となったりで,必ず良いことにつながる. 物事にはちゃんと理由があるのですね.


今回の仕事も理由があって自分に与えられたのかなと思います(と思うようにします). 数年後振り返ったときに「最初はしんどかったけどやってよかった」と思えますように(と思うようにしないと). そのために最初はしんどい日が続くかもしれませんが,努力あるのみですね(はい).

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仕事の合間をぬって,春の表参道をお散歩してきました. メロンクリームソーダの美味しさにこの歳になって開眼いたしました. 

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Fake it till you make it

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明日から新年度が始まります.


ここ数年,年度が変わるごとに,新しく,そして自分にとっては大きな仕事が舞込むようになっていて,毎年この時期には,期待よりも不安の方が大きい前日を過ごしていて,でもとにかく前に進むしかないという気持ちで,余裕のあるフリをして,必死でその「余裕な自分」に追いつくよう努力する,そんなふうに新年度を迎えて来たように思います.


振り返れば、ハワイ大学から帰国して東京の大学に就職したときには,こんなブログを書いていたし,その後,福岡県内の大学に転出したときには,こんなブログを書いて決意表明をしていました. こうやって振り返ってみると,新しい年度ごとに,新しい経験をさせていただき,それを通して,自分の「のびしろ」が広がってきたように思います. といっても,わたしのようなヘナチョコ学者ののびしろですから,たいした広がりではないのですけれども. クク.


今年,2018年度も,自分にとっては初めての,そして割と大きな仕事が舞込んで来ました. 尊敬する恩師の先生が直々にオファーをくれたのだけれど,「いまの自分の実力で,こんな大役が務まるのだろうか」というのが,最初の正直な気持ちでした. でも,尊敬する先生が「自分の後任はあなたしかいない」と言ってくださったことで,もはや断る理由はなくなっていました. 心の中はビクビクだったのですが,オファーを受けて数分後には「やります」と返事をしていました.


「Fake it till you make it」  


という言葉があります. 日本語だと


「できるようになりたかったら,できるふりをしろ」


という訳になるでしょうか. 「無理かもしれない」と思える目標でも,とにかく「できるふり」をして努力してみる,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力する. この努力の継続と繰り返しが自分をどんどん大きくする,ということです.


私のようなヘナチョコ研究者であっても,人には恵まれていまして,周りには,年上に限らず年下の方も含めて非常に素晴らしい研究者の方々がたくさんいます. その方々の仕事への取り組み方をみていると,共通しているのは,この「Fake it till you make it」という考え方があるように思います. みなさん共通しておっしゃるのは


「最初から完璧にできる人なんていない.経験を通して成長する.だから,尻込みそうになる仕事でも,機会をもらったらとりあえずやってみる」


ということです.

プロである以上,「できるふり」をしたからには,本気になって,ありとあらゆる手段を使って「できる」に近づくよう努力しなければいけません. プロと呼ばれる人たちは,おそらくみんなこうやって自分ののびしろを少しずつ広げていっているのだと思います. 

といいつつ,実は,早速数日後から始まる大きな仕事を前に,マイナス感情で押しつぶされそうになっています(いつもながら超マイナス思考!). なので,ここに文字化することで,自分を奮い立たせています.

Fake it till you make it.

できるフリをして,とにかくがんばります. 


みなさまにとっても,実り多い,素晴らしい一年になりますように. いえ,そういう一年にしていきましょう.


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富山

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先週末,富山大学で開催されたライティング研究に関する国際学会 (ESBB 2018 Symposium on English Academic Writing in a Global World) に出席してきました.

富山を訪れるのは,実はこれが初めてです.


富山というと雪山のイメージしかなかったのですが,実際,イメージ通りの風景が広がっていました.


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初めてみる雪山は,思っていた以上にスケールが大きくて,目の前に広がる雪山に吸い込まれそうになりました.

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山,山,山...どこを見ても山. そうか,だから富山なのか. そんなことを考えたりしました.


それと,週末なのに街に人がいないことが気になりました. というか,好き勝手言い過ぎでしょうか(汗).

 

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そんな富山には,アルプスの美味しいお水を活かすためか,美味しい珈琲のお店がたくさんあるのだそうです.


学会会場の富山大学の近くに,koffe というコーヒーのお店があることが分かったので,学会の合間をぬってお散歩がてら足を運んでみました.


最近,ちょっとしたきっかけがあって,コーヒーの世界に魅了されつつあります.産地や焙煎の仕方などいろいろなファクターによって,味や風味,コクがいかようにも変化するところが深くて面白くてそして哲学的でもあって,もっとその世界を知りたくなっています.


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「青空」というさわやかな名前のブレンドを注文してみました.


一口飲むとさわやかな味わいが口の中に広がって,名前の通り,さわやかな青空が広がっていくような気がしました.


学会で,研究者仲間のI先生の講演を聴けたことに加えて,初めての富山で見たインパクトのある雪山,人がいない街(まだ言ってる),koffeの「青空」,いろいろな新しい経験ができました.


3月末. 新年度に切り替わる前に,こうした経験を通して気持ちを新たに,また新年度からも頑張ろうと思えました. 

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研究の意味

久しぶりに自分のブログを読み(放置状態!)、日々の出来事やその時の思いを書き留めておくことって大事だなあと思い(文字化しておかないと消えてしまう)、最近のことなどを書いてみることにした. 


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昨年の夏に, 某小学校でライティングのデータを取らせていただき、少しずつ分析を始めていたものの、なんだかんだ言い訳しつつ(「授業準備に追われて研究の時間が取れない」 「まとまった時間さえあれば書けるのに」など、困った研究者の典型的な言い訳)、論文としてまったく形にできていない状態がつづいていた.


2月中旬に学期末試験の採点と成績入力が終わり、ようやく頭が研究モードに切り替わったので、毎日少しずつ文章を書き、その過程でもう一度データに戻り、また文章を書き、またデータに戻り… という日々を過ごしている.  


研究というのは、決して直線的(linear)でなく、行きつ戻りつ(recursive)なプロセスだなあ... ということを感じる.  データを見て、分析して、書いて、データを見て、分析して、書いて.... グルグルグルグル回っている感じ. そして 同時に、孤独との戦いでもある. なので、研究には、「研究力」や「文章力」はもちろんのこと、孤独に打ち勝つだけの「精神的な強さ」も必要であると感じる.  加えて、執筆中についつい楽天やAmazonのサイトに行って、ネットショッピングをしてしまう悪い癖を直すべく、「集中力」も必要だと感じる (最近は、新しいキッチンマットを探索中... いけない いけない)


このようなrecursiveな日々の中、支えられている言葉がある. つまづいてしまった時、方向性を見失ってしまいそうになった時に思い出す言葉である.


「見えてはいるが 誰も見ていないものを見えるようにするのが 詩だ」


詩人の長田弘さんの言葉で、その著『開かれた言葉』のあとがきの冒頭で、書かれている言葉である.


この言葉を見たときに、はっとさせられた.  瞬時に思ったのは


「これって研究も同じだよなあ...」


ということだった. 


私のようなヘナチョコ学者の見解ですので間違っているかもしれないのですが、研究というのは、限りなく「見える化」を試みる過程のことだと思います.  一般の人には一応は見えているのだけれど、でも実は見えていないことって意外とたくさんあると思う. それを、様々な手段(=データ分析の手法)を使って「見える化」する.  これが研究者の仕事であり、責務であり、使命ではないかと.  研究者がしなければ、見えないままになってしまう現象というのはまだまだたくさんあるのだと思う.  「研究者」とか「大学教員」という職業がこの世の中に存在している意味は、ここにあるのではないかと.

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長田弘さんは、残念ながら2015年の5月に亡くなられた.  その後、朝日新聞の「折々のことば」というコラムで、このコラムの執筆者である哲学者の鷲田清一さんが、長田弘さんの言葉を次のように紹介していた.  とても印象に残ったので、切り抜いて手元に取ってある.


 視界には盲点があるだけでなく 見えているのに見ようとしないものがある.
 歴史のある時点では だれにも見えないものもおそらくあるだろう.
 だから 見ることにはそれなりの工夫が要る.
 他の人にはどう映っているかを こまやかに参照する必要もある.
 修業時代にふれたこのことば わたしにとっては哲学の定義でもある.


鷺沼清一さんの上記の言葉も、とても好きな言葉の一つなのだが、中でも 「見ることにはそれなりの工夫が要る」というところに、一研究者としてとても共感した. 


ここでの  「それなりの工夫」というのは、研究では、定量的に見るか、定性的に見るかという研究手法のことを指すと思う.  ある現象の全体像をできる限り詳細に見るためには、従属変数と説明変数の因果関係を数値で示すことも必要であるし、同時に、例えば外れ値が出たような場合、なぜ外れ値が出たのか?という問いとともに、個々の現象や社会的文脈との関わりを質的に深く切り込んでいくことも必要だと思う.  この二つのアプローチを either-orなものだと考える研究者もいるのですが、私自身は両者は補完的なもので、どちらも「見える化」のために大事なアプローチであると考えている.


ここ数日、小学生が書いた英語の文章の結束性を調べるために、文章をT-unitに分割して、等位接続詞の頻度をカウントして...といった作業をしているのですが、一日中この作業をしていると 「あれ? いったいなんのためにこんなことをしているのでしたっけ...?」という考えがふと頭をよぎってしまうことがないわけではありません(そして ついつい楽天やAmazonのサイトに... いけない いけない). 


こんなときに長田弘さんの言葉を思い出すようにしています. 今日もまた楽天やAmazonのサイトにキッチンマットを探しにいきそうになったものですから、自分を鼓舞すべく、長田弘さんの言葉をここに書き留めたのでした. 

研究とは「見える化」すること.

がんばれよ.


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新しく、ガジュマルが仲間入りしました. 

ガジュマルって なんだか忍者ハットリくんに出て来そうな感じがしましたが 獅子丸ってのがいたからですね. というか例が古くて世代を感じてしまいますね. ふふ.

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CDを「見せる」

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ここ数日,稲垣潤一さんのことばかり書いていますが,今日は何かというと,稲垣さんのCDについてです. もはや中毒症状といってもよい状態かもしれません.笑.

稲垣さんの30周年記念アルバムを聴いたら,昔のアルバムも全部ほしくなってしまい,少しずつコレクションを始めました.

CDを購入するのって本当に久しぶりなのですが,稲垣さんのCDを手にして,若い時には考えなかったことを考えていました. それは,この一つのCDを生み出すために,稲垣さんだけではなく,作曲家や作詞家はもちろんのこと,プロデューサーだったりディレクターだったりバンドの方々だったりエンジニアだったりフォトグラファーだったり,本当に多くの人々が作品作りに関わっているということ,そして,それぞれの専門性と能力が融合することで稲垣さんの音楽が生み出されているということ,多くの人が関わる作品作りにおいて「融合」が起きることってとても難しいことなので,これって実はとてもすごいことなのだ...ということです. 

CD一つひとつには,稲垣さんだけではなく,本当に多くの人の想いが込められているのですね. なので,音楽というのは,CDのジャケット写真とか,歌詞カードとか,作品に関わった人々の名前が書かれたページとか,そういうのも全部含めて一つの作品なのではないかと. 学生のときはこんな真面目なことを全く考えもしなかったように思います. 自分も社会人になり,音楽ではないにしろ,作品を作り出す仕事をしているわけですので,CDが生み出されるまでの過程に思いを馳せることができるようになったということでしょうか(おとな!)

そんなわけで,CDは棚の中にしまっておくのではなく,「見せる」ものなのではないかと思い始めました(まじめ!).なんといっても,ジャケット写真も含めての一つの作品ですから. 

CDを見せる(飾る)ためのスタンドがなかなか見つからなかったのですが,長野県にあるこちらの工房で作っていただけるとのことで,早速注文しました.

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木のぬくもりが感じられる質素なデザインですが,実は緻密な計算の上に絶妙な角度で切り込みが入れられており,職人さん魂とプロの深みが感じられるとても素敵なCDスタンドです.

この手作りの木製スタンドで,稲垣さんのCDにも付加価値がついたような気がして,とてもしあわせな気持ちです. 

音楽を作る人,歌う人,木でものを作る人...世の中には素敵な人がたくさんいるんですね.

家具工房 ウッドワークス kintoki
〒397-0302
長野県木曽郡木曽町開田高原西野5136-5
メール:kintoki@kt.kiso.ne.jp


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Finally...

論文が,TESOL Quarterlyの最新号に掲載されました.

ジャンル準拠ライティング指導に,タスクベースのアプローチ(TBLT)を応用した新しい試みの中で,書き手がどのように育っていくかを記述した論文です.

執筆→投稿→修正→再投稿→再修正…という長い道のりで,無事に掲載されるまでに約1年半かかりました.

論文を書いている過程は,悩む時間が長く,先が見えない不安にかられることもありますが,それを乗り越えて無事に論文が掲載されたこの瞬間を迎えると,全てがポジティブな意味に変わり,全てに意味があったのかもしれないと思えます.

このような「瞬間」は,私の場合は,長い年月の中で数える程しか起こらないのですが,この「瞬間」があるので,研究職を続けていられるのだろうと思います.

現在は新しいプロジェクトのデータ収集の段階ですので,次に国際ジャーナルに掲載してもらえるのは,また少し先になるかもしれません.

私の場合は目立った華やかなことはできないので,ただただ,コツコツと努力するのみです.


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